とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 3-52

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匿名ユーザー

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 9月。
 夏の間、恵みとなっていた日差しも少しずつ短くなっている今日この頃、人通りの無い道路を一人の少女が歩いていた。
 時刻は午前……というよりも早朝の4時過ぎ、もう少しすればウォーキングなどに勤しむ人の姿もちらほら見かけるようになるだろうが、さすがにこのような時間帯では見かけることは無い。
あまり一人身で出歩きたくなるような雰囲気ではない筈なのだが、歩いている少女は上機嫌である。
こみ上げてくる笑みを抑えようとしているが失敗しているために口元には笑みが浮かび、足取りは実に軽やかである。
手に持つのはキャスター付きの大き目のトラベルバッグ。それをガロガロと引きながら一路目指すはパディントン駅。
歩きながらチラ、と横にある鞄を見る。正確にはその中に入っている物を。
思えば苦労の連続だった。
まず、目的のために必要なものを調べ上げることから始まった。
そして、それを手に入れるためにさらに多くの下準備が必要とされた。
無論、ここまで来れたのは自分一人の力だけではない。
自分の願いのため、多くの仲間が走り回ってくれた。
人から見れば、取るに足りない願いと一蹴されてもおかしくないそれのために、一丸となって……。
ならば、その想いに応えるためにも自分は必ず、この計画を成功させよう。
そう思い、決意も新たに歩む少女に対し、声が掛かる。

 「……どこへ行くつもりですか、五和?」

 その声に、ビクリと体を震わせる五和と呼ばれた少女。
歩みを止めた体をぎちぎちと音が出そうなくらいに強張らせながら振り返ると、そこには予想していたとおりの姿があった。
 「プ、女教皇(プリエステス)様………」
洩れ出た言葉に対して、返ってくる言葉は素っ気無いものであった。
 「ですから、わたしはもはや天草式を抜けた身だと言った筈です。そのような称号で呼ぶのはもうやめなさい」
元天草式十字凄教女教皇、神裂火織はそう言いながら、五和に近づいてくる。
 「ふむ。なにやらこれと同じような遣り取りを以前したような覚えがあるのですが、あなたは覚えていますか?」
呼びかけは軽いものだが、こちらを射るように見つめる眼は彼女が本気であることを示している。
 「そうでしたあれは確か7月の七夕の時分ですあなた方がロンドン中を巻き込んで起こした騒ぎであの時は本当に大変でした」
 ぱっと見では分かりにくいが、語る言葉の声色が平坦なことから神裂がかなり限界に来ているであろうことが想定される。
 というかマジで怖い。
見据えられている五和は先程から身じろぎ出来ないでいる。
そんな五和に向かって神裂は続けていく。
 「さてそう言えばあの騒ぎを引き起こした責任としてあなた方天草式には罰則が与えられていたはずですが間違いはありませんでしたね?」
 質問、というよりはもはや単なる確認作業のようなものとして喋り続ける神裂。

 そう、確かに七月におけるとある騒ぎの責任として天草式のメンバーには二ヶ月間の謹慎処分が下されている。
その間は自分達が寝起きしているアパートメントに掛けられているような結界のような恒常的な術式を除き、外部での術式の使用を禁じられていたのだった。 
 もっとも、『必要悪の教会(ネセサリウス)』としては出来ればアパートメントに閉じ込めておきたかったのだが、地域住民の人気スポットであるスシレストラン 『AMAKUSA』 が持つ人気の高さから店舗の営業を認めざるをえなかったという逸話がある。
それはともかく。
 「は、はい。確かにそうですけど罰則として与えられた謹慎処分は昨日で終わっています。別に問題は無い、筈です、けどぉ……」
弁論を試みるも神裂を前に語尾が尻すぼみになっていく。
と、
 「ところで、ここロンドンにはイギリスが世界に誇るキュー王立植物園があるそうなのですが」
唐突に話題を変える神裂。
ジーンズのポケットから何やら紙を取り出し、そこに書かれているメモを読み上げていく。
 「117㌶の美しく整えられた植物園の中に4万種以上の生きた植物が集められているそうです。知っていましたか?」
そして、チラと五和の方を見、そのまま続けていく。
 「そこで昨晩から今日の未明に掛けて、ちょっとした騒ぎがあったそうです。閉園時間をかなり過ぎた頃に外部から何者かが侵入。人的被害は無し、展示してあったキク科の植え込みの周りに複数の足跡があった事からあるいは貴重種を狙った窃盗かとも思われたようですが物的被害も無し。それとは別口でカワハジカミの木の周りにも同じように足跡があったそうですがこちらも植えられていた木に被害は無かったそうです」
話を聞いている五和の顔は徐々に強張っていく。
 「そ、そうですか……。被害が無くてよかったですね……」
 「そうですね。直接的な被害は無かったそうですが、気になる事がある、と」
 「な、何でしょうか……?」
五和の言葉に、ええ、と答えるとメモをポケットにしまうと改めて五和を見据えて、
 「キクの花からは夜露が残らずなくなっており、カワハジカミの木の周りだけは何故か下草一つ無いくらいに綺麗になっていたそうです」
その言葉に、大きくビクリと体を震わす五和。
 「さて、ここで最初の質問をもう一度しますが五和、あなたはどこへ行くつもりですか? いえ、さらに尋ねるならそこにある荷物を持って何をするつもりなのですか?」
 「えーっと、ですね……」
 「補足しておくなら私は今非常にイライラしていますのでつまらない言い訳はやめてさっさとその鞄を開けなさい!」
 「は、はいぃぃっっ!!」

