憎しみの果て、セオドールという男の物語は終わりを迎えた。その道程で奪った誰かの命は、再び芽吹くことはなく。残した災禍は歴史に未来永劫、刻まれることとなった。覆水の盆に返らぬがごとく、この罪もまた消えるものではない。毒虫<ゴルベーザ>――世に数多の戦乱を引き起こし、悲劇を生み出し続けた彼はそう名乗った。
責任を洗脳の主であるゼムスに求めることに一定の理がないわけではない。あの戦乱はゼムスが望んだものでしかない。事実として、正気を取り戻したゴルベーザは更なる殺戮を望むことなく、その矛先をゼムスへと向けた。ゴルベーザの意思は、紛れもなくゼムスの意思そのものだ。両親を失い、孤独となったセオドールに囁かれた声により、彼の悲しみは憎しみへと変換された。彼の飼っていた闇は、決して誰かを傷つける属性のものではなかったはずだ。
しかし、どんな洗脳を受けていたとしても、その原因となった悲しみが家族の喪失に起因するのならば決して忘れてはならぬものがあったはずだ。魔法の力が強大なればこそ正しき力の使い方を志す父の教えと、母がその命と引き換えに遺した新たなる命の芽吹きの尊さ。彼ら両親を誰よりも誇りに思っていたなればこそ、その矜恃を志すは使命であろうに――あろうことか、魔法の力を破壊がために用い、そして他ならぬ弟と殺し合ったのだ。父の教えにも母の本懐にも背く悪行。紛れもなく、彼らの誇りを汚す冒涜だ。それを忘れるだけの憎しみに呑まれたこと、それは紛れもなくセオドールの罪に他ならない。
ゴルベーザとしての己は、生涯抱えて生きるべきものだ。その後悔が誰の救済にもならなくとも。その罪が一人分の生で精算できるものでなくとも。それを背負うことこそ、戻れない過去に向けた唯一の贖罪なのだ。
ああ、理屈の上では理解している。だが、己が悪行の一切合切を今一度思い返した上で、思う。足りぬ――償いには、到底足りぬと。
ゴルベーザの物語は、すでに終わりを迎えた。だがその物語の残した傷跡は無くならない。セオドールの生を取り戻したその瞬間には、すでに彼の大円団は失われていた。幼少時に両親を失って以来背負い続けた限りなく深いマイナスを、できる限りゼロに近づけて行くだけの生。決してプラスになり得ぬ負債を抱えながら、セオドールの償いの物語は開始した。
そして間もなくして――この殺し合いに呼ばれた。ダイヤのジャックのトランプに描かれた文字はセオドールではなく、ゴルベーザ――それは一度は終わった物語の役者である。
一方で、これは物語の続きではない。今や彼の目的に、"ゴルベーザ"の名を与えたゼムスの思念は関与していないから――物語は、始まる前からすでに終わっていたのだ。何故なら、セシルは"最初から"死んでいたから。ゴルベーザに如何なる関与の余地も与えられず。抱き続けてきた後悔も贖罪の心も、その行先を失った。挙句、皆殺しの剣による精神汚染によって残された"敵討ち"という物語性すらも、彼には与えられなかった。セシルの敵であるマリオも、彼にとっては他の有象無象と同じ、ただの獲物にしか見えていなかった。
――言うなれば、これはエンドロール。すでに終わった物語を、魅せることも汚すこともなく流れていく終幕の裏側。
それでも、弟の蘇生という目的だけは、常に彼の頭の中に有り続けた。だが、それに何の意味があろうか。それが償いとならぬことを、彼は知っている。かけがえの無い恋人であるローザやその他の仲間、罪のない人々を犠牲にした上で生き返りたいと、セシルが願わないことを知っている。その身をパラディンへと変えられるだけの清い心があればこそ、セシルはゼムスの洗脳を受けなかった。自分とは違い、光の道を進むことができた。彼の蘇生のために皆殺しに進む現状が、彼の生き様の冒涜であると心の底では理解しているはずなのだ。
だから、これは決して償いの物語などではない。放送を聞いた彼の反応は、まさにその証拠であった。
『――マリベル。』
下僕を用いて、殺しに向かわせた少女の名。
『――キングブルブリン。』
その下僕であり、己が命に従い動いていた魔物の名。
『――ドラえもん。』
たった今、横凪ぎに切断した機械の名。
『――セシル。』
そして――皆殺しの思念に先行して心の奥底にある、償いの対象の名。
