月明かりに照らされて、彼女――満月美夜子はただ一人、立ち竦んでいた。

ㅤ月の光は綺麗だ。それは、殺し合いの世界でも変わらない。悪魔たちの根城の魔界星も、それを包む黒い炎も、観るだけならば美しい。美醜が本質を捉えないものなんて満ち溢れている。

ㅤ大事なのは中身だ。改めて言うまでもない、当たり前の話。それでも、物事の表しか見ない人間はたくさんいる。地球の危機を誰よりも早く察知して守ろうとしていたお父さんを、人々はホラ吹きと罵るだけだった。

ㅤこの世界も、おそらくは同じだ。正しい人が信用されるかなんて分からない。第一印象で決めつけ、疑心暗鬼に駆られ、最終的に殺し合う。

ㅤそんな人間が全てではないとは分かっている。お父さまは魔学博士として偏見を捨て、世の中の実態を暴こうと研究に身を捧げた人物だ。ドラちゃんものび太さんも、魔界接近説を信じてくれて、共に魔王デマオンを倒す旅に出向いてくれた大切な友だちだ。

ㅤだけど、ほとんどの人は知らない人。そんな中で殺し合うつもりはないと、信用してもらうことはできるのだろうか。また、自分も信用することが、できるのだろうか。

ㅤ魔王という明確な悪がいて、世界滅亡の危機に瀕していたが――しかしある意味では、美夜子の世界は平和だった。人の悪意に触れることはあっても、人の害意に触れることは無かった。

ㅤそのために、想定が遅れてしまった。

「――おらあああっ!」

「――っ!」

ㅤ木の裏に身を隠し、出会い頭の一閃――不意打ちだった。信用の可否以前に、機会すら訪れない邂逅は、完全に意識の外だった。

ㅤしかし幸いにもその一撃は急所を外れ、防具としては頼りない薄桃色の衣ごと皮膚を裂かれるのみに留まった。美夜子の鮮血が月夜を彩る。

「くっ……、たて!ㅤ火柱っ!!」

ㅤ魔界の悪魔の侵攻に備え、実戦を想定した魔法の訓練を欠かさなかった美夜子。不意打ちを受けても、追撃までもを易々と許すことはない。魔力で形成された炎を展開し、襲撃者を包み込む。同時、それに伴い発生した気流が美夜子の身体を後方へ吹き飛ばし、襲撃者との距離を保つ。

ㅤ両の足で着地し、未だ燃え盛る炎の中で悶える影に視線を向ける。咄嗟の判断で出してしまった、人間を焼き殺すには十分な火力。正当防衛とはいえ、誰とも知れぬ命を奪ってしまったかもしれない、その事実が美夜子の心にずしりと伸し掛る。

ㅤこの人だって、襲いたくて襲ったわけでもあるまい。こんな催しに招かれて、無理やり殺し合いをさせられた被害者だろうに――自責に満ちた想像は、しかし次の瞬間には消え去ることとなる。


「――ひどい世界だと思いませんか。」

ㅤ酸素を消費する炎の中で、人は呼吸をできない。だというのに、炎の中の人影は言葉を発している。それだけでも、耳を疑いたくなる光景だ。

「そうよ、ここはひどい世界よ。だというのに……何がおかしいっていうのよ!」

ㅤしかし今は耳だけでなく、目すら疑わしい。暗闇に紛れていた影の醜悪な顔貌を、眩いばかりの火柱が暴き出した。その先に見たのは、無理やりに殺し合わされているこんな状況下で、男――鶴見川レンタロウが満足気に笑っている光景。

「皆、自分は可愛いものでしょう?ㅤだから死にたくなくて、人を殺し、奪って……そうして生き残った人は、さぞかし薄汚いものに満ち溢れているんでしょうねえ。」

ㅤ燻る炎は男の全身を微塵も焼いていない。それも当然、この場に居るレンタロウは能力『幽体離脱』により肉体から乖離した幽体である。刃物を握れる実態はあれど、物理的なダメージは通さない。したがって、レンタロウは意に介さない顔持ちで炎の中を潜り抜ける。

ㅤそんな中でも手にした刃物だけは熱を帯び、黒く焼き目を付けながらその存在を主張する。それを逆手に翻し、レンタロウは一歩、一歩と美夜子に接近する。それに伴い後退する美夜子。両者の距離は一向に縮まらない。

「本当にひどい世界ですよ。キレイなものを貶める表現は、僕だけのものでないといけないんです。」

ㅤ美夜子の白い肌、そして月夜を映し出すような翠色の瞳を、レンタロウは舐めまわすように凝視する。

「ところであなたもキレイですねえ。」

ㅤ美夜子の全身に嫌悪感がほとばしる。醜悪さのベクトルが悪魔とは根本的に違う。自分の知らない、知るべきですらない価値観の相手だ。真っ当にやり合っては駄目だと直感が理解する。

