夢を見た。
どんな夢だったかは目を覚ました時に忘れてしまったけど、悲しい夢だったのは分かった。
私の顔は、涙で濡れていたからだ。


(あはは……酷い顔。)
そんなことをしている場合じゃないのは分かるが、ラーの鏡を覗く。
血と涙で顔は、ぐしゃぐしゃになっていた。
髪も色んな血を吸って、斑に染まっている。

(あーあ。これじゃ早季に会えないな。)
はあ、とため息をついた。
流石にこの格好は自分でも引いてしまう。
不思議な話だ。
私はもっと悍ましいことをしてきたはずなのに、その行為よりも今の恰好に嫌悪してしまうとは。


まだ疲れは取れていない。
あれほどのオーバーワークで消耗し切った体力は、1時間少しの睡眠と支給品の不思議な料理では到底補えない。
この場所が禁止エリアになるまでは、まだ少し時間があるから、もう少し休んでおきたい。
だが、どうにも寝る気にはなれなかった。


その時、私は急に胸騒ぎを覚えた。
辺りには誰もいない。
それは確かで、見落としなど無いはずなのに、何か取り返しのつかないことになってしまった。
例えば瞬が消えてしまった時のような、守がいなくなってしまった時のような、私のあずかり知らぬ所で何か決定的なことが動いている感覚。
そんな感覚を私は覚え、居ても立っても居られない気分になった。


しばらくすると、胸騒ぎは収まった。
既に禁止エリアになることが予告されているため、誰もおらず、近付きもしない場所を歩く。
先程まで人が集まっていた図書館にいたのが嘘であるかのように、辺りは静かで人気が無い。
まるで自分一人だけ、知らない星にいるかのような気持ちになる。


不意に思い出したのは、ある一曲の歌

『泣きそうな青リンゴ
抱えてる胸の奥
転がって 強がって
窮屈な空睨む  
運命に 従順に
熟すのを 待つもんか♪』


確か、いつだったか早季が口ずさんでいた歌だ。懐かしいな。
最後に聞いたのはいつだったか。物凄く昔のことのような気がする。


彼女はニセミノシロモドキから人間の醜悪な歴史を教わっても、尻込みすることなくさらに世界の深淵を知ろうとしていた。
傷つきやすくて、涙もろいのに、それでも鳥かごで飼い主に生殺与奪の権を握られながら籠ることを良しとしなかった。
地球上にどれほど多くの人間が産まれたか分からないが、そんなことが出来る人間が、何人いるだろう。
彼女は世界の窮屈さを知り、傷つきながらも前を見ながら新世界を目指し、それを作れる人間だ。
それが出来ることに比べれば、頭がいいとか才能があるなんてことは塵芥でしかない。


『千の風 吹け吹け
わたしは しゃぼん玉♪』


彼女はシャボン玉だ。
簡単に弾けてしまうほど弱いが、風に乗って、何処までも何処までも、屋根より高く飛んでいける。
呪力で空を飛べる私などより、ずっと遠くまで行ける。
だからこそ彼女が割られることは、絶対に止めないといけない。


『予期せぬ(上昇して) 嵐に(下降して) あらがう(それでも) しゃぼん玉(生きてく)♪』


私が合いの手を入れると、嬉しそうな顔をしてくれた早季の顔を思い出す。
願う事なら私もしゃぼん玉となって、彼女と一緒に飛んで、新世界を見たかった。
けれど私は、地面から彼女の行く末を、離れていく所までしか見ることが出来ない一輪の花でしかない。


『弾ける瞬間 虹、放て♪』


私は生きることは死ぬことだと思う。
例え不浄猫によって間引かれずとも、八丁締の外に出て外来種のバケネズミに殺されずとも、こんな殺し合いに巻き込まれずともいずれ死ぬ。
リンゴが熟して木から落ちて割れるか、熟すことなく青いまま割れるかの違いだけだ。
だからこそ大切なのは、どこで死ぬか、死ぬときどれほどの人の目を惹くかだと思う。
弾ける瞬間、どのシャボン玉より多くの人の目を惹き、忘れることのないほど綺麗な虹を放って欲しい。


人気のない草原を歩くと、目の前に湖が広がり、その中心部に見張り台のような建物が聳え立っていた。
あの場所から早季を見つけることが出来るかもしれないと思って、身体を浮かせて湖を越えていく。
そのまま2階に入り、階段を使ってもう1つ上の階へと上がる。


『参加ナンバー♡A 秋月真理亜様ですね。この度は展望台へお越しいただき、誠にありがとうございます。』
「!?」

まるで筑波山にキャンプへ行った時、ニセミノシロモドキから声をかけられた時のような気分になった。
この機械も人離れした姿をしながら、どこからか人間の女性の声を出している。
神栖66町にもありそうなデザインをした展望台に不似合いなだったのもあり、思わず声を漏らしかけてしまった。


