第8話「短気決戦《トラブルハザード》」

第七学区の人通りの少ない路地裏、そこに鎮座する幻のラーメン屋「百来軒」で仰羽智暁はかつての敵と席を隣することになった。

「軍隊蟻の・・・煙草狼棺・・・。」
「てめえ・・・確かブラックウィザードの・・・」
「お、仰羽智暁です。あ・・・あと、“元”ブラックウィザードです。もう・・・縁は斬りました。」

蛇に睨まれた蛙という言葉が相応しいくらいに智暁は震えていた。

「チッ・・・そうかよ。」

そう舌打ちして、狼棺は少し間を開けて、智暁の隣に座った。軍隊蟻の恐ろしさを知っている智暁としては、この間が心理的な安心感を与える。
その緊張を解すかのようにユマが智暁の肩を叩く。

「何ですか?ユマさん。」
「なぁ、ブラックウィザードとか軍隊蟻とか・・・何なんだ?それ。」
「ああ・・・。そういえば、何も説明してませんでしたね。両方ともスキルアウトのチーム名ですよ。」
「スキルアウト?」
「え~っと、スキルアウトってのは無能力者たちが武装して集まったギャングみたいな存在です。私がかつて居たのがブラックウィザード、彼がいるのが軍隊蟻。まぁ、ブラックウィザードと軍隊蟻は能力者のメンバーも多いですから、正確にスキルアウトと言えるかどうかは分からないんですけどね。」
「ふ~ん。そういうものか。随分と礼儀正しいギャングもいたもんだな。」
「軍隊蟻はいわゆる穏健派でして・・・積極的に犯罪行為は行わず、ルールの範囲内で節度ある行動を取るんです。軍隊蟻はその中でも礼儀や義理人情に厳しいんですよ。最近はちょっと違いますけど。」
「ヤクザみたいな感じ?」
「ちょっと違うような気もしますけど、その解釈で大丈夫だと思います。」

2人が与太話をしている間に紀長は塩ラーメンを作り終えた。

「はいよ!塩ラーメンお待ち!」
「おう・・・ありがとな。」

狼棺はラーメンを受け取ると割り箸を丼ぶりの上に置き、手を合わせて「いただきます。」と言って食べ始めた。見た目や言動に似合わない礼儀正しい一面を2人は垣間見た。
出来たての塩ラーメン、半分ぐらい残っているしょう油ラーメン、完食済みのとんこつラーメンが屋台のカウンターの上に並ぶ。

「“元”ブラックウィザードのお前に聞きたいことがあるんだけどよ。」
「な、なんですか?」
「昨日、ブラックウィザードの再々々結集の集会があったらしいが、お前は行ったのか?」
「す、少しだけ・・・」
「少しだけ?中途半端な言い方すんじゃねえよ。小動物。」
「ちょ、ちょっと様子見で行っただけなんです!また入ろうとかは考えてません!」
「要するに、集会には行ったんだな?」
「は・・・・はい。」
「じゃあ、集会に来た奴らと界刺の野郎をブッ倒した奴の姿ぐらい見てるよなぁ?」

狼棺がずいずいと近寄って智暁に圧力をかける。いくら強能力者でスキルアウトに居たとはいえ、まだ中学1年生。男子高校生(しかも明らかにスキルアウト的な見た目の不良)に問い詰められるのは恐怖以外の何物でも無かった。

「ああ・・・・えっと・・・・その・・・・」
「さっさと言いやがれ!小動物!」
「ひぅ!」

目が泳ぎ、しどろもどろになる智暁に我慢できず、狼棺は屋台のカウンターを叩く。

「あ!ちょっと!屋台壊さないでよね!あとラーメン早く食べなよ!麺伸びるよ!」

ここは智暁を尋問することに対して怒るべきところなのだろうが、学園都市一のラーメン狂である紀長にとって、思考の第一はラーメンであり、心配の対象もラーメンとそれに属するものであった。
これ以上ラーメンに手を付けずに暴れるのであれば・・・。その覚悟で紀長は長棒に手を掛けようとしていた。

(ちっ・・・棒に手をかけやがったか・・・。これ以上は面倒なことになりそうだな。)

