「俺達は『
ブラックウィザード』討伐を最優先にする。新“手駒達”に関しては、159支部・176支部及び南部・西部の駆動鎧部隊が対処することになった。
比例的に、俺達に課せられるモノは重くなった。北部から侵攻している成瀬台支部及び『協力者』合同チームとも合流して当たることも有り得る。各自気を引き締めろ!!」
「「「「了解!!!」」」」
『土砂人狼』にて北東部から中心部へ移動している178支部。その前線指揮を任されている固地の言葉に、焔火・真面。殻衣・秋雪が了承の意を示す。
先程の宣言―新“手駒達”―で混乱し掛けたが、素早く固地が椎倉達と意思疎通を図り、指示を受け取ったことで収束した。
「寒村達に協力している連中って、『太陽の園』の『協力者』のことよね、進次?」
「そうです、秋雪先輩。『太陽の園』での結果を見るに、相当腕が立つんでしょうね。あのカエル軍団は」
「一般人の協力を正式に仰ぐ決断。・・・。覚悟の上・・・か。・・・。朱花さんが例の一団に含まれているかいないかは天のみぞ知る・・・ね」
秋雪・真面・殻衣が、成瀬台支部と共に行動している『協力者』について議論を交わす。
特に、真面は『マルンウォール』で“ヒーロー戦隊”と会っているので彼等が示した結果に結構驚いている。
他方、殻衣は一般人の協力を正式に仰いだ椎倉達の決断に風紀委員としての責務を重く認識すると同時に、焔火の姉である朱花の位置予想に思考を巡らせる。
「(界刺さん・・・)」
そんな中、焔火は戦場に舞い降りた“英雄”のことを考えていた。朱花への想い―心配―は、殻衣のように今は天に預けている。現時点でどうこう言おうがどうにもならない故に。
固地から説明は受けた。事情は理解した。網枷の宣言後は、その事情が顕現する可能性大であると自分でも判断している。椎倉達の苦渋の決断を否定する気は毛頭無い。
風紀委員として、一個人としても絶対に譲れない一線だ。『わかっている』。それでも・・・それでもやり切れないモヤモヤが胸を締め付ける。
「(“それ”がわかっていながら・・・あなたは来たんですか?何て・・・何て覚悟・・・!!!)」
界刺は『わかっている』。『わかって』ここへ来た。今の焔火はそう考えている。買い被りかもしれないが、そうとしか今の焔火には思えない。
自分が目指すモノとは違う“ヒーロー”。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』が抱く覚悟の重さに少女は敬意を表する。心の底から。
「(私は『ブラックウィザード』に囚われた人々を助けたい。だから、こうして『ブラックウィザード』の上層部を叩くために動いている。
そこに、新“手駒達”が居る可能性が高いから。でも・・・その新“手駒達”の大半がその上層部に切り捨てられた。死地へ送り込まれた。
本当なら・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』なら真っ先に駆け付けないといけないんだけど・・・今からじゃ間に合わない)」
“ヒーロー”は、何でもかんでも人々を救える神様の如き存在では無い。1人の人間でしか無い以上限界はある。但し・・・“1人なら”。
「(でも・・・皆が居る。私1人じゃ無理なことも、仲間が居れば無理を無理で無くせる。今の私にできることは、皆を信じること。そして、私に課せられた任務を遂行すること)」
結果欲しさに逸らない。できることとできないことを正確に区別し、そこに激情を持ち込まず、自分はできることを行い、自分にできないことは他者に任せる。
“ヒーロー”も“一般人”も同じだ。万能な存在では無い以上、それを補う方法を明確に意識しておかなければならない。それでこそ、より良い結果を生み出せる。
「(あの人はキッチリそれを遂行したから、成瀬台が襲撃された時も『太陽の園』での奪還作戦の時も結果を生み出せた。そんな人が・・・排除されるのかもしれないのか。
しかも、“それ”を『わかっていながら』ここに来た以上・・・自分を最優先にする以上、界刺さんは絶対に反撃する!!
私があの人の立場なら・・・きっと抵抗の1つや2つはする。さすがに殺したりはしないけど。・・・殺すなんて嘘ですよね、界刺さん?何時ものペテンですよね?
ハァ・・・今もあの人は命を懸けてあの殺人鬼を『抑えている』。そんな人を私達は・・・か)」
今の焔火は、冷静に全体を見通す眼力を養いつつあった。一方向からでは無く、様々な視点から物事を見ることができるようになった。猪突猛進では、いつか不条理に阻まれる。
現に阻まれた。何度も。故に、不条理を越えるために彼女は固地に師事を仰ぎ、苦難の道を経て、今の思考を手に入れたのだ。
その思考が告げる。椎倉達の決断と行動が無ければ、新“手駒達”は殺される可能性が大だと。それが、“閃光の英雄”を敵に回すことに繋がろうともやり抜かなければならない。
椎倉達とて、本音ではこんなことをしたく無い筈だ。『
シンボル』を敵に回したく無い筈だ。彼等が抱く葛藤が焔火にも理解できた。痛いくらいに。
「(これが最優先の・・・もう1つの一面か。最優先と優先の区別。時と場合によって求められる優先度の違い。私は、間違い無く界刺さんを切り捨てる側に片足を突っ込んでいる。
『切り捨てていない』なんていう風に言葉を取り繕うことはしない。『想いを拾う』なんていう風に別の言葉に置き換えない。
時と場合によっては、拉致された人々を救うために私達は界刺さんを・・・界刺さんの想いを・・・全部にしろ一部にしろ・・・き、切り捨て・・・る。
他者を最優先にするために、別の他者を最優先に置かない・・・これが決断の重さか。・・・・・・・・・痛い・・・痛いよ。苦しいよ。・・・・・・。
全部丸ごと救えるようになりたい気持ちはある。この気持ちを絶やしちゃ駄目なのもわかっている。でも、現実は待ってくれない。決断しないといけない時はある。あるんだ!!
逃げたら駄目だ・・・逃げたら駄目だ!!上司任せじゃいけない!!私自身が決めないと!!・・・・・・・・・決めた)」
無知では無い。色んなことを考え、熟慮した上で
焔火緋花は決断を下す。この戦場における、揺るがない―揺らがせない―“線引き”を行う。
「(私は・・・(ゴクッ)・・・
界刺得世を・・・・・・“閃光の英雄”を最優先にしない!!私は・・・私が最優先にするのは拉致された人達を救い出すこと!!
