「(ど、どうする!!?ここで逃げたら、お姉ちゃんが・・・!!)」
『
ブラックウィザード』に包囲されている焔火は、自身の姉の安否について思考を張り巡らせる。
これは、自分を嵌める罠で間違い無い。おそらく、朱花をも利用した上で。逆に言えば、朱花は『ブラックウィザード』に嵌められた・・・つまり自身の意思では無い可能性がある。
その場合、自分1人がこの包囲を何とか掻い潜ったとして朱花を『ブラックウィザード』がどうするのか?可能性はすぐに思い浮かんだ。
「(お姉ちゃんが“手駒達”にされる・・・!!そ、それだけは絶対に駄目!!・・・私が単身で逃げられないようにするためでもあるのか・・・!!くそっ!!!)」
用意周到。一体何時から仕掛けられていたのか。先日の網枷が掴んだ情報自体が、自分を罠に誘い込む誘導であった可能性は限りなく高い。
『俺が敵方なら、まずはあの娘から篭絡する・・・というか潰す』
「(ッッ!!!・・・本当にそうなったってわけ?あの人の・・・『自分を最優先に考える“ヒーロー”』の予想通りってわけ?・・・ギリ!!ギリリ・・・!!!)」
碧髪の男が放った予言そのままになった。その現実に、焔火は憤然として歯を噛み締める。絶対に受け入れられない“ヒーロー”像を持つ男が、全て正しいように感じられたから。
「(絶対に受け入れられない!!私は・・・私はあんな“ヒーロー”になりたくない!!だから・・・証明しないといけない!!結果を出さないといけない!!
こんな状況でもお姉ちゃんを助け出して・・・『ブラックウィザード』をやっつけて・・・そして・・・・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』になるんだ!!!)」
自身の姉を救うために・・・一般人を守るために・・・つまりは他者のために『ブラックウィザード』を潰す。自分を最優先にはしない。困っている他者を最優先に。
それを今ここで証明しなければ・・・結果を出さなければ・・・
焔火緋花が抱く“ヒーロー”像が全否定される・・・そんな危機感を抱いた。
これは・・・宣戦布告。ここには居ないあの“ヒーロー”に対する、“ヒーロー”になれていない少女の叫び。
「だから・・・だから・・・舐めんじゃ無いわよおおおおおぉぉぉっっ!!!!!」
青白い電流が焔火の体を駆け回る。電流の鎧を身に纏う少女の眼光は、殺気さえ含んだ光を放っていた。
窮地に追い込まれたが故に開き直ったのか、その威勢の良さに『ブラックウィザード』の面々は色んな反応を示す。
「うおっ!?や、やっぱり私の目に狂いは無かった!!これくらいイキが良くないと、調教主の私が退屈しちゃうってモンだよ!!」
「(ウズウズ)あぁ・・・血が騒ぐ・・・。俺も戦いたい・・・(ウズウズ)」
「男の悶えは、余り見栄えがよくありませんよ?しかし・・・中々に気の強そうな女性のようだ」
だが、今の焔火は彼等の反応を碌に聞いていなかった。一刻も早く朱花を助け出し、ここに居る面々をひっ捕らえる。しかし・・・
「少し派手な戦いになりそうだ。では・・・
焔火朱花達には退場して貰おうか。折角の“手駒達”の材料だ。傷付いて貰っては今後に支障を来たす。阿晴」
「なっ!!?」
「チッ・・・。わかったよ。おい、鏡子!!お前も手伝え!!薬物中毒のお前でも、居ないよりはマシだ!!」
「わ、わわ、わかった・・・」
永観は、阿晴に朱花を含めた暗示が掛かっている人間達を連行することを命じる。阿晴も作戦違反をするつもりは無いため、彼の指示に渋々従う。
「さ、させるか!!」
「いや。させて貰うさ!!」
「もちろん、あなたもね♪」
連行を阻止しようと焔火が突っ込むが、そこに永観と智暁が立ち塞がる。永観が『発火能力』にて幾つもの火炎球を生み出し、焔火に向けて放つ。
「当たるか!!」
だが、身体強化も施している焔火は迫り来る火炎球を全て避け切った。その勢いのままに、永観に向けて電撃の槍を放とうとする。
ボカン!!!
「ガッ!!?」
しかし、それは智暁の『熱素流動』にて熱ベクトル集中の基点に設定された瓦礫―鏡子による破壊で生み出された―の爆発で中断させられる。
『熱素流動』で大きなポイントになる熱エネルギーは、永観の『発火能力』で容易に生み出すことが可能である。
「やはり、君の能力は優秀だ。どうだい。今からでも僕の直属の部下にならないか?君なら、僕が好きな『責め』の楽しさを堪能できる資質を持っていると思うんだが」
「う~ん。今もですけど、そういうのはどうでもいいんですよねぇ。まぁ、最近は永観さんが言う所の『責め』の楽しさにも気付けましたけど、
誰々専用の部下になるのはやっぱり性に合わないです。伊利乃さんみたいな人に弄ばれるのはまだいいですけど」
一歩間違えれば死に直結する戦闘を行っているにも関わらず、永観と智暁はまるでこれが日常のような態度―待ち伏せ故の余裕―を露にする。『ブラックウィザード』に所属する2人は、
他スキルアウトとの抗争で仲間や“手駒達”が敵対勢力を殲滅(=殺害)している場面を何度も見ている。人間は慣れる生き物である。当然、感覚の麻痺や尊厳の軽視が発生する。
重傷ならまだしも人を殺したことは無い智暁でさえ、人の生死や尊厳について軽く考えている程だ。
鏡子に焔火を傷付けるなと命じたのも焔火のことを思ってでは無く、彼女の生死について深く考えたわけでも無く、内から溢れ出る己の欲求のためである。
仰羽智暁という少女は物事を深く考えない。網枷や蜘蛛井から嫌われていると仲間から言われても理解できない。否、理解しない。
理解するべき・しなくていい物事の“線引き”が非常に曖昧なのだ。そもそも、不良によく絡まれたり襲われたりするからという理由で『ブラックウィザード』に入ったこと自体が、
彼女の流されるままの安易な思考を表している。『ブラックウィザード』の危険性に感付いた時も、己の選択の間違いについて碌に反省せずにさっさとトンズラしたいという思考を抱いた。
その時は裏切りに対する罪悪感や報復を恐れたために実行には移さなかったが、今でも結構な頻度で脱退の可能性を模索している。否、日増しにその欲求が増している。
このままでは抑え切れなくなる。故に、増し続ける欲求を抑えるために女性を『調教する』楽しみを追求し出した。元来の百合好き(鬼畜系)を永観の影響を受けることで過激化させ、
今では現実に行っている。欲求に対抗するための策が彼女にとっては『別の』欲求であった。
安易で軽率な思考を行い、流されるままに己の欲求を満たすための行動を選ぶ・・・それが仰羽智暁だ。
「それは残念だ。まぁ、今は目の前のことに集中するとしようか。“手駒達”!!焔火緋花を確保しろ!!」
「ッッ!!?」
永観が周囲に居る“手駒達”の1人に命令を下す。その“手駒達”の能力はレベル3相当の念動力。見えざる力によって、焔火は空中に束縛される。
「ガッ・・・ハッ・・・!!!」
「じゃじゃ馬の相手は疲れるのが玉にキズだ。これでおとなしくなって貰いたいモノだが」
全方位から体を締め付けてくる念動力に、焔火が苦悶の声を挙げる。電流の鎧も保てなくなった。この状態で壁や地面にでも叩き付けられれば、気絶してしまう公算大だ。
そんな彼女の瞳に映るのは、遠方に居る己が姉の姿。彼女は、他の人間達と一緒に何処か別の場所へ誘導されていた。
「(お、お姉ちゃん・・・!!!こ、このまま・・・このまま終われるか!!!私は・・・私が皆を助けるんだ!!!)」
瞬間、冴えた意識が少女にもう1つの戦闘体勢を採らせた。焔火の体から半径10mに渡って展開されるは、電気の網。焔火独自の感知方法。
「痛っ!?」
「これは・・・静電気?」
智暁や永観を含め、周囲に陣取る“手駒達”全てを網の中に捕らえた。今の状況だと、強力な電撃の槍を構成する時間は無い・・・が電撃の槍自体を発生させることはできる。
この状態の利点は、タメ無しの電撃の槍発生では無く正確な命中。念動力で束縛されていても、電気信号から正確な位置を把握できる。故に・・・
バリバリバリバリ!!!