この殺し合いで、大なり小なり自分が関わってきた相手たち。その全てを、まるで忘却したかのごとく。
「――残るは37人か。いいだろう。」
心に留めたのは呼ばれた名の中身ではなく、その数――差し引いて残る、皆殺し対象の数だけだった。正気の頃にすでに知っていたとはいえ、セシルの死の通告に対しても、如何なる感慨も湧き起こらない。
放送は、ただただ淡白な、残り人数という事実の確認。セシルへの贖罪という、皆殺しの剣に呑み込まれた要因――この殺し合いの原点すら、すでに掠れてしまった。
これは、もはやゴルベーザの物語ではない。彼の懺悔録には、決して描かれることのない世界線。終わった物語に付随し、流れゆくだけのエクストラ。軸なんてない。芯などとうに折れている。しかし、なればこそ――決して、止まらない。とっくに物語は終わっているから。彼が動き始める前から、彼を止められる唯一の存在が、その命を失ったから。
もう止められなくなった人形は、新たに獲物を求め始めた。剣から湧き出る本能が、ゴルベーザを突き動かす。
「さて。ここにはもう一人、居たはずだが……」
ドラえもんを斬り裂いた直前に、一瞬だけ見えたもう一人の生命体をゴルベーザは探し回っていた。無視して進む選択肢は、皆殺しの剣の呪いが許さない。しかし『カゲがくれ』により影の中に篭ったビビアンを見つけることも叶わない。
だが、少しばかりとはいえ辺りを注視しつつ探し回ったことで、ゴルベーザはひとつの痕跡を見つけた。それは、メルビンやビビアンと出会う前の、ドラえもんと二人でいた時の渡辺早季が付けた足跡。ドラえもんが来ていた方向へと、真っ直ぐ伸びている(ちなみに、足裏の反重力装置で常に3mm浮いているドラえもんの足跡は無い)。
これがビビアンの足跡であるかは些末な問題だ。むしろ、見えた影はこのような足跡を残す人型ではなかった。それでも重要なのは、皆殺しの対象がそちらの方向へと向かったという事実。
ㅤ皆殺しの呪いに侵された口が、醜悪な笑いを零した。その胸に抱くは、■■■の蘇生という歪んだ願い。彼はゆっくりと、歩みを進めた。
■
「嘘っ……ドラえもん……!?」
放送で呼ばれた名前に、早季は驚愕を見せる。生まれて初めて経験した、友達との死別。厳密には経験済みではあるが、今の早季の記憶にはない。この先に早季が乗り越えるはずであった数多の死も、今の早季は経ていない。
そんな悲しみを前にしては、元の世界の友人が一人も死んでいないことへの安堵はあまり湧いてこなかった。そもそも、『友達が死ぬ心配』など、本来する必要が無かったのだ。早季にとって、他害という倫理規定違反を積極的に行う発想など人間には湧き得ないものだから、不慮の事故でもない限り、むしろ生きている方が恒常だ。
だからこそ、それに湧き上がる特別な感情は、決して無いでは無いが、されど薄い。どうしても、身に降り掛かった喪失だけを数えてしまう。ドラえもんの死は、確かに早季の心に突き刺さった。しかし同時に、死別と言うにはあまりにも淡白すぎた。放送で呼ばれた五文字の文字列だけが彼の死であり、そこに実感は伴ってこない。
「早季殿……。」
そんな彼女を労るように、メルビンが声をかける。
彼とて、放送に対し平静でいられるはずもない。この世界で関わったドラえもんも、共にした時間は短いとはいえ思うところはある。そして何より、ガボとマリベル――元の世界の仲間たちの死。失ったものは早季よりも大きい。
だが、抱いた感情は悲しみよりも、深く燃えたぎる怒り。ガボもマリベルも、共に戦って死んだノコタロウと同じく、巨悪に屈することなく立ち向かう強さを持った戦士たちだ。その志は、半端な覚悟で打ち破れるものではない。殺し合いを命じられ、恐怖のあまりにやむを得ず――そういう者も中にはいるだろう。だが、それだけではない。闘争に悦びを見出しているかの如き言動と共に若い命を奪った魔族ガノンドロフのように、殺し合いに招かれた"被害者"とのみ呼べるものでは無い巨悪の権化も、この世界には存在している。メルビンの怒りは主催者への怒りであると同時に、彼らへの怒りでもあった。自分よりも未来の可能性に満ちた若い者たちの命が、余興と言わんばかりの企画ごときのために、奪われていく。
