◇奇人達の変態境界線 Border_Line_Breaker 中編
余り物には福がある。
古来から日本に伝わる有名な迷信の一つだ。
実際に福があるのかどうかは別としてそれは確かに存在している。
ジンクスとしては頼り無いが、無いよりはマシと言ったところだろう。
というわけで、偽当麻は今も元気に余り物の詰まった冷蔵庫を漁っていた。
「……碌なもんがねぇ……」
が、唐突に偽当麻は整った顔立ちの中、眉を顰めて忌々しそうに声を漏らす。
申し訳程度の灯りに照らされた冷蔵庫内はほぼ空であり、しかも生温い。
そろそろ買い替えの時期だとは前々から思っていたがそろそろ限界が来たらしい。
「おなか……げんかい……かゆ、うま……」
「……もうちょっと待て」
言うと同時に冷蔵庫から顔を抜き、後ろを振り返る。
そこには卓袱台に頭を乗せてぐだっている銀髪碧眼の少女――インデックスが居た。
その目に覇気は無く、死人の様な様相を見せていた。今にも襲いかかって来そうだ。
「今なんか緊急で作るから。つか、その目は止めろ。俺は美味くないぞ」
「なまにく……」
「いや、確かに生肉だけど……って、俺を食うつもりか!?」
「いざとなったら仕方ないと目の前に降臨なされた主も仰っているのかも……」
「それ幻覚ですからー!?」
叫ぶと同時にインデックスは目を閉じて再び空腹という名の深い闇の中へと意識を沈めていった。
偽当麻も突っ込んだポーズのまま止まるが、寂しくなったので冷蔵庫漁りを再開。
「で、食えそうなものは……」
両親が『そんなに早く食べるなんて当麻は素麺好きだなぁ!』と勘違いして送ってきた素麺の山。
隣人が『余り物だぜぃ!』と押し付けてきた黴の生えたような色のチーズ。
某聖人が『良ければどうぞ』と一番まともな言葉と共に送りつけてきた裂きイカ。
……ここで上条さんは無難に素麺を選びたいところですが――。
残念ながら現在この学生寮ではガス管に不備があったのか火が使えない状況。
従って、お湯を沸かす事は不可能となっている。
「チーズはこれ、腐ってるんじゃないか……?」
チーズが腐るのかどうかは別としてもとても食べれそうな色ではない。
なんというか、人外の食料的な雰囲気を発しているのだ。
取り敢えずは手に取ったチーズと素麺を冷蔵庫へと戻し、裂きイカを冷蔵庫から取り出す。
ひっくり返す。
『賞味期限――多分一月』
随分アバウトな表記だが、一月では流石に無理があるというものだ。
というか何を考えてあの聖人様は裂きイカを送って来たのだろうか。
何らかの魔術的な意味が篭っていそうではあるが、それが空腹を満たさないならば現状では無意味である。
否、もしかしたら満たすのかも知れないが――。
「……おぉ……」
一瞬で手元にある賞味期限切れの裂きイカを後ろの卓袱台に突っ伏している腹ペコ修道女へ渡した後を想像。
喰う。
ばれる。
噛みつかれる。
なんという三拍子だろうか。これは間違いなく病院送りになる予感がする。
裂きイカを冷蔵庫へ戻し、顎に指を当てて黙考。
……素麺、カビ付きチーズ。それに賞味期限切れの裂きイカか……。
思考の中で現状使える食材を並べて後ろへと振り返る。
そこには見慣れた"自分の部屋だった空間"が広がっていた。
そう、偽当麻は先程隣人である土御門の部屋からこちらへと移動して来たのだ。
理由は簡単。
彼の部屋の冷蔵庫はまるっきり空だったのだ。
というわけで、力尽きそうなインデックスを隣室であった上条当麻の住居へと引き摺って来て、今に至る。
ぶっちゃけインデックスならば多少賞味期限が切れていても大丈夫そうだが、彼女も最近は舌が肥えて来ている。
下手な物を出せばばれるのは必然。
それに偽当麻としても彼女を騙して妙な物を出すのは良心が痛むというものだ。
「パトラッシュ……私、疲れたんだよ……」
というか、そろそろ彼女の方も限界が来ているようだ。
某名犬の名前を切実な響きを持った小声で呼びながら虚空を見ている。
これでは何時天に召されるか解かったものではない。
……むぅ。
ここで考えられる選択肢は二つ。
一つは、最も安全と見られる素麺をそのまま出して飢えを凌いで貰うというもの。
勿論、そのまま放置――などという事はせずに偽当麻はその間に買い物に行って来る案だ。
ただしこれは途中で警備員などに捕まる恐れがあり、中々に危険度が高い。
そしてもう一つは、素直にレストランに連れて行って何かを食べさせるという至極真っ当な案だ。
だがこれも先程と同じ様に警備員に連行される恐れがある為、多少の危険度は付き纏う。
どちらも危険度は同等。
実際に福があるのかどうかは別としてそれは確かに存在している。
ジンクスとしては頼り無いが、無いよりはマシと言ったところだろう。
というわけで、偽当麻は今も元気に余り物の詰まった冷蔵庫を漁っていた。
「……碌なもんがねぇ……」
が、唐突に偽当麻は整った顔立ちの中、眉を顰めて忌々しそうに声を漏らす。
申し訳程度の灯りに照らされた冷蔵庫内はほぼ空であり、しかも生温い。
そろそろ買い替えの時期だとは前々から思っていたがそろそろ限界が来たらしい。
「おなか……げんかい……かゆ、うま……」
「……もうちょっと待て」
言うと同時に冷蔵庫から顔を抜き、後ろを振り返る。
そこには卓袱台に頭を乗せてぐだっている銀髪碧眼の少女――インデックスが居た。
その目に覇気は無く、死人の様な様相を見せていた。今にも襲いかかって来そうだ。
「今なんか緊急で作るから。つか、その目は止めろ。俺は美味くないぞ」
「なまにく……」
「いや、確かに生肉だけど……って、俺を食うつもりか!?」
「いざとなったら仕方ないと目の前に降臨なされた主も仰っているのかも……」
「それ幻覚ですからー!?」
叫ぶと同時にインデックスは目を閉じて再び空腹という名の深い闇の中へと意識を沈めていった。
偽当麻も突っ込んだポーズのまま止まるが、寂しくなったので冷蔵庫漁りを再開。
「で、食えそうなものは……」
両親が『そんなに早く食べるなんて当麻は素麺好きだなぁ!』と勘違いして送ってきた素麺の山。