焔火は、電撃の槍を対象物に正確に命中させる。“手駒達”に対しては頭部にある小型アンテナを、智暁や永観には体そのものに。
刹那、焔火を空中に縛っていた念動力が消え去り、地面に着地する。結構な激痛が走る頭を抱えながら、少女は今の状況を分析する。
「(ぐぅ!!・・・やっぱり、この感知方法は数が多い程頭が痛くなる。慣れてないせいだけど、一気に10数人以上に向けて電撃を放ったから余計にだわ・・・!!
感知だけや、4~5人程度に電撃をぶっ放すのならまだ問題無いんだけど・・・!!数日前の反省で考え付いたあの技も、こんな調子じゃとても実戦で使えない・・・!!)」
但し、この感知方法は焔火の脳に多大な負担を掛ける。慣れていないというのも大きいが、
電気の網内にある全ての物体を感知してしまう+それ等に向けて電撃の槍を構成して放出するというのは、かなりしんどい。
「ぐっ・・・舐めた真似を・・・!!」
「こ、これは罰が必要ですねぇ・・・」
「(や、やっぱり気絶させれなかったか・・・!!い、今の私じゃちゃんとした電撃を構成できるかわからない!!ここは、体勢を立て直す!!)」
電撃を浴びて体が麻痺している永観と智暁を目に映し、焔火はこの場からの撤退を決断する。
「(確か、お姉ちゃんが連れて行かれたのはあっちの方向!!急がないと・・・!!)」
鈍痛が響く頭を抑えながら、焔火は何とか走り出す。この2人を相手にしている間に朱花が連れ去られてしまっては元も子もない。
焦りに焦りながらも、少女は姉の姿を追う。絶対に守りたいモノをこの手で守り抜くために。
「ッッ!!焔火さんが動いたわ!!方角的に、複数の人間が歩いて行った方角に!!」
「よしっ!!焔火ちゃんも頑張ってる!!俺達も!!」
場面は変わって、倉庫街の一角で真面と殻衣は“手駒達”と戦闘を繰り広げていた。と言っても、主に戦闘をしているのは真面である。
殻衣は、『土砂人狼』による焔火の位置確認に集中している。この場合、彼女は『土砂人狼』を戦闘面に展開するのは不可能であった。
だが、“手駒達”の戦闘能力が低いのか、本来格闘術や能力戦に取り組んでいない真面でも十分に対抗できていた。
「蜘蛛井さん・・・」
<・・・どうやら、永観達が下手を打ったみたいだね。油断したバチだね。まぁ、そっちは何とかなると思うよ?癪だけどね>
「癪・・・?」
片鞠は蜘蛛井の発言の真意を測りかねるが、蜘蛛井はそんなことよりもと言いたげに指示を出す。
<それより、そろそろ仕掛け時だね。焔火緋花の足音を感知しているのなら、連中は彼女と合流を図る筈だ。つまり、自ずと向かう方角は予測できる。
焔火の行動は筒抜けだからね。そのために、“手駒達”の力をセーブしているんだし。江刺。タイミングを外さないでね?>
「わ、わかりました!!」
<じゃあ・・・開始!>
能力持ちの“手駒達”は、できるだけ消費したくない。そのために、真面達相手に冒険は冒していない。全ては、あの場所へ誘い込むため。
ちなみに、成瀬台に強襲を仕掛けた“手駒達”は殆どが無能力者である。つまりは、居なくなっても問題無い人形である。
旧型駆動鎧についても、もし敵に鹵獲されそうになった場合でも電波による遠隔操作で重要な機構や回路を強酸で溶かして自爆するように設定してある。
これで、駆動鎧が何処から横流しされたのかを追うことはできない。
「く、くそっ!!ど、どうする!?」
「こ、こうなったら本隊と合流するしか無ぇ!!車も来てる筈だ!!急ぐぞ!!」
蜘蛛井の号令の下、作戦は開始された。片鞠と江刺が逃げの一手に出た。近くの“手駒達”も彼等に倣う。
片鞠は本来逃走ルートの確保等逃げる手練に精通していたため、その逃げの姿勢は本気そのものに見えた。
一方、江刺はサングラスやマスクをしているために、表情から感情を窺い知ることができない。
「本隊!?そうか・・・“手駒達”の実力がそれ程でも無いと感じてたけど、主力はそっちか!!」
「・・・確かに車が1台動いてる。乗ってる人数はわからないけど、そこに『ブラックウィザード』の主力が居るのかも!!しかも、焔火さんが向かってる方角の延長線上だわ!!」
「急ごう、殻衣ちゃん!!」
「うん!!」
敵の言動から、近くに『ブラックウィザード』の主力が居ると考えた真面と殻衣はそこへ向かっている焔火と合流するために駆け出す。
道的には、片鞠達が使った逃走経路が一番早い。応戦や罠を仕掛けられる可能性もあったが、回り道をしている時間は無い。
一刻も早く焔火と合流を。その一心で疾走する2人。
ドカーン!!!
「「!!?」
その途中で発生した爆発音。それは、丁度真面達の真横にある倉庫の中から聞こえた音。人間である以上、それが何なのか調べたくなるのは当然だ。
だが、今は焔火と合流することが最優先。普通ならば、そう考えてその爆発音を無視する。しかし、その思考を逆転させる人間が『ブラックウィザード』には存在した。
「あれは何!?真面君!!」
「うん!!言ってみよう!!」
これこそ、
江刺桂馬の能力『優先変更』の真骨頂。精神感応系の能力で、他人の物事に関する心理的な優先順位を操作する能力。
触れなくても干渉可能で、例えば『宿題をしなければならないという思い』>『遊びたいという思い』を、『遊びたいという思い』>『宿題をしなければならないという思い』へ変えることができる。
適用範囲は半径30m、最大3人まで干渉可能なこの能力で、江刺は真面と殻衣の『焔火と合流する』>『爆発音を調べる』という優先順位を逆転させた。
結果、真面達はシャッターが開きっ放しの倉庫内に入り爆発音の発生源へ近付く。
「「えっ・・・?」」
それは、使い古されたラジカセであった。すなわち、このラジカセの最大音量で先程の爆発音が流されたのだ。
ガラガラ!!!
それを確認した瞬間、倉庫のシャッターが閉まった。電灯に照らされた中、真面達が振り返った先には・・・逃げた筈の片鞠達が居た。
「しまった!!罠か!!?」
「な、何で私・・・こっちを優先したの!!?焔火さんの場所は・・・」
<さぁ、ここでなら思う存分戦えるだろう!!それと・・・今だ、江刺!!
