第6話「喫茶店戦線《ティータイムコンバット》」

第七学区に立ち並ぶ高層ビル群。雪の様な少女はビルの屋上から数百メートル先にあるとある高校の女子寮を見つめていた。



その視線の先にあるもの―――――吸血殺し 姫神秋沙《ヒメガミ アイサ》



不老不死の存在“吸血鬼”またの名をカインの末裔。決して逆らえない誘惑で彼らを呼び寄せ、自らの血を吸わせることで吸血鬼を死に至らしめる。甘い香りを放つ毒花の如き存在。

「やっと、見つけた・・・これで、不老不死に、近付ける。」

長年探し求めていた不老不死、それの手がかりがもうすぐ手に入ると思うと居ても立ってもいられず身震いが止まらない。

「来て・・・・ブローグズホーヴィ。」

少女の一声と共に突如、寒風が吹き荒れ、いつの間にか鋼鉄の馬が少女の隣に姿を現していた。。
まるで生きている馬のように鳴き、首や足を動かす。しかし、その身体は肉ではなく鉄で出来ていた。赤く輝く装甲を纏い、騎馬兵が跨る鎧馬のようだ。素早い動きに反して身体はずっしりとしており、ばんえい馬のようだ。色に反して周囲に冷気を放ち、その足が着いた地面は氷が張り、凍結していく。
鋼鉄の馬が足を曲げてうつ伏せになり、少女が鋼鉄の馬に跨った。

「行こう・・・ブローグズホーヴィ。私そのもの。」

少女の言葉に呼応し、鋼鉄の馬が前脚を高らかに挙げ、一気に駆けだそうとした。





「!?」





突如、少女に向かって物体が飛来して来た。しかし、物体と少女の間にぶ厚い氷の壁が瞬時に形成され、物体が氷の壁の中に埋まって静止する。自分を貫くまであと十数センチといったギリギリの場所だった。

「これは・・・・矢?」

少女が理解した途端、すぐに第二撃が飛来する。

「くっ・・・」

ブローグズホーヴィがビルからビルへと飛び移って移動して、矢を回避する。しかし、矢は軌道を変えて少女とブローグズホーヴィに向かうが、再びぶ厚い氷の壁で防ぐ。

「あそこ、なら・・・死角。」

第七学区に立ち並ぶビル群の中で一際低いビルの屋上へと飛び移った。三方向を超高層ビルに囲まれたこの場所なら矢を放った敵からは完全な死角となる。

(ここは、追尾できる矢の、射程外・・・・)

少女は冷静になり、少し考え始める。

(よく考えれば・・・いくらケルト十字で、能力を封じていても、吸血殺しが、野放しにされているわけが、ない。彼女を、守っている魔術師、がいるとすれば・・・対策を、練らないと・・・)
少女から一キロ近く離れたビルの屋上。そこに弓を構える少女と双眼鏡で遠くを見つめる男の姿があった。

「どうですか☆殺れましたか!?」

そう言って、双眼鏡で遠くを見る男に問いかける少女。その目は無駄にキラキラと輝いていた。ギャルゲーに出てくるようなふざけたデザインの巫女服を着ており、年齢は16歳ぐらい。しかし、その年齢に似合わず乳はかなり豊かだ。赤茶色のショートヘアでボーイッシュな印象を受け、右目の下に泣きボクロがある。

「いえ。逃げられましたね。撃ち落とされたというより、上手くあなたの死角に逃げたようです。さすが、氷の葬列は伊達じゃないようですね。」

双眼鏡で遠くを覗く男。二十代後半でグレーのスーツを着ている。黒いエナメル靴を履き、地面に届かんばかりの髪をゴムで結んでいる。眼の下にはクマが出来ており、少しばかり精神的に疲れているように思える。手元には日本刀があり、かなりの業物であることが外観から窺える。