ホットストーンに封印され、永きときを超えた時、当然にかつての仲間たちとは死に別れることとなった。だからこそ、知っている。取り残された者の悲しみも、そこから立ち直れるだけの精神力も。
己が悲しみを律し、幼い早季の悲しみに寄り添えるだけの精神力がメルビンには備わっている。
「……大丈夫。」
だが――そんなメルビンの気遣いは不要とばかりに、早季は凛とした様相を崩さず前を向いていた。
「それより今は、二時間以内にここから出ないと。」
「むっ、そうでござったな。」
言われてハッとする。早季たちの現在位置は、放送で提示された二時間後の禁止エリアに該当する。だから、なるべく早く移動しなくてはならないのは確かだ。
ボノボ型社会を形成した人間世界の中において稀有な、早季の素質――悲しみを受け止め、前を向くことができる力。元の世界の知り合いの死の有無という大きな差があるとはいえ、放送による喪失感に囚われていたのは、むしろメルビンの方だったのかもしれない。
「しかし、闇雲に移動するのは危険でござる。近くにドラえもん殿を殺害した人物がいると思われるでござるが……。」
そう、ドラえもんの死は決して他人事ではない。近くに、他人を殺し得る者がいるのだ。メルビンだけであるならまだしも、ここには庇護対象の早季もいる。安易に接触を図るわけにはいかない。
「早季殿は、どうしたいでござる?」
「……まずは会いに行きたいです。」
恐怖はあっても、迷いはなかった。
「もしかしたら殺したのは……ビビアンかもしれないから。」
「何とも言えない状況であるとはいえ……心苦しいが、聞いてみねばならぬでしょうな。」
ビビアンを追って行ったドラえもんが死に、ビビアンは生き残っている。そして――早季にとっては、人間が他者を害するのは想像しがたい。現状の何もかもが、ドラえもんを殺したのはビビアンであると考える材料は揃っている。
安易な疑いだろうか。だが、メルビンに攻撃したビビアンには、人間の倫理規定に反する行いを実行できる素質があったのは確か。
もし、この疑惑が正しいのなら、ドラえもんの死は一人で行かせた自分のせいなのかもしれない。あの時、メルビンさんを置いてドラえもんについて行けば――いや、より明確に何かができたというなら、ドラえもんとビビアンの言い争いが始まった頃だ。マリオを描いた守の絵を前に冷静でいられなくなったドラえもんとビビアンに何か言うことができるのは、絵の作者である守を知っており、メルビンと比べてではあるが、ドラえもんと長く一緒にいた自分だけだった。
罪悪感は少なからずある。タラレバに過ぎないのは分かっているし、それに囚われすぎる性分の早紀ではない。でも、命惜しさにそれをしなかった責任から逃げるのは違うだろう。
同時に、自分への疑問もある。仮にその想像が正しいとしたら、わたしはビビアンをどうするのか? ドラえもんの仇として、殺す? それとも、ドラえもんを殺したことすら、許す? 決められない。こんなの、簡単に決めてはいけないことだ。だってわざわざ改めて言うまでもなく、命は重いものだから。ビビアンを殺すのも、ドラえもんの死を許すのも、命を大切にする気持ちがある以上、どちらも間違っているのだ。だからこれは正しい答えを選ぶものではなく、提示された二つのマイナスの片方を選びとる行為に他ならない。何より保留できる時間がないのが、この選択を残酷なものにしてしまっている。何せ時間をかければ、ドラえもん以上の犠牲が出てしまうかもしれない。実際、メルビンはビビアンの力で火傷を負っている。あの力が他の参加者に……真理亜や覚や守に、向かないという保証なんてどこにもないのだ。特に、守とビビアンは一度は接触している。殺し合いが開始してどれほど経ってからかは定かでないが、今も近くにいる確率は決して低くはない。さらにこれは、ドラえもんを殺したのがビビアンでなかったとしても抱くべき懸念だ。進むべき道は、もう決まっていた。
それに対し、メルビンも反対はしない。下手人がビビアンであるのならば責任を感じるという点でも早季と同じだ。
ガノンドロフとの戦いの傷も残っており、決して健康体とは言えぬ状態。それでも英雄として。はたまた年長者として。早季を守り抜く決意を今一度固め直す。
「ちょっと急ぐから……チビィはカバンの中に入っててね。」