ㅤ善悪の狭間で苦しんでいるのなら説得の余地もあっただろう。魔学が発展した現代では迷信だと信じられてきた"科学"を使えるドラちゃんも、力が無くても誰にも負けない優しさを持っているのび太さんも、この世界には呼ばれている。それは喜ぶべきことではないけれど、こんな絶望的な状況でも手を取り合えるはずだと、誰かを諭す材料は持っている。しかし、あろうことかこの状況を楽しんでいる者には、語る言葉など持っていない。持っているはずもない。説得の道を即座に諦めて踵を返し、脱兎のごとく逃げ出した。


「おや、おいかけっこですか?」

ㅤそうこなくては、とレンタロウは口角を吊り上げる。すぐさま死なれても面白くない。恐怖に震え、小便を撒き散らしながら逃げる獲物を追い詰め、友情や愛情、人々がキレイだと信じて止まないものをかなぐり捨てて保身に走り始める者をじわじわと嬲り殺してこその"表現"だ。最初の奇襲であえて急所を外したのもそのためだ。

ㅤ一般的な幽体のイメージと異なり、宙に浮くことはできない。質量があるため、美夜子を追って大地を踏みしめる度に荒い足音が耳を叩く。それは恐怖の演出としては十分すぎた。

「ははは、楽しいですねえ。」

(こんなの……楽しいもんですかっ……!)

ㅤ息を切らして逃げ回る美夜子。魔法が通じない。攻略の糸口が見えない。

ㅤそして、初撃で傷を負った美夜子と、疲れという概念のない幽体のレンタロウ。両者には元より体格差もある。間もなくして追い付かれるのもやむを得ないことだった。

「きゃああっ!」

ㅤ美夜子の足に一筋の斬撃痕が刻まれる。機動力を一気に削がれ、逃げるという選択肢を完全に潰されてしまう。勝ちを確信したレンタロウは、ナイフをくるくると手のひらの上で遊ばせながら、舌なめずりする。

「安心してください。あなたが殺し合いで穢れていく前に、僕が表現してさしあげますから。」

「そう簡単に……やられてたまるもんですかっ!」

ㅤ対する美夜子は、剣を内蔵したいつものペンダントは没収されているが、代わりに支給された一本の剣を取り出す。刀身が蒼く煌めく意匠の施されたそれは、『オチェアーノの剣』と呼ばれている。月の光を反射した海の水面のような、儚い美しさを備えた伝説の剣――しかしそれを相手に向けてしまえば、どれほど綺麗な武具であれ殺傷力の塊でしかない。

ㅤまたひとつ、キレイなものが殺し合いの枠に貶められてしまったことを感じ取り、どこか恍惚の表情を見せるレンタロウ。幽体を傷付けられない剣など恐れる必要は無いため、一切億さずに刃を振り上げる。

――ギィンッ!

ㅤ心臓を隠しているために不死身であったデマオンと同じく、幽体を倒すことはできないかもしれない。そもそも、目の前にいるレンタロウが幽体であるという推測すら美夜子にはできないのだ。だけど、二度も自分に突き刺さったナイフだけは、間違いなく質量を持ってこの場に存在していると分かっている。だから、こうして押し戻すこともできる。ナイフと、オチェアーノの剣が拮抗する。

「もう好き勝手はさせないわ。覚悟しなさい!」

「なっ……押さ、れ……!?」

ㅤ腕力勝負なら男であるレンタロウが有利。しかし、伝説の剣の攻撃力に加え、美夜子の念力による後押しも加わり、レンタロウのナイフを弾き返す。

(モグオと同じ炎の能力かと思っていたが……チッ……もしかして怪力の能力でも持ってんのか……?)

ㅤ曲がりなりにも、強力な魔法を使う悪魔と戦うために剣術を磨いてきた美夜子に対して、自分より弱い者にしか刃を振るってこなかったレンタロウ。経験の差は覆せない。もしもこの場に存在する彼が幽体でなければ、この地点で一刀のもとに斬り伏せられて勝負は決していただろう。それほどまでに、両者の剣術の実力差は開いている。

ㅤそれでも、幽体のレンタロウに敗北は無い。精神の持つ限り、何時までも美夜子と戦い続けられる。しかし美夜子の側には、明確なタイムリミットが存在する。

ㅤ魔王デマオンにかけられた呪いによって、美夜子の姿は猫に変えられている。魔法が解け、人間の姿でいられるのは月の光の下のみ。しかしこのまま戦い続けていれば、いずれは月の入りの時刻を迎えてしまう。

ㅤ確かに猫の姿でも魔法は使える。しかし、オチェアーノの剣のサイズの武器を振るうには体格が足りない。怪我のせいで逃走しても回り込まれてしまうであろう現状、数少ない防衛手段である剣を扱えなくなるのは死に直結しかねない。

ㅤその一方で――ある地点では、レンタロウの側にもタイムリミットが迫っている。そのことにこの場の誰も、気付いていない。




「殺し合いだぁ?ㅤ魔王のやつ……ゆるせねえ!」

ㅤ少年、ガボは憤りながら平原を駆け抜ける。

ㅤ弱肉強食は自然の摂理だ。人も動物も、生きるために他の生き物を殺す。それは在るべくして在るものだ。オオカミの頃から食物連鎖の上層に位置していたガボは決して、清廉潔白だと言うつもりも無いし、他者を責め立てようとする資格もない。