「悔しい~☆次出会ったら、笑莉ちゃん特性の“激しく遺憾の意を表す”をぶち込んじゃいます☆」
「で?どうします?追撃しますか?玄嶋笑莉《クロシマ エミリ》さん。」
「フルネームなんて堅苦しいですよ☆どうぞどうぞ。私のことは“笑莉ちゃん”と呼んでください。大和尊《オオワ ミコト》さん。」
「そうですね。では、笑莉さん。追撃しますか?」
「いいや。あの距離から追いかけても追いつかないでしょう。ところで尊さん。“氷の葬列”って、まさか――――――」
「ええ。あなたの予想通り、事前に神薙さんから渡された資料にあった人物ですよ。」



元ロシア成教・殲滅白書“氷の葬列”の異名を持ち、現在はイルミナティ13幹部の一人
リーリヤ・ネストロヴナ・ブィストリャンツェヴァ



「やっぱり・・・彼女のあの霊装、何か分かりますか?」
「あれは見た限り、殲滅白書が持つ霊装“スレイプニル”をモデルにしているようですね。でも、8本足じゃなくて4本足ってことは・・・・ブローグズホーヴィの伝承をモデルにしているのでしょうか?」
「あの・・・ブローグズホーヴィって何ですか?」
「北欧神話ですよ。根っからの神道系のあなたにとっては専門外でしょうね。ブローズグホーヴィは、豊饒神フレイが所有していたと呼ばれる一匹の馬のこと。正確な伝承が有るわけではありませんが、『暗く揺らめく炎を乗り越える』という逸話があり、その名前は『血まみれの蹄をした者』という意味を持ちます。」
「うへぇ・・・なんか強そうですね。」
「北欧神話はそういうの多いですよ。戦争無しで神話が語れないぐらいですからね。強力な上、簡単に攻撃型の魔術や霊装に出来るんです。」
「必死に無理矢理な解釈で戦闘向け魔術を開発している皇室派の魔術開発室の奴らが聞いたら、憤慨しそうですね。」
「それで、これからどうしますか?学園都市が指定したホテルへのチェックインにはまだ時間がありますが・・・」
「まぁ、さっきので秘呼っちのメンツは立てたし、そっちのえ~っと、アリサ=アルガナンちゃんでしたっけ?そっちの捜索を手伝っても大丈夫ですよ☆」
「それは助かりました。では、早く見つけましょうか。」





彼女が過ちを犯す前に―――――――――――



*     *     *




11月2日 正午

第七学区のとある病院。彼がいつもお世話になっているこの病院の一室で、神谷稜は苦悩していた。
突如、公園に現れた謎の男に成す術も無く一方的に蹂躙され、力の差を見せつけられ、敗北した。閃光真剣は弾かれた。剣術も容易く圧倒された。狐月とのコンビネーションも意味を成さなかった。出来たことと言えば、あの男のコントラバスケースに傷を付けただけだ。
ぶっきらぼうで愛想が無いのは認める。一七六支部のみんなに頭を抱えさせる問題児なのも自覚している。だけど、自分には閃光真剣があった。“剣神”とまで言わしめるほどの剣術があった。それでエースまで上り詰めた。いや、エースとか、地位や栄誉には興味が無い。それは単なる結果だ。自分の正義を信じて、風紀委員としてスキルアウトや無能力者狩り、他にも色々と凶悪な存在と戦ってきた。そして、その正義や戦歴と共に閃光真剣が、“剣神 神谷稜”が存在した。

だが、その全てをあの男が、尼乃昂焚がものの数分の戦闘で否定したのだ。

(何が一七六支部のエースだ・・・・。何が“剣神”だ。俺は井の中の蛙じゃないか・・・。)

悔しさのあまり、稜はベッドのシーツを強く握り締める。
だが、そんな彼の心情などお構いなしに、病室に来客が現れる。

短い黒髪にいかにも体育系の明るい顔つきをした男だ。少しくたびれたスーツに緩めたネクタイ、シャツの第一ボタンも外しており、いかにもだらしない格好だった。

「よぅ!元気してたか!?お見舞いの品、持ってきたぞ!」

お見舞いの品を持って意気揚々と男は病室に入って来た。この空気を読まず、無駄に五月蝿い声、稜にとっては聞き慣れた声だ。
綺羅川雄介《キラカワ ユウスケ》。映倫中学で数学を教える教師であり、稜のクラスの担任だ。

