4
「またいつでもおいでよ」
「できれば遠慮したいんだけど」
「もう一度言うよ、またいつでもおいで」
「……判った」
学園都市屈指の名医の声を背に受けて、天井とひのは病院を後にしたのは、二十分程前の事である。街路樹が植えられた坂道を歩きながら、ぽつりと感想がこぼれ出た。
「結局、上手いこと言いくるめられた気がする……」
「ひのは専用アイテム貰えたのでそれでも構いませんが」
調子外れな鼻歌を歌うひの。彼女の制服の左腕部分には『白い腕章』が付けられていた。先程病院で冥土返しから手渡された物だ。
「こんな腕章とか貰ってもなぁ……」
そして同じ物が天井の制服の左袖にもあった。冥土返し曰く『君達にしか出来ない事なんだよー』な事に必要らしい。
『君達が記念すべき第一号、二号だから、頑張ってね』と言われても、具体的に何を頑張れば良いのか見当もつかない。天井にしてもひのにしても、確かに『その仕事』に向いている能力は有している。うってつけと言えなくも無いのが少し悲しかった。
非常識の塊だし、あの医者。結局、残った疑問はその一言で片付ける事にした。
「できれば遠慮したいんだけど」
「もう一度言うよ、またいつでもおいで」
「……判った」
学園都市屈指の名医の声を背に受けて、天井とひのは病院を後にしたのは、二十分程前の事である。街路樹が植えられた坂道を歩きながら、ぽつりと感想がこぼれ出た。
「結局、上手いこと言いくるめられた気がする……」
「ひのは専用アイテム貰えたのでそれでも構いませんが」
調子外れな鼻歌を歌うひの。彼女の制服の左腕部分には『白い腕章』が付けられていた。先程病院で冥土返しから手渡された物だ。
「こんな腕章とか貰ってもなぁ……」
そして同じ物が天井の制服の左袖にもあった。冥土返し曰く『君達にしか出来ない事なんだよー』な事に必要らしい。
『君達が記念すべき第一号、二号だから、頑張ってね』と言われても、具体的に何を頑張れば良いのか見当もつかない。天井にしてもひのにしても、確かに『その仕事』に向いている能力は有している。うってつけと言えなくも無いのが少し悲しかった。
非常識の塊だし、あの医者。結局、残った疑問はその一言で片付ける事にした。
学園都市は、学区と呼ばれる区切りでいくつかの地域が区分されている。大きさ的には、一学区が一つの町程度の認識で良いだろう。普通の町なら、~~町とか言った感じだ。
天井が普段通う高校があるのは第七学区。庶民的雰囲気を持つエリアと、高級街的風格を持つエリアが混在するという実にアンバランスな造りをしている。特に名門校の集中する辺りは近代的な町並みに無理やりヨーロッパのモダン風味を混ぜたとしか表現できない混沌ぶり。もっともこれはあくまで天井の主観だ。
天井は思う、きっとこの学区を設計した奴は、生まれは下町だけど、心はセレブ。そんな捻くれた思想を持ちつつ、頭の大事な部分のネジの外れた設計士に違いない。外れたネジの数も恐らく両手の指で足りないぐらいに違いない。
そう考えてると、通学途中に無駄に多い坂道も、品揃えの悪い近所のコンビニも、悪いカエルの居城となっているあの病院も、そのへたれ設計士の仕業に思えてならない。歩きながら悶々とそんな事を考えていると、次第に設計士が憎くて憎くて堪らなくなり、自分の知り合いに設計士は居ないのだが、天井は心のノートにこう書き記した。
「カエル死すべし」
「なんです?それ」
「別になんでもない……」
思わず声に出ていたらしい。天井は、わざとらしく咳払いをしてその場をごまかすことにした。天井の中では、もはや、気に入らない=カエルの図式が成立してしまったらしい。
天井が普段通う高校があるのは第七学区。庶民的雰囲気を持つエリアと、高級街的風格を持つエリアが混在するという実にアンバランスな造りをしている。特に名門校の集中する辺りは近代的な町並みに無理やりヨーロッパのモダン風味を混ぜたとしか表現できない混沌ぶり。もっともこれはあくまで天井の主観だ。
