「おや。どうなされましたか、姫空さん?」
「・・・・・・」
名前を呼ばれた佐野の問いに、当の少女は無言のまま病室へ入室して来る。頭に被ったゴーグルが一際目立つ彼女・・・
姫空香染は、
ある目的のために破輩や厳原が入院する部屋へ足を踏み入れた。佐野達が今日の午後にこの部屋へ来るという情報を人伝に聞いていたために。
「(姫空さん、佐野先輩に何の用があるんでしょう?)」
「(ぶっちゃけ、全然予想が付かねぇよ。普段から無口っつーか・・・)」
「(風紀委員会で一緒に仕事していた時からわかってたことだけど、必要以外のことを進んで話さないモンね、彼女って)」
湖后腹達は、姫空の不意の来訪を訝しむ。普段から寡黙クールを貫いている少女とまともに接したことそのものが極端に少ないのが実情である。
よって、彼女がどういう目的をもって佐野を訪ねたのか皆目見当が付かない。きっと、佐野も同じ気持ちだろう。
「・・・・・・佐野先輩」
「はい、何でしょう?」
さすがに、来訪しておいてずっと沈黙しているわけにはいかないことくらいはわかっていたのか姫空がようやく話を切り出す。
彼女が佐野を訪ねたのは他でも無い。【『
ブラックウィザード』の叛乱】に関わった風紀委員の中で網枷を除けば、佐野は唯一の自分と同系統の能力者であった。
自分のようにレーザーを発生させることはできないものの、可視光線・赤外線・紫外線の他に電波の分野にも入っているマイクロ波をも操作できるのが彼の『光学管制』という能力である。
「・・・佐野先輩の力を借りたいの。・・・私は『光子照射』を研磨したい。・・・加賀美先輩にも許可は貰った。・・・忙しいのは承知の上で・・・・・・お願いします」
「・・・・・・具体的には?」
「佐野先輩が光学操作を行う時の演算技術を習いたい。私はその辺の技術がアバウトだから・・・」
頭を下げる姫空が佐野を訪ねた理由は唯1つ。『「光子照射」の発展』である。【叛乱】において、あの“英雄”にまざまざと見せ付けられた光学操作の熟練度の差。
中二病として悦に入る道具として放置しておいた欠点の矯正に、少女は遂に乗り出したのである。
「うん?でも、佐野の『光学管制』って電磁波の向きを操作する能力に特化してっから・・・本当に姫空の参考になんのか?」
「確かに・・・姫空さんの『光子照射』はレーザー用の強力な光を発生・増幅・集束させ、それを一直線に照射する能力です。
一方、私の『光学管制』は今ある可視光線等の光の部類に入る電磁波の向きを操作することを旨としていますので、集束以外の分野に関しては私も・・・。
レーザーポインター程度ならばともかく、鋼鉄を焼き貫く程のレーザーに応用できる光学技術をあなたに齎せられるかと問われれば・・・『できる』とは断言できないですね」
「・・・私はレーザー以外の光学操作も身に着けたい。・・・掲げる目標は高い方がいい」
ボソボソとした話し方の中に太い芯のようなモノを少女から感じ取れる。姫空はレーザーの制御だけでは無く、通常の光学操作も己が手中に収めようと画策しているようだ。
レーザー特化の代償―ある意味では自業自得―として、普通の光学系能力者が行使可能な光学操作ができないことが少女にとって物凄く歯痒いのかもしれない。
「・・・姫空さん。何故、そのようなことを考え出したのですか?」
「・・・・・・」
「先程までこの部屋に『
シンボル』の界刺さんが居ました。彼もまた高位の光学系能力者です。この際、彼にも声を掛けてみるというのはどうでしょう?」
「・・・!!!」
「(うおっ!?何か、姫空の形相が変わったぞ!?)」
「(確か、姫空さん達は界刺先輩に痛い目を喰らったんでしたっけ!?)」
「(そうみたい。つまり・・・)」
佐野はある確信をもって姫空へ今回の懇願の理由を問う。鉄枷達も察している通り、姫空達は【叛乱】の最中に界刺との対峙で痛い目を見ている。
特に、同系統同レベルの能力者に完膚無きまでに意気を潰された姫空にとって、あの“変人”はある意味では特別な存在となった。
『界刺先輩が言ってたぜ。「伸び代に期待が持てる」ってな。「可能性でしかないから鵜呑みにすんな」とも言ってたけど』
『あの“変人”・・・!!何を偉そうに・・・!!!』
エースである神谷から言われたことが脳裏を掠める。自分は中1にしてレベル4だ。一方、あの“変人”は中1の時は無能力者だったそうだ。
見方を変えれば、確かに自分は“変人”を凌ぐ早熟振りなのだろう。だが、それが何なのだ?あの時、自分は光学操作においてはっきりとあの男に負けたのが事実である。
高2と中1を比べること自体が間違っていると指摘されるかもしれない。自分でもそう思う気持ちが心の何処かにある。
しかし・・・疼くのだ。疼いて疼いて仕方無いのだ。自身の内側を駆け巡る中二病という名の熱き想いが、現状の肯定を絶対に認めないのだ。
「・・・フッ・・・フフッ」
「「「「(あっ・・・ヤバい)」」」」
「フハハハハハハハ!!!何で!!?何でこの私があの“変人”に教えを請わないといけないの!!?そんなの、屈辱が過ぎるってモンでしょう!!?」
佐野達は瞬時に理解する。姫空の中二病モードが発動した(+面倒臭くなる)ことを。
「ハハハハハ!!!私に恥をかかせたあの“変人”を、私は絶対に許さない!!そのためには、『光子照射』の欠点を矯正しなければならない!!