隣人が『余り物だぜぃ!』と押し付けてきた黴の生えたような色のチーズ。
某聖人が『良ければどうぞ』と一番まともな言葉と共に送りつけてきた裂きイカ。
……ここで上条さんは無難に素麺を選びたいところですが――。
残念ながら現在この学生寮ではガス管に不備があったのか火が使えない状況。
従って、お湯を沸かす事は不可能となっている。
「チーズはこれ、腐ってるんじゃないか……?」
チーズが腐るのかどうかは別としてもとても食べれそうな色ではない。
なんというか、人外の食料的な雰囲気を発しているのだ。
取り敢えずは手に取ったチーズと素麺を冷蔵庫へと戻し、裂きイカを冷蔵庫から取り出す。
ひっくり返す。
『賞味期限――多分一月』
随分アバウトな表記だが、一月では流石に無理があるというものだ。
というか何を考えてあの聖人様は裂きイカを送って来たのだろうか。
何らかの魔術的な意味が篭っていそうではあるが、それが空腹を満たさないならば現状では無意味である。
否、もしかしたら満たすのかも知れないが――。
「……おぉ……」
一瞬で手元にある賞味期限切れの裂きイカを後ろの卓袱台に突っ伏している腹ペコ修道女へ渡した後を想像。
喰う。
ばれる。
噛みつかれる。
なんという三拍子だろうか。これは間違いなく病院送りになる予感がする。
裂きイカを冷蔵庫へ戻し、顎に指を当てて黙考。
……素麺、カビ付きチーズ。それに賞味期限切れの裂きイカか……。
思考の中で現状使える食材を並べて後ろへと振り返る。
そこには見慣れた"自分の部屋だった空間"が広がっていた。
そう、偽当麻は先程隣人である土御門の部屋からこちらへと移動して来たのだ。
理由は簡単。
彼の部屋の冷蔵庫はまるっきり空だったのだ。
というわけで、力尽きそうなインデックスを隣室であった上条当麻の住居へと引き摺って来て、今に至る。
ぶっちゃけインデックスならば多少賞味期限が切れていても大丈夫そうだが、彼女も最近は舌が肥えて来ている。
下手な物を出せばばれるのは必然。
それに偽当麻としても彼女を騙して妙な物を出すのは良心が痛むというものだ。
「パトラッシュ……私、疲れたんだよ……」
というか、そろそろ彼女の方も限界が来ているようだ。
某名犬の名前を切実な響きを持った小声で呼びながら虚空を見ている。
これでは何時天に召されるか解かったものではない。
……むぅ。
ここで考えられる選択肢は二つ。
一つは、最も安全と見られる素麺をそのまま出して飢えを凌いで貰うというもの。
勿論、そのまま放置――などという事はせずに偽当麻はその間に買い物に行って来る案だ。
ただしこれは途中で警備員などに捕まる恐れがあり、中々に危険度が高い。
そしてもう一つは、素直にレストランに連れて行って何かを食べさせるという至極真っ当な案だ。
だがこれも先程と同じ様に警備員に連行される恐れがある為、多少の危険度は付き纏う。
どちらも危険度は同等。
ならば失敗した時に少しでも被害の少ない方を選ぶのが定石。
この場合の被害が少ないというのは"インデックスが食料を摂取出来る可能性が高い方"というものである。
もしも摂取出来なかった場合の被害はあまり考えたくない。
恐らく頭蓋骨を噛み砕かれた自分の亡骸が路上に転がるだけだろうけど。
「なんにせよ、インデックスにも協力して貰わんとなぁ……」
頭を掻きながらゆっくりと振り向き、未だ卓袱台に突っ伏しているインデックスの様子を伺う。
かなり疲弊した様子だが、食料が得られると聞けば多少元気が出るだろう。
そう思いながら偽当麻はまず何時も財布が置いてあるタンスの方へと移動する。
声を掛けるならば準備が出来た後だ。
でなければ、猛獣と化したインデックスを説得する暇も無く致命傷を負う破目に陥りかねない。
何時も思うが、何故彼女は噛み付いて来るのだろうか。
殴るなり蹴るなり引っ叩くなり、選択肢は無数にある。
しかし、敢えて彼女は無意味に殺傷力の高い噛み付き攻撃を選ぶ。
全く持って謎である。
「っと、あったあった」
そうこう思考している内に偽当麻はタンスの上に置かれた財布を発見、手に取り、
……?
直後、何か妙な違和感を感じた。
首を傾げる。
暫くそのまま違和感の正体を探ろうと思考を走らせてみるが、
「ま、いっか」
途中でその思考を放棄。
詰まった思考を綺麗さっぱりと破棄してから突っ伏しているインデックスの方へと振り返った。
思いつかないという事は、どうせ大した事では無いだろう。気にする必要も無い。
そう結論して、偽当麻は口を開く。
努めてなるべく違和感の無い笑顔を浮かべながら、
「なぁ、インデックス。何か食べにいかないか?」
「行くっ!すぐ行く!いますぐ行くーっ!」
即答だった。
元気良く無邪気に喜びの表情を浮かべながら瞳を輝かせた少女は叫び、立ち上がる。
その様子を見て偽当麻は思わず苦笑。
……現金だよなぁ、こいつも。
この場合の被害が少ないというのは"インデックスが食料を摂取出来る可能性が高い方"というものである。
もしも摂取出来なかった場合の被害はあまり考えたくない。
恐らく頭蓋骨を噛み砕かれた自分の亡骸が路上に転がるだけだろうけど。
「なんにせよ、インデックスにも協力して貰わんとなぁ……」
頭を掻きながらゆっくりと振り向き、未だ卓袱台に突っ伏しているインデックスの様子を伺う。
かなり疲弊した様子だが、食料が得られると聞けば多少元気が出るだろう。
そう思いながら偽当麻はまず何時も財布が置いてあるタンスの方へと移動する。
声を掛けるならば準備が出来た後だ。
でなければ、猛獣と化したインデックスを説得する暇も無く致命傷を負う破目に陥りかねない。
何時も思うが、何故彼女は噛み付いて来るのだろうか。
殴るなり蹴るなり引っ叩くなり、選択肢は無数にある。
しかし、敢えて彼女は無意味に殺傷力の高い噛み付き攻撃を選ぶ。
全く持って謎である。
「っと、あったあった」
そうこう思考している内に偽当麻はタンスの上に置かれた財布を発見、手に取り、
……?
