「『Astrological Signs<黄道十二宮ヲ守護スル星ヨ> Taurus Palace<地ヲ駆ケル金牛ノ角ヲ以テ運命ヲ穿テ>』!!!」
糸の砲弾が直撃する直前に唱えた詠唱・・・魔力を生み出す呼吸法でもある単語を吐いた瞬間、
界刺の髪に隠れている首の後方に刻まれていた―後ろ髪と『光学装飾』にて隠していた―魔法陣が脈動する。
ズガッ!!!
『赤外子機』が破裂した刹那、前方の地面が隆起し圧縮された土砂の『角』が迫り来る凶弾を迎撃した。『惑星の掟』における『十二宮』が一角である『金牛宮』を司る土属性の魔術で、
“保守”の意味を持つ+魔法陣に刻まれた文字の関係上界刺の場合は前方25cm先に2秒間しか展開できないが、魔術により隆起・強化した土砂の角で攻撃を防御する迎撃魔術である。
『キャパシティダウン』の影響もあるのか、糸の砲弾は迎撃された後も動く素振りを見せることは無かった。
界刺は超能力とは違う異世界の法則を行使することで絶体絶命の危機を脱することに成功した。
ブシュッ!!!
「グッ!!!??」
そんな束の間の安堵を感じた次の瞬間、“英雄”の左腕から血が飛び出て来た。まるで、“体の内側に存在する血管が破れた”かのような事象。
安堵と衝撃の間を揺れ動く“英雄”の自意識を無視するかのように、他の部位からも赤い液体が噴出し始める。
「(何・・・だ、こ・・・れ?まさ、か・・・儀式が不完全・・・だったの、か?)」
内側から引き裂かれるような激痛で混濁する意識を必死に保とうとする界刺は、自身の不手際を疑う。彼は知らない。儀式はちゃんと成立していたのだ。
これは、能力者が魔術を行使した時に発生する“副作用”才能の無い人間が才能のある人間へ追い着くために作られた技術を、
元からある才能を開花させるべく脳をいじくった人間が使った時に生じる“反動”である。その一例が・・・今の『血管への過大負荷』である。
「ガハッ!!ゴホゴホッッ!!!」
口内に喉の奥から上って来た血が満ちる。それを漏れ出る咳きによって吐き続ける界刺。蹲り、残骸である駆動鎧のパーツの上から一歩も動くことができない。
今まで味わったことのない激痛が界刺を苛む。このままでは出血多量による死さえ起きかねない彼の下へ、ようやく来援達が到着した。
「界刺さん!!界刺さん!!!」
「これは・・・!!!すぐに勇路を呼ばなければ!!!」
「稜!!大丈夫!!?」
「何とか急所は・・・。それよりアイツを・・・!!!」
真っ先に駆け付けた水楯が界刺の惨状から、すぐに『粘水操作』を用いて血液の循環の安定を図る。
同じく彼の状態の切迫さを目の当たりにした159支部リーダー破輩は携帯電話によって直接勇路へ連絡を取る。
他方176支部リーダー加賀美は近隣で這いずっていた部下の神谷を介抱しながら、神谷の意見もあって界刺の下へ近寄っていく。
「ひ、酷い・・・!!水楯さん!!これって・・・!!」
「色んな血管が破れてる!!今は何とか私の能力で血液を循環させているけど・・・破輩先輩!!勇路先輩はどれくらいでこちらへ!?」
「すぐに向かって来る!!あいつの脚力を考えれば10分も掛からないだろう!!加賀美!!神谷の怪我は!?」
「急所は外れてるので、手持ちのキットで応急処置可能です!!というか、今やってます!!」
「そうか・・・神谷!!これもあの殺人鬼の仕業か!?」
「・・・わかんねぇっすわ。急に地面が隆起して野郎の攻撃と衝突したと思ったら、どういうわけかコイツの体から血が噴出し始めて・・・」
「わ、私も見たけどあの隆起は一体何なの!?界刺さんは光学系能力者だし・・・私達以外の能力者の仕業だったり・・・」
「今はそんなことはどうでもいい!!!界刺さんの容態安定が最優先よ!!!」
「あっ・・・ごめん、水楯さん」
怒声混じりの大声が少年少女達の間を飛び交う。ここに居る者達の誰もが冷静では無かった。殺人鬼の猛攻に意味不明な事象の連続が彼等彼女等の精神を磨耗させていた。
とにもかくにも、この中で一番重傷である界刺の治療が最優先である。勇路が到着するまでの間を何としてでも凌がなければならない。
水楯は『粘水操作』のコントロールに全神経を集中し、破輩は椎倉へ連絡を着けながら周囲の警戒に当たり、加賀美は対外傷キットを使って神谷へ治療を施していく。
ビュン!!ビュン!!ビュン!!
「「「「!!!??」」」」
数分が過ぎた頃、彼等の付近に異変が起きた。地面の至る所に埋没していた糸の弾や、夜空を覆っていた蜘蛛の巣が突如として飛び去って行ったのだ。
再びの攻撃を警戒する破輩達だったが、一向に攻撃が向かって来る気配が無い。これが意味するのは・・・果たして?
「破輩先輩・・・どう思いますか?」
「加賀美・・・。不気味だよ。率直に言って。あれ程執念を見せていた界刺の抹殺を何故仕掛けて来ない?今の界刺なら、トドメを刺す絶好の機会の筈なんだが・・・」
「俺達を恐れて・・・ってタマじゃねぇよな」
破輩・加賀美・神谷は、殺人鬼の健在を知ったが故にトドメを刺しに来ない“怪物”の意図を図りかねる。
自分達を恐れて・・・などという理由では決して無いだろう。ということは・・・
「奴が戦闘続行可能な状態であると仮定するなら、考えられる理由は1つしか無い。つまり・・・」
「界刺さんの抹殺より重要な要件ができた・・・ですね?」
「野郎のそもそもの目的は『
ブラックウィザード』の殲滅・・・ってことは!!!」
本来の目的である『「ブラックウィザード」の殲滅』を界刺の抹殺より優先しなければならない事態になったということ。それしか考えられない。
先程の糸の“回収”も、全ては『「ブラックウィザード」の殲滅』に必要な物資を集める必要があったからだろう。
彼等彼女等の心中に湧き上がる大きな危機感・・・それを確定させる『声』が戦場に木霊する。
「『ブラックウィザード』のリーダー
東雲真慈の確保に成功!!!繰り返す!!!『ブラックウィザード』のリーダー東雲真慈の確保に成功!!!
同時に拉致された一般人全員の救出にも成功!!!これより、『ブラックウィザード』の残党を確保することに傾注されたし!!!」
北部方面の駆動鎧部隊を率いる部隊長が『ブラックウィザード』の気勢を削ぎ落とし、味方を鼓舞するために施設内に響かせた“弧皇”の確保を告げる『声』が。
「「「・・・・・・」」」
破輩・加賀美・神谷は、味方を鼓舞する筈の『声』を耳にして数十秒もの間“言葉を失っていた”。そこから思考を働かせて言葉を口にするのには分単位も掛かってしまった。
拉致された一般人全員の救出に成功したことも、『ブラックウィザード』のリーダー東雲真慈の確保に成功したことも、本来であれば非常に喜ばしいことだ。
しかし、この放送の直前に殺人鬼が退いた理由を考えると全くもって喜ぶことができない。あらゆる肯定や否定を心中で繰り返した果てに結論付けた推測。
図らずも3人共見解は一致していた。まず間違い無い。あの殺人鬼は・・・“止まらない”。
「あの野郎・・・この期に及んでも、まだ『ブラックウィザード』を殲滅することを諦めてねぇな!!?」
「いや・・・このタイミングなら瓦解寸前の『ブラックウィザード』全体を狙ったりはしない筈。狙うなら・・・」
「東雲真慈か!!北部方面の駆動鎧部隊は手薄になっているし!!位置的には狐月達が居る西部侵攻部隊が一番近・・・(ピピピ)・・・うん?」
<加賀美先輩!!>
「その声は・・・狐月!?」
現状から殺人鬼の意図を看破した者の1人である加賀美の通信機から、警備員と行動を共にしていた部下の声が流れて来る。
破輩や神谷も通信機を操作して斑の声を受け取れるようにした。そんな中。声の端々に納得感が溢れる斑が告げるのは・・・殺人鬼の意図を看破した加賀美達にとって非常にマズいこと。
<先程新“手駒達”130名全員確保できました!!他の新“手駒達”もあの東雲も確保できたようですし、後はあの殺人鬼だけですね!!>
「そ、そうだね!!」
<今、新“手駒達”の搬送を担当する者を除いた私達西部侵攻部隊と南部侵攻部隊が橙山先生の命令を受けて南西部へ向かっています!!!
神谷やあの“詐欺師”の奮戦を無駄にしないためにも、今度こそ皆の力を合わせてあの憎き殺人鬼を倒しましょう!! >
「・・・えっ?狐月達は・・・“ここ”へ向かってるの!?」
<?そ、そうですが・・・>
「タイミングが良過ぎる・・・!!まるで、こちらの動きを把握しながら動いてるようだ・・・!!!」
斑が告げる『西部侵攻部隊と南部侵攻部隊の南西部への移動』は、北部方面へ強襲を仕掛けるであろう殺人鬼にとってとても都合がいい。
さすがに、あの殺人鬼の手先(スパイ)が風紀委員会に存在するとは思えない。よって、考えられる別の可能性としてあの“怪物”は何らかの手段を用いて
風紀委員会の動きを把握していることが挙げられる。能力か、付近に協力者でも居るのか、それとも・・・今の状況ではその手段を断定できないが、
少なくとも『西部侵攻部隊と南部侵攻部隊の南西部への移動』は風紀委員会にとって悪手であることは明白だ。
「斑!!すぐに東雲を確保した北部方面へ駆動鎧部隊を向かわせろ!!」
<神谷!!?何だ、意外に元気そう・・・>
「殺人鬼は“ここ”には居ねぇ!!野郎は東雲の首を取るために北部へ向かった!!!」
<何だと!!?>
「狐月!!稜の言ってることは多分合ってるよ!!だから早く北部へ!!駆動鎧が少ない北部侵攻部隊じゃ、あの殺人鬼に対抗できない!!!」
<りょ、了解しました!!!>
神谷と加賀美の絶叫さながらの指示に危機感を強めた斑は、即座に西部侵攻部隊と南部侵攻部隊の部隊長に事の一刻さを伝えるために通信を切った。
この戦場における最大最凶のイレギュラーが、もはや大勢が決まったと言っていい風紀委員会と『ブラックウィザード』の戦いの終着を滅茶苦茶にするべく牙を剥く。
間もなく訪れる不確定な未来を案じる風紀委員達・・・の耳へ、まともな意識を保てていなかったあの男の声が届く。
「テ、テメェ・・・等・・・こ、んな所で道草を食ってる場合じゃ無ぇ・・・だ、ろ」
「界刺!?」
「界刺さん!!」
「・・・!!」
未だ焦点の合わない瞳を向ける“英雄”に風紀委員達は近寄る。か細い声しか出せない彼の声を一言一句も逃さないように。
「俺、に・・・構うな。テメェ等は、とっとと東雲の所へ行け」
「だ、だが・・・!!」
「俺ならしばらくは大丈夫だ。涙簾ちゃんが居るから・・・な。ゴホッ!!・・・・・・ハァ、ハァ。
勇路先輩も俺の治療で足止めさせんな。先輩の力は北部に居る連中に必要になる。だから・・・早く・・・」
「界刺さん・・・!!」
「加賀、美・・・神谷・・・テメェ等もさっさと行け。このままだと・・・網枷が死んじまうぞ?」
「「ッッッ!!!」」
「ガホッ!!・・・ハァ、ハァ。テメェ等・・・の落とし前を着けなきゃなんねぇんだろ?なのに墓前で着ける気かよ?・・・・・・そうなったら、絶対に後悔するぞ?