いや!!それだけじゃ足りない!!足りなさ過ぎる!!そう・・・力が要る。新たな力が・・・あの胡散臭い男をぶっ潰す程の新たな力が!!!フッ・・・フフッ・・・」
「(こ、志が高いのは良いことですが・・・)」
「(それ以上に恐ぇよ!!)」
手をワナワナと震わせ、瞳孔を広げ、薄気味悪い笑みを浮かべながら“変人”への対抗心を剥き出しにする少女に佐野と鉄枷は引く。
ちょっと所のレベルでは無い。本当に『この娘アブなくね?』と危惧してしまうレベルの恐さである。
「(ど、どうするんです佐野先輩!?もし、先輩が断ったら中二病の姫空さんは今以上に暴走しそうですよ!?制御が利かない『光子照射』みたいに!!)」
「(上手いことを言いますね、湖后腹。ですが、暴走が現実になって貰っても困りますし・・・ふむ・・・・・・・・・あっ)」
「(・・・妙案が思い浮かんだの、佐野君?)」
「(えぇ。彼に連絡を取れば・・・)」
鉄枷と同様にゴーグル少女の異様なテンションに引いている厳原の問いに、佐野はここには居ないある風紀委員の顔を思い浮かべる。
風紀委員会で彼とは特に親しくなった。そして、彼が所属する支部には・・・彼が通う学校には“変人”とは別の強大な光学系能力者が居ることも同時に脳裏へ描き出す。
「姫空さん。丁度私も、今回の件を教訓に自分の能力を捉えなおそうと考えていたりします」
「えっ・・・佐野先輩が?・・・
風輪学園第四位の先輩が?」
「第四位と言っても、戦闘力では第五位の湖后腹に負けてますよ」
「そ、そんなこと・・・!!」
「いいえ、湖后腹。これはれっきとした事実です。私が言っているのは、単なる勝敗を指しているのではありません。
私が言っているのは『コンスタントな戦闘力』という意味です。相性も大きいですが、ようは持ち得る能力でどこまで『コンスタント』のレベルを上げられるか。
勝敗自体はその時々のコンディションや状況、自己の判断や偶然等が複雑に絡み合って来ますからね。
勝敗も大事ですが、目先の結果にばかり囚われていてもいけません。そういう意味では、私自身レベル4としては下位の人間だと思っています」
湖后腹の抗議を整然とした理屈で封じる佐野の目に暗い色は無い。以前からわかっていたこと。風紀活動に忙殺されて中々自分のレベル向上に努める時間を確保できなかったが、
これからはどうにかして時間を確保して能力向上に・・・『コンスタントな戦闘力』の底上げに努めなければならないと真剣に考える後輩に厳原は今更の疑問を口に出す。
「・・・今更だけど、風輪学園の順位ってどういう基準で決定してるのかしら?『レベル4』以外の選定基準は生徒の誰にも教えられてないわよね?」
「はい。今でこそ風輪の順位は十六位まで存在しますが、当然年によってはレベル4が16人に満たないこともありますから順位数も結構変動しているんですよね。
今年の場合はレベル4が十六位までの人間以外にもう1人居るんですが、16人が定員と正式に決まった5月以降にレベル4になった関係からハブられていたりしますねぇ」
「えぇと・・・一位・十三位・十六位が精神系、二位と十五位が大気系、三位と六位が分類不明、四位が光学系、五位・十一位が電気系、七位が空間移動系、八位が重力操作系、
九位が肉体系、十位が念動力系、十二位がAIM系、十四位が透視系・・・か。
こうして見ると、結構レパートリーが豊富ですよね。いずれは、鉄枷先輩もこの中の何処かに入ったりするかも・・・」
「ど、どうだろな!ハハッ!・・・・・・まぁ、ぶっちゃけ佐野の言う『コンスタントな戦闘力』で見てみるとバラツキがあるのは確かだよな」
「戦闘向けの能力かそうでは無い能力か・・・というのも大きいですね。そもそも、超能力とは戦闘を前提に開発されるようなモノではありませんし。
私の場合は、通常の光学系能力者ではまず操作できないマイクロ波を操作できるという観点から、将来の成長度を見込まれて・・・という理屈は付けられますが」
風輪生でありながら、今の今まで母校の特徴でもある『順位制度』に深く疑問を持ってこなかった少年少女達。
彼等にとって、それだけ当たり前の現実だった証拠でもある『順位制度』にどうして深い疑問を思い浮かべてしまうようになったのか。
『では、借りを返そう・・・・・・哀れな弱者共』
全ては、あの“怪物”が起因。【叛乱】において暴れまくり、湖后腹の放った超電磁砲さえ弾いた殺人鬼の存在がここまで影響している。
上層部の説明ではテロリスト専門部隊を派遣して交戦・殺害したとのことであったが、実際彼の実力を目の当たりにした鉄枷や湖后腹には俄かに信じ難い内容であった。