「綺羅川先生。ここ病院。」
「おっと、そうだったな。」

綺羅川はお見舞いの品が入った大きな紙袋を棚の上に置くと、稜のベッドの近くに置いてあったパイプ椅子を出してそこに座る。

「いや~。今日は疲れた。」
「まだ正午ですよ。」
「お前の見舞いに行きたいっていう女子どもを必死に抑えてたんだぞ。で?ケガはどうだ?全身血まみれで搬送されたとか聞いたから、気絶しかけたが、案外大丈夫そうだな。」
「ここの医者は優秀だって聞きました。」
「それは良かった。当分の間、斑と一緒に休んどけよ。あの事件は警備員が担当することになったからな。」

綺羅川が放った何気ない一言が稜の心に引っかかった。

「警備員が?おい。どういうことだよ?」
「ちゃんと敬語を使いなさい。この事件の管轄が警備員になったんだよ。この事件の危険度はかなり高いと判断された。風紀委員の手に負えるレベルを超えている。」
「・・・・・」
「おっと、もうこんな時間か。とにかく、絶!対!安!静!あいつらには大丈夫だって伝えておくからな。」

そう言うと、綺羅川は病室から出て行った。そして、すれ違いに頭に包帯を巻いた狐月が病室に入って来た。

「お前、大丈夫なのか?」

珍しく、稜が狐月に話しかけた。

「ああ。少し頭を打っただけだ。普通に出歩けるんだが、綺羅川先生が『精密検査を受けてからにしろ!』と五月蝿いのでな。」
「そうか・・・。俺たちのこと、心配してくれてんだな。」
「綺羅川先生から聞いた。あの事件、警備員の管轄に変わったようだな。」
「ああ。俺たちの手には負えないだと。」
「確かに言えてる。2人掛かりでこの様だ。私としては、このまま引き下がるのが賢明な判断だな。」

狐月が自分のことをエリートとは言わなくなった。それだけ、エリートとしての誇りを失わざるを得ない屈辱だったのかもしれない。
稜も同じだった。エース、剣神、そして正義までも否定された。



(このまま引き下がれるかよ・・・。あの男に勝ちたい。勝って、証明するんだ。俺の正義も誇りも何も間違っちゃいないってことを!)



今再び、神谷稜は誰にも悟られず、固く決意をした。



*     *     *




時は少し遡り、11月2日、午前10時ごろ
第七学区の少し寂びれた通りの一角、そこに喫茶店があった。洋風で隠れ家のようにこじんまりとした、それでいて暖かい雰囲気を持っている。

“恵みの大地《デーメテール》”

そうお洒落に書かれた看板を掲げ、その喫茶店は「営業中」のカードを入り口に下げていた。
内装も外観から想像がつくものだった。洋風で質素ではあるが、趣がある。温かい雰囲気を持っており、とても落ち着いてコーヒーを嗜める環境だ。細かいところにまで清掃が行き届いているためか、塵一つ見受けられない。よほど、優秀な清掃員がいるのだろうか。
店内には2名の店員と数名の客が見受けられた。
テーブル席には数名の私服姿の男子高校生が見受けられる。学校が未だに休みなので、こうやって暇を持て余しているようだ。

彼らの接客をしている店員の少女。体格から女子中学生だと見受けられる。目鼻立ちはわりとはっきりしており、胸あたりまでのサラサラした黒髪ストレート。ヒールの高い靴を履いており、かなり使い古されていることから、こういったものを愛用しているようだ。髪を後ろでくくってまとめており、店のバンダナとエプロンを着用しただけのシンプルな格好をしている。
彼女の名は石墨雫《イシズミ シズク》。恵みの大地のアルバイトであり、こう見えて高校三年生である。

