とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-618

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匿名ユーザー

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十月十六日午前一時頃、ハイドパーク中央広場にて……

(…確か、西方に二二九七枚。東方に四〇〇五枚。南北に一二〇〇枚ずつ、だったか。力源は土。役は短剣。重ねて聖剣の役を複合、エーテルの素材を……えっと、どうするんだっけ? ………あーあ。こんな面倒臭い術式創らなきゃ良かった……)
時刻はすでに午前一時を回っていた。『実行』まで二時間を切り、クリスタル=アークライトは下準備の一環として人払いを刻んでいる。正直、真夜中の広場は人払いなどと言うややこしい術式を使わなくても人が寄ってくることは無いだろうが。
相も変わらずイギリス清教の修道女共(のはずだが、部下の報告ではローマ十字を首架けていたらしい)が自分の部下とドンパチやっているようだ。正直奴らがどんな事をしようと邪魔は出来ないだろうと彼女は確信しているが、それでも念には念を入れて、自身に配属された『人形』を全て足止めに回している。そのため、クリスタルはたった一人で術式の準備に取り掛かっている訳であった。

(実際、『禁竜召式』の××××で××××すれば人払い所じゃ無い大騒ぎになると思うけど、別に関係ないか。どうせ全部『終わる』んだし)
そうこう考えている内、広場に施した“魔術師ですら簡単には探知出来ない改良型”の人払いが完成、起動する。見た目には全く変化は無いが、これでこの広場に近づく者が激減、及び居なくなるだろう。使用したカードの枚数は合計で一万枚以上。ほとんどのカードが広場の外周に沿うようにばら撒かれている。
クリスタルは一息吐いて、再び懐から信じられない量のカードを取り出す。

「……さて、と。面倒な下準備も終了した所だし、そろそろ本題に入るとするか。いい加減『把握報網(MasterNet)』にも感づかれた頃だろうし」
彼女は首を振り、真っ黒に轟々とざわめく林へと目を向ける。
「……まずは障害を消す所から始めるかな」
そう言うとクリスタルは人払いを施した広場を人一人残さず離れて、派手な爆発音を散らす部下の元へと歩を進めた。


日が出れば深緑となる林は僅かな星明りに照らされ、漆黒の数段上の不気味さを醸し出している。そして幾分かの人影が感じられるこの林では、
「……『斬』!!!」
ガッキィィィィィィン!! と言う甲高い音が鳴響いた。
ソフィアの持つ霊装と『対十字教黒魔術』の男の“腕“が激突した轟音である。
二回目の渾身の一撃すらもいとも簡単に止められて、ソフィアは後退しながら眉を顰めた。
男は無表情でこちらを見つめている。まるで完全に消えてしまったかのような風貌だが、その挙動には僅かばかりの余裕が感じられた。
「弱いな。邪魔をすると言うのなら、先ずその非力な玩具を如何にかすることだ」
男が初めてまともに言葉を発する。その声感には疲労と言う文字は全く噛み合わなかった。ソフィアは再び巨斧を構え直し、歯噛みする。

「……こっちの体力しか消耗してない……。まさか、対魔術絶対防御は事実だったってのか?」
「……まさかね。でも、ソフィアの断撃でノーダメージなんて尋常じゃないしなぁ。アガターはどう思う?」
カテリナに緊張感の無い口調で話を振られたアガターは表情を変えることなく平淡な声で質問に応えた。
「恐らくはその線で考えて間違いないと思います。防御術式や体硬術式にしては不自然すぎる防御力ですし、キヌハタの攻撃だけが通ったことを考えると、“魔術は”完全に無効化されてしまうようですね」
その発言に、男の眉がピクリと、ほんの少しだけ反応する。
そして、アガターのその意図の有る言葉に、あっ、と言うソフィアの声が鳴った。
それを見たカテリナはニヤリと笑い、企み声でソフィアに囁く。

「(魔術が完全に無効化されちゃうんだって。おっそろしいねぇ。“魔術が”全く効かないなんて)」
その言葉を聞いたソフィアは頷いたように身体を動かしてから、巨斧を構えなおして言葉を発する。
「……なるほどな。それはつまり、」

現在彼女が自身の霊装『バルディッシュ』に施しているのはギガンテスを原型とした一般的な武具強化術式である。霊装に直接魔力を練り込み、武器の強度、切度、軽量を限界まで高め、“やっとソフィアの身体能力に武器が付いて行けるようにしている”のだ。
そして、彼女はその武具を使用する近接戦闘に置いては、必要不可欠とされる基本的な強化術式を、


