【C-3 通学路の河川敷】
カトラスが深海棲艦を引き裂き、マスケット銃がぶち抜く。
あーこりゃキツいねとメアリー・リードが愚痴る。
はいはいとアン・ボニーが適当に相槌を打つ。
ヘドラ討伐に参加しないという岡部の目論見は黒い怪物達が自分達に向かってきた──正確には岡部達が進行軌道上にいた──ことにより完全に崩れた。
二人対数千というふざけた物量差により殲滅はおろか生還にすら手をこまねく状況に岡部は舌打ちする。
ライダー達の宝具を考えれば窮地ほど強力になるが、ライダー達の過去にある通りいつか潰される時が来る。
孤軍奮闘はあくまで援軍や勝機があるからこそ意味がある。岡部達にはそれが無い。加えて朝、昼と連戦して魔力と呼べるものが空に等しい。
岡部は即座に撤退すべきと判断した。間違ってないはずだと自分に言い聞かせながら。
「このまま撤退だライダー」
「「了解」」
岡部たちは令呪を必要としていない。
ヘドラの邪魔をする程度でも一画もらえるのだからヒット&アウェイの戦法が基本となる。
「あとちょっと……」
深海棲艦の激流からようやく抜けようとした瞬間。ソレが現れた。
見た目は幼女。土左衛門のような色素を失った肌の白さと赫い目を持つ。
仲間の深海棲艦を踏み台にしながらついに獲物を発見した黒騎士(ブラックライダー)である。
「…………」
彼女の足元が溶解して汚泥が溜まる。
溶解する速度は先ほどまでライダー達が処理していた雑魚の比ではない。
マスターの透視力もサーヴァントの知覚もコレが強敵であると認識させられていた。
「こいつがヘドラ?」
「さっきのデカイ奴がヘドラだと考えればコレは魚共の同類と考えるべきだと思いますわ」
「こんなのが何匹もいるとか考えたくないんだけど」
「そうですわね」
ライダー達が警戒しているにもかかわらず少女は指をしゃぶりながら品定めをするように二人を見つめていた。
そして少女が掌をこちらへ翳し────
「ゼロオイテケ」
次の瞬間。メアリーはカトラスを、アンはマスケット銃を両手で握りしめた。
「なっ」
原因は一目瞭然だった。
見えない力に引っ張られて、二人の武器が少女の方へ引かれているのだ。
引力、重力、あるいは磁力操作か。ともあれ丸腰にされれば勝てる道理は無い。そう思ったところで────
「解体の時間だよ」
岡部の後ろから霧夜の殺人鬼が迫った。
◆
────殺った。
わたしたちは首に得物が突き刺さり、男から赤い液体をぴゅーと噴き出すのを想像した。
だが、次の瞬間。
「ゼロオイテケ」
解体聖母(ぶき)がどっかいっちゃった。
確かに握っていたのに。
「え?」
ちょっとびっくりした。
でもまだだよ。他のものを抜いてこんどこそ獲物を解体してやる、と思ったら眉間に弾が飛んできた。
勿論避けるけど黒い方のサーヴァントが斬りかかってくる。
さらにそこへ次々とサーヴァントとマスターが現れたよ。
◆
「これは一体どういう状況かしら? 説明してもいいわよ」
「私が知りたいわ」
ドイツ軍服を着た女性が苦笑いを浮かべ、和服を着た少女が眉に皺を寄せる。
「あれは…………もしかして北方棲姫?」
高校の制服に艦砲を持った少女と同じく学生服の刀を持った黒髪の青年と茶髪の青年。
どう見てもただのコスプレ集団である…………という岡部の現実逃避はサーヴァント二騎のステータス表示によって脆くも崩れ去る。
状況は最悪。
サーヴァント四騎に囲まれるとか絶対絶命以外の何物でも無い。
故に────
「フゥーハッハッハッハ。よく来たな有象無象のマスター達よ! 我こそが最強のマスター『鳳凰院凶真』である」
