とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

その5

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 5

 思いやりが欠けている。一体何度この言葉を聞いた事だろうか。少しだけ数えてみようかと試みたが、数えようとする数が現在進行形で増加している状況では無駄な事だな、と三秒で切り上げた。
 いまだに天井の後方で聞こえる声は段々と恨みがましさを増してきており、回数に至ってはもうすぐ三桁の大台に乗りそうで現在は二桁の後半を着々と更新中だ。
 青い看板が目印のコンビニが視界に入った所で、ようやく天井は振り返る。やっと気付いてもらえた、と、寂しがり屋のハムスターみたいな笑顔を浮かべたひの。恨み節が止まり、大きく両手を開いてひのが飛びついて来る。
「やっと気付いてくれましたー」
「止めろっ」
「みぎゃ」
 飛びついてきたひのを天井は無言のまま左手に持った薄っぺらい学生鞄で迎撃。教科書など一冊も入っていない鞄だったが、丁度金具部分がひのの鼻へとヒットした。軽い学生鞄をブンブン振り回して、警戒を継続、ひのとの安全距離を探る。
「いきなり飛び掛ってくるな、条件反射で迎撃してしまうだろうが」
「――亜衣、条件反射でそんな強力な迎撃方法を取るんですか? 友達を失くしますよ」
「お前にだけは言われたくないな、それ。これでも軽いぐらいだ」
 これが青髪の男子なら、彼の体が地面に落ちる前にもう一度、いや二度くらいは再アタックを仕掛けてくるかもしれない。こと頑丈さにおいてはドイツ軍の主力戦車にも勝るとも劣らないというのは青髪の男子本人の談だ。天井は彼にこう告げていた――戦車よりはお前の方が厄介だな――戦車は何とかなるけど、お前は止められない――と。すると青髪の男子はやや照れ笑いを浮かべながら自分の席に帰っていって、前の席に座るツンツン頭の男子の後頭部をシャープペンの尖った方で突っつきながら「うらやましいやろ、カミやん」と話しかけていたものだ。