“解いた”。

術式を解いた際に『バルディッシュ』の纏っていた僅かな蒼光は蝋燭を吹き消すように消える。それを見た瞬間、男の表情に焦りと言う大きな変化が現れた。ソフィアは凶悪に微笑しながら、次言を紡いだ。
「つまり、魔術じゃなければ通じるって訳だな」

そしてそのまま、敵である男へと勢い良く突撃していく。巨斧を振り上げ、男を心底切断する気で殺しに掛る。そして、それに対して男は、
「ぐっ!!」
身体を捻り、振り上げられた『バルディッシュ』の斬撃を辛うじて避けきる。同時に“この男が初めて見せた回避行動”でもあった。
ザザザッ、と土を滑らせる音を立てながら、男は体勢を立て直したが、その額には気分を害した様な脂汗が滲んでいる。それを眺めながら、ソフィアはにやにやと奇妙な表情を浮かべながら、言い張るように叫んだ。
「なんだよ。お前、滅茶苦茶強いのかと思ってたのに、」
ソフィアは『バルディッシュ』を一直線に男へと向ける。「ここからだ」と言わんばかりに。


「喧嘩はすっげぇ弱いんだな」


ターン、ターンと、地面を叩く音が、幾つかの灯火の浮ぶ通りに鳴り響く。
ソフィアが反撃(?)を開始した頃、絹旗を加えた約七十人程の修道女達がハイドパークへ向けて歩を進めている最中だった。いや、それは歩を進めるというよりは『跳躍で進む』と言った方が正しい表現かもしれない。実際、彼女達は其々バラバラに、もとい“出来る限り密集しないように”地面を蹴りながら跳躍移動を続けている。
アニェーゼも多少の身体強化魔術によってそれを行っている状態だ。右手にしっかりと『蓮の杖』を握りながら、彼女は隣接して並走するルチアへ言葉を投げかける。
「ルチア、神裂さんとは連絡の取れる状態ですか?」
「先程、日本より音速の数倍でイギリスへ向かっているとの通信が有りました。正直、その真意は判りかねますが」
報告、ご苦労様です。とアニェーゼがルチアから視線を外した。『神の右席』云々で日本に飛んでいた神裂火織は『例の少年』に襲い掛かる『神の右席』を退け(むしろ助けられたらしいが)、現地に滞在する天草式の面々の回復魔術ですぐさま傷を完治して英国へ向かっているらしい。ここで聖人の協力を仰げれば、と期待はしたがそれはもう少し時間が掛りそうだ。
アニェーゼは何となく前方へ目をやった。道は相変わらず暗い。アニェーゼ他シスター達の発光魔術で夜道はどうにかしている物の、ここで攻められたら多少の被害は覚悟しなければと意気込む程“隠れ場所の多い”裏通りであった。
(もう少し速度を上げたほうが良いですかね?)
思ったが、ここで無闇に体力を消耗する必要は無い。急がば回れ、という諺を日本語を勉強していた時に聞いた気がする。


そんな中、前線より一歩下がった位置で『一人だけ走移動をしている』絹旗が目の前の光景を凝視しながら、首を傾げて考えていた。
(……今更ですけど、超目立つ集団ですね。只でさえ大人数で目に付く集団なのに、それを更に超横広がりに移動しながら灯りまで灯すなんて……)
絹旗が疑問を持つのも無理は無い。今現在、ごく普通の一般人がこの光景を目撃すれば「薄暗い通りで無数の人影と幾つもの灯火が移動している」と言う、日本で言えば百鬼夜行並のシュールな場面である。冷静に考えれば、その正体不明の団体に自然と混じってしまっている自分は凄く恥ずかしいのでは、と不安も湧き出てくる。

(こうゆう所が『科学』と全く違う法則の超表す事なんでしょうかね……)
そもそも学園都市の『裏』では“六人以上の集団行動は死亡フラグ”とまで言われていた。学園都市自体が英国等に比べて面積が圧倒的に小さい事も有るのだが、物陰からの不意打ちは勿論、狭い町の割に射程の長い兵器や能力、挙句の果てには仲間に背中を刺される事もしばしばという学園都市と『外』とでは根本的な戦い方が違っているのだ。

