午前6時19分。

「ドレッドさん、話って……?」
「だからそう身構える必要はないよ。ほら、君の霊装だ。」

そういって、ドレッドは『灼輪の弩槍(ブリューナク=ボウ)』を浮かばせ、ゴドリックの手元まで到達させる。

「受け取りたまえ。君が成し遂げたい事を成す為には欠かせないものだ。」

ゴドリックは宙に浮かんだ自身の相棒を掴む。ドレッドが『灼輪の弩槍』を使って傷つけるようなことは無かった。

「で、話ってなんだ。僕は、早くジュリアのもとへ行かないと…………!!」
「ゴドリック=ブレイク。君に手を貸そう。」

ドレッドはサラリと本題を告げる。それを聞き、ゴドリックは目を丸くし、耳を疑う。

「どういうつもりだ?なんで僕なんかに手を…………?」
「君は、単体であの『世界樹を焼き払う者』の幹部に挑むつもりだろう?悪いが、君一人では勝つことは難しい。
が、私がいるのなら別だ。私と組めば勝率は飛躍的に上がる。そうすれば、ジュリア=ローウェルを救うことが出来る。悪い話ではないだろう?
それに、さっきも言った通り、私は君が気に入っている。それこそ部下にしたいくらいに。


―――――――――――――――――――――――――――――――さぁどうする、ゴドリック=ブレイク?」

ドレッドに選択肢突き付けられて、ゴドリックは固まる。
緊張ではない。思考停止でも無い。
冷や汗や震えは止まる。自分の胸の内から、答えが湧き上がった。
その答えに、思わず笑みを浮かべてしまった。



















「ありがとう、ドレッドさん。


―――――――――――――――――――――――――――――でも、これは僕自身がやらなきゃいけないことだ。だから助けは要らない。」

ゴドリックは、答えた。
それは決して見栄ではない。決意だった。
静かだが決して譲らない。堂々とした大木のような、確固たる決意だった。

かつてのゴドリックならきっとその提案に応じただろう。
だけど、それはしなかった。
これは、ゴドリック自身が招いた不手際。
だから自分自身で決着を付けなければならない。そう判断したから、提案を断った。

それから、静かに歩き出す。足を引きずりながらもドレッドを通り過ぎようとした。

「待った、ボーイ。一つ訊かせてほしい。」

そんなゴドリックの歩みを、ドレッドは止める。

「私は今回の一連を見ていた。全て見ていた。君は彼女を護る為とはいえ、一時は彼女に向けて矢を放った。

―――――そんな君が、ジュリアを護るのか?君は、君自身に誰か護る資格があると思っているのかい?」

ドレッドが口にしたそれは、真実。
決して否定できない事実で、変えたくても変えようのない、過去。
そんな真実を突き付けられたゴドリックは言う。

「『誰かを護る資格』、か………。10年前から、そんな資格なんてない。兄さんを殺して、ジュリアに一生残る傷をつけた僕にそんな資格はない。」

その時のゴドリックの顔は苦痛にゆがんでいた。

しかしドッレドは見る。
眼にだけは強さが残っていたことを。

「だけど、資格がないから大切な人や場所を護っちゃダメなのか?過去に囚われ過ぎて、未来を歩めなくなってもいいのか?



僕は例えコソコソ隠れまわってでも、隙を見て射たとしても、どんなに姑息で泥臭い方法を使ってでも、大事なものは護りきる。
それが唯一出来る僕の贖罪で守り通すべきモノだ!!





―――――――――――――――――――――――――――もう何もできずに目の前で大切なものを失うなんてもう御免なんだ!!」
「そうか。」

ドレッドは納得したかのように、ゴドリックの肩に手を置く。
と、同時にゴドリックの体から、痛みが引いてゆく。ドレッドが施した回復魔術だ。

「これで、戦えるくらいには傷は癒された。此処からはさっきみたいに都合のいい助けはない。今度こそ死ぬかもしれないぞ?」
「死ぬ、か。それはないな。

僕は誓った。必ず生き残るって。

だから死なない。僕の魔法名に誓って、必ず暖かい世界を護りきる。その時はまたティル・ナ・ノーグの紅茶でも飲みに来てくれな。」
「ハハハ。楽しみにしているよ。先程探索術式を展開してみたが、西側の方角に2人の魔力を感じた。恐らくはそこにいるだろう。急ぐと良い、ボーイ。いや、ボーイはもうふさわしくないな。ゴドリック=ブレイク。君は男だ。私よりも遥かにダンディーな、ね。」
「ああ、ありがとう。行ってくる。妖精王は霧雲を纏う≪TKFWF≫!!」