天井は思う、きっとこの学区を設計した奴は、生まれは下町だけど、心はセレブ。そんな捻くれた思想を持ちつつ、頭の大事な部分のネジの外れた設計士に違いない。外れたネジの数も恐らく両手の指で足りないぐらいに違いない。
そう考えてると、通学途中に無駄に多い坂道も、品揃えの悪い近所のコンビニも、悪いカエルの居城となっているあの病院も、そのへたれ設計士の仕業に思えてならない。歩きながら悶々とそんな事を考えていると、次第に設計士が憎くて憎くて堪らなくなり、自分の知り合いに設計士は居ないのだが、天井は心のノートにこう書き記した。
「カエル死すべし」
「なんです?それ」
「別になんでもない……」
思わず声に出ていたらしい。天井は、わざとらしく咳払いをしてその場をごまかすことにした。天井の中では、もはや、気に入らない=カエルの図式が成立してしまったらしい。
カエル医者。別に姿かたちがゲコゲコと五月蝿い両生類に似ているわけでも、好んで緑色を着るわけでも無いが、『冥土返し』の異名を持つ名医の事を、天井はそう呼んでいた。
今更由来とかを聞かれても、困るが切欠は『彼女』が左耳につけている某マスコットキャラクターを象ったイヤリングが由来になるだろう。というかイヤリングなのだろうか? 天井的にはどう見てもカエルのストラップか何かを改造した品にしか見えないのだが、色も緑だし。 なんだ、きちんとあるでは無いか、由来。よくよく考えて見れば、手術着はきちんと緑系統の物ではないか、色の件でもしっかりとクリアしている。そうだ、ならばやはり、あの医者は『カエル医者』で良いではないか。そう自分を納得させて天井は、病院から学生寮までの短からぬ道どりをテクテクと歩いた。
「やはりカエルだ……」
「はぃ?」
「いや、こっちの話だ」
「カエルの国の話ですか?」
「……そうだよ」
西の空はもう薄暗くなっており、沈みかけの夕日が無駄に高いビルの陰へと沈んでいく。紅い西日が眼に入り、思わず目を細めた。
「よぉ、天井」
「ん?」
不意に後ろから声を掛けられて、天井は後ろを振り向いた。
誰も居ない。居ないが、声で相手の見当は付く。あいつだ。クラスで一番の旗立て師。上条当麻に他ならない。
「こっちだ」
そんな声と共に、自分の頬に誰かの指先がプニっと刺さる。
やんちゃそうな笑顔に不機嫌チックな睨みをくれてやると、上条の頬に一筋の汗が流れた。
「上条……そういう事は止めろと言っているだろう? 私はあまり他人に触れられるのは好きではないんだ。あんまり度が過ぎるなら吹寄さんに言いつけるぞ」
「ゴメンナサイ、ほんの冗談なんです。だから吹寄は勘弁してください……。オネガイシマスオネガイシマス」
何故か後半は肩が震えていた気がした。特に『吹寄』の言葉の辺りから後ろ。吹寄に対して、相当にトラウマ的なものでもあるのだろうか? やたらと綺麗どころと問題児が集中していると名高い一年七組。今は天井も居るので、非上条属性の双璧と称される吹寄制理。面倒見が良く、リーダーシップに優れた委員長系美少女。艶やかな黒髪と全国高校生女子の平均を軽く一蹴する胸囲の持ち主である。あと趣味は通販で効果の怪しげな健康グッズを買い漁る事。大覇星祭では突然倒れたりして、実は病弱属性を追加されたとかなんとか。もはや完全無欠である。
吹寄は自他共に認める美少女なのだが、その少々ではすまないキツイ性格ゆえか、特に浮いた話も聞かない。風の噂では、密かに上条に思いを寄せている説も浮上しているが、それこそ真偽が定かではない。それに本人の前でこれを言うと、顔を真っ赤にした吹寄に銀河の彼方まで投げ飛ばされてしまうから誰も言わない。実際、青髪ピアスがからかい半分で実行した所、彼はお知らせのプリントと一緒に掲示板に貼り出されたらしい。確かタイトルは『馬鹿の末路』だったと思う。