面倒な性格でありながら、面倒事を嫌う狼棺は常に物事の引き際を見つめていた。彼の逃げと引きのタイミングは天才の域に達しており、軍隊蟻が今まで警備員のお世話になっていないのも彼の功績が大きい。

「ああ。そうか。分かんねぇなら仕方ねえな。他を当たるぜ。」

そう言って、狼棺は智暁から離れ、自分のラーメンに手をつけようとした。





「おい・・・何のつもりだ?」





彼の首元に向けられたのは微かに冷気を放つ黒曜石の刃、ユマが持つイツラコリウキの氷槍だった。

「その集会を潰した奴・・・・知りたいんだろ?」

イツラコリウキの氷槍から滲み出る冷気、それが狼棺が持つ割り箸に触れたことで、割り箸が曲がり、捻じれ、先端が原型を留めない状態になる。それを見た狼棺は集会潰しの犯人が誰なのかを察した。探し求めていた人物を簡単に見つけることが出来た喜び、それと同時にそのヤバい奴が自分の首元に刃を向けている危機的状況を感受していた。

「・・・・何が目的だ?なんでブラックウィザードの集会を潰し、界刺得世を攻撃した?」
「う~ん。そもそも私の目的は昂焚を探すことなんだけどねぇ。ブラックウィザードは私とそこの小動物が襲われそうになったから反撃してああなったわけであって・・・あと、界刺って誰?」

その時、智暁はユマと出会った昨晩のことを思い出す。

(そういえば・・・背後の方でブラックウィザードとは違う悲鳴が聞こえた様な・・・)

ユマの出した冷気が道に沿って広場から漏れだし、それが界刺を巻き込んでしまった。智暁の考えが正しいのだとすると、界刺の一件は不運としか言いようがない。もしその事実を知ったのであれば、彼は「不幸だー!」と叫ぶに違いない。

「要するにてめぇの目的はその“タカヤ”とかいう奴を探すことなんだろ。」
「そう。ついでに土地勘がある大人数の人間にそれを手伝ってもらえるとねぇ・・・。」
「てめぇ・・・軍隊蟻まで巻き込むつもりかよ。」

誰もがここは立ち向かうか、逃げるかの選択肢を考える。しかし、ブラックウィザードの集会を界刺を巻き込みながら駆逐するほどの技量を持つ彼女に立ち向かえるわけもなく、おそらく逃げようとしたら、界刺の証言にあった冷気によってすぐに全身複雑骨折するのがオチだろう。逃げと引きの天才である狼棺はそれが分かっていたのだ。今はこの場を凌ぐのが最善の手段だった。
逃げるタイミングも引くタイミングも無い。

「チッ・・・。とりあえず、ラーメン食い終わるまで待っとけ。」



*     *     *




学園都市の第十三学区。幼稚園や小学校が集中する地域。町行く人々の年齢層が極端に別れており、年齢の低い生徒なのか、年齢の高い教師なのか、その2択しか存在しない。人口ピラミッドで現すと見事なまでのひょうたん型になる。生徒の兄か姉だろうか、時折、中学生や高校生も見かける。

とある休校中の小学校の屋上。立ち入り禁止になって誰も入れないようになっている中でセス=アヴァロンとマチことマティルダ=エアルドレッドは死人部隊の監視の元、水で円と記号を屋上の地面に書き始めた。それは明らかに魔術を使うための陣であり、陣の中に様々な小物を置く。その中心に古い写真を置く。魔術的知識を持たない死人部隊はただそれを傍観していた。
呪いの類やイギリス清教の同僚であるヤール=エスペランの感染魔術、捜索対象が使っていた物やそれに関わる物、それを現す記号などを用いて、対象を探索する魔術だ。

「探索術式・・・完成っと。」

イギリス清教イルミナティ対策チームは3つに分かれ、各々の学区に散らばり、探索術式を展開することにした。イルミナティの目的が分からず、学園都市の監視網にも引っかからない今、同じ魔術師であるイギリス清教に探索を頼むしかない。まず、昂焚を除いた幹部の中で唯一、姿を現したリーリヤの捜索にクライヴとカール、セスの提案で幹部のミランダ=ベネットの捜索にセスとマチ、藍崎は単独行動を開始した。