ゴドリックが詠唱を唱えると、彼の纏う濃紺のストールから霧が出る。2,3秒後にはゴドリックの姿は見えなくなっていた。

「…………行ったか。」

ドレッドは呟く。
その眼は眩しいものを見るかのような眼だった。

「随分、あのウェイターに執着しているんだな。」

聞きなれた声が聞こえる。振り返ると、サラリーマンの様な男とラテン系の女がいた。
尼乃昂焚とユマ=ヴェンチェス=バルムブロジオ。フリーランスの魔術師で訳あって二人で行動している魔術師だ。

「あぁ、昂焚君か。この姿が仮のモノで良かったよ。でなければ私の素顔を知る人間がもう一人増えていたところだ。その度にゲッシュをかけるのは面倒だ。」
「お前がティル・ナ・ノーグにいたって後で知った時は肝を冷やしたぞ。ゲッシュは、本当に戦々恐々とする。本当に何回お前の正体を明かせって霊装片手に迫られたことか。」
「ゲッシュ?なにそれ。」

一人、ユマは聞き慣れない魔術に首をかしげる。
そんなユマにレクチャーするのは昂焚だ。

「ゲッシュってのは『禁忌』って意味を持つケルト神話の魔術だ。自分にも他人にもかけることが出来る魔術でな、何かを誓う事で成立する。
ケルト神話の大英雄クー・フーリンの場合は『犬の肉を食べてはならない』が特徴的なゲッシュ。ディルムッド=オディナって英雄はグラーニアと言う女性に『自分を連れて逃げなければならない』というゲッシュをかけられた。
俺はソイツに『正体を喋ってはならない』ってゲッシュをかけられた。破れば一気に破滅となって襲い掛かるのが、ゲッシュの怖いところだ。まぁ、護っているうちは自分に有利な状況になったりするが。」

それを聞いたユマの顔色は変わる。

「ふぅん。…………つまり、昂焚に害をもたらしたって事で間違いねぇんだな?」

それを聞いたユマは戦闘態勢に入るが、それを慌てて昂焚が止める。

「やめろ、ユマ。コイツはかなりの実力者だ。」
「だからどうしたってのさ、昂焚!!」
「ほぉう、ユマ……ユマ=ヴェンチェス=バルムブロジオか。君の事はアレハンドラから聞いているよ。面白い娘がいた…………とな。」
「何であたしの名前を………アレハンドラ?まさかアレハンドラ=ソカロのことか!!!?」
「その通りだ。アレハンドラが君のことを心配していたよ?」

突如、ドレッドが黒い羽毛に包まれる。羽毛はとある人物の姿を形成していく。
雪のように白いマント。それを侵食するかのように装飾された黒い羽毛。
顔に着けた仮面は鼻の長いヴェネチアンマスクとプテラノドンの下顎の化石を融合させたようだった。

その鴉と人間を足して二で割ったかのような姿は、その人物の正体がわからずとも魔術サイドで知られているとある秘密結社のボスの姿だった。

「れ…双鴉道化。まさか、なんで此処に?」

イルミナティと呼ばれる魔術結社。双鴉道化はそこの首領。ゴドリックやジュリアの様なフリーランスの魔術師とはレベルが段違いだ。

「なぁに、漫遊がてらにイギリスを訪れていたら、面白い喫茶店を見つけてね。私は、其処やそこの人間が気に入っただけだよ。特にあの青年、ゴドリック=ブレイクはね。案の定、今回の一件の様な面白い事件を見つけてきてくれた。」
「今回の一件がそんなにおもしろいのか?」
「あぁ、面白い。この事件で君達は何を見た?」
「何って……俺からは普通の事件にしか見えないが?」
「アタシも、昂焚と同じだ。」
「そうか。私が見たのは…………『人間』だ。」

その直後、光が照らされる。
双鴉道化や昂焚、ユマが何か施したのではない。日の出による、自然の光だ。
ロンドンの空に、太陽が昇り始めた。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇


「西の方角……もうそろそろ何か手がかりが見えてもいいはずだ!」

午前6時29分。
マティルダがデヴァウアを追い詰め、ニーナ・ヤールがジェイクと対峙しているその頃、ゴドリックはジュリアとアヴァルスを空から探していた。

今のゴドリックは人の目からは見ることは出来ない。今のゴドリックは霧雲に乗り、空を舞える。
どれもこれもゴドリックが新たに製作した霊装『灰青色の霧(フェート・フィアダ)』のおかげだった。
ストールの形状をした霊装『灰青色の霧』は『ケルト神話に出てくる、使用するとダーナ神族の姿は人間からは見えなくなる魔法の霧、または覆い』の伝承と、『ダーナ神族がエリン(現在のアイルランド)に来寇する際乗ってきた魔法の霧雲』の伝承をミックスさせた霊装だ。
これを使用すると霧があふれ、術者や霧で包み込んだモノを不可視にする効果がある。また人間二人くらいならば発生させた霧雲に乗ることが出来る。
霧に隠されたモノが見えるのは術者や同じく霧を纏った者のみ。それ以外の人間には完全に不可視だ。
この二つの効果を併用できるのも『灰青色の霧』の強みだ。簡単に言えば『ステルス機能の付いた筋斗雲』といったところだ。
弱点と言えば、視力以外の感覚や魔力探知系の魔術の前では丸裸くらいだという事。魔術生命体など人の形を保ってない者なら完全に無意味だという事だ。