『ブラックウィザード』を討伐するという目的の下で、私はそれを最優先にする!!討伐だって最優先と同じくらいに優先する!!・・・・・・・・・してみせる!!!)」
焔火緋花は界刺得世を最優先にしない。拉致された人々―新“手駒達”―の救助を最優先にする。これは、界刺を鎮圧するかもしれない仲間達の行動を認めるということでもある。
同時に、仲間達が界刺のことも考えて行動すると信じている―結果がどうなろうとも―ということでもある。以前までの彼女なら板挟みになって迷いに迷っていたであろう事柄。
それを苦しみながらも短時間で決断する意志の強さを構築できたのは、ひとえに彼女の努力と経て来た経験の賜物である。
「(・・・・・・)」
椎倉達の議論を黙って耳にしていた176支部後方支援担当の葉原は、心中で1つの諦念を抱いていた。
すなわち、“英雄”と“怪物”の死闘が繰り広げられている戦場へ風紀委員と警備員が介入する―してしまう―現実を認めた。
「(駆動鎧部隊は・・・強力なのは間違い無い)」
一番先に到着するであろう駆動鎧部隊には、橙山が両者の戦闘に介入する前に“やれるべきことをやる”ように命令を下している。
具体的には、新“手駒達”の捕捉後両者に彼等彼女等が襲撃する直前で食い止めることを命令してある。
いざという時は、装備してある対隔壁用ショットガン―旧型駆動鎧が所持しているモノとは違い実弾と空砲を切り替え可能―による空砲の使用も許可している。
このリボルバー方式の対隔壁用ショットガンは、現在開発・調整が進んでいる次世代の駆動鎧HsPS-15『ラージウェポン』の主要武器である。
既存の駆動鎧でも追加装備を装着することで使用可能なため、今作戦に導入されている。159支部と合流した東部侵攻部隊も、これを用いて激戦を繰り広げていたりする。
界刺からの情報で、新“手駒達”には痛覚が存在していることがわかっている。たとえ頭部にめり込んでいるチップを破壊できなくても、痛覚が存在する以上
行動不能にすることは可能だ。
「(殺人鬼への実弾の発砲許可も・・・下りている)」
もし、それでも防ぎ得なかった場合警備員は界刺と殺人鬼の戦闘に介入することを許可されている。殺人鬼に対しては、殺害止む無しとも指示を出している。
対隔壁用ショットガンの実弾は、一発で戦車を、至近距離でなら数発で核シェルターの扉を抉じ開けると謳われている程強力だ。
如何にあの殺人鬼と言えども、そんな実弾を数発浴びれば蜘蛛糸をもってしても防ぐことはできないだろう。
そもそも、殺人鬼へは警備員が主導で当たることになっている。でき得る限りの準備はして来た。
一方、界刺には威力を落とした空砲を用いるように命令が下されている。風紀委員会にここまで助力してくれている以上、警備員としても彼を殺すわけにはいかないのだ。
そんなことをすれば、治安組織の体裁が完全に崩れてしまう。恩を仇で返すのと同義だ。故に、彼が反撃して来た場合でも実弾使用は禁止であるという厳命を下している。
それに、彼の光学系能力を遮る手段も持ち合わせている。状況が逼迫すれば、それを用いて界刺を無力化・確保に動くこと―ほぼ決定事項―も選択肢の1つに組み入れられている。
ここに176支部や159支部が加わるのだ。実力も員数も、現状ではこれが最善の選択である。
「(でも・・・“とてもじゃ無い”けど抑え切れるとは思えない)」
葉原は、自分でも驚く程冷徹に思考を行っている。今回の介入は、下手をすれば界刺と殺人鬼、そして新“手駒達”を同時に相手取るようなモノだ。
そして、こちらは新“手駒達”に気絶以上の攻撃・・・すなわち重傷を負わせることはできない。これに関しては、空砲や湖后腹の力があればまだ何とかなるかもしれない。
しかし、界刺と殺人鬼はそうはいかない。界刺は、こういう事態になることも予測していた筈だ。だから、自分に風紀委員の戦闘データを要求した筈だ。
ならば、警備員への対策とて怠っているわけが無い。風紀委員会に警備員が含まれているのは、とっくの昔にわかっていたことだ。
殺人鬼に関しては、実際に彼の『暇潰し』における実力をその瞳に映している。殺し屋が、そう簡単にくたばるとは到底思えない。
「(『陽(たいよう)』の光は時に疎まれることもある・・・か)」
眩し過ぎる光は、時として疎まれる要因になる。この意味を、葉原は心底実感していた。“英雄(ヒーロー)”の哀しさも同時に感じることで、抱く切なさはどこまでも広がって行く。
彼の手を血で汚させないために、殺人という罪を背負わせないために鎮圧する行為は、結局の所裏切りと同義である。
幾ら言葉を取り繕った所で、自分達や新“手駒達”の命を危うくする強大な“英雄”を疎ましく思う心が風紀委員会に全く存在しないなんてことも有り得ない。自分もその1人だった。
だからこそ、椎倉や橙山の議論―界刺への裏切りに込められた心意―を耳にしていた少女は自分達の想い―抱える悪意を超える善意の意志―が少しでも“英雄”に届くことを祈る。
決して、平和を享受する人間から棄てられはしないことを。“一般人”も“英雄”を救おうと必死になっていることを。
「(・・・緋花ちゃん)」
ここには居ない親友の名を呼ぶ。今も“ヒーロー”を目指し続けているのは、戦線復帰したことからも明らかである。
焔火は諦めていない。 “ヒーロー”になることを。自分の身に降り掛かった様々な苦難を経た今でも・・・決して。
『緋花ちゃんが目指す在り方を、私はこの目で見たいの!私も、緋花ちゃんが目指そうとする在り方は正しいと思ってるから!!』
「(・・・あの頃の私は、本当の意味で理解していなかったんだ。正しい・正しくない関係無く、“ヒーロー”は安易に『憧れて』いいモノじゃ無い。
その無邪気な『憧れ』が“ヒーロー”を苦しめる要因になる。“ヒーロー”という存在は、皆の想いを背負わされる。だから・・・覚悟が要る。とても重い覚悟が)」
殺人鬼との邂逅直前に焔火に伝えた言葉を振り返る葉原。あの時は完全に理解していなかった。安易に考えていた感は否めない。
界刺が当時の焔火を認めていなかったのは、“ヒーロー”になること・・・否・・・『なり続ける』ことが並大抵の覚悟では務まらないことを知っていたからかもしれない。
“ヒーロー”は戦渦に誘われる。平和の受容から遠ざかる。今の焔火ならそれなりの覚悟を持ち得ているかもしれない。でも・・・
「(・・・“線引き”はしないといけない。ずっと“ヒーロー”になっているのはマズイ。この件がどうにか終わったら・・・緋花ちゃんと話そう。真正面から。
親友として。・・・・・・風紀委員としてじゃ『無くなっている』かもしれないけど)」
葉原は、親友のために色んなことをして来た。それが、風紀委員を裏切ることに繋がっていても。故に・・・ケジメを着ける。
この事件の結果を鑑みて・・・全てが終わってからもう一度考えて進退を決める。裏切り者・・・
葉原ゆかりのケジメ・・・『風紀委員を辞めるかどうか』の決断を。
「不動!!どんな感じになってるの!?」
「南部と西部の駆動鎧部隊が界刺達の居る南西部へ向かっている。あの様子だと、南部の駆動鎧部隊が一番乗りだ!!」
本拠地上空を飛行している『シンボル』の不動・仮屋組は、銃器を持つ『ブラックウィザード』の構成員を片っ端から叩き潰していた最中に網枷の宣言を聞いた。