今更由来とかを聞かれても、困るが切欠は『彼女』が左耳につけている某マスコットキャラクターを象ったイヤリングが由来になるだろう。というかイヤリングなのだろうか? 天井的にはどう見てもカエルのストラップか何かを改造した品にしか見えないのだが、色も緑だし。 なんだ、きちんとあるでは無いか、由来。よくよく考えて見れば、手術着はきちんと緑系統の物ではないか、色の件でもしっかりとクリアしている。そうだ、ならばやはり、あの医者は『カエル医者』で良いではないか。そう自分を納得させて天井は、病院から学生寮までの短からぬ道どりをテクテクと歩いた。
「やはりカエルだ……」
「はぃ?」
「いや、こっちの話だ」
「カエルの国の話ですか?」
「……そうだよ」
西の空はもう薄暗くなっており、沈みかけの夕日が無駄に高いビルの陰へと沈んでいく。紅い西日が眼に入り、思わず目を細めた。
「よぉ、天井」
「ん?」
不意に後ろから声を掛けられて、天井は後ろを振り向いた。
誰も居ない。居ないが、声で相手の見当は付く。あいつだ。クラスで一番の旗立て師。上条当麻に他ならない。
「こっちだ」
そんな声と共に、自分の頬に誰かの指先がプニっと刺さる。
やんちゃそうな笑顔に不機嫌チックな睨みをくれてやると、上条の頬に一筋の汗が流れた。
「上条……そういう事は止めろと言っているだろう? 私はあまり他人に触れられるのは好きではないんだ。あんまり度が過ぎるなら吹寄さんに言いつけるぞ」
「ゴメンナサイ、ほんの冗談なんです。だから吹寄は勘弁してください……。オネガイシマスオネガイシマス」
何故か後半は肩が震えていた気がした。特に『吹寄』の言葉の辺りから後ろ。吹寄に対して、相当にトラウマ的なものでもあるのだろうか? やたらと綺麗どころと問題児が集中していると名高い一年七組。今は天井も居るので、非上条属性の双璧と称される吹寄制理。面倒見が良く、リーダーシップに優れた委員長系美少女。艶やかな黒髪と全国高校生女子の平均を軽く一蹴する胸囲の持ち主である。あと趣味は通販で効果の怪しげな健康グッズを買い漁る事。大覇星祭では突然倒れたりして、実は病弱属性を追加されたとかなんとか。もはや完全無欠である。
吹寄は自他共に認める美少女なのだが、その少々ではすまないキツイ性格ゆえか、特に浮いた話も聞かない。風の噂では、密かに上条に思いを寄せている説も浮上しているが、それこそ真偽が定かではない。それに本人の前でこれを言うと、顔を真っ赤にした吹寄に銀河の彼方まで投げ飛ばされてしまうから誰も言わない。実際、青髪ピアスがからかい半分で実行した所、彼はお知らせのプリントと一緒に掲示板に貼り出されたらしい。確かタイトルは『馬鹿の末路』だったと思う。
「当麻君も今帰りですか? 奇遇ですね。というかえらく遅いですね。エンゼル様が『どうせ街で新しく女の子のフラグを立て逃げしてたんだと思う』って言ってますが、本当ですか?」
「うわっ、神作っ」
「『うわっ、神作っ』は少々失礼ですね。儚げな雰囲気を持つ電波系美少女ひのに対する言葉とは思えません。減点1です」
「何点満点の減点だよっ! いやそうじゃなくて、気配も無く背後に寄り添われたら誰でもびっくりするっての!」
「こういうの嫌いですか? ほら耳にフゥーって息を吹きかけたりしてみると、どうでしょう? エンゼル様、エンゼル様、フゥー」
「いやぁぁ、ゾクゾクスルー! あ、こら天井。そんな穢れた物を見るような目で俺を見るな! いやぁ、見ないでぇ! ていうかエンゼル様って誰ぇ」
なんだか楽しそうな上条とひのを天井の歩幅で十歩ぐらい離れて、天井は生暖かい目で見守っている。余談だが、上条を含んだカップリング説は諸説あり、最新の一押しは、上条×ひのらしい。転校してきた初日から、えらく溶け込めるものだと思わず感心してしまう。天井が転校してきた時、誰とも気兼ねなく話せるようになるのに、ひのの何倍もの時間を要したというのに……。
「あれ?」
ふと天井は、自分を含んだ三人に降り注ぐ、鋭い敵意の様な視線を感じた。
たっぷりと百メートルは離れた前方。上条から見れば百メートル後方。沈みかけの夕日を浴びて、これでもかという位に、自らの赤さを強調している物体がある。