そんな必死になって探しているその最中、ナニかが視界に入る。

それは光。
それは日の出。
輝く太陽が放つ光は、徐々に空を覆い始める。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇


「私は『人間』と言う者をずっと見てきた。

貧しいながらも手を取り合う泥ヒバリの仲間たち。それを一気に潰した醜い人間達の争い。イルミナティという人間の欲求を顕わにした組織。
イルミナティだけではない。人間の世界はそういう箱庭だ。『ヒトは闇に堕ちやすい』という神代の時代からの真理がハッキリと体現された世界で欲望のためだけに動き、争う人間。

断言しよう。人は汚い。汚れて醜い」
「…………」
「だけど、私は思うんだ。私はそんな彼らを美しく感じる。そんな彼らが愛おしいんだ。
人間は闇に堕ちてなお、足掻き続ける。暗闇の中にさす一筋の光(ごうよく)。そこに向かって歩むその姿こそが、美しい。

この事件はそういう真理を体現する人間でひしめいている。

マティルダ=エアルドレッドは戦いという光に何の迷いもなく直進している。
ニーナ=フォン=リヒテンベルクは幾度の挫折を繰り返しながらもなお諦めず、光に足を進めている最中だ。
ヤール=エスぺランは幼馴染と言う光を失いながらも、似た悲劇を繰り返さないために魔術師をやめない。
ゴドリック=ブレイクは大切な世界が放つ光を決して失わないために、困難な道のりを進むことをやめることはない。

……ああ、私には全員が眩しく見えるよ。」

人は美しい、という双鴉道化の言葉に同調するように、太陽は昇っていく。発する光は天を覆い、地上を照らす。

戦いを終わらせたマティルダ=エアルドレッドは勝利に酔うかの様にその身に陽光を浴びる。
決意を示すニーナ=フォン=リヒテンベルグにスポットライトを当て、ヤール=エスぺランは彼女の決意を再び垣間見る。
そして、ゴドリック=ブレイクは暁の舞台で捜していた者を見つける。

ジュリア=ローウェル。ゴドリック=ブレイクの暖かい世界の中にいる、彼が生きる為の理由。
そんな彼女と目が合う。まだ生きてはいるものの、アヴァルスに首を締め上げられていた。

考える時間は無かった。戸惑う素振りも無かった。

「ジュリアを…………………放せッッッッッ!!」

そんな事をする前に、彼は刃を振りかざしたのだから。



午前6時25分。

「が……ふっ!!」

ジュリア=ローウェルは苦戦していた。いや、苦戦で済むのならばまだ易しい方だ。
『業焔の槍(ルイン)』の焔は『栄光の剣』の『的確精度』の前に届かず、『封焔の鞘(アンチルイン)』は2000℃もの高熱とは相殺され、逃亡を謀っても『黄金の鬣』の前では捕らわれたも当然。

明らかに格上との戦い。
その結果、彼女はズタボロだった。ジュリア一人では不利だった。
それでも彼女は粘った。直撃することなく攻撃を躱しきり、余波やその影響だけでダメージを済ませているあたりがその証拠だった。
彼女は諦めない。助けなければいけない人がいるから。生きてほしい人がいるから。

「諦める、モノですか…………!!」

槍を握りしめる。握られた掌は血を流す。『封焔の鞘』は使わない。それに使う分の魔力を『業焔の槍』にまわす。まわされた魔力(ガソリン)は煌々と焔を燃やしあげ、4mの穂先を形成する。

「この槍に、この一突きに全てを込める…………!!」

焔を宿した穂先を金の獣毛の魔術師に向ける。目的のためならあらゆる事をしてのける魔術師の闇が、普段の彼女を黒く染め、足を動かした。

「ふん。ゴミにしてはよく粘った方だな。」

一方のアヴァルスは左手を負傷し、剣を握ることが出来ない以外は余裕そのものの健康体。片手だけでも『栄光の剣』は振り回せるし、いざとなれば『的確精度』を使えばいい。戦闘能力は明らか。それこそ趣味を行うかのような感覚で追い込める。
しかし、一方で精神面はそうでもなかった。『左手を傷つけられたどころか封じられた』という事実が彼のプライドを著しく傷つけており、踏みにじっていた。

