朝比奈覚は、ローザ達と別れた後も走り続けた。
のび太の呼吸は段々穏やかになってきたが、それでも安心は出来なかった。
走って、走って、疲れて倒れそうになりながらも走って。
その先に見えてきたのは、神栖駅とは違う駅だった。


呪力でのび太を抱えたまま、駅の中に入った。
あの時病院に入った時のように、常に自分を狙ってくるものがいないか伺いながら、彼をベンチに寝かせる。
のび太の傷は、仗助とローザの力によってほとんど塞がっていた。
自分が出来ることはもうあまりなく、あとは彼の体力次第、そう言った所だった。


彼を寝かせると、ずっと見張っておこうかと思ったが、彼自身も精神的な疲労のために、ドサリと隣に座り込んだ。
呪力をそれなりに使ったのもあり、最初の放送前に神栖駅で眠ったのにも関わらず、また眠気が襲って来た。
眠ったら大変なことになると言い聞かせながらも、眠りに落ちてしまった。




目を覚ますと、眠っていたのは1時間ほどだと時計の短針が語っていた。
のび太はまだ目を覚まさない。
このままここにいてもいいのだが、居ても立っても居られず、のび太を運んで駅の入り口で待つことにした。
空のてっぺんに太陽が昇ろうとしている間、覚は1人で色々なことを考えていた。
あの独特な髪型の少年は無事だろうか。金髪の女性にはお礼を言いたい。赤帽子のオンナのコは、きちんとマリオと話が出来たか。
そして、ダルボスは無事でいて欲しかった。もう助からないと思っていたが、そう考えてしまった。
あの地平線から、のび太を助けてくれた優しい少年たちが現れるのを、待ちわびていた。そうすることしか出来なかった。


そして、放送が鳴り響く。
一度目の放送とは違い、彼にとって到底耐えられるものではなかった。
ダルボス、仗助、ビビアン。
そして、一番聞きたくなかった、聞くとは思っていなかった名前、渡辺早季。


放送を全て聞き終わると、貝のように口をぽかんと開けて、力無くその場に膝をついた。
早季が死んだ。
ずっとずっと隣にいた早季。
どんな時でも決してあきらめなかった早季。
ただ、彼女を失った事実のみが、ひび割れた彼の胸に染み渡る。
身体が氷のように冷え切って行き、視界が真っ白になり、耳鳴りだけが妙にうるさく響いた。


「うあああぁぁ………!!」

人は悲しい時、涙がこぼれないように天を仰ぐと聞いたが、今の覚はまさにその通りだった。
違うことは、上を向いても涙が止め処なく零れることだけだった。
空に向かって、綯い交ぜになった感情を、慟哭に変えて吐き出した。
影が力無く崩れ落ちた彼を、残酷に包んだ。

その後に遅れて彼の心にやってきたのは、罪悪感。

(ごめん……早季、ごめん……ダルボス、仗助、ビビアン……。)

せめてもの罪滅ぼしにと仇を取ろうにも、その相手であるマリオも既に死んでしまっている。
どうして神栖66町の大人達が、居なくなった子供たちの記憶を奪ったのか、少しだけ分かった気がした。
彼女を失った事実は、真理亜や守の訃報を知らされた時以上に彼の心を抉った。
いつだって、彼は大切な人の死に目に会えない。


その時、いつの間にか目を覚ましていたのび太が、突然西に向かって歩き始めた。

「おいのび太、どこに行くんだ!?危ないぞ!」

さっきまで自身の無防備を晒していたことも棚に上げて、彼の挙動を訝しむ覚。
彼が放送を聞いたのか聞いてないのか分からなかったが、ただ真っすぐに歩いていた。


「のび太、どうしたんだ!」

本当なら怪我が治り、目を覚ましたことを喜ぶべきかもしれない。
だが、そんな余裕は精神が摩耗し切っていた覚に無かった。


「すぐ近くにドラえもんがいる。僕にはわかるんだ。」

酷く静かな声でそう答えた。
彼がなぜそれを分かったのかは不明だ。
だが彼がドラえもんに会いたいという意思が、そうさせたのだと覚は解釈した。

のび太は迷いなく、真っすぐに走った。
道路光線で照らされた帰らずの原を突き進むように。
覚は止めもせず付いて行く。彼が親友の存在を感じる方に。

道なき草原を、道があるかのように走り続ける。
マラソン大会で万年ビリッケツの彼から、荒い息が漏れる。
それでもペースを落とすことなく、ただひたすらに前を目指した。


やがて二人の視界に、一つの人工的な青が飛び込んできた。


「ここにいたんだね。探したよ。」


のび太はこの世界で、ついに親友と再会した。
返事はされなかったが、やさしくのび太は壊れた親友を抱きしめた。


「僕さ、ずっときみのことを探したんだよ。怖い人に追いかけられたりしたけど、朝比奈さんもダルボスもとてもいい人でさ。」

一見、子供が動かないブリキで人形遊びをしているようにしか見えない。
それでも、彼の中ではその青いロボットは確かに生きていた。

「もう大丈夫だよ。だから、一緒に帰ろうよ。」

壊れた戦士から氷の魔法と斬撃を受け、壊れたドラえもんは何も答えない。
それを見ていた覚は、ずっと考え続けていた。
現実を見ろと叱咤するか、彼の人形遊びに付き合うか。
少しでも壊れたのび太を、完全に壊れる前に戻すか、それとも彼のしたいようにさせるか。
もし彼が完全に壊れてしまえば、一番近くにいる覚が責任を取るしかない。
神栖66町の大人たちが、怪物をその身に宿している子供たちを間引いてきたように。