その宣言の意味・・・新“手駒達”が玉砕前提で南西部の死闘に首を突っ込むこと及び風紀委員会がそれを阻止するために動くことを数十秒で理解した。
今は、不動のだて眼鏡を“暗視&遠視モード”に切り替え戦場内の動きを探っていたのだ。
「確か、新“手駒達”と思われる人達も動いてるんだよね!?」
「あぁ。この目で確認したからな。マズイ・・・色んな意味でマズイ・・・!!」
不動達は、これから起こり得る可能性の中にある最悪の可能性を脳裏に過ぎらせる。もし、その可能性で無くとも、このままでは多くの犠牲者・負傷者が出かねない。
「水楯も、おそらくこの宣言を聞いている筈だ。・・・仮屋!私達も南西部へ向かうぞ!!界刺や水楯を守るためにも!!」
「うん!!」
ここに至って、不動は界刺達が居る南西部へ急行することを決断する。新“手駒達”に、界刺達を襲撃させないためにも直行しなければならない。しかし・・・
「ッッ!!?仮屋!!急降下しろ!!!」
「ッッッ!!!??」
“暗視&遠視モード”で“その”姿を確認した不動が、すぐさま急降下の指示を仮屋に出す。言われるままに仮屋が『念動飛翔』を操り急降下を開始した直後・・・
ドドドドドドドンンン!!!
超耐熱金属弾『摩擦弾頭』の嵐が、直前まで不動達が居た空間へ放たれる。不動が気付いてなければ、仮屋が『念動飛翔』を操作するのが少しでも遅れていたら・・・
「あれは・・・!!!」
「『六枚羽』・・・!!!」
不動と仮屋が瞳に映したのは、左右三対の『羽』を供えた無人攻撃ヘリ・・・『六枚羽』。
『ブラックウィザード』の本拠地を掴んだ代償として未だ健在な凶悪兵器が、不動達を『敵』と認識する。
「くそっ・・・こんな時に!!」
「こうなったら、一刻も早く『六枚羽』を叩き潰さないと!!もし、あの無人ヘリが界刺クン達の所へ向かったら・・・」
「・・・新“手駒達”は切り捨てられたも同然だ!!連中を巻き込んで銃撃やミサイルを叩き込んでもおかしくは無い・・・か!!」
最悪の可能性の更に上をいく可能性が、目の前の無人ヘリにはある。この無人ヘリを叩くことは、本来自分達に与えられていた役目でもある。
死と隣り合わせの空中戦。様々な感情を抱く人間と柔軟性を排した最適化が為されている兵器の戦闘が今、その幕を開ける。
「形製さん・・・いいのか?」
「・・・うん。あたしは界刺を信じているから。あいつも、こういう事態になることは予測していたと思うし。傍には水楯さんも居るしね。
それと、さっきの宣言は『赤外子機』の録音機能でバッチリ保存したから。これは、界刺の正当防衛を証明できる大きな可能性の1つになる」
施設内西部で動いているのは鏡子救出に向かった風路と形製である。少女が先程の宣言を耳に装着している通信機で録音した事実を傍らの少年へ伝える。
何故2人が西部に居るかというと、『光学装飾』で鏡子が西部方面へ向かったことがわかっていたからだ。
「春咲さんとサニーは自分達が動かないことを条件に勇路さんの足止めと、もしも界刺が重傷を負った時の治療を約束させることに成功した。
不動さんと仮屋さんは、『六枚羽』との戦闘についさっき入った。『ブラックウィザード』に『六枚羽』が渡っている事実を隠したい学園都市の『上』から圧力が掛かっていて、
警備員も航空戦力を投入できない以上不動さんと仮屋さんには頑張って貰わないと。あぁ、早く“花盛の宙姫”が復帰しないかな・・・?」
「灰土さんの車に乗っている連中は何て?」
「林檎に確認したけど、戦闘の轟音で網枷の宣言は聞こえてなかったみたい。寒村先輩に後方から入った通信で初めて知ったって。
それにしても、『ブラックウィザード』のリーダーは一体何を考えているのかな?あたしだったら、こんなリスクが大き過ぎる真似なんか絶対採用しないけど。
この采配だと、『ブラックウィザード』そものもが瓦解しかねない。絶対に幹部連中から反対されているだろうし。そもそも自分の身を危うくする・・・」
「自信満々だな。まるで、昔で言う軍師みたいだぜ」
「これでも、その手の書物を集めるのが趣味の1つなんだ。色々教えてあげようか?」
「い、いや・・・遠慮しとく」
形製は、軍略的思考に関するうんちく語りが大好きである。ファッションとは別の趣味なのだが、歴史上の偉人が描かれている書物を買い漁り、その情報を語るのが大好きなのだ。
彼女が『シンボル』に加入して以降、他メンバーは形製の無駄に長いうんちくに辟易した。なので、不動が直々に要請・手控えるよう指示を出したため形製は余り語らなくなった。
だが、全く語らなくなったわけでは無い。むしろ、語りたくて語りたくて日頃からウズウズしている。
そんなウズウズ感を“わざと”出しているのは、彼女もまた相当な緊張状態にいるからである。
「そう。・・・とにもかくにも早く鏡子を見付け出さないと」
「あぁ。・・・にしても、全然『ブラックウィザード』の構成員とか“手駒達”に鉢合わせしないのはどういうことだろうな?」
「攻勢は東部からが中心だしね。そっちに戦力を割いているから、こっちは手薄なんだよ。とは言っても、そろそろこっちにも現れる頃合いだね」
「・・・逃げるためにか?」
「うん。斥候なりなんなり出してくると思う。そこが狙い。風路。ちゃんと、界刺の言う通りあたしを守ってよ?」
「おぉ!!絶対に守るぜ!!」
形製の軽口に、同じく緊張状態にある風路も威勢良く応える。激流の如く翻弄される戦場の中で、少年少女は自分達の為すべきことに全神経を集中して行く。
「・・・というわけだ!!湖后腹!!私とお前は、何としてでも南西部へ向かう必要がある!!いいな!!?」
「りょ、了解っす!!」
「冠!!一厘と鉄枷を頼む!!」
「わかった!!」
破輩の命令に湖后腹が頷き、彼女の依頼に同じリーダーを務める冠は了承する。彼女達は、破輩の指示で戦線を一時的に離脱していた。
施設内東部における風紀委員会と『ブラックウィザード』の激闘自体は、現状では風紀委員会側が有利に傾きつつある。
しかし、159支部リーダー破輩と湖后腹が離脱するために再び拮抗状態に戻る可能性が大きかった。
どうやら、旧型駆動鎧はこの東部戦線に全て(or大半を)投入しているようで、駆動鎧部隊をもってしても数が中々減少しないのだ。
「破輩先輩!!ぶっちゃけここは俺達で何とかするんで、心配せずに向かって下さい!!」
「破輩先輩!!・・・その・・・あの・・・」
「わかってるよ、リンリン。“気を付ける”。だから、ここは任せるぞ?」
「・・・わかりました!!お気を付けて!!」
鉄枷の激励を有難く受け取る破輩は、“色んな意味”で心配そうな表情を浮かべる一厘を気に掛ける。その気遣いを受け取った一厘は、一転毅然とした態度でリーダーを送り出す。
能力者次第では、駆動鎧も万全とは言えない。そのために、ここには能力者が数人残る必要があった。この東部戦線の勝敗は、他部隊の動向に大きく影響する故に。
「よしっ!!それじゃ行くぞ、湖后腹!!」
「はい!!」
湖后腹に声を掛ける破輩は、『疾風旋風』でもって飛翔準備に入る・・・その瞬間に“ソレ”は飛来した。気付いたのは、偶々視線をそちら―3階建ての建物の屋上―へ向けていた一厘のみ。
ビュン!!!