結末がどうなるにしろ・・・網枷が生きている内に落とし前を着けろ。リーダーとして・・・同期として・・・ガホッ!!グホッ!!」
「界刺さん!!喋らないで下さい!!」
咳きと共に血の塊を吐き出す界刺は、『他者のため』に必死に言葉を搾り出す。『俺のことより優先するべき事柄を優先しろ』・・・そう言っているのだ。
『自分』を最優先にする人間が、こんな状態になっても尚『他者のため』に言葉を贈ることができる。その有り様に、風紀委員達は感銘を受けざるを得ない。
「皆アアアアアァァァッッ!!!」
「勇路先輩が来た!!」
「神谷・・・“行くんだな”?」
「破輩先輩・・・はい!!」
「・・・・・・・・・加賀美。神谷。お前達は勇路と共に北部へ向かえ。私はここに残る」
「破輩先輩!!?」
「破輩・・・テメェ・・・」
「これは私の意志だ。『ブラックウィザード』ないし殺人鬼の協力者が付近に居るかもしれない状況下で、お前達を放っていけるか。加賀美・・・頼む!」
「・・・わかりました!!!」
突き刺さる界刺の眼光を無視しながら破輩は同じリーダーである加賀美(と神谷)へ想いを託す。
このすぐ後に到着した勇路―湖后腹は風路兄妹を護衛している春咲達の下へ向かった―に説明をした後に、彼へおぶられる形で加賀美達は南西部を後にする。
最後の最後で事態は風雲急を告げる様相を呈する。それを心身共に嫌と言う程実感する“風嵐烈女”は、文句あり気な“英雄”の治療に取り掛かり始めた。
加賀美達が南西部を離れる前・・・つまりは『惑星の掟』が発動した後、糸の牽引力そのままに遠方へ離脱したウェインは、
ある建物の屋上へ着陸した瞬間から数分間微動だにせずに荒い息を整えること集中していた。
「(ま、さかあの局面で『キャパシティダウン』を喰らわせに来るとはな。今後のため1度は“経験しておきたい”と前から思っていたが、よりにもよってこのタイミングとは・・・)」
【獅骸紘虐】に覆われた彼の様子は、外部からでは容易に察することはできない。だが、先程まで吐き続けていた荒い息が彼の身に起きた異常を証明している。
「(故に、奴に放った砲弾も演算力が低下した苦し紛れも甚だしいモノだった。あの時の俺は緊急回避と体内の制御に低下した演算の殆どを割いていたからな。
痛覚を抑制していなければ、あの演算さえ維持できていたかどうか・・・追撃を仕掛ける余裕も無かったしな。しかし・・・あの地面の隆起は・・・)」
息を整えた“怪物”は、離脱中に垣間見た不可思議な現象を脳裏に思い浮かべる。あれは奴の光学能力では無い。ならば、あの隆起は発生した理由は何か?
目にした光景からある答えを導き出そうとしていた“怪物”・・・の懐にある携帯電話から特徴的な音が漏れ始めた。
「・・・時間切れか」
それは“保険”。この戦場へ向けて空を翔け抜けていた際にコンタクトを取って来たある男の『申し出』をウェインは受けた。
携帯から漏れ出る音が示すのは、『本来の仕事に戻れ』というサインである。ここで言う『仕事』とは、『紫狼』の現リーダーである外野の依頼である。
それは、『本気』を出した上で『殺す』と明言した“英雄”からこの場は手を引くことを意味していた。
「フン、仕留め損なったか。忌々しいものだな・・・偶然という世界の理は。だが、悪くはない。やはり世界とはこうでなくてはな・・・。よかろう。次は必然に変えてくれる」
“世界に選ばれし強大なる存在者”は、世界が齎した―“英雄”が『アレ』に触れた―偶然に不満気と満足気の両方を混ぜた表情を浮かべながらうるさく鳴り響く携帯に出る。
その先に居る顔なじみから受け取った情報にて、現在の状況を全て把握した“怪物”は操作範囲下に存在する糸を大小問わず全て上空へ集結させる。
組織が瓦解寸前となった今、標的は『ブラックウィザード』のリーダー・・・東雲真慈に定まった。
準備を整えた“怪物”は、レーダーから逃れるための『撹乱の羽』を纏ったまま夜の『闇』を翔け抜けていく。
課せられた仕事を完遂するために、【鏡界】から解き放たれた暴虐の主は最後の強襲に打って出る。
「くそっ!!放せ!!!」
「妙な真似をすれば、最悪暴徒鎮圧用のスモークが待っているぞ!!さっさと歩け!!」
「ど、どうしてこんなことに・・・」
暴徒鎮圧用スモーク対策として特殊なマスクで顔を覆った警備員に急かされる永観と智暁。焔火と固地によって拘束された2人は、
施設内北部にある空き地にて北部侵攻部隊の警備員達に引き渡された。彼等だけでは無い。警備員・成瀬台及び178支部・『協力者』の活躍により、
北部方面で抗戦していた『ブラックウィザード』の構成員達は殆ど確保されていた。“巨人”を操っていた殻衣や真面に秋雪も焔火達と合流し、今まで戦っていた敵が連行されていく姿をずっと見詰めている
警備員の高速車両が照らすサイレンの赤が夜の闇を切り裂く中、沈黙を守っていた風紀委員達が思い思いの言葉を呟いていく。
「リーダーも確保したし、東部の戦いも閨秀先輩や『
シンボル』の不動先輩達の加勢もあってようやく大勢が決まったって浮草先輩から連絡あったから・・・これで何とかなるかな?」
「そう・・・ね。・・・。まだ全部の戦闘が終わったわけじゃ無いから気は抜けないけど、1つの区切りは付いたんじゃないかな?」
「やったじゃない、緋花!お姉さんをその手で救った緋花の勇姿・・・きっと私は一生忘れないわ!」
「ハハハ・・・秋雪先輩はその場面に居なかったですけどね」
「・・・・・・」
全体としては完全に戦闘が止んだわけでは無い。遠方からは、最後の抵抗なのか散発的に銃声が聞こえて来る。
しかし、東雲他大勢の構成員達を捕まえた上に罪無き一般人を全員救出できた事実は、真面・殻衣・秋雪・焔火に確かな満足感を与えていた。
救出した一般人は、既にこの戦場から離脱している。後は残党狩り及び南西部に居る“怪物”への対処。
位置的には前者の役割を宛がわれている彼等彼女等は、今後の方針を警備員と協議するためにここへ集まっている。
そんな中1人険しい顔付きを保っている固地の瞳に、血塗れになった巨漢2人が互いに1人ずつ気を失っている人間を抱えながら駆けて来る姿が映る。
「・・・焔火。お前の“ヒーロー”が帰還したぞ」
「えっ?・・・み、緑川先生!!だ、大丈夫ですか!!?」
「おぅ、緋花か!!なぁに、この血の殆どは俺のモノじゃ無い!!左腕を銃弾が貫通したが、こんなモノ唾でも付けておけばあっという間だ!!ガハハハハ!!!」
「・・・プッ!先生らしいなぁ・・・」
豪快に笑う緑川の姿につい噴出してしまう焔火。かつて、自分を助けてくれた時もこうやって血塗れになりながらも平然としていた。
自分が憧れた“ヒーロー”。自分の原点とも言うべき漢の有り様をもう1度強く胸に刻む。彼とは違う“ヒーロー”を歩むために。
「寒村・・・ソイツが東雲か?」
「あぁ、そうだ!!全く、寝顔は我輩達と変わらぬ年相応の少年だというのに・・・何処で道を間違ってしまったのであろうな?」
「(・・・いやいやいや)」
「(寒村先輩の寝顔と私達の寝顔を一緒にされるのは・・・!!)」
固地の確認に、寒村は『筋肉超過』にて完治している腕に抱えた“弧皇”の寝顔に溜息を漏らす。
一方、筋肉ダルマと同じ寝顔扱いされたことに真面と殻衣は心中でツッコミを呟く。自分達は断じてあんなゴツい寝顔では無い。断じて。
「寒村よ!積もる話はあるが、今は戦闘の終結に力を注がねばならん!!東雲と伊利乃を北部侵攻部隊へ預け、戦線へ戻るぞ!!」
「了解ですぞ、師範!!」
寒村と緑川は、早々の戦線復帰を為すために拘束した東雲と伊利乃を北部侵攻部隊の警備員へ預ける。
『ブラックウィザード』のリーダーが実際に連行されていく姿を目の当たりにした焔火達は、長かった今回の事件が終結を迎つつあることを実感する。
緊迫した戦いを続けてきた中でできた安堵の感情。言い換えれば気の緩みとも表現される『油断』へ・・・
風紀委員会本部から緊急伝達を受け取った―緑川達が居る場所からは離れている―北部侵攻部隊の部隊長が鳴らす警鐘が突き刺さる。
「各員へ次ぐ!!速やかに臨戦態勢を整えろ!!南西部に居たあの殺人鬼が
神谷稜と
界刺得世を破ってこの北部へ向かっている!!奴の狙いは東雲真慈だ!!!」
「「「「「!!!??」」」」」
風紀委員会全員を相手取っても勝ち得る可能性を有するあの“怪物”が、“弧皇”の首を取るべくここへ強襲を仕掛けて来る・・・という警鐘が。
「現在殺人鬼の位置は不明!!しかし、上空に奴が操作する蜘蛛糸が集結している!!速やかに東雲真慈をこの戦場から離脱さ・・・(ザザザッッ)」
本部からの情報を伝えていた部隊長の通信が途上で途切れる。最後の方に混じった雑音から察するに何らかの方法で通信を妨害されたのだろう。
北部侵攻部隊のトップを妨害する下手人は、今の状況から考えるとあの男しか居ない。
「焔火!!殻衣!!真面!!秋雪!!戦闘準備!!!」
「寒村!!来るぞ!!お前達!!早く東雲を離脱させろ!!」
状況の暗転を知った固地と緑川は、仲間達へ矢継ぎ早に指示を出す。焔火は『電流の鎧』を纏い、殻衣は再び“巨人”を生み出す。
真面は炎を、秋雪は風をそれぞれ発生させ、寒村は己が肉体を緊張させる。時間として数分程度であったであろう、しかし感覚としてはそれ以上に長く感じた刻(とき)を経て・・・
グン!!!
遂にあの“怪物”が姿を現した。上空に集結させた蜘蛛糸を引き連れる白の異形を初めて見る焔火達は、迫り来る死神の姿に息を呑む。
電波を撹乱する機器を使っているのか今尚電波レーダーが有効に機能しないが、光学センサーで代用することで迎撃の準備は一応整っている。
数としては少ないものの確かな戦力である駆動鎧部隊が実弾へ切り替えた対隔壁用ショットガンを上空へ向ける。
ギイイイイイイイィィィィィィンンンンン!!!
ほぼ同じタイミングで、駆動鎧部隊の横合いから駆動鎧が1機現れた。機体に入っているマークから、それが北部侵攻部隊隊長の乗る機体であることが一目でわかる。
通信機器を破壊されているのか交信が取れず、他にも所々に損傷を抱えてる隊長機だったが、それでも殺人鬼を倒すために仲間の下へ駆け付けてくれたのだろう。
部下達は部隊長の勇敢なる行動に敬意を表しながら、ショットガンの引き鉄に指を掛ける。そして・・・
ドドドドドドドドンンンン!!!!!
「ギャアアアァァァッッ!!!??」
「グアアアアァァァッッ!!!??」
「隊長!!何を・・・ガアアアアァァァッッ!!!??」
掛けた指を引くことは無かった。何故なら、隊長機が手に持つ対隔壁用ショットガンが何と殺人鬼へでは無く味方の駆動鎧へ向けて発砲されたからだ。
至近距離から数発発砲すれば核シェルターの扉さえ抉じ開けるショットガンをまともに喰らい、駆動鎧に身を包む警備員達はその命を落としていく。
「な、何がどうなってんのよ!!?」
「固地先輩!!こ、これは!!?」
「とにかく、一旦後退しろ!!全員殻衣が作った『土砂人狼』で、“巨人”へ身を隠せ!!!」
突然の事態に理解が追い着かない秋雪と焔火の声を受けた固地は、狼型の『土砂人狼』への搭乗を命じる。
人の足より断然早いこの狼の機動力を用いて、隊長機の凶弾から逃れる。固地は目にした光景からある程度の推測を立てていた。
「(隊長とは別の人間が乗っているか、精神系能力で隊長が操作されているかのどちらかだろう)」
幸か不幸か、隊長機の砲火は駆動鎧に集中しているようだ。あんな凶弾が自分達の近くにでも放たれれば所詮は人間である身ではとても耐えられない。
殻衣が作った“巨人”でもあのショットガンは防ぎ切れないだろうが、遮蔽物が無いこの場において少々の時間は稼げる筈だ。
そう考え、何とか“巨人”の下へ辿り着いた固地達を・・・今度は本命である“怪物”が襲う。
ズドオオォッ!!!