「プギー……」
移動の遅いチビィを、呪力で動かしてザックの中に詰め込んだ。危ない生き物じゃないことはもう分かったけれど、触れるとなるとまだ、躊躇が先立つ。せめて息苦しくないように、とチャックの口は半分ほど開け放しておいた。
「行きましょう。」
「うむ。」
早季とメルビンは、進み始めた。
とはいえ、足跡を残していないドラえもんとビビアンが、必ずしも真っすぐに移動しているとは限らない。だが、追う・追われるの関係であった二人は、直進に近い道筋をたどっているだろうという予測はあったし、事実としてそれは概ね外れていなかった。多少の軌道のズレこそあれ、早季とメルビンは確かにドラえもんの殺害現場へと歩みを進めていた。
そして同時刻。その殺害現場から、早季とメルビンの出会った場所に向けての足跡を辿り、一切のズレ無く歩む者もまた存在していた。ドラえもんを殺し、間接的にではあるが、メルビンの二人の仲間の死にも関与した男。
すなわち――この邂逅は必然だった。
前方から隠れることもなく近づいてくる人影。それは綺麗な白髪の男だった。ドラえもんを殺した危険人物が近くにいるという現状から見ても、素直に邂逅を果たしてもよいのか――心の中に確かな迷いはあった。決して、信用し切っていたわけではなく、警戒と信用の狭間に揺れていた。しかし結論から言えば――不十分だったのだ。
もしも危険人物であれば事が起こる前に何かしらの兆候が見えるはずだと、そんな心構えだったのだろうか。他人を殺す者がいたとしても、殺し合いを無理やりさせられてやむを得ずであると、そう信じきっていたのだろうか。どちらにせよ、気の緩みがあった。
「――メルビンさん!?」
我ながら、困惑に染まった情けない声だった。
人影を認識するや否や、メルビンは腰の剣に手をかける。その挙動は明らかに戦闘準備であり、対話もなしにそのフェイズに移行した。
メルビンさんは殺し合いに乗っていないのは明らかだ。では何故、目の前の相手に突然襲いかかる? 向こうから見れば、まるでこちらが殺し合いに乗っているかのように――
――ガキィンッ!
「えっ……?」
今度はあまりにも、間の抜けた声が洩れた。前方の男が何をしたかを識別するよりも速く、劈く金属音が耳を刺激していた。
その音の方へと意識を向けてみれば――剣と剣が、ぶつかり合っていた。その状況を何と呼ぶのか、早季は知らない。彼女の常識の中に、人と人の業物が"鍔迫り合う"ことなど含まれていないのだから。だけど、その行為と鳴り響く金属音が、何を意味しているのかは十二分に伝わっている。
「ほう、この斬撃を止めるのか。」
それは、キングブルブリンの巨躯をも即座に沈めた一撃。
皆殺しの剣の名は、あらゆる相手へと殺意が向くその呪いのみならず、ひと振りで敵全てを薙ぎ払えるその射程にも由来する。偶然にメルビンは皆殺しの剣についての知識があったが、仮にその知識が無くとも、居合の一撃に宿る疾風の如き速度を理解している。仮に皆殺しの剣の射程がなくとも、あの距離は充分に戦闘開始となり得る間合いであった。
「皆殺しの剣、でござるか……。呪われた武器とは……魔王め、なんとむごいことを……。」
空いた左手で真空刃を放つ。烈風が、皆殺しの剣の呪いによって弱まったゴルベーザの装甲を穿ち、剣を振るっていた腕を肩から押し戻す。
「まだまだでござるッ!」
息づく暇も与えぬ真空刃の追撃。森羅万象を操る妙技でありながら体力・魔力の浪費を一切伴わないその技を可能とするは、博愛の精神。攻撃の手段こそ違えど、聖騎士<パラディン>としての根本的な在り方を弟と同じくするその絶技に、たった一瞬、懐かしさを覚え――
「――サンダガ。」
――次の瞬間には、破壊が脳を覆い尽くしたかのごとき雷鳴が戦場にほとばしった。
森羅万象を操るは、月の技術者にして彼の父親たるクルーヤが編み出した、黒魔法の神髄。それを他害に用いたこと、ただその一点を除いたならば、クルーヤの技術を真に継承したのはセシルではなく、ゴルベーザに他ならない。真空刃とは比べ物にならない威力の雷撃は烈風をも逆に吹き飛ばし、エネルギーの衝突の余波はメルビンへと降りかかる。
「ぐっ……!」
