とある海面の混沌短編《フザケスギタコバナシ》
前に進む意志 編
諸君 私は少年が好きだ
諸君 私は少年が好きだ
諸君 私は少年が大好きだ
純粋少年が好きだ
生意気少年が好きだ
野球少年が好きだ
サッカー少年が好きだ
虫取り少年が好きだ
わんぱく少年が好きだ
がり勉少年が好きだ
ゲーマー少年が好きだ
大人しい少年が好きだ
公園で 通学路で
幼稚園で 学校で
砂浜で 山中で
部屋で リビングで
クローゼットで 秘密基地で
この地上で存在するありとあらゆる少年が大好きだ
1列に並んだ幼稚園児たちの挨拶が笑顔と共に私に向けられるのが好きだ
空中高く放り上げられた少年が自分の胸に飛び込んできた時など心がおどる
少年が打った野球ボールが私の部屋の窓を破壊するのが好きだ
かくれんぼで草陰から飛び出してきた少年を両手と胸で抱きしめて確保した時など胸がすくような気持ちだった
遊んでばかりで8月31日を迎えた少年が私を頼るのが好きだ
性に目覚めた少年が18禁コーナーを何度も何度もチラ見している様など感動すら覚える
宿題を忘れた小学生を教壇の前に立たせる様などはもうたまらない
泣き叫ぶ少年達が両手を大きく広げ、安心を求めて片膝をつく私の胸元に次々と集まってくるのも最高だ
少年が思春期の目覚めを否定して強がっているところを大人の色気が理性ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える
少年の無垢な性の目覚めに滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に守るはずだった少年の幼さが蹂躙され大人になっていく様はとてもとても悲しいものだ
少年の愛に押し潰されて(貞操が)殲滅されるのが好きだ
保護者に追いまわされ社会のマイノリティとして地べたを這い回るのは屈辱の極みだ
諸君 私はショタを、天使の様なショタを望んでいる
諸君 私に付き従うショタコンホイホイ購読者諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なる少年を望むか?
情け容赦のない天使の様な少年望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な少年を望むか?
『少年(ショタ)! 少年(ショタ)! 少年(ショタ)!』
よろしい ならば少年(ショタ)だ
我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがこの暗い闇の底で性癖異常者として堪え続けてきた我々にただの少年ではもはや足りない!!
ハーレムを!!
一心不乱のハーレムを!!
我らは社会的少数派 一度はPTAに屈した敗残兵に過ぎない
だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している
ならば我らは諸君と私で総力100万と1人のショタコン集団となる
我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう
髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう
連中に少年の味を思い知らせてやる
連中に我々の愛の本気を思い出させてやる
天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる
一千人の淑女婦女子で
世界の少年を愛し尽くしてやる
「黙示録の騎士団団長より全購読者へ」
目標日本国大規模レジャー施設!!
第二次ピーターパン作戦 状況を開始せよ
真夏の日本。あらゆるアミューズメントパークが集まる大規模レジャー施設が誕生した。隣接する遊園地やショッピングモール、すぐ目の前にあるビーチまでも合体させ、それぞれの連携を考慮に入れた大規模複合施設だ。
今日が休日でオープンということもあって招待客や一般客がわんさか集まっていた。
「
イルミナティ幹部の一人であるローズ=ムーンチャイルドが社長を務めるゼリオン社がこの施設に投資していたのもあり、私、
ミランダ=ベネットは招待客として施設のビーチに来ている」
ミランダ=ベネットはビーチで自らの巨乳を自慢するかのように仁王立ちし、第4の壁を越えて自らの立場を説明していた。
水に濡れる肢体と長い灰色の髪。シンプルイズベストと言わんばかりの黒無地のワイヤービキニ。シンプルであるが故に彼女の豊満なバストが強調され、トップの紐がGカップの胸に引っ張られる。
その凶悪なボディに男達は釘付けとなり、ガン見しては彼女にビンタされて別れ話を切り出される哀れな男もいる。だが、彼女が一番惹き付けたいショタはあまり見向きもしなかった。
「ルシアンの一件でお仕置きしたのにまだ懲りてないのね」
箕田美繰《ミダ ヨクリ》もミランダと同様に招待客として呼ばれたのだが、彼女はあまり乗り気ではなかった。
その証拠に彼女は水着ではなく、レディースのパンツスーツを着用していた。長袖に大きな眼帯と火傷跡を見せないように配慮した格好だ。長い黒髪のせいもあって余計暑苦しく感じる。夏用の薄い生地で作られたピッチリとしたスーツが彼女の豊満な胸と安産型のヒップを強調し、水着とはまた別のエロスを感じる。
「だ、大丈夫だ!今回は手を出さない………ってか、私はショタコンじゃない!」
ミランダが必死に否定するが、ショタコンホイホイ事件やルシアン監禁未遂から彼女のショタコンは周知の事実であり、必死に否定しているのは本人だけだった。
「もう隠さなくて良いんですよ。だから一緒に警察署に行きましょう?」