直後、何か妙な違和感を感じた。
首を傾げる。
暫くそのまま違和感の正体を探ろうと思考を走らせてみるが、
「ま、いっか」
途中でその思考を放棄。
詰まった思考を綺麗さっぱりと破棄してから突っ伏しているインデックスの方へと振り返った。
思いつかないという事は、どうせ大した事では無いだろう。気にする必要も無い。
そう結論して、偽当麻は口を開く。
努めてなるべく違和感の無い笑顔を浮かべながら、
「なぁ、インデックス。何か食べにいかないか?」
「行くっ!すぐ行く!いますぐ行くーっ!」
即答だった。
元気良く無邪気に喜びの表情を浮かべながら瞳を輝かせた少女は叫び、立ち上がる。
その様子を見て偽当麻は思わず苦笑。
……現金だよなぁ、こいつも。
○
偽当麻は呆然としながら目の前の光景を見守っていた。
「ばくばくばくばくばくっ!」
「……喉に詰まらすなよ……?」
所変わって学生寮から歩いて十分ほどの場所にある良心価格が売りのレストラン。
その隅にある四人掛けの席に偽当麻とインデックスは向かい合って座っていた。
「だいじょうぶ!はぐ、良く噛んでるし!むしゃむしゃ、うまーっ!」
「……」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
そんな台詞が頭の中を右から左に過ぎるが取り敢えず偽当麻は額に手を当てて頭痛を振り切る。
辺りでは忙しそうにウェイトレス姿の店員達が席と席の間を行ったり来たりしている。
どうやらもうすぐ昼近くとあって客足も増えてきているようだ。
この場所は学生寮に近いとあって学生達にとても重宝されている。
しかも安心の低価格で味も某家政学校の生徒の保証付きである。
昼は多少遠くとも走って、この店を訪れる学生も少なくはない。
「確かにこの味なら仕方ないけどなぁ……ん、美味い美味い」
自分の目の前にあるハンバーグの乗った皿から切り分けたハンバーグをフォークで口に運び、噛む。
程好い肉汁が滲み出てきてなんとも言えない感覚が全身を駆け抜けた。
美味。
その一言に尽きる絶品であった。
「ンまぁーいっ!」
「このハンバーグを作ったのは誰だぁっ!?」
と、隣の席からも渋い叫び声が聞えるところからもこの料理は相当なものなのだと伺える。
……しっかし、昼近くってだけはあってだいぶ混んで来たな。
早めに来れて良かった、と心底偽当麻は思う。
今も全力疾走してきたのか汗だくの学生が入り口から飛び込むが如く入店してきた。
それを見て微妙に微笑ましい気分になりつつ偽当麻は再び正面へと向き直り、
「じー」
「うっ」
何時の間にか大量の食料を消費し終えているインデックスと目が合った。
彼女の目には疑心などの感情の色は見えない。
だが、大量の疑問を瞳の中に溜め込んでいる様な、そんな雰囲気を持った様子で彼女は首を傾げる。
「……あなた、誰?」
今更かよ、と思わず突っ込みたくなるが震える体を無理矢理抑え込んで自制。
ここで迂闊な行動を見せれば、彼女の疑心を高めるばかりだ。
ただでさえ自分で自分の状況を全て把握しているわけではない偽当麻にとってそれは正直辛い。
だから偽当麻はあくまで『気の良い人』を装う為に出来るだけ優しげな笑みを作り、
「えと、俺は土御門の知り合いで――」
「ばくばくばくばくばくっ!」
「……喉に詰まらすなよ……?」
所変わって学生寮から歩いて十分ほどの場所にある良心価格が売りのレストラン。
その隅にある四人掛けの席に偽当麻とインデックスは向かい合って座っていた。
「だいじょうぶ!はぐ、良く噛んでるし!むしゃむしゃ、うまーっ!」
「……」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
そんな台詞が頭の中を右から左に過ぎるが取り敢えず偽当麻は額に手を当てて頭痛を振り切る。
辺りでは忙しそうにウェイトレス姿の店員達が席と席の間を行ったり来たりしている。
どうやらもうすぐ昼近くとあって客足も増えてきているようだ。
この場所は学生寮に近いとあって学生達にとても重宝されている。
しかも安心の低価格で味も某家政学校の生徒の保証付きである。
昼は多少遠くとも走って、この店を訪れる学生も少なくはない。
「確かにこの味なら仕方ないけどなぁ……ん、美味い美味い」
自分の目の前にあるハンバーグの乗った皿から切り分けたハンバーグをフォークで口に運び、噛む。
程好い肉汁が滲み出てきてなんとも言えない感覚が全身を駆け抜けた。
美味。
その一言に尽きる絶品であった。
「ンまぁーいっ!」
「このハンバーグを作ったのは誰だぁっ!?」
と、隣の席からも渋い叫び声が聞えるところからもこの料理は相当なものなのだと伺える。
……しっかし、昼近くってだけはあってだいぶ混んで来たな。
早めに来れて良かった、と心底偽当麻は思う。
今も全力疾走してきたのか汗だくの学生が入り口から飛び込むが如く入店してきた。
それを見て微妙に微笑ましい気分になりつつ偽当麻は再び正面へと向き直り、
「じー」
「うっ」
何時の間にか大量の食料を消費し終えているインデックスと目が合った。
彼女の目には疑心などの感情の色は見えない。
だが、大量の疑問を瞳の中に溜め込んでいる様な、そんな雰囲気を持った様子で彼女は首を傾げる。
「……あなた、誰?」
今更かよ、と思わず突っ込みたくなるが震える体を無理矢理抑え込んで自制。
ここで迂闊な行動を見せれば、彼女の疑心を高めるばかりだ。
ただでさえ自分で自分の状況を全て把握しているわけではない偽当麻にとってそれは正直辛い。
だから偽当麻はあくまで『気の良い人』を装う為に出来るだけ優しげな笑みを作り、
「えと、俺は土御門の知り合いで――」
そこまで言って一度詰まる。
続ける筈だったのは、己の名前。
だが、果たして今の自分の名は一体なんなのだろうか。
自問するが答えは出る筈が無く、答えを出すだけの時間も無し。
『取り敢えず名前だけでも教えてくれておいたら良いじゃん?』
現在偽当麻が着ている緑色ジャージの持ち主である教師――黄泉川愛穂の言葉だ。
あの時自分はなんと答えたか。
そう、あの時は確か――。
「上条」
「かみじょう……?んと、名前はなんていうの?」
インデックス、お前もか。
だが、その質問は二番煎じ。
……ふふふ、浅はかなりインデックス!なぜならば!上条の名を持つ者に二度ネタは通用しない――ッ!
「とうこ。上条とうこって言うんだ。まぁ、適当に呼んでくれ」
胸の中、何かがチクリと痛むが今はこれしか道が無いのだ。
気力で何とか謎の痛みを抑えつける。
対して、必死の努力で笑顔を続ける偽当麻――もとい、とうこに向かってインデックスは今度は体ごと首を傾げた。
「ふぅん……とうまと似た名前なんだね」
「っ」
身が僅かだが跳ねる。
多少覚悟はしていたが、やはりもう少し捻るべきだったか。
だが、嘘とは言えこれ以上名前を変えてしまうと自分が何か別の物になってしまいそうで。
正直な話、とうこはまた恐がったのだ。
何かを失う事を。今を認める事を。
……くぅ、しっかりしろ"上条当麻"……ッ!
自分の本当の名前を思考の中で叫び、震えを無理矢理抑え込む。
震えがゆっくりとだが治まり始める。
笑顔を浮かべたままの状態を保つ事に成功したとうこは努めて爽やかな雰囲気を醸し出す口調で、
「土御門にも言われたよ。まぁ俺も始めて聞いた時はビックリしたけどな、あはははは」
「それに喋り方もとうまそっくり」
「っ!?いや、良く変だって言われるけど、これは一般的に男喋りというもので、所謂一つの萌え要素――ッ!?」
「……?」
いかん、予定外の発言に自分でも何を言っているのか解からなくなって来た。
取り敢えずとうこは背筋を伸ばして深呼吸。
吸って。
吐いて。
「ぷはぁ……」
落ち着いた。
否、心臓はまだ早めの鼓動を抑えてはいない。むしろ通常時よりも早いくらいだ。
が、それでも幾らかは落ち着いたのは確か。
「それにしても、ありがとう。あなたが居なかったら私、飢え死にしてたかも」
「あ、いや。それはほら、あいつがお前に何か食べさせてやってくれって書置きを残しててさ」
言いながらジャージの上着に付いているポケットから一枚の紙を取り出す。
そのままインデックスへと差し出すのは"上条当麻"が残していったメモだ。
とうこが手渡すと彼女は早速折ってあった紙を元に戻して読み、頷きを一つ。
「んと、それじゃあますますお礼を言わなくちゃいけないかも」
「?」
今度はこちらが首を傾げる。
「だって、わざわざこんな書置きを見て私にご飯を食べさせてくれたんだもん。あなたは良い人なんだよ」
「えと……」
口が上手く動かない。
おかしい。何時もならこの辺で妙案が思いついたりもするものだが、今回に限って全く頭が働かなかった。
思考が停止する。
何も考える事が出来なくなる。
「……どうしたの?」
「えっ?あ、いや、なんでもない。まぁ、これだってあいつの財布だしさ」
インデックスの声と共に思考を一度破棄して意識をハッキリとさせる。
そのままの動きでメモ用紙が入っていたポケットとは逆の方から当麻の財布を取り出して掲げて見せた。
「……え?」
言葉に含まれた疑問符と共にインデックスの動きの一切が停止する。
「?」
同じ様にとうこも頭に疑問符を浮かべるとインデックスは少し眉尻を下げたどことなく引き攣った笑顔で、
「えぇっと……それがここにあるってことは、とうまの方はー……」
「あ゙」
続ける筈だったのは、己の名前。
だが、果たして今の自分の名は一体なんなのだろうか。
自問するが答えは出る筈が無く、答えを出すだけの時間も無し。
『取り敢えず名前だけでも教えてくれておいたら良いじゃん?』
現在偽当麻が着ている緑色ジャージの持ち主である教師――黄泉川愛穂の言葉だ。
あの時自分はなんと答えたか。
そう、あの時は確か――。
「上条」
「かみじょう……?んと、名前はなんていうの?」
インデックス、お前もか。
だが、その質問は二番煎じ。
……ふふふ、浅はかなりインデックス!なぜならば!上条の名を持つ者に二度ネタは通用しない――ッ!