殻衣萎履の優先順位を!!>
「了解!!」
「こうなったら・・・こいつ等を倒してこの倉庫から脱出するしか無い!!殻衣ちゃん!!『土砂人狼』を戦闘に使って!!一気にここを突破するよ!!」
「“そんなことより”、焔火さんの動きが緩やかになってるわ!!警戒しているのかしら・・・?」
「殻衣ちゃん・・・?焔火ちゃんの場所を把握することも大事だけど、今は目の前の敵を・・・」
「いえ!!焔火さんの場所を把握し続けることが大事よ!!」
ここに来て、真面と殻衣の意見が真っ向から衝突する。言い分的には、真面の方が正しい。今は、目の前にある脅威から身を守ることが最優先だ。
これが罠である場合、相手の増援等も加味すると一刻も早くこの倉庫から脱出しなければならない。
能力の応用でコンクリートを崩せる『土砂人狼』なら、戦闘を行いながら脱出口を作ることも容易だ。それがわかっているからこそ、真面は殻衣に戦闘依頼をしたのだ。
だが、今の彼女は江刺の『優先変更』で焔火の居場所を把握することが最優先になってしまっている。つまり、把握に全神経を集中する殻衣は能力戦闘を行うことができない。
<そうだ!片鞠!“手駒達”の指揮権を譲るよ。ボクがカタを着けてもいいけど、どうせなら片鞠達の手で風紀委員を討ち取るっていう大金星を挙げてごらん!今ならイケるよ!>
「あ、ありがとうございます!!」
蜘蛛井の親切心に、片鞠は感謝の言葉を述べる。普段は逃走関係の任務にしか就けない自分にとって、ここで風紀委員を討ち取ることは大きな成果であった。
『ブラックウィザード』に必要とされている実感が、片鞠の心を温かくする。この温かみを守るためなら・・・非情になる。なってやる。
「江刺!お前は後方に!!集中を切らすなよ!!あの男の風紀委員は、俺と“手駒達”で討ち取る!!」
「わ、わかった!!無理すんなよ!!」
「あぁ!!」
「焔火さん・・・焔火さん・・・」
「これは・・・精神系の能力か!?くそっ!!」
情勢は『ブラックウィザード』に有利。それは、誰の目から見ても明らかである。だが、有利=勝利とは限らない。万が一もある。
「(2人が死ぬ前に・・・ね。ボクって、何て親切なんだろう・・・!片鞠・・・君も『ジャッカル』で働いていた人間全てと同じ末路を取らせてあげるよ)」
今回の作戦を統括する者の1人として、
蜘蛛井糸寂は残虐な笑みを浮かべる。これは、リーダーである東雲の命令と許可を取った正当な行動である。
『ブラックウィザード』内の“自浄作用”。つまりは、『不要物及び異物の処理』である。
「くそっ!やっぱり、ジャミングがこの一帯に・・・!!」
焔火は、ここに向かっているだろう網枷と連絡を取るために先程から携帯電話を開いていたが、周囲にジャミング電波が流れているためか繋がることは無かった。
「(くそっ・・・くそっ・・・!!電磁波も碌に操作できない『電撃使い』って・・・!!)」
もし、『電撃使い』である焔火が電磁波を操作することができればこのジャミングを突破できたかもしれない。だが、無情にも彼女は電磁波を使いこなすことができていない。
「(いや、今はそんなことはどうでもいい。最優先にしないといけないのは、お姉ちゃん達を助けること。こっちの方角であってる筈だけど・・・。
電磁波をレーダーとして使えたら少しは・・・私の感知方法は相手にわかっちゃうのが・・・・・・くそっ!堂々巡りしてたら駄目なのに!!)」
自分の才能を磨き出したばかりの少女は、どうしても欲張ってしまう。強請ってしまう。今の自分には無い力を。言っても仕方無いことはわかってるのに。それでも。
あの“先輩”に敗北して以来、ずっとこの繰り返し。堂々巡り。ループする思考。突き付けられる欠陥。伴わない結果。その先にあるのは・・・
「(あぁ・・・もぅ!!何で・・・何でよ!?何で、私にばっかりこんなことが降り掛かるの!?何で、私は碌に結果を残すことができないの!!?
私は、唯皆を助けたかった!困っている人達を救いたかった!!そんな“ヒーロー”になりたかった!!!それだけなのに・・・!!)」
戦闘によってあちらこちらに傷が生まれ、汚れているボロボロの少女。顔は歪み、内心で煮えくり返っている激情は体中を駆け巡っていた。
「(ふざけんじゃ無いわよ!!私が・・・私だけが何でこんなに苦しまないといけないの!!?私は何も悪いことはしていない!!欠点があっても、それは悪いことじゃ無い!!
固地先輩や界刺さんにだって、大きな欠点があるじゃ無い!!なのに、何であの人達ばかり結果が出せるの!?何で、あの人達は優遇されているの!?何で、私だけが冷遇されているの!!?)」
苛立つ少女は、何時しか己が思考を他者への批判へと向けていた。嫉妬の感情を織り交ぜながら。そこには、他者の長所を素直に認めるあの面影は一切見受けられない。
「(自分を最優先にしているあの人達に結果が出せて、他者を最優先にしている私には結果が出せない。この違いは一体何!!?私は、他者のためにこんなに頑張っているのに!!
身を削ってでも・・・ボロボロになってでも・・・辛過ぎることに耐えてでも・・・こんなに・・・こんなに皆のために頑張っているのに!!!理不尽だよ!!!)」
激情が・・・爆発する。“反動”が・・・顕現する。“暴走”が・・・極まる。
「(もし・・・もし、お姉ちゃんがこのまま連れ去られて“手駒達”にでもされたら・・・私は・・・私は・・・!!それだけは絶対に駄目!!駄目ったら駄目!!!
も、もぅ『ブラックウィザード』のことはどうでもいい!!何をやっても上手くいかないんだったら、せめてお姉ちゃんだけでも助けてみせる!!
たとえ・・・私がどうなっても助けてみせる!!この命で助けられるのなら・・・それでいい!!
だから・・・それくらいは・・・お願いだからさせてよ!!皆のために頑張っている私に・・・せめてそれくらいは果たさせてよ・・・!!)」
これは思考の放棄。間違っても、思考の選択では無い。だから・・・自分の矛盾にも気付かない。否、気付こうともしない。
「(じゃないと・・・・・・この世界を信じられなくなるよ!!“ヒーロー”を信じられなくなるよ!!!
他者のために頑張っている人間が報われないって・・・!!この私が報われないって・・・絶対おかしいよ!!!・・・・・・・・・えっ?)」
否・・・気付かされる。
「(私・・・今何て思った?『この私が報われない』って・・・思ったの?そうじゃないと“おかしい”って・・・思ったの?『私』が?『自分』が?えっ・・・えっ・・・?)」
他者のために働くのに『自分』が報われなければ“おかしい”という思考。それは、まるで『自分』のことだけを考える人間の思考。『自分の都合』だけを考えている人間の思考。
これは、次のように言い換えることができる。すなわち、『他者のために働く“ヒーロー(じぶん)”は報われて当然』。
“ヒーロー”は、必ずしも己が報われるような存在では無い。むしろ、具体的な見返りを求めない無償の善意に主眼を置く『他者を最優先に考える“ヒーロー”』を目指す焔火は、
己が報われなくても他者が報われるのならばそれでいいと常から考えていた・・・筈だった。自分より他者を最優先にしていた・・・筈だった。
それなのに、窮地に追い込まれた自身から出て来たのは・・・有償の意。ガキの癇癪でも我侭でも無い。本気でそう思った・・・故に思い浮かんだ言い訳のできない本音。
『ねえねえ!わたしもゴリラさんみたいに、こまっているひとをたすけるヒーローになりたい!』
『君さぁ・・・“ヒーローごっこ”でもしたいのかい?』
「嘘っ・・・!!!」
『緋花ちゃんが目指す在り方を、私はこの目で見たいの!私も、緋花ちゃんが目指そうとする在り方は正しいと思ってるから!!』
『うん!緋花は着実に成長してると思うよ!』
「嘘よ・・・!!!」
『だが、戦場に身を投じるのならば、必ず心に留めておかなければならないことがある!!それは、「必ず生きて帰って来る」ことだ!!
その意志を持たない者は、戦場へ飛び込むべきじゃあ無い。もし、その覚悟を持たない者に助けられた人間が居るのなら、それは不幸だ。何故か・・・わかるか?』
『・・・「生きて帰って来る」可能性が低いからですか?』
『そんな人間に助けられても、戦場から「生きて帰って来る」可能性は低い。最悪共倒れだ。
仮に、助けられた人間だけが生き残って助けた人間が死んでしまったとする。その助けられた側の人間は、一生モノの“傷”を負ってしまうだろう。 それは、決して許されることじゃ無い』
「何で・・・!!!」
『うん。だから・・・頑張ろうな、焔火。悪者の「ブラックウィザード」を叩き潰して、誰からも認めて貰える・・・そんな“ヒーロー”にお前は・・・なるんだ!!』
「どうして・・!!!」
『はい!!「他者を最優先に考える“ヒーロー”」。これは私の根幹。これは絶対に譲れません!!