ミランダの肩に手を置く美繰。その目は聖母の如く慈愛に満ちていた。その優しさが逆に残酷だ。
「だ、だから違うって!」
「手は出さない?」
美繰が迫る。
「だから私はショタコンじゃ…」
「手は出さない??」
更に美繰が迫る。
「ショタコンは友人のリザが…」
「手は出さない???」
更に更に美繰りが迫る。ミランダの架空のショタコンの友人がまた一人増えた。
「はい。手は出しません。妄想だけで済ませます。ごめんなさい」
完全に震えていた。雨の中の子犬のように震え、ミランダは美繰から目を逸らした。八雷神(ヤツイカヅチ)の制裁で一度死にかけたのがしっかりとトラウマになっているようだ。
「でも、妄想だけで済むのかしら?」
(私達はイルミナティの幹部なわけだし、欲望のままに動くのが普通よね)
「だ、大丈夫だ!今日は秘密道具があるから!」
そう言って、ミランダは胸の谷間から人型の浮き輪を取り出した。
「てってれてって てーっててー♪“少年型浮き輪~(9歳版)”」(大〇のぶ代風)
「何…これ?」(リアル過ぎてキモいんだけど…)
「あれ?水〇わさび風の方が良かったか?」
「いや、そうじゃなくて…」
「ああ。年齢的には冨〇耕生か野〇雅子の世代か」
「私まだ生まれてないんだけど!その浮き輪は何って聞いてんの!」
「いや、だから少年型浮き輪だ。それ以上でのそれ以下でもない。ちゃんと水に浮く」
「あ。…そう」
(もういいや。こいつの相手疲れた)
美繰は諦めた。「駄目だこいつ…早く何とかしないと」なんてネタすら頭に浮かばなくなった。。
残念だ…あまりにも残念過ぎる美女の姿がそこにあった。
「ところで…、それはどこで買ったのかしら?」
「オ〇エント工業の特注品。80万円」
「はい!没収!!そんな卑猥人形をビーチに持ち込むな!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!それがなかったらもう耐えられない!襲うぞ!そこらの少年を片っ端に襲うぞ!欲望のままに用具室に連れ込んで襲うぞ!エロ同人みたいに!」
冗談なのか本気なのか。冗談であって欲しいのだが冗談には聞こえない。そんなミランダの脅しが浮き輪を奪った美繰の足を止め、彼女を振り向かせた。
美繰は怒っていた。地獄を人間という形に凝縮した存在と言っても過言ではない状態だった。そして、八雷神の矛先を全てミランダに向ける。
「自重してください。貴方はローズが招待した客人です。あまりに粗相が過ぎたら彼女に迷惑ですよ」
地獄の閻魔からの言葉に等しい美繰の忠告。ミランダは固唾をのみ、ただただ首を縦に振り続けた。
「もし…、もし耐えきれずに粗相が過ぎたら?」
こんなこと訊くんじゃなかったと思いながら、どうしても聞いておきたかったのだ。対戦車地雷を踏み抜く様な質問だった。
「黄泉軍(ヨモツイクサ)で凌辱の限りを尽くし、誰のどの部分の肉か分からなくなるまで解体します。これは冗談じゃないですよ」
本気だった…。本気で怒った彼女の目だった。
地獄の軍勢とその頭領、八つの雷神を使役する「禁忌の魔術師」の片鱗を覗かせた。
ミランダはただひたすら頭を盾に振り続けた。
(殺される…!逆らったら殺される!!)
ミランダの必死の肯定に気が済んだのか、美繰は浮き輪を持ち去っていった。海パン姿の少年(
ドール)を抱えている姿はどう見ても誘拐犯だったが、そこはあえて黙って置いた。また地雷を踏むなどごめんだ。
(だが、このミランダ=ベネット!この程度の恐怖に屈したりはしない!私はショタの味を覚えてしまった。背徳の蜜の味を知ってしまったらもう後戻りはできない)
恐怖に震えた足は戻り、跪いていたミランダは二本の足で砂浜をしっかりと踏みしめる。
(美繰。悪いが、私の辞書に『退く』の二文字は無い。私は決めたのだ。この身が燃え尽きるその時まで、私は目的の為に前へ『進み』続けると!)
ミランダは駆けだした。少年たちの元へ――――――――
「『自重しなさい』って言ってんだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ドッブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」
美繰からの急襲で吹き飛んだ。ミランダの身体は宙を回転しながらロケットのように海の向こうへと“蹴り飛ばされた”のだ。身体が海面で水切りのように何度も撥ねながら、彼女の身体はビーチから2キロ先の無人島へと“着弾”した。
金と女と男達 編
メイラ・ゴールドラッシュもまた、このレジャー施設に足を運んでいた。彼女もローズに呼ばれた招待客の一人だ。
ブロンドの髪に豊満なバスト、対象的に引き締まったボディ。もの凄くアメリカンで「USA!USA!」と叫ぶ兵士たちの幻聴が聞こえる。どこぞのハリウッドスターがバカンスで着てそうなV字水着。彼女の体型と合わさってもの凄いセクシーさを出しているのだが、無駄にキラキラとした装飾が散りばめられた水着が装飾過多で悪趣味にも見える。
そんな彼女はビーチチェアに寝そべり、サングラスをかけて「いかにもバカンス中のハリウッドスター」感を醸しだしていた。
「あ~。金が無い~」
彼女の口癖だ。…というか、口を開けばこれぐらいしか言わない。過去の経験から金銭に対する欲望が強い彼女は常に金を欲し、金を稼ぎ、散財し、再び金を欲すループの中にいる。今は散財後の「金が欲しいモード」だ。
(どっかの金持ち御曹司が声をかけてくれねぇかな~。この際、イケメンじゃなくて良いから)
そう思っていた矢先だった。
自分から少し離れたところで男達が群がっていたのだ。