「ッッ!!!」
“ソレ”・・・コンクリでできたブロックを『物質操作』で止めようとする一厘。しかし、ブロックは念動力を纏っているらしく、馬力不足の『物質操作』では即座に止められない。
結果的にブロックは止まったが、一厘の体から僅か30cm離れた位置まで突っ込まれた。瞬間的に、一厘はこの能力―『加速弾丸』―を保持する人間に見当を付ける。
「破輩先輩!!急いで下さい!!
西島放手があっちの方向に居る可能性が大です!!」
固地を尾行していた戸隠に話し掛け、朱花達を連れ去った大型トラックに乗っていた西島の情報は風紀委員会全員の頭に叩き込まれている。
「スマン、一厘!!湖后腹!!」
「うおっ!!?」
西島の存在に破輩は、『ブラックウィザード』が自分達の足止めを図ろうとしていると考え、即座に離脱することを決断する。
風を操作する『疾風旋風』によって背中に9つの竜巻を生み出し、足下にも強い気流を発生させた後に湖后腹を抱きかかえ飛び立って行った。
銃撃の懸念から飛翔し続けることは不可能だが、南西部へ向かうに当って大幅なショートカットを実現できる。
「よしっ!破輩先輩と湖后腹君は行ったね!!」
「あぁ!!こっからは、俺達の問題だぜ!!」
「西島が居るということは・・・・・・」
破輩と湖后腹を見送った一厘・鉄枷・冠は、西島の存在からこの戦場に居る他の構成員を警戒する。
無論、西島と行動を共にしていた者達の情報も同じようにインプットしてある。その可能性に思考を向けた冠と鉄枷が、後方から聞こえた“足音”に反応する。
ガキン!!
距離的に一番近かった鉄枷が、手に持つ警棒によって逆手に握られた非金属製の短剣を防ぐ。
「ぁはぁ、あはははぁぁは、んぁぁあはぁあぁはぁ」
「(何だ、コイツ!?気色悪ぃー!!)」
耳、鼻、眉毛等顔中をピアスで飾っている金髪―
風間鋲矢―は摂取した薬の影響もあって盛大に気色悪い声を漏らし続ける。
「いいぜ・・・いいぜえええぇぇ・・・その反応・・・・・・気に入ったあああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「クッ!!?」
空いているもう片方の手をポケットに突っ込み、そこから非金属製のサバイバルナイフを取り出した風間はハイテンションのままに刃物を振るう。
その無茶苦茶さ加減に体術に秀でている鉄枷も面食らう。面食らうが、体は冷静に風間の攻撃を警棒でもって受け流す。
「鉄枷!!」
近くに居た冠が鉄枷の応援へ向かおうとする・・・が!!
ズン!!!
物陰に潜んでいた―気配を全く悟らせなかった―黒い手袋とマスクを身に付けた少年が、耐熱仕様のセラミック製クナイを冠の脇腹へ突き刺そうとする。
「!!?」
反応が遅れた冠はクナイをまともに脇腹に喰らう。だが、彼女の体には届かない。着用している特注のライダースーツは防刃性能も併せ持つ万能品である。
「『突き刺せず』。成程・・・確かに厄介。情報通り、グローブとブーツもスーツと同じ仕様だろうな」
「お前は・・・!!」
成果が全く無かった現実をさして気にも留めていない黒装束の少年―
戸隠禊―に、冠は敵意の視線を送る。
戸隠が何故スーツ等に覆われていない冠の首以上を狙わなかったのかと言えば、反射神経的に腕を交差することで防御することがわかっていたから。そして・・・それ以上に・・・
「『迷わず』。俺は俺の為すべきことをするだけだ。冠要。貴様は俺の手によって地に伏す。この運命に何の変更も無い」
「・・・面白い。やれるものならやってみろ!!」
あからさまな挑発を行う戸隠に心をクールにしながらも、戦意を掻き立てられた冠は『炎熱装甲』を発動する。
そんな彼女を尻目に、戸隠はポケットから至極普通のライターを取り出す。マスクをしている以上、煙草を吸うわけでも無いだろう。
よって、あのライターに何か仕組まれている可能性を考えた冠の視線がライターに逸れた瞬間、
ボフッ!!
仕組まれていた高圧ガスによってライターから噴出した麻酔銃が、目にも止まらぬ速さで近距離という間合いに居た冠の首目掛けて放たれた。
皮膚に当たれば卒倒する効果がある銃弾は、体表温度が500度まで上がる『炎熱装甲』の上からでも効果を及ぼせる。不意打ちに近い攻撃に冠の反応は遅れる・・・
ピタッ!!