 赤くなった鼻の頭を抑えてひのは「やっぱり思いやりが欠けている」と目頭に涙を浮かべて恨み節を再開していた。たまに天井が振り返るのだが、その度に「亜衣ー」「止めんか」「いたーぃです」などというやり取りがベチンベチン繰り広げられる。天井のあまりの容赦なさにコンビニの前でたむろっていた学生服の集団などは天井と目が合うなり蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。一体どんな了見なのだろうか? 詳しく聞きだしてみたかったが部活で陸上でもやっているのだろう、彼らの逃げ足は思いの外速かった。
 通常より少しばかり赤みを増した顔でひのが言う。
「ところで亜衣」
「ん? なんだ」
「ひのはお腹が空きました」
 ひのが鞄の中から白い二つ折りタイプの携帯電話を取り出した。デザインからすると恐らく『外』のメーカーの製品だろう。『外』と『内』どちらのメーカーの携帯電話を使うかは娯楽の少ない学生達の中では頻繁に話題に上る。『外』メーカーの持つ緊急時においての復旧の早さと安定性を取るか、機能、新技術で大きくリードを取る『内』のメーカーにするか。価格的には大した差は無いので、その辺りの情報を吟味して決めるようだ。どこかの風紀委員がやたらと小さい携帯電話を使っているのを見た事があるが、本体が口紅大の小さな円筒で、画面と操作パネルが本体から出てくるシート状だなんて、見ただけでも使いにくそうという感想を抱いたものだ。どの様に進化しようが、所詮携帯電話は携帯電話。上昇するのはカメラの画素数と使わない機能の数々と利用料金ぐらい。携帯電話からビームやミサイルが出る、そんな夢のあるバカ携帯が出ない限り、天井は『外』のメーカーの携帯電話を使い続けるだろう。電話なんて通話できればそれで良いのだ。
 そしてそんな事はどうでも良いのだろう、嬉しそうに携帯電話をカパリと開いて天井へと突きつけてくるひの。標準的な大きさを持つ液晶画面には金のクチバシを一個、銀を五個集めるとおもちゃの缶詰をくれそうな天使の待ち受け画面が表示されている。天使のラッパの上辺りにはデジタル時計が静かに時を刻む。時刻は六時半。多少早いが夕食にかかってもおかしくは無い時間ではある。
 女子寮にある天井の部屋はすぐそこだ。歩いても五分の距離である。だが寮とは名ばかりのただのワンルームマンションだったりもする。基本は自炊。食堂の類は無い。そして部屋にある冷蔵庫の中身は限りなく空っぽに近い。天井は買い物をしていない。つまり帰ってもご飯が無い。どこぞのお嬢様学校の様に部屋に帰ったら既に食事の用意がしてあったりはしないのだ。その代わりにゴミの日とかペット禁止とか以外には規則がゆるく、門限に至っては無制限。朝帰りしようが管理人のお姉さんはにこやかな笑顔で迎えてくれるのみである。どちらが良いか? と言われれば少々返答に詰まりそうだが、冥土返し絡みの用事でちょくちょく部屋を空ける天井にとっては後者の方が多少都合が良かった。
 左腕に装着された白い腕章と、三歩後ろを歩くルームメイトを見比べて心中で嘆息。
(それに、これからもっと増えそうだしな……急な用事とか)
 今から買い物するのも面倒だし、適当に出前でも取ろうかな、と天井も自分の黒い携帯電話を取り出して近所のラーメン屋に出前の注文をかけるべく、番号キーを押し込もうとした。
「亜衣。亜衣は自分で料理とかしちゃったりするのですか? ひのが見る限り、亜衣は家計とかのやりくりは上手そうでも家事はてんで駄目そうに見えるのです。エンゼル様なんて『洗濯物と一緒に洗濯機に入ってそう、こうぐるぐるってね。あーっははははは』とか言ってますよ。――っつ。うぅ、亜衣、なんでひのを叩くんですか? ひのは悪くないですよ」
「やかましい、エンゼル様って結局お前が言ってるんだろうが!」
 天井は激昂し、ひのは首を横に振った。
「亜衣は勘違いしています。ひのとエンゼル様は一心同体ですが、世間様一般で二重人格と呼ばれているものとは違います。医学用語で言う乖離性同一障害とかいうのも違うとエンゼル様は頑なに否定しています。だから違うんです。その証拠にひのが意識を持ち、こう行動している間でもエンゼル様はひのへと電波を発信してくれているので、それをひのがこうピピピっと受信してですね。亜衣との会話も可能となるし、ひのの体を動かしたりも出来るわけです」
 説明は結構続いた。天井の中にある知識で総合すると、どう解離性同一障害とやらとひのの状態が違うのかが良く分からなかったが、面倒なのでとりあえず頷いておいた。
「わかった、わかった……わかりました、エンゼル様は居るんだな、うん」
「わかってもらましたか――っつ!? あ、亜衣!? なんで再度ひのへ打撃を加えるんですか」
「エンゼル様ってどこにいるか分からないし、手が届かないからだ。文句を言うなら冥土返しの奴に言え、私のストレスの原因の八割方はあいつのせいだ!」
「そんな滅茶苦茶な、理不尽な暴力から、ひのは逃げますよ。ゲッチュアフリーダム! ごむたいな~、あ~れ~、です」
「そんな台詞、どこで覚えてくるんだ! お前あの病院でどんな生活してたんだ」
 不思議な単語を呟きながら、ひのとそれを追いかける天井は部屋とは全然かけはなれた方向へと走り去っていくのだった。