空中へ侍らせていた糸のよって作成した巨大な長槍を射出し、“巨人”の胴の真ん中を貫いた。同時に長槍が小型の槍に分裂し、残った“巨人”の部位を跡形も無く射抜いていく。
固地が取った対処は裏目となり、念動力による制御を失った土砂と共に白の槍が風紀委員達の命を貫こうと疾る。
“英雄”が倒れた今、彼が提案した『仕事への迅速な復帰のために収拾が着かなくなる消耗戦に陥る可能性が高い「殲滅」を敢えて避けて、
実力を存分に示しながら中途半端な打撃を与え“治療による戦線復帰”が可能な状態に留めることで健在な人間を“巻き込んで”怪我を負った者を後退させる』必要は無くなった。
「走れ、殻衣!!!」
「はい!!!」
固地の指示を受けた殻衣が支配下に置いている狼達を全速力で走らせる。落下して来る土砂は各自の能力にて対処する。
火や電流が粉塵の中を飛び交う中、“怪物”が放った白の槍が降り注ぐ。明確に狙いを定めず、量にて潰すつもりの攻撃故に何とか回避し続ける狼達。
「キャッ!!?」
それでも、全てを回避することはできなかった。固地の後方を走る狼に搭乗していた焔火へ、蜘蛛糸の槍が突貫した。
『電撃使い』による身体強化も手伝って、反射的に身を捻って凶器から逃れる少女だったが槍は彼女が乗る狼の前半分を粉砕する。
「焔火ちゃん!!!」
「焔火さん!!!」
「緋花!!!」
破壊された衝撃で宙へ身が投げ出される焔火の悲鳴に、真面・殻衣・秋雪が蒼白の表情を浮かべる。
殻衣は現在構成中の狼の操作に全神経を集中させているので、焔火を防護する土砂を咄嗟に操作することができない。
真面の炎も秋雪の風も殺人鬼の蜘蛛糸には通じない。そして、磁力を使いこなせない焔火は空中に投げ出された今、槍に対する回避手段を講じることができない。
「焔火!!!」
少女の命を貫かんと、白の槍が猛烈な速度で飛来する。迫り来る槍を瞳に映す焔火は、スローモーション化する感覚の中で“彼”の必死な声を確かに聞いた。
だから目を槍から切った。そんな声を出す“彼”の方が何故か気になった。そして目撃する。禍々しい凶悪な瞳を浮かべる彼の必死な形相を。
故に・・・手を伸ばした。あんな表情をする“彼”ならきっと・・・自分を助けてくれる。そう信じて。
『俺の手を取るか取らないか・・・それは君が決めたまえ。後悔しないために・・・君自身の意志で』
土砂を迎撃するために操っていた水のロープを宙へ浮く焔火の手首へ巻き付けた“『悪鬼』”は、全力で少女を引っ張り上げる。
かつて自分を救った“天才”が問い掛けた『選択』を思い出し・・・彼の手と少女の手を重ね・・・『掴む』と決断した少年は焔火の手を掴みながら彼女を自分の前に乗せる。
「固地先輩!!あ、ありがと・・・」
「しゃがめ!!前が見えん!!!」
「は、はい!!!」
礼を言おうとした少女に怒声を浴びせる少年の声に、何処か照れが混じっていたように感じられるのは自分の気のせいでは無いだろう。
未だ水のロープが巻き付いたままの焔火は固地の指示通り身をしゃがませる。土砂も糸の槍も何とかやり過ごした。ここからが反撃の時。そう考えていた少女を・・・
ビュン!!!
少年は水のロープを用いて放り投げた。正確には真面が乗る狼の方へ。その意味を理解できずに再び宙へ投げ出された焔火は眼前の光景を目に焼き付ける。
彼女の視線の先には・・・分厚い水のヴェールを纏って狼から跳んだ“『悪鬼』”と・・・彼へ対隔壁用ショットガンを向けた隊長機の姿であった。
ドン!!!
ショットガンが火を吹いた。放たれたショットシェルは狼を粉々に砕き、発砲直前に水の操作も加味した回避を行った固地を爆圧によって軽々と吹き飛ばした。
彼のトレードマークである帽子も吹き飛び、自身も勢い良く地面を転がる固地を焔火は血の気を失った顔で凝視する。
やがて止まった彼は、爆圧によるダメージと地面への激突でその身をピクリとも動かすことが無かった。本当に・・・ピクリとも。
「固地先輩!!!!!」
ショットガンの脅威など、最早焔火の眼中には無い。自分を救い、自分を庇った彼の下へ走ることしか考えられなかった。
彼女を受け止めた真面の乗る狼かた跳び下りた少女は、一直線に固地の下へ向かう。無論、それは他の仲間も同じ。狼を繰る殻衣の手で少年少女達は倒れた仲間の下へ向かった。
「(『当たらず』。あの殺人鬼のせいで、直撃させられなかったか)」
隊長機に搭乗する人間・・・『ブラックウィザード』の構成員・・・のフリをしていた忍者
戸隠禊は、“『悪鬼』”へ追撃を与えようとして同じ駆動鎧に邪魔を喰らっている。
最初は混乱に乗じて攻撃を仕掛けていたが、さすがに相手もやられたままでは終わらないようだ。
戸隠が操る隊長機も半ば半壊していたことがその証明である。また、あの殺人鬼もこちらにとっては脅威以外の何物でも無い。
そろそろ、この機体を捨てた上で場所を移動する必要があるのだ。
「(『止むを得ず』。この混乱に乗じて東雲達を始末して、早急にここから離脱を・・・)」
戸隠は、リスクを覚悟してここで東雲達を始末することを決断する。敵の砲火を掻い潜りながら、連行されていた東雲達の位置を確認しようとする・・・が。
「希杏!!さっさと来い!!」
「うん!!」
「(・・・『上手くいかず』。一連の衝撃と轟音で目を覚まし、混乱を突いて警備員の銃を奪取した後に錠を破壊したというわけか)」
センサーに映ったのは、意識を回復した東雲と伊利乃が警備員の隙を突いて銃を強奪し錠を外して逃亡する姿である。
不覚にも、自分が仕掛けた攻勢―殺人鬼への防壁対策及び東雲暗殺のために風紀委員会を混乱へ堕とす―が“弧皇”達を目覚めさせる引き鉄となってしまったようだ。
「(『許さず』。俺が“弧皇”の首を取ってこそ意味がある。殺人鬼如きにくれてやるもの・・・(バァン!!)・・・グッ!!」
“弧皇”達の逃亡と殺人鬼への苛立ちから生まれた隙を警備員に狙われ、重要な武装であるショットガンを破壊されてしまう戸隠。
このままでは派手に動く東雲達が殺人鬼の目に止まることは確実。もし、自分が仕留められてもその後に殺人鬼の手で自身が殺される可能性が高い。それだけは決して認めるわけにはいかない。
「(『迷わず』。こうなれば、一先ず東雲達の逃亡を援護し、殺人鬼の目から逃れた後に首を取ることにするか。東雲の戦術はこの場からの脱出に役立つしな)」
事ここに至って、戸隠は暗殺対象である東雲達の逃亡を援護することで確実な暗殺環境を整えることを決意する。
使い物にならないショットガンを放り捨て、逃亡を図る東雲達の下へ向かう。彼の付近に居れば、警備員も無闇にショットガンを使用することはできない。
「『心配せず』。大丈夫か、2人共!?」
「その声は・・・戸隠か!?」
「そうだ。蜘蛛井の指示によってここへ来た。例の作戦の準備が整った。2人共俺に乗れ!!」
「希杏!!」
「えぇ!!」
「ハァ・・・ハァ・・・くそっ!!」
「『筋肉超過』でも、この傷はすぐには塞げれぬか・・・!!!」
接近して来る駆動鎧に警戒する東雲と伊利乃は、味方の来援を確認した後に素早く彼が操作する駆動鎧の腕に乗り、この場から脱出していく。
折角捕らえた“弧皇”の逃亡を許す形となった警備員は、直後に殺人鬼の強襲を受けて満足に動くことすらできない状況となっていた。
緑川や寒村も、命はあるものの戸隠と殺人鬼の同時強襲を受けてすぐに動けない状態となっていた。
「ハァ、ハァ・・・ぼ、僕は・・・僕はこんな所で終われない。終われないんだあああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「ま、待って下さい永観さん!!!」
このような状況下で、別の場所で同じく連行されていた永観と智暁も強襲による混乱に乗じて脱走を図っていた。
『発火能力』と『熱素流動』の合わせ技で手首に火傷を負いながらも錠を外し、必死に当ての無い逃亡を試みる。
強襲のせいで警備員や風紀委員も自分達を追って来ない。今しか無い。今しか逃亡できるチャンスは無い。永観はあらん限りの力を振り絞って駆けていく。
ズドン!!!
「グフッ!!!??」
「永観さん!!?」
だがしかし、チャンスはチャンス止まりで終わる。逃亡のことしか頭に無かった永観の心臓へ遠距離から銃弾が叩き込まれる。
心の臓を貫いた銃弾に纏われているのは・・・蜘蛛糸。遠距離射撃を可能とする念動力補正の働いた狙撃。
「【鋏角紘弾】もどき・・・と言った所か。銃口に蜘蛛糸を纏わせ、狙撃と共に糸を纏った銃弾の速度を落とさずに射程距離を延ばす。
『ブラックウィザード』の残党共が使っていたこの銃は俺自身殆ど使ったことが無かったタイプだったが・・・まずまずのようだ」
念動力によって浮遊する狙撃主が独り言を呟きながら絶命した永観の前に降り立つ。死亡を確認する“怪物”は、すぐ近くで腰を抜かしている少女へ視線を向ける。
彼がここに居る理由は彼女・・・
仰羽智暁にある。『紫狼』と『ブラックウィザード』を掛け持ちしていた江刺から得た情報から外野が推測した可能性。
『申し出』をしたあの男なら間違い無く知っているであろう『仰羽』という名字が意味するモノ。
「貴様が・・・仰羽智暁だな?」
「わ、わた、私・・・の名前を・・・ど、どど、どうし・・・グホッ!!!」
「尋問は後にしよう。どうせ、“いずれわかることだ”」
永観の絶命を目の当たりにしたショックから全く立ち直れていない所に自分の名前を知られている恐怖が加わり歯をカタカタと震わせている智暁を速攻で気絶させ、糸でグルグル巻きにする。
彼女の捕獲も“できれば”という条件の下今回の依頼に含まれていた。それを果たした“怪物”は、いよいよもって標的の始末へ向かう。
場所はすぐに割れる。後は自分がすべきことを為すだけ。智暁を包んだ糸袋を抱えながら、『闇』濃い“怪物”は飛び立って行った。
「花多狩。雅艶達を頼むぞ」
「・・・行くのね?」
「あぁ」
「麻鬼。武運を祈ってるぞ」
「フッ・・・啄からそんなまともな言葉を贈られるとはな。・・・わかってる」
戸隠と“怪物”が強襲を仕掛けた地点から東北方面へ場面は移る。灰土が操る車両に集結した『協力者』は、先程まで“手駒達”の奇襲を受けていた。
真珠院の証言で、襲撃者である“手駒達”は『太陽の園』を襲った者達であることが襲撃後に判明している。つまり、光学系・電気系・精神系能力者で固められていたのだ。
ここに来るまでに風紀委員会と遭遇していてもおかしく無い筈だが、『太陽の園』でも見せた偽装能力で潜り抜けたのだろう。
『ブラックウィザード』の瓦解や新“手駒達”の救出の報を受け、戦場から単独で離れていた―構成員達を連行していた車両と類似していた―所を目に付けられたのだろう。
それでも光学偽装は雅艶の『多角透視』にて即座に見破り、峠の『暗室移動』とのコンボで『協力者』は“手駒達”を次々に無力化していった。
だが、“手駒達”の素性を知るのが真珠院のみであったことが災いした。光学偽装が展開されていた都合上、“手駒達”を実際に『見た』のは雅艶のみである。
彼は迎撃の最中に精神系“手駒達”の干渉を受け、車内で突如暴れ出してしまった。林檎の『音響砲弾』が雅艶達過激派に接続されていなかったのも一因である彼の暴走を、
相棒である麻鬼が力尽くで抑え込んだ。その直後橙山から緊急連絡が入り、彼女が語る内容―殺人鬼の襲来―に驚愕したのは物の数分程。
この数分が過ぎた頃に車両の外から大きな爆発音が聞こえて来たのだ。最終的には『音響砲弾』を接続した麻鬼・峠・真珠院と、
花多狩の指示を受けてタイミング良く帰還した啄・ゲコ太・仲場達の力にて“手駒達”を何とか鎮圧した。
引き換えに『多角透視』を持つ雅艶を気絶させてしまったので、有用性の高い戦場把握手段を失ってしまったが。
「・・・わかったわ。峠。彼のサポートをお願い」
「うん。菊達も・・・・早く」
「えぇ。灰土さん」
「あぁ」
ある決意を固めた麻鬼の背中を友のサポートとう形で押す花多狩は、灰土に離脱の合図を送る。