「とうこ。上条とうこって言うんだ。まぁ、適当に呼んでくれ」
胸の中、何かがチクリと痛むが今はこれしか道が無いのだ。
気力で何とか謎の痛みを抑えつける。
対して、必死の努力で笑顔を続ける偽当麻――もとい、とうこに向かってインデックスは今度は体ごと首を傾げた。
「ふぅん……とうまと似た名前なんだね」
「っ」
身が僅かだが跳ねる。
多少覚悟はしていたが、やはりもう少し捻るべきだったか。
だが、嘘とは言えこれ以上名前を変えてしまうと自分が何か別の物になってしまいそうで。
正直な話、とうこはまた恐がったのだ。
何かを失う事を。今を認める事を。
……くぅ、しっかりしろ"上条当麻"……ッ!
自分の本当の名前を思考の中で叫び、震えを無理矢理抑え込む。
震えがゆっくりとだが治まり始める。
笑顔を浮かべたままの状態を保つ事に成功したとうこは努めて爽やかな雰囲気を醸し出す口調で、
「土御門にも言われたよ。まぁ俺も始めて聞いた時はビックリしたけどな、あはははは」
「それに喋り方もとうまそっくり」
「っ!?いや、良く変だって言われるけど、これは一般的に男喋りというもので、所謂一つの萌え要素――ッ!?」
「……?」
いかん、予定外の発言に自分でも何を言っているのか解からなくなって来た。
取り敢えずとうこは背筋を伸ばして深呼吸。
吸って。
吐いて。
「ぷはぁ……」
落ち着いた。
否、心臓はまだ早めの鼓動を抑えてはいない。むしろ通常時よりも早いくらいだ。
が、それでも幾らかは落ち着いたのは確か。
「それにしても、ありがとう。あなたが居なかったら私、飢え死にしてたかも」
「あ、いや。それはほら、あいつがお前に何か食べさせてやってくれって書置きを残しててさ」
言いながらジャージの上着に付いているポケットから一枚の紙を取り出す。
そのままインデックスへと差し出すのは"上条当麻"が残していったメモだ。
とうこが手渡すと彼女は早速折ってあった紙を元に戻して読み、頷きを一つ。
「んと、それじゃあますますお礼を言わなくちゃいけないかも」
「?」
今度はこちらが首を傾げる。
「だって、わざわざこんな書置きを見て私にご飯を食べさせてくれたんだもん。あなたは良い人なんだよ」
「えと……」
口が上手く動かない。
おかしい。何時もならこの辺で妙案が思いついたりもするものだが、今回に限って全く頭が働かなかった。
思考が停止する。
何も考える事が出来なくなる。
「……どうしたの?」
「えっ?あ、いや、なんでもない。まぁ、これだってあいつの財布だしさ」
インデックスの声と共に思考を一度破棄して意識をハッキリとさせる。
そのままの動きでメモ用紙が入っていたポケットとは逆の方から当麻の財布を取り出して掲げて見せた。
「……え?」
言葉に含まれた疑問符と共にインデックスの動きの一切が停止する。
「?」
同じ様にとうこも頭に疑問符を浮かべるとインデックスは少し眉尻を下げたどことなく引き攣った笑顔で、
「えぇっと……それがここにあるってことは、とうまの方はー……」
「あ゙」
○
平凡な高校の、これまた平凡な教室の中にとある少年の呟きが響く。
「不幸だ……」
呟く少年――上条当麻は今日も見事なまでに不幸であった。
何しろ昼時になって財布を家に置いてきた事に気付いたのだ。
不幸指数は現在進行形で鰻上りで止まる事を知らない模様である。
「ちくせう、それもこれもあの男女のせいだー」
ここには居ない人物にやつあたりするのもみっともない話だが、半分は事実だと当麻は思う。
あの言い合いの後、彼女は見事なまでにトレーニング用機材の角に頭をぶつけ気絶した。
「不幸だ……」
呟く少年――上条当麻は今日も見事なまでに不幸であった。
何しろ昼時になって財布を家に置いてきた事に気付いたのだ。
不幸指数は現在進行形で鰻上りで止まる事を知らない模様である。
「ちくせう、それもこれもあの男女のせいだー」
ここには居ない人物にやつあたりするのもみっともない話だが、半分は事実だと当麻は思う。
あの言い合いの後、彼女は見事なまでにトレーニング用機材の角に頭をぶつけ気絶した。
勿論、当麻は即座に彼女の無事を確認したのだが、
「いやいやいやいや、あれはわざとではないのですよ?上条さんには邪な気持ちなんてこれっぽっちもなかったのですよ?」
頭を勢い良く振って彼女を抱き起こした時に間違えて触れてしまった胸の感触の幻影を振り切る。
それにしても柔らかかったなぁ、などとは微塵も思っていない。
いないのだ。いないったらいない。
「って、なんやカミやん、いきなり奇行を始めて……飯でも忘れたん?」
「お?」
振っていた頭を停止させて視線を上げればそこにいるのは青い短髪と耳に付けたピアスが特徴の大男だ。
青髪ピアス。
当麻の友人であり、生粋のオタクであるクラスメイトである。
彼は当麻と視線を合わせるなり何時もの笑みを浮かべ、
「ほり、そんなカミやんに僕からプレゼントやでー」
「おぉ!?」
ぽとり、と青髪ピアスの手から落とされた袋を当麻は血走った目で追い、キャッチする。
袋の正体。それは購買部で最近販売を始めたチョココロネの包みだ。
最近コッペパンを買いに銃を持った学生が押し入ったとかで休業していた筈だが何時の間にか営業再開していたらしい。
何はともあれ、神様、仏様、青髪ピアス様だ。
「へへぇー!ありがとうごぜいますー!」
「ふふふふふ、まあ、食べよか。僕に感謝せいよー?」
「へへぇー!」
と平伏す当麻の目の前の空いた席の椅子を引っ張って正面に座る青髪ピアス。
どうやら一緒に食べるつもりらしい。
……まぁ、チョココロネも貰えたしこれで飢えは凌げる……ッ!