「ってか、マチ。何で俺のほうに付いて来たんだ?」
「にへへ。もしかして、初恋の人兼幼馴染との再会に私がいるのは無粋だったかにゃ~?」
「いやいやいや!べべべ、別に初恋は引きずってないし!彼女の婚約が決まった時にちゃんとけじめはつけたし!」

マチの挑発に過剰なまでに反応し、セスは目がシンクロナイズドスイミングするほどおどおどする。別にそこまでの反応は求めていなかったし、初恋が云々なんてのは別に聞きたいわけでもなかったが、これはこれで面白かった。

「その割には昔の彼女の写真とか、小さい頃に貰ったプレゼントとかを“もの凄~く”大事そうに持ってるじゃない。」
「幼馴染のプレゼントを大事そうに持ってて何が悪い!とにかく、俺はそういう意味で彼女を追っているわけじゃないからな!」

「ふ~ん」とマチは言い、セスは探索術式を発動させる。屋上の地面に自分らのいる小学校を中心とした地図のようなものが浮かび上がり、そこに2つの赤い点が浮かび上がる。一つは探索術式を展開しているこの場所を現している。もう一つはここから1km離れた大きな運動公園にある。しかし、すぐに赤い点は消えた。

「早っ!もう探索術式対策を展開したの!?」
「とにかく急ごう。下の方で死人部隊が車を用意している。」

術式に使う小物を回収し、触媒に使った幼き日のセスとミランダが写った写真を回収し、2人と見張りの死人部隊は即座に1階へと戻った。
時は少し遡り、セス達が探索術式を展開させる前。第十三学区にある大きな運動公園。少し肌寒いが吹く風が心地よく、広場の芝生が風になびく。そして、冬になってでも無邪気に巨大遊具で遊ぶ子どもたちの姿。巨大遊具から少し離れた位置にある2つのベンチに2人の女性が座っていた。いや、片方は寝ていると言った方がいいだろう。
座っている方の女性は20代前半の灰色の髪を持った白人女性だ。F~Gカップの爆乳の持ち主であり、思春期前の少年も思わずそっちに目がいってしまう。パンツタイプの女性用スーツに白いコートを着ている。
彼女の名はミランダ=ベネット
イルミナティ13幹部の一人であり、尼乃昂焚が提唱する「全ての強欲に終止符を打つ計画」天地開闢《ワールドルーツ》に参加している。
彼女は物静かにハードカバーの本を読んでおり、とてもクールで、優雅にくつろいでいた。



―――――――ように見える。

(はぁ~。目の前を駆けまわるショタを眺めながら、月刊ショタコンホイホイ11月号を読むなんて・・・・至福のひと時・・・・)

見た目とは裏腹に彼女の頭はショタコンという性癖と欲望でいっぱいであり、月刊ショタコンホイホイというその名の通り、ショタコンを客層とした変態御用達雑誌をハードカバーで隠しながら、三次(目の前の現実)と二次(雑誌)の双方でショタ成分を堪能していた。彼女の思考がそのまま顔に出すとすれば、これ以上に無いほど昇天寸前の幸せそうな顔に違いない。
そして、もう一方のベンチに寝そべっている女性。身長はミランダより低い160cm。肩あたりまでの青みがかった黒髪を無造作に結び、おでこを全開にしている。見た目は10代でも通用しそうな容姿であり、どこかの学校の制服を着ていたらまずバレない。しかし、彼女はスーツを着ており、明らかに二日酔いに苦しんでいる様子だった。

「うぇ~。昨日、飲み過ぎた~。ここはどこ~?私は~だ~れ~?・・・・私は・・・橙山憐《トウヤマ レン》だった。」
「お・・・おい。大丈夫か?」

あまりにも悲惨な姿にミランダが心配になり、声をかける。

「とりあえず、大丈夫~。さっきそこの公衆トイレで吐いて来たから。」
「あ、ああ・・・。」

相手が「とりあえず大丈夫」だと言うのでミランダはこれ以上気にしないことにした。

(暇だな。天地開闢計画の下準備の今日のノルマも終わったし、私だけが勝手に進んでも意味が無い・・・。)