私は、困っている人達を助ける“ヒーロー”になりたい!!そんな人達を最優先に考えたい!!そのためにも!!』
『必ず私は成長してみせる。結果を出してみせる。その後に・・・私は貴方に返事を貰いに行く。だから・・・もう少しだけ待ってて!!』
「私は・・・!!!」
『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな?』
『テメェが独り善がりのクソガキだって事実は、何一つ変わっちゃいねぇ!!』
無自覚が自覚に転じた瞬間。焔火緋花の心意の顕現。今度こそ・・・今度こそ気付かされた。“偶像”の存在に。
「・・・・・・」
少女は蹲ってしまった。今彼女の頭の中は、自分のことだけで一杯だった。今まで自分を支えて来た根幹が、跡形も無く崩れ去る音が聞こえる。
「そう、か。私が・・・今ま、で抱いていた・・・この想いは・・・・・・借物だったのか・・・!!」
幼き頃に1人の警備員に助けられ、他者を助ける彼に導かれて“ヒーロー”に憧れ、それを体現するために少女は風紀委員となった。
「これは、“緑川先生のモノ”だったのか・・・。私のモノじゃ無い・・・私は・・・私は・・・自分のことしか考えていなかった・・・!!!」
紛うこと無き独り善がり。己が目指す在り方と自身の在り方そのものが相違していた人間が、一体どうすれば目標とする結果を出せるというのか。
「私は独り善がりだ・・・。他者のため皆のためって言っておきながら、本心では自分のことだけを考えていた!!
私は他の人の想いを自分のモノにすり替えていた!!私は・・・色んな人の想いを無自覚に利用していた!!!
私が・・・この私が一番嫌っていたことを!!!それなのに・・・私は・・・私は・・・ハッ・・・ハハッ・・・」
己の矛盾に気付いた者が放つ笑い声の、何と空虚なことか。
「ハハハッ!!!ハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ!!!!!・・・・・・ギリッ・・・ギリリッッ・・・・・・ふざけるなあああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
慟哭。それは、自分に対するはち切れんばかりの憤怒。
「ふざけるな・・・ふざけ・・・ふざ・・・・・・ふざんけんじゃ無いわよおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
握り締めた手を地面へ力の限りに振り下ろす。何度も。何度も。愚かな自分を罰するように。
「・・・・・・然だ。・・・当然だ。・・・こんな私が、どうしたら結果を出せるって言うのよ。・・・こんなクソガキが、どうしたら“ヒーロー”になれるって言うのよ!!!」
自問自答・・・では無い。それは、自分に対する絶望の吐露。勘違いしてばかりの自分を罰するように、皮膚にめり込む程腕を強く握る少女。
体は震え、指針は消え、根幹は崩れ去った。そんな彼女は、もう動けない。動く気力が湧かない。少なくとも、自分の力では。
「・・・こんな姿を見たら、あの人達は何て言うかな?嘲笑うのかな?・・・だよね。こんな滑稽な“ヒーローごっこ”に興じてた私だし。固地先輩ならとんでもなく悪辣に・・・」
それは、何を思っての思考だったのか。自分に対しあらゆる指摘を叩き付けた2人の男を、少女は脳裏に思い浮かべる。
いずれも、自分を最優先に考えている人間。名は
界刺得世。そして・・・
固地債鬼。
『まぁ、いいや。俺の言ったことが気になるのなら、ずっと考え続けてみるといい。悩み続けてみるといい。俺からは、このことに関してはもう何も言わない。
おそらく、これは君が成長できる1つの糧になると思うから。だから・・・自分で答えを出してみなよ、焔火緋花。
現在進行中で苦しみ続けてそうな君になら・・・きっと辿り着けると思う。何なら、デタラメばっかり言ってる俺のお墨付きを与えてあげようか?』
『いいだろう!!本物の風紀委員になるという最良の結果を導き出すために、俺へ指導を希ったお前の決断を俺は評価する!!
だが、俺は部下にも奴隷にも落ちこぼれや“風紀委員もどき”を持つつもりは無い!!俺が指導するからには、必ずお前を本物の風紀委員にするための教育を叩き込む!!』
「(あぁ・・・そうか・・・)」
少女は、更に気付く。
「(だから・・・私は界刺さんの“ヒーロー”像にあれだけ反発していたのか・・・)」
矛盾の自覚を突き付けられていたために、界刺得世が抱く“ヒーロー”像の認識をずっと避けていたことを。
「(だから・・・固地先輩の指導が中断した時に『残念だ』って思ったのか・・・)」
“ヒーロー”を体現する『本物の風紀委員』になるために、今も固地債鬼の指導をずっと希っていることを。
「(界刺さんが他者を最優先にしたくないのも、こういう勘違いや履き違えが起こることを知ってるからか・・・。やっぱり、本物の“ヒーロー”は違うなぁ。
それと・・・固地先輩の言う通り、私は自分のことを本当に何も知らなかったんだなぁ・・・。今回はつくづく痛感した。・・・悔しいな。本当に悔しい・・・!!)」
少女は立ち上がる。両者に共通する事柄を・・・全身に宿る反骨心を原動力として。
「(私は・・・本物の“ヒーロー”にはなれない・・・のかもしれない。本物の風紀委員にはなれない・・・のかもしれない。でも・・・それは私次第。
皆の気持ちを利用して来た・・・間違いばっかりして来た・・・甘ったれて来た・・・間違い無い。だったら・・・直す。絶対に。
界刺さんの言葉も固地先輩の指導も、結局は私自身があの人達の意志をどう受け止めるかに懸かってる。あの人達は、ずっとそう言って来たじゃないの!!『私次第』だって!!)」
思い浮かべた2人に“また”怒られた気がした。『何やってんの?』、『何をやっている!?』・・・と。
『『こんな所で焔火緋花は終わってしまうと、他の誰でも無いお前自身が判断するのか?』』・・・と。
「(あの人達は、きっと歩むことを止めなかった人達。あの2人にできて・・・私にできない?そんなこと・・・わからない!!!やってみなきゃわからない!!!
もう一度・・・作るんだ。借物じゃ無い・・・いや・・・借物を単なる借物で終わらせないために・・・緑川先生の想いを借りていたことを無駄にしないために!!
私の・・・私だけの根幹を築くんだ!!他者を最優先に考えられる程の信念を生み出すんだ!!)」
『“為せば成る”。俺は、この諺が大好きだ。結局、諦めたらそこでシメーなんだよな。だから、俺は諦めない』
「(拳・・・。そうだよ。諦めたら終わりなんだ!!諦めなければ、変わることができるかもしれないんだ!!
目を逸らすんじゃ無い。耳を塞ぐんじゃ無い。逃げるんじゃ無い。受け入れるフリをするんじゃ無い。
見ろ!!聞け!!感じろ!!進め!!踏み出せ!!・・・立つんだ、焔火緋花!!!)」
少女は心を立ち上げる。真の意味で、そして自分の足で――へ繋がる一歩を踏み出すために。
「・・・さて、自問自答は終わったのかな?」
「!!?」
「長い問答でしたねぇ。聞き耳立ててたら、急に叫び出すモンだから思わず驚いちゃいましたよ」
その直後に物陰から姿を現したのは、『ブラックウィザード』の永観と智暁。2人は蜘蛛井の連絡を受けて、焔火のすぐ近くで様子を観察していたのだ。
「あなた達・・・!!」
「まぁ、そう熱くならないでくれたまえ。僕達だって、君の一撃でダメージを負っているんだ。おあいこだよ」
「それに・・・フフッ、あなたのお姉さんはもうここには居ないし」
「なっ!!?」
智暁から告げられるは、朱花が連行されてしまった現実。焔火が項垂れていたあの時間が、朱花を連行されてしまう決定的な隙を作り出してしまったのだ。
「そりゃ、あんだけ蹲っていたら連行されるに決まってるじゃん!!敵地なのにさぁ。バカですねぇ。まっ、あなたが自問自答してなくても結果は変わらなかっただろうけど」
「ぐっ・・・!!」
「そう落ち込むことは無い。君も、僕達と共に来るのだから」
「誰が!!・・・あなた達を捕えて、お姉ちゃんが連行された場所を吐き出させる!!私は・・・お姉ちゃん達を助ける!!覚悟しなさい!!」
永観達の言葉に、焔火は覚悟を決める。これは自分の失態。繰り返してしまった醜態。でも、今はそれに囚われている場合じゃ無い。
今は本物の風紀委員になれなくてもいい。今は本物の“ヒーロー”になれなくてもいい。
でも、せめて焔火朱花達は助ける。焔火緋花の命を懸けて。そして・・・共に生きて帰る。絶対に。
「焔火!!」
そんな、今まさに戦闘を仕掛けようとした焔火の後方から聞き慣れた声がした。
「(この声・・・!!)」
それは、先輩の声。こんな自分を『“ヒーロー”になれる』と言ってくれた優しい先輩。
「網枷先輩!!!」
思わず振り返る。故に気付かなかった。目の前に居た永観と智暁の口元が笑っていたことに。
ドゴッ!!!
