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教育

教育、本項では日本の教育制度とその歴史について記述する。

概要

日本の教育制度は、読書階級であった士族がその子弟に読み書きを訓読するところから始まった。1600年代以降、日本の公的教育制度は、全国の自治組織たる「」を主体とする藩校が整備されたことで急速に広がりを見せる。当初の藩校は、特権階級たる士族の子弟を中心に行われてきたが、1700年代には庶民に対しても広がりを見せた。教育を受けた士族や庶民は、教養知識をさらに幅広い世代に広げるための私塾を開校。1800年代の初頭には、日本国民の知識教養レベルは世界トップクラスの水準にあった。これ以降、近代日本が変革により発展した背景には、知識教養の基軸が整備されているためである。

年表

発令
1650 藩校設置 全国各地のにおいて藩校の設置がすすめられる
1780 大学寮設置 宮中官僚の育成を目的として京都に設置
1834 三文庫設置 京都文庫大阪文庫東京文庫をそれぞれ開学
1835 大学寮移転 平城事変に伴う首都機能移転により奈良に移転
1859.11 内閣審議会文部官設置 日本の教育政策を新たに推進
1860 湯島大学校設置 大学寮の東京移転に伴い機能を再編して設置
1868 小学校 入学年限が6歳~10歳で6年間教育を行う
藩校廃止 小学校の設置により旧来の藩校を廃止
1870 小学校令改正 小学校高等科を設置
旧制高等学校 入学年限が12歳~15歳で6年間教育を行う
1875 旧制高等学校令改正 私立の旧制高等学校を設置
1888 東京大学開学 日本初の大学組織を開学
1890 文部省設置 内閣成立に伴って開始
1896 帝国大学 国家発展を目的とする高等教育機関として発足
1900 旧制高等学校令改正 帝国大学附属の専科専門学校を設置
1910 私立大学令
1930 一県一大学令 43県すべてに一大学を設置
1935 6.3.3教育令を発布
1950 日本大学学術機構設立
1960 第1次大学再編命令
1987 第2次大学再編命令

一県一大学令(1930年)

1925年の産業統制法成立にともない、産業力の強化拡大を目的として、全国の都道府県に1校以上の大学設置が義務づけた。これに伴い、国立大学私立大学に関わらず、人材育成を目的とする大学の設立が進められた。

第1次大学再編命令(1960年)

1957年、文部省中央教育審議会第二号答申において、国立大学の部分的削減を盛り込む「矢口計画東京大学教授・矢口敬委員長による大学教育分科会報告)」が発表された。これを受けた遠山内閣において、文部大臣を長とする「大学再編推進協議会」が発足。大学の長期経営計画策定と、大学維持に関する予算概要の見直しを進めることとなる。最終的に、9大学を再編対象とし、7大学を私立大学として再編、2大学を近隣大学へ統合する方針を決定した。

第2次大学再編命令(1987年)

1983年に組閣された浅上内閣は、自由党政権の「新自由主義」政策の一環として、国立大学の再編を推進する内閣基本方針を発表する。内閣基本方針に際して、内閣官房大学教育再編本部が発足する。同本部は、内閣官房長官所管の政策推進の中心的役割を果たす。1984年の中央教育審議会第一号答申において、国立大学再編に向けた「経済性・学術性・教育発信性・研究未来性」の4つの視点が示される。答申を踏まえた作業部会が発足する。最終的に14大学を再編対象とし、4大学を私立大学として再編、10大学を近隣大学へ統合する方針を決定した。1985年には、国立大学再編基本計画を盛り込んだ、大学教育施行令を改正した。
最終更新:2026年01月25日 15:19