とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

導入部分

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 見上げれば青い空、白い雲。
 外気は少々冷たく、桃色のキャミソールとデニム地のホットパンツといった格好の少女の肌から地味に体温を奪っていた。
「はー……です」
 しかし、少女の吐き出す吐息は、とろけるように熱く。そして切なく。絶妙な間を持って、病院の屋上狭しと干された白いシーツの隙間に広がった。はふぅ。
 ここは、とある病院の屋上。
 少女は知っていた。シーツを干す時だけ、ここは開放されるのだと言う事を。
 本日は風が少々強いのを除けば、非常に天気が良いので絶好のお洗濯日和ともいえる。
 ――もっとも、本来立ち入り禁止区域である。
 病院だって、いろいろと事情があるのだ。幸いここのお医者様は、抜群すぎの腕前を誇る名医なので、他の病院の様なその手チックな事件は起こっていないが、一応この病院にも転落防止の柵ぐらいは設置されている。
 屋上を囲む様にぐるりと取り付けられた、銀色の二メーター近い高さの柵。天辺付近で内側に向かって折り曲がっており、怪我人、病人で無くても、これをまともに乗り越えるのは少々骨だりう。故に本来転落事故の防止という名目なのだが、それはこの少女にはあまり意味が無いようだ。
 少女=柵の上。膝に肘をついて、折れ曲がった天辺に腰掛けて、ぼんやりと外を眺めている。
 少女の足元でぶらぶらと揺れる藍色の安っぽいサンダルは、病院で使う上履きであり、いわゆるつっかけタイプ。
 ぶらぶら、ぶらぶら、ぶらぶら。と柵から外へと向けられ華奢な足が前後する。サンダルは爪先に引っかかってかろうじて落ちない。
 物思いにふけっている少女の視線は、病院の中庭の一角へと注がれていた。
「じー……です」
 薄紫色という、およそ通常の遺伝子情報では再現できない様な不思議な色合いの双眸が見つめる先にいるのは、一人の少年。ツンツンととんがった黒い髪に、不機嫌そうな顔、全身を包帯で覆われてさながらミイラ男の様相。ベンチに腰掛けて、『豆乳これ一本』とかいう商品名のあやしげ飲料を摂取中の様だ。あまり美味しくないのか、どうにも満足と正反対ベクトルの表情を浮かべている。
 唇の動きを読んでみる。
 う・わっ・なんだ・これ・まず・ふき・よせ・のやつ・へ・んな・もん・おし・つけ・やがって。
 細かい事は不明だが、少年が自分で買った物でないのはわかった。少年の反応を見る限り、多分嫌がらせなのだろう。
 ――なんだか、いいなぁ。
「はふぅ……ですぅ」
 遥か眼下に、見える少年(豆乳摂取済み)を視界に治めて、もう一度切ない吐息。
 ――あぁ、なんて素敵な……なんです。あの不機嫌そうな顔も、包帯のぐちゃぐちゃ具合も、飲んでいる飲料のチョイスも、胡乱気な視線も……素敵……パーペキ。
 ――どうやったら、彼と『おちかづき』になれるのだろうか?
 ――どんな……が好みなのだろうか?
 ――冷たいのと、熱いのは、どっちが好きなんだろうか?
「とうまさんってば……くすくす」
 独り言。
 現在、いろんな乙女心が、少女の脳裏を駆け巡り、文章で表現したらいけないシーンを脳内映像として放映中である。ちなみに名前は、この病院の最高責任者のカルテを盗み見てとっくに知っていた。
 少女は、ホットパンツのポケットから何か、二つ程取り出した。
 左手に持たれた物=長い方の一辺が十五センチくらいの木片。近所のホームセンターにて購入、新品である。
 右手に持たれた物=刃渡りが十五センチに届くか届かないか、非常に微妙な長さのナイフ。刃の差し渡しが人差し指の親指程度もあるゴツイ作りだ。プラスチック製の鞘が付属。
 鞘から抜いて、ぼそりと呟く。
「エンゼル様、エンゼル様、教えてくださいな。ひのは、どうすれば良いのですか? ひとつ教えてくださいな(三回程繰り返し)」 
 ガリガリと引っ掻く音が聞こえるが、少女はそちらを見向きもしない。
 やがて、ガリガリ音が治まった。板に描かれた図形を見て、少女が薄く微笑む。
「そうですね……やっぱりエンゼル様はすごいですね」
 心底感心しました。といった表情である。
 板に書かれた図形、三角に棒一本、棒の両脇に名前が二つ。『とうま』、『ひの』の二名。
 少女=『神作《かんづくり》 ひの』=現在進行形で少年『とうま』に恋する乙女だった。