ミランダは再び、ハードカバーに偽装したショタコンホイホイを読もうとした時だった。

「やっと見つけたぞ。こんなところにいたのか。」
「面倒ごとは勘弁してくれ。こっちは昨日の筋肉痛が残っているんだ。」

橙山のところに2人の男が現れる。2人とも警備員の格好をしており、ミランダは少し警戒する。彼女は侵入者であり、指名手配犯として学園都市の治安維持組織に面が割れている可能性もある。
男の一人はとにかく巨大だった。ゴリラとカバとクマを合わせたような容姿の超大男。筋骨隆々そのものであり、その手足は丸太のように太かった。
彼の名は緑川強《ミドリカワ ツヨシ》。学園都市の警備員(予備役)であり、橙山の同僚である。
もう一人は身長171cm。黒髪の角刈りで30代中盤だが、年齢の割には童顔である。緑川ほどではないが、年齢の割に身体は鍛えられている。
彼の名は紫崎通《シザキ トオル》。緑川と同じく警備員であり、橙山、緑川の同僚である。しかし、彼の方が年齢が上ということもあり、2人は彼に敬語で話す。

「緑川先生~。おんぶして~。」

ベンチに寝そべる橙山が赤子のように緑川に手を伸ばす。

「自分で歩け。ドアホ。紫崎先生からも何か言ってやってください。」
「緑川の言う通りだ。飲み過ぎで乗る電車間違えて気が付いたら第十三学区にいたなんて聞いた時には卒倒したかったぞ。」
「ウチの同期とゴリラは薄情者だ~。」
「誰がゴリラだ、コラ。」
「なんだよ~。女子中学生にゴリラさんって呼ばれて、ニヤニヤしてたくせに~。」
「してないし、それにお前にゴリラと言われると何故か怒りがこみ上げてくる。」

そう言うと緑川は橙山の足首を掴むと、まるで人形を扱うかのように空中に放り投げて肩でキャッチする。

「うげぇ!肩にお腹を圧迫されて、もう吐く物は無いけど、胃液っぽいものが出そう!」
「そういう説明口調が出来るなら。大丈夫そうだな。緑川。そいつは降ろしていいぞ。」
「そうですな。」

緑川は地面に叩きつけるが如く、橙山を地面に下ろした。
紫崎が隣のベンチに座るミランダに目を向ける。ミランダは硬直し、自分が侵入者であることに気付かれたのではないかと緊張する。子どもに見惚れていないですぐに離れれば良かったと今更ながら後悔する。

「いや~、お騒がせしてすみませんでした。ウチのバカがご迷惑おかけしませんでしたか?」
「大丈夫だ。問題無い。」
「それは良かった。では、自分らはこの辺で。」

そう言って、紫崎と緑川は捕らえられた宇宙人のようにズルズルと足を引きずりながら橙山を連行していった。
それを傍目でミランダは確認し、何事も無かったことにホッとする。素顔を出したままであったが、相手に侵入者だと気付かれていない。学園都市側は秘密裏に自分らを処理する魂胆なのか、とミランダは推測した。
橙山を引きずりながら連行する緑川と紫崎。2人はずっと黙りこんでいた。

「おい。今の女性・・・気付いたか?」

沈黙を破ったのは紫崎からだった。非常に深刻で真面目な面構えになる。危険度の高い任務でも彼のそんな顔は見たことが無い。

「ええ。自分も同じことを考えていました。あの女性――――」





「「おっぱい、凄かったなぁ・・・・。」」



*     *     *




大学や短大が集まる第五学区、多くのビルが立ち並び教育機関と研究機関が混在している。しかし、未だに開発が行き届いていない古いビルが乱立するブロックが存在する。いや、行き届いていないという表現は正しくない。正確には、あえて手をつけないのだ。誰もがそのブロックの支配者を恐れていた。

“軍隊蟻《アーミーアンツ》”