「うおおおwwwwロリ!wwwwロリでござるよぉぉぉぉぉwwww」
「白スクで旧仕様とはこれいかにwwwwwフカヌポウwwwwww」
「コポオwwwww誘ってるんですね?wwwwwこれは誘ってるんですね!wwwwww」
(な、何だ?あの人だかりは…。しかも私みたいなナイスバディな大人の女よりも幼女に群がるなんて、世も末というか…、いや、とっくの昔からこの世界は末期だったな…)
真ん中にいるであろう幼女を取り囲むように大量に群がる男達。男達は興奮し、フラッシュをたいてカメラで撮影する者もいる。その様子は糞に群がるハエ、巣に侵入してきたスズメバチを倒すミツバチ、ガ〇ラに群がるソルジャーレ〇オンの如く。
(なんつーか。囲まれた幼女も大変だな。いや、それともモデルなのか?まぁ、どっちにしても私にゃ関係ないか。助けたところで金にはならねぇし)
メイラは金にしか興味が無い。何をするにしても儲かるか儲からないか。それだけが判断の基準であり、金と儲けが関われば手段を選ばず遂行し、そうでなければたとえどんなに簡単なことでもやりたがらない。そんな人間だ。
「た、助けて…」
どこかで聞き覚えのある…、いや、ほぼ毎日聞いたことがある様な声が男達の群れの中から助けを求めてきた。
(あれ?この声って…)
儲かるかどうかは分からないが、俄然興味が湧いた。メイラはビーチチェアから立ち上がり、男達の群れへと歩いて行った。
「おい。ちょっとどけ」
メイラは群れの一番外側にいた男の肩に手を乗せて呼びかけた。
「神聖なロリタイムを邪魔するな!このババア!」
迫真の怒りと充血した眼。麻薬の吸引を阻止された末期中毒者並にヤバい視線と怒りがメイラに向けられたが、幼い頃はそんな奴らのいる日常が普通だったメイラにとっては「ああ。懐かしいな」ぐらいでしかなかった。
そして……
「ドッブォォォォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」
メイラは男を蹴り飛ばした。男は小石の水切りのように水面を跳ね、音速の壁を突破してビーチの反対側にある無人島まで吹き飛ばされる。体重90キロオーバーの巨漢が音速を越えて吹き飛ばされる光景は凄まじいものだ。
「な、なんだ…?」
さすがの非現実な事態に男達の視線はメイラと吹き飛ばされた男の方に向いていた。呆気に取られ、幼女で興奮しているどころではなくなった。
メイラが歩くと男達は群れの中心部にいる幼女へと続く道を開けた。女王陛下の道を作る訓練された衛兵のように一糸乱れぬ動きだ。
「やっぱりあんただったんだ。リーリヤ」
メイラの視線の先にいたのは雪の妖精のような少女だった。
雪のように白い肌と地に着きそうなほど長い白い髪、凹凸のない幼女体型に「りーりや」と書かれた白いスクール水着を着ていた。その上、スク水が旧仕様というところがマニア受けする。
「メ、メイラ…。助けて。死にたくない」
女の子座りで涙目になりながらリーリヤはメイラに手を伸ばす。
「5万円で助けようか?」
「そ、そんなの出せるわけ…」
「よし。お前ら、こいつをペロペロしていいぞ。私が許す」
「「「イヤッホゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!!!!!」」」
男達が次々とル〇ンダイブでリーリヤに飛びかかる。
「出すッ!ちゃんと出すからッ!助けてぇぇぇッ!」
「今の言葉、忘れんなよ!」
メイラは近くに置いてあったビーチパラソルを握ると、それで飛びかかる男達を一斉に打ち飛ばした。十数人もの男達が海の水面で撥ねながら音速を越えて反対側の無人島へと激突した。
「そんじゃ、金のこと忘れんなよ」
「う、うん」
(付いて、いけない。ギャグ補正とはいえ、メイラが、十数人のピザデブを、音速以上の速度で、ふっ飛ばす光景に、理解が、追いつかない)
「ってか、お前ブローズグホーヴィはどうした?あれがあったら…」
「ガードマンに、持ち込み禁止、って言われた。とりあえず、駐車場に、置いて来た。ある程度の距離なら、離れても、問題無い」
ブローズグホーヴィはリーリヤの生命を維持する役割も持っており、心臓の鼓動は霊装の補助によって動いている。いつも巨大な馬型の霊装を持ち歩くわけにもいかないので、ある程度は離れても大丈夫なようにしている。
(なるほど…今、リーリヤは霊装と離れ離れ…か。霊装が無かったらただの美少女なんだよな……。ん?ただの美少女?)
メイラがまた何か企み始めた。傍から見れば何かを企てていることがすぐに分かる悪い顔をしていた。
「リーリヤ。やっぱ金払わなくていい」
メイラのその発現にリーリヤはきょとんとした。金の亡者、守銭奴、この世の全ては金と金、そんな彼女がお金を諦めたのだ。驚かないはずがない。
「ただ、代わりにちょっと私と小遣い稼ぎしないか?」
「え?あ、まぁ…良いけど」
リーリヤが承諾した途端、メイラの悪人顔がこれでもかと言うほど表情に浮き上がる。
リーリヤは悟った。これから碌でもないことが起きると…
「はーい!撮影は1回1000円ね!並んで並んでー!ポーズのリクエストも受け付けるよー!お触りは禁止な!」
「幼女撮影キタコレwwwww」
「音速の壁を越えた拙者に死角なしwwwwww」
「りーりやたんwwwwwwwwりーりやたんwwwwwwww」
パシャパシャと写真を撮りまくる男達。赤面しながらも彼らからの要求に答えて際どいポーズを取らされるリーリヤ。そして、メイラはリーリヤ撮影会で並ぶ男達から次々と金を巻き上げていた。
(いやー!儲かる!儲かる!こうも簡単に金が集まりやがった!ボロイ商売だよ!)