が、一厘の『物質操作』で銃弾が冠の首へ直撃することは無かった。半径30m内にある固体に念動力を掛けられる『物質操作』で警戒していたのが功を奏した形だ。
銃弾の存在を遅れて認知した冠はすぐに動き、戸隠への警戒を最大限に強めながら仲間の手助けに感謝の言葉を放つ。
「一厘!!ありがとう!!」
「どういたしまして!!にしても・・・この距離じゃ西島の独擅場ね!!何とか近付かないと・・・!!」
鉄枷と冠から少し離れた場所で、西島の『加速弾丸』を防ぎ続けている一厘が冠の言葉に応える。彼女の目下の役割は、飛来して来る物体を押し留めることであった。
西島の能力では、一度に射出できる固体は1個である。しかし、次弾射出までのタイムラグは余り無い。
もし、能力を上昇させる薬物を摂取すれば『物質操作』でも飛来して来る物体を止められる保障は無い。
「カカカ。やるなぁ、あの常盤台生。・・・一回ぶっ潰してみたかったんだよなぁ。箱入りお嬢様の甘々な理想像ってヤツをよぉ・・・!!!」
対して、3階建ての建物の屋上から一厘を攻撃し続けている西島は彼女が常盤台に通うお嬢様であることに邪な感情を抱く。自身が抱く悲惨な過去は、未だ彼の心を縛っている。
『ブラックウィザード』に加入して戦闘に明け暮れる中、現れた夢見がちなお嬢様。
花盛学園以上とも謳われる名門
常盤台中学に通う風紀委員・・・
一厘鈴音。
西島放手が、風紀委員会に参加しているメンバーの中で一番腹を立てている人間。勝手に且つ筋違いな苛立ちを抱いている彼の前に、偶然にも彼女は現れた。
この世が甘く優しいモノと考えていそうな箱入りお嬢様が、風紀委員として自分達を罰しようとしている。・・・ムカついた。心の底からムカついた。だから・・・潰す。徹底的に。
「一厘鈴音・・・。テメェの甘ったるい理想を、俺の『加速弾丸』で粉々にしてやるよ・・・!!!」
一厘鈴音&
鉄枷束縛&冠要VS西島放手&風間鋲矢&戸隠禊 Ready?
「新“手駒達”と思われる生徒達を確認!!数67!!距離250!!」
「よしっ!殺人鬼達と接触前に何としてでも食い止める!!全員が能力者、しかも薬で強化されている可能性大だ。
抵抗が激しいようなら空砲使用の許可も下りている!!各自気を引き締めてかかれ!!」
「「「「「了解!!!」」」」」
施設内南西部に人型の機械群が雪崩れ込む。警備員で構成された駆動鎧部隊、この本拠地を包囲するように行動していた一角である南部侵攻部隊である。
彼等は、風紀委員会における警備員全体を指揮する橙山の緊急指示を受けてここへ来た。主目的は、新“手駒達”を無力化・救助することである。
そのための障害として、以前より警戒に当たっていた殺人鬼との戦闘(殺害許可も下りている)と『シンボル』のリーダー界刺得世の鎮圧・確保も最終手段として許可されている。
「界刺得世の能力と思われるドーム方面への警戒も怠るな!!新“手駒達”の確保の邪魔になるようなら、彼の鎮圧も選択肢の1つとして採る。
奴は、1年以上前に成瀬台で当時の警備員が取り押さえられなかった程の猛者だ。但し、実弾は厳禁だ!!新“手駒達”と同じく空砲と暴徒鎮圧用のスモークで無力化を図る!! 」
南部侵攻部隊の指揮を取る部隊長は、風紀委員会に多大な貢献を果たしている『シンボル』のリーダーへの対処を改めて徹底する。
警備員として、危険極まる殺人鬼を一般人(と呼べるかどうかは異論はあるが)の、しかも学生に任せたことに対してここに居る者達は全員歯痒く思っていた。
子供を守るのは大人の役目である。如何に界刺が強大な能力者と言えども、子供であることには違いない。
暴力的な手段は好ましく無いが、それで彼を危険から遠ざける―新“手駒達”に手を出させないことも一緒に―ことが叶えばそれに越したことは無い。
これは、本来は治安組織足る自分達の役目だ。殺人鬼への対処も自分達が行う。正義の遂行者として。
「最後に。この付近を漂う『極小の蜘蛛糸』にも細心の注意を払え!!159支部の風紀委員一厘鈴音の推測が正し・・・」
部隊長が最後の念押しとして、駆動鎧のセンサーが捉えている『極小の蜘蛛糸』―振り払いながら走行している―について注意喚起を行おうと言葉を口に出しかけた・・・
ズオオオォォッ!!!
途中で“ソレ”は凄まじい速度で突入して来た。
「なっ!!!??」
「うわっ!!!??」
部隊の先頭を走っていた駆動鎧目掛けて、距離が離れているドームから糸の奔流が殺到した。センサーにより感知した駆動鎧は咄嗟に回避行動を取ったものの初動が遅れた。
もとより、あのドーム内は可視光・赤外線共に界刺によって歪められているため駆動鎧のセンサー群では電波を用いたモノくらいでしか内部の動向を確認することができない。
そして、電波では可視光・赤外線センサーより分解能はどうしても劣ってしまう。詳細な動き―初動に潜められた繊細な挙動―を識別できないのだ。
しかも、回避先を読むかのように奔流は正確に駆動鎧を追尾し、抜群の機動性を誇る駆動鎧が何機も飲み込まれる。
「糸を撃ち抜け!!!」
「了解!!!」
先頭付近の駆動鎧が奔流に飲み込まれる。危機感を抱いた部隊長の命令で、部下が即座に対隔壁用ショットガンを糸の奔流に向けようとする。しかし・・・
ギチギチギチ!!!
銃身が上がらない。否、“上げられない”ように白の渦巻きが銃身を包み、糸が地面へその触手を伸ばした後に楔として打ち込まれる。
駆動鎧の出力をもってしても持ち上げることが叶わない糸の枷。他の駆動鎧も銃身や腕を抑えられている状態に陥っている。
「(これが、一厘鈴音が言っていた殺人鬼の秘密か!!)」
部隊長の脳裏に聞こえるのは、実際に殺人鬼の能力に触れた159支部風紀委員一厘鈴音の報告を受けた橙山が喚起した声。
『あの殺人鬼は、蜘蛛糸を念動力で作成してるっしょ!でも、奴の能力にも弱点はある。その最たるモノ・・・奴は材料となるアミノ酸が無ければ糸を大きくすることはできない。
そのために、奴は自分の体から「切り離した」糸を大きくする時は自分の体もしくは自分の体と繋がっている糸を接触させる必要がある!!