「はい!コーラとウーロン茶とメロンソーダ!あとシュークリームロシアンルーレットですね!少々お待ち下さいませ!」

笑顔で接客する石墨をカウンター席から眺める2人の男女。
男はカウンター席でコーヒーを飲んでいた。
純白の上下スーツにネクタイ、赤のシャツ、少し高級そうなてかてかと光る革靴。パーマのかかった黒髪を肩まで伸ばしている。眉は少し太めで大きめの鼻、厚い唇、パッチリとした二重瞼で長めのまつ毛が魅力の一つというのは本人談。やや背が高く、体系は細からず太からず。 顔などから察するに二十代後半~三十台前半のように見えるが、実年齢は不明である。
彼の名は一番垂万桜《イチバンダラ マオ》。今日も日課のコーヒーを嗜み、ダンディズムに溢れていた(と本人は思っている)。

「雫ちゃん、元気だねぇ。時の流れには逆らえないが、たまに“若い”ことが羨ましくなってくる。そう思わないか?芽功美ちゃん。」

万桜は自分の向かいに立つ女性、恵みの大地の店長である大地芽功美《ダイチ メグミ》に話をふっかける。
身長168cm、明るい茶色の美琴より短い短髪。厚着でもわかるくらい胸が大きい。未だに成長しているのではないかという情報もあり、色々と恐ろしい女性だ。地味な色のバンダナにTシャツにエプロンにジーンズと所帯じみた格好をしている。制服を着ていれば中高生に見えるくらい若々しい容姿をしているが、実行した場合胸ですぐにバレるだろう。

「あら、それじゃあ、まるで私が若くないみたいな言い方じゃない。」
「いや、【極秘事項】歳を一般的に若いとは――――――――――悪いな。少し言い過ぎたようだ。」
「そう。分かってくれたなら、それでいいわ。」

他愛の無い会話をする2人、そこに新たな客が来店した。
サラリーマン然としたスーツ姿の男、尼乃昂焚だった。普通サイズのスーツケースを片手に持ち、布に包まれた薄い長方形の物体、おそらく稜との戦いで使った都牟刈大刀だろう。それを肩に抱えて入店してきた。特徴でもあったコントラバスケースは持っていない。

「あら。いらっしゃい。空いてるから、席はどこでもいいわよ。」
「そうか・・・。ありがとう。コーヒーを頼む。ブラックで。」

暗く落ち込み、ブルーな雰囲気を醸しだしながら、昂焚はスーツケースと布に包まれた物体を床に置き、カウンター席に座った。

「よう。ここらじゃ見かけない顔だが、どうした?溜めこんでるなら、吐いた方が楽になるってもんだぜ。」

昂焚のことを気にかけた万桜が隣の席に座り、彼の背中を軽く叩きながら話しかける。昂焚は静かに万桜の方を向くと、再び前の方を向いた。

「いや、まぁ、少しな。昨日、ある少年と喧嘩・・・と言うべきだろうか、とにかくそんな感じになった。」
「もしかして、仲違いって奴か?」
「いや、仲が良かったわけじゃない。そもそも初対面だ。けど、意見の食い違いって奴だな。俺はその少年が無知であることが嘆かわしかった。そして、半端な知識と情報で未熟な正義を掲げる少年を罵った。今思えば、少年の育った環境を考慮すれば、無知であるのは仕方なかったとも言える。」
「・・・そりゃあ、お前さんが悪いな。ガキなんてのは知らなくて当然だし、知らないからこそ、バカをやって、失敗して、学習するものさ。それを見守り、時には道を正してやるのが大人ってものだろ?」
「そうだな。だが、その少年は知識や情報を得ようとする前に自らの正義の遂行を優先した。情報や知識は物事を“正しく”判断するための材料だ。その材料が不足している中で遂行される“正義”に正しさがあるのか?」
「えっと・・・・だって、ほら、子どもだったら、知る手段も限られるだろ?それに情報とか知識とかがそんな簡単に手に入るもんじゃないだろ。もしかしたら、足りない中で判断しなきゃならない場合だってあるじゃないか。」
「じゃあ、知識や情報が不足しているという理由なら間違った正義が遂行されても構わないと?その失敗が取り返しのつかないものであってもか?」
「それは・・・その・・・」