メイラは心の中でガッツポーズを取り、ちょっと誤解を受けそうな発言を頭の中で押さえこんだ。
(まったく、幼女は最高だぜ!!金ヅル的な意味で)
ダイヤモンドゲーム編
大規模レジャー施設の最上階の展望台レストラン。ビーチと海を一望できる全面ガラス張りの絶景だ。海とビーチを意識したのか、内装も砂浜を想わせる白とクリーム色、海を想わせる水色で構成され、テーブルは純白のクロスがかけられていた。
多くの招待客と一般客が賑わう中、一つのテーブルを囲んで3人の男たちが座っていた。
一人は別の男を睨み、残り2人は手を顎に当ててテーブルにあるボードゲームを見つめていた。
ボードゲームを見つめる2人の男達。
一人は白髪に近い銀髪で灰眼、儚さが窺える風貌をした男だ。クリーム色のスラックスに水色の半袖シャツというビーチを意識した爽やかなカラーリングの服を着こなしている。
彼の名は
ディムナ=ハーリング。
「智の隠者《ハーミット》」の二つ名を持つフリーの魔術師であり、かつては恋人の復讐の為に魔術結社を一つ壊滅させ、世捨て人のように隠居した過去を持っている。しかし、今はこうしてボードゲームを楽しむ爽やかな笑顔の青年でしかない。
「さて…実際のところ、僕はこの駒を動かしたいんだよね…」
駒を動かそうとするディムナ。そのボードをじっと見つめるもう一人の男。
左に流れる短い黒髪に黒い瞳をした東洋人。黒いスラックスに半袖の白いワイシャツ、緩んだ青いネクタイをつけたサラリーマン風の男だ。
彼の名は
尼乃昂焚《アマノ タカヤ》。フリーの魔術師であり、魔術結社イルミナティとも深いかかわりを持っている。
この中では彼が一番ゲームが上手そうなキレ者の雰囲気を醸し出している。しかし、ゲームの状況はと言うと…
「おい。それだけは動かすな」
「君がそれを言うってことは、実際のところ、この駒を動かされるのが不都合なんだよね?」
「ああ。お前の言う通りだ。だが、次の俺のターンまでそれがそこに残っていれば、このゲームで一番面白いプレーを披露することが出来る」
「まぁ、理由はどうあれ、実際に僕は動かすんだけどね」
昂焚の懇願を振り払い、ディムナは駒を動かした。昂焚は少しだけ苦い表情になる。
「藍崎。次はお前の番だ」
昂焚とディムナがもう一人の男、
藍崎多霧《アイザキ タギリ》に視線を向けた。
少し長めの黒髪に眼鏡をかけた少年だ。流水紋の甚平を着ており、その格好に合わせたのかサンダルを履いている。手には甚平と同じ模様の扇子が握られていた。
彼は腕組みし、足を大きく広げ、足踏みしながら非情に怒った表情で昂焚を睨みつけていた。「激おこぷんぷん丸」なんてレベルじゃない。「カム着火インフェルノォォォォオオウ」寸前の「ムカ着火ファイヤー」だ。
「おい」
「どうしたんだ?」
怒りの篭もった多霧の声に昂焚がすっとぼけた応答をする。あまりの怒りっぷりに普段の敬語口調は崩れていた。むしろ、彼はこっちが素なのかもしれない
「美繰に会わせるって約束で来たんですけど…なんでボクは貴方達とダイヤモンドゲームをやってるんですか?」
「それはな、ダイヤモンドゲームは3人でプレイするボードゲームだからだ。ルールはwikipedia参照」
「ネットに丸投げですか!?」
「実際、君は数合わせのためだけに呼ばれたんだけどね」
―――――と、ディムナが多霧の怒りのムカ着火ファイヤーに油を注ぐ。
「ふざけないでください。ボクは帰―――――!?」
多霧が「ドン!」とテーブルを叩き、立ち上がろうとした瞬間だった。
立ち上がれなかった。昂焚の霊装「都牟刈大刀《ツムガリノタチ》」が8本の刀身で藍崎の身体に巻きつき、彼の身体を椅子に固定していたのだ。バチバチと静電気が流れてさり気なく痛い。ちょっと刃も当たっていて服が傷つく。
「多霧ボーイ。これは闇のゲームなのデース。『逃げる』という選択肢は存在しないのデース」
「その目ん玉引っこ抜いて千年ア〇テムでもねじ込んでやりましょうか?」
「義眼キャラは最近出てきたばっかだから被る」
「そんなSS限定キャラのことを言われても
強欲の杯を読んでいない人には『え?そんなキャラ、最近スレに投稿されたっけ?』ってなりますよ」
「でもまぁ、実際、褒美が無いと盛り上がらないし、彼もやる気を出さないよねぇ」
ディムナがバチバチと火花が飛び散る昂焚と多霧の仲裁に入る。
「じゃあ1位は2位と3位を、2位には3位に一人一つだけ命令できるってことでどうかな?これだと実際、昂焚はゲームが出来る。そこの少年…多霧くんは勝てば会いたい人に会える。これでどうかな?」
「まぁ、それなら承諾しましょう」
「俺も意義は無い」
昂焚は多霧を都牟刈大刀の拘束から解放した。
そして、ゲームは終了した。
対岸の2色の駒たちがマス目に揃い、あと1色だけがあと一手のところで敗北していた。
「いやぁ~。智の隠者の本領発揮って奴ですかね。実際のところ、運が良かっただけなんですが」
―――と1位のディムナは優勝コメントを語り、
「とりあえず、尼乃に勝てて良かったです。ボクとしては長年の目的がこれで達成されるわけですから」
―――と2位の多霧はあえて昂焚に勝ったことを強調して語る。
そして、惜しくも最下位となった昂焚はと言うと―――
「貴様らは……そんなにも……そんなにも勝ちたいか!?そうまでして命令したいのか!?この俺が……たったひとつ企てた戦略さえ、踏みにじって……貴様らはッ、何一つ恥じることもないのか!?赦さん……断じて貴様らを赦さんッ!名利に憑かれ、魔術師の誇りを貶めた亡者ども……その夢を我が血で穢すがいい!ダイヤモンドゲームに呪いあれ!その願いに災いあれ!いつか地獄の釜に落ちながら、この尼乃昂焚の怒りを思い出せぇぇ!」
グ〇リバボイスで呪詛を吐いていた。しかもダイヤモンドゲームがどばっちりを受けている。
「『たったひとつ企てた戦略さえ、踏みにじって』って…作戦一つしか考えてないんですか。普通、2つか3つぐらい予備は考えますよ」