封を切って中のチョココロネを取り出す。
「そういや、土御門はどうしたん?なんか一時間目からずっと倒れっぱなしやけど」
「あー……まぁ、大丈夫だろ。なんかさっきからメイドさんがー、とか呟いてるし」
当麻は横目で友人である土御門元春が突っ伏す机を見る。
彼は金の短髪を左右に揺らしながら何やら机に頬を擦りつけていた。一体どんな夢を見ているのだろうか。
視線を青髪ピアスへと戻す。
「ふぅん。ま、それはそれとして知っとる、カミやん?」
彼はさして興味なさそうに言い、続いて笑みを浮かべて言葉を続ける。
対して当麻はチョココロネを一口。
「むぐ、何をだ?」
「近々転入生が来るって話や」
「ほほぅ、って待て。どっから仕入れてきたその情報」
「黄泉川センセーが言っとったんやよー。いやーそれにしてもあのボンキュッボーンな爆裂スタイルは――」
青髪ピアスが恍惚とした顔でどこかわからない場所を見つめだしたが、当麻は無視。
……もうすぐ学年が変わる様なこの時期に転入生?
チョココロネの細い角を噛み千切り、良く噛んでから飲み込む。
「んで、その転入生の特徴とか聞いてねぇのか?」
「もうね、僕ぁ、あの胸に挟まれる事が出来るなら――って、なんやカミやん、ノリ悪いなぁ」
「お前の趣味嗜好はよーくわかったよ。だから話せ」
「ほいほい。んで転入生やったね。えーっと、確か……」
青髪ピアスは天井を仰ぎ見て、記憶を掘り返す様にゆっくりと、
「男言葉だったって黄泉川センセーは言っとったね」
言った途端、当麻の体がチョココロネを持ったまま固まる。
「それと長い髪で」
当麻の体が微妙に振動を開始する。
「そういや、今朝会ってジャージを貸したとも言っとったなぁ。何時も黄泉川センセーが着とるあの緑の」
……きゃああああああああああ!?
心の中で絶叫する。
男言葉の上に長髪。しかも緑色のジャージを着た人物を当麻は知っている。
というか、今日の朝出会ったばかりだ。
十中八九、青髪ピアスが言う転入生とはあの男女の事だろう。
「あり?どうしたん、カミやんなんか変な汗かいて……って、まさか」
「へ?あ、いや、そのおほほほほほほ、全く知りません事よ!?そんな男女の事なんて!」
全てが一時停止する。
が、一時停止という事は動き出す事は必然である。
「……ほほぅ……つまり"また"というわけ、やね?」
何やら黒いものを含んだ笑みへと表情を切り替えた青髪ピアスが地獄の底から響く様な声で言い、立ち上がる。
「あ゙」
ユラリと、それでいて強く踏み出される一歩。
彼は勢い良く鬼神の如き憤怒の表情に満ちた顔を上げ――、
「こんのフラグ野郎がぁあああああああああああ!転入前から攻略フラグ立たせてるとはどういう了見じゃボケぇえええ!」
「ひぃいいいいいいいいい!ごめんなさぁああああああああああああああいっ!?」
「いやいやいやいや、あれはわざとではないのですよ?上条さんには邪な気持ちなんてこれっぽっちもなかったのですよ?」
頭を勢い良く振って彼女を抱き起こした時に間違えて触れてしまった胸の感触の幻影を振り切る。
それにしても柔らかかったなぁ、などとは微塵も思っていない。
いないのだ。いないったらいない。
「って、なんやカミやん、いきなり奇行を始めて……飯でも忘れたん?」
「お?」
振っていた頭を停止させて視線を上げればそこにいるのは青い短髪と耳に付けたピアスが特徴の大男だ。
青髪ピアス。
当麻の友人であり、生粋のオタクであるクラスメイトである。
彼は当麻と視線を合わせるなり何時もの笑みを浮かべ、
「ほり、そんなカミやんに僕からプレゼントやでー」
「おぉ!?」
ぽとり、と青髪ピアスの手から落とされた袋を当麻は血走った目で追い、キャッチする。
袋の正体。それは購買部で最近販売を始めたチョココロネの包みだ。
最近コッペパンを買いに銃を持った学生が押し入ったとかで休業していた筈だが何時の間にか営業再開していたらしい。
何はともあれ、神様、仏様、青髪ピアス様だ。
「へへぇー!ありがとうごぜいますー!」
「ふふふふふ、まあ、食べよか。僕に感謝せいよー?」
「へへぇー!」
と平伏す当麻の目の前の空いた席の椅子を引っ張って正面に座る青髪ピアス。
どうやら一緒に食べるつもりらしい。
……まぁ、チョココロネも貰えたしこれで飢えは凌げる……ッ!
封を切って中のチョココロネを取り出す。
「そういや、土御門はどうしたん?なんか一時間目からずっと倒れっぱなしやけど」
「あー……まぁ、大丈夫だろ。なんかさっきからメイドさんがー、とか呟いてるし」
当麻は横目で友人である土御門元春が突っ伏す机を見る。
彼は金の短髪を左右に揺らしながら何やら机に頬を擦りつけていた。一体どんな夢を見ているのだろうか。
視線を青髪ピアスへと戻す。
「ふぅん。ま、それはそれとして知っとる、カミやん?」
彼はさして興味なさそうに言い、続いて笑みを浮かべて言葉を続ける。
対して当麻はチョココロネを一口。
「むぐ、何をだ?」
「近々転入生が来るって話や」
「ほほぅ、って待て。どっから仕入れてきたその情報」
「黄泉川センセーが言っとったんやよー。いやーそれにしてもあのボンキュッボーンな爆裂スタイルは――」
青髪ピアスが恍惚とした顔でどこかわからない場所を見つめだしたが、当麻は無視。
……もうすぐ学年が変わる様なこの時期に転入生?
チョココロネの細い角を噛み千切り、良く噛んでから飲み込む。
「んで、その転入生の特徴とか聞いてねぇのか?」
「もうね、僕ぁ、あの胸に挟まれる事が出来るなら――って、なんやカミやん、ノリ悪いなぁ」
「お前の趣味嗜好はよーくわかったよ。だから話せ」
「ほいほい。んで転入生やったね。えーっと、確か……」
青髪ピアスは天井を仰ぎ見て、記憶を掘り返す様にゆっくりと、
「男言葉だったって黄泉川センセーは言っとったね」
言った途端、当麻の体がチョココロネを持ったまま固まる。
「それと長い髪で」
当麻の体が微妙に振動を開始する。
「そういや、今朝会ってジャージを貸したとも言っとったなぁ。何時も黄泉川センセーが着とるあの緑の」
……きゃああああああああああ!?