(やっぱり、こっちの世界は超慣れる気がしませんね)
絹旗自身、そう簡単にこんなイレギュラーに慣れてしまうのもどうかとは思うが。


英国図書館内、重要書庫。その一角にて。

ズルッ、ドテ。というコントみたいな音が聞こえた。
「……何してんだ、アンタ」
シェリー=クロムウェルは心底呆れた表情で、眼前にすっ転んだオルソラをジト目で見つめた。そして、その行き成り何も無い所で行き倒れたオルソラは、頭を抱えながら「?」と言う表情で身体を起こし、転倒した際に落下した書物の束をかき集め始めた。。
「はぁ…。疲れが溜まっているせいでしょうか。さっきから足元が覚束ないのでございます」

シェリーは小さく溜息を吐いた。オルソラから「手伝って欲しいことがあります」という簡潔なメールを置け取ったシェリーは「暇だから手伝ってやるか」ぐらいの軽い気持ちで英国図書館へやって来た筈だった。だが、現実は“いつもの如く”ボケボケしたほんわかシスターの付き添い(及びお守)を行っている状態である。くそ、来なけりゃ良かった。
確かにオルソラはかれこれ五時間以上も調べ物に没頭している為、疲れを見せてもおかしくは無いのだが、シェリーはそれよりも気に掛ることがある。
「アンタの心配は兎も角としてだ……アンタの持ってるそれ、貴族の家系図じゃねえのか? すっ転んで床にバラ撒いていい物じゃ無いと思うわよ」
シェリーの言葉に、割と散らばっている重要書類の数々を拾い集めるオルソラの手がピタリと止まる。シェリーは「ま、いいならいいわよ」と自身の持つ書物の束を抱えなおした。
オルソラは半分硬直したような顔で、ギギギ、という効果音が似合いそうな仕草でシェリー=クロムウェルへと振り返った。
「い、今のは不可抗力の一環でございますから、わたくしは悪くありませ……い、いえ別にわたくしが責任転嫁している訳ではなく、あくまで事故ですからわたくしに集中的なお咎めが来ることは……」
「誰に弁解してんのよ。別に、その家系書自体には目立った損傷は無いみたいだし、そのまま黙ってりゃ特に何も言われないんじゃねえのか?」
「は、はぁ……そうでしょう……か?」
ほんと馬鹿だな、という本音を飲み込んで、シェリーは近場の木机に書物を降ろして、その机へ向かうように椅子を引き、座る。

シェリーはパラパラと運んできた書を捲りながら、未だに床に落した本束の回収に勤しむオルソラへと何気無しに質問した。
「で、私をこんな陰気臭い書物庫に呼び出しといて、何を調べればいいのよ。これ、古の召喚術の目次みてえな物だし、私には何の事だかサッパリなんだけど」
「……わたくしが今現在欲しているのは何てことない単なる『魔術の情報』でございますよ」
「だから、それが何だって聞いてるのよ」
書物を拾う手を止め、オルソラは少し黙ってから、ゆっくりと質問に答えた。

「『特士召喚術』……と言えば解って頂けると思います。それも『土と風の混合』術でございますよ」
その言葉を聞いた瞬間、シェリー=クロムウェルは押し黙った。そして、観覧していた書物をゆっくりと閉じてから、オルソラ=アクィナスを睨みつける。
「……アンタ、正気か?」
その尖った声に対し、オルソラはどこか寂しそうに、いつものひょうきんな印象とは丸で別人のように、俯き加減で呟くように言った。
「別にわたくしが使用するという訳ではございません。ルーンなどは使用した経験すら皆無ですし、加えてわたくしは『必要悪の教会』の神父様のような天才的なセンスは持ち合わせておりませんから、無闇に発動させた所で自身にダメージがいってしまうだけでございます」
「……『必要悪の教会』の神父……か。『魔女狩りの王(イノケンティウス)』ね。ハッ、確かにアレは一環の魔術師が使用すれば身体に壊滅的なダメージが及ぶ物だしね」
「ええ、ですからわたくしはそんな馬鹿な行いをする積もりはございません」

シェリーは再び鼻で笑って、再び同じようにオルソラを睨みつける。
「……なるほど。じゃあ、なんで態々『土を風の混合特士召喚』なんて調べる必要があるのよ。そもそも、“特士召喚に混合魔術は存在しない筈だが”」
「……そうですね。あまり知られてはいないと思われますから」
オルソラは薄汚れた天井を見上げ、何かを悟るように呟いた。


「そう、誰も覚えてなどいないでしょう。クリスタルという一人の少女のことなど」


オルソラはアニェーゼへ言った言葉を思い出す。
『彼女の情報はこの程度しか発見できませんでした』と、そう言った気がする。
仲間に嘘を吐いた反動は思った以上に苦しいものですね、とオルソラは独り思った。