 そんな『ひの』嬢の様子を、こっそりと覗く視線があった。その数二つ。
 ぴょこん、ぴょこんと鉄ドアの陰からにょっきり生えてくる様子は、さながらブレーメンの音楽隊の様だ。この場合は身長が高い順で、しかも二人分しか居ないがそこは気にしない方向でお願いしたい。
「ううむ、いい感じにターゲットロックオンって感じだね。瞳の奥で燃え上がれ闘志といった感じかな、いやこの場合は萌え上がれ恋心か?」
 歳の頃なら二十台後半、三十路前。しかし、軽くウェーブのかかった髪の毛をポニーテール状に軽くまとめてある。目鼻立ちのすっきりとした端整な顔立ち、何よりも特徴なのが、耳からぶら下げた、某カエル系マスコットのイヤリング。限定品であり、非売品。
 あと白衣及び、その上からでもはっきりと凹凸が確認できる程のダイナマイトなボディ。それも全世界の三十パーセントくらいの女性が羨む事間違い無いレベルの超絶ダイナマイトボディ。ボン、キュ、ボンどころの騒ぎではない。
 ドン、キュン、ドンぐらいな感じ。果物に例えるのならスイカ辺りだろうか。
 どれをとっても完璧な造形美が滲み出ている、まるで人工の女神像の風情がそこにあった。
 彼女はこの病院の責任者であり、抜群すぎのお医者様先生その人である。
 死んでさえいなければ、あらゆる損傷を修復し、病魔ですら打ち倒す彼女を、いつしか人はこう呼んだ。
 ――――『冥土返し』と。まぁ、今はどうでも良い事だが。問題は彼女の更に下である。
「ぐぬぬぬぬぬ」
「おや、どうしたね、天井君」
 脅威の胸囲を誇る、メーターバストを頭の上に乗っけられて苦しそうな声を上げているのは、天井亜衣《あまい あい》(偽名)というちっこい、そう、とてもちっこい少女だ。
 あまりにも、ちっこすぎるその身長には、化け物じみた重圧を発揮できる様な凹凸の類はほぼ皆無。まるっきりの幼児体形であり服の裾も余っている。見た目は、殆ど小学生高学年である。
 これぐらい小さいとジェットコースターに搭乗すら断られそうな感じである。恐らく。
 トレードマーク=だぼだぼの袖が丈と幅も余りに余った白衣。とある高校のSSサイズの女子用制服(紺色のセーラー服)
 トレードマークその二=メーターバストに押しつぶされたワカメソバージュの髪の毛、色は緑色。及び全長百三十センチのコンパクトボディ。超非力。
「ぬぬぬぬぬ、おも、おも、おもぃんだけど、冥土返し……お前、わざ、わざ、わざと、だ、ろ……」
 声変わり前特有の少女声をあげ、天井は懸命に重圧《おっぱい》を押し返す。その苦悶の表情と膝を突いた体勢は、蒼穹を支えるアトラスの様相。激似。スケッチブックがあれば良いモデルになりそうではある。もっとも、本人それどころでは無いが。
「はて、何のことやら」
 とぼける口調に、更なる重圧を乗せて加重する冥土返し。容赦無し。
 耐えて、途切れ途切れに言い返す天井。この時既に軽く涙目である。