「『コンスタントな戦闘力』なら、読心能力の十六位、強力だけど取り扱いに相当難のある十五位、透視能力の十四位、AIMの種類と位置情報取得の十二位、
生体電流の読み取りに特化している十一位、念動能力の十位辺りは今の順位でも別段疑問はありませんよね。
逆に、トラウマを穿り返す十三位や物質を構成する粒子の集まり方を任意に操作できる六位はもっと上位に居てもおかしくない。
治癒能力特化の九位や空間移動の七位、重力操作系の八位も今の順位に少し疑問がありますけど・・・」
「・・・何だか順位で呼ばれるのって変な感じがするわね」
「す、すみません厳原先輩。試しに言ってみようかなって・・・。二位の破輩先輩も佐野先輩と同じ理由で通常の大気系能力者を凌ぐ操作技術の成長度を見込まれて、
今の順位を与えられたのかもしれません。だから、俺よりも上の順位を2人共に与えられた・・・とは言え、結局は順位を決める風輪の上層部の思惑なんて完全に予測できません」
「ぶっちゃけ、一位と三位は議論する余地が無ぇなぁ。どっちも能力がヤバい。三位は『コンスタント』って言っていいかは知らねぇけど」
「・・・・・・ねぇ。さっきから、私の存在が無かったことにされてるんだけど?」
とにもかくにも、殺人鬼の強大な戦闘力を見せ付けられたことを契機に佐野達は今一度能力強度そのものについて思考を働かせている・・・外で不機嫌MAXな中二病少女は、
参考―『コンスタントな戦闘力』―にはなるものの本題から逸れた議論の途中に割り込んだ。
「あぁ。これはすみません。・・・姫空さんの『光子照射』を成長させる切欠になるかもしいれない人物をあなたに紹介します」
「紹介?」
「はい。まぁ、私自身会ったことは無いのですが・・・初瀬に連絡を取れば上手く事は運ぶでしょう。私も一緒に行きます」
「・・・初瀬先輩へ?」
姫空は佐野の提案に首を傾げざるを得ない。自分は同じ光学系能力者である佐野へ教えを請いに来た。それなのに、佐野は光学系能力者では無い初瀬へ連絡を取ると言う。
話の流れが全く見えない黒髪の少女の様子に、【叛乱】終結後に初瀬からそれとなしに話を聞いている佐野は丁寧に説明を続ける。
「はい。姫空さんもほんの触り程度なら耳にしたことがあるかもしれませんが・・・現在警備員と風紀委員の上層部が治安維持強化活動の一環として、
風紀委員会<カンファレンスジャッジ>の風紀委員専門部隊のようなモノが9月から試験的に動こうとしています。
各支部から特に優秀な風紀委員が選抜され、5月から警備員による指導や合宿が繰り返されているのですが・・・その部隊の隊長に成瀬台支部員が就くことになってるんです」
「成瀬台支部の・・・?」
「えぇ。でも、風紀委員会に属していた私達はその姿を見たことはありませんよね?それもその筈、彼は上層部から試験的に設置する部隊への出向を命じられていました。
いずれ公式化するかもしれない部隊の大事な時期に、隊長就任予定の彼は本来所属する成瀬台支部よりその部隊での行動を最優先するように・・・ということです。
そういう経緯もあってか、成瀬台入学と同時に成瀬台支部に転属となった彼は最初の1ヶ月程度を除けば殆ど成瀬台支部の面々と行動を別にしています。
そのためか、同学年の初瀬や押花も彼のことを話題にすることもありませんでしたねぇ。初瀬の話だともうすぐ支部に帰って来るそうですが」
佐野が告げるは、警備員と風紀委員の上層部が治安維持強化活動の一環として試験的に設置した部隊の存在。
今は運用開始前の最終準備段階と言った所であるその部隊の隊長に、風紀委員会に顔を出すことが無かった成瀬台支部員が抜擢された。
「その人が・・・『光子照射』の成長の切欠に?」
「なるかもしれません。彼は私や初瀬と同じ高1なのですが・・・実力は相当なモノと聞いています。界刺さんとは別に成瀬台に存在する強大な光学系能力者であると・・・ね」
「ッッ!!!」
彼は、高1にして光学系能力者の中でも上位に位置する能力者であった。“成瀬台の変人”と謳われる
界刺得世が成瀬台における“裏”の実力者なら・・・
彼は成瀬台における“表”の実力者である。双方共に光学操作において高位の実力を有する・・・成瀬台において光学系の『二翼』と称される能力者達。
「私も初瀬に聞いて初めて知ったのですが・・・今の成瀬台には『紅碧の二翼<クレアフランク>』と称される強大な光学系能力者が2名存在しているようです」
「・・・『紅碧の二翼』?何それ?また渾名?あの“変人”、一体どれだけ渾名があるの?」