四角い体、一本の太い足、白いマーク。もしかしなくても郵便ポストである。その陰から飛び出そうとして、大きく右手を上げた女の子が立っていた。どちらかといえば、立ち尽くしていた。もしくは、固まっていた、の表現の方がしっくり来るかも知れない。
丁度、逆光になるので細かな容姿を確認は出来ないが、背丈的には中学生ぐらい。短髪に細身、ひのよりも少し高い程度の背。ブレザー風の制服のデザインは、どこかで見かけた気もするが、天井は女子の制服のデザインを百パーセントの精度で記憶するような能力も、そして趣味も無かった。
「当麻君はこのまま死後の国へご案内ですー」
「嫌だってのっ、なんでいきなり死後だよ」
「では言い換えて、天国で」
「天井ー天井ー、ヘルプ」
こっちの二人は、なんだか往年の合体ロボットの様に、不自然極まりない体勢に移行していた。逃げる上条をひのが捕まえるといった様相だが、二人の表情はいたって真剣だ。
「わかった、わかった。ひの、帰るぞ」
「ええ~」
「そうしてくれ、助かる」
ようやくひのから開放されて、上条は大きく息をついていた。後方から降り注ぐ視線には全く気付いている様子が無い。教えてやろうかと少し迷ったが、他人のプライベートに干渉するのは天井の良しとするところでは無かった。
「じゃあ、また明日学校でな」
「ああ、また明日な天井、神作も。な。てか放せ!」
一旦引き剥がされても諦めない新手のマスコット人形と化したひのをズルズルと引き摺って、天井はそそくさとその場を後にする事にした。後ろから引き摺られているひののあまり慌ててない声が「亜衣ー、もうちょっとだけ、もうちょっとだけいいじゃないですか?」とか言っていたが、きっちりと右耳から左耳へとスルーしておくことを忘れない。
夕日に向かって人を引き摺っていると、自然に脳内にBGMがかかる。選曲がドナドナしか浮かばない辺り、音楽のセンスが無いなぁと自分自身に落胆した。
「あまり、わがままを言っているとおいて帰るぞ」
言ってから、「まるで母親の様な台詞だな」と思った。天井の歩幅で五十回ぐらい歩いた辺りで、ひのは「なんだか物足りない」と愚痴を零していたが、
「亜衣に置いていかれると、ひのは寮の場所がわからないので、野宿する羽目になってしまいます。秋だと外気も寒いので辛いですし、ひもじいです。更に言うなら秋なんで、外気が肌寒くて辛いです、ひもじいです」
「同じ事を二回言うな」
「にやり」
何故か、勝ち誇った顔のひの。突っ込んだら負けだったらしい。
「良いじゃないか、野宿。健康的だし、何より私の身の安全が保障される」
「亜衣は冗談が上手いですね」
「本音だけどな」
「冗談ばっかりですね」
「「あはははははははは」」
空っぽな笑いをした後に、天井は大きくため息をついた。どうやら癖になってきている事が実感できる。そして元凶に皮肉が通用しないのが、もっとも堪えた。
半ば非科学的だなぁ、と自覚しながらも――ああ、神様。居ないとは思うが、居たらこの女、何とかしてください。アーメン。おぼろげな記憶を頼りに十字らしい物を切ってみた。多分効果は期待できないだろう。
「うわっ、神作っ」
「『うわっ、神作っ』は少々失礼ですね。儚げな雰囲気を持つ電波系美少女ひのに対する言葉とは思えません。減点1です」
「何点満点の減点だよっ! いやそうじゃなくて、気配も無く背後に寄り添われたら誰でもびっくりするっての!」
「こういうの嫌いですか? ほら耳にフゥーって息を吹きかけたりしてみると、どうでしょう? エンゼル様、エンゼル様、フゥー」
「いやぁぁ、ゾクゾクスルー! あ、こら天井。そんな穢れた物を見るような目で俺を見るな! いやぁ、見ないでぇ! ていうかエンゼル様って誰ぇ」
なんだか楽しそうな上条とひのを天井の歩幅で十歩ぐらい離れて、天井は生暖かい目で見守っている。余談だが、上条を含んだカップリング説は諸説あり、最新の一押しは、上条×ひのらしい。転校してきた初日から、えらく溶け込めるものだと思わず感心してしまう。天井が転校してきた時、誰とも気兼ねなく話せるようになるのに、ひのの何倍もの時間を要したというのに……。