花多狩、灰土、啄・ゲコ太・仲場、雅艶、林檎、真珠院は橙山の指示に従い早急に戦場を離脱していく。
戦闘によってボロボロになった地面を盛大に土煙を上げながら疾走する大型車両を見送った麻鬼は、傍らの少女に声を掛ける。
「干渉を受ける前の『多角透視』による情報で、同輩の居場所は大体割れている。ついでに、付近で寝転がっている“仲間”を回収するぞ?」
「・・・クスッ。了解」
残る麻鬼と峠は『暗室移動』にて姿を消した。行き先は唯1つ。
麻鬼天牙の『ブラックウィザード』討伐参加の個人的な理由・・・同輩
網枷双真の下。
「・・・本当に酷いやられ様だな。左腕なんか、想像したくない方向へひん曲がってるし」
「・・・・・・まぁな」
北の方角から轟音が聞こえて来る中、今までの激闘が嘘のように静寂さを一気に取り戻しているここ南西部で破輩は横たわる界刺に声を掛ける。
彼女も色んな負傷を抱えていることもあって、残骸と化している駆動鎧のパーツへ背を預けながら会話を続けている。
「・・・水楯は何をしてるんだ?あれ程お前から離れることを嫌がっていたあいつが、一転して私にお前を任せてウロウロ探し物をしているようだが」
「・・・大体見当は付いてるだろ?」
「・・・まぁな。まぁ、“3条件”を呑まされてるし今回は黙認してやるよ」
破輩の視線の先には、だて眼鏡を掛けた水楯が水を操りながらウロウロと拾い物をしていた。今の所は容態が安定しているとは言え、
界刺を1番に考える彼女が自分に彼を任せて場を離れるなんて真似を普通する筈が無い。その理由に破輩は大体の見当が付いていた。
「(こいつの切り札であるあの警棒が殺人鬼との戦いで破壊してしまったために、その破片を1つ残らず回収する羽目になった。
おそらくあの部屋で電磁波へ細工した機材もあの警棒・・・他にも色んな機能が備わっていそうなあれを私達に回収されるわけにはいかないということだな。
あのだて眼鏡が破片回収の役割を負っているんだろうな。そして、『光学装飾』で水楯の『赤外子機』へ秘かに指示を出した・・・か。相変わらず抜け目のない奴だ)」
殺人鬼との戦いの終わりに見た『警棒の破裂』。界刺にとっては切り札―加えて秘中の秘―であったであろうあの警棒の“中身”を分析されるわけにはいかない。
故に、水楯へ指示を出して回収させているのだろう。自分達をここから離れさせたかった理由の1つにも含まれていそうな“詐欺師”のズル賢さに思わず苦笑してしまいそうだ。
「・・・・・・破輩」
「うん?何だ?」
「・・・・・・済まなかったな、その傷。湖后腹にも後で謝るわ」
「・・・・・・あぁ。そうしてやってくれ」
界刺の充血した黒の眼に、血の滲む少女の左太腿が映る。【雪華紋様】にて焼き貫いた破輩の傷跡を目に焼き付ける彼は少女へ謝罪する。
これはけじめ。“3条件”などでうやむやにするわけにはいかない領域。彼女と共に右太腿を焼き貫いた湖后腹へも同じく。
「・・・・・・界刺」
「・・・・・・何?」
「・・・・・・済まなかったな。ちょっとお前に押し付け過ぎた」
「・・・・・・別に。気にすんなよ。俺は俺のやりたいようにやっただけ・・・(ギュウゥ~!!)・・・いてて!!」
「予想通りの言葉を吐くな、お前は。予想通り過ぎて却ってムカつくぞ?」
「俺怪我人!!重傷者!!」
「そんな風に叫べるなら大事無いだろ?」
事前の予想通りの言葉を吐く口の減らない男の頬を思わず抓ってしまう破輩。こちらが、どれだけ心配したのかをまるでわかっていない。
自責の念を抱える少女は頬を擦りながらブツブツ文句を垂れ流してる少年に呆れながら、それでも彼に託されたモノの報告をきっちり行う。彼と同じリーダーとして。
「・・・鏡子は何とか助けたぞ?風路や湖后腹のおかげだけどな」
「・・・・・・あんがと」
「・・・・・・なぁ、界刺?この際だから言わせて貰うがな、私は今回お前が背負ったモノを何が何でも奪い取って背負うつもりだぞ?」
そして、報告の後に宣言するのは同じ荷を背負う意志の表明。1人の風紀委員として、1人の人間として彼を・・・彼等を守りたい。
治安組織やボランティアという括りを越え、どちらが上でも下でも無い真の意味で対等な関係を築きたい。
同じリーダーとして彼と肩を並べて立ちたい。そう、“風嵐烈女”は決意する。こんなことを言えるのは今回限りかもしれない。だから言う。胸に秘めた想いを全てぶちまける。
「今回のことでお前達が不利益を被るなら、私達がその不利益を排除する!お前達に害が及ぶなら、私達がお前達を守る!
お前達へ悪影響が向かうのなら、私達の手でその悪影響を取り除く!ボランティアを守って何が悪い!!
悪くさせる連中は、私達が命を懸けてブッ飛ばしてやる!!この
破輩妃里嶺が明言する!!!」
「・・・・・・」
「私達は敵対する必要なんか無い!!お前達と私達は対等な関係なんだ!!同じ世界を生きる人間同士なんだ!!少なくとも、私はそう考える!!
私達は必ずお前達と真に対等な関係を作り上げる!!他の誰でも無い、お前達と私達の手で!!だから・・界刺!!お前も私を頼ってくれ!!私達を頼ってくれ!!
お前が考える結果は出せないかもしれない!!だが、可能な限り最善に近付けるように頑張る!!だから・・・・・・」
「・・・・・・やっぱそう見えてた?」
「・・・うん?」
「やっぱ、“ヒーロー”ってのは大事なモンが傷付くことを普通以上に恐れちまうんだなぁって。俺も自覚はあったし、神谷との会話でも実感したことなんだけどな」
「・・・はい?」
「いやね、俺ってば結構人を頼るタチなんだよ。重徳の時も桜の時もそうで、今回も『太陽の園』でそこら辺を言及したんだけど。
俺も俺なりの物差しで他人を頼る線と頼らない線を区切ってんだが、ようは自己満足でしか無いモンだから他人からしたら全然頼ってない風に見えちま・・・・・(ギュウゥ~!!!)・・・いてて!!!」
「何冷静に物事を振り返ってんだ、アァン!!?」
「痛い痛い!!!さっきより力が強いんですけど!!?」
「うるさい!!重傷者で無かったら、この何倍もの痛みをお前に与えてる所だ!!」
ほとほと呆れるとはこういうことを指すのか。こっちが必死に想いを訴えている所へ至極冷静に己を分析している様を見せ付けられたら誰だって腹が立つ。
これが界刺得世だと言われればそれまでだが、この男の頑強さは呆れを通り越して実に腹立たしい。
「・・・お前の本心は見え易いのか見え難いのかよくわからん。対等な関係を築こうと懸命になっているこちらの身も少しは考えろ」
「別に俺は頼んでいないけど?」
「・・・・・・そうかそうか。はいはい」
「だからさ・・・これは誰に頼まれたわけでも無い俺自身の意思なんだけど・・・今回の件限りで“3条件”は撤回するつもりだよ」
「そうかそうか“3条件”を撤回するつも・・・・・・・・・ハァ!!!??」
「債鬼の盗聴や盗撮データも返却するわ。あぁ、誤解の無いようもう1度言うけど今回の件までは“3条件”はきっちり適用されるからね?後は~」
「ちょ、ちょっと待て!!!話が飛躍し過ぎていないか!!?どうして“3条件”の撤回まで話が飛ぶんだ!!?それこそ、お前達にとって不利益じゃないか!!?」
破輩は話の展開に頭が追い着かない。何故今の会話から“3条件”の撤回へ話が飛ぶのだ?自身のことを最優先に考える彼が、
自分達にとって不利益となる“3条件”の撤回を自らの意思で決断するとは中々に考え辛い。そんな彼女の思考を理解する少年は、真剣な表情で少女が示した覚悟に応える。
「元に戻るってだけだよ。不利益の領域にまでは入らねぇ。むしろ、“利益の領域に入る可能性の方が高い”」
「???」
「それにさ・・・・・・俺達と対等な関係を築こうと懸命になってるお人好しがこれからドンドン突っ込んで来るんだぞ?
だったら、俺も“3条件”なんて邪魔なモンを引っ提げてたら対抗できねぇっつーの。他人の言われるがままだったら、勢いに呑まれるっつーの。
やるなら俺の意思だ。どっかのお人好しが示して“くれた”覚悟に応えるっていう俺の意思で・・・俺を最優先にする俺の意志で・・・だ」
「・・・!!!」
「ハァ・・・俺の周りは本当にお人好しばっかが集まってやがるからしんどいわ。“独り”だった頃が懐かしいぜ。・・・・・・まっ、悪く無ぇけどな。んふっ」
常のような胡散臭い笑みと減らず口の中に含まれた“英雄”の本音を今度はしっかり理解する“風嵐烈女”。
彼の心中全てを理解できたわけじゃ無い。そもそも、心を読む能力者でも無い限り他人の心を完璧に把握することは不可能だろう。それは自分も同様に。
でも、確かに繋がった。このやり取りの中確かに彼と自分の心が繋がった気がした。少女は思う。これは気のせいなんかじゃ無い。絶対に。
「あぁ・・・・・・負けちまったなぁ」
「・・・・・・悔しいのか?」
「悔しい。メチャクチャ悔しい。こりゃ、後で斑達にボロクソ言われるぜ。『カッコ付けた結果がこれかよ!?』ってな具合で」
「・・・おそらく言わないと思うぞ?お前の果たしたモノの大きさを・・・彼等は十分知っている筈だ」
「そうかねぇ~」
「そうだろう」
「実は殺さなくてホッとしてる・・・感覚もある」
「・・・・・・そうか。まぁ、それが普通だ。お前は殺人鬼じゃ無いんだからな」
「しかしまぁ・・・悔しいぜ。本当に・・・悔しいわ」
「・・・界刺?」
殺人鬼相手に最終的には敗北してしまった“英雄”の途切れることの無い愚痴に付き合っていた破輩は、ふと彼の声が小さくなったことを怪訝に思い彼へ視線を向ける。
見れば、動く右腕で目元を覆い隠している界刺の歯噛みする姿があった。その様はまるで・・・
「(・・・・・・見なかったことにしよう。きっと、後で恥ずかしがるのは目に見えているし。何より私だけの特権にしたいしな)」
彼から視線を外した“風嵐烈女”は、今目にした光景を自分の記憶の中だけに締まって置くことを決める。
貴重なモノを見たというか、今後も見ることは無いだろうとさえ半ば本気で思っていた光景を瞳に映してしまったバツの悪さも手伝って。
「なぁ、界刺?」
「・・・・・・何?」
故に、空気を変えるために少女はある質問をする。答えは容易に想像できるが、敢えて問いたかった。彼が“閃光の英雄(ヒーロー)”である今この時にしか聞けない質問を。
「今回“閃光の英雄(ヒーロー)”であったことを・・・後悔しているか?」
最初は成瀬台に蔓延っていた“不良”を自分の都合のみで叩き潰していた姿から名付けられた“自分のことしか考えない無責任な英雄”を象徴する名前だった。
あれから年月が経ち、あの頃とは違う信念を抱いた新しい“閃光の英雄(ヒーロー)”として望まぬ戦場へ赴き、結果として敗北してしまった“ヒーロー”。
普通なら後悔の1つや2つを抱えてもおかしくない結果を出してしまった『自分を最優先に考える“ヒーロー”』は、しかし寸毫の躊躇も無く即答する。
「するわけねぇじゃん。俺は今夜限りの“閃光の英雄(ヒーロー)”になるという選択を後悔したりしねぇし否定しねぇ。俺の信念に懸けて」
「・・・フフッ。そうか」
これも予想通り。そのわかりやすさが何だか愛おしくて、彼の碧髪を思わず撫でてしまう。当然“英雄”の迷惑そうな視線を無視する“風嵐烈女”は、
<ダークナイト>の回収を終えて戻って来た同じ碧髪の少女に睨み付けられるまで撫でる手を動かし続けたのであった。
「神谷君!お腹の怪我はどうだい!?」
「勇路先輩のおかげで大分・・・これなら加賀美先輩達の足を引っ張らずに済みそうだ・・・!!」
「私は怪我をしていてもしていなくても稜が足手纏いなんて思ってないからね!!」
「・・・ウスッ!!」
南西部から北部方面へ疾走する勇路・神谷・加賀美は中央部と北部の中間辺りに居た。先程まで鳴り響いていた凄まじい轟音はパタリと止んでいる。
その静けさに悪寒を止めることができず、唯祈ることしかできない風紀委員達へ回線が繋がっている本部から重要な情報が伝達される。