 完全に見失った。天井がそう確信したのは、どっぷりと闇のとばりが落ち、歩道を照らす街灯の光が天井の真上で灯り出した頃。烏の鳴き声も止んでおり、夕焼け小焼けも午後五時の時点で既に鳴り終わっている。 さすがに秋ともなれば夏の日に比べるまでも無く日没が早い。夜。すっかり夜である。
。左腕にはめられた男物のちょっと高級そうな腕時計の丸い盤面は青い光でぼんやりと文字が浮かび上がり、正確な時刻を知らせてくれた。午後の七時半。思いっきり走ったせいもあるかも知れないが天井もそろそろ空腹を覚えてきた。
 周りを見渡せば、いつの間にか繁華街。我ながら良く走ったものだなぁと感心する。
 夜の繁華街は賑やかだった。平日にも関わらず人も多く、天井は何度も人波に流されそうになった。踏まれそうにもなったし、迷子と間違われて警備員の詰め所にも連れて行かれそうにもなった。お菓子をあげるからおいで、と誘拐されそうになった時は持ち前の小ささを生かして乗り切った。
 繁華街にはいくつもの料理店が並び、店頭実演をしている様な店もあった。右手にある店ではアルバイトの学生が念動力だけで蕎麦を切っていたし、左手の店は発火能力者が派手に火を吹いていた。多分中華料理屋だろう、もしかしたらロシア料理かも知れない。
 朝食は焼いたトーストにイチゴジャムを塗ってカフェオレと半熟の目玉焼き。昼食は学食で六百円のオムライス+コンソメスープのセットでリーズナブルかつ手早く。そして夕食はまだ摂っていない。肉体年齢が幼いせいか天井の体は消費カロリーがやたらと熱に変換されやすい。要するに燃費が悪いのだ。ぶっちゃけお腹減った。天井の胃袋は切なげな鳴き声を発した。
 多分平均体温が高いのだろう、寒い日など女友達に「お~、あったかー」「ぬっくぬく~」的な言葉と共に暖を取る手段の一つにされた事もある。クラスの三大食っても太らないうらやましい人達と呼ばれる事もある。食べた分のカロリーがすぐに熱になる天井、食べた分のカロリーがほとんど胸部に集中する吹寄、多分遺伝子的にこれ以上大きくならないのだろう小萌先生の三人はいつだってクラスの女子の憧れの的だ。本人にしてみればコンプレックスにしかならないのに。
「あのバカが何かしでかす前に捕まえないとな。食事はその後だ」
 カロリーが足りない分は気合でカバーする。お腹が減ると思うからお腹が減るんだ。そう言い聞かせて天井は「私は満腹、もうお腹いっぱい、食べれない」と呟き、ひのを探した。ある意味、究極のダイエットである。
 いっそひのの首に首輪でもしておけば良かったと思ったが、絵的にやばい上、どう考えても体重の軽い天井の方が引っ張られるのは目に見えている。想像して思った。なんだか西部開拓時代の拷問みたいだな、と。当然ながら天井には開拓時代の人間の様なフロンティア精神なんて無かった。あるのは面倒くさがりの精神だけだ。
 面倒くさくても、ひのは探さなければならない。あの目立つピンク頭は相当に目立つはずなのだが一向に見当たらない。そもそもこの辺りにいるかも定かでは無い。引き離されたのは大分前の事である。その上、天井は道に迷うと、とりあえず右側の道に入る類の人間だ。
 対するひのは運動能力の時点で天井を遥かに凌駕している。本日行われた体育の授業のドッチボールで天井は割りと早い段階で外野に出ることになったが、ひのは後半までかすりもしなかった。それだけ運動能力に差があるのだ。そして実際に走ったらこんなにも差が開いてしまった。もし、ひのを見つけたとしても「待て」と声をかけてもひのが一目散に逃げれば元の木阿弥だ。運動能力の差というのはこういう『追いかけっこ』においてはほぼ致命的なのだ。
 絶望的な情報はそれだけでは無い。ひのは何故か逃走とか潜伏とかいう類の行為がやたらと上手なのだ。『かくれんぼ』のプロフェッショナルと呼んでも良いだろう。
(無理っぽくないか?)
 あんまり絶望的なんで、思わずしゃがみ込んでしまった。
 うーん、うーんと唸っている天井がよほど深刻に見えたのか、中華料理屋の前にいた客寄せのパンダが背中をポンポンと叩いてワウワウと一生懸命励ましてくれた。身振り手振りがやたらと大きく、手に持った『中華なら大熊猫、ただいまジャンボ餃子時間内に食べ切れたらタダ』の看板が激しく空を切っていた。
 その様子が可笑しくて天井は思わず笑いを吹き出してしまった。パンダはその様子を嬉しそうに見下ろしていた。パンダは天井の顔の前で肉球のついた手をグッと握りこむような素振りを見せた。恐らく、頑張れ――と、そう言いたいに違いない。でも出来ないのだろう、バイト中だから。悲しげにパンダの肉球が揺れた。天井はそっと肉球の付いた手に自分の手を添えた。
「ありがとう。私はもう大丈夫だ。もう一度言う、ありがとうパンダ。おかげで元気が出た。これから私は私の戦場に戻る。だからお前はお前の戦場に戻るんだ。もたもたしているとバイト代を引かれてしまうぞ、月末に泣きたくは無いだろう?」
 パンダはそこでやっと自分の背中に突き刺さるトラの視線に気付いたらしく、ボフボフと足音をさせて店の前に戻っていった。パンダはトラに大きな頭を下げ、距離が近かったらしくトラに頭突きをかましトラを転ばせた。どうやらトラはパンダの上司らしい。パンダに助け起こされたトラは、がぉー、とパンダを怒った後、高校生の団体客を迎え入れる為に素早くパンダと共に営業スマイルを浮かべた。切り替えの早さに天井が思わず感心した程だ。ちなみにトラの方の看板は「来たれ大食い、餃子好きの団体様大歓迎」だった。
「あばよパンダ。用事が済んだらお前の店の中華を食べに来るからな~」
 天井は大きく手を振り、パンダに別れを告げるとその場を立ち去った。

 それにしてもパンダとはどんな鳴き声をする生き物だったのだろうか……少なくてもワウワウでは無かった気がする。そもそも中華でパンダはいいとして、トラはどうなのだろう?
「そうだな、いざとなったらコレを使えばいいか」
 天井は自分の右手を見て微笑んだ後、突き当たりの角をとりあえず右に曲がった。


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