もしかしたら、操作の利便性にも大きく影響しているかもしれない。繋げている状態は、繋げていない状態に比べて操作の複雑性や強度が増したりとか』
閨秀を撃墜される直前、一厘は精密さに優れる『物質操作』によって空中へ『切り離していた』極小の蜘蛛糸に殺人鬼が繭から伸ばした糸を繋げた瞬間を感知している。
その直後、漂っていた極小の蜘蛛糸は大きな槍に変貌した。これ等のこと、そして体内のアミノ酸を用いて蜘蛛糸が作成されていると予想されていることを鑑みて、
一厘は橙山や椎倉達に糸を大きくする時は、殺人鬼自身or殺人鬼の体から噴出している糸と接触している必要がある可能性が大だと報告した。
一厘の推測の妥当性は椎倉や橙山も頷いている。故に、すぐに風紀委員会全員にこの推測が伝達されている。
「(銃身に付着していた極小の蜘蛛糸にあの奔流から伸びた極小の糸を繋げ、操作しているのか!!)」
あのドームを中心に結構な範囲に極小の蜘蛛糸が無数ばら撒かれていた。駆動鎧部隊も振り払いながら走行していたのだが、粘着物質を帯びた糸は完全には取り払えない。
空砲で吹き飛ばすという手段も、新“手駒達”にこちらの位置が完全にバレてしまうことへの懸念から決断することができなかった。
グン!!!
その隙に奔流が動く。駆動鎧を巻き込んだ糸が逆流し、幾何学模様が浮かぶドームに引き摺り込まれて行く。
「隊長おおおおぉぉぉっっ!!!」
「う、うわああああぁぁぁぁっっ!!!」
「何だ、この空・・・・・・ぎゃああああぁぁぁっっ!!!」
通信機越しに聞こえて来る部下の断末魔。そして・・・
ドカーン!!!ドゴーン!!!
戦場に木霊する爆発音。駆動鎧を動かす燃料によるモノだろう。生命反応も途絶えた。それは、仲間の死を明確に告げる非情な轟音と消音であった。
「・・・・・・!!!」
「た、隊長!!新“手駒達”があのドームへ更に接近しています!!」
「ハッ!!くっ・・・。本部と西部侵攻部隊の隊長に伝達!!殺人鬼の攻勢により、駆動鎧部隊に死亡者発生!!これより、殺人鬼の殺害を前提とした行動を起こされたしとな!!」
「りょ、了解!!」
『呆気無い』と形容していい程数十秒で死んだ部下の惨状に数瞬呆然としていた部隊長を、別の部下が新“手駒達”の接近という事実で奮い立たせる。
あの殺人鬼には、駆動鎧でさえ命の保障は無い。そこに新“手駒達”が襲撃すればどうなるか。最大級の危機感が部隊長の全身を走り、的確な指示を出した後に疾走する。
まるで、死ぬことが決まっている死地へ飛び込むような何とも言いようが無い感覚を伴いながら。
「・・・この程度か」
【閃苛絢爛の鏡界】内に佇む殺人鬼ウェインは、先程始末した駆動鎧数機に対して落胆の感想を述べる。
数千トンもの超重量を容易に吊り上げる強度を誇る3cmの蜘蛛糸+念動力を用いた攻勢は、強大な装甲を誇る駆動鎧さえ駆逐する。
「・・・やっぱ、持って来てたか。こりゃ、俺対策も考えた上での装備だな。まぁ、新“手駒達”に対しても有効だが」
他方、“閃光の英雄”界刺はウェインが破壊した駆動鎧が装備していた缶ジュースのような容器を掴み上げ、自身の推測が正しかったことを実感する。
情報販売から手に入れた最近の警備員の装備・・・それに符号する1つがこの容器なのだ。地に伏している警備員の亡骸の傍で確認作業を行う界刺にウェインが声を向ける。
「・・・で?“お色直し”は終わったのか?」
「あぁ。ようやっと。ハハッ、“お色直し”って言葉は適切じゃ無ぇけどよ。さすがに、この乱れた服装のまんまテメェと戦り合うってのはちょっとな~」
「・・・つくづく不可思議な奴だ。以前も、そうやって己の命より服装のことへ気を向けていたな」
ウェインの呆れ声に界刺は快活な笑い声を交えながら返答する。現在は一時休戦中なのだ。申し出たのはもちろん界刺である。
『奇遇だな!!俺も同じ気分だよ!!!・・・・・・あっ!!ちょっとタンマ!!“お色直し”したくなったから、ちょっとの間休戦な!!』
『はっ?“お色直し”?』
死闘の最中だというのに意味不明な言葉を吐く界刺に意表を突かれるウェイン。その後の説明で、死闘でボロボロになった上に乱れた服装を直したいということであった。
一時休戦の証として、ウェインが目を開ける状態にした。その旨を伝えて速攻“お色直し”を始めた界刺に、ウェインは興を削がれた面持ちとなった。
最初に出会った時も、殺し合いの最中に焦げた制服の新調云々を自分の前で愚痴っていた碧髪の男の変わらぬ姿に溜息しか漏れ出なかった。
「まぁな。俺はファッションに妥協しないし。しっかしまぁ、本当にウゼェよな。新“手駒達”も近くに迫って来ているし、警備員共もこっちに近付いている。
どうせ、風紀委員も来るんだろうなぁ・・・。いっそのこと、纏めてブッ潰すか?どう思うよ?」
「その意見には同意する。邪魔する者達をさっさと始末したいのは俺も同じだ」
軽口を交わす界刺とウェイン。この間に界刺は『閃光大剣』を解除し、冷却ジェルにて膨大な熱を冷まさせている。できるだけ長く使用できるように。
故に、先程のウェインの攻勢―駆動鎧への―を止めることはしなかった。できなかったとも言えるが、判断として界刺は警備員を切り捨てた。
自分を最優先にさせなくするモノは切り捨てる。この殺人鬼を相手にしている以上、他者に気を向ける余裕は殆ど無い。
対するウェインも、糸で感知する【閃苛絢爛の鏡界】外の動きの把握に努めていた。その延長線上が、駆動鎧の破壊―警備員の殺害―である。
無関係の人間は『無闇』に殺さない。ようは、無関係の人間を絶対に殺さないというわけでは無い。結局は、ウェインの気分次第なのかもしれない。
「だが、いいのか?風紀委員や警備員を敵に回すことと同じだぞ?」
「テメェに心配されるようなこっちゃ無ぇよ。つーか、テメェの方こそいいのかよ?このままだと、『ブラックウィザード』の上層部は揃いも揃ってトンズラこくかもよ?」
「・・・然程懸念はしていないが、可能性としては否定できるものでは無いな。さっさと、貴様との勝負を終わらせて仕事に戻るとしよう」
声色が変わる。雰囲気が一変する。【鏡界】内に再び両者が醸し出す殺気が溢れ始める。
界刺が『閃光大剣』の準備を始め、ウェインはアミノ酸等を補給するために―界刺から見えないように―【獅骸紘虐】の内側で糸を器用に使ってサプリメントを摂取する。