心の中で絶叫する。
男言葉の上に長髪。しかも緑色のジャージを着た人物を当麻は知っている。
というか、今日の朝出会ったばかりだ。
十中八九、青髪ピアスが言う転入生とはあの男女の事だろう。
「あり?どうしたん、カミやんなんか変な汗かいて……って、まさか」
「へ?あ、いや、そのおほほほほほほ、全く知りません事よ!?そんな男女の事なんて!」
全てが一時停止する。
が、一時停止という事は動き出す事は必然である。
「……ほほぅ……つまり"また"というわけ、やね?」
何やら黒いものを含んだ笑みへと表情を切り替えた青髪ピアスが地獄の底から響く様な声で言い、立ち上がる。
「あ゙」
ユラリと、それでいて強く踏み出される一歩。
彼は勢い良く鬼神の如き憤怒の表情に満ちた顔を上げ――、
「こんのフラグ野郎がぁあああああああああああ!転入前から攻略フラグ立たせてるとはどういう了見じゃボケぇえええ!」
「ひぃいいいいいいいいい!ごめんなさぁああああああああああああああいっ!?」
○
「へくちっ」
くしゃみを一つ。
「うぅ、誰か俺の噂でもしてんのか……?」
もしかしたら風邪という可能性もある。
……思えば今朝はずっと素っ裸で行動してたもんなぁ。
申し訳程度に穴だらけの毛布を着込んではいたが、あれを着て服装というのには流石に無理があると思う。
現在、自分が歩いているのは先程のレストランから出て五分ほど歩いた場所。
歩道と道路が延々と続いた通学路とも言える場所だ。
ただ通学路と行っても道路の両端を歩道が、歩道の両端を太陽の光をギリギリ遮らない程度の高さのビルが固めていた。
ビルの中からは昼時という事もあって多くの話声が聞こえてくる。
流石に道路からでは聞き取れないが、妙に楽しそうな声達だ、ととうこは思う。
「……はぁ……早く帰ろう」
何だか寂しい気持ちになったので、足を速める。
こういう時は寝るのに限るのだ。
ちなみに先程まで一緒に居た筈のインデックスはと言えば、
『私はとうまにこれを届けてくる!きっととうま困ってるし!またね、とーこ!』
などと財布を片手に叫びながら走り去ってしまった。
そういえば彼女の後ろを某飼い猫が追いかけていったが、今まで一体何処に居たのだろうか。
ともあれ、結果的に一連の流れの下、とうこは一人路上を歩いていた。
「それにしても――」
気を取り直し、足を止めずに首を動かして辺りを見渡す。
ビルの中から聞える声のせいであまり気になってはいなかったが――周囲に人の姿が無い。
まるで人が消えたゴーストタウンに踏み込んでしまった様な感覚。
そう考えると、ビルから聞える笑い声すらもまるで幽霊のものの様で、妙に気味が悪かった。
急に足が止まる。
「……いや」
足を止めたのは、どうしようもない程の存在感を醸し出す違和感。
幾らなんでもここまで人通りが無いのはおかし過ぎる。
平日とは言え、今は昼時だ。
昼食を求めるスーツ姿の会社員や制服姿の学生が歩き回る最も人通りの多い時間帯。
だというのに、一人たりとも路上に姿を表さないこの"異常"。
この感覚にとうこは覚えがあった。
現実世界の人々の侵入を許さぬ、非常識が全てを構成する世界。
そう、この感覚はアチラの世界の住人達だけが発する特有の気配によるもの――。
くしゃみを一つ。
「うぅ、誰か俺の噂でもしてんのか……?」
もしかしたら風邪という可能性もある。
……思えば今朝はずっと素っ裸で行動してたもんなぁ。
申し訳程度に穴だらけの毛布を着込んではいたが、あれを着て服装というのには流石に無理があると思う。
現在、自分が歩いているのは先程のレストランから出て五分ほど歩いた場所。
歩道と道路が延々と続いた通学路とも言える場所だ。
ただ通学路と行っても道路の両端を歩道が、歩道の両端を太陽の光をギリギリ遮らない程度の高さのビルが固めていた。
ビルの中からは昼時という事もあって多くの話声が聞こえてくる。
流石に道路からでは聞き取れないが、妙に楽しそうな声達だ、ととうこは思う。
「……はぁ……早く帰ろう」
何だか寂しい気持ちになったので、足を速める。
こういう時は寝るのに限るのだ。
ちなみに先程まで一緒に居た筈のインデックスはと言えば、
『私はとうまにこれを届けてくる!きっととうま困ってるし!またね、とーこ!』
などと財布を片手に叫びながら走り去ってしまった。
そういえば彼女の後ろを某飼い猫が追いかけていったが、今まで一体何処に居たのだろうか。
ともあれ、結果的に一連の流れの下、とうこは一人路上を歩いていた。
「それにしても――」
気を取り直し、足を止めずに首を動かして辺りを見渡す。
ビルの中から聞える声のせいであまり気になってはいなかったが――周囲に人の姿が無い。
まるで人が消えたゴーストタウンに踏み込んでしまった様な感覚。
そう考えると、ビルから聞える笑い声すらもまるで幽霊のものの様で、妙に気味が悪かった。
急に足が止まる。
「……いや」
足を止めたのは、どうしようもない程の存在感を醸し出す違和感。
幾らなんでもここまで人通りが無いのはおかし過ぎる。
平日とは言え、今は昼時だ。
昼食を求めるスーツ姿の会社員や制服姿の学生が歩き回る最も人通りの多い時間帯。
だというのに、一人たりとも路上に姿を表さないこの"異常"。
この感覚にとうこは覚えがあった。
現実世界の人々の侵入を許さぬ、非常識が全てを構成する世界。
そう、この感覚はアチラの世界の住人達だけが発する特有の気配によるもの――。
「見つけました」
「……ッ!」
背後からした声には振り向かずに前に飛んで距離を取る。
そのままアスファルトで舗装された地面に体をぶつけ、前に一回転。
アスファルトの硬質的な衝撃が体に響くが、気合で無視。
転がる勢いを利用してすぐさま体を捻り、向きを反転させながら体勢を立て直した。
「誰だ――って、へ?」
が、直後。
「上条。上条……とうこ様で御座いますね?」
引き締めていた顔が一変、間の抜けたものへと変貌する。
それも仕方が無い事だろう。
とうこの視線の先に立っているのは、彼女よりも幾つか年上に見える黒い長髪をポニーテールにした女性だった。
鋭い目の中にある髪と同色の瞳は感情が無い様に、静かにとうこを見詰めている。
それだけならば、とうこも緊張を保てた事だろう。
しかし――、
「……メイド?」
「侍女とお呼びくださいませ」
彼女の姿は見慣れた隣人の妹、土御門舞夏のものと多少デザインは違うものの同種の服装に包まれていた。
白のエプロンドレスにヘッドドレス、そして足元まである長さの黒のワンピースという格好。
詰まるところ彼女は完全無欠な――メイド服姿だったのだ。
「いや、えと、侍女さん……?」
「はい、なんでしょうか、とうこ様」
表情をピクリとも動かさずに自称侍女は質問を返して来る。
対して、とうこは地面に手を付いたまま何時でも動ける様に構えたまま、
「……俺になんの用なんだ?」
最初はその姿に呆気をとられたものの、とうこは眉を立てて全身に力を入れる。
戦闘準備は十分。
この体でどこまで出来るかは解からないが、いざとなったら逃げるだけだ。
「申し送れました」
侍女は目を閉じ、当麻の問いに頷く。
すると彼女は一歩、二歩ととうこへと近づき、後一歩と言った距離を取った状態で懐に手を入れた。
「――」
身に力が入る。
が、彼女はそんなとうこの様子を見ても平然とした様子で懐から、
「こういうものです」