「そのツッコミは野暮だよ。実際のところ、彼はこのセリフを言いたかっただけだから。で?どっちの命令から始める?」
「ボクが先で良いですか?その…数年前からしたかったことなので…」
「良いよ。実際、僕の命令は君の後の方が良いだろうから」
ディムナと多霧が打ち合わせしている間に昂焚はテーブルの上のダイヤモンドゲームを片づける。
「で、どっちが先に命令するのか決めたのか?」
「ボクの方が先になりました。約束通り、美繰に会わせてください」
多霧は真剣な眼差しで昂焚に自らの願望を出す。数年に渡って探し求めた人。その人へと繋がる鍵が目の前にあるのだ。多霧にとっては、いけ好かない奴だが、約束を違える様な奴ではないと信じている。
「良いだろう。――――というか、あいつも招待客としてここに来ているからな。俺達とダイヤモンドゲームせず、テキトーにその辺りを散策していても会えたんだが…」
「それを早く言えええええええええええええええええええええええ!!!」
あまりの怒りっぷりに多霧はテーブルをひっくり返した。
男女の邂逅 編
ビーチ
“多霧を美繰に会わせる”
2位としての褒美と約束を守る為に昂焚、多霧、ディムナはビーチへと来ていた。
「ここのどこかに、美繰がいるんですね」
「ああ。ローズに聞いたら、ビーチに行ったって聞いたからな。あいつがケータイ持ってたら簡単に呼び出せるんだが…」
「実際、魔術師でケータイ持ってる人なんてそうそういないよ。僕だって持ってない。女子高生ナンパした時にメアド交換するらしいから、持とうかちょっと悩んでいるけどね」
「ボクは霧の蛸で材料の仕入れに使ったりするので、業務用ってことで1台持ってます」
「ケータイは便利だからなぁ…。科学だの魔術だの言ってないで自由で持ってて良いじゃないかって思うんだが…。ちなみに俺はスマホに変えた。お陰でソシャゲハマってな。課金し過ぎてカード破産しそうになった。危ないな」
(うわぁ…。なにこの駄目人間。キメ顔で言うなよ…。しかもスマホ関係ねえ…)
そう雑談しながら昂焚はビーチを見渡す。オープン日ということもあって招待客と一般客で賑わうビーチ。とある場所では男達が白スク少女の前で一列に並んでいる奇妙な光景もあるが、とりあえず今はスルーする。興味はあるのだが、まずは美繰を探すのが先だ。
(あ…)
そう思っていた矢先だった。
昂焚は少し離れたところにある海の家にいるスーツ姿の美繰を発見したのだ。誰かと話しているようにも見えるが、かき氷の幟で姿が見えない。
「藍崎。美繰がいた」
「どこ!?」
昂焚が指さす先を多霧が凝視する。
「あそこだ。海の家のところのスーツの女」
昂焚が指さす先。そこには確かに箕田美繰がいた。長い黒髪、火傷跡を隠す為の眼帯、そして真夏であるにも関わらず素肌を見せようとはしないところ。立ち振る麻いから表情まで藍崎が探していた箕田美繰その人だった。
「会えた…。やっと…」
多霧は笑みを浮かべる。2人の間にどんな事情があって、どんな悲しい別離があったのかは分からない。多霧が美繰をどれほど想ったか、美繰が多霧のことをどう想っているのか、それは本人のみぞ知るのだろう。
「彼女のところに行きなさい」
「え?」
「1位である僕からの“命令”だよ。実際、君にして欲しい何かがあったわけじゃないからね」
「えっと…その…ありがとうございます。“ディムナさん”」
あえて感謝の対象がディムナだけであることを強調した。会わせてもらえたとはいえ、昂焚に感謝するのは癪だからだ。
昂焚も彼から感謝を求めたりはしなかった。多霧に面と向かって感謝されるなど、何か悪いことの前兆に思えて寒気がするからだ。
多霧はディムナと昂焚から背を向け、海の家へと向いた。
そして、彼は走りだした。
「美繰ぃぃぃぃぃぃぃ!5年前に貸したジョ〇ョ全巻返してええええええええぇぇぇぇぇぇ!!」
海の家へ向かって全力ダッシュする多霧。そしてビーチに響く彼の叫び。
かつて恋人だったんじゃないかとか、悲痛の別離があったんじゃないかとか、真剣そうな面持ちから想像していた2人の事情とはかけ離れたあまりにもバカらしくて日常的な目的にディムナは乾いた笑みを浮かべていた。彼は多霧とは今日知り合ったばかりで事情はほとんど知らない。しかし、彼の真剣な面持ちはきっと深い事情があると思っていた。しかし、現実はこのザマだ。
「彼女のところへ行きなさい。1位である僕からの命令だよ」なんてカッコつけて美談っぽく仕上げようとした結果がこれなのだ。恥ずかしさが半端無い。
一方、昂焚もどこか遠い目でジョ〇ョ全巻を取り戻すために走る多霧の背中を見続けていた。
「なぁ、ディムナ…」
昂焚が生気のない声で話しかける。
「どうしたんだい?」
「これだと、強欲の杯のあいつは『5年前に貸したジョ〇ョ全巻を返して貰う為に
必要悪の教会に協力して学園都市までイルミナティを追いかけた頭の残念な魔術師』ってことになってしまうんだが、大丈夫なんだろうか…。深刻殺し《シリアスブレイカー》的な意味で」
「逆に考えるんだ。『実際、悲しい別れなんて無かったのさ』と考えるんだ」
「……。うん。そうだな。悲しい別れなんて無かった」
そう言って、昂焚は多霧の背中から背を向けて、立ち去った。
「実際、君への命令はまだ終わってないんだけどね」
ディムナが昂焚の肩を掴んで彼のさり気ない逃走を阻止する。
「チッ。せっかくイイ話風に締めて有耶無耶にする作戦が…」
「いや、どこにもイイ話成分なんて無いよ。実際、ただのカオスだけだよ」
昂焚はため息をついて踵を返し、ディムナと向き合う。
「やれやれ。で、俺は何をすればいいんだ?」
「とりあえず、今回は保留にするよ。実際、君は今すぐ僕の前から消えそうだしね」
その答えに昂焚の頭の上には?が浮かぶ。無類の女好きの彼なのだから、「ナンパ手伝え」とか「良い女紹介しろ」とか、彼の願望がいくらでも湧くはずのこのビーチで命令が保留されるのは不思議だと思った。しかし、それ以上に彼の後半の言葉が気になった。
(俺が消えるって…?)