<勇路!!お前はそのまま北部へ急行しろ。現場からの情報だと、強襲を仕掛けたのは殺人鬼と北部侵攻部隊の隊長機に身を包んだ戸隠のようだ!!>
「・・・部隊長の安否は?」
<わからない・・・が、ついさっき西部と南部の駆動鎧部隊が現場へ到着した。彼等が捜索等を主導するだろう>
「じゃあ、北部の戦闘はもう・・・」
<加賀美。お前の思っている通りだ。既に戦闘は終わった。殺人鬼も消えた。そして、戸隠の手引きで東雲真慈と
伊利乃希杏は逃亡した。連中の所在も不明だ>
「・・・クソッ!!」
間に合わなかった。この土壇場で終着をひっくり返された。『ブラックウィザード』のリーダーである東雲真慈を逃がしてしまっては、今までの努力や犠牲が無駄になりかねない。
何としてでも東雲達の居場所を突き止め、もう1度確保しなければならない。そう考える“剣神”は椎倉へ所在の手掛かりを求める。
「椎倉先輩!!東雲達の逃げた方角はわかってるんすか!!?早くしないと逃げられ・・・」
<いや・・・逃げられる所の話じゃ無い。もしかすれば・・・>
「椎倉。何か気掛かりがあるのかい?」
<・・・実は東部方面で一厘と鉄枷が戦闘した『ブラックウィザード』の構成員2人が能力強化用の薬物を飲んだ直後容態が急変し死亡している。
その内の1人がこんな発言をしているんだ。『戸隠の「薬」を使わせて貰う』・・・と>
「ど、どういうことだよそりゃあ!!?」
<わからない。だが、戸隠と実際に戦闘していた冠の情報を総合すると奴は仲間である構成員相手にすら自分の素性を隠していたみたいだ。
もし・・・もしもだ。一般人の拉致の時に行動を共にしていた構成員が戸隠の素性を知っていたとして、彼等が俺達に捕まることで自分の素性が割れることを警戒した戸隠が、
“秘蔵の『薬』”という名目で口封じのために劇薬を仲間へ渡していたとしたら?>
「ちょ、ちょっと待てよ。てことは・・・野郎の素性を知ってそうな幹部以上の連中を命懸けで助けたのは・・・!!」
<この仮定が合っているなら、当然東雲達を殺すためだ。同じく東雲を狙っている殺人鬼が居る戦場でそれをしなかったのは保身のためだろう>
椎倉の冷徹な推測が骨の髄にまで響いて来るようだ。今回の件では散々予想外なことが起こっているが、ここに来て『内部の裏切り』が表面化してくるとは想像だにしなかった。
以前粛清関連で内部対立の可能性を議論したことはあったが、『ブラックウィザード』の手際の良さにその可能性も消滅したモノとばかり考えていた。
しかし、この思考は間違っていた可能性がある。もし、この可能性が的中しているとしたら東雲達は死地へ招かれたことになる。
「それで?僕は怪我を負った人達の下へ行くとして、神谷君達は東雲達の捜索に当てるのかい?正直駆動鎧部隊の方が適任だと思うんだけど」
<そうだな。・・・加賀美。神谷。お前達は勇路と別れて速見達の下へ向かってくれ。その付近に・・・網枷が居る>
「「!!!」」
自分達を裏切った少年の名前が聞こえた瞬間体が強張る176支部風紀委員達。そんな2人の携帯電話に、速見の現在位置が送信されて来た。
データが示す地点へ目を向けると、爆炎と黒煙がもうもうと夜空へ立ち昇っていた。この戦場では見慣れた光景・・・そこに網枷双真が居る。
<速見の話では、網枷が道連れ覚悟で車へ向けて発砲した結果爆発が起きたようだ。速見と行動を共にしていた
荒我拳共々命には別状無いそうだ。
何でも爆炎を『空力射出』で吹き飛ばし、爆風は『空力射出』の気流操作で何とかしたそうでな。だが、両者共に身動きが取れない状態ではあるようだ>
「・・・双真は?」
<わからない。少なくとも速見達の視界に映る場所には居ないようだが・・・速見のような防御手段を持たない奴の場合は・・・。
だから、加賀美。お前達が行け。お前達の手で落とし前を着けて来い。いいな?>
「・・・・・・はい!!!行くよ、稜!!!」
「了解!!!」
もはや命の有る無しすら不明な網枷の現況を知った加賀美と神谷は、勇路と別れて携帯に示された場所へ全力全開で向かう。
どのような結末になるにせよ、この落とし前だけは176支部風紀委員である自分達の手で着けなければならない。
加賀美は苦渋な表情を、神谷は悲愴な表情をそれぞれ浮かべながら目的地へ突き進む。彼と対面した際にどんな声を掛けるのか・・・それすらもわからぬまま。
「戸隠。駆動鎧の調子は?」
「『持たず』。どうやらここまでが限界のようだ。この後は逃走のために待機してある“手駒達”の力で突破する他無いだろう」
「ありがとう、戸隠君!!アナタが助けに来てくれなかったら、私も真慈も今頃連行される車の中よ。本当にありがとう!!」
「『要らず』。礼は要らない。むしろ、俺は自身の無力さに歯噛みしている。命令されていた東部戦線の防衛任務を独断で放棄したばかりか、
同じく連行されていた永観を見殺しにしたのだからな。傍に居た智暁もおそらく・・・済まなかった。『家族』を守れなくて」
「・・・!!!い、いいのよ!!戸隠君だってできる限りのことをしてくれた!!その行動と今の謝罪で十分だよ」
「・・・・・・」
逃亡の最中駆動鎧のカメラで何物かの狙撃を受けて永観が死亡したことを確認していた忍者の謝罪に“魔女”が涙声で応える。
蜘蛛井達が待機していた車両付近にまで逃亡して来た東雲・伊利乃・戸隠は、敗北が確実視されたこの戦場から脱出を図る具体的な作戦を講じるべく足を止める。
戸隠が纏っている駆動鎧は逃亡中に負った損傷も加えてここまでが限界のようで、彼は急いで重しになりかねない鎧を脱いでいく。
今回の逃走劇に用いた“手駒達”の援護で、風紀委員会の追手も煙に巻いた。後は、脱出する策を立てるだけである。
「戸隠。蜘蛛井に命じていた空間移動能力者の探索はどうなった?」
「『逃さず』。“手駒達”の力でそれらしき集団を発見し強襲した。どうやら、AIM系か視覚系能力者とのコンビだったようだ。
最終的には撃退されてしまったが、奴等の動きを鈍らせることには成功したようだ。俺達の逃亡を妨害して来ないことがその証明だ」
「逃亡ルートの策定は!?真昼や網枷君は!?」
「『慌てず』。現在蜘蛛井と共にあの車両の中で懸命に作業中だ。一応忍者である俺も手伝おうと思ったが、蜘蛛井に邪険にあしらわれた」
「あ、あぁ・・・。蜘蛛井君らしいね。と、とにかく網枷君達を手伝わないと!!」
「・・・・・・待て、希杏」
「な、何よこの大変な時に!!」
戸隠の何処までも冷静な言葉と態度に、知らず知らずの内に気が昂ぶり過ぎている伊利乃は蜘蛛井達が作業しているらしき車両へ急いで駆け寄ろうとする。
その後姿を常と変わらぬ目付きで見送っていた戸隠へ・・・“弧皇”が問い掛ける。
「戸隠。お前はこう言ったな。空間移動系能力者が含まれる集団を“手駒達”で襲ったと。そして、その能力者と組んでいるのがAIM系か視覚系能力者のようだと」
「・・・・・・」
「お前はどうやってそれを判別した?俺の見立てはこうだ。お前は逃走用に待機させていた光学系・電気系・精神系“手駒達”の大半を注ぎ込んだ。
各地の新“手駒達”を襲った空間移動攻撃は、小型チップという小さな標的を物の見事に潰していたそうだ。
ならば、強襲を仕掛けた“手駒達”のアンテナなど格好の的だ。また、コンビを組むのがAIM系か視覚系能力者という予測は光学偽装と電波偽装を施した故だろう?」
「えっ・・・?そ、それが事実なら私達はどうやってここから・・・」
「ここへ来るまでにもソイツ等を消費した。つまり、俺達がここから脱出できる可能性はかなり低いということだ」
眼帯を失った“弧皇”の左目が忍者を捉える。殺気さえ漂わせる東雲の強烈な視線を、しかし戸隠れは平然と受ける。
このやり取りに隠された真意に気付いた伊利乃は、信じたく無いという感情を露にしながら自分達を助けた少年を見やる。
「この感じなら、蜘蛛井達が逃走ルートを策定しているというのも嘘のようだな。俺達をあの車へ誘導して爆死させる腹積もりだったか?
“手駒達”の支配権がお前にあるということは・・・蜘蛛井はお前の手で死んだのか?」
「!!!」
「・・・『面白からず』。やはり、“貴様”は一筋縄ではいかないか」
「・・・何処の回し者だ?永観を見殺し、蜘蛛井を殺したということは連中の仲間では無いということか?それとも・・・“逆に2人を抱き込んだか”?」
「『語らず』!!」
僅かのやり取りでこちらの狙いを見抜いた東雲に内心では舌を巻く戸隠は、風上である後方へ跳びながら缶ジュースのような容器を東雲達へ向けて投擲する。
“手駒達”の能力で駆動鎧から引きずり出した後に殺害した北部侵攻部隊隊長から奪取した暴徒鎮圧用投擲武器。
人体における顔面部位の粘膜を刺激することで五感を乱し、更には呼吸困難に陥らせる作用があるスモークが風に乗って噴出し、
銃器を持っているとは言えやはり直近に受けたダメージによって動きが鈍くなってしまっている“弧皇”と“魔女”へ及ぶ。
「グウッ!!?」
「ゴホッ!!ゴホッ!!」
「『教えず』。貴様が知る必要はない。何故ならここで死ぬのだから」
効果範囲から脱出し切れず多少のスモークを吸い込んでしまった。視力や聴覚は無事なものの、気管への刺激で呼吸困難に陥っている“弧皇”と“魔女”へ、
最期となる言葉を送るべく戸隠は冷酷な現実を突き付ける。彼が『ブラックウィザード』に身を置くのは単なる“依頼”でしか無い。
では、“依頼”とは何か?それは『ブラックウィザード』と繋がりを持つコネクションからの“依頼”。
東雲が自分達の手に負えない―切り捨てられるor下手を打ってこちらへ被害が及ぶ等―レベルまでになった際に彼を殺すことができる人材として白羽の矢が立ったのが『闇』に属する戸隠であった。
彼はある暗部の一員として忍者の再興を果たすべく暗躍を繰り返していた。そんな時に『闇』とパイプを持つコネクションから名指しで“依頼”された。
暗部所属、学園都市専属の殺し屋とは言え、ようは上層部の駒でしか無く何時でも切り捨てられる立場であった彼はこの“依頼”を大きなチャンスと捉えた。
『ブラックウィザード』と繋がるコネクションは学園都市上層部とも繋がりがあった。彼等の“依頼”を着実に果たすことでいずれは直接学園都市上層部とパイプを構築する。
忍者の再興が悲願の戸隠は、“表”の顔であった『気弱な国鳥ヶ原生』という立場を利用し、『ブラックウィザード』が攻勢を仕掛ける予定のスキルアウトへ“潜入”した。
彼の目論見通り“潜入”先を吸収した『ブラックウィザード』へ『本命』として“潜入”を果たした戸隠だったが、嗅覚の鋭い伊利乃の策に嵌ったのは不覚であった。
当時は暗部時代から培って来た演技とコネクション先から得ていた東雲の性質、そしてゆくゆくは東雲に取って代わるという野望を持っていた永観の取り成しで何とか凌いだ。
永観は戸隠へ疑惑が掛かった折に東雲から精神系“手駒達”を用いて記憶を洗うよう命じられていた蜘蛛井を説得し、戸隠の真の狙いを周囲へ告げなかった。
その代わり、将来の『ブラックウィザード』リーダー交代劇時に協力するよう戸隠へ約束を取り付けた。
戸隠としても“依頼”外である永観の言葉を拒否することは無かった。永観が新リーダーに就いてもいいと思っていた・・・・・・今回の件が起きる前はだが。
「『生かさず』。お前達の首級・・・この戸隠禊が貰い受ける!!」
風によって光や音を阻むスモークが流れる中、戸隠は拳銃を取り出し照準を“弧皇”へ定める。忍者が表舞台へ立つ礎として、『ブラックウィザード』のリーダー東雲真慈の命をこの手で頂く。
脱出用として予備の“手駒達”は待機させてある。人形と自分の実力ならここから逃れることは可能だ。そして、“手駒達”に東雲の首を取らせたりはしない。
今の“弧皇”に自身の銃から逃れる手段は万に一つも無いのだから。“依頼”達成を確信する戸隠が指を掛けた引き鉄を・・・
ブン!!!
