アレリアン・タクラマス(1884年6月14日 ~ 1959年9月1日)は、
アメリカ合衆国のピアニスト。
1900年代初頭の「
アメリカンジャズブーム」の牽引者として知られるアメリカ音楽界の重鎮。黒人音楽家であり、
アメリカ平和民族大会の設立発起人に名を連ねるなど人権擁護運動に積極的に取り組み、日本人音楽家のアメリカ公演などをサポートした。知日家としても知られる。
来歴
アレリアンは、1884年6月14日、
ネバダ州郊外の酪農家の三男として生を受ける。地元の宣教師学校には、黒人という理由から入学できず、幼くして神に仕える夢を諦めたという挫折経験を持つ。地元に建設された自動車工場の職工として勤務をしながら、宣教師の友人にオルガンの演奏技術を学ぶ。
1906年に、当時アメリカ初の
黒人大学として
オクラホマ市立大学が創設されると、経済学部に学び、卒業後に黒人向けの経済雑誌「ネクトリア」の編集部に就職する。雑誌編集者の傍ら、ピアニストとしての演奏活動などに従事した。
オルガニスト・ピアニスト活動に専念
1918年から、
オクラホマ州の
サン・ソロモン聖堂に住み込みながら、聖堂専従のオルガニストとして活動。1920年から、
第1次世界大戦の戦後慰問としてアメリカ各州で3年に及ぶピアノ公演を行った。
1924年から
ヨーロッパ各国を訪問し、演奏家として活動の機会を得る。1926年に、アメリカンジャズと呼ばれるピアノジャズの音楽体系を確立した。これは、
アメリカンジャズブームとなり、この牽引者としてアレリアンは国際的な知名度を得ることとなる。
最終更新:2026年04月22日 02:00