その直後、彼はディムナの言葉の意味を知ることとなる。
「んふふふふ…。やっと会えたね~。昂焚」
耳元でささやかれる声。背中から伝わる人肌の感覚と女性の肉感。背中に豊満な胸が押し付けられ、彼女の四肢が蛇のように昂焚の身体に絡まる。手も這うように頬を伝い、目を隠すように艶めかしく動く。
昂焚は振り向かずともそれが誰だか分かっていた。戦慄と恐怖が身体と精神を支配し、冷や汗がどっと噴き出す。これほどまでの恐怖を感じたのは久し振りだ。
「あ…ああ。久し振りだな…。ユマ。元気してたか?」
「勿論。元気だよ。今から昂焚と●●●を何回ヤっても大丈夫なようにね」
褐色の肌にラテン系らしい豊満なボディライン。しかし身体は鍛えられており、出るところは出て締まるところは絞まる完璧なバランスだ。肌とは対象的な白い紐ビキニ。右胸にはハイビスカスを想わせる大きな赤い花の絵柄が描かれている。
黒髪サイドテールの結び目にもハイビスカスが差し込んであり、昂焚が振り向くとハイビスカスの髪飾りがちょうど目の前にある。
「再会を喜びたいところなんだが、俺はこれからディムナと用事があるんだ」
ディムナを撒きこんでユマから逃れようとする昂焚。しかし―――――
「あ、僕のことは気にしなくていいから、お2人でごゆっくり~」
(見捨てられたー!?)
ディムナは昂焚を見捨てた。彼は以前、女好きの例に漏れずユマに求婚したことがある。しかし、その結果、脊髄反射の速度で拒否され、更に迫ったらフルボッコにされた。いくら女好きの彼でもここまでこっ酷く自分を振った相手をもう一度口説こうなんて思わなかった。
「これで邪魔者はいなくなったね」
ユマはニッコリと笑うと、突然足を引っかけて昂焚を転ばし、そして彼の足首を掴んだ。
「さぁ!岩場へ!都合よく私達しか知らない岩場の陰で薄い本みたいな展開を!」
昂焚をズルズルと引きずるユマ。昂焚は抵抗しようと地面に爪を立てるが、虚しくも砂浜に自分の指の跡を付けるだけだった。
男の価値 編
この物語の舞台であるこの大規模複合施設。海に面してるため、場所は学園都市の外にあるのだが、学園都市の技術(と言ってもモンキーモデル)が使われており、感謝の意を込めて学園都市の関係者も招待客として呼ばれていた。その中には抽選で選ばれた学生もいた。
「イヤッホー!夏だ!海だ!イケメンだー!」
水着姿でハイテンションになったビーチをかけ回る中学生が一人。
慎ましやかな体型でポーニーテールの少女だ。ややツリ目だが十分に整った顔をしている。水着は青色の布地が多めのビキニを着ている。
鏡星麗《キョウボシ レイ》
彼女も抽選で選ばれた学生の一人だった。学園都市は内陸部にあるため海が無く、こうして数年振りにやってきた海に大興奮のようだ。ついでにイケメンでも漁れれば気分は最高なのだろう。
「凄い元気だね」
彼女に続いて同じ学生の招待客である
風川正美《カザカワ マサミ》も来ていた。
カールのかかたセミロングの黒髪の上に麦わら帽子を着ており、淡い桃色のワンピースタイプの水着の上にパーカーを羽織っている。
「はぁ~。疲れた」
2人に続いて大量の荷物を持たされた
神谷稜《カミヤ リョウ》もビーチに辿りついた。2つのエナメルバッグにリュックサック、折り畳み式のビーチパラソルにシート、クーラーボックスと重装備だった。
「何で海なんか…水に入りたければプールで良いじゃねえか…」
そうぶつくさ言いながら彼はシートを敷いてビーチパラソルを立てて準備する。
麗と正美、そして稜は抽選で選ばれた学生の招待客だ。元々は「一七六支部のみんなで海に行こう!」と支部長である加々美雅《カガミ マサ》が勝手に支部全員分の応募券を出したのだが、当たったのが麗、正美、稜の3人だけだったのだ。
「稜も一緒に泳ごうよ!」
疲れてシートの上に座っていた稜に正美が手を伸ばす。その背後には麗も立っている。稜がパラソルとシートを準備しているわずかな間に海を堪能したのか、2人の身体は海水で濡れていた。
「悪ぃ。疲れたからちょっと休ませてくれ」
「え~。でも折角の海だよ!海!1秒でも無駄に出来ないよ!」
「そんなんだから逝けメンなのよ!あんたは!」
「お前らでも遊べるじゃねえか。だいたい海なんてガキの頃に――――」
そこで稜は口を止めた。このまま言えば、正美の地雷を踏んでしまうからだ。彼女には1年より前の記憶が無い。そして、過去になにをしていたのかという記録も一切残っていない。故に彼女には過去が無いのだ。本人は少しそれを気にしており、稜も気遣ってか“過去”というワードに触れる話題はなるべく避けようとしていた。
それに記憶の無い彼女にとってこれが初めての海だ。いずれは学園都市に帰らなければならないことも考えると次にいつ海に行けるかなんて分からない。だから、彼女は1秒たりとも無駄に出来ないのだ。
「そうだな。せっかくの海だ。一緒に遊ぶか」
稜が重い腰を上げて、立ち上がり正美の手を掴んだ。
―――――――と同時に誰かが稜の足首を掴んだ。
「!?」
稜は驚いて足を挙げて掴んできた何かを振り払おうとした。しかし、掴みかかる感覚が無くなるわけでもない。そして、足首を見るとしっかりの人間の手が掴まれていた。そして、手首、前腕、上腕へと視線を自分の手を掴んだ手の本体へと向ける。
「ここで遭うとは奇遇だな。科学で無知な少年」
尼乃昂焚だった。ユマに足首を掴まれ、砂浜をズルズルと引きずられる哀れな姿の尼乃昂焚だった。彼は藁にもすがる思いで手を伸ばした結果、稜の足を掴んでいたのだ。
「悪いが、助けてくれ」
「ふざけるな。手首をぶった切るぞ」
稜が指先から閃光真剣《ライトブレード》を出す。指標となる針が無い為、プラズマが少し不安定ではあるが、人間の手首を切断するには充分なエネルギー量だ。
「冷たいな。そんなだから彼女に愛想を尽かされて、新婚を少し過ぎた頃の夫婦みたいな喧嘩をする破目になるんだ」
「「お前が言うな!」」
ユマと稜によるシンクロ率400%のツッコミが昂焚に振りかかる。
「正美ちゃん。砂まみれの逝けメンが現れた途端、私達の存在が空気になったね」
「麗ちゃん。もう慣れたというか、ヒロインっていつも蚊帳の外だからね…」
2人は軽くため息をつく。
「まぁまぁ2人とも。その辺にしておいてくれるかな」
ヘリウムガスを吸ってその上ボイスチェンジャーを使った様な声が3人を静止する。
「お前は…」
「確か、昂焚の友人とか言ってた…」
「
双鴉道化だ。そこの2人には面識があったね。そこのお嬢さん達は初めましてだね。私は双鴉道化。神谷稜くんとは…まぁ、知り合いといったところか。そういうことにしておいてくれ」
「えっ・・・あ、はい。よろしくお願いします」
(けっこう紳士的な人だなぁ…。仮面の下はもしかしたらイケメン!?)