引く前に夜の空気を文字通り切り裂いて数本の刀が飛来した。今まさに東雲を殺そうとしていた戸隠は、自分目掛けて飛来して来た刀を避けるために銃撃を中断せざるを得なかった。
俊敏な動きで華麗に避けた戸隠は、飛来して来た刀の持ち主に見当が付いていた。東雲を崇拝し、彼のためならば命は惜しく無いと常から豪語していた大男。
戸隠・・・そして東雲と伊利乃も彼の怒声を耳にする。憤激止まない形相で突貫して来る『ブラックウィザード』が誇る切り込み隊長の声を。
「戸隠えええええええぇぇぇぇぇっっっ!!!!!テメェ、東雲さんと伊利乃さんに何してんだあああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」
啄の不意打ちを喰らって建物の3階からゴミ置き場へ墜落し、東雲捕縛の宣言を受けてすぐに東雲救出へ動き、様々な偶然・必然を経てここへ現れた
阿晴猛の声を。
「阿晴君!!ゴホッ!!ゴホッ!!」
「伊利乃さん!!待ってて下さい!!あなた達へ銃を向けたクソ野郎を、今すぐに叩き斬ってやりますから!!!」
全くもって想定していなかった『家族』の来援に伊利乃は呼吸困難な状況下、持てる意地全てを動員して阿晴の名を叫ぶ。
好意を寄せる少女の意地を垣間見た阿晴は、彼女達へ銃を向けた戸隠を始末するために刀を構えながら突進する。
「『勝てず』。貴様如きが俺に勝てるわけが無いだろう!!!」
対して、戸隠は銃撃を阻止されて苛立つ感情を抑えながら阿晴を撃ち抜くために体勢を阿晴へ向き直した。
刀と銃。この離れた距離の中でどちらが有利かと問われれば間違い無く後者である。黒マスクの中で忍者は馬鹿な猪を嘲笑しながら銃を向けた。
バン!!バン!!バン!!
「グウウゥゥッ!!!??」
「グホッ!!ガホッ!!」
だが、阿晴を迎え撃つべく体を彼へ向けたのが災いした。意地を示した“魔女”に呼応するかのように今度は“弧皇”が狙いを定めずに手に持つ銃を乱射する。
スモークによって呼吸困難に陥っているのだ。狙いが定まらないのは当たり前である。しかし、その内の1発が戸隠の左脚を貫いた。
「死ねやああああぁぁぁっっっ!!!!!」
「『終わらず』!!!」
思わず蹲る戸隠へ肉薄する阿晴が眼前の敵を斬り伏せるべく自慢の刀を振るう。戸隠も忍者としての矜持故か、目の前の敵へ銃口を向けた。そして・・・
ザシュッ!!!
バン!!!
阿晴の一振りが戸隠の喉ごと首を切り裂き、戸隠の放った銃弾が阿晴の胸を貫いた。結果は相討ち。互いの瞳に映るは己の得物が齎した赤の液体。死の象徴。
「ガ、ガアアァァッッ・・・・・・」
「・・・クソッタ、レ」
首筋を通る頸動脈を切断された戸隠は、同じく切り裂かれた喉から苦悶の喘ぎ声を挙げながら地面へ倒れていく。
他方、心臓付近を銃弾が貫通した阿晴も同じく地面へ蹲っていく。双方共に、もうすぐ自身の命が絶えることを自覚していた。
「ゴホッ!!阿晴君!!大丈夫!!?」
「阿晴・・・!!」
「伊利乃さん・・・東雲さん・・・ゴホッ!!ど、どうやら俺はここまでのようです・・・ガハッ!!」
「阿晴君!!!」
呼吸困難が収まらない体に鞭打って自分達の命を救った男の下へ“弧皇”と“魔女”は地面を這いずりながら近付いて行く。
喉の奥から血の塊が排出され、次第に生気を失っていく阿晴。彼は2人を守り抜くことができたことに満足していた。
自分の命より大切な存在を守り通すことができたのだ。これ以上を望むのは些か欲張り過ぎだろう。
生きる力が潰える中、それでも男として阿晴は秘めた想いを告げるべく傍へ来た男女へ最期の言葉を伝える。
「伊利乃・・・さん。実は・・・俺・・・・・・あなたのことが・・・・大好きでした」
「阿晴君・・・!!!知ってたよ!!全部知ってたよ!!!」
「・・・ですよね。俺のような奴じゃ不釣合いも甚だしかったから言いませんでしたけど・・・最期くらいは男として・・・悔いの無いよう・・・ガホッ!!」
「阿晴君!!死んじゃ駄目だよ!!!これ以上『家族』が死ぬトコなんて私は見たく無いよ!!!」
「ハァ、ハァ・・・ヘヘッ。伊利乃さんを泣かせるたぁ、やっぱ俺は男失格だなぁ。・・・東雲さん」
「・・・・・・何だ?」
「俺、は・・・ハァ、ハァ・・・アナタのために命を張ったことを・・・誇りに思います。今まで・・・お世話になりました」
「・・・・・・ご苦労だった」
「・・・・・・じゃ、一足・・・先、に・・・・・・あの、世で、『ブラックウィザード』・・・の名前・・・を広、めて来ます・・・・・・わ」
「阿晴君!!阿晴君!!!」
「・・・・・・」
自身が愛した男と女へ感謝と告白を最期に伝えた漢・・・阿晴猛は満足気な表情を浮かべながら逝った。
彼の命で守られた伊利乃は『家族』の喪失に涙し、東雲は最期まで忠義を尽くした漢の姿に敬意を表した・・・次の瞬間!!
ドカーン!!!!!
「キャッ!!!??」
「グッ!!!」
付近にあった車両―中では絶命している蜘蛛井等が居た―と距離が離れていた別の逃走用車両―“手駒達”を管理するサブコンピュータがあった―爆発した。下手人は無論戸隠である。
彼が死の間際に己の服へ忍ばせていた起爆装置を発動させ、予め車へ仕掛けていた爆弾を爆発させたのだ。
多少距離が離れていたものの、爆圧の煽りを受けて地面を転がる東雲と伊利乃。サブコンピュータの破壊とこの場所を敵へ知らせることで最期のあがきを示したと言った所か。
「ゲホッ!!ゲホッ!!ま、真慈・・・大丈夫?」
「・・・あぁ」
少しずつだが呼吸の方も元の状態へ戻って来た2人は、とりあえずの無事を確認し合う。今この場に居るのは自分達2人だけ。
網枷も阿晴も永観も蜘蛛井も誰も居ない。躍進目覚しかった『ブラックウィザード』は、もはや見る影も無かった。
「・・・ハァ。ここまで・・・かしらねぇ。刑務所暮らしか・・・一生出られないだろうな。網枷君や真昼ともそこで再会するって流れになりそうね」
「・・・・・・」
「・・・真慈?」
「どうやら、憎たらしい世界というヤツは俺達にそんな“甘っちょろい”結末を迎えさせてはくれないようだ」
「えっ・・・・・・ッッッ!!!!!」
事ここに至って遂に観念した“魔女”の“甘っちょろい”未来予想図は、あの“怪物”の出現によって粉々に崩れ去る。
自分達がこんな目に遭った元凶とでも言うべき存在・・・白の異形に身を包む“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”・・・
ウェイン・メディスンの殺気が場に溢れ返る。
「・・・・・・」
「・・・ハァ~。ホント、最悪ってヤツね。・・・ねぇ、真慈?」
「何だ、希杏・・・・・・ッッ!!!」
「・・・・・・私が阿晴君の好意に気付いていながら気付かないフリをしていたのは“こういうこと”よ。気付いてた?」
「・・・・・・いや」
「だよねぇ。真慈は私のことを“そういう風”には全然見てなかったし」
「親友とは思っていたがな」
「・・・ハァ。真慈がこの学園都市を変える所を本気で見たかったんだけどな~。それも無理になっちゃった」
「・・・・・・」
親友の秘め足る想いとその象徴を受け取った“弧皇”の耳に“魔女”の諦念溢れる声が届く。このまま自分はあの殺し屋によって殺されるのだろう。
本気で彼が『科学』の世界を変える姿を見たかった。恋する彼に夢を見た。色んなモノを犠牲にしてでも、この世界を変えたかった。
そんな想いが“弧皇”の心を揺さ振る。『力』を示す手段として『変革』を望んだ東雲の信念を動かす。
その結果・・・反骨心が溢れ出てくる。反発心を抑えることができない。内にある『力』は、この状況を迎えても些かの衰えも見せていない。
「真慈。私が何とか時間を稼ぐ。だから、その間に逃げ・・・・・・」
「それはできないな」
「はっ!!?」
「何せ、俺の内から溢れる『力』が『あの殺人鬼を潰せ』とうるさく訴えて来る。ククッ・・・いいだろう」
「真慈!!こんな状況で我儘言わないで!!あなたが生き残るためには、誰かがあいつを引き付けなきゃいけない!!
ここで私を切り捨てればほんの少しであったとしても生き残る可能性は上がる!!だから・・・!!!」
「そうし続けた結果今の状況になった。違うか?」
伊利乃の必死の懇願を受け取って尚“弧皇”は自身の『力』に全てを委ねる。但し、それは“独り”の『力』ということでは無い。
“詐欺師”や筋肉の申し子が示した『力』。それが果たしてこの状況でもその意義を示せるかどうか。それを・・・試してみたくなった。こんな状況だからこそ。
「何処かの警備員曰く『世界はガキが“独り”で変えられるようなモノでは無い』そうだ。それが本当かどうかここで試してやる。『変革』のために、俺と・・・お前の『力』で」
「真慈・・・!!」
「お前と共に戦って駄目だったなら、あの警備員の言葉は間違っていたことになる。言い換えれば“孤独を往く皇帝”の信念が正しいことの証明材料となる。
フッ、俺とお前の『力』でこの憎たらしい世界の手先へ傷跡(へんかく)の1つや2つを刻んでやろう。だから・・・最期まで一緒に居よう、希杏」
「・・・・・・うん!!!うん!!!!うん!!!!!」
東雲の暖かな言葉に伊利乃は泣く。本当は心細かった。本気で逃げたかった。殺人鬼に殺されることが恐かった。“独り”が・・・たまらなく嫌だった。
これが数多の悪辣非道を繰り返して来た少女の心意(こんげん)。学園都市の『闇(おとな)』に翻弄された末に仮初の『家族』を求めた子供の本音(よわね)。だが、もう“独り”じゃ無い。
東雲真慈という枠組みの中に居るのでは無い。彼と対等な関係で・・・1人の人間としてようやく立つことができた。他の誰でも無い彼が立たせてくれた。
「貴様が東雲真慈だな?」
「そうだ」
「そうか。貴様等には今ここで死んで貰う」
「それは俺の台詞だ、殺人鬼。俺の・・・いや・・・俺“達”の『力』で返り討ちにしてくれる!!!」
「私や真慈を・・・『ブラックウィザード』を舐めんじゃ無いわよ!!!」
「・・・フン。死ね!!!」
“怪物”が白の長槍を携えて突貫して来る。こちらは満身創痍。所持する武器もあの殺人鬼に通用するとは思えない。でも・・・やる。
世界に翻弄され、また世界を牛耳ろうと『力』を求めた少年少女の短くも長き物語(じんせい)。その終幕を2人は共に往く。
「往くぞ、希杏!!!」
「往こう、真慈!!!」
世界へ挑戦した“孤独を往く皇帝” 東雲真慈と彼の相棒である“魔女” 伊利乃希杏は、最期の刻を澄み切った心で疾る。
そして・・・彼と彼女が相対した“世界に選ばれし強大なる存在者”は持てる『力』でもって標的足る少年少女達を叩き潰したのであった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
燃え盛る炎を見向きもせず、体から離れない黒煙の粒子も無視したまま“辣腕士”は地べたを這いずる。
自ら仕掛けた攻撃で重傷を負った網枷は、荒我と速見がどうなったのかを確認しないまま唯々進み、ある建物の壁際に背を付けることでようやく一息を吐くことが叶った。
「ハァ・・・ハァ・・・グッ!!」
骨折を抱える左腕に限らず体の至る所から激痛が走る。この状態では、もうまともに戦闘を行うこともできない。
爆発と地面への激突のせいで通信機器の類も壊れていた。救援を呼ぶことも連絡を取ることも不可能に陥った網枷は、ここが人生の引き際であることを瞬間的に察する。
「俺も・・・ここまで、か。ハァ、ハァ・・・まぁ、殿を務める前から覚悟はできていたが」
歪んだ微笑を浮かべる網枷。彼は、スパイ活動に従事するようになってから何時でも自決する覚悟を持っていた。
躊躇など無い。自分が求めたあの“弧皇”のためならば命など惜しくは無い。そんな彼は爆発の影響で東雲確保の宣言を聞いてはいない。
故に、彼は今でも“弧皇”の健在を信じていた。己が惚れたあの男がこんな所で終わる筈が無い。そう確信していた。
「東雲さん・・・あなたの為すことを最後まで見届けることができなかったのは残念ですが・・・あなたならこの世界を変えられる。俺はそう信じていますよ」
ここには居らず、この声も届く筈の無い“弧皇”へ向けて最期の言葉を贈った網枷はいよいよ自決を図る。口を全開にした後に残る力を振り絞って・・・
「無様だな、網枷」
「!!!!!」
だが、彼の自決行為は同輩の登場にて中断する。懐かしい声を耳にして表情が驚愕に染まる網枷が首を横に振った先に・・・黒い包帯で顔を包んだ男が居た。