朝比奈覚という男に、一緒に喪失を嘆く資格は無い。
それは彼が一番わかっていた。
なんせ喪失を受け入れず、自分の判断でないことだが。
友達の喪失を忘却という手段で、苦しみから自身を守っていたのだから。


のび太にそっと近づく。
彼の顔からこぼれた雫が、ぽたりぽたりとドラえもんに流れるのを見る。

泣きながらのび太は、色んな思い出を語る。
初めで出会った時、喧嘩した時。一度別れてまた会えたこと。
一緒に首長竜を育てた思い出。
一緒に時空の狭間から崩壊するコーヤコーヤ星に乗り込んだ思い出。
一緒に930万枚、世界中の写真を空から集めた思い出。
皆で行った海底キャンプ。
そして、皆を助けに魔王城へ乗り込んでいったこと。
どんな冒険だったかは、後ろで聞いていた覚にも分かった。


彼の思い出を聞きながらも、のび太をどうするか考えていた。
子供に対してそんな残酷な考えを抱ける自分が、どうにも憎かった。
まだ覚は知らぬことだが、それが偽り神々と人間の間の溝なのかもしれない。

語り続けた後、急にのび太は静かになった。


「大丈夫。」
のび太は静かにそう言った。

「ドラえもんが僕に勇気をくれた。もう大丈夫だよ。」

その声の震えは、とても大丈夫とは思えなかった。
けれど、覚は彼を信じた。
信じようとした。自分が忌み嫌っていた神栖66町の教育委員会の人達と同じことをしたくないから、それだけではない。
彼の瞳には曇りのない光が宿っていた。
それは14年前、呪力を失った上にバケネズミに追い立てられても、活路を見出そうとしていた早季の瞳に似ていた。

彼の目を見て、覚は分かった。
のび太という少年は、傷つきやすいけど、壊れることは無い少年だと分かった。
それを知った彼は、のび太の手をただ優しく握った。


「行こうよ!僕はやらなきゃいけないことがあるんだ!」
のび太はその手を握り返す。


「ごめんな。のび太。」
覚は勇敢な彼に謝った。

「いいよ。気にしないで。それに僕を守ってくれてありがとう。」


そうじゃないんだ、と心の中で付け足した。
でも、話す必要が無いしもう考えていないから言わなかった。
今彼がすべきことは、のび太というどこか早季に似た少年が、無事に帰れるその日まで守ることだから。


「じゃあね、ドラえもん。」

それから二人で地面を掘り、墓を作ることにする。
一人だけでは誰かを埋葬するほど大きな穴は作れないが、覚が呪力で地面に穴をあける。
ドラえもんに土をかぶせた後、のび太は優しく言葉をかけた。
彼は死した者に引きずられることは無い。死を否定することもない。
たとえ彼の胸に親友を失った事実が刻み込まれたとしても。
それが足を止める理由にならないから。


のび太は足を進める。
親友の墓場から離れていく。
彼にとっての、最期の思い出を作った場所から遠ざかって行く。
最後にもう一度だけ、呟いた。


「さようなら。」


またのび太の後ろを歩きながら、覚は祈った。
ここには仏像などないし、流れ星どころか、太陽も月も隠れてしまうような空の下だが祈った。

どうかこの子の、ドラえもんとの思い出が奪われませんように。








【E-6北/一日目 日中】

【野比のび太@ドラえもん のび太の魔界大冒険】

[状態]:ほぼ健康 決意
[装備]:ミスタの拳銃(残弾3)@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:覚と共に脱出する
1.ドラえもんとの思い出は無駄にしない
2. デマオン、スクィーラには警戒
※参戦時期は本編終了後です
※この世界をもしもボックスで移った、魔法の世界だと思ってます。
※主催者はもしもボックスのような力を持っていると考えています。
※放送内容による仲間の死を受け止めました。また、第二放送も聞いています。


【朝比奈覚@新世界より】
[状態]:肉体ダメージはほぼ全快 早季喪失の精神ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、北風のテーブルかけ(使用回数残り17/20)@ドラえもん のび太の魔界大冒険 ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を探し、脱出する
1.安全な場所を探す
2.のび太の思い出を守る
3.神栖66町の仲間(早季、守、真理亜が心配)
4.仲間を探す過程で写真の男を見つけ、サイコ・バスターを奪い返す
5.デマオン、スクィーラに警戒

※参戦時期は26歳編でスクィーラを捕獲し、神栖66町に帰る途中です。




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085:破滅の足音1 疑心、悪鬼を呼ぶ 時系列順 087:未来へ
投下順
079:血と灰の世界1 炎獄の戦場へ 野比のび太 095:しかし、誰が四枚目のカードになるのか?
朝比奈覚

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最終更新:2022年12月19日 11:05