情報なんて、本当は腐るほど持っているのに。


≪行間≫

母は優しかった。
父は厳しかった。
兄は面倒臭がりだった。
妹は明るい娘だった。
クリスタル=アークライトにとってその家族が人生の全てと言っても良かった。自分が騎士の家系だと言うことを踏まえても、だ。
八歳ぐらいの頃から、一家で一番才能の在った彼女は父や使用人から魔術を教わるようになった。その頃のクリスタルには原理や方程式も全く理解できない物ばかりだったが、教わった通りにやったら思った以上に簡単で出来た事を覚えている。
緑色のカードをばら撒いたら、土が盛り上がって巨人が生まれた。
黄色のカードをばら撒いたら、空気が圧縮されるように集まって見えない鳥が生まれた。
そしてその二つを同時にばら撒いたら……
彼女は沢山の魔術を習った。その主はルーンを使った召喚術や遠距離魔術だったが、それを教える度に父がこんな事を言っていた。

『魔術は人に向ける物では無い。向けられた人を庇う物だ』、と。

彼女はそれを忠実に守り通し、学校などの野外では一切、魔術の行使をしなかった。と言うよりは、学校では友達も少なくなかったし、特に危ない目に遭う事も無かった為、“使う機会が無い”と言ったほうが正しいかも知れないが。
とりあえず、彼女は幸せだった。もちろん嫌なことも有ったが、家族や友人のお陰でひねくれることも無く、彼女はあっという間に一五歳の誕生日を迎えた。
毎年のように行われるアークライト家伝統の盛大な誕生会。その楽しい時間はいつもの様に変わらず進んでいくと思っていたが、


その日、アークライト家は壊滅した。

それは騎士派の仕業だと後から聞いた。その昔、『魔女狩り』を否定したアークライト家の人間を発端に自分の家系が鬱陶しく思われているのは知っていたが、まさか誕生会の夜に奇襲を掛けてくるなど、当主である父でも予想は出来なかっただろう。
騎士派の連中は一家で一番才のあるクリスタルを狙っていたようだが、彼女が終始隠れていたこともあり、騎士達は勝手に逃亡したと勘違いして焼き払われた屋敷を後にして走り去っていった。

母は背中をメッタ刺しにされていた。
父は首を落とされていた。
兄は心の臓を貫かれていた。
妹は年齢のこともあり命は助かったようだが、その姿は無かった。
そして、自分はただ震えていた。
周囲から天才とまで言われ、実質的には父よりも魔術の腕では勝っていたと思う。それでも父は反撃して倒れ、自分は逃げ隠れて助かった。

家族がなんで殺されなければならないのかは知らない。解らない。でもどう見ても死んでいた。なんど見ても。
それをしっかりと目に焼き付けて確認してから彼女は汚く焼かれた屋敷の一角から上を向いた。光を失った目で、腹が立つ程綺麗な星空を見上げて、ただ呆然と呟いた。


『ナンデ ワタシダケ コンナ目ニ 遭ワナクチャ イケナイノ?』


その問いに応える人間など居るはずがない。
九月一三日、金曜日。彼女の人生を強引に捻じ曲げる出来事だった。


〔十月十六日午前一時二四分現在。戦況報告。〕記入者=ルチア
 題;『対十字教黒魔術(アンチゴットブラックアート)』討伐任務。

目的(ターゲット);英国支部の首謀者と思われる女性。
        名;クリスタル=アークライト(真偽不明)
       重要度;SS

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「戦況報告」

『迎撃』、第一班。アニェーゼ班は『能力者』絹旗最愛の援助により戦闘を終了。『遠爆』と合流、のちソフィア班とも合流予定。
『迎撃』、第二班。ソフィア班は現在『対十字教黒魔術』との戦闘を継続中。
『遠爆』、第一班。アニェーゼ班と合流。
『遠爆』、第二班。単独移動中。
『遠爆』、第三班。ソフィア班との合流を果たすため、現在移動中。
『術発』、第一班。ソフィア班との合流を果たすため、現在移動中。
『術発』、第二班。アニェーゼ班との合流を果たすため、現在移動中。
『術発』、第三班。単独移動中。
『通信』、第一班。『把握報網(MasterNet)』の管理及び監視継続中。
『通信』、第二班。『把握報網(MasterNet)』の管理及び監視継続中。
『雑補』、全班。待機中。

尚、上記の行動は外部諜報として協力を仰いだオルソラ=アクィナスによる英国図書館からの情報を元に行うものとする。

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