鉄爪から伸びる光の“剣”―『閃光小針』―の煌きを瞳に映した“辣腕士”は、凝り固めた覚悟を少しだけ軟化させて彼の来訪を迎えた。
「・・・まさか、あなたがここに来ていたとは全く思っていませんでしたよ・・・・・・麻鬼さん?」
「・・・・・・」
自分と同じ176支部風紀委員“だった”少年・・・かつての己が憧れた同期・・・麻鬼天牙。
自分と同じく“表”の治安組織に幻滅した彼がこの戦場に居る意味を考えた網枷は、死ぬ前に彼と会話する機会に恵まれた自身の運に感謝する。
「麻鬼さん・・・あなた、風紀委員や警備員に幻滅したんじゃ無かったんですか?『偽善者』達を見限ったって神谷に言ってたじゃないですか?」
「『ブラックウィザード』へ入ったお前のように・・・か?」
「はい」
「・・・・・・その気持ちは今でも変わっていない」
「だったら、どうしてここに居るんですか?まるで、風紀委員会に協力しているみたいじゃないですか?」
麻鬼との関係については網枷なりに未練のようなモノを抱いていた。彼が風紀委員を辞めた『切欠』を知る網枷は、ある予感を抱きながら麻鬼へ問い質す。
荒我や速見との勝負で突き付けられた指摘・・・それを繋げるモノが眼前の男の言葉にあるのではないかという“期待”を込めて。
「俺は、『今』も『昔』も風紀委員や警備員という組織を嫌っている。だが、『今』の俺はあの『偽善者』共の巣窟で奮闘している人間達に限っては認めている。
与えられたお題目では無い、己が信念を貫き通そうとする彼等のためならば、嫌々ながらも形式的に手を貸すことくらいは吝かでは無い程までには俺も変わった」
「・・・へぇ」
対する麻鬼は脳裏に焔火や固地、花多狩達と激論を交わした光景を思い浮かべる。自分は彼等彼女等と接することで確かに変わった。
それが良いことか悪いことなのかは今でも判別付かない彼は同時に思う。目の前の網枷は、かつての自分が歩んだ可能性の1つなのではないか・・・と。
風紀委員・警備員というだけで全てを否定し自暴自棄になっていたかつての自分が辿ったかもしれない可能性。それが網枷双真の顛末ではないか・・・と。
「・・・フフッ。あなたがそんな結論に至ったのは心底意外ですよ」
「・・・どういう意味だ?」
「麻鬼さん。俺は・・・あなたが風紀委員を辞めた理由を知っていますよ?」
「ッッッ!!!」
麻鬼の顔色が変わる。何時もの無表情が激変する。そんな彼の姿を見たことがまず無かった網枷は、少しの満足感を得ながら淡々と語っていく。
「あなたは、去年の10月上旬に176支部を辞めた。その『切欠』は・・・9月に開催された『大覇星祭』にある」
「・・・・・・」
「風紀委員は警備員と共に『大覇星祭』期間中も様々な仕事を行った。一般人は知る由も無いですが、『大覇星祭』期間中には表沙汰にならなかった事件が複数あった。
その内の1つが・・・ある犯罪者の護送中の逃亡。その現場付近に偶々居たあなたは176支部の管轄外であることを理解していながら逃亡した犯罪者捜索を無断で行った」
「・・・・・・」
「そして・・・あなたは見事犯罪者を確保することに成功した。だが・・・直後何物かよる襲撃を受けたあなたは再びの犯罪者逃亡を許してしまった。
怪我を負ったあなたはすぐに警備員へ連絡を取ろうとしたが何故か繋がることは無く、怪我を引き摺りながらも確保に動いた先にあなたが目にしたのは・・・」
「犯罪者の死体・・・だったな」
網枷の執念の調査であることは彼の話し振りですぐにわかった麻鬼は、思い出したくも無い過去の断片を自分の口で話すことで同輩に応える。
「そうそう。当然あなたはこのことを管轄の風紀委員や警備員へ報告した。当時は『大覇星祭』期間中であったために内密調査を行うという返事で渋々納得していたあなたは知る」
「まともな内密調査は行われておらず、速攻で捜査が打ち切られた・・・という事実をな。何度訴えても俺の言葉が上層部に届くことは無かった。
また、俺の独自行動も封じられてしまった。『怪我の治療』というお題目で・・・な。おかげで、それまで溜まり続けていた疑心が一気に膨れ上がった」
「そうして、遂にあなたは辿り着く。風紀委員としての行動を封じられたあなたがそれでも懲罰覚悟で“裏”の世界まで調査の手を広げた結果・・・ある情報屋に行き着いた。
実を言うと、その情報屋を狙って以前『ブラックウィザード』として攻撃を仕掛けたこともあったんですが、こっちも何者かの妨害を受けて失敗したんですよねぇ」
「・・・・・・」
「で、あなたは知る。捜査が学園都市上層部の圧力によって打ち切りになったことを。実は、護送それ自体が犯罪者を死地へ送り込むモノであったことを。
あなたを襲い犯罪者を逃がした人間の標的は、その犯罪者であったことを」
「現場検証という名の不確定情報でしか無かったがな。あの情報屋も自身に危害が向かないように、一線を引いて『闇』の情報を売っているようだしな」
「でも、現場検証だろうと不確定情報だろうとそこに含まれていた『闇』の存在にあなたは甚大な衝撃を受けた」
歪んだ笑みの色が濃くなる。『切欠』を知った時からこの瞬間を何度も想像した。尊敬していた男の秘密をバラすこの瞬間に、堪らない高揚感を覚える。
死ぬ前に味わう興奮としてはこれ以上のモノは存在しない。邪な微笑を浮かべながら“辣腕士”は告げる。麻鬼天牙が風紀委員を辞めた『切欠』を。
「そう・・・学園都市統括理事会が配下に収める暗部組織の一角・・・『
クラウド』。そして・・・
暗部で発生された事件を迅速に揉み消すことを主目的にしている幻の警備員集団・・・『Chase Of Unknown』。略して『COU』の存在に」
「・・・・・・」
「学園都市の安定を守るために存在する暗部組織に彼等に不都合な情報を潰す治安組織の存在を正義感に燃えていた当時のあなたは許せなかった。
管轄外にまで足を運んで治安維持に尽力する自分を抑え付け、非合法な手段を用いて活動する暗部組織や治安組織は優遇される。
風紀委員の上層部も学園都市の圧力に屈した。あなたは完全に悟る。風紀委員や警備員は絶対な正義では無いと。そして決断する。風紀委員を辞めることを」
「・・・・・・満足したか?」
「えぇ、満足です。これで・・・心置き無く死ぬことができるようです。あなたに最期を看取って貰えるというのも悪く無い」
「・・・にしては、何処と無く未練が残っているような顔付きだが?」
「・・・俺が?・・・・・・何でしょうね。自分でもよくわかりませんよ。まぁ・・・今更どうでもいい」
独演会は終了し自分としては満足感に満ち溢れていると思っていたのだが、麻鬼からすると未だ未練が残っているとのことであった。
無論網枷は気付いている。自分がこの戦場で求めた『答え』がまだ100%の形になっていない故の未練が残ったままなのだ。
それでも、網枷は気付いていないフリをする。麻鬼との問答だけでもう十分だと思っていたし、彼に捕まる前に何としてでも自決しなければならない。
麻鬼が自分をどうするかに逡巡している今しかない。網枷は僅かな未練を残したままこの世を去ろうとする。
「双真あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
「「!!??」」
それなのに・・・どうしてその未練が『今』というタイミングで現れて来るのか。世界はこんな時にまで意地悪を仕掛けて来る。
彼等にとっては馴染みの声・・・操る水によって急接近する176支部リーダー・・・
加賀美雅が傍らに神谷を連れて現れた。
「フッ。どうやら、お前の最期を看取るのは俺の役目じゃ無いようだな」
「麻鬼さん・・・」
「お前との関わりを拒否した俺が言える立場じゃ無いが・・・『風紀委員だった頃』の俺は、お前という同輩を持てたことを嬉しく思っていた。
『今』の俺はお前が『ブラックウィザード』へ入った事実に関しては憤りと・・・少しの悔恨がある。・・・済まなかったな、網枷。じゃぁな・・・俺の親友」
「ッッッ!!!」
謝罪と別れの言葉に瞠目する網枷に背を向け親友はこの場を去っていく。彼は今でも自分を親友と呼んでくれる・・・その事実に言葉で表せない感情を抱く網枷。
一方、焔火から救済委員や光の“剣”のことを聞いていた加賀美は網枷の眼前に居る包帯男を自分達がよく知る人間であることに驚愕しながらも冷静に看破、
『水使い』による放射で彼の同期である神谷―事情も簡易的ながら話した―を射出し、彼の下へ向かわせた。
「麻鬼!!!」
「・・・・・・こうやって面と向かって話すのは辞めた時以来だな、神谷」
『閃光真剣』と『閃光小針』、共にプラズマを操作して作り出した光の“剣”が夜の闇を照らす。
神谷と麻鬼、両者が直接対面するのは麻鬼が風紀委員を辞めた去年の10月上旬以来のことである。
神谷は麻鬼が救済委員として今も治安活動を行っていることを聞き、色んな感情が混ざり合った表情を浮かべながらかつての同僚へ声を放つ。
「お前がここに居る理由については聞かねぇ!!それよりも、お前・・・何で救済委員なんかやってんだよ!!?
そんなことをするくらいなら、前のように風紀委員として活動すりゃいいだろうが!!?俺達と共に・・・加賀美先輩と一緒に!!」
「俺はただ、正義を守りたいだけだ。俺が信じる正義を・・・な」
「風紀委員じゃ・・・俺達とじゃそれができねぇって言うのかよ!!?」
「そうだ。少なくとも俺はそうだ。あんな『偽善者』共の巣窟に再び身を置くなどできるわけも無い」
「んなモンやってみねぇで・・・」
「『偽善者』共が何をしてきた?『闇』に逃げ込む悪を放置してきただけだろう!!」
「!!!」
必死に訴える親友の言葉を喉元へ光の“剣”を振り向けることで制止させる麻鬼。網枷の独演会で過去のことを思い出した影響か、些か以上の怒声と本音を混ぜてしまった。
もしかしたら、今回の件で神谷や加賀美達も学園都市に潜む影を知ったのかもしれない。辞職したあの時のような無知では無いのかもしれない。
「俺は俺の道を行く。お前はお前の道を行け、神谷。もし、俺の行く手をお前が遮るのならば・・・その時はお前を倒してでも進む!!覚えておけ」
「麻・・・鬼・・・!!!」
「・・・フン。今は俺より網枷の下へ行ってやれ。・・・じゃぁな、俺の親友」
鬼気迫る眼光に気圧された神谷は、“剣”を消失させて去って行く麻鬼をすぐに追うことができなかった。
彼が姿を消した後我に返った神谷は急いで追ったものの、そこには麻鬼の姿は存在しなかった。まともに話し合うこともできなかった己の不手際に苛立ちながらも、
親友の言葉を受けて網枷の下へ向かう神谷。そんな彼の姿を付近の建物の屋上へ空間移動した麻鬼と峠がしばし見つめ・・・“仲間”を助けるために姿を消した。
「加、賀美・・・雅」
彼女の顔を見る。こちらへ近付く少女の姿を瞳に映す。自分は裏切り者。数多の被害を生み出した元凶の1人。
彼女はそんな自分が所属する支部のリーダーである。彼女の立場からすれば、自分は酷く憎たらしい存在だろう。それこそ殺したいくらいに。
どうせなら、彼女の手で殺されるのもいいのかもしれない。仮に殺せなくとも、罵倒や叱責をぶつけてくれることだろう。
あの病室で『無能』と断じた自分のズタボロな姿を見た彼女の第一声がとても気になった。だから、もう少しだけ自決を先延ばしにし少女の言葉を待った。
「双真!!!大丈夫!!!??」
「ッッッ!!!」
彼が待った176支部リーダーの第一声・・・それは“心配”であった。心が激しく乱れる感覚を自覚する網枷を無視し、加賀美は残り僅かな対外傷キットを取り出す。
「酷い怪我・・・!!!手持ちの分量だけじゃ全然足りない!!!稜の治療に使っちゃったからなぁ・・・!!」
「な、何を・・・やっているんです・・・か?」
「見ればわかるでしょ!!?治療よ治療!!!」
「何、故・・・ここへ?」
「速見先輩からの連絡!!」
「な、何故・・・あな、たの第一声が・・・“心配”なんで、す・・・か?俺はあなた達を裏切って・・・」
「そうよ!!私はあなたに裏切られた!!!あなたのせいで色んな人が傷付いた!!!」
疑心しか湧かない網枷の問いに、加賀美は治療する手を止めないまま自身が抱く想いを全てこの裏切り者へぶつける。
「・・・・・・」
「私は今回の件で自分の『無能』を自覚した!!あなたの言う通り、私は『無能』なリーダーだった!!まぁ、それを理由にあなたがしたことを許すつもりは無いわ!!