「…………」
「何だね?その哀れみを込めた目は?」
ユマと稜は哀れみを込めた目で双鴉道化を見ていた。確かに今の彼(彼女?)の姿は滑稽だった。真夏のビーチなのに鴉の仮面を着け、全身を覆う黒いマントを羽織った姿はいつも通りだが、キグルミかマスコットキャラだと勘違いされているのか、多数の子どもたちを引き連れてマントを引っ張られたり、殴られたり蹴られたりしていた。
「うん。君たち。そろそろ離れてくれないかな?」
双鴉道化がそう言った途端、子どもたちの目から光が消え、じゃれるのを止めて蜘蛛の子を散らすようにどこかへ走り去っていった。
「おい。何でアンタがここにいるんだ?場合によっては…」
稜が正美を自分の背中に持っていき、彼女を守るように閃光真剣を出す。
「そう警戒する必要はない。私は彼に用があるのだから」
そう言うと双鴉道化は昂焚のすぐ傍にまで歩み寄った。
「さっさと起きやがれ!この駄目人間が!!」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
怒号と共に双鴉道化はうつ伏せに倒れる昂焚の身体を踏みつける。人間の足とは思えない轟音が鳴り響き、周囲の砂が振動して飛び散りクレーターが出来上がる。それを叩きつけられた昂焚は口から血を吐き、完全に白目を剥いていた。
(ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?)
昂焚の親友とは思えないあまりの行動にユマと稜は驚愕し、やはり予想外の行動に麗と正美も心の中でツッコミを入れるしかなかった。
「2人とも。この駄目人間の正しい扱い方を20年以上親友を続けたこの私が教えよう。特にユマ」
双鴉道化が仮面の嘴があたるまでグイッとユマに顔を近付ける。
「君が昂焚にどんな“幻想”を抱いているのかは分からない。だから今から私は彼の化けの皮を剥がしてやろう。尼乃昂焚は君が思う様な凄い人間じゃない。彼を愛してくれるのは親友としては嬉しい。しかし、“現実”を見た後でも同じことを言えるのであればの話だ」
そう言うと、双鴉道化は昂焚の頭を鷲掴みし、そのまま持ち上げる。
「昂焚。君は最近、カード破産寸前になったようだね。どうしてだ?」
「双鴉道化。これには深い事情が…」
ズドォン!!
双鴉道化が昂焚の頭を再び地面に叩き付ける。そして、再び昂焚の髪を掴んで面を上げさせる。
「言い訳はいらない。私が効いているのは君がカード破産寸前になった理由だ」
「……。ソシャゲの課金で…」
「この駄目人間が―――!さっさと借金返せ!イルミナティは財政難なんだよぉぉぉぉおぉ!!」
ズドドドドドドドドドッドドドオドドドドドオオォオォォォンン!!!!!
双鴉道化が昂焚の頭を掴んだまま、バスケのドリブルのように彼の頭を何度も砂浜へと打ちつける!
「この三十路寸前!住所不定!無職!童貞!アニオタ!ドルオタ!ロリコン!トラブルメーカー!いつまで自分探しの旅を続けるつもりなんだ!?あぁん!!言ってみろ!!」
「あ…いや、それは…」
「五月蝿い!黙れ!口答え無用だ!もう私は怒ったぞ!」
(えぇーっ!!)