「ガッ・・・ハッ・・・!!!」
鳩尾に一撃。
ドゴッ!!!
「グッ!!!」
続けて延髄に一撃。格闘術を磨いていないとされる人間からは想像も付かない程のスピーディー且つ重い二撃に、油断していた焔火はまともに喰らい、その意識を薄めて行く。
「あ、網・・・枷、先・・・輩。ど・・・うし・・・て・・・?」
予想だにしなかった先輩の蛮行に疑問を呈しながら、焔火緋花は気を失った。
「さすがは“辣腕士”。仮にとは言え、仲間と呼ばれる人間に対して全く容赦しない攻撃を急所に見舞うとは。恐れ入る」
「褒め言葉として受け取っておこう。それより、早急にここを立ち去るぞ。伊利乃から、成瀬台の強襲に失敗したという連絡があった」
「失敗!?ど、どういうことですか!?」
「詳しいことはわからないが、どうやら『
シンボル』のメンバーが風紀委員達の助太刀に入ったそうだ。
警備員を含めた連中の大半は重傷ないしそれに近い傷を負っているようだが、少なくとも風紀委員に死者は出ていないらしい」
「網枷・・・」
「しばらくは連中も身動きは取れないだろう。後方支援組が傷付き、データ関連も使い物にならない。風紀委員である焔火もいざという時は人質として利用できる。
蜘蛛井が対処しているイレギュラー共の死も大きな影響を与える筈だ。“決行”作戦においては、今さっき風間達が運んだ人数で全て回収できた。
つまり、当初の目的は概ね達成できた。これで、奴等の目を“決行”から逸らすことができる。東雲さんにも報告済みだ」
「・・・そうか。まぁ、僕の失態が発端だからな。今回は何も言うまい」
「済まない」
「網枷さん!!この緋花って娘、私が調教してもいいですか!?
調合屋さんが、私好みの新しい薬を開発したみたいなんです!!きっと、調合屋さんも喜ぶと思いますよ!?」
「別に構わない。動きを封じるために、元々薬漬けにするつもりだったからな。調合屋にも、実験体の1つくらいは提供してやっても問題無い。その辺りは、君に任せよう」
「(ほぅ。僕や蜘蛛井じゃ無く、“辣腕士”として立案する作戦通りに動かないことが多いのが原因で嫌っている智暁に・・・ねぇ。
調合屋はあくまで部外者だし、鏡子の処遇も合わせて考えるに・・・これは・・・)」
「やったっー!!!フフッ、私に電撃を浴びせた罪は重いですよ~。キッチリ罰を与えて、二度と逆らえないように調教してあげますよ~。あっ、そうだ。
もう風紀委員じゃ無くて私の奴隷になるんだから、腕章なんか必要無いですねぇ。特別サービスで燃やしてあげます!うわっー、ボロボロ。普段からどれだけ無茶やってるんだろ?」
“決行”は概ね完了した。後は、ここに存在するイレギュラー組の始末のみ。それについては、蜘蛛井に全て任せてある。
智暁が、焔火の腕に装着されている腕章を取り上げ、『熱素流動』を用いて消し炭にする。その後、気を失い拘束された彼女を合流した阿晴(鏡子も一緒)が担ぎ、車両に乗せる。
万が一本拠地に着く前に目覚めた場合を想定して、焔火の耳にある音波を流すよう設定されているイヤフォンをセットする。“手駒達”も一部を除いて集合済。
そうして、網枷達は倉庫街を後にする。時刻は・・・午後8時32分。
「何つーかよおおおおおおぉぉぉっっ!!!!!こんなの、俺の性分じゃ無ぇと思うんだがああああぁぁぁっっ!!!!」
「カカカ。まぁ、今回は我慢しろよ。俺だって、風紀委員会に所属している箱入りお嬢様をこの手でぶっ潰してやりたい気持ちを抑えてるんだしよぉ。
それとも何か?好き勝手やって、第17学区の本拠地で待ってる東雲さんの怒りを買いたいのかよ!?」
「そ、そりゃ勘弁だああああぁぁぁっっ!!!」
「・・・・・・」
朱花達を大型トラックに乗せて第15学区を走るのは、風間・西島・戸隠の3名。彼等は、今回回収した人間の運搬を担っていた。
運転するのは西島で、風間は肉体労働、周囲の監視は戸隠が担当していた。
「・・・・・・ピクッ!」
「おっ!?どうした、戸隠!!何か怪しい連中でも見付けたか?」
「『迷わず』。西島。次の信号で停車した後に、風間と運転を交代しろ。『加速弾丸』の出番だ」
「おぅおぅ!!俺の出番は無ぇってのかあああぁぁっ!!?ちきしょー!!!」
風間の大声に戸隠は取り合わない。その視線は、手に持つ携帯電話の画面へと向けられていた。そこに映るのは・・・
「後方の荷台に、“手駒達”4名と学生8名が載せられている。十中八九、拉致されていると見て間違い無い。どうする、固地?」
「本来であれば、すぐに救出するべきだ。だが、峠の『暗室移動』はこの繁華街を彩る明るさで精密な空間移動ができないリスクがある。
もし、空間移動の計算を見誤れば一般人に重傷を負わす可能性は否定できない。連中が何処へ向かっているのかも突き止めたいしな。今は様子見だ。どうだ、雅艶」
「そうだな。それが賢明だ。疲労は大丈夫か、峠?」
「少し頭が痛い的だけど、まだ大丈夫よ」
戸隠達が乗るトラックを追うのは、固地・雅艶・麻鬼・峠の4名。彼等が、何故ここ第15学区に居るかと言うとそれは178支部が作った捜査コースが起因である。
支部の単独行動は、全て椎倉か橙山に事前に報告されることとなっている。そして、固地は椎倉から全支部の活動範囲を聞き及んでいた。
特に、178支部の活動範囲―真面達に指示して作らせたコース―は、固地自身が各学区で犯罪の温床となり易い部分を重点的にピックアップしたモノだった。
当然、固地達もこれを基に活動しており、しかも彼は浮草達178支部が回り切れない部分を優先的に洗っていた。
効率を考えた上での判断。つまりは、固地も活動を開始した今日は第15学区を回っていたのだ。
そんな折に第15学区で発生した連続爆発。それ等は、全て『ジャッカル』というカラオケ店で起きていたモノだった。
カラオケ店という密閉空間、薬物販売が表に出ない現状、そして連続爆発。この流れに何か作為的なモノを感じ取った固地は、
『ブラックウィザード』の仕業である可能性も(希望的観測ながら)視野に入れる。各店舗に警備員が駆け付けたことを確認した固地は新たな行動を起こす。
すなわち、雅艶を通して峠に『暗室移動』の連続行使を依頼、『多角透視』を併用しながら第15学区全体を絶え間無く空間移動していた末に戸隠達を発見したのだ。
「どうやら、一般人に手を出していたのは本当のようだったな、雅艶?」
「あぁ。だが、麻鬼。俺が気に掛かるのは、先の連続爆発との因果関係だ。わざわざ、あの程度の人数を拉致するためだけに『ブラックウィザード』があんな真似をするとは思えないが」
「逆に、あんなことを拉致する時に何時もしてたらすぐにバレるし。耳目をあの爆発に集中させなければならない的な事情があったのかしら?」
「・・・・・・」
各々が意見を言い合い、目の前にある現状に対する分析を行って行く。その最中に、戸隠達が乗ったトラックが赤信号で止まった。すると・・・
「むっ!?止まれ、峠!!」
「!!」
今まで運転していた西島が、ピアスだらけの男と運転を代わろうとしている。その行動に不審を抱いた雅艶が、峠に空間移動を中断させる。
一方、峠は雅艶の指示を受け入れ近くの建物の屋上で止まった。
「どうした、雅艶?」
「西島と同席の男が運転を交代した。これは・・・ちょっと待て!!」
西島の能力を知っている雅艶(もちろん、他の面々も知っている)は、『多角透視』を全て周囲への走査に走らせる。信号が青になるまでもうそんなに時間は無い。
そして・・・『多角透視』の1つがそれを捉えた。
「あれは・・・紙飛行機!!?」
それは、厚紙でできた紙飛行機・・・に見せ掛けた超小型の無人偵察機MAVである。小指の爪程のモーターを複数取り付け、フラップやラダー等も合わせている。
機体の下面にはカメラと送受信機がくっ付いている紙飛行機が、雅艶達を上空から観察していたのだ。
これは、網枷に固地の尾行を中止させられた戸隠が忍者としての矜持に賭けて用意した代物である・・・と言えば聞こえはいいが、
材料的にはそこらのディスカウントショップの品で作れるお手軽品だ。
「あの紙飛行機の機体下部にカメラが取り付けられている!!・・・こちらの尾行がバレている!!」
「何!?」
尾行がバレていることに少なからず気を揺らす雅艶達。『多角透視』をMAV探索に全て割り振ったことも大きいだろう。
彼等は気付いていない。西島が、戸隠が指示したポイント―固地達が居る場所―にコンクリでできたブロックを順に2つ『加速弾丸』で放ったことに。
「うおっ!!?」
『加速弾丸』で飛ばしたブロックの内、1つ目は固地達が立つ付近へ直撃させた。『加速弾丸』で放てる射程範囲は最大122m。
直撃による衝撃と粉塵が固地達を襲う中、数瞬遅れて2つ目が建物の屋上に備え付けられている高置水槽に衝突する。
ブシャー!!!