もし・・・もしあなたのせいでしゅかんや緋花が取り返しの付かない状態になっていたら・・・私はあなたを殺してでも止めるつもりだった!!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・でも!!でも!!!あなたが最後の最後で抑えてくれたから2人共取り返しが付く状態で収まった!!!きっと鏡子もそうなんでしょ!!?」
「フッ・・・何を言い出すのかと思えば。あれは俺が抱く罪悪感減少のためでしか無いですよ?」
「えぇ!!そうでしょうね!!私もあなたの行いを許すつもりは無いわ!!でもね!!罪悪感を抱いてるってことは、双真は完全に血も涙も無い人間になったわけじゃ無いってことでしょ!!?」
大火傷を負っている彼の手に自らの手を添える加賀美の瞳から透明な雫が筋となって頬を伝っていく。それは、やがて網枷の焼け爛れた腕へと落ちていった。
網枷にはわからない。こんな自分へ涙する少女の思考を理解することができない。
「・・・・・・」
「そんな部下を悪の道へ走らせてしまった私の不甲斐無さには私自身が呆れてるわ!!さぞや私より優秀な人間だったんでしょうね、東雲真慈って男は!!」
「えぇ・・・あなたより断然優秀ですよ。俺は・・・あの人と共にあったことを絶対に後悔しません」
「・・・!!!ハァ・・・ショックだわぁ。天牙の件と言いあなたの件と言い、私の行く手は暗雲だらけね!!くそぅ~!!」
「・・・・・・なのに、どうしてあなたは俺を“心配”するんですか?自分の罪を『無能』と詰った俺に押し付けるためですか??
“死人に口無し”になればあなたへの批判は不動のモノとなる。だから、俺に死なれたく・・・(ポカッ!)・・・痛っ!」
「・・・馬鹿!!この真面目馬鹿!!そんなんだから、悪の道へ走る程自分を追い詰めちゃったんだよ!!!それとも、血を流し過ぎて思考が働いていないの!!?」
大粒の涙を何滴も零し、顔をくしゃくしゃにしながら彼の頭を小突く加賀美。自分より頭が良い癖に、何でこんなことがわからないのか。
頭に来たリーダーは『元』部下の体を抱き締める。彼がどれだけ痛がろうが関係無い。この想いを理解させられるのなら。
顔と顔とが触れ合いそう距離まで近付いた加賀美は目を丸くしている網枷へもう1度“心配”の声を掛ける。ありったけの想いを言の葉に乗せて。
「だって・・・だってぇ・・・ヒグッ、ヒグッ・・・双真の傷付いた姿を見たら・・・もう“心配”しかできないんだよぉぉ・・・!!!」
「・・・!!!」
「たとえ裏切り者でも・・・たとえ殺してでも止めるって思った『元』部下でも・・・・・・双真は私にとって大事なヒトなんだもん!!!
あなたが私をどう思っていようとも、私はあなたのことが昔から“心配”だったんだもん!!あなたが皆の輪に入れるよう私なりの努力をずっとして来たんだもん!!」
ずっと“心配”だった。体調が余り優れない(という嘘を付いていた)網枷を、加賀美はずっと“心配”し続けていた。リーダーになってからはその想いは更に強くなった。
麻鬼が辞職してショックを受けた網枷が風紀活動を休んだ時もずっと“心配”していた。他者の領域へ踏み込めず、脇の甘い処世術を実行していた以前の自分。
その理由の大半が麻鬼の辞職と鏡子の除籍なのは間違い無いが、それだけでは無い。そこには孤立を深めていた網枷とコミュニケーションを取り、
仲間の輪に入りやすいようにする意味合いもあったのだ。『部下の気持ちに深く踏み入ることを恐れて、場当たり的な処世術に終始する』と当の網枷には一蹴されてしまったが。
「あなたに関しては後悔しかないよ!!後悔したく無くても後悔しちゃう!!結局私はあなたに何もしてあげられなかった!!私が『無能』だったから!!!
でもね、それでも私は『本物』になるって決めたんだ!!『無能』って言ったあなたが認めるくらいの『本物』のリーダーに私はなる!!!
だから・・・あなたに私が『本物』になった姿を見て貰いたいの!!!そのためにも、あなたに死なれるわけにはいかないの!!!」
「裏切り者の・・・俺に?」
「そう!!それがあなたを部下に持った私なりの責任の取り方よ!!あなたは一生刑務所から出られないかもしれないから、そうなったら私は逐一面会するわ!!
あなたに私の成長した姿を見せ付けにね!!私ばっかり後悔するんじゃ割りに合わないもの!!私じゃ無くて東雲を選んだ選択を絶対に後悔させてやるんだから今から覚悟しておきなさい、双真!!!」
「・・・ハハッ。何て嫌味だ・・・ハハッ」
加賀美の(網枷視点で)途方も無い計画に思わず苦笑してしまった網枷は、求めていた『答え』をようやく見出した感覚を得る。
この世における最後の未練・・・『風紀委員への期待』を、自分が扱き下ろしたリーダーから得るとは何とも奇妙なことであった。
「(何だ・・・俺は唯見ていなかっただけか。こんな・・・こんな近くに『答え』はあったというのに・・・・・・臆病者だな、俺は)」
あの“不良”の言う通り、最初に頼るべきは風紀委員・・・己がリーダー加賀美雅だったのかもしれない。
彼女はあの病室で扱き下ろしてからたった数日間でここまで成長した。他者の領域へ踏み込み、恐れず自分の言葉を述べることができるようになっていた。
自分達『ブラックウィザード』をここまで追い詰めたのも、様々な助勢や偶然が重なっただけでは無い。彼女達の努力と成長あってこそのモノだろう。
もし、あの頃の臆病者(じぶん)が彼女へ頼ろうという気持ちを持てていれば今頃は全く違う光景を彼女の下で見ることができていたのかもしれない。
「(だが・・・フッ。すみません、『リーダー』。俺はあなたの言葉に応える資格がありません。リーダーを窮地に追いやった俺には。
それに、俺は東雲真慈と出会った偶然を決して後悔しません。だから・・・俺なりのケジメを着けます)」
だがしかし、それももはや幻で終わる。自分が歩んで来た道―東雲真慈に従った決断―を今尚後悔しない網枷は、
それでも自分のために泣いてくれたリーダーに応えるのでは無く『ブラックウィザード』の一員に相応しい自分勝手なケジメを着けるべく奥歯を噛み締めた。
ガリッ!!!!!
「えっ?何・・・今の音は?」
「・・・・・・ゴホッ!!ゴホッ!!」
「双真!?双真!!?」
下方から聞こえた異常を告げる音に加賀美は涙で晴らした目を向ける。そこには、蒼白状態の網枷が激しく咳き込み始めた姿があった。
「加賀美先輩!!」
「稜!!!双真の様子がおかしいの!!!」
「なっ!!?お、おい!!網枷!!しっかりしろ!!!」
丁度リーダーの下へ帰還した神谷へ加賀美は『元』部下の急変を訴える。同期の呻き声を耳にした神谷は、駆け付けるなり網枷の手を握りながら必死に呼び掛ける。
「ガハッ・・・・・・ハァ、ハァ。何・・・奥歯に仕込んでいた自決用の薬を飲んだだけ・・・ガホッ!!グホッ!!!」
「なっ!!?」
「双真!!どうし、て・・・どうしてそんなことを!!!??」
「ハァ、ハァ・・・俺なりのケジメってヤツですよ。俺が捕まることで東雲さんに害が及ぶことなんか・・・認められるわけが無い・・・!!!」
「「・・・!!!」」
加賀美と神谷は見せ付けられる。“弧皇”への網枷の忠義っぷりを。言葉を失う2人は、“弧皇”が一度捕まった後に再び逃亡している事実をついぞ述べることができなかった。
そんなことを言った所で、自決用の薬を服用した事実は変えられない。2人は瞬間的に悟る。もうすぐ・・・網枷は死ぬ。
「ゴホッ!!!ゴホッ!!!」
「双真!!死んじゃやだよぉぉ・・・双真ああぁぁ・・・・!!!」
「ハァ・・・ハァ・・・フフッ。加賀美雅。俺の最期を看取るあなたには、これだけは言っておきましょう」
命の灯火が間も無く尽きる少年の体を抱き締めながら泣き喚く加賀美の頬を、文字通り死力を振り絞ることで撫でる網枷。
リーダーの瞳から流れる涙の筋をそっと拭き取る『元』部下は、先程口に出さなかった加賀美達へのケジメを着ける。
「あなた・・・が・・・リーダーで居続けられるかはわかりません。俺のせい・・・ですがね。ゴホッ!!ゴホッ!!ハァ、ハァ・・・」
「双真・・・!!!」
「でも・・・俺の予想ならあなたはこれからもリーダーで居ることでしょう。ハァ、ハァ・・・俺はあなたに嘘を付きました。
俺が風紀委員を裏切った『切欠』にあなたは関係ありません。何せ、『無能』だったあなたに俺が一大決心をする『イベント』へ参加できる影響力があるわけ無いですし。
速見先輩も証言してくれるでしょう。また、俺があなたを信じなかったのもあなたのせいでは無く、単に俺の努力不足だったというだけです。つまり、あなたに責任は無いも同然です」
「な、何でそんなことを言うのよ!!?私にだって責任が・・・!!!」
「いいえ。『無能』だったあなたにそんな責任が持てるわけ無いじゃないですか。全ては俺の自業自得です。ガハッ!!ガハッ!!!・・・・・・神谷」
「・・・何だよ、網枷?」
「こんなヒトだから、エースのお前がしっかり支えてやれ。斑達と力を合わせて・・・な。もし、このヒトに害を及ぼす行動をすれば・・・化けて現れてやるぞ?」
「・・・・・・上等だ。何時でも相手になってやる。お化けなんて非科学的な存在になったら、現世の罪も関係無ぇだろうしな」
「あぁ、頼ん・・・ゴホッ!!!ゴホッ!!!ガハッ!!!」
「双真!!!」
「・・・!!!」
『ブラックウィザード』の一員としてでは無く176支部風紀委員だった者として、意識が薄れる中最期の言葉を『今』の己が認めたリーダーへ贈る。
自分がこの世に生を受けた証を彼女へ刻む。彼女のために。これも罪悪感を減少させる程度のモノ。そう自身に言い聞かせながら。
「・・・『リーダー』」
「ッッッ!!!」
「刑務所・・・の中、じゃ・・・無くて、あ、の世か・・・らあなたの成長し・・・・・・た姿を眺、め、させて・・・貰いますよ。
神谷達と共に・・・『本物』のリーダーと、してこ・・・れからも・・・・・・学園都市に住む罪無き人々を・・・守って下さい。・・・・・・約束でき・・・ま、すか?」
「する!!約束する!!!双真との約束は絶対に守る!!!」
「そう・・・・・・です、か。・・・今まで、お世話、になり、ま、し、た。・・・・・・失礼・・・・・・し、ま・・・・・・・・・す・・・・・・・・・・・・」
「双真ぁ・・・・・・双真あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!」
「網枷・・・!!!!!」
リーダーに礼を述べた少年の最期は、何処と無く晴れやかな表情であった。『元』部下の手が自分の頬から離れ落ちた光景を見て少女は慟哭する。
彼女の傍では歯を噛み締めながら静かに涙を流すエースの姿があった。『元』仲間に看取られた少年・・・“辣腕士” 網枷双真は、
己が手で15年という短くも濃き生涯に幕を下ろした。そんな彼と“弧皇”達の死をもって、後に【『ブラックウィザード』の叛乱】と名付けられる今回の事件は一先ずの終結を見たのである。
continue!!
最終更新:2013年08月30日 22:45