一枚の小さな紙を取り出して差し出してきた。
思わずその場で盛大にコケる。
「って、名刺かよ!?なんだよ、緊張して損したよ!返せ!上条さんのドキドキを返せ!」
立ち上がりながら叫ぶとうこに対して侍女は今まで微動だにしなかった鉄仮面の中、僅かに眉を顰め、
「何をハイテンションになっているのですか。落ち着いてまずはこれをご覧になって下さい」
凛とした声でとうこの暴走を停止させた。
「クッ、クール……」
この侍女、ただものではない。
だがだからこそ油断は出来ない。
名刺を受け取った途端に何か攻撃を仕掛けて来ないとも限らないのだ。
故にとうこはゆっくりと彼女の持つ名刺へと手を伸ばし、
「ッ!」
名刺を奪い取った直後に後ろへと大きく跳んだ。
再び距離が取られる。
「猫の様なのですね」
「やかましっと、どれどれ……」
何故か若干表情を緩めた侍女に注意を払ったままとうこは手に持った名刺へと視線を向ける。
其処にはまるで機械で書かれた様に綺麗な文字で、こう書かれていた。
背後からした声には振り向かずに前に飛んで距離を取る。
そのままアスファルトで舗装された地面に体をぶつけ、前に一回転。
アスファルトの硬質的な衝撃が体に響くが、気合で無視。
転がる勢いを利用してすぐさま体を捻り、向きを反転させながら体勢を立て直した。
「誰だ――って、へ?」
が、直後。
「上条。上条……とうこ様で御座いますね?」
引き締めていた顔が一変、間の抜けたものへと変貌する。
それも仕方が無い事だろう。
とうこの視線の先に立っているのは、彼女よりも幾つか年上に見える黒い長髪をポニーテールにした女性だった。
鋭い目の中にある髪と同色の瞳は感情が無い様に、静かにとうこを見詰めている。
それだけならば、とうこも緊張を保てた事だろう。
しかし――、
「……メイド?」
「侍女とお呼びくださいませ」
彼女の姿は見慣れた隣人の妹、土御門舞夏のものと多少デザインは違うものの同種の服装に包まれていた。
白のエプロンドレスにヘッドドレス、そして足元まである長さの黒のワンピースという格好。
詰まるところ彼女は完全無欠な――メイド服姿だったのだ。
「いや、えと、侍女さん……?」
「はい、なんでしょうか、とうこ様」
表情をピクリとも動かさずに自称侍女は質問を返して来る。
対して、とうこは地面に手を付いたまま何時でも動ける様に構えたまま、
「……俺になんの用なんだ?」
最初はその姿に呆気をとられたものの、とうこは眉を立てて全身に力を入れる。
戦闘準備は十分。
この体でどこまで出来るかは解からないが、いざとなったら逃げるだけだ。
「申し送れました」
侍女は目を閉じ、当麻の問いに頷く。
すると彼女は一歩、二歩ととうこへと近づき、後一歩と言った距離を取った状態で懐に手を入れた。
「――」
身に力が入る。
が、彼女はそんなとうこの様子を見ても平然とした様子で懐から、
「こういうものです」
一枚の小さな紙を取り出して差し出してきた。
思わずその場で盛大にコケる。
「って、名刺かよ!?なんだよ、緊張して損したよ!返せ!上条さんのドキドキを返せ!」
立ち上がりながら叫ぶとうこに対して侍女は今まで微動だにしなかった鉄仮面の中、僅かに眉を顰め、
「何をハイテンションになっているのですか。落ち着いてまずはこれをご覧になって下さい」
凛とした声でとうこの暴走を停止させた。
「クッ、クール……」
この侍女、ただものではない。
だがだからこそ油断は出来ない。
名刺を受け取った途端に何か攻撃を仕掛けて来ないとも限らないのだ。
故にとうこはゆっくりと彼女の持つ名刺へと手を伸ばし、
「ッ!」
名刺を奪い取った直後に後ろへと大きく跳んだ。
再び距離が取られる。
「猫の様なのですね」
「やかましっと、どれどれ……」
何故か若干表情を緩めた侍女に注意を払ったままとうこは手に持った名刺へと視線を向ける。
其処にはまるで機械で書かれた様に綺麗な文字で、こう書かれていた。
『学園都市裏防衛機関 新猟犬部隊所属 犬井虎子』
「……」
イヌ科なのかネコ科なのか凄まじくハッキリさせたくなる名前だが、それはともかくとして。
……新猟犬部隊……しんりょうけんぶたい?
変わった名前だ、ととうこは思う。
もしかしたらデタラメな事を書いた名刺を差し出されたのかと疑心が疼くがとうこは否定。
裏、という文字を見て初めに思い浮かぶのは土御門の顔だ。
彼の同僚なのだとしたら、この様な異空間染みた世界を構築する事が出来るのにも納得が行く。
「ご覧頂けたでしょうか?」
侍女――犬井の静かな声が聞えて顔を上げる。
そこにはやはり無表情なメイド服姿の犬井が立っており――何故か彼女は、とうこへと手を差し伸べていた。
「……?」
怪訝な顔でとうこは犬井を見返すが彼女は無表情のまま、淡々と口を開く。
「貴方を上の方々から任されましたので、お迎えに上がりました。上条とうこ様」
上、というと学園都市の上層部の人達という事だろうか。
「わたくしは、上の意向は知りませんが。貴方の知り合いである土御門元春と連携を取れ、とのお達しです」
その方が貴方も良いでしょう、と彼女は無感情な声で続ける。
「……むぅ」
彼女が土御門と同僚という事に多少の驚きを覚えるとうこであったが、今はそれどころでは無い。
ともあれ、その方が良いのは確か。
が、何か言いくるめられている感じがして決して良い気分とは言えないのもまた事実。
思わず眉を顰めるとうこ。
それを見て、犬井は首を傾げた。
そして、とうこが何かを心配しているのかと思ったのか、彼女は手を差し伸べたまま、
「ご安心下さい。確かにわたくしは貴方の素性を知りませんし、知らされてもいません」
一息。
「ですが――侍女とは常に隣に侍るものの事。共に在る限り、安全は保障いたしましょう」
これだけは、とばかりに真剣な表情と口調と共に告げた。
とうこはそれを聞いて、しかし眉を顰めたまま黙考する。
「……解かった。信用する」
正直、この様な異界を作り出す輩とはあまり付き合いたくないが、学園都市の上が関わっているとなれば別だ。
相手の規模が大きいという事は、とうこの行動一つで何か事件が起こり兼ねないのだ。
無茶は出来ない。
それに犬井虎子、彼女は先程の口上を聞く限りでは多少信用出来る人物の様だ。
心底そう思っていなければ、躊躇いもせずにあんなに臭い台詞は言えないだろう。多分。
思考を纏めた結果の選択として、犬井の白いティーカップの様なイメージを与える手袋に包まれた手をとり立ち上がる。
「で、俺はどうすれば良いんだ?」
「それは土御門と合流してから決めますので、少々お待ちを――取り敢えずは帰宅が先決かと」
いや、さっき丁度帰宅中だったのだが。
「……お前、俺のことなんのために呼び止めたんだ?」
「名刺を」
「へ?」
「名刺を渡したかったので、つい」
犬井は僅かに表情を緩め、硬い紙で作られた名刺を懐から取り出して胸に抱く。
「……」
思うに、どうやら彼女も今までに出会ってきた人々とあまり変わらない部類らしい。
即ち――変人、奇人の類。
「なんつーか……」
そんな人物ばかりと出会っている自分の日々を思い返すと同時にちょっとだけ悲しくなって来た。
「不幸、なのか……?」
呟きは空に消えて行く。
その自問に答える者は誰一人として居なかった。
イヌ科なのかネコ科なのか凄まじくハッキリさせたくなる名前だが、それはともかくとして。
……新猟犬部隊……しんりょうけんぶたい?