一か八か。思いっきり見栄を張ることにした。
◆
「我こそが最強のマスター『鳳凰院凶真』である」
「何……です……って……」
天津風は大いに同様した。この混戦の中、そんな奴に会ってしまうなんて、と。
なるほど確かに一人でヘドラの艦隊を相手にし、更に討伐令の出ているアサシンの相手ができる者など間違いなく最上位のマスターに違いないだろう。
一方で
棗恭介は一発でブラフだと看破し、更にビスマルクはその上で心の中で賛辞を送る。
この状況下であんなハッタリを言えるのはそれだけ修羅場を潜ってきた証明なのだ。
黒鉄一輝は半分疑っているが、己のサーヴァントがいない以上はこの場における行動は限られている。
選択肢の中でも最も有用なメソッド、即ちここにいない
ジャック・ザ・リッパーのマスターを警戒し、武装を展開する。
残った吹雪はと言うと思いっきり息を吸って────
「すいませーん。ヘドラとの戦いに協力してもらえませんかー」
岡部の思惑だとかこの場の空気を無視して叫んでいた。いや、ある意味共通の敵と戦うのにこの場で手を組むというのは理に適っている。
しかし────
「ゼロオイテケ」
敵が待つわけがなかった。
◆
黒騎士(ブラックライダー)。北方棲姫。
赤騎士同様に『腐毒の肉』を改造した宝具を有する深海棲艦である。
そして、赤騎士と同様に、彼女も宝具を持っていた。
宝具名は『貪欲な者は常に欠乏する(ブラックライダー・スラッジ)』。
アン、メアリー、ジャックが経験したように武力を奪う宝具である。
ではどうやって? 答えは単純。
「ゼロオイテケ」
次の瞬間、硫酸ミストが蠢き、ビスマルク、天津風、吹雪の艤装にペタペタペタペタペタペタと掌の指紋がつく音が何重にも重なった。
大きさは丁度、北方棲姫の手と同じくらいか。
それが強力な吸引力となって武装を引っ張るのだ。
「きゃあああ」
「何!」
「っ!」
「しまっ……」
よく目を凝らせば薄く伸びた大量の線が彼女達の艤装と繋がっていた。
否、これは線では無い。これは腕だ。霧が密になって腕になっている。
そう。『腐毒の肉』で生じた硫酸ミストもまた
空母ヲ級であり北方棲姫自身である。
つまりは周囲に渦巻くこの魔霧こそが吸引力の正体。霧が大量の細い腕となって武装を引っ張っているのである。
突如生じた吸引力に対してサーヴァントであるビスマルクや天津風は踏ん張ることで何とかなるもマスターである吹雪はそうはいかない。
武装ごと砂浜を引きずられていく。行き先にはヘドロの溜まる汚泥の沼、彼女が触れればどうなるかなど一発だ。
天津風は動けず棗恭介の戦闘力ではどうしようもない。
この時動けたのは三人。
一人は
岡部倫太郎。彼は今持ちかけられた共闘に決めあぐねていた。
一人はジャック・ザ・リッパー。切り結んでいたメアリー・リードを引き離し、吹雪へと切り込む。
前門のヘドロ、上空の殺人鬼。
吹雪の脳内に『死亡』の二文字が明確に浮かび上がる。
だが、そこへ最後の一人、黒鉄一輝が動く。
黒鉄一輝の剣技ならば硫酸ミストを払うことも可能だろうが、彼はとある事情で反応が送れ、今から一刀修羅をもってしても間に合うかどうか。
だから彼は、迷うことなく、虚空へと手を翳して使った。
「助けてくれ! セイバー!!」
◆
「分かりました」
即座に吹雪の真上に転移し、ジャック・ザ・リッパーを雷刃で払い、同時に吹雪を引っ張るミストの腕を切断した。
あらゆる制限、因果を無視しての空間跳躍。
これこそ令呪の行使。魔法の域に等しい大魔術すら即時発動させる奇蹟である。
「状況を!」