「別に、界刺さん自身が名付けたわけでは無いようですがね。・・・光学系能力者の渾名と聞けば、私は暁星の『凝集光砲<ハイレーザー>』を思い出しますが・・・」
「???」
「ゴホン!また話が逸れてしまいましたね。えぇと・・・思春期の“不良”が集まる高校なせいか、
“成瀬台の裸王”や“成瀬台の犬神”に“成瀬台の見えない悪魔”、“成瀬台のオアシス”・“成瀬台のホラ吹き”・“成瀬台の韋駄天”等々、
妙な肩書きが“不良”の間で横行・・・ゲフンゲフン、流行しやすい気質を有する今年の成瀬台の1学期において結構流行した肩書きのようで。
自分の名付けた肩書きが何処まで流行するかを競ってるんですかねぇ・・・風輪の“不良”に比べたら何ともノリの良い“不良”が多くて私としては正直羨ま・・・ゴホンゴホン!
1人はここに居る全員が知っている“成瀬台の変人”・・・『光学装飾』という能力を持つ成瀬台高校2年の界刺得世。
『碧翼<ブルーフランク>』と称される彼の場合は、絢爛華麗でありながら凄まじい光学操作(ファッション)の奇行振りを振り撒く“不良”として。そして・・・もう1人は・・・」
『紅碧の二翼』が『一翼』・・・『碧翼』界刺得世と対を為す光学系能力者。成瀬台支部員にして試験的部隊の隊長を務めるもう『一翼』の名は・・・
「“成瀬台の探偵(シャーロキアン)”・・・『光波操作』という能力を持つ成瀬台高校1年の風紀委員
小鳥遊麗一(たかなし れいいち)。
一般的な光学操作と共にレーザー系能力にも秀で、『風紀委員【特別部隊】』の隊長も務める『紅翼<レッドフランク>』なら・・・姫空さんや私の成長の一助になり得るかもしれません」
もうしばらく時間が経てば午後の診療が始まり病気を患った患者でごった返しになるであろう表側の世界と隔絶された空間を2人の少女は歩調を合わせながら進んで行く。
少女達が歩くのは重い精神障害を患う患者が入院している区画。完全防音が施されており、患者達の“奇声”が鼓膜を震わすことは無い。
「こうやって一緒に歩くのも結構久し振りだよね?」
「うん」
159支部所属風紀委員
一厘鈴音と彼女の幼馴染である風輪生白高城天理。2人は7月中旬頃発生した風輪学園の大騒動でぶつかり、結果として和解、再び友達として一緒に歩くに至った。
その経緯については、こことは違う別の物語で描かれているであろう。故に、今は個々の話題では無く騒動全体について彼女達の言葉と共に少しばかり振り返ろう。
「また寮を抜け出して・・・って言っても全然聞かないもんね、白高城ちゃん。謹慎処分以上には発展しないだろうけど、少しは私の身にもなって欲しいな」
「ごめん。でも、私は黒丹羽と約束したの。『戻ってくるから、必ず黒丹羽のとこに』って」
風輪の大騒動。端的に言えば、風輪学園に存在する風紀委員支部第159支部と風輪学園第六位のレベル4
黒丹羽千責が率いる不良集団『アヴェンジャー』の衝突である。
結果から言えば、159支部の尽力及び風紀委員に協力した他のレベル4達の頑張りもあって『アヴェンジャー』の鎮圧に成功。
但し、『アヴェンジャー』及び『アヴェンジャー』に協力していた者達の殆どが『夏休みの間の寮での謹慎処分と反省文の提出』という処分となった。事実上のお咎め無しである。
現に主犯格である黒丹羽千責、
白高城天理、神奈音響(かみな おんきょう)、坂東将生(ばんどう まさみ)、
中円良朝(なかまる よあさ)等は逮捕に至っていない。
但し、
大狗部汰含(おおくぶ たごん)を始めとする木原一派の何人かは別件で逮捕されている。また、木原一派のトップ
木原一善(きはら いちぜん)は現在も行方不明である。
「黒丹羽・・・・・・先輩の調子はどうなの?」
「前の病院での状態に比べれば少なくとも快方には向かってるわ。四六時中ベッドに縛り付けられる事も無くなったし・・・発作が起きる時はそうもいかないけど」
「そう。さすがは『形製グループ』なのかな?」
「だと思う」
少女達の話題に挙がっている主犯格の1人黒丹羽千責は、現在この精神病院に入院している。どういう事情があったかは定かでは無いが、彼は騒動終結直後から重度の精神障害を負っていた。
以前はこことは違う病院に居たのだが症状が中々改善せず、精神医療分野において学園都市でも辣腕を振るう『形製グループ』系列のこの病院へ転院して来たのだ。
症状の具合としては白高城の言う通り少しずつ快方に向かい始めている。この事実に白高城はちょっとだけだが安堵していたりする。