 訂正。もはや質問ではなく尋問になっています。

 さて、神裂に言われて五和が開いたトラベルバッグからは出てくる出てくる、大量のお絞りが蓋を開けた瞬間まるでビックリ箱のように飛び出し、二人の周りに雨のように降り注ぐ。
あわわ、と言いながら慌てて片付けようとしている五和を横目に、頭の上に乗っかったお絞りの一つを片手でどけながら、
 「……まったく、どんな術式を組み込んでいたらこんな騒ぎになるのですか……?」
その言葉にキョトンとしながら五和は、
 「え? いえ、この鞄自体には何も術式を使ってませんけど?」
 「どう考えてもおかしいでしょうこのお絞りの量は!!」
見れば、お絞りの山はトラベルバッグと同じかそれ以上の嵩があり、尚且つそれらは今外に出ているだけで鞄の中にはまだ残りがある、という状態だった。
 「む、待ちなさい!」
その鞄の中にある残りの中に、目当てのものを見つけたらしく手を突っ込む神裂。
そして取り出したのは、大き目のペットボトルに入った水と手のひら大の布の袋。
さらに目を向ければ、鞄の中にはまだ数本のペットボトルが入っていた。
 「さて、ここまで証拠が揃いましたが、一応聞いておきましょう。あなたはこれで何をするつもりだったんですか?」
 「そ、それは…………」
 「答えられないようであればこれから天草式のメンバー全員を拘束した後、しかるべき尋問を行わなければならないのですが」
その言葉に顔色を変える五和。
 「……っ、い、言いますっ、言いますからっ!」
 「ではどうぞ」
暫く躊躇していたが、やがて観念したのかぼそぼそと語りだす。
 「…………しの…………に、……うよう…………す……」
 「なんですか? はっきりと言ってください」
 「……が、学園都市の、カミジョウさんに重陽のお祝いをしに行くつもりだったんです!!」
顔を真っ赤にしながら、半ば自棄になったように声を張り上げる五和。
それに対して神裂は呆気に取られ、目をパチクリさせながら尋ねる。
 「……えっと、また、ですか……?」
なんだか緊張がほだされてしまったのか、それとも別の理由からか、途端にがらりと態度が変わる神裂の言葉に、
 「またって何ですか!? 私がこういうことをするのは可笑しいですか!?」
 「いえ、可笑しくは無い、筈……?」
何だかあやふやになる神裂に対し、先程までのおびえた様子は何処へやら、猛然と食って掛かる五和。というか、いつの間にか様付けじゃなくなってます。
 「大体、女教皇(プリエステス)は何にも行動しないからってわたしの邪魔をするのはやめてください!!」
 「なっ! わ、私が何の行動をしていないというのですか!?」
 「惚けないで下さい! 女教皇(プリエステス)があの人のことを想っているのはみんな知ってるんですから!! なのに自分が何も出来ないからって人の邪魔をするなんてやめてください!」
 「私がいつあの少年のことを想っているというのですか!? そんな根も葉もないことを!!」
真っ赤になって否定にかかる神裂。
その後もギャイギャイと大声で騒ぐ二人。もはや天草式の元トップと一メンバー、あるいは『必要悪の教会(ネセサリウス)』の一員とそれに詰問されている魔術師といった姿ではない。
その騒ぎはやがて空が白み始め、夜が明けだして辺りにちらほらと人の姿が見え出した頃にようやく終わる。
 「はっ! い、いけない! こんなことをしている場合じゃないです!」
言うが早いか辺りに散らばるお絞りを素早く鞄に詰め直すとそれを引いて走り出す五和。
 「あ、こら、待ちなさい! まだ話は終わっていません!」
 「待ちません! ただでさえ日本とこっちとじゃ時差があるから早くに動こうと思っていたのにこんな卑怯な手で邪魔しようとする女教皇(プリエステス)様の言葉なんか聞きませんよーだ!!」
微妙な捨て台詞を残して走り去る五和を見ながら置いていかれる神裂。下を向くと何やらぶつぶつと呟いていたがやがてゆらりと顔を上げて言い放つ。
 「いいでしょう。卑怯と呼ばれて大人しく引き下がっていたのでは聖人の名折れです。覚悟していなさい五和、今日あなたが言い放った言葉を必ずや後悔させてあげましょう。…………ともあれ、今最初にすべきことはあのような誤解を招く噂を流した張本人にその責任を取らせるべきでしょうか? ふ、ふふ、ふふふ、今日の七点七刀は鞘の滑りが一段と良い様に感じます。…………覚悟していなさい建宮斎字、ふ、ふふふ……」
その日ロンドン市内では何故か幾つかの建物に損壊が出る等の被害があったそうだが、不思議なことに公式には何も記録されていないという。

 一方、日本に向けての飛行機の中でようやく自分が神裂に対してどんなことをしでかしたのか思い至った五和だが、さらなる騒ぎに巻き込まれることになるのはまた別の話である。






 ところで、イギリスと日本との時差については思い至ったようではあるが、イギリスから日本へ向かう場合にかかる時間というものを考慮に入れていたのかどうかの結果を五和が知ることになるのは、日本の空港に降り立ってからのことである……。

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