見知らぬサーヴァントが三騎。無数の深海棲艦。その中にサーヴァント級の深海棲艦が一隻。知らないマスターが一人。
「は、はい。とりあえずあの男の人とあっちの」
アンとメアリーの方をゆっくりと指差し
「女の子二人は敵じゃありません」
「あらあら、女の子とは悪い気がしませんわねメアリー」
「うん」
照れとる場合かァーと岡部は脳内でツッコミを入れつつライダー達の不興を買わないために黙っておく。
「了解しました。ではあちらの二人を殲滅します」
そういうや否や雷速で迫るセイバー。
創造位階……宝具を開帳した彼女の速さは間違いなく本聖杯トップレベルだ。故に幼い暗殺者は斬り結ぶことすらなく吹き飛ぶ。
きゃあと小さい悲鳴と共にアスファルトの地面をバウンドしながら吹き飛ぶも残ったメスを突き立ててブレーキをかける。
そしてもう一人は硫酸ミストの散布をしながら更に例の略奪能力を発動させる。
「シンデンオイテケ」
黒騎士の号令で伸びる三十を超える強奪腕。
放物線を描いて迫る腕に呼応して黒騎士の砲台から砲撃が行われた。
しかし、セイバーは一息で大半を避け、通路上の霧の多腕を斬り飛ばし、前から砲撃を透過して剣撃を仕掛ける。
黒騎士は巨大な黒い砲塔を盾にして防ぐも剣撃に続く雷撃が雪崩となって黒騎士の身体を蹂躙する。
プスプスと焼ける音。ジュウウウウと何かが蒸発する音を立ててはいるが黒騎士は健在だった。
「いける!」
ヘドラの弱点は乾燥、そして熱である。性能においても相性においてもセイバーが圧倒的有利であった。
雷電となって文字通りの紫電一閃。黒騎士の首に騎士の剣が吸い込まれる。
だがこれで終わらないのが黒騎士だった。
ガギンという金属と金属のぶつかる音と共に戦姫(ヴァルキュリア)の剣が止まる。
瞠目するセイバーの網膜には黒騎士の首から現れた刃が映っている。
ナイフほどの小さな刃であるが、それに秘められた魔力量は間違いなく宝具の域にある。
すなわち、アサシンから奪った武器……解体聖母(マリア・ザ・リッパー)だった。
剣撃は止められた。しかし、雷姫は仕切り直しなど許さない。
刀身を通じて10億ボルトの電流を流しこみ、一気に勝負を決めにかかる。
「アア、アアアア、アアアアアアア!」
黒騎士の体から火花が吹く。火花は火となって燃え上がり、黒騎士は名前の通り黒く炭化する。
このまま黒騎士を破壊する────その一歩手前で電流が途切れる。
それは彼の限界がきたことを意味していた。
まず最初に気づいたのは隣に棗恭介だった。
「おい、どうした」
突っ立っていた黒鉄一輝が突然膝を屈し、次に黒鉄一輝の毛細血管が千切れて血を吹き出した。
そしてほぼ同時に解除される雷姫変生。機動性を失い、地面へと不時着するセイバーも膝を屈する。
───魔力切れである。
セイバーが宝具の展開から今までの約十分。莫大な量の魔力を吸われ続けた黒鉄一輝は常に拷問に等しい激痛に苛まされていたのだ。
彼は元より魔力の少なさで劣等生の烙印を押され続けた無冠の剣士である。
そんな彼が黒円卓の魔業を十分も保たせた事自体が一種の奇跡とすらいってよい。
その膨大な魔力消費に伴う苦痛のせいで吹雪が引きずられた時に反応が遅れ、その情けなさから令呪を使ったとしても恥ずべきではないだろう。
だが、今。セイバーもそのマスターも行動不能に陥っている。
意識は保っていても脳が動く事を拒絶する。セイバーも膝を屈したまま意識は保てど動けずにいた。
故に黒騎士の次の砲撃に対応できず──
「コナイデ」
そのままセイバーは爆炎に包まれた。
◆
意識が飛ぶ。思考が止まる。
もどかしさは痒みとなって頭に押し寄せる。
────ああ、俺はどうすればいい?