「面会とかどうしてるの?前の病院じゃお見舞いに行っても面会とかは全然無理だったんでしょ?」
「意思疎通は難しいから、面会って言っても病室内に設置されている監視カメラに映る映像を外のモニター越しに見るって感じかな」
「よく許されてるね?」
「どうやら、学園が病院側と交渉したみたいなの。でなきゃ他人の私がこうも簡単にモニターを使えるわけ無いもの」
「ということは・・・白高城ちゃんが謹慎処分を破ってることを学園側は承知済なんだね」
「おそらく。温情なのかどうかは私にもよくわかんない」
精神病院特有の事情とでも言うべきか、ここでは重度の精神障害を持つ患者の部屋に監視カメラを設置している。
自殺や自傷の可能性から24時間の監視体制が必要と判断されているが故の措置だが、白高城は外のモニターから黒丹羽の様子を見ることに利用している。
本来であれば所詮他人である自分がそう易々と使えるものでは無い筈なのだが、どうやら風輪学園側が一枚噛んでいるらしく白高城は何度も使用している。
「『温情』・・・か。『アヴェンジャー』に対する処分も『温情』だよね」
「・・・一厘ちゃんはもっと厳しい処分の方がよかった?」
「・・・それだと白高城ちゃんと離れ離れになっちゃうから嫌だな」
「・・・クスッ」
一厘の苦笑いを見て白高城は少しだけ笑う。本当なら、今頃自分は少年院送りだった筈だ。それだけのことを自分はした。自分達はして来た。
今こうして幼馴染と同じ時を歩ける状況は、やはり学園側が下した『温情』無くして有り得ない。そういう意味では自分は学園に感謝しなければならない。だが・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「でも・・・ちょっと不気味かな?『温情』を貰った側が言うのも何だけど」
「・・・私も」
「世間への体裁という理由が一番可能性が高いと思う。でも、それにしたって・・・ね」
もうすぐ黒丹羽の様子が見られるモニタールームに辿り着く。歩く廊下には自分達以外の人間は看護師さえ見掛けない。
静寂の中に足音と言葉だけが響き渡る。醸し出すのは面会前の緊張と自分達を取り巻く現状に対する不信感。
「まぁ、情報工作は結構色んな所で日常茶飯事で行われているっぽいことに最近気付いたし、余り意外性は無いかな正直」
「・・・言葉の雰囲気的に、一厘ちゃんの『最近』ってすごく波乱万丈な感じがするね」
「そりゃもう。私の人生、数ヶ月前からノンストップで波乱万丈だね。えっへん!」
「そこ、胸を張って言うとこじゃ無い気がする。でも、気になるなぁ・・・最近の一厘ちゃんの生活」
「う~ん・・・秘密♪」
「えぇ~。一厘ちゃんのケチ」
「まがりなりにも常盤台に通うお嬢様な私の辞書にケチなんて二文字は存在しませんわよ、オホホ」
「・・・一厘ちゃんにお嬢様言葉って違和感凄いね。クスッ」
折角の面会である。余計な雑念は少しでも取り除いておきたい。2人共にそう考え、漫才のような会話劇を繰り広げる一厘と白高城。
一時は敵対した2人がこうやって笑い合える。何と幸運なことだろう。離れ離れになり得たかもしれない友とこうして歩くことが叶う。何と幸せなことだろう。
だから、少なくとも今の状況に不満など無い。一厘も。白高城も。ある筈が・・・無い。
「そんなに一厘君の活躍を知りたいのなら、僭越ながら僕の口から説明しようか?白高城君?」
「「!!!??」」
そんな目に見えない“棘”をまるで具現化させるような大人が・・・髪を茶に染めた『学園側』の男がモニタールームから姿を現す。
一厘や白高城も知る彼の名は
風輪縁暫(ふうりん えんざん)。名にし負う風輪学園の校長を務める『掌握者<プレイヤー>』が盤上を愉快に転がる『駒人形<ピースメーカー>』の前へ・・・降り立った。
「看護師の説明だと、今日は比較的落ち着いているようだね。昨日は発作が起きたそうだがね」
「そ、そうなんですか」
「校長先生はどうしてここへ?」
「うん?我が校の生徒の見舞いに赴くことがそんなに意外かな、一厘君?」
「い、いえ」
既に午後の診療が始まっているであろう現在モニタールームには看護師は存在せず、精神安定剤等で黒丹羽が深く眠っている様子を席に座りながらモニターで眺めているのは一厘、白高城、縁暫の3人のみ。
学園側の人間に見付かることを避けて来た白高城にとって縁暫の姿を瞳に映した時は心臓が止まるんじゃないかと思うくらいの驚愕を味わった。
『白高城君の気持ちは痛い程理解できるからね。こう見えても、僕は女性にはすごく優しいんだよ?