「さぁて、ゴミよ!!ここでくたばると良い。死を懇願するほどの苦痛を味わせてやろう!!」

5mの刀身を造り上げたアヴァルスもまた駆ける。『黄金の鬣』は使わず、自身の足で獲物にとどめを刺そうとする。

意思を持って振るわれる霊装。この一瞬で全てが決まる。この一瞬で運命が分かれる。

焔槍と、熱剣。二つの刃が交わった。








地面に溜まる血は一滴も無かった。
ただ、カラン。 という空虚な音だけが鳴り響いた。

ジュリアは呆然としていた。アヴァルスは当然という風な顔をしていた。


“『業焔の槍』の穂を切り落とされただけだった”と言う結果を、運命の女神は造り上げた。

「あぁ、そんな…………。」

『業焔の槍』は穂先だけではなく柄や石突からでも焔を噴出できる。しかしソレは「槍」という形が成り立ってこそのモノ。もはや棒切れとなった『業焔の槍』は、炎を噴出することはない。

「自分は一切の傷は無い、か。運だけはいいと見える。」

その声を聞き、我に返ったジュリアは『封焔の鞘』の毒液を浴びせようとする。が、その前に首を掴まれ、壁に押し付けられる。

「あぁ、言い様だな。ゴミにはお似合いの光景だ。」

ギリギリと右掌に力を込める。それと比例するようにジュリアの苦しみもまた目立ってくる。

「貴……方は。なんで、こんな事……!!」
「なんで、か。私の現在の最重要目標は、今持っている霊装より遥かに強力な霊装の作成や確保だ。その為に私もいろいろ苦労しているんだ。

敵対している結社に情報の横流しして。
死地に送り込んで邪魔者の謀殺して。
程好く動く手駒の確保の為に、市井に眠る魔術師や、魔術師になり得る一般人の発掘したり。その人間が、『世界樹を焼き払う者』に所属せざるを得ない理由を『強引に作る』のには苦労する。
他の魔術結社に裏から手を回し、一般人を実験台にして、北欧神話の伝承の巨人や幻獣の能力を再現させたり、な。
今回のこの事件も、都合のいい手ごまを手に入れたり、霊装の実験台の確保のためのものだよ。
最終的には『自分の命令に完璧に従う駒のみが居る世界』を造り上げるために『世界樹を焼き払う者』にいるんだ。私は悪くない。こんな世界が悪いんだ。この世界は絶望ばかり。だからこそ世界を一度滅ぼして、もう一度造り上げてやる。」

自身の理想に恍惚となるアヴァルス。ソレは希望しか見ていない夢想家の顔だ。
しかしその希望は歪んでいる。間違いなく歪んでいる。
それに気づいたからこそ、ジュリアの顔からは絶望は消えた。






「可哀想な人。」

その一言が今のアヴァルスを表す最もな言葉だとジュリアは悟る。

「誰かがいてくれるから、誰かのために動くから、人は諦めず何処までも進んでいける。どんな厭世家でも解りきっていることなのに、貴方はそのことを解っていない。そんな貴方が『自分の命令に完璧に従う駒のみが居る世界』なんて造れる訳は無い。


きっと貴方は誰にも愛されたことのない人ね。だけど、そのことが解っていながらどうして誰かを愛そうと……」
「黙れぇ!!」

ジュリアの言葉を聞いた途端、アヴァルスの顔は歪む。手には更に力が入る。
元々温かさが無かった顔は更に冷め切る。

「何処までも怒らせるごみクズめが……。決めた、ディスターブに処分させたあの小僧の死体を見せてやろう!!」
「!!」

最期の言葉を聞いたジュリアの顔色は変わるみるみるうちに青ざめていくのが薄暗い環境でも判る。

「今頃あの小僧は原型を留めていない肉塊になっているだろう。それを見せつけた後、貴様を改造して、化け物にしてやろう。反逆も自害も許さん!!忠実な下僕にして踏みにじってやる。」

ギリギリと締め付けた手はみるみるうちにジュリアの顔色を青ざめさせてゆく。





なのに、陽の光に照らされたその顔は。
何故、笑顔でいられるのだろうか?

霊装は使い物にならない。自分の命は風前の灯。

「それは、出来ないわね。」

なのに、何故まだ希望を見いだせることが出来るのか?
気がおかしくなってしまったのか?狂ってしまった方がいいと判断したのか?

いいや、違う。
答えは簡単。

「だって、貴方が言ってる小僧は、私の希望は、肉塊になんかなっていないのだから!!」

そう言われて、アヴァルスはやっと、自身に迫る男に気付く。

「ジュリアを…………………放せッッッッッ!!」

太陽色の刃は、死の運命を断ち切った。

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最終更新:2013年08月12日 01:48