中〜遠距離を撃ち払う呪文においても、天地雷鳴士を極めたマリベルのそれに充分引けを取らない威力。魔力の消耗の大きいグランドクロスならば抵抗できるかもしれないが、相対する皆殺しの剣の射程も相まって、パラディンの最も得意とする中距離戦闘ではむしろ不利と見るべきだろう。
「では……接近戦ではいかがか!」
地を蹴り、疾風の如き速度からの刺突。速度に特化したその一撃に、ゴルベーザは一歩引きつつ剣で凪ぐ。
メルビンの剣に宿るは、パラディンとして習得した博愛の特技のみではない。古来より戦闘の腕を磨き続け、ダーマ神殿の導きにより完成した、英雄<バトルマスター>としての剣技がある。
幸いなのは、ただ剣に操られているだけの者を斬ってよいものなのか、迷う必要がないという点だ。一撃目の重みから、そんな迷いを抱きながら勝てる相手ではないと分かっている。故に、場合によっては殺傷も止む無しとの判断に迷いはなかった。斬り伏せねば、斬られる。手心を見せれば殺意に潰される。英雄としての直感すべてが眼前の人型の異形を危険信号を発している。
「早季殿っ! ここは拙者に任せて逃げるでござる!」
近距離から成される斬撃の応酬の合間、守る余裕はないとの見解を簡潔に纏めて言い放った。その声に、ハッとしたように現状を再認識する早季。これが、殺し合い。理解が足りなかった。殺し合いというものを概念として理解はしていても、13もの人数が死んだことに対する実感としてはあまりにも薄かった。
思えば、殺し合いの会場で唯一起こった戦いと呼べるものは、ビビアンとの不和のみであった。それも矛先はドラえもんに向いていたし、自分が死ぬのではないかという認識からはかなり隔絶されていた。だからこそ、6時間で13人という死亡者の人数に対して抱いた感想は――多すぎる、だった。だが、目の前にしてようやく理解する。戦局が僅かにでも傾けば数秒と経たない内に命など簡単に消えてしまいそうなくらい、これは殺し合いであったのだと。各地で起これば、13人という人数など、むしろ少なすぎるくらいに掻き消えてしまうだろう。そして、ドラえもんもその例に漏れなかったのだろう。ビビアンとのいさかいが可愛く見えるほどの、ただただ真っすぐな殺意。もはやドラえもんを殺した人物がビビアンでなく目の前の男であるということに疑いはなかった。
メルビンは最初から皆殺しの剣の射程距離を理解していたかの如く、ゴルベーザを視認すると同時に応戦を開始していた。それを知らなかった早季は、ゴルベーザの攻撃への反応が遅れた。確かに、あの距離から斬り付けられる想像など、早季にできようはずもない。だけど、剣についての事前知識の有無など、もはや関係ないのだ。何故なら、メルビンのみならず早季にとっても――互いに互いを視認できるあの距離は、充分に呪力を用いた”戦闘”を開始できる距離であったから。それを行使してくるという想像力が欠如していたことに、何ら言い訳できる材料は無いのだ。
「早季殿……! 早く――」
次の瞬間。
「――ぐっ!?」
唐突に、ゴルベーザの右足が踏みしめていた大地が陥没する。ただでさえ戦闘中で研ぎ澄ましていた集中力。そこに加えられた予測だにしていない出来事に、ゴルベーザの感覚は一瞬、狂った。接近戦を繰り広げているときには、あまりにも大きすぎる隙。
「ぬおおおおっ!」
メルビンの渾身の真空斬りがゴルベーザの身体に走る。
防御力の無い身体に、初めて明確に加えられた一撃。
「おのれ……バイオッ!」
付け焼刃の狂気で平常心を保っていられるはずもなく、半ば狂乱的に腕から毒霧を振り撒いた。メルビンへの牽制のため、早季には届かない。毒霧に包まれたゴルベーザに対し、メルビンは追撃を断念し、両者には再び距離が開く。
「早季殿、今のは……」
「わたしも、戦います。」
大人であるメルビンに任せて、流されていれば、きっと安全なのだろう。きっと、楽なのだろう。だけど、もうドラえもんを失った時のように後悔したくないんだ。もし、わたしの後を追ってくるのがこの白髪の男だったら。もし、次の放送でメルビンの名前が呼ばれてしまったら。
「……守れる保証は、ないでござる。」
「守られるだけのわたしでは、いたくないんです。」
後悔したくないなんて、命を懸けてまで立ち向かってくれる人に対して自分勝手な話かもしれない。だけど、大人に守られ、害悪に晒されぬまま育った命が次の命を育むとき。果たしてその命は新たなる世代を、守れるだろうか。