昂焚の問いに万桜が答えを詰まらせていたところで、芽功美が昂焚の頼んだブラックコーヒーを持って来た。

「あら、随分と難しそうな話をしているのね。ほら、ブラックコーヒー。」
「ありがとう。」

芽功美からコーヒーを受け取った昂焚は昂焚は静かにコーヒーを飲み始めた。





ドン!





勢いよく入り口のドアが開け放たれる。その音に昂焚以外の全員が入り口の方に向いた。

「ちょっと邪魔するぜ。」

染めた白髪に白色の服、誰がどう見てもイメージカラー:白としか言いようの無い格好の男が現れた。身体の各所にシルバーを巻いている。片手には酒瓶が握られていた。
彼の背後には無機質な表情をした男女が数人並んでおり、白色の男に付き従っている。

「あら、今日は随分と見ない顔のお客さんが多いのね。」

そう気楽に言い放つ芽功美だが、昂焚と彼女以外の人間は戦々恐々と白い男と背後の集団を見つめていた。「何も起こらないでくれ」と心配する。
白色の男だけが店内にズカズカ入り込むと、万桜を椅子から引き落として、昂焚の隣に座り込む。

「お、おい!何様のつも―――――」

万桜はすぐさま起き上がって白色の男に反論するが、彼の背後に居た集団の一人に口を押さえられる。彼は抵抗するが、予想以上の力強さに拘束から抜け出せない。

「よぅ。尼乃昂焚。喫茶店でコーヒーとは、随分のお気楽じゃねえか。」

昂焚は白色の男を凝視したまま、コーヒーを啜っていた。

「『お前は誰だ?』って顔してるな。まぁ、教えてやっても良いぜ。俺は全崩零《ゼンホウ  ゼロ》。全てを崩壊させ、零(ゼロ)にする男だ。」
「・・・・・。」
「もしかして、ビビって声も出ねえのか?」

すると、昂焚は持っていたコーヒーカップをカウンターの上に置いた。



「いや・・・、君の服を見ていると、随分と良い漂白剤を使っているんだなぁ、と気になって、それどころじゃなかった。」



昂焚の発言にテーブル席の男子学生たちと石墨は笑いそうになって、それを必死に堪えていた。昂焚の発言だけでなく、全崩の発言も原因なのだろうか。
口から漏れていた微かな笑い声が全崩の神経を逆撫でする。

「まぁ、良いさ。今すぐにでも笑えないようにしてやるぜ!」

全崩は酒瓶を持っていた手を大きく振り上げると、それを昂焚に振り降ろした。
ガシャアアンという瓶の割れる音、そして中身の酒が溢れ出る音、そして床に滴る音が響き渡った。しかし、酒瓶は昂焚に当たることは無く、彼が咄嗟に盾にした布に包まれた都牟刈大刀に当たった。中身の酒が布に染み込んでいく。

(ちっ・・・良い反射神経してんな。だが・・・それが命取りだぜ。)
(あ・・・こりゃあ、まずいな。)

昂焚は咄嗟に全崩を蹴り飛ばし、すぐさま彼との距離をとる。

「喰らえ!」

全崩が鎖の付いた鉄球を昂焚に投げつけ、彼が布に巻かれた都牟刈大刀でそれを防ぐ。

(くっ・・・重い。)

そう思った瞬間だった。
鉄球と同じ衝撃が刀を通して昂焚に伝わり、二重の衝撃で昂焚が壁にまで突き飛ばされる。

「どおだぁ?俺様の二重衝撃《ダブルウェーブ》のお味は?」
「ああ。厄介だな。」
「お前の刀、都牟刈大刀の枝を伸ばして受けていれば、衝撃を逃がすことも出来たのになぁ?何でやらなかったんだろうなぁ?」