あっ、これ言うと男女差別がどうとかうるさい人達に目を付けられるかもしれないな。不用意だった・・・今の話は内緒で頼むよ。代わりに、今日のことは僕も内緒にするから』
しかしながら、縁暫は自身の不用意な言葉を理由に白高城の違反行為に目を瞑ってくれたのだ。
彼はそのルックスと人柄の良さで風輪における一部の女子生徒から人気があり、少女達はこういう所がその秘密の一端ではないかと悟った。
「君の方こそ、常盤台の生徒でありながら随分我が校に深く関わっているじゃないか」
「そ、それは159支部の一員ですし」
「そうだろ?なら、校長である僕がここへ来たことに何の不自然も無いだろう?面会に訪れるのは今日が初めてだったから、最初は道に迷ってしまったがね」
一厘の疑問が難無く捻じ伏せられる。彼の言葉は全くもって正論であり、本来であれば疑問を抱くことさえ無いことなのかもしれない。
「そうそう。一厘君の活躍は僕の耳にも入っているよ。最近巷を賑わせたテロリストの一件もそうだが、7月の騒動でも君は我が校の生徒を命懸けで守ってくれたそうだね。ありがとう」
「そ、そんな!私は風紀委員として当然のことをしたまでで」
「謙遜することは無い。さすがは、あの
常盤台中学で学んでいる娘だ。僕としても、君のような逸材が我が風輪学園に出向してくれている幸運を頼もしく思うよ」
だが、どうしてだろう。縁暫の礼や賞賛がすんなりと一厘の心に染み渡らない。『ブラックウィザード』の件では結果的に人の死を目の当たりにした。
風輪の大騒動でも、自分1人だけの力では決して無い。暴走し、佐野達の助力で何とか事無きを得た。故に、校長の言葉を額面通りに受け取ることができない。
『自業自得。因果応報。黒丹羽が自分の意思で行動して得たのが、その末路ってだけの話さ。俺は自殺ってヤツが嫌いだけど、あいつは自殺未遂なんかしていない。
完全な殺人未遂さ。学園都市特有のね。そうなった原因が「いわれなき暴力」なら助けようとは思ったけど、あいつの場合は「いわれある暴力」だからね。
黒丹羽は悪い意味で目立ち過ぎた。後ろ盾が居るわけでも無ぇだろうに。俺も気を付けないとな。反面教師、反面教師。経験は無駄にしない。んふっ!
言っとくけど、俺は彼に同情もしないし哀れにも思わない。馬鹿が馬鹿やって、馬鹿な目を見た。それは、自殺や精神障害を仕向けた側にも言えることだけど。
もし、仕向けた側の本当の理由が「いわれなき暴力」だったとしても、俺は何とも思わない。だって、その時の俺は「いわれある暴力」だと判断したからね。
それだけの行いを黒丹羽はした。してしまった。だから、彼は世界に叩き潰された。もし、仕向けた側が「いわれなき暴力」を用いたのなら、いずれ世界に潰される。
ということで、俺には関係無いことさ。そして、俺が見たことを君に教える義理も義務も無い。
まぁ、ちょっと気になることもあるから後々調べようかなとは思ってるけど。あの場に居た人間としての最低限のケリも着けたしね。
悔しかったら、君も「ブラックウィザード」の捜査が終わってから調べてごらんよ・・・風紀委員の一厘鈴音?