一方、メルビンの脳裏に過ぎるは、同じように共闘して、それでも守れなかったノコタロウの姿。今の早季と同じ、逃げられるときに逃げる選択をせずに立ち向かって、消えた命。自分の命があるのは彼のおかげであると言えど、それでも。あの時と同じ後悔をしたくはない。早季が逃げられるのなら、戦場から少しでも離したかった。しかし、彼女にも彼女なりの矜持があるらしく、それを挫くことはできない。
――ならば、死なせなければいい。
この上なく単純で、しかしこの上なく、難しい答え。戦いを引き受けるのではなく、共闘しつつ守り抜く。
彼らを突き動かすは、罪悪。二度と取り戻せないものへの後悔に苛まれ、しかしそれを糧に前を向く。それは、償いを求める心を剣に魅入られたゴルベーザの否定であった。
【E-5南/一日目 朝】
【渡辺早季@新世界より】
[状態]:健康 恐怖(小) マリオに対する疑問
[装備]:トアルの盾@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス
[道具]:基本支給品 チビィ@ドラゴンクエスト7 不明支給品0〜1
[思考・状況]
基本行動方針:仲間(真理亜、守、覚を探す)
1.ゴルベーザを倒す。
2.ビビアンに会いにいく。
3.近くにいるらしい守を探しに行きたい。
4.名簿の友達の姿に疑問。
※参戦時期は夏季キャンプ1日目終了後。そのため奇狼丸・スクィーラとは面識はありません。
【メルビン@ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち】
[状態]:HP1/10 全身に火傷 背中に打撲、軽い脳震盪 MP2/3
[装備]:勇気と幸運の剣@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1〜5(一部ノコタロウの物)
[思考・状況]
基本行動方針:マーダーから身を守る、ガノンドロフは今度会ったら絶対に倒す
1.自分とノコタロウの仲間(アルス、アイラ、シャーク・アイ、クリスチーヌ、ビビアン、マリオ)を探し、守る
2.ボトク、バツガルフ、クッパには警戒
3.マリオに不信感
※職業は少なくとも戦士、武闘家、僧侶、パラディン、バトルマスターは極めています。
【チビィ@ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち】
[状態]:健康
[思考]:早季とメルビンが心配
※早季のザックは空いているため、チビィの意思でいつでも表に出られる状態です。
【ゴルベーザ@FINAL FANTASY IV】
[状態]:ダメージ(小)、呪い MP消費(中)
[装備]:皆殺しの剣@ドラゴンクエストVII
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、参加者レーダー青
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を全滅させ、■■ルを▲き返ら●る
1.メルビンと早季を殺し次第、大魔王の城を目指し、参加者を殺して回る。
2.キングブルブリンには手駒として働いてもらう。
※参戦時期はクリア後です
※皆殺しの剣の呪いにかけられており、正常な思考ではありません。防御力こそ下がっていますが、魔法などは普通に使えます。
■
『ピーチ』
放送で呼ばれたのは、マリオの想い人の名前だった。
(あのヒトも、死んじゃったのね……。)
メルビンからノコタロウの死を突き付けられて。目の前でドラえもんを失って。失ったのはそれだけであってほしかった。マリオが生きていたこと、それだけは心の底から安心している。だけど、マリオは。仮にアタイがマリオを失ったその時のごとく、ピーチ姫の死に悲しんでいるだろう。
大切な人を失う怖さを、アタイは知っている。大切な人を失う痛みは、想像するのも怖いくらいに――それだけで心にカゲが差してしまいそうなくらいに、想像が及ぶ。
(――あ。)
なのに、だというのに。
(これでアタイは、マリオに想いを伝えられる……?)