かつては寅栄瀧麻仰羽啓靖を中心として組織された小規模なスキルアウトチームであった。「義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ。」をモットーに活動し、穏健派の代表格とも言われていた。義理人情を大切にするその行動方針はスキルアウトだけでなく、彼らに関わった一般人からも良好な評価を得ていた。しかし、周囲のスキルアウトチームの武装化やブラックウィザードの台頭を切っ掛けに急遽、武装化を開始。寅栄瀧麻の人脈、仰羽啓靖の大能力者として得ていた多額の奨学金、そして新たに入った樫閑恋嬢の指揮能力と高度な軍事理論によって、瞬く間に軍隊並の武装を持つスキルアウトチームに生まれ変わった。それでも行動方針は一切変わらず。武装も有事の際にしか使用されなかった。
軍隊蟻の転機は今年の6月、風輪学園中等部の敷地にて風輪学園の生徒を中心とした無能力者狩り集団との乱闘騒ぎで多くのメンバーが拘束され、同日、高速道路で破壊活動を行ったとしてリーダーの寅栄とナンバー2の仰羽と他数名のメンバーが拘束された。当時、軍隊蟻の名は伏せられていたものの、時間が経つにつれて情報は漏れて行った。なぜ軍隊蟻がそのような行動を取ったのか。それは今でも謎に包まれている。
その後、リーダーを引き継いだのは当時ナンバー3だった樫閑恋嬢。彼女がリーダーに変わったことで軍隊蟻は変わった。重武装派のスキルアウトであることには変わりないが、装甲車や無人兵器などの大型兵器を裏ルートで仕入れ、更に軍事色の濃い組織となった。寅栄時代と変わらず、悪事に奔ることは無かったが、その裏では企業や学園に対する恫喝、風紀委員・警備員との癒着、活動の傭兵化など、寅栄時代では考えられない行動にも出ており、メンバーの脱退、通称“蟻離れ”が問題となっている。それでもその行為が問題にならず、蟻離れがチームの存続に関わるほどの大問題にならないのは、樫閑が飴と鞭を美味く使い分けているからである。
企業や学園を恫喝すると同時に彼らの利益になる話を持ちかけ、風紀委員や警備員には規定に縛られて活動できない彼ら代わりに活動を補助、または肩代わりすることで自分らの存在が一方的なマイナスにならないようにしているのだ。そのやり口はヤクザかマフィアに近い。

「着いたぜ。ここが軍隊蟻のアジトだ。」

狼棺はユマに脅され、彼女と智暁を軍隊蟻のアジトにまで案内した。彼が遠く指さす先には使われていない古いビルがあり、清潔に保とうと努力している形跡があるが、かなり寂びれた場所だった。

「その・・・言っちゃ悪いですけど、かなり寂びれた場所なんですね。てっきり、どっかの企業みたいにドドーン!と立派なビルを抱えているのかと・・・」
「何言ってんだ。俺らはスキルアウトだぜ。どれだけ大きくなろうと所詮は日陰者だ。」

そう言って、狼棺が先頭に立ち、古いビルの入り口に立った。入口の前には門番がいた。
赤髪のトライバルショートでナチュラルメイクをしている女性だ。おそらく高校生ぐらいだろう。胸はあるけど控えめであり、服装はどこぞの「すっごいパーンチ」を繰りだす根性男に触発されたのか、旭日旗のTシャツを着ている。 それ以外はダメージジーンズに革ジャンという至って普通だ。サブマシンガンを片手に持ち、もう片方の手には金属バットが握られていた。ヤンキー女子高生と機関銃という異色の組み合わせだ。

「チッ・・・、今日の門番は館川かよ・・・。」

狼棺が舌打ちしたくなるのもよく分かる。今日の門番である館川迫華《タチカワ セリカ》は軍隊蟻の古参メンバーであり、同時に生粋のトラブルメーカーだ。こんな時に一番面倒な女が門番なのだ。

「あ、狼棺じゃん。お疲れ~。」

投げやりな態度で迫華が接して来る。上には舎弟根性丸出しの態度で接するが、後輩に対してはいつもこうだ。悪いわけではないのだが、何故かむかつく。

「あ、しかも女連れじゃん。しかも2人!何々~?もしかして、彼女とかぁ?」



ガスッ!!