学園の・・・チェスが好きそうなオッサンの圧力を掻い潜って何処までできるか・・・楽しみだね?』
不信の根源は、やはり自身恋する少年が齎した忠告か。騒動に裏で風輪学園側が関わっていることはまず間違い無い。
そして、159支部の人間達はその筆頭格が現在少女達の目の前に居る風輪学園の最高権力者ではないかと疑っているのだ。
「校長先生」
「何だね、白高城君?」
「・・・ありがとうございます。私達『アヴェンジャー』に対する処分に尽力して下さったのは、校長先生の他に居ないと私は考えています」
「・・・フッ。もう終わったことだ。それを改めて穿り返す必要も無いだろう?大事なのはこれからどうするかと言うことだ。
『アヴェンジャー』に対する処分が何を意味しているのか・・・それを考え、次に活かせるか活かせないかは君達次第だ」
「・・・はい」
朗らかな笑みと比べてその瞳は笑っていなかった。白高城の礼を『受け取らなかった』縁暫は、浮かべる笑みをゆっくりと消しながらある事実を切り出し始める。
「今日ここへ来たのは黒丹羽君の現在の様子を知りたいと思ったからだ。どうしてかわかるかい?」
「黒丹羽の状態を知る・・・以外の目的があるんですか?」
「あぁ・・・君達になら教えてもいいだろう。実は、新学期が始まれば彼は第六位という地位から外れることになる」
「「えっ!!?」」
縁暫が告げるのは、黒丹羽が就いていた風輪第六位の座が彼のモノでは無くなるという事実。
「我が校におけるレベル4の順位付けは当人が通常通りの学園生活を送れることを前提としたものだ。学生の本分を全うする者・・・これは当たり前のことだ」
「『アヴェンジャー』の一件で黒丹羽が第六位から降ろされるってことですか!?」
「いや、そうじゃない。僕達は彼のこともまた謹慎処分としている。まぁ、今も行方不明な木原一善と同格の主犯だったから夏休みが明けても謹慎が延長される可能性もあるがね。
唯、本質はそこじゃ無い。問題の本質は、彼が重度の精神障害を負ったために今もまだレベル4の能力を発揮できる可能性が決して高く無いことなんだよ」
白高城は『アヴェンジャー』のトップだったが故に第六位として認められなくなると考えたが、縁暫はすぐに否定した。
縁暫が・・・学園側が重視するのは重度の精神障害者である現在も黒丹羽が果たしてレベル4のままなのかという点である。
「今のままでは新学期が始まって早々にある『身体検査』すら彼は受けることができないだろう。超能力は・・・『自分だけの現実』は本人の精神状態に左右されやすい。
精神障害を持つ者であれば余計に。そんな彼を何時までも第六位の座に置くことはできない。あの順位を羨み、目指す生徒はやはり多い。嫉妬のような感情を抱く者も当然居る。
『アヴェンジャー』の一件で黒丹羽君への批判は既に大きい。そこへ精神障害と共に学園側が『今でも黒丹羽を第六位として認める』というのはさすがに厳しいのだよ。
まぁ、我が校には順位から漏れたレベル4も居るには居る。もしかすれば、新たなレベル4も出て来るかもしれない。
一位から十六位までの人数は今年度は貫く方針だから、新学期にある『身体検査』によって総合的に判断が下されるだろう」
「・・・!!!」
正しい。何処までも正しい。縁暫の言葉に白高城は反論する糸口すら掴めない。黒丹羽が第六位で無くなる・・・そんな可能性を考えていなかったわけでは無い。
これは『温情』に縋っていただけのあやふやな願望でしかなかった。それでも縋りたかった。彼の戻って来る居場所を・・・第六位という座を何とか保ちたい。
我儘であることも承知の上でずっと願っていた。だが、彼女の願望は風輪学園校長の口で全否定されることとなった。
「君の気持ちもわかる。だが、これ以上の『温情』は黒丹羽君のためにもならないと僕は思うんだよ。どうかわかって欲しい」
「・・・・・・・・・いえ。むしろ、ここまで配慮して下さった校長先生に感謝してもしきれません。きっと、黒丹羽も理解すると思います」
「そうであってくれることを願うよ」
校長の苦い顔を見て、遂に白高城は決断する。彼は自分達のために尽力してくれた。これ以上、何を望もうというのか。
少年院に行くことも無く、友と一緒に歩き、大切な人のお見舞いに訪れることができる。これ以上を望めば罰が当たるというもの。
「そうだ、一厘君。鉄枷君は今も元気でやっているかい?」
「えっ!?鉄枷ですか!?」
「あぁ。日夜我が校の平和を保とうと懸命に頑張ってくれる風紀委員の中でも彼は割りと目立っているし。僕も彼のことはよく覚えているよ」
「ま、まぁそれなりには・・・最近は元気が無かったですけど、今日から何とか気持ちを立て直したというか・・・その」
