カイン達を振り切って、スクィーラはそのまま南へ進んだ。
念には念を入れて、何度か後ろを振り返るも、彼らの姿は見えなかった。
いち早く山奥の塔に戻った際に、意図的に足跡を付けておき、その先に立っていた元々壊れかけの柱に細工をしておいた。
すなわち、歯で削って脆くしておいたのだ。
あれで2人共倒れてくれたか、少なくとも行動不能になってくれれば儲けものだが、期待はしないことにした。
『諸君。今いる世界を楽しんでいるか?』
そこへ、島の最端から最端まで、重厚な声が響いた。
その内容は、最初の6時間での脱落者の名前と、禁止エリアの発表。
なるほどこのようにして殺し合いを参加者の減少と共に縮小化していくのか、と納得した。
そこから聞き取った内容は、彼にとってむしろ朗報だった。
奇狼丸という、ここでも自分の計画を練る上で、障害になるであろう相手がこれほど早く脱落したからだ。
たとえ人間に協力したことを念頭に置かなくても、彼の保守的な思想はスクィーラにとって気に食わないことこの上ない物だった。
そして今回の彼の脱落と、自分の五体満足な生存は、彼の思想そのものが否定されたようなものだった。
それと彼の話では、もう1つ気になる点があった。
今いるD-1が、4時間後に禁止エリアにされてしまうという点だ。
彼自身、こんな所に4時間も突っ立っているつもりはないので、命の危険は感じていない。
じゃあなぜ、それが気になるのかと言うと、どういった手品で主催者は、禁止エリアと言うものを作ったのだということだ。
見た所、それらしき前触れは何もない。
(もしや、主催者の中に呪力持ちの人間がいるのか?)
スクィーラは、1つの仮説を導き出す。
基本的に彼が知っている呪力と言うのは、大まかに分けて2パターンある。
1つは呪力と言う名の「見えざる手」を操り、遠く離れた1つの物にエネルギーを加える方法。
もう1つは、決まった地点から円形のドームを広げるかのように、範囲内の狙った敵全てに等しいエネルギーを加える方法だ。
前者は呪力持ちならばほぼ出来るほど、ありふれた技巧だ。
しかし、後者は人間を知ろうとしてきたスクィーラでさえ、数えるほどしか知らない。
かつて神栖66町に攻め入った時にいた、鏑木肆星、そして日野光風という男ぐらいだ。
この殺し合いは、少なくとも4人呪力持ちの人間が参加させられている。
だからといって、同じ呪力持ちの人間が主催側にいないと断定するほど、スクィーラは短慮ではない。
同じコミュニティに属する呪力持ちの人間が、決して一枚岩とは限らないことは十分知っている。
そうでなければ、伊東守のような脱走者が現れたりはしないからだ。
その様に考えるうちに、目的地が見えてきた。
残念ながら、禁止エリアの正体は分からずじまいだが、やがて分かるかもしれないと考える。
荒野から場所は市街地へと変わり、そこからさらに南下すると、住宅群のなかでひときわ高い建物が目に付く。
それが、彼の目的地だった。
辺りに敵が潜んでいないか警戒しつつ足を進め、入り口までたどり着く。
彼の世界には、デパートのような大型建造物は無かったが、ミノシロモドキから得た、旧人類の知識の1つとして知っていた。
様々な物品が売られているこの場所ならば、ニトロハニーシロップの起爆剤になり得る物も手に入るのではないかという期待を胸に、中に入る。
デパートのガラスの扉は、スクィーラを迎え入れるかのように自動で開いた。
これは自動ドアというやつか、と一瞬思うも、実は何者かがドアを何かしらの手品で開けた上で、罠に嵌めるのが目的ということも考え、警戒する。
だがそれは杞憂なようで、いつまで経っても襲撃を受けることはなかった。
最初に入ってすぐの、案内所らしきカウンターを横切り、案内板を見る。
3F 衣料・装飾品
2F 武器・防具
1F 日用雑貨
B1F 食品
やはりこの殺し合いを勝ち抜く上で一番行くべきは2階だ。
しかし、スクィーラとしては地下1階に行ってみる。
期待通り、あらゆる食品の様々な香りがバケネズミの鼻孔をくすぐった。
いずれも、ミノシロモドキを介して得た知識でしか見ることの出来なかった加工食品だ。
スクィーラがいた、バケネズミの社会で作られる料理は、先史時代の人類のそれに比べて、明らかに低水準だった。
取れた野菜やコメを煮炊きしたもの、上手く動物や魚が捕まれば魚や肉を焼いたり、干物にしたものが主な食材だった。
たとえ知らない料理に関する知識を得たとしても、作り方が分からず、食材や調味料も調達できない以上、絵に描いた餅にしかならなかった。
そんな生活を送っていたスクィーラが、知っていただけの料理にありつける機会があるとするなら、素通りするのは難しかった。
どの道、彼は急いでいるという訳ではない。
最終的に優勝すればよいのだから、それまでの過程がどうであろうと問題はない。
早速目に付いた黄色と白で構成された塊――なんでもチーズと言うらしい、に噛り付く。
(!?)