「おま、お前、あれを野放しにしておくと、どう、なるのかわかって、るのか? ぐっぬぬ」「ああ、彼女のアレかな。何分情報不足でねぇ。もう少し観察してみない事にはねぇ……彼女の乙女心を考えると、僕もやすやすと手をだせんよ、そうだろう?」
「ぬぁ…… それなら、私が、散々、報告しているだ、ろうが……、あの娘は、気に入った相手に、その、なんだ、特殊な、ちょっとアレなちょっかいを出す、その、人間? いや人種なのだぞ。朝起きたら、枕元に立って今にもナイフを振り下ろさんと、している光景を、少し、想像して、みろ……」
 もはや息も絶え絶えで、自分を押しつぶさんとする冥土返しへと言い放つが、天井の位置からでは、上を見上げたところで冥土返しの胸が邪魔で顔が見えない。胸のお化けと話をしているみたいだ、とどこか冷静に考える天井《じぶん》がいる事を自覚していた。
「想像か……」
 冥土返しは胸に肘をつき、手の平に顎を乗っけて、しばし考え込む。
「で、できるだけ、手早くな……てか退け、さもなくば死ね、もしくは爆砕して消えてなくなれ冥土返し!」
 いい加減キレたのか、後半の語気は些か荒かった。
「天井君、そんな酷い言葉を使っては折角のロリボディが台無しでは無いか、もっと清楚でオシトヤカナ深窓の令嬢みたいに振舞えないのかい?」
 効果無し。思わず叫ぶ。
「無理に決まってるだろうが!」
 天井の両腕がプルプルと震えだした。重たいのだ。めっちゃ重たいのだ。もうお正月の鏡餅の何倍あるのだろうか、この膨らみは。男の時になら憧れもしただろうが、今は自分も女性ボディだ。したがってお化けにしか見えない。
 悲しいかな、ああ悲しいかな、悲しいかな。
「想像できたよ、状況、なんていうか凄いね」
「そ、うだろう、そうだ、ろう……」
 発音の練習をする外国人そっくりな口調で、天井が無心に頷く。
 が、返ってきた答えは、天井の予想とは随分違っていた。
「うん、実にシュールだね、今度部屋にカメラを設置して置くよ」
(お、おかしいだろ。普通は『ふむ、いっそ隔離するか』とか『では部屋を別の部屋へ』とかじゃないのか! ないのか! ないのか!)
「一部のナウなヤングにバカ受けしそうなシチュエーションだね、是非とも夏コミに――」
 自分の胸の上に手を組む冥土返し。
 結果、重圧が増し、天井の背骨とか膝とか、肘とか、ありとあらゆる関節が悲鳴を上げる。
 自分にはこんなにも間接があったのだろうか、と思うぐらいだ。
 それらをなんとか持ちこたえて、
「言いたい事は、そ、れだけかぁぁ!」  
 吊天上を支える屈強の幼女型元科学者。無論イメージだが。実際には、じりじりと体勢が低くなって行ってる。
「人の恋路の邪魔は出来ないよ、手助けはするけどね。さしずめ恋のキューピットかな」
「お前のは、どっちかっていうと手助けっていうより、『おちょくって自分が楽しんでいる』だけに見えるんだけど……恋じゃなくて故意だし、お前……ぐ、もうだめだ――へぶっ」
 限界。結果、天井はべたりと潰れた。柔らかな感触が執拗に彼女を押しつぶしたのだ。
「まぁ、もう少しだけ様子を見ようよ、天井君」
 完璧に大人の口調でそう諭す冥土返し。実に楽しげ。若しくは嬉しげ。
 天井亜衣=この物語の主人公である。目下気絶中。当然、聞いちゃいなかった。


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