中破した水槽から、勢い良く水が漏れ出す。近くに居た固置達を巻き込んで。固地は咄嗟に『水昇蒸降』を用いて水を水蒸気へと変える。
自身の手の平から5cmまでにある水を水蒸気に変えるこの能力にある5cmとは、手の甲側にはみ出さない限り垂直・水平に範囲が作用する。
故に、データを一見しただけでは範囲が極狭いと思われることが多いのだが、実際は想像以上に範囲は広い。だが、水槽から噴出した水はその範囲を越えた先に居た峠に覆い被さった。
「キャッ!!?」
その勢いに流され、峠は屋上から落下してしまう。西島が放った一撃目で、転落防止用の柵の一部が吹っ飛んだために。
水の直撃を受けた峠は、同時に目をやられていた。失明などの心配は一切無い程度だが、複雑な演算が要求される空間移動において、しかも疲労も溜まっていた峠にとってそれは致命的であった。
「くそっ!!」
「ちぃっ!!」
「フン!!」
行動は迅速であった。反射的と言ってもいいかもしれない。まずは、固地が水蒸気にした水を元の水に変え、ロープ状にした後に峠の胴体に巻き付けるために突っ込む。
自分達を襲った水の流れさえも利用した速攻の判断を『多角透視』で認識した雅艶が続いて突っ込み、白杖を固地へ差し出す。固地は空いた片手で白杖を掴み、操作する水を巻いて補強する。
最後は麻鬼。彼は雅艶の手を掴み、同時に身に付けていた手袋から『閃光小針』の爪を展開・建物の壁を破壊し、破壊跡を確と掴みながら人間3人分もの重さを片手で支える。
「峠!!大丈夫か!?」
「え、ええぇ・・・」
「この状態は長くは持たない。どこでもいいから、空間移動を!!」
「でも、この明るさだとリスクが・・・!!」
「このままだと、皆揃って落ちて大怪我だ!!いいからやれ!!」
「わ、わかった!!」
雅艶の命令を受けて、峠は『暗室移動』を行使する。その間に、戸隠達は速度を上げて走り去って行った。
「ゲホッ!!・・・まさか、走ってるダンプカーの土砂の中に空間移動するとはな。危うく窒息しかけた」
「ゴホッ!!・・・だから、言ったじゃ無い!リスクがあるって!!」
「ボホッ!!・・・おまけに積載量の関係で中々抜け出せないわ、もう一度空間移動するにしても周囲が土砂だらけで座標計算ができないわ・・・散々だったな」
「ガハッ!!・・・まぁ、ダンプカーそのものに空間移動しなかったのは不幸中の幸いだ。下手をすれば、命に関わることになっていたかもしれん」
砂塗れになって愚痴を零しているのは、先程『暗室移動』にて窮地から脱出した筈の雅艶・峠・固地・麻鬼である。
彼等が何故砂塗れになっているのかは、上記の会話で大体予想できるだろう。時刻は午後8時50分を過ぎたばかりだ。
「結局『多角透視』も間に合わなかったし、私達の尾行もバレちゃったし、どうするの?」
「それについては、奴等が進んでいた道の方角で予想は立てられる。少なくとも、『多角透視』で調べた範囲ではこの学区には連中のアジトは無いようだしな」
峠の疑問に、固地は雅艶への依頼時点で尾行を前提にした捜査(空間移動含む)を想定していたために電源を切っていた携帯電話を用いて学園都市の地図を画面に表示する。
「連中の進行方向からして、第15学区から第9学区方面へ向かっていたのは間違い無い。雅艶。連中の動きだが、慌てたモノじゃなかったか?」
「慌てていたな。観察した限りでは、戸隠の指示を受けて急に動いた感じだった」
「なら、これは想定外のことだった筈だ。尾行対策に、わざと道草をしていたわけじゃ無い。
経路的に、第2学区・第7学区・第13学区とそれ以降の学区は基本選択肢から排除していいだろう。
逆に、第8学区・第9学区・第16学区・第17学区・第20学区・第21学区辺りが怪しいな。
もし、俺達の尾行発覚から衛星による監視を恐れて何処かで車両を乗り換えるにせよ、それは前もってのことじゃ無い。
まだ、連中を追えるチャンスはある!!警備員の衛星監視を活用しよう。同時に検問もな。雅艶!お前は・・・」
「言われずとも、もう描き始めている。安心しろ!服の色さえも一寸の狂いも無く表現してみせる!!」
「早っ!ってか、急いでいるんだから鉛筆でいいじゃん!!」
雅艶は、常備しているメモ帳に早速荷台に載せられていた人物の模写に取り掛かり、峠は無駄に凝る彼の趣味へツッコミを入れる。
一方、固地は成瀬台の椎倉に直接繋がる回線にコールする。だが・・・
「・・・繋がらない。おかしい・・・」
一向に繋がらない。故に、椎倉の携帯電話にも掛けてみる。しかし、こちらも繋がらない。そこで、警備員で風紀委員会の顧問を務める橙山へ電話を掛ける。そして・・・
「固地っしょ!!?」
「あぁ、その固地ですけど。至急橙山先生にお願いしたいことが・・・」
「そんなことより!!!あぁ、もう!!混乱してたから、固地に連絡するのをすっかり忘却してたっしょ!!!」
「??どうかされましたか?」
固地は、橙山から成瀬台で起きた惨状を説明される。そして、176支部の焔火緋花が
網枷双真の罠に嵌った可能性が大であることも。
また、唯一成瀬台に到着していない178支部の浮草からの連絡で、その近隣に居たであろう真面と殻衣と現時点で連絡が取れなくなっていることも彼女から聞かされた。
ほぼ同時に、雅艶が描き上げた少女・・・焔火朱花の姿を見て固地は即座に行動を開始する。
依頼自体は伝えたが、それは自分達が追う前提である。橙山の話だと、各地で発生している連続爆発事件に多くの警備員が借り出されているため、
迅速な検問態勢を敷くには時間が掛かるそうだ。監視カメラの活用にも、多少の手続きが必要となる。
車両を乗り換えられていたら、捕捉の可能性は更に低くなる。検問も、“手駒達”に対してどこまで有効か・・・。
一方、焔火が誘い込まれた場所は鳥羽の証言で明らかになっている。雅艶に確認した所、先程のトラックに焔火は載っていなかった。
つまりは、まだ彼女が抵抗している可能性が低くなかった。ならば、彼女の救助に向かうことで付近に居るであろう『ブラックウィザード』の構成員と接触する可能性は高い。
これは、可能性の問題であり確率の問題であった。固地債鬼は、可能性が高い方法を選ぶ。それが自身の知り合いを一時的に見捨てることになろうとも、彼は決断する。
すなわち、峠の『暗室移動』で焔火達が居るであろう現場へ急行することを決断する。橙山にも、具体的な内容は伏せて伝達した。
「場所はここだ!!峠!!頼む!!!」
「了解!!」
逸る気持ちを抑えて、しかし冷静・冷徹に物事を量る“風紀委員の『悪鬼』”。賛否はさておき、これができるからこそ彼は有事の際に己が研磨した力を存分に発揮できるのである。
時刻は少しだけ戻って、午後8時45分を回った頃。網枷達が離脱したこの時間帯でも、ある倉庫内では戦闘が続いていた。中々に激しい戦闘のためか窓ガラスは割れ、壁の一部が崩れていた。
責めるは片鞠が指示する“手駒達”。迎え撃つは178支部の真面。人数的には真面が不利なものの、“手駒達”のレベルが低いためか何とか応戦できている。
一方、殻衣は江刺の『優先変更』にて『土砂人狼』の戦闘モードを未だ封じられている。
「(ど、どうしてだ!?)」
