ㅤそれは、はじめから、薄氷のような道だった。今にも割れて、足元から掬われてしまいそうな。
足元の危うさを、私は知っていた。それでもあえて踏み出したのは――そこにしか、歩む道がなかったからだ。
ラーの鏡で取り戻した、亡くした友人たちの記憶。大人たちに騙されていたという事実。この真実に、私たちはきっと耐えられない――ただ一人、早季を除いて。だから、早季を優勝させるしか、道は残されていなかった。子供たちを犠牲にしなくてもいい新世界を彼女が作り上げてくれるなら、私は喜んでその礎となるから。
それでも、この世界に集められた人たちの、最後の一人に早季が選ばれるなど、ただでさえ50分の1の勝機しかない戦いだった。
『――渡辺早季』
なればこそ、その道が崩れたとしても。死のルーレットが選んだ先が、彼女であったとしても。
「……今、なんて?」
訪れるべくして訪れた、運命なのだろう、と。割り切るしかないのは、当然なのだ。
「……嘘よ。」
流れる水がその行く先を分かつように、潮の流れや風向き、何かが僅かに逸れるだけで、安易に訪れる帰結であった。その結果は、必然でなくとも、起こりうるものであるのだと――私は、認識していなくてはならなかった。
他害感情を抱かぬよう、ボノボ型社会という箱庭の中で育てられたというルーツを持っていたことが、親しい者の死を自身の感覚から遠ざける言い訳になったとしても、私だけは。この殺し合いで現に人を多く殺してきた私だけは――当然に起こり得る早季の死に、動揺する権利なんてありはしないのだ。
「嘘……そんなの、嘘よ……!!」
だというのに。こんなにも、心が乱れてしまう。
「早季に、生き残ってほしかった。」
前を向けていた、その理由――前方に常にあったはずの到達点。放送という曖昧な伝達手段による、たった6文字の通達は、その道の先の希望をかき消してしまった。
「なのに……早季は死んで、汚れてしまった私だけが、今ここに立っている。」
これは、殺し合いの世界。綺麗なままの手では、生き残れない。それは幾度となく、実感してきたことだ。何かを掴もうと、懸命に伸ばしていた手も。私へと、差し伸べられた手も。綺麗なままの手を、私は常に振り払って、破壊し尽くしてきた。そして残るのは、汚れた手をした私だけ。
信じた者が割を食い、殺した者が生き残る。それが摂理なのだと、もはや理解するしかない。
「だったら私は、何のため――」
――人を、たくさん殺したというの?
その先に紡ごうとした言葉の恐ろしさ。それはこの殺し合いの中で、幾度となく割り切った言葉だったはずだ。しかしその割り切りには、『早季のため』という前提があった。
もう、何人も殺してしまった。すでに後戻りはできない位置にいる。その中で、その前提が喪失してしまったのなら。
「いやっ……私……私はっ……!!」
残るのは、集団洗脳的なボノボ型社会の中で育った真理亜でなくとも、当然に浮かぶ感情。ましてや、その環境下であれば、なおさらだ。
殺すのは、怖い。
殺されるのは、もっと怖い。
愧死機構という後発的なものよりも、より強く、生物の本能として刻まれている。
眼前の光景ごと拒絶するように、頭を抱えて塞ぎ込む。近くに参加者がいなかったことが幸いか、それだけの隙を晒しても襲撃を受けることはなかった。
……そうして過ごすこと、10分ほど。
「……早季。私はこれから、どうしたらいいの?」
ようやく落ち着いてきた頭で、それでも縋るのなら、私の落ちた先――奈落の底には糸があった。
『――このように、死んだ者も生き返らせる。』
オルゴ・デミーラが提示した、死者の蘇生すらも可能とする奇跡。ほんの一筋かも、しれない。それでもまだ、希望は残っている。喪失した早季を取り戻すという道は、まだ途絶えてはいないのだ。
――けれど。
同じ日常を、共に笑って過ごしてきた大人たちだって、信用できない。いつも優しくて、小さい時から私を育ててくれたお父さんも、お母さんも皆、私たちが消されてしまう事実を知っていた。だというのに、他人に殺し合いを強要するような、そんな存在を。そのためには人の死をも利用するような、そんな人の皮を被った怪物を。何故、信じられるというのか。