ㅤだが、殺し合いとなれば話は別だ。死ななくていいヤツが無意味に死ぬ。主催者は生きるためなどではなく、世界征服の一環として、或いはただただ娯楽として、悪戯に命を奪っている。絶対に、許してはならない所業である。

「むっ!」

ㅤそして――オオカミとしての敏感な鼻が、物陰に潜む匂いを感じ取った。不意打ちを受けることはひとまず回避したが、しかしそれだけならば自分と同じく、殺し合いの世界に巻き込まれた参加者の存在を知ったというだけだ。隠れているというだけでは、こちらを狙っての潜伏なのかこちらを恐れての逃避なのか区別はつかない。嗅覚で居場所を特定しても、敵か味方かの判断は即座には難しいものである。

ㅤしかしその方角からは、衣服に染み付いた動物の血の匂いがした。それも、食用としても用いられている動物ではなく、ネコやウサギ等、言わば愛玩動物のもの。この殺し合いに招かれる以前から残虐な嗜好を持ち合わせていたことが容易に汲み取れる。看過できない、悪意の匂いだ。

ㅤだが、いかなる理由か、それ以上ガボは踏み込めない。匂いがどの地点から発せられているのかは分かる。その匂いの主を許せないという気持ちも本物だ。

ㅤだというのに、ガボはその者と接触を果たそうとしない。かといって、その匂いから逃げようという気概は全くもって湧いてこない。必然、辻褄の合わない思考を抱いたままに、ガボはアクションコマンドを取らずその場に留まることしかできない。

ㅤガボの感知した存在は、元の世界で虐殺していた動物の血が付着した制服を身にまとった鶴見川レンタロウの肉体である。美夜子の元へ幽体を飛ばしている最中、魂を失った肉体は抜け殻となっており、その状況で外敵から身を守る手段も無い。

ㅤしかしその肉体が身につけている装備品――22世紀のひみつ道具『石ころぼうし』により、何人たりともレンタロウの肉体に注意を向けることはできない。

ㅤガボが抱いている警戒心とて、レンタロウ本人ではなく衣服についた動物の血の匂いに由来するもののみだ。衣服についた匂いにまでは石ころぼうしの効力が及んでいない。しかしその持ち主に注意を向けることができないために攻撃ができず、また動物の血の匂いの意味を理解しているために逃げることもしようとしないのが現状だ。ひみつ道具が、「オオカミ少年」を相手取ることを想定していなかったがために起こったバグとも言える。

ㅤただし、石ころぼうしのエネルギーが切れるまでの時間は決して長くない。効力が切れると同時、レンタロウはその肉体ひとつで、時空を超え世界を救う旅に出た少年と対峙することとなる。

ㅤ誰が死に、誰が残るか。誰が消え、誰が殺すか。

――シンデレラの魔法が解けるその時は、刻々と近付いてきている。


【C-8/森/一日目 深夜】

【美夜子@ドラえもんㅤのび太の魔界大冒険】
[状態]:胸と足の怪我
[装備]:オチェアーノの剣@ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち
[道具]:基本支給品 不明支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗する。
1.レンタロウを退ける。

※呪いが解ける前からの参戦です。月の光が届かなくなると猫の姿になります。デマオンが死亡したら解呪されます。

【鶴見川レンタロウ(幽体)@無能なナナ】
[状態]健康
[装備]ダンシングダガー@FINAL FANTASY Ⅳ
[道具]無し
[思考・状況]
基本行動方針:参加者がキレイな内に"表現"する。
1.美夜子を殺す。

※本編死亡前からの参戦です。
※肉体に瞬時に戻ることができますが、その場合所持品はその場に放置されます。

【C-8/平原/一日目 深夜】

【ガボ@ドラゴンクエストⅦㅤエデンの戦士たち】
[状態]健康
[装備]疾風のブーメラン@ゼルダの伝説ㅤトワイライトプリンセス
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:オルゴ・デミーラとザントを倒す。
1.

【鶴見川レンタロウ(肉体)@無能なナナ】
[状態]健康
[装備]石ころぼうし@ドラえもんㅤのび太の魔界大冒険
[道具]基本支給品 不明支給品(0~1)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者がキレイな内に"表現"する。
1.美夜子を殺す。


【オチェアーノの剣@ドラゴンクエスト Ⅶㅤエデンの戦士たち】
美夜子に支給された、水の精霊の加護を受けた剣。攻撃時に電撃の追加効果を与え、道具として使用するとバイキルトの効果がある。

【ダンシングダガー@FINAL FANTASY Ⅳ】
レンタロウに支給された短剣。現在は幽体が所持している。道具として使用すると武器自体が踊り出して攻撃する効果がある。

【石ころぼうし@ドラえもんㅤのび太の魔界大冒険】
レンタロウに支給されたぼうし。現在は肉体が装備している。(漫画版では透明マントのように使用されているが、)被っていると誰からも気にされなくなる効力がある。

【疾風のブーメラン@ゼルダの伝説ㅤトワイライトプリンセス】
ガボに支給されたブーメラン。投げた軌道に沿って風を巻き起こす効果がある。


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最終更新:2021年03月03日 12:00