そんな中、攻めている側の片鞠の心中にある疑問が湧く。それは、“手駒達”に対する疑問。
「(た、確かこの“手駒達”は皆レベル3以上の能力者の筈。最初の頃は、ここに誘き寄せるために力をセーブしていたからまだわかるけど、何で今になっても力が抑えられているんだ?)」
片鞠は、蜘蛛井から“手駒達”のレベルを聞かされていた。それが正しいのなら、何故敵を倒せない?相手は、実質レベル3が1人だけなのに。
苛立ちを隠せない片鞠は、無線で幹部である“手駒達”の統率者に問いを発する。
「蜘蛛井さん!“手駒達”の調子が悪いみたいなんです!!どうしてだかわかりますか!?」
指揮権は自分に譲っているものの、“手駒達”の状態については蜘蛛井の方が自分よりわかっている筈だ。そう考え、アドバイスを貰おうとする部下に・・・
<それは、簡単だよ?だって、そこに居る“手駒達”って殆どがレベル1~2だもん>
幹部から冷酷な事実が告げられる。
「へっ・・・?」
「えっ・・・?」
<最初に風紀委員に攻撃した“手駒達”は、レベル3の発火系能力者だったけどね。まぁ、新規が入るからさ。在庫処分って感じ?>
片鞠と江刺が呆気に取られる中、残酷なガキはこの作戦に秘められた『ブラックウィザード』内の“自浄作用”・・・『不要物及び異物の処理』について説明する。
その間は、蜘蛛井が指示を出して“手駒達”を真面と戦わせる。
<まずさ、片鞠はもう不要なの!今回の作戦で、『ジャッカル』を全店破壊したからね。集会で使ってた『ジャッカル』が無くなったら、片鞠はもういらないし。
そして、『ジャッカル』に務めていた経歴から片鞠の存在をつき止められると厄介なんだよねぇ。だから、ここでお役御免ってこと。
片鞠達には、連行場所である本拠地は今現在でも教えていないでしょ?不自然だと思わなかったの?クククッ>
「そ、そんな・・・!!!」
<次に江刺。お前は・・・『紫狼』の一員だね?>
「!!!」
「江刺が・・・『紫狼』の・・・!!?」
『異物』。それすなわち、敵対している『紫狼』の一員である江刺桂馬。
<西島から、お前が妙な動きをしているって報告があったからさ。網枷が伊利乃を使って調べさせたんだ。今日お前が落としたってされている携帯電話からね>
「あ、あれにはロックが!!そ、それに伊利乃さんは、『中は見ていないよ』って!!」
<そんなの、ボクか中円の手に掛かれば解除することなんて朝飯前だよ。実際には、伊利乃が中円に頼んだみたいだけど。
それにさ・・・伊利乃がそんな甘っちょろい女なわけ無いじゃん。“魔女”だよ、あいつは。フッ、ようはあいつがお前のポケットからスッったんだよ。
まぁ、実際に電話を掛けてみたけどもう使われていないってさ。メールアドレスも同様に。向こうさんのボスにもバレてるみたいじゃない?滑稽だね>
「・・・!!!」
全てバレている。そして、それ故に東雲は“自浄作用”の命令を下したのだ。『ブラックウィザード』は、東雲そのものと言っていい。
つまり、『ブラックウィザード』は東雲の体であり、体の中に存在する『不要物』や『異物』は“自浄作用”によって排除しなければならない。
彼が“孤独を往く皇帝”と“裏”の住人に呼ばれているのは、その容赦無い断罪から来ているが、東雲自身は別の意味でこの二つ名を気に入っている。
彼にも親友と呼べる人間は複数居る。本当は、彼は孤独では無いのだ。だが、その親友は『ブラックウィザード』の中に存在する。
ようは、親友さえ東雲の『力』の一部なのだ。害を及ぼす仲間を断罪することは、あくまで“自浄作用”でしか無い。故に・・・孤独(ひとり)。故に・・・“孤皇”。
この思考には、心理を読むことに長けるあの“『シンボル』の詐欺師”ですら気付いていない。
「ハッ!!わ、私・・・何で焔火さんの居場所のことばっかり・・・」
「殻衣ちゃん!?元に戻ったんだね!?」
自分の正体がバレたことによる衝撃で、殻衣に掛かっていた『優先変更』が解除された。だが、江刺にとってはそんなことに気を取られている場合では無い。
<本当なら洗いざらい『紫狼』について吐かせてやる予定だったんだけど、本当はそんなことどうでもいいんだよね。
お前・・・ボクの“手駒達”に随分酷いことをしてくれたじゃないか?あぁん?さっさと死ねよ、ゴミが>
隠し切れない、否、隠そうともしない殺意が蜘蛛井の声に現れる。そう、彼はキレているのだ。
本来、蜘蛛井は網枷から『江刺に「紫狼」について吐かせるだけ吐かせろ』と指示されていた。今後の『ブラックウィザード』のためにも。
だが、元来蜘蛛井は『ブラックウィザード』に忠誠を誓っているわけでは無い。全ては、かつて自分を屈辱に染め上げた『守護神』への復讐のため。
『ブラックウィザード』に入ったのも、その手段でしか無い。だが、その手段で培って来た“手駒達”という人形達を粉々に打ち砕いたあの殺人鬼に対しては、
『守護神』に対するモノと同レベルの敵意・殺意を抱いていた。お気に入りのオモチャをぶち壊されたガキの癇癪である。
そのために、最初から蜘蛛井は江刺に情報を吐かせるつもりなど無かった。何故なら、情報を吐かせる間は江刺を殺せないからだ。
精神感応系能力者である彼なら、精神系能力に抵抗する力を持っている可能性もある。そうなれば間違い無く長引く。そんなことを認められるわけが無い。
唯許せなかった。殺してやりたかった。跡形も無く、骨の一片すら残さないように。だから、この倉庫に誘導した。『不要物』である片鞠と一緒に処分するために。
<この倉庫には、『ジャッカル』に仕掛けられたモノとは違う多層同期爆弾が仕掛けられている。身元特定に時間が掛かるDNA鑑定作業も困難を極めるくらいの滅茶苦茶な爆発だよ?
ここは、“手駒達”の保管場所でもあったしね。証拠は隠滅しないと。他の倉庫も同時に爆発する仕組みだし。あぁ~、もう爆発まで30秒切った切った。ハハッ>
「「!!!??」」
多層同期爆弾。高性能爆薬を規則的に並べる+指向性を整えることで、周囲の建物に爆発の余波が行かないようにする爆弾である。
逆に言えば、対象物の完全なる殲滅に絶大な効果を挙げることもあり証拠隠滅も兼ねた犯罪に向いている。
とは言え、今回の場合は倉庫街一帯に仕掛けているので起爆した瞬間にこの辺りは全て爆炎と爆圧に包まれる仕組みだ。
<もう通信は切るけど、一応周囲にある監視カメラとかに備え付けられている小型爆弾とも同期してるんだ。これで、風紀委員達は完全にボク達を追って来られないね。
それじゃあね、ゴミクズ。そこに居る廃棄処分組と風紀委員と、仲良く地獄に堕ちてきな>
「ま、待って下さい!!」
「い、命だけは!!」
片鞠と江刺の訴えが届く筈も無く、蜘蛛井は通信を遮断した。同時に、最後の命令が“手駒達”に下された。それは、真面、殻衣、片鞠、江刺の動きを封じること。
「い、嫌だ!!死にたく無い!!」
「お、俺は唯『ブラックウィザード』があの人達と衝突しないように・・・俺は・・・!!!」
「な、何がどうなってるんだ!!?くそっ!!?」
「ど、どいて!!!」
片鞠と江刺は数人の“手駒達”に動きを封じられ、真面と殻衣も火の玉や電撃で牽制され身動きが取れない。そして・・・無情にもタイムリミットが来た。
ドゴーン!!!!!