嫌みたらしく全崩が笑いかける。

「お前の使う魔術は把握済みだ。その刀、都牟刈大刀は八岐大蛇の伝承を利用しているらしいじゃねえか。だったら、攻略は簡単だ。『八岐大蛇は酒を飲まされ、酔い潰れているところを倒された。』。その伝承を利用しただけだぜ。」
「なるほど・・・八岐大蛇の伝承までバレるとは・・・自分も甘いな。」
「へっ。伊達にテキストの下っ端やってるわけじゃねえんだぞ!」

全崩は鉄球を鎖で引き戻すと、再び鉄球を振り回して昂焚に投げつける。ギリギリのところで回避され、鉄球は二重衝撃によって壁を破壊する。

「ちっ!ちょこまか逃げやがって!」

全崩は鎖を引き、逃げる昂焚を追いかけるように鉄球を横薙ぎに振りまわす。鉄球の衝撃と二重衝撃で恵みの大地の壁や窓ガラスが次々と破壊されていく。
全崩が鉄球を自分のもとへと引き戻す。しかし、その隙に昂焚は全崩に対して一気に距離を詰める。布が剥がされ、酒に濡れた都牟刈大刀がその姿を露にした。

(くそっ!鉄球じゃ間に合わねぇ!)

全崩は鎖と鉄球を捨て、腰にさしていた2本のナイフを取り出し、昂焚に立ち向かう。





「「!?」」





2人の間に厨房の刺身包丁と出刃包丁を持った黒髪短髪包帯グルグル巻きのメイドが割り込んだのだ。2人の首元には包丁の刃が向けられ、メイドの指先ひとつで2人同時に頸動脈切断が可能な状態だ。
恵みの大地のメイドこと鋼加忍《コウカ シノブ》。全てが謎に包まれた恵みの大地の名物メイドだ。

「ひぃ~!!」
「ここで死ぬのは勘弁してくれ~!」
「あ!ちょっとぉ!お金払いなさいよ!」

戦闘が中断され、店内が沈黙した途端にテーブル席の男子学生たちは一斉に入り口から逃げだす。こんな状況下でお金の心配をする石墨の肝の強さには店長の芽功美も驚いたというか、少し呆れた。

「・・・・・お客様、これ以上の破壊活動を行ううのであれば・・・・」

2人の戦いを止めた忍が淡々と語りだす。あまり喋るのは得意ではなさそうだ。

「コーヒー代を払ったら、出て行かせてもらう。」

昂焚がそう言うと、忍は昂焚に向けた出刃包丁を降ろしてメイド服の腰にあるホルダーに差し込み、手を出した。

「300円になります。」
「コーヒー。美味かったぞ。」

忍は少し恥ずかしそうに顔を下に向ける。昂焚は財布を出し、300円の小銭を出すと、そそくさ走って行った。

「お前ら!俺様を助けろ!」

全崩に指示されると、背後の人間たち、死人部隊は忍を取り押さえようとするが、目にも留まらぬ神速の包丁捌きで死人部隊を全滅させる。首や背骨など、神経が集中する部位を狙って切断し、神経伝達経路を途切れさせたのだ。脳から伝えられる手足を動かすシグナルを切断されれば、痛覚の有無にかかわらず、行動不能にできる。

「な・・・・、そ、そうだ。暴力はいけない。話し合おう。」

先ほどまでの態度とは売って変わって、目の前の忍を異様なまでに恐れる全崩。その姿は蛇に睨まれた蛙よりも惨めだった。
ただ、黙ったまま2本の包丁を構えて全崩ににじり寄る忍。

「ああ!くそったれ!やってやる!やってやらぁ!!!」

決死の覚悟で全崩は2本のナイフを持って忍へと特攻した。いわゆるヤケクソであった。










舞台上で暴れる役者たち。

それに戸惑う主催者と観客たち。

イレギュラーは困る。

だが、時として、それは最高のエンターテイメントを生み出す。

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最終更新:2012年10月10日 21:25