口の中にボロボロとした食感と、紙の塊でも口に入れたような、人工的な苦い味が広がる。
チーズと言うものは味わったことは無い。
だが、これは食べ物の味ではないことはすぐに分かった。
ただの偶然と言うことも鑑みて、今度は骨付き肉の塊に噛り付いてみた。
同じように、木と蝋を合わせたような苦い味が口に広がる。
これもまた、食べ物ではないと判断し、吐き捨て、代わりに水で口を潤す。
(なるほど。そう甘くはないという事か。)
このデパートの立地条件、建設条件からして、食料が潤沢なこの場所に立てこもって戦うことが出来ると期待をしていたが、それは不可能なことが分かった。
ここにある食品は、恐らくすべて香りを付けただけの張りぼてだ。
食べることは出来ず、ただの雰囲気づくりのためにある。
せいぜい投擢物として使うか、これを見ながら支給品の味気ないパンを食べて気を紛らわすぐらいしか使い道がない。
従って、当初スクィーラが考えていた、この場所に置いてある骨や貝殻からカルシウムを採取するという計画も、恐らく実行できない。
また、食料油など、様々な用途で使えそうな道具も、ここから入手するのは難しそうだと判断する。
続いて二階へ向かう。
殺意や生物の匂いは感じない。
エスカレーターというらしい、移動式の階段を上った先に、最初に見えたものは所狭しと並んでいる拳銃だった。
棚に並んでいる方には、スクィーラには扱うどころか、持ち運ぶことさえ出来ないほど大きいものまである。
恐らく、バケネズミが開発した火縄銃の数倍の威力はあるはず。
それが本物だった場合なら。
カチ、カチ、と引き金を引いてみるも、全く反応はしない。
それ以前に、銃器としては明らかに軽い。
地下一階にあった食品と同じ、これもまた模型だということが分かる。
次は試しに並べてあった短刀を一つ手に取り、壁に向けて突き刺す。
その短刀はボロボロになって崩れ落ちた。
一方で壁には傷一つ付いていない。
こんなものを持っていったところで、せいぜいが脅しにしか使えないだろう。
そしてスクィーラが仮想敵としているのは、カインやクッパだ。
その様な相手に、ちんけな脅しが通用するとは到底思えない。
格下の相手ならば、支給品の毒針を使えば良いだけだ。
武器も期待できないと分かると、今度は3階へ向かう。
今度は、きらびやかな宝石を付けた指輪や首飾りが、スクィーラを迎え入れる。
金、銀、プラチナ、ダイヤ、ルビー、エメラルド、サファイア。
生還を考慮しており、かつ愚かな者なら、手あたり次第袋に詰め込んでいくだろう。
しかし、どれもこれもガラス細工だ。
期待せずに、爆薬の素材に用いる金の指輪を探してみるが、どれも一目で純金製ではない。余程の馬鹿でもない限りすぐに二束三文の指輪だと分かる、鈍い光を放っていた。
これをニトロハニーシロップに混ぜても、爆薬にはならない。
貝殻のピアスなども展示されてあったが、どうせ本物の貝殻を使っていないだろうと割り切り無視した。
装飾品店を後にし、今度は衣料品店に向かう。
馴染みあるもの、そうでないものが所狭しと立ち並ぶ。
中には、布だけではなく、服に金箔を散りばめた帽子や、不可思議な色をした服、さらには鎧や兜まである。
恐らくここにある服も、見た目だけで大した効力はないということは、今さら考えるまでも無かった。
しかし、最低限の寒さは凌げるほどの効果は得られるだろうから、1つ拝借していく。
かつて塩屋虻コロニーの将軍として着込んでいた鎧は、捕虜になった際に奪われ、この場所にいた時は、ボロ布1枚しか身に纏っていなかった。
ようやくまともな服にありつけることに胸を躍らせ、どれを選ぶか決めて行く。
展示されていた商品の種類こそは多かったが、いずれも人間向きのデザインなので、選ぶのには思いの外時間がかかってしまった。
とりあえず子供用と思しき、紺色のローブ、ついでにとんがり帽子も貰っていく。
その時、カチャンと金属音がデパートに響いたのを、スクィーラは聞き逃さなかった。
(これは……!?)