過ぎってはいけない考えが、つい浮かんでしまった。
「……ああっ! アタイは……アタイは……!」
断じて、ピーチの死を願っていたわけではない。だけど、結果的に。マリオの深い悲しみに繋がるその出来事を、ポジティブに捉えてしまった自分がいたことを、この上なく自覚してしまった。
ビビアンは、根は優しい生物だ。だからこそ、その一瞬の自分の思考が許せず。だからこそ、続く思考は自己嫌悪のみ。マリオのしあわせを自分のしあわせだと、清廉潔白に語ることができなくなってしまった。それは、マリオへの愛の自己否定に他ならない。
人間関係に――それも三角関係に、邪な気持ちの介入など、敢えて語るまでもなくありふれた出来事だろう。その意味では、彼は何も間違っていない。だが、彼は優しすぎた。優しすぎるが故に、これまではただただ純粋にマリオのために行動していたし、できていた。ピーチからの"略奪"など、考えたこともなかった。
「……ホント、なさけないわね。」
良い人だった守の誘いを断って。
同じく良い人だった人たちに、炎で攻撃して。
そしてあの日のマリオのように、自分のために頑張ってくれた人を目の前で殺されても、その敵討ちすらしようとせず。
挙句の果てに、自分のすべてであったはずのマリオへの想いすら貶めた。
「……これが、アタイのやりたかったこと?」
マリオのために殺し合いに乗る――それは、ホントにマリオの願い? それとも、アタイの願い?
ビビアンの原点。今や、懐疑の目が入ってしまった、マリオへの愛。しかし、原点に立ち返って、いま一度回顧して――思い出した。マリオのことが、好きになった理由。マリオ自身も、名前と姿を奪われて大変だった時に、アタイの探し物を手伝ってくれた。顔も名前も分からない人だったけれど、だからこそ、アタイは彼の"優しさ"を好きになったんだ。
「ううん、ちがう。」
仲間や見ず知らずの人たちの屍を積み上げた上で一人だけ生き残って、それで満足するマリオなんて。仮に優勝者に与えられる願いでピーチ姫が生き返ったとしても、それをもって他の犠牲を良しとするマリオなんて。そんなの、アタイが好きになったマリオじゃない。
「もうまよわないわ。アタイは、アタイの好きなマリオを信じる。」
殺し合いに反逆することを決めたビビアン。その目は、ゴルベーザの向かった方向へと向いている。
ずっと目を背けていたが、ゴルベーザの向かった先は、早季やメルビンのいた方向だ。ドラえもんのことは、助けることができなかったけれど。せめて、ドラえもんが信じた彼らのことだけでも、救いたい。それに、ドラえもんの発言が真っ赤な嘘でも明らかな見間違えでもないのなら、ドラえもんはマリオと出会っていたはずだ。それなら、その方向にはマリオがいるのかもしれない。どう考えても、ゴルベーザを追う以外の選択肢などなかった。
ビビアン――彼もまた、罪悪を糧として前を向いた。
されど、忘るるなかれ。彼の愛も、すでに終わっているのだ。ドラえもんはマリオについて、全て真実を語っていたのだから。
【E-6北/一日目 朝】
【ビビアン@ペーパーマリオRPG】
[状態]:健康 疲労(大) 情緒不安定(小) 仮面の男(ゴルベーザ)への恐怖
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針 マリオと共にこの殺し合いの世界を脱出する。
1.ゴルベーザを追って、早季やメルビンから遠ざける。
2. マリオに会って、本当のことを知りたい
※本編クリア後の参戦です
※ザックには守の呪力で描かれた自分とマリオの絵があります。
最終更新:2022年01月19日 17:09