「・・・そのためにも、ここへ向かって来る弱者共が邪魔だな。黙々と『ブラックウィザード』を追い詰めていればいいものを。
巣の主に刃向かうのであれば即刻抹殺してくれよう。貴様との勝負は、弱者共の介入で左右されたくは無いからな」
「・・・だったら、こういうのはどうよ?・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
“英雄”と“怪物”が、この勝負を邪魔する要素になり得る存在達に対する対処方法を話し合う。
この提案は“英雄”にとって千載一遇のチャンスであり、賭けでもあり、何としてでも“怪物”に呑ませたい代物であった。
「・・・・・・ククッ。その条件を俺に呑めと?そもそも、敵である貴様の提案を呑まなければならない理由は俺には無いが?」
「別にいいじゃねーか。テメェの主義には反しないだろ?そもそも、俺はテメェの仕事とは『無関係』の人間だ。厳密に言えば、今回の件において俺はテメェの敵でも標的じゃ無いし。
もっと言えば、風紀委員も警備員も新“手駒達”も『無関係』って言えるぜ?“障害物”の排除に手を抜く必要は無ぇが、どうせやるならもっと効率的に動いたらどうだ?」
「無理矢理な解釈だな。俺を殺そうとしている貴様が言えた台詞では無いのは確かだが?」
「ハハハッッ!確かにそうだ。だがよ、俺の提案はテメェにとっても損ばかりじゃ無ぇ筈だぜ?別に何が何でも殺すなって言ってるわけじゃ無ぇだろ?ハハッ!」
冷酷に嗤う“戦鬼”の提案にウェインはしばし沈黙する。提案の内容には確かに頷ける部分はあった。少なくとも、ウェイン自身の主義に反することでは無い。
むしろ、本来の仕事へ復帰するための早道になる可能性も高い。“続出”させれば、それだけこちらへ介入する流れを削ぐことにも繋がる。
「・・・・・・いいだろう。今回は俺にも利があるしな。貴様が生きている限り考慮はしてやろう。
皆殺しの結果、却って収拾が着かなくなって長期化する恐れは俺としても避けたい所だ。連中にもみすぼらしいメンツはあるだろうしな」
「あんがとよ、ウェイン」
「礼を言われる筋合いは無い。貴様が死んだ時点で提案は効果を失くす。・・・貴様は俺の手で殺す」
「へいへい」
「・・・大変だな、貴様も。弱者の面倒を見ながらというのは、些か以上にしんどいだろう?」
界刺の提案を受諾したウェインは。その提案の真意から“英雄”の気苦労を察する。強者と認める者が、弱者の都合で振り回されている。
自身も、仕事で無ければ弱者の都合など全て蹴散らしている。だからなのか、目の前に居る強者の考えをつい知りたくなった。
先の提案を自分が呑んだ理由も、実はそこにあるのかもしれないとふと思った。互いの性質が、何処か似通っているのも関係しているのかもしれないが。
「弱者かどうかは知らねぇが・・・しんどいっつーか、クソ重ぇよ。やっぱ、“ヒーロー”ってのはメンドクセェ。それを再認識しただけでも結構な収穫だ。
プレッシャーもすげぇし、俺以外の人間の生死も必要以上に気を掛けなきゃいけねぇし。俺って、ここまで人の死にビクビクするようなタチじゃ無いんだけどなぁ~」
「ならば、何故“ヒーロー”を辞めない?義務も義理も無い余計な他者(モノ)を背負って何になる?貴様が吠えた大事なモノ以外の存在など唯の重荷だろう?」
「大事なモノだろうが重荷だろうが何だろうが、今回は可能な限り背負おうって決めてんだよ。まぁ、切り捨てる時は優先順位に照らし合わせた上で躊躇無く切り捨てるけどな。
例えば、俺は今テメェが殺した警備員を切り捨てた。正しくは『自分が殺されるからできなかった』だけど、結局は切り捨てたも同じだ。
戦場に足を踏み入れている以上死んだ奴等も覚悟の上だろうし、自業自得だし。俺は俺で自分を最優先にした結果だし、明確な俺の非が発生するわけでも無ぇし、
別に後悔も無いけどよ。“俺が”背負おうと思った分、ズシンと心に来るモンはあるな。勝手に背負ったモンを勝手に切り捨てた俺の独り善がり的な行為も同然だから、
あんま偉そうに言えないのはわかってるけど。ハァ・・・普段ならここまで感傷的にはならねぇな」
「ほぅ・・・。切り捨てる決断に『後悔は無い』と来たか。俺からすればどうでもいいことだが・・・仮にも“ヒーロー”なのだろう?“ヒーロー”がそんな決断をしていいのか?」
「俺は俺だ。界刺得世だ。誰かさん曰くの『界刺さん』だ。それ以上でもそれ以下でも無い。それは“ヒーロー”であっても変わらねぇ。だから、今の俺がここに居る。
だからこそ、その時の俺が『そうする』と決めたことを後悔はしねぇ。それは“ヒーロー”である時も変わらねぇ。反省はしょっちゅうするけどな。
『切り捨てる』という判断も『どうでもいい』という判断も『関係無い』という判断も『手を貸す』という判断も『助ける』という判断も、一度下した以上後悔は無ぇ。
そんな俺なりに、今回は色々背負ってんだよ。できる限り背負ってここに立ってんだよ。ブッ殺したいくらいにムカついてても、俺はなるたけその衝動を抑えなきゃいけねぇ。
テメェと同じ気分でも、俺は可能な限り放り出すわけにはいかねぇ。自分を最優先にした上で、その背負った先に見えるモンを見たくて・・・俺はここに居んだよ。
そのために、たとえ背負ったモンの一部を俺の意志で切り捨てたとしても、最優先に置く『俺』は絶対に生きなくちゃなんねぇ。理解したかよ・・・
ウェイン・メディスン?」
“閃光の英雄”として、『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として界刺得世はここへ来た。昔の自分と今の自分の違いを見極めたくてここへ来た。
かつては、己のことだけを考えて動いていた自分。あの頃と比べて自分は本当に変わったのか・・・それを確かめに来た。偽者の“ヒーロー”では無く、本物の“ヒーローとして。
『背負わされても』自分から『背負わなかった』偽者の“ヒーロー”では無く、色んなモノを『背負い』、そして『背負わされる』本物の“ヒーロー”として界刺得世は立つ。
人間何時かは死ぬ。ならば、その何時かくらいは自分で決められる程度には足掻いてやる。
背負って、足掻いて、その先にあるモノを見極めてやる。この真理を見通す瞳で。
そのためにも・・・可能な限り新“手駒達”をウェインに殺させるわけにはいかない。全ては自分のために。そして・・・必ず生き残る。戦場から帰還してみせる。