その時、固地は爆炎に包まれた倉庫街の前に立っていた。同行していた救済委員には、待機するよう指示していた。
天さえも焦がす勢いで吹き上がる爆炎と黒煙。あの中に居た者は、まず生きてはいまい。そう実感させられる光景・・・の片隅にその男は居た。
「・・・・・・」
煙草を咥えた陰気な男。漆黒のコートに包まれた長髪の“怪物”のすぐ横・・・糸に巻かれた状態で伏しているのは片鞠・・・だったモノ。
彼は、脳天に銃弾を受けて死亡していた。そのすぐ横にも、同じく糸でグルグル巻きにされたモノがあった。2つ共に、固地の目からは中身を窺い知ることはできない。
そして・・・傭兵
ウェイン・メディスンの眼下に居るのは178支部メンバーである真面と殻衣。2人は血を流しながら共に気絶している。
「・・・アンタが『紫狼』が雇った噂の殺人鬼か?どうしてここに居る?」
固地は、ウェインから放たれる尋常では無い殺気に緊張しながらも物怖じせず質問する。
「・・・何、俺の“気”に障っただけだ。それに・・・俺は“『紫狼』に雇われていない”し、“あの組織のことなど知ったことでは無い”」
「そこに寝ている2人は・・・・アンタが助けたのか?」
「偶々俺が投じた網に引っ掛かっただけだ」
固地の質問に、常のように視線を地面に彷徨わせているウェインは回答とは言えない回答で答えた。
数日前の邂逅で風紀委員へ『暴力』を撒き散らした殺人鬼の手によって今度は真面と殻衣の命が救われた。
皮肉にも程がある巡り会わせ。だが、傭兵の方はさして気にしていない。それよりも・・・
「貴様も風紀委員か?」
「そうだ」
「ククッ。そうか・・・ならば1つ取引しないか?俺は、仕事に無関係な人間は基本的に殺したく無いし、この坊主頭の風紀委員は以前の邂逅の際に自重していたからな。
この場で殺すのは些か偲びないと思っていた所だ。無論、意識を覚醒した後に俺へ抵抗する可能性は低くなかった。その時は、2人共に始末してやるつもりだったがな」
殺し屋から持ち掛けられる取引。おそらく、一歩でも踏み外せば真面と殻衣の命は無い。極限の緊張状態を保ち続ける固地は、ようやく視線を上げた殺し屋の話を聞く。
「取引・・・?」
「そうだ。俺の言葉をしっかり聞くことを薦めよう。・・・俺“達”と貴様“等”は、今日ここで会っていない。どうだ?」
「(雅艶達の存在がバレている・・・!!!糸を使っての感知方法か?)」
「そうすれば、この2人はこのまま返してやろう。言っておくが、貴様がNoと言った時点で交渉決裂と見做す。そうなれば、貴様等4人とこの2人はすぐに死ぬこととなるだろう」
「・・・随分強気だな?」
「貴様等の中に空間移動系能力者が居るだろう?先程目にした限りでは、パーカーを被った女がそれだな。
仮に、貴様等を含めたここに居る俺以外の人間全てを空間移動するとしても『今』なら能力行使前に女を殺せる。俺の目と“領域”に入った必然(ぐうぜん)を恨むんだな」
「・・・!!!」
「これも追加だな。今からその女について調べようとした時点で敵対行為と見做す。その手の能力者が居ないとも限らん。つまりは・・・動くな・・・!!!」
「「「「!!!」」」」
この場一体に、更に強大な殺気が溢れかえる。ウェインは、内ポケットから銃を引き抜きその銃口を真面へと向ける。
「さぁ、どうする?数日前に会った風紀委員達は、無謀にも弱者が強者へ楯突くという愚かな選択をしたが・・・貴様はどうだ?
闇雲に正義を振りかざし、『全滅』という結果を齎した後に俺という強者の前に肉塊となってひれ伏すか?
それとも、弱者であることを受け入れた後に『生き残る』という結果と共に俺に跪くか?」
“世界に選ばれし強大なる存在者”は、“風紀委員の『悪鬼』”に答えを迫る。YesかNoか。
そして・・・固地債鬼は躊躇無く答える。この場での最優先にするべき事柄。『「ブラックウィザード」討伐のために必ず生き残る』ことを最優先に考えた選択を。
その判断が客観的に見て正しいのか、あるいは間違っているのか等関係無い。時と場合に応じて優先順位は変化する。
そして、それに殉じた選択を唯“選ぶ”。その判断に・・・後悔は微塵も無い。
「・・・わかった。取引に応じよう。俺達とアンタ等は今日会っていない。それでいいな?」
「あぁ。ククッ。強弱を自覚している人間は、俺は嫌いじゃ無い。面倒が無くていいしな。もし、この取引を貴様等が破れば即座に殺しに行く。よくよく覚えておけ。
貴様の賢明な選択とこの坊主頭の自重振りに免じて、数日前に受けたストレスの借りはまた別の機会に返すとしよう。では、さらばだ」
そう言い残し、ウェインは死体を含めた複数の糸袋を抱えながら『闇』の世界へと消えて行った。直後、『暗室移動』で固地の近くに雅艶達が出現した。
雅艶と麻鬼も極度に緊張していたのか汗を幾つも流し、峠に至ってはウェインの殺気を浴びて今尚震えていた。
「雅艶・・・どう思う?」
「本気の『多角透視』で集中していたからわかったことだが、この一帯に極小の蜘蛛糸が無数に漂っていた。おそらく、その糸が感知の役目を持っているな」
「私を殺せるっていうのは・・・?」
「集中して見た所、峠のパーカーに触れていたある蜘蛛糸にあの殺し屋に繋がる糸が複数あった。たぶん、そのことを言っているんだろう」
「嘘!?そんなのが・・・!!」
「下手を打てば、即座に殺されていたかもな。噂通りとんでも無い“怪物”だ。にしても・・・先程の言葉から現在あの男を雇っているのが『紫狼』では無い可能性も高くなって来た。
そもそも、『紫狼』は解散しているようだからな。・・・厄介極まりない」
固地達は、戦闘をしていないのにも関わらず殺人鬼の凄まじさを実感する。あの陰気な男の言う通り、全滅する危険性が確かにあったと言っていい。
「とりあえず、雅艶達は撤退してくれ。ここは俺が何とかする。風紀委員や警備員が、もうすぐここに来るしな」
「・・・まだ、『ブラックウィザード』の本拠地は突き止められていないからな。救済委員として、できる限りのことはしよう。
後、殺し屋が担いでいた糸袋の中身は『多角透視』で判明しているが、さっきの取引で今後の調査には使えなくなったな。
『俺“達”』と言うからには、中身も含まれていると解釈していいだろう。何かあれば、真っ先にあの殺し屋が狙ってくるのは俺達だ。
それが理由不明であってもだ。素性に関しては詮索を止めておく。固地・・・今回はお前にも伝えない」
「私もこのまま引き下がったんじゃあ納得的なことができないし、もうしばらくは協力するわ!」
「“後輩”は俺の同期の手に堕ちたか・・・!!!全く・・・手間の掛かる奴等だ」
不条理極まる世界に翻弄される少年少女達。だが、まだ終わったわけでは無い。否、まだ始まってもいない。そう・・・ここまでは
プロローグ。そして・・・ここからが“幕開け”!!!
continue!!
最終更新:2013年04月05日 18:42