十月十五日 午後四時半ば。イギリス清教女子寮にて。
「あ、あの、シスター・ルチア」
「? なんですシスター・アンジェレネ。何時にもなくオロオロとしていますが」
この二人が今居るのは寮の一室。正確に言えばルチアの寝室である。アニェーゼ、絹旗に対する襲撃から七時間余りが経ち、ざわめいていた女子寮も少しずつ静けさを取り戻した状態で有ったが、アンジェレネには気がかりな事が一つ有った。
「えっと、さっきシスター・アニェーゼの居る療養室に様子を見に行ったんですけど……なんかすごく落ち込んでいたと言うか、その……」
「シスター・アンジェレネは、私が言いすぎたせいでシスター・アニェーゼが沈んでしまったのではないか? と言いたいのですね?」
「え、いや、あの……」
核心を突かれたアンジェレネは一歩引いてから、ルチアの目を見て反論を返した。
「わ、私が言うのもなんですけど、シスター・アニェーゼも女の子なんですから、もうちょっと言い方を考えて物を言ったほうが……」
真っ赤な顔で何やら叫んでいるアンジェレネに、ルチアは溜息を吐いて首を振った。
「あなたは何年間アニェーゼと一緒に居るのです? シスター・アニェーゼが落ち込んでいたなら、それで良いのですよ」
「は?」
「ですから、貴方はアニェーゼ=サンクティスという人物が『落ち込んだ後どの様な行動を取るか』憶えてないのですか? と聞いているんです」
アンジェレネは首を横に振る。これだけ言っても解らない少女に、割とお節介なルチアは自信を込めて言葉を発した。
「忘れたのですか? シスター・アニェーゼはこの世で一番負けず嫌いなんですよ」
「あ、あの、シスター・ルチア」
「? なんですシスター・アンジェレネ。何時にもなくオロオロとしていますが」
この二人が今居るのは寮の一室。正確に言えばルチアの寝室である。アニェーゼ、絹旗に対する襲撃から七時間余りが経ち、ざわめいていた女子寮も少しずつ静けさを取り戻した状態で有ったが、アンジェレネには気がかりな事が一つ有った。
「えっと、さっきシスター・アニェーゼの居る療養室に様子を見に行ったんですけど……なんかすごく落ち込んでいたと言うか、その……」
「シスター・アンジェレネは、私が言いすぎたせいでシスター・アニェーゼが沈んでしまったのではないか? と言いたいのですね?」
「え、いや、あの……」
核心を突かれたアンジェレネは一歩引いてから、ルチアの目を見て反論を返した。
「わ、私が言うのもなんですけど、シスター・アニェーゼも女の子なんですから、もうちょっと言い方を考えて物を言ったほうが……」
真っ赤な顔で何やら叫んでいるアンジェレネに、ルチアは溜息を吐いて首を振った。
「あなたは何年間アニェーゼと一緒に居るのです? シスター・アニェーゼが落ち込んでいたなら、それで良いのですよ」
「は?」
「ですから、貴方はアニェーゼ=サンクティスという人物が『落ち込んだ後どの様な行動を取るか』憶えてないのですか? と聞いているんです」
アンジェレネは首を横に振る。これだけ言っても解らない少女に、割とお節介なルチアは自信を込めて言葉を発した。
「忘れたのですか? シスター・アニェーゼはこの世で一番負けず嫌いなんですよ」
「あの、絹旗さん、落ち着いて……」
「うるさいです。あの女を超ぶっ殺して滝壷さんのお土産を取り戻すんです……!!」
今にも窓を飛び出しそうな勢いの絹旗を多数のシスターが必死で止めに掛かる。女子寮の廊下は相変わらず騒がしいご様子だった。
「うるさいです。あの女を超ぶっ殺して滝壷さんのお土産を取り戻すんです……!!」
今にも窓を飛び出しそうな勢いの絹旗を多数のシスターが必死で止めに掛かる。女子寮の廊下は相変わらず騒がしいご様子だった。
「て、言うか絹旗さん。お土産って、あの口から髪の毛垂らしたシュールなウサギのヌイグルミですよね? あんな不気味な物、貰って嬉しい人居るんですか?」