『当システムは、6時間ごとにこの戦いを有利に進める道具を、提供することが出来ます。』
参加者や、他にも害を与えてくるものではないと分かり、私は少しだけ安堵した。


『今回秋月真理亜様が選ぶことが出来るのは、以下のうち2つです!どちらも地中に封印された道具を、再利用させていただきました!』

地中に封印されたという言葉に、一瞬引っかかった。
一体どんな呪力を使った者がいたのか、疑問に思ったからだ。

• 鋼をも砕けるほどのハンマーと、大木をも貫ける大弓
• 風の精霊の力を借りたブーメランと、魔法を封じる矢。

どちらでございますか?』


この機械は何なのか、一体だれがどのような呪力を用いてこれらの道具を地中の奥底に追いやったのかは分からずじまいだが、武器が手に入る貴重な機会だということにした。
力の足りない現状を鑑みれば願ってもみない幸運だ。


「ブーメランと矢を頂戴。」
弓とハンマーは、呪力を使っても使うのに難儀しそうなほど大きかった。
だから、後者を選んだ。
私の呪力とは違う魔法(図書館で戦った赤い女性が放った炎のようなものだと解釈した)を封じられるなら、是非とも欲しい武器だ。
矢だけでも銀のダーツの様に、呪力に乗せて飛ばすことが出来る。


それに、風の精霊の力を秘めたブーメランというのも気になる。


『ありがとうございました。なお清き力を持つ者しか風の力を借りることは出来ませんので、ご了承くださいね!!
それでは、生きていればまたお会いしましょう!!殺し合い、頑張ってくださいね!!』


しまったな、と思った。
清き力とは何たるか分からない。
けれど自分の願いを人に押し付ける為だけに人を殺した私が、そんなものを活用することは出来るはずがない。
でも注文を変更することは出来ないようで、機械はそれっきり反応を示さなくなった。
機械から吐き出された数本の矢と、白鳥の翼のようなデザインのブーメランを握り締める。
矢はそれこそバケネズミの外来種が戦争に使っていそうな、羽の付いた棒きれの先に刃が付いた原始的な矢だ。
これで魔法を封じることが出来るのかと奇妙な感覚を覚える。
私が矢をまじまじと見つめていると、右手から風が吹いた。


何が起こったのか、と右手を見ると、何かが語り掛けて来た。
―――私はこのブーメランに宿る風の妖精です。
―――貴方のお陰で、地中から解放されました。これで真の力を使うことが出来ます。
―――清き少女よ。我が力が宿る、このブーメランをお使いください。


(……え?)
信じられなかった。
風の精霊が宿り、風を起こすことが出来るブーメランより、私を清き少女と言ったことだ。
そこから先もブーメランが語り掛けてきたが、それから何も言葉を話さなくなるまで、言葉は頭に入ってこなかった。


私は既に6人を殺している。
全人学級で聞いた悪鬼のような行いをした私を、清い少女と呼ぶなんて、風の妖精とやらも分かってないなと思った。
不思議な話だ。否定される覚悟も悪鬼と罵られる覚悟もあったはずなのに、清き少女と言われると、その言葉を否定したくなる。


だが、ブーメランは私の胸の内とは裏腹に、くすみ一つない真っ白な光を放っていた。
神栖66町の林の奥のような、涼し気な風を放ちながら。


「ねえ、もし私があなたの力で、人を殺したら、それでも清いと言い続けるの?」
ブーメランは答えてくれなかった。
まるで先程まで語り掛けてきた事実が、嘘であったかのように。
この鼻持ちならない武器の正体も分かるのではないかと思って、ラーの鏡にかざしてみる。
だが、出てきたのは血と涙に汚れた私と、真っ白な光をぼんやりと放つブーメランだけだった


私がやっているのは誰の為にもならない、早季の為にさえならないことなのは分かっている。
今の私の姿は、そんな私への呪いであり罰だ。
だから、誰からも正しいと思って欲しくないし、例え早季が私をそうだと思おうと、私は私を正しいと思わないし、私達をこうさせた世界はもっと正しくないと思う。
正しくなくても、清く無くても、私は彼女が作る新世界の礎になれればそれでいい。


そう言えば、あの歌の続きが思い出せないな。
早季の歌に合わせて、合いの手を入れられたくらいなのだから、覚えてない訳がないのだけど。
まるで私の脳が、思い出すことを拒絶しているような、変な感覚を覚えた。
そんなものを気にしても仕方がない。


展望台から、少し離れた場所に煙が上がっていたのを見えた。
あの場所に早季がいるかもしれない。
このブーメランを使えば、火を消すことが出来るかもしれない。
早季を守ることが出来るかもしれない。


そう思いながら橋を渡る。
悪鬼の物語と違って、つり橋が切れることは無かった。



【D-6/一日目 早朝】

【秋月真理亜@新世界より】
[状態]:ダメージ(小) 疲労(中) 全身に軽い火傷 返り血
[装備]:銀のダーツ 残り5本@ドラえもん のび太の魔界大冒険 
基本支給品×2ラーのかがみ@ドラゴンクエストⅦㅤエデンの戦士たちㅤモイの支給品0〜1
疾風のブーメラン@ゼルダの伝説 トライライトプリンセス 口封じの矢×5@Final Fantasy IV
基本行動方針:渡辺早季@新世界よりを優勝させる。
1.煙の方向へ向かう

※4章後半で、守と共に神栖六十六町を脱出した後です

※ラーのかがみにより書き換えられた記憶を取り戻しています。

※呪力は攻撃威力・範囲が制限されており、距離が離れるほど威力が弱まります。ただし状況次第で、この制限が弱まります。


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最終更新:2022年07月07日 11:06