故に、自分を最優先で無くすモノは容赦無く切り捨てる。それが、己が意志で『背負う』モノであったとしても。
言い換えれば、“英雄”が最優先に居る限り今の彼は可能な限り他者のことも考えた上での行動を採る。そのための“線引き”を行い、優先順位を設定し、それに基づいて行動する。
その行動が、本当に他者にとって全て都合の良いことに繋がるかどうかはその時次第・当人次第ではあるが、そこまで考えるつもりは無い。
世界の愚痴(プレゼント)をどう受け取るか、最終的には―誰であっても―『自分』に帰結するのだから。
「・・・ククッ。ならば、すぐに見せてやろう。界刺得世。貴様に訪れる『死』という名の運命を!!!」
揺るがぬ“英雄”の言葉を受けて“怪物”は更なる戦闘意欲を駆り立てられる。ここまで自身と渡り合って来た強者を心底認めるかのように、
【獅骸紘虐】の“領域”に含まれる己が能力のもう1つの“真価”を発揮する。本質が念動力系能力者である彼が肉体系能力者に分類される“真の価値”を。
「(【精製蜘蛛<プロテインドープ>】・・・チロシン及びセリン放出開始。カテコールアミン濃度をレベル3まで上昇。グリシン操作レベル2にて適切に抑制しつつ、
セリン放出にて新陳代謝をレベル4まで上昇。次いで、縫合箇所にフィブロインを集中させ治癒活動を強化。
加えて、身体各所に貯蔵していた酸素吸収済みヘモグロビンを部分的解放。再生途上の細胞活動を促進)」
蜘蛛糸の原料であるアミノ酸の1つチロシンを操作、摂取したサプリメントや凝縮貯蔵していた分も用いることで神経伝達物質であるカテコールアミンを増加させる。
血液供給量や筋肉の素早さ、痛覚抑制や認識作用等を上昇させる神経伝達物質を抑制性神経伝達物質であるグリシンにより調節しつつ、
新陳代謝で重要な役割を持つセリンの増加によって新陳代謝を活性化させる。同時にフィブロインそのものを傷口へ集中させることで治癒速度を上昇させつつ、
本来骨髄から放出されるタンパク質ヘモグロビン(=赤血球の『ようなモノ』。今回は酸素吸収済み。赤血球はヘモグロビンとヘモグロビンを運搬する『膜』にて構成されており、
『膜』代わりとして念動力を使用している)を、血流を阻害しないように血管各所へ繊細に調整作成された念動力製貯蔵部から再生途上の細胞へ供給し活動を促進させる。
原則として『蛋白靭帯』では蜘蛛糸しか作成することはできない。そう・・・『意図的』に作成することができるのは蜘蛛糸関連のみである。
しかし、『蛋白靭帯』の能力応用術として原料であるアミノ酸を念動力で操作することで、他物質との化合を『自然』に行えやすい“環境”を作り出すことは可能だ。
そして、アミノ酸(物質に含まれたアミノ酸含む)を念動力によって操作することで新陳代謝や神経伝達物質等の循環を促進し、運動・演算・回復能力等を強化(ドーピング)する。
『今』のウェインは無意識にでも覚醒・沈静等を行えることもあり、不測(=無理矢理)の意識障害勃発時における回復手段(=『通常』状態への回復)としてだけでは無く、
場合によっては精神系能力者への対抗策にもなり得る時もある。特に、思考に干渉する能力者に対し神経伝達物質や血中酸素濃度の操作によって思考操作に対抗する事が可能なのだ。
(上記からわかるように、ウェインが蜘蛛糸関連以外で操作可能なタンパク質もといアミノ酸は体内+分子レベルのモノに限る)
強化レベル次第では、糸を自身に繋いでいなくとも繋いでいる状態に並ぶ演算強度(=強度や操作における複雑性の上昇)を実現させることができる。
とは言っても、元々の繋いでいない糸の強度・操作力はレベル4相当である。そして、自身と糸を繋いでいる糸の強度・操作力はレベル4最上位である。
この自身に糸を繋いでいない利点から、【獅骸紘虐】で用いる『最硬』の糸を最高強化レベルで用いる場合に限って学園都市第三位の御坂美琴が放つ超電磁砲を防ぐことも可能。
(正確には、超電磁砲における砲弾が戦車で用いられる弾丸クラスなら終速マッハ6(速度的には学園都市製滑腔砲の砲口初速)程度までであれば直撃してもノーダメージで防御可能、
終速マッハ6程度を超える場合速度や砲弾の重量次第では逸らす動作を行うことで『最硬』の糸を削られながらも防御可能(逸らさなくても防御可能だがダメージ有り)だが、
絶対では無い。重量や速度次第では防ぐことも逸らすこともできずに突破される。ちなみに、上記の防御性能が【獅骸紘虐】の実態である)
また、レベルを上げるごとにアミノ酸の消費量も増える点に留意して使用する必要がある。
「(・・・完了(コンプリート))」
だが、そんな試行錯誤などとうの昔に済ませてある。放出量・場所・時間等々データは全て“怪物”の頭に刻み込まれている。
他にも非金属製の拳銃に込める『特注』の銃弾として合成樹脂製弾頭を念動蜘蛛糸でコーティングした(=金属は用いられていない)【鋏角紘弾<ヤーンブリット>】を使用、
射程及び破壊力増大・自身に電流が届かない有効性の他に強大な念動力や磁力を操る能力者に対する『目標への確実な着弾』における有効な狙撃手段として用いたり、
蜘蛛糸を柄の内部に組み込んだ絶縁性及び耐熱性を有するセラミック製ナイフによって電気系及び火炎系能力者に対しても確実な刺突に繋げる等の手段も持ち合わせている。
これが、他に類を見ない特殊にも特殊な肉体系能力者・・・“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”ウェイン・メディスンの“真価<アウトレイジ>”。
『本物』とは、何時如何なる場合でも己が能力を十全に発揮できる『実行力』を備えている強者である。抱える弱点すら『実行力』によって弱点としない強き者である。
対して、“怪物”の迸る殺意が込められた言葉に抗うかのようにもう1人の『本物』は凛とした言葉を眼前の敵へ叩き付ける。
「ハハッ!!さてさて、それはどうだろうな。あのクソムカつく赤毛女が刻んだ『惑星の掟』ってオカルトが、そう簡単に運命(さだめ)を導いてくれるとはてんで思えねぇよ!!!」
それは、再開の合図。再び始まった死闘の先に訪れる未来を懸けて、“閃光の英雄”と“世界に選ばれし強大なる存在者”は全力を賭して己が存在意義を世界に示し続ける。
continue!!
最終更新:2013年08月30日 20:10