「私の全財産を注ぎ込んだ超至高の一品にケチ付けるのは止めてください。大体、あのヌイグルミは骨董屋の店主の妻方が超手作りした物らしいですから、もう手に入れられないかも知れないんです。だから取り返します邪魔しないでください」
一向に引かない絹旗最愛に修道女達は呆れたような息を吐く。それを貰って喜ぶとされるタキツボさんとはどんな人物なのだろうと、全員が一瞬だけ考えた。
「私の全財産を注ぎ込んだ超至高の一品にケチ付けるのは止めてください。大体、あのヌイグルミは骨董屋の店主の妻方が超手作りした物らしいですから、もう手に入れられないかも知れないんです。だから取り返します邪魔しないでください」
一向に引かない絹旗最愛に修道女達は呆れたような息を吐く。それを貰って喜ぶとされるタキツボさんとはどんな人物なのだろうと、全員が一瞬だけ考えた。
「とにかく、その傷も完全に治っていないのに魔術師に一人で向かって行くなんて不可能です。お土産なら他の物買えば良いでしょう。お金なら多少は出しますから」
「また、魔術師まじゅつしマジュツシって、一体何の事です? 大体、新しく買い直す事は超認められません。あのお土産なら滝壷さんは絶対に喜んでくれるんです。変な物買ってガッカリさせるリスクは超背負いたくありませんから」
それだけ言うと絹旗は『窒素装甲』を使用し、押さえつけていた多数のシスター達を投げ飛ばす……とまでは行かない物の、とにかく包囲網から脱出した。
(クリスタル……アークライト、でしたっけね。クソ野郎の名前は)
「また、魔術師まじゅつしマジュツシって、一体何の事です? 大体、新しく買い直す事は超認められません。あのお土産なら滝壷さんは絶対に喜んでくれるんです。変な物買ってガッカリさせるリスクは超背負いたくありませんから」
それだけ言うと絹旗は『窒素装甲』を使用し、押さえつけていた多数のシスター達を投げ飛ばす……とまでは行かない物の、とにかく包囲網から脱出した。
(クリスタル……アークライト、でしたっけね。クソ野郎の名前は)
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「ちょ、シスター・アニェーゼ!! 病室で安静にしてなきゃ駄目でしょう!!?」
「うっさいです。やる事があるんですよ。寝てなんか居られるかってんです」
アニェーゼ=サンクティスは堂々とベットから起きて、養護室のドアを開け放った。
他のシスターに止められたが、強引に養護室から抜け出したアニェーゼはその言葉に耳を傾けようともしない。ぎゃーぎゃー喚くシスターを尻目に、アニェーゼは手元の携帯電話を取り出し、電話調欄を検索し、電話を掛けた。その相手は女子寮きっての巨乳シスター。
「あー、オルソラですか? 私とキヌハタを襲ったクソ野郎の事、調べて貰いたいんですけど、頼めますね?」
『別に構いませんけれど……あなた様の傷は、もう大丈夫なのでございましょうか?』
「あんな物、傷の内に入りませんよ。『少年の拳』の方がまだ痛かったです」
適当に話を区切って通話を切ったアニェーゼは、取りあえず目的に向かって歩を進めた。
「うっさいです。やる事があるんですよ。寝てなんか居られるかってんです」
アニェーゼ=サンクティスは堂々とベットから起きて、養護室のドアを開け放った。
他のシスターに止められたが、強引に養護室から抜け出したアニェーゼはその言葉に耳を傾けようともしない。ぎゃーぎゃー喚くシスターを尻目に、アニェーゼは手元の携帯電話を取り出し、電話調欄を検索し、電話を掛けた。その相手は女子寮きっての巨乳シスター。
「あー、オルソラですか? 私とキヌハタを襲ったクソ野郎の事、調べて貰いたいんですけど、頼めますね?」
『別に構いませんけれど……あなた様の傷は、もう大丈夫なのでございましょうか?』
「あんな物、傷の内に入りませんよ。『少年の拳』の方がまだ痛かったです」
適当に話を区切って通話を切ったアニェーゼは、取りあえず目的に向かって歩を進めた。
時計塔標準時刻午後六時頃……
(アークライト、アークライト。どこかで聞いたようなお名前ですね……?)