優勝すれば、この催しを企画した悪魔のような者たちが本当に早季を生き返らせてくれるのかどうか、という点のみではない。何せ、命は不可逆だという前提は、覆せるはずがない。それができるのであれば、悪鬼や業魔など、それがもたらす災禍すらも可逆的なものであるということであり、恐れる必要なんてないのだ。
呪力を用いて死体を動かし、全身の筋肉を精密操作しようものなら、最初の会場でオルゴ・デミーラが見せたイリアの蘇生という奇跡の演出は、もちろん容易でこそないものの、可能だ。あの演出ひとつで信用するには足りない。この殺し合いに私が優勝したとて、本当に、早季の蘇生が可能であるのか。
「……生き返らせるなんて、そんなの、できるわけがない。」
少なくとも、私にはそうとしか思えない。そしてそれは同時に――早季の生還を、結局は不可能なものとする思考に他ならない。この手を血に染めてまで歩んできた道はすべて、無駄だったのだ、と。そう私に叩き付けるものでしかない。
早季には、できることがあった。
もう守や、瞬や、麗子のような、犠牲となる子どもたちを生み出さなくてもいい、そんな新世界を作り上げること。
小さい頃から、私たち6人の中でも特に、物事を諦めない心を持っていた早季。それは周りの大人たちと比較しても引けを取らない性分で、きっと早季は将来、見つけ出した夢を無理やりにでも掴むのだと、常々そう思っていた。そして、そんな早季だからこそ、この殺し合いの中での私たちの死に、意味を見出してくれると期待していた。
しかし早季は、もういない。
私たちの死を無駄にしまいと奔放し、新世界を作り上げるリーダーとなるはずだった少女は、その時を待つことなく死んでしまった。
薄氷を踏むような、崩れかけだった道はもう、壊れてしまった。先は閉ざされ、しかし帰る道もなく。私は独り、落ちていく。
「……だったら。」
それでも。私は、飛べるから。
足元が崩れ落ちたとしても、前に進めるよ。
怖いけれど、苦しいけれど。薄氷が如き道すらも、すでに消えてしまったけれど。それでも、汚れてしまった私はもう前に進むしか、ないのだから。
「――私があの世界を、変えてみせる。」
私には、何も無い。瞬のような特別な呪力も、覚のような元の世界における立場も。
だけど、今はもう、あるじゃないか。元の世界においても、私だけのものと言えるだけの特質が。
――愧死機構の不動作。
もし、元の世界に帰っても同様に、誰かを殺しても平静でいられるのだとしたら。大人たちに対する、圧倒的な優位性となる。この力をもって強制すれば、子どもたちを間引く制度を、強引にでも変えられる。もし、逆らおうものなら――
「……早季。私は……あなたの死を、無駄になんてさせない。早季みたいな才能なんてないけど……それでも、その道を進んでみるね。」
ラーマン・クロギウス症候群――別名、『悪鬼』
愧死機構を持たない人間を指す病気の名前である。
「そのためなら――万の屍すら、超えてみせるわ。」
それはまさに、彼女の現状を指すに相応しい状態であり――そして、この症状を持つものは高い確率で、他者に対する暴力性を、発揮するという。
【D-6/一日目 日中】
【秋月真理亜@新世界より】
[状態]:ダメージ(小) 疲労(中) 全身に軽い火傷 返り血
[装備]:銀のダーツ 残り5本@ドラえもん のび太の魔界大冒険
基本支給品×2ラーのかがみ@ドラゴンクエストⅦㅤエデンの戦士たちㅤモイの支給品0~1
疾風のブーメラン@ゼルダの伝説 トライライトプリンセス 口封じの矢×5@Final Fantasy IV
基本行動方針:優勝して愧死機構の制限を維持したまま生還し、元の世界で革命を起こす。(万が一可能であるなら、早季を生き返らせる。)
1.煙の方向へ向かう
※4章後半で、守と共に神栖六十六町を脱出した後です
※ラーのかがみにより書き換えられた記憶を取り戻しています。
※呪力は攻撃威力・範囲が制限されており、距離が離れるほど威力が弱まります。ただし状況次第で、この制限が弱まります。
最終更新:2022年08月20日 11:10