1人思考の海へ潜った白高城を眺めていた縁暫は、何を思い出したのか一厘へ同僚―鉄枷―についての質問を投げ掛ける。
少女は校長の質問の意図がサッパリ掴めなかったが、沈黙するという選択肢がある筈も無く縁暫の問いに口ごもりながら返答する。
「そうか。彼の逆境の強さは目を瞠るものがあるからね。結構前に彼と会話を持ったことがあるが、その時の“結果”も僕を『楽しませてくれたよ』」
「は、はぁ・・・」
「時に君はチェスという遊戯を嗜んでいるかな?僕はチェスが大好きでね。鉄枷君は経験が無いと言っていたが、常盤台に通う君なら・・・」
「チェス?いえ、生憎私もチェスは・・・」
「む、そうか。それは残念だ。・・・『僕と対決できる』指し手は何時になったら現れてくれるのやら」
鉄枷の話題から唐突にチェスの話になったことに少女は面喰う。見れば、縁暫の手には白のポーンが何時の間にか握られていた。
他方、男の方はポーンを手の中でクルクル回しながら束の間の間だけ自身の本心と向き合う。この時の両者の心情は・・・こうだ。
「(『チェスが好きそうなオッサン』・・・!!!鉄枷の話から予想はしてたけど、界刺さんが言っていた人って・・・やっぱり!!)」
「(『掌握者<プレイヤー>』である僕の掌の上で踊りながら仮初の平和を作ろうと動く駒・・・『駒人形<ピースメーカー>』とは我ながら良い名付けだ。
さて、黒丹羽は駄駒と成り果てたが代わりの第六位(こま)は既に確保済み。そろそろ、『第二ゲーム』に向けての準備を本格的に進めるとしようか)」
そして、双方共にこの時の相手の心情を見量ることはできなかった。それを証明するかのように風輪学園のトップは席から立ち上がり、モニタールームの入り口へ近付いていく。
「では、僕はそろそろお暇するよ。これでも忙しい身でね、次にここへ来ることができるのは何時になるか・・・黒丹羽君のことをよろしく頼むよ、白高城君?」
「はい。今日は黒丹羽のためにお忙しい中、お見舞いに来て下さって本当にありがとうございました」
「フッ。では」
「(校長がここへ来たのは黒丹羽先輩の様子を見るため?本当にそれだけ!?・・・何かある。そんな気がする!
考えろ!考えろ私!あの人が今日・・・『初めて』黒丹羽先輩の見舞いに訪れた理由を!!今日という日に何があったのかを考え・・・・・・あっ!!!)」
深々と礼をする白高城に手で応えながら部屋を去って行く縁暫の背中を凝視しながら、159支部所属風紀委員一厘鈴音は彼が今日という日に面会へ訪れた理由について耽る。
以前までの病院では面会できる状況では無く、今日が校長にとって『初めて』の面会だという。
白高城がそれまでに何度もモニター越しの面会をしている以上、縁暫とて今日より以前に面会へ訪れる機会はあった筈である。
それなのに、今日ここに来た理由とは一体何か。今日1日に起こった出来事について頭をフル回転させながら考えを巡らせていた少女はふと気付いた。
「(今日って・・・界刺さんがあっちの病院へ転院して来た日だ。えっ・・・えっ・・・?で、でも2人にまともな接点なんか・・・)」
気付いたものの、あの碧髪の少年と風輪学園の校長にまともな接点など無い筈である。当たり前と言えば当たり前なそんな思考を経て、少女が我に返った時にはもう縁暫の姿はモニタールームから無くなっていた。
「では、今から午後の診療を始めます」
時間は遡り、『形製グループ』系列である精神医療病院の午後の診療が始まる。座席は患者で満席であることからも、この病院を頼って来院する人間の多さが窺える。
「気分が悪い人は遠慮せずに受付まで申し出て下さいね。では・・・」
恒例の看護師の説明が患者の耳に届く中、一際目立つ少女が静かに自身の名前が呼ばれることを待つ。
何故目立つか。それは、彼女が女性では高身長であろう170cm後半の体格に屋内にも関わらずニット帽を被っているから。
今のご時勢夏でも快適に被れる素材でニット帽は製作されていたりするが、さすがにこの炎天下では多少なりと蒸れてしまう。
しかし、少女は来院する前からずっとニット帽を被り通している。何故か。それは、自身の後頭部に刻まれた『手術痕』を隠すため。
「毒島さん。
毒島帆露(ぶすじま ほろ)さん。いらっしゃいますか?」
長い黒髪を僅か揺らし、大人しい雰囲気―潜む暗い雰囲気―を纏う少女・・・毒島帆露が席を立つ。
かつて自身を襲った“悲劇”から立ち直りつつある少女は、しかし未だ残る後遺症と向き合うため今日もまた『心』の闘いへと赴いていく。
continue…?
最終更新:2014年01月10日 21:57