オルソラ=アクィナスは大英図書館にて同僚から頼まれた調べ物に没頭していた。彼女が主に調べているのは住民表や戸籍記録。一般では公開が禁止されているが、最大司教の働きかけで特別に観覧が許可されている。
調べ物を頼んできた同僚及びアニェーゼ=サンクティスには『ある人物』を探せ、と言われている。アニェーゼはその人物の名を言っていなかったが、絹旗最愛に聞く所に寄ると、『クリスタル=アークライト』なる名前の人物らしい。
オルソラ=アクィナスは大英図書館にて同僚から頼まれた調べ物に没頭していた。彼女が主に調べているのは住民表や戸籍記録。一般では公開が禁止されているが、最大司教の働きかけで特別に観覧が許可されている。
調べ物を頼んできた同僚及びアニェーゼ=サンクティスには『ある人物』を探せ、と言われている。アニェーゼはその人物の名を言っていなかったが、絹旗最愛に聞く所に寄ると、『クリスタル=アークライト』なる名前の人物らしい。
(一般の住民表には載っていない……となると、貴族、王族か騎士の家系でしょうか?)
王族は例外に、貴族、騎士の家系図も「絶対に傷つけるな」の号令と共にオルソラは見る事が許されていた。無論、一般に対する口外厳禁で。
多少の緊張に押されながら、オルソラは奥側の棚から分厚い新書を取り出し、慎重に一枚一枚捲っていく。
「アークライト、アークライト……あ、これでしょうか?」
そして、目的の記載を見つけた。
王族は例外に、貴族、騎士の家系図も「絶対に傷つけるな」の号令と共にオルソラは見る事が許されていた。無論、一般に対する口外厳禁で。
多少の緊張に押されながら、オルソラは奥側の棚から分厚い新書を取り出し、慎重に一枚一枚捲っていく。
「アークライト、アークライト……あ、これでしょうか?」
そして、目的の記載を見つけた。
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「オルソラ、もう見つけたんです? 随分早いですね」
『ええ。事情が事情なので、少し急がせて頂きました』
アニェーゼは自室にてオルソラと会話していた。付け足すと携帯電話で。
『どうやら、貴女方を襲撃した女性は騎士の家系のようでして、その血を色濃く受け継いだ、つまりアークライト家の直系の子孫……と言う事になります』
「アークライト家?」
『ええ。数百年以上続く伝統的な騎士派の一族、その姪を『アークライト』。八〇〇年程前まではあまり名の有る家系では無かったようですが、その頃の当主による功績によって王家直属の騎士一家に成り上がったとの話です』
「つまり、私達を襲った女は騎士家系の人物だと、そうゆう事ですか?」
『はい。現段階ではその様な結論に御座います』
その言葉にアニェーゼは首を傾げた。
『ええ。事情が事情なので、少し急がせて頂きました』
アニェーゼは自室にてオルソラと会話していた。付け足すと携帯電話で。
『どうやら、貴女方を襲撃した女性は騎士の家系のようでして、その血を色濃く受け継いだ、つまりアークライト家の直系の子孫……と言う事になります』
「アークライト家?」
『ええ。数百年以上続く伝統的な騎士派の一族、その姪を『アークライト』。八〇〇年程前まではあまり名の有る家系では無かったようですが、その頃の当主による功績によって王家直属の騎士一家に成り上がったとの話です』
「つまり、私達を襲った女は騎士家系の人物だと、そうゆう事ですか?」
『はい。現段階ではその様な結論に御座います』
その言葉にアニェーゼは首を傾げた。
「王家直属……」
王家直属の騎士派一族、と言う名誉ある勲章を貰い受けた一族など、英国には数える程しか存在しない。つまりそれほど憶えやすく有名な家系、と言う事になるが……、
「私はアークライト家とか言う一家が王家直属なんて話、聞いた事有りませんよ。それ程の栄誉を受けていれば、多少な耳に入るはずですけど……」
アニェーゼは『アークライト』と言う騎士一族は全く知らない。ローマ正教の修道女の身で英国王室の仕組みなどはよく解らないが、直属の騎士家系ぐらいは把握しているつもりだった。だが、アークライトと言う姪自体アニェーゼは聞いた事が無かった。