突如、迫華の頬を掠ってイツラコリウキの氷槍が彼女の背後の壁を突き刺した。外したわけではない。ユマは迫華を狙い、そしてわざと外したのだ。槍の刃がわずかに彼女の耳を斬る。

「私がこいつの彼女?クソ面白くも無いジョークだ。」
「え・・・いや、その・・・え~っと・・・」

突然の事態に迫華はたじろぐ。トラブルメーカーではあるが、トラブルが発生すれば彼女はすぐに逃げる。逃げこそが最良の一手というのは狼棺も同意するところはあるが、一切立ち向かおうとせずに逃げ続けるというのはあまり感心できない。

(まぁ、これで面倒なことにならなければそれで良いか。)

狼棺はこのまま迫華が退くと思っ――――――





「痛ぇじゃねえか!思いっきり、耳が切れてんだろが!」





しかし、今日の迫華は違った。逃げずに立ち向かったのだ。もしくは、いつも通りにトラブルを引き起こしているとも言えなくは無い。

(どうして、今日のあんたは無駄に勇気を出すんだ!!面倒になるだろうが!!)

予想外の迫華の反応に狼棺は頭を抱えた。

「知るかよ!クソ面白くもねぇジョークを言いやがって!私は昂焚一筋だ!」
「はぁ!?こっちこそ知るかよ!見ろよ!血が出てんだろうが!治療費払え!治療費!あと慰謝料!」
「その程度でガタガタぬかすな!!かすり傷だろうが!!」
「あぁん!?かすり傷だろうが何だろうが、てめえが傷つけたことに変わりは無ぇだろ!!ダッシュで絆創膏買って来いや!!」
「んなもん、唾でも付けてりゃ充分だろうが!この軟弱者!!」
「言いやがったな!この時代遅れのガングロ女!!毎日何時間日サロ通ってんですかぁ!?」
「これは生まれつきだ!!テメエみたいな雑魚、ウチの地元じゃ恰好のカモだ!!」
「この私が雑魚だぁ!?てめぇ、軍隊蟻の館川を知らねえのかよ!もしかして、にわかですかぁ!?不良一年生ですかぁ!?」
「不良なんざとっくに卒業してんだよ!そもそも軍隊蟻って何ですかぁ!?そんな世界の果ての極東の小国の壁に囲まれた小さな町のチンピラ集団の下っ端なんて知らねぇんだよ!!もっとビッグになってから言いやがれ!」
「はっ!出ないだけですぅ!!外なんて30年も技術が遅れている奴らなんか相手にするまでも無いんですぅ!悔しかったら、学園都市でビッグになってみせやがれ!!」
「ハッタリなんてバレバレなんだよ!どうせ恐くて出られないんだろ!?世界の何も知らないガキが!!」
「ガキって言ったな!もう17歳なんだよ!17歳!原付乗れるんだよ!!免許持ってんだよ!」
「残念でしたぁ!こっちは19歳!車も乗れるんだよ!(無免許運転だけど)」
「ああ!そうでしたね!これは失礼しました!お・ね・え・さ・ま!さすが、お姉様は男に媚びた身体をしてますねえ!」
「羨ましいんだろ!?昂焚を虜にした(?)このナイスバディが羨ましいんだろ!?正直にそう言えば良いじゃん!!お・じょ・う・さ・ん!」

短気なトラブルメーカー×短気なトラブルメーカー=終わり無き口喧嘩

2人の終わらない論争の間であたふたする智暁とどう終息させるべきか思考をめぐらせる狼棺。しかし、終わらせる術が無い。なぜなら、狼棺にも智暁にも彼女らを止める術は無く、そして彼女らも自分が勝つまで終わらせる意思が無いからだ。

「あら。随分と騒がしいわね。」

その一声と共に軍隊蟻のリーダー、樫閑恋嬢が現れる。

「お、お嬢!おかえりなさ――――――――!?」

狼棺は樫閑なら止めてくれると信じ、振り返った。しかし、その先にある光景に狼棺と智暁は驚愕した。
樫閑のすぐ後ろには武装した軍隊蟻のメンバーたちが大量の銃火器の照準をユマと迫華に合わせていたのだ。本物の軍隊ばりの統率と陣形、個人の射撃体勢もプロそのものだった。

「で?私にどのような用かしら?」





怒れる女王蟻“樫閑恋嬢”

イツラコリウキの氷槍“ユマ・ヴェンチェス・バルムブロジオ

科学と魔術、2人の恐い女たちが出会った時、それぞれの目的は交差する。

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最終更新:2012年10月14日 22:37