彼が手に掴んだそれは紛れもない、鍵だった。
しかも、先程の装飾品店にあった金の指輪やネックレスとは明らかに違う輝きを放っていた。
この鍵は一体どこで使えるのか。
もしかすると、この殺し合いで有利に立ち回れるようになるかもしれない。
改めて、ここにあった帽子やローブに、おかしな所が見られないか、探ってみる。
匂いや、ローブや帽子には自分以外に触った跡は見られなかった。
その為、これは、参加者の支給品にあって、何らかの理由でここに置かれたものではなく、最初からこの殺し合いの会場に置かれていたものだと認識した。
いや、違う。
鍵が「どこで使えるか」ではない。
これが、ニトロハニーシロップの起爆剤の片割れになり得るのだということだ。
一度考え直す。
これをどこで使えるか分からない鍵として後生大事に抱えるより、いっそ起爆剤にしてしまった方が良いのではないかと。
とりあえずもう1つの素材、カルシウムが手に入るまでこの考えは保留にしておくとして、念には念を入れて、これが金で出来たものなのか確かめてみる。
かつて人間が呪力に目覚めるまでの時代から、金は価値の高い鉱物故に、偽物が多く出回り、故に真偽を見抜く方法も作られてきた。
それを巡って、時には事件にも発展したことも資料から学んでいた。
例えば金の柔らかいという特徴から、噛んだり引っ掻いたりして、跡が付くか確かめる。
期待通り、鍵の持ち手の部分に前歯と爪の痕が付く。
そしてカギをザックに仕舞い、それから紙を取り出し、書置きを残しておく。
『ここにあった鍵を拝借いたしました。必要ありましたらバロン城に来てください』
これから向おうとする場所を書いておく。
今出した書置きに釣られてくるのが強者か弱者か、単体か複数人かは分からない。
また、出会う頃に起爆剤を全て揃えているかも同じことが言える。
だが、大群で押し寄せてきて、かつカルシウムを持ってない場合は、気付かれずに別の場所へ行けばよい。
持っていればまとめて爆殺するチャンス。
単体で強者が来れば、敵意を隠し、交渉をすれば良い。
その際に貝殻のようなカルシウムを含んだ物を手に入れれば儲けもの。
弱者ならば無視するなり、その場で殺して支給品を奪う成りすればかまわない。
様々なケースを考えながら、デパートの入り口にも同じ内容の書置きを置き、次の場所を目指す。
このままここで隠れていても良いが、新鮮な情報を得られなくなるのは、それはそれでまずい。
激戦区になるであろう中央部にノコノコ行くのは間抜け以外の何物でもないとしても、やはり人が集まりそうな場所へ向かうのが良いはずだ。
デパートでさえあまり大した物が手に入らない以上、もう1つの起爆剤はやはり参加者との接触を試みない限りは手に入れるのは難しそうだ。
もしかすると死体の骨から回収できる可能背もあるが、解体するのが難しく、それもまた運次第だろう。
だが、着実に勝利の道には進んでいるはずだ。
ニトロハニーシロップの爆発がどのようなものか、それを受けた者達はどうなるのか、期待に胸を躍らせながら、バケネズミの男は進む。
【F-1/デパート1階 朝】
【スクィーラ@新世界より】
[状態]:健康 高揚
[装備]:毒針セット(17/20) @無能なナナ 黒魔導士を模した服@現地調達
[道具]:基本支給品、ニトロハニーシロップ@ペーパーマリオRPG 指輪? 金のカギ?@調達
[思考・状況]
基本行動方針:人間に奉仕し、その裏で参加者を殺す。
1:バロン城へ。新たに匿ってもらえる対主催勢力を探る
2:ニトロハニーシロップで爆弾を作る。その為にカルシウムになり得るものを調達する。
3:朝比奈覚は危険人物として吹聴する
4:金のカギを爆薬として使うべきか?
5:優勝し、バケネズミの王国を作るように、願いをかなえてもらう
最終更新:2022年01月23日 18:53