『あなた様が初耳なのも無理は有りません。アークライト家は三〇〇年程前に王家直属の任を解任されています。現代では知っている人間の方が圧倒的に少ないでしょう』
「解任された?」
『はい。その頃頻繁に行われていた『魔女狩り』の際、『魔女』の処刑を疎かにした、つまり『魔女狩り』を否定した罪で、当主は一時的に軟禁されました。裁判では王家に仕える一家として死刑にこそなりませんでしたが、罰として王家仕の解任を言い渡されたようです』
「要は一応騎士だけど無名です、ってとこですか」
『そうなりますね。次に、その直系の子孫である『クリスタル=アークライト』は、女性という事も有り騎士の職務は任されなかった様ですが、親や使用人から様々な魔術を習っていて、十五歳には一人前の魔術師と成っていた様です。残念ながらどのような魔術を使うとまでは分かりませんし、彼女の情報はこの程度しか発見できませんでした』
「なるほど……それだけ分かれば十分です。シスター・オルソラ、感謝します」
『あ、それともう一つお耳に入れて欲しい事があるのですが』
「? なんです?」
『アークライト家には代々伝わる家宝のような『術式』が存在するとの記述があるようです。詳細は解りませんが『何かを召喚する』術式だと』
アニェーゼが眉を潜める。
「……召喚術って事ですか」
『恐らくその類でしょう。その『何かを召喚』する術式は、詳しくは直系の者しか知らないらしいのですけれど、名前だけは載っていましたから報告をしておきます』
オルソラは一回息継ぎをしてから、『アークライト家の家宝』の名を告げた。
王家直属の騎士派一族、と言う名誉ある勲章を貰い受けた一族など、英国には数える程しか存在しない。つまりそれほど憶えやすく有名な家系、と言う事になるが……、
「私はアークライト家とか言う一家が王家直属なんて話、聞いた事有りませんよ。それ程の栄誉を受けていれば、多少な耳に入るはずですけど……」
アニェーゼは『アークライト』と言う騎士一族は全く知らない。ローマ正教の修道女の身で英国王室の仕組みなどはよく解らないが、直属の騎士家系ぐらいは把握しているつもりだった。だが、アークライトと言う姪自体アニェーゼは聞いた事が無かった。
『あなた様が初耳なのも無理は有りません。アークライト家は三〇〇年程前に王家直属の任を解任されています。現代では知っている人間の方が圧倒的に少ないでしょう』
「解任された?」
『はい。その頃頻繁に行われていた『魔女狩り』の際、『魔女』の処刑を疎かにした、つまり『魔女狩り』を否定した罪で、当主は一時的に軟禁されました。裁判では王家に仕える一家として死刑にこそなりませんでしたが、罰として王家仕の解任を言い渡されたようです』
「要は一応騎士だけど無名です、ってとこですか」
『そうなりますね。次に、その直系の子孫である『クリスタル=アークライト』は、女性という事も有り騎士の職務は任されなかった様ですが、親や使用人から様々な魔術を習っていて、十五歳には一人前の魔術師と成っていた様です。残念ながらどのような魔術を使うとまでは分かりませんし、彼女の情報はこの程度しか発見できませんでした』
「なるほど……それだけ分かれば十分です。シスター・オルソラ、感謝します」
『あ、それともう一つお耳に入れて欲しい事があるのですが』
「? なんです?」
『アークライト家には代々伝わる家宝のような『術式』が存在するとの記述があるようです。詳細は解りませんが『何かを召喚する』術式だと』
アニェーゼが眉を潜める。
「……召喚術って事ですか」
『恐らくその類でしょう。その『何かを召喚』する術式は、詳しくは直系の者しか知らないらしいのですけれど、名前だけは載っていましたから報告をしておきます』
オルソラは一回息継ぎをしてから、『アークライト家の家宝』の名を告げた。
『『禁竜召式(パラディンノート)』。一族の中ではそのように呼ばれているらしいのです』