「あれ?」
ふと天井は、自分を含んだ三人に降り注ぐ、鋭い敵意の様な視線を感じた。
たっぷりと百メートルは離れた前方。上条から見れば百メートル後方。沈みかけの夕日を浴びて、これでもかという位に、自らの赤さを強調している物体がある。
四角い体、一本の太い足、白いマーク。もしかしなくても郵便ポストである。その陰から飛び出そうとして、大きく右手を上げた女の子が立っていた。どちらかといえば、立ち尽くしていた。もしくは、固まっていた、の表現の方がしっくり来るかも知れない。
丁度、逆光になるので細かな容姿を確認は出来ないが、背丈的には中学生ぐらい。短髪に細身、ひのよりも少し高い程度の背。ブレザー風の制服のデザインは、どこかで見かけた気もするが、天井は女子の制服のデザインを百パーセントの精度で記憶するような能力も、そして趣味も無かった。
「当麻君はこのまま死後の国へご案内ですー」
「嫌だってのっ、なんでいきなり死後だよ」
「では言い換えて、天国で」
「天井ー天井ー、ヘルプ」
こっちの二人は、なんだか往年の合体ロボットの様に、不自然極まりない体勢に移行していた。逃げる上条をひのが捕まえるといった様相だが、二人の表情はいたって真剣だ。
「わかった、わかった。ひの、帰るぞ」
「ええ~」
「そうしてくれ、助かる」
ようやくひのから開放されて、上条は大きく息をついていた。後方から降り注ぐ視線には全く気付いている様子が無い。教えてやろうかと少し迷ったが、他人のプライベートに干渉するのは天井の良しとするところでは無かった。
「じゃあ、また明日学校でな」
「ああ、また明日な天井、神作も。な。てか放せ!」
一旦引き剥がされても諦めない新手のマスコット人形と化したひのをズルズルと引き摺って、天井はそそくさとその場を後にする事にした。後ろから引き摺られているひののあまり慌ててない声が「亜衣ー、もうちょっとだけ、もうちょっとだけいいじゃないですか?」とか言っていたが、きっちりと右耳から左耳へとスルーしておくことを忘れない。
夕日に向かって人を引き摺っていると、自然に脳内にBGMがかかる。選曲がドナドナしか浮かばない辺り、音楽のセンスが無いなぁと自分自身に落胆した。
「あまり、わがままを言っているとおいて帰るぞ」
言ってから、「まるで母親の様な台詞だな」と思った。天井の歩幅で五十回ぐらい歩いた辺りで、ひのは「なんだか物足りない」と愚痴を零していたが、
「亜衣に置いていかれると、ひのは寮の場所がわからないので、野宿する羽目になってしまいます。秋だと外気も寒いので辛いですし、ひもじいです。更に言うなら秋なんで、外気が肌寒くて辛いです、ひもじいです」
「同じ事を二回言うな」
「にやり」
何故か、勝ち誇った顔のひの。突っ込んだら負けだったらしい。
「良いじゃないか、野宿。健康的だし、何より私の身の安全が保障される」
「亜衣は冗談が上手いですね」
「本音だけどな」
「冗談ばっかりですね」
「「あはははははははは」」
空っぽな笑いをした後に、天井は大きくため息をついた。どうやら癖になってきている事が実感できる。そして元凶に皮肉が通用しないのが、もっとも堪えた。
半ば非科学的だなぁ、と自覚しながらも――ああ、神様。居ないとは思うが、居たらこの女、何とかしてください。アーメン。おぼろげな記憶を頼りに十字らしい物を切ってみた。多分効果は期待できないだろう。
ひのを引きずる事、およそ十分。上条と別れた地点から大分離れたぐらいに、よく晴れているにも関わらず突然、『雷』が落ちた。
学園都市には、至る所に避雷針が設置されている。おそらくは電子機器を落雷等から保護する為なのだが。
「避雷針を無視して落ちるとは、なんとも非常識な雷だな」
「まぁ、捻じ曲がってますから、雷って」
「だな」
「ええ」