「あと、私に5000万円近くの借金があるよな!!いつ返済してくれるんだ!?このクズ!駄目人間!!」
双鴉道化は何度も何度も昂焚の顔を砂浜へと打ちつける。そして、昂焚への暴言を吐けば吐くほど、稜の心の防壁が崩れていく。
「か、神谷?大丈夫?」
「俺って…三十路寸前の住所不定、無職、童貞、アニオタ、ドルオタ、ロリコン、トラブルメーカー、借金5000万円な上にソシャゲの課金でカード破産しそうになった男に負けたのか…」
稜が跪き、地面に手を着いた。稜の剣神としての
プライドがズタズタにされたのだ。圧倒的な力で自分をねじ伏せた男がこんなにも駄目人間だったのだ。
そんなことお構いなしに双鴉道化は精神的かつ肉体的にダメージを与え続ける。昂焚を罵倒することが稜を罵倒することに等しいことも知らずに…。
それから双鴉道化による罵倒が続くこと2時間。彼(彼女?)の昂焚に対する個人的な積年の恨みとかも含めて延々と聞かされ、強制ヘッドバンキングさせられた昂焚と剣神としてのプライドを欠片も残さず砕かれた稜は人格そのものまで否定され、光を失った眼差しで跪き、昔の金〇ロードショーのオープニングテーマが頭に浮かぶ夕陽のビーチで地面に手をついて絶望していた。
「これが彼の本当の姿だ。それでも君は愛せるのか?」
そう嬉々と語る双鴉道化。彼の罵倒には積年の恨みとかも含まれており、あとイルミナティがどうとか、幹部がどうとか、そんな昂焚とは関係ない愚痴もこぼしていた為、ストレスを発散してスッキリしたのだろう。
しかし、双鴉道化の言葉を無視してユマは昂焚の元へ、正美は稜の元へ向かう。
「それでも尚、愛するのか」
(ああ。癒そうとしてるんだね。正美ちゃんマジ天使)
ここで本物の愛を見せつけられ、美談で締めるのだろうと思っていた。しかし――――――
「本当に昂焚は駄目人間だね。29歳になってまで住所不定無職の童貞で仕事も気まぐれ。そんなステータスでお金をアニメやアイドルにつぎ込んでいるんだから、もう救いようが無いよね。一般社会だったら就職なんて無理だよね。どうしようもないクズで駄目人間。でも行動力だけは無駄にある。ラクサーシャだって救済を断念するレベルだよ」
「稜って最近、付き合いが悪いよね?デートはすっぽかすし、ドタキャンするし。風紀委員として頑張ってるのならそれで良いと思ったけど、加賀美先輩から聞いたよ?始末書の量が多いんだって?しかも苦情も殺到していて加賀美先輩も一日中、苦情対応に追われているんだってね。仕方ない時もあるけど、それでも限度ってものがあるんじゃないのかな?」
癒すどころではない。傷口に塩を塗って、辛子を塗って、石膏で固めるような追加の精神攻撃を展開する。
「ば、ばかな。し、信じられい。あの『闇弟令(やみでれい)』を使う者が存在しようとは…!!」
「知っているの!?カラスの人!?」
「ああ。以前、本で読んだことがある」
闇弟令(やみでれい)
春秋・戦国時代における逸話、それに基づいて秦が編み出した洗脳術である。
かつて、とある女商人の弟が姫君に見初められた。弟はそのことに舞い上がるほど喜んだが、かねてから弟に対して異性としての深い恋愛感情を持っていた姉はこのことを快く思わず、ある日、弟を洞窟に閉じ込めて拘束し、三日三晩、耳元で自分の元から離れないように囁き続けた。その結果、弟は姉から離れなくなり、怒り狂った姫君に処刑されるその時まで姉と一緒だったという。この暗“闇”で“弟”に自分から離れるなと命“令”し続けたことから民話「闇弟令」として語り継がれている。
そして戦国時代、この民話を元に秦は洗脳術を編み出し、高度な情報収集能力を生かして中国の統一を果たした。
日本には起源である逸話だけが伝えられ、伝わる際に読みが「闇弟令(やむでれい)」に変化。暗闇の中で弟を洗脳する姉、男を監禁して言葉を囁き続ける女の姿が病的であったことから「病弟令(やむでれい)」と「病」の漢字が当てられるようになった。平安時代の書物には「かの女、病むでれなりける」という記述が確認されており、伝来して以降の語彙の変化が著しいことが窺える。
現代では、秦が編み出した洗脳術は発祥地である中国の中華人民共和国公安部、アメリカのNSAやCIA、イスラエルのモサドなど、各国の諜報機関で用いられていると言われている。
日本でも忍、帝国の東機関、現代では内閣情報調査室や警視庁公安部が使っていると言われており、学園都市ではその洗脳のメカニズムが解明されつつある。
また、現代のオタクカルチャーにおける「ヤンデレ」というジャンルがこの「闇弟令」の逸話からきていることは言うまでも無いだろう。
民〇書房「民話から読み解く中国史 第三巻 恐ろしい女達」より
「まさか、闇弟令を使う人間に出会えるとは思っていなかった。彼女は何者なんだ?」
「まぁ、正美ちゃんは色々と不思議なところがあるのよね。1年より前の情報が皆無で書庫の能力データベースも曖昧だし、
繚乱家政女学校の卒業生顔負けのスキルを持ってたりするし、でもたまにもの凄く粗暴な口調で罵詈雑言を吐いたり、デスメタルを歌うのがもの凄く上手かったり、爆発物とか毒物にもの凄く詳しかったり、出会ったスキルアウトが即座に土下座しながら財布を差し出したり、FPSが廃人ゲーマー並に上手かったり、ぶっちゃけ実銃の方も百発百中だったり、実は稜より喧嘩が強かったり―――
本当に不思議な子なんですよねぇ~」
「それは不思議で片づけていいのだろうか…」
「それに魔術師として凄いって言っても神の右席とかと比べたらカスレベルだよね。聖人相手でも生きていられるの?あの神谷とかいう少年相手には圧勝したみたいだけど、それって昂焚が凄いんじゃなくて都牟刈大刀が凄いだけなんじゃないの?」
「あ、そういえば稜が怪我をする度に綺羅川先生がどれだけ大変な目に会ってるか知ってる?稜が怪我をする度に病院行って、様子を見たらすぐに学園都市を飛び出して稜の両親のところに向かって事情を離して謝罪して、学校に戻ってきたら校長に怒られて、学園都市の偉い人からも『信用問題にかかわる!』って怒られて、わずかに残された時間で数十枚もの報告書と始末書を書いてるんだって。稜が怪我をする度に毎回これなんだよ?もの凄く迷惑かかってるよね?」
「「でも、そんな貴方の面倒見切れる人なんて、この世界で私だけだよね?」」
「「ハイ。ソウデスネ」」(洗脳完了)
((恋する乙女って恐えええええええええええええええええええええええ!!!!!!!))
この時、双鴉道化と麗は二度と恋する乙女を怒らせまいと誓った。
最終更新:2013年10月10日 21:49