変わった名前だ、ととうこは思う。
もしかしたらデタラメな事を書いた名刺を差し出されたのかと疑心が疼くがとうこは否定。
裏、という文字を見て初めに思い浮かぶのは土御門の顔だ。
彼の同僚なのだとしたら、この様な異空間染みた世界を構築する事が出来るのにも納得が行く。
「ご覧頂けたでしょうか?」
侍女――犬井の静かな声が聞えて顔を上げる。
そこにはやはり無表情なメイド服姿の犬井が立っており――何故か彼女は、とうこへと手を差し伸べていた。
「……?」
怪訝な顔でとうこは犬井を見返すが彼女は無表情のまま、淡々と口を開く。
「貴方を上の方々から任されましたので、お迎えに上がりました。上条とうこ様」
上、というと学園都市の上層部の人達という事だろうか。
「わたくしは、上の意向は知りませんが。貴方の知り合いである土御門元春と連携を取れ、とのお達しです」
その方が貴方も良いでしょう、と彼女は無感情な声で続ける。
「……むぅ」
彼女が土御門と同僚という事に多少の驚きを覚えるとうこであったが、今はそれどころでは無い。
ともあれ、その方が良いのは確か。
が、何か言いくるめられている感じがして決して良い気分とは言えないのもまた事実。
思わず眉を顰めるとうこ。
それを見て、犬井は首を傾げた。
そして、とうこが何かを心配しているのかと思ったのか、彼女は手を差し伸べたまま、
「ご安心下さい。確かにわたくしは貴方の素性を知りませんし、知らされてもいません」
一息。
「ですが――侍女とは常に隣に侍るものの事。共に在る限り、安全は保障いたしましょう」
これだけは、とばかりに真剣な表情と口調と共に告げた。
とうこはそれを聞いて、しかし眉を顰めたまま黙考する。
「……解かった。信用する」
正直、この様な異界を作り出す輩とはあまり付き合いたくないが、学園都市の上が関わっているとなれば別だ。
相手の規模が大きいという事は、とうこの行動一つで何か事件が起こり兼ねないのだ。
無茶は出来ない。
それに犬井虎子、彼女は先程の口上を聞く限りでは多少信用出来る人物の様だ。
心底そう思っていなければ、躊躇いもせずにあんなに臭い台詞は言えないだろう。多分。
思考を纏めた結果の選択として、犬井の白いティーカップの様なイメージを与える手袋に包まれた手をとり立ち上がる。
「で、俺はどうすれば良いんだ?」
「それは土御門と合流してから決めますので、少々お待ちを――取り敢えずは帰宅が先決かと」
いや、さっき丁度帰宅中だったのだが。
「……お前、俺のことなんのために呼び止めたんだ?」
「名刺を」
「へ?」
「名刺を渡したかったので、つい」
犬井は僅かに表情を緩め、硬い紙で作られた名刺を懐から取り出して胸に抱く。
「……」
思うに、どうやら彼女も今までに出会ってきた人々とあまり変わらない部類らしい。
即ち――変人、奇人の類。
「なんつーか……」
そんな人物ばかりと出会っている自分の日々を思い返すと同時にちょっとだけ悲しくなって来た。
「不幸、なのか……?」
呟きは空に消えて行く。
その自問に答える者は誰一人として居なかった。
○
「というか、あんた、なんで俺の事が解かったんだ?」
「わたくしは、この資料に乗っている方を探し出せと言われただけですので」
「って、うわ、これって監視カメラの画像じゃねーか。どこで一体……」
「名前は警備員が書き込んだ書類のコピーから。……何かやましい事でもしたのですか?」
「いや、してない。というかそれ黄泉川先生のかよ。お前等どこまで手を伸ばしてんだ……」
「学園都市の捜索力は世界一ですので」
「そっか」
「そうです」
「……」
「……」
「なあ、ところでなんでメイド服なんて来てんだ。実は家政学校の人とか?」
「趣味で御座います。良ければ貴方にも一着用意いたしますが。ご要望とあらば今すぐにでも」
「……いや、良いよ。俺、そういう服は苦手だから」
「そうで御座いますか」
「そうなんだ」
冬が明けたばかりの冷たい風を浴びながら二人は並んで歩く。
行く道には人通りがあり、そこそこの活気を見せて賑わっていた。
ジャージにメイド服という奇妙な組み合わせの二人組みに幾人か振り向く人々も居るが、そこは流石学園都市。
深くは気にされないようだ。なんとも恐ろしい話しである。
ともあれ、とうこ達は歩みを止めずに真っ直ぐと学生寮へ向かう。
今度は春間近の風が吹く。
風は暖かく、中々に気持ち良いものだった。
「ところで、とうこ様」
「ん?なんだ?」
「上の方からの連絡事項で忘れていた事があったのですが」
「?そういうのは土御門が来てからじゃなかったのか?」
「いえ。これは別段、土御門元春が居なくとも関係はあまりないと思われますので」
「そっか。で、なんなんだ?」
「えぇ――土御門元春と同じ高校への転入手続きは既に終えている、との事です」
「へぇー……って思いっきし関係あるじゃねぇか!?」
「そうですか?」
「そうですか?じゃねぇ!うわー!何してんだお前等ー!?」
「……まぁ、上の方は妙な方々揃いとの事ですので、わたくしには解かりません」
「あんたが妙とか言いますかー!?」
そんなこんなで風の中、二人は歩いて行く。
周囲の人々の奇異の眼差しなど全く気にせずに。
「わたくしは、この資料に乗っている方を探し出せと言われただけですので」
「って、うわ、これって監視カメラの画像じゃねーか。どこで一体……」
「名前は警備員が書き込んだ書類のコピーから。……何かやましい事でもしたのですか?」
「いや、してない。というかそれ黄泉川先生のかよ。お前等どこまで手を伸ばしてんだ……」
「学園都市の捜索力は世界一ですので」
「そっか」
「そうです」
「……」
「……」
「なあ、ところでなんでメイド服なんて来てんだ。実は家政学校の人とか?」
「趣味で御座います。良ければ貴方にも一着用意いたしますが。ご要望とあらば今すぐにでも」
「……いや、良いよ。俺、そういう服は苦手だから」
「そうで御座いますか」
「そうなんだ」
冬が明けたばかりの冷たい風を浴びながら二人は並んで歩く。
行く道には人通りがあり、そこそこの活気を見せて賑わっていた。
ジャージにメイド服という奇妙な組み合わせの二人組みに幾人か振り向く人々も居るが、そこは流石学園都市。
深くは気にされないようだ。なんとも恐ろしい話しである。
ともあれ、とうこ達は歩みを止めずに真っ直ぐと学生寮へ向かう。
今度は春間近の風が吹く。
風は暖かく、中々に気持ち良いものだった。
「ところで、とうこ様」
「ん?なんだ?」
「上の方からの連絡事項で忘れていた事があったのですが」
「?そういうのは土御門が来てからじゃなかったのか?」
「いえ。これは別段、土御門元春が居なくとも関係はあまりないと思われますので」
「そっか。で、なんなんだ?」
「えぇ――土御門元春と同じ高校への転入手続きは既に終えている、との事です」
「へぇー……って思いっきし関係あるじゃねぇか!?」
「そうですか?」
「そうですか?じゃねぇ!うわー!何してんだお前等ー!?」
「……まぁ、上の方は妙な方々揃いとの事ですので、わたくしには解かりません」
「あんたが妙とか言いますかー!?」
そんなこんなで風の中、二人は歩いて行く。
周囲の人々の奇異の眼差しなど全く気にせずに。