雷は二度、三度と立て続けに落ちた。割と近くに落ちたらしく、丁度上条と別れた辺りでなんだか悲鳴が聞こえた。
なんだか、『あんたって奴は、一回死んだ方が良いわね! 私の精神衛生上の理由で死刑決定』『誤解だ、っていうかなんでお前がキレてるのか、さっぱりわからねぇよ!』『胸に手を当てて聞いてみなさいよぉ!』『いいんでせうか? 胸に手を当てても怒らないでせうか? では遠慮なく』『……』『……全国の女子の平均胸囲を下回っている様だけど、そういう需要もあるからな、うん』『……自分の胸に手を当てなさいよ! 私の胸に手を当ててどうすんのよ! この変態! フライング男』『最後のは、意味わかんねえよ』とか聞こえたが、きっと幻聴だろうと言う事で天井とひのは一路、学生寮へと歩みを進めた。
学園都市には、至る所に避雷針が設置されている。おそらくは電子機器を落雷等から保護する為なのだが。
「避雷針を無視して落ちるとは、なんとも非常識な雷だな」
「まぁ、捻じ曲がってますから、雷って」
「だな」
「ええ」
雷は二度、三度と立て続けに落ちた。割と近くに落ちたらしく、丁度上条と別れた辺りでなんだか悲鳴が聞こえた。
なんだか、『あんたって奴は、一回死んだ方が良いわね! 私の精神衛生上の理由で死刑決定』『誤解だ、っていうかなんでお前がキレてるのか、さっぱりわからねぇよ!』『胸に手を当てて聞いてみなさいよぉ!』『いいんでせうか? 胸に手を当てても怒らないでせうか? では遠慮なく』『……』『……全国の女子の平均胸囲を下回っている様だけど、そういう需要もあるからな、うん』『……自分の胸に手を当てなさいよ! 私の胸に手を当ててどうすんのよ! この変態! フライング男』『最後のは、意味わかんねえよ』とか聞こえたが、きっと幻聴だろうと言う事で天井とひのは一路、学生寮へと歩みを進めた。
悲鳴の主は、同級生の声に酷似していた気がしたが、天井は面倒事が大の嫌いだった。
明日学校で、会えると良いなぁ、とさっき別れたばかりの同級生をすっかり沈んだ夕日に重ねて思い浮かべると暗くなったばかりの空には、早速一筋の流れ星が登場した。タイミング的にばっちりであった。
明日学校で、会えると良いなぁ、とさっき別れたばかりの同級生をすっかり沈んだ夕日に重ねて思い浮かべると暗くなったばかりの空には、早速一筋の流れ星が登場した。タイミング的にばっちりであった。
――生きていれば、勝ちだぞ、上条……。
天井の横ではひのが流れていく星にお願いを繰り返していた。
「いけにえいけにえいけにえ、いけにえいけにえいけにえ、いけにえいけにえいけにえ」
お願い事の内容が、やたらと物騒な内容だったのは言うまでも無い。
「亜衣、そろそろひのの靴の踵がヤバそうです。このままだと踵から火が出てとてもかっこいいんですが。差し当たってですが、引きずるのを止めてもらえますか?」
「あいよ」
天井は静かにひのの襟首を掴んでいた右手を離した。
世界には万有引力の法則というものがある。地球上に存在する全ての物は等しく中心へと引っ張られる力が発生するというやつだ。木になった林檎が地面へと落ちる様に、ひのの頭も世界の中心へと引っ張られる。手を離せば落ちる。常識である。
アスファルトは、「ゴン」となんだか頭が痛そうな音を発した。
「いけにえいけにえいけにえ、いけにえいけにえいけにえ、いけにえいけにえいけにえ」
お願い事の内容が、やたらと物騒な内容だったのは言うまでも無い。
「亜衣、そろそろひのの靴の踵がヤバそうです。このままだと踵から火が出てとてもかっこいいんですが。差し当たってですが、引きずるのを止めてもらえますか?」
「あいよ」
天井は静かにひのの襟首を掴んでいた右手を離した。
世界には万有引力の法則というものがある。地球上に存在する全ての物は等しく中心へと引っ張られる力が発生するというやつだ。木になった林檎が地面へと落ちる様に、ひのの頭も世界の中心へと引っ張られる。手を離せば落ちる。常識である。
アスファルトは、「ゴン」となんだか頭が痛そうな音を発した。