岡部はこの状況下で「逃亡」と「共闘」と「非協力」の三枚のカードが手元にあった。
どれも正解である気がするし、どれも間違いである気もする。吟味している時間はなく、今も目の前でセイバーがぶっ飛んだ。
「マスター!」
次々と集う深海棲艦を撃破しながらジャック・ザ・リッパーと切り結ぶライダー。
現状の維持に限界が来ている。故に呼んでいるのだ──早く方針を示せと。
ああ、こんな時。助手が、紅莉栖がいてくれたら……
「岡部?」
俺はその声を知っている。
「岡部でしょ」
俺はその目を知っている。
「あんたも、ここに」
ああ、神様。もし本当にいるというなら、お前はくそったれだ。死ねばいい。
牧瀬紅莉栖がそこにいた。
◆
「あんたもここにいたの!?」
紅莉栖と
美国織莉子の二組が主戦場につくとよく知るその顔が目に入った。
あれは岡部倫太郎。自称、『狂気のマッドサイエンティスト』鳳凰院凶真。双子の兄弟とかじゃなければ岡部のはずだ。
「お知り合い?」
「ええ、まぁ。ちょっとだけ、いい?」
隣にいる美国織莉子は紅莉栖に聞いた後、ええ……と神妙な面持ちで先に行った。
岡部の元へ走る。何を話すべきか。何を伝えるべきか。
一方で岡部の表情は曇っていた。何度か見た、泣きそうな、或いは死にそうな貌。
「マスター、どうやら再会を祝している余裕は無さそうだぜ」
突然キャスターが紅莉栖の身体を抱えて走り出す。何すんのよという声は轟音によってかき消された。
「何……あれ?」
小さな飛行機が飛んできて爆撃したのだ。あの形状、知識としてのみ紅莉栖は知っている。
「零戦?」
◆
「ゼロオイテケ」
セイバーを吹き飛ばした黒騎士であったが更なるサーヴァント二騎の登場となれば流石に不利と考えたのか使い魔を製造する。
黒騎士の足元に溜まったヘドロ沼が震え、そして中から不死鳥の如く飛び出てきた影があった。
天津風も吹雪も知識としてはソレを知っている。大日本帝国において後期に開発された悲しい歴史を持つ機体。
「『零戦』……!」
皮肉にも日本を代表する戦闘機が艦娘達へ牙を剥く。
北方棲姫。その来歴はダッチハーバーの海軍基地に由来する。
大日本帝国海軍は零戦を滷獲され、その構造を敵国に知られたという屈辱の記録が残されている。
「マスター、伏せて!」
紙一重で棗恭介は零戦の神風特攻を回避した。特攻に失敗した零戦は地面に転がり爆散する。
その爆心地がヘドロと化し、新たな零戦が出てくると恭介の口からは渇いた笑いが出てきた。
「アーチャー。このままではジリ貧だ。どうにかできるか?」
「アレは落っこちても次々と出てくるわ。殺るなら宝具で全部空中で落とすべきね」
宝具。それを使えば天津風の真名は露呈するリスクを負うことになる。
しかし、このまますり潰されるつもりは恭介にサラサラ無く。
「いいだろう。宝具をもって撃ち落とせ」
了解とアーチャーは返事をすると、己が宝具を展開するべく魔力を吸い始めた。
風がアーチャーの周りに吹き始める。
極東の高天原よりもたらされた神風が硫酸ミストを吹き祓う。
「いい風ね」
天津風は雪のように白く美しい髪を靡かせながら言った。
どこに潜んでいたのか、天津風の服の影からひょっこりと顔を出す連装砲君。次々と風と光の粒子が集まり、魚雷管を形成する。
壮観。少女の矮躯に無骨な暴力装置が取り付けられるも不思議と調律が取れていた。
それもそのはず、彼女こそが駆逐艦『天津風』。この国を護るべくして作られた鋼鉄の兵器。その霊魂を受け継ぐ者である。
この国を脅かす魔を許す筈がなく、この国を犯す毒を見過せるはずがない。
「たとえ零戦の形をしていようが……」
連装砲達が砲弾を装填し、照準を定める。
狙うは飛び交う零戦。
かつて多くの者が御国を守ると乗って旅立った悲しき戦闘機だ。
軍艦だった天津風もそれを見ている。知っている。
だが、目の前で群れるそれは。骸にたかる蛆のように沸いてくるこれは。
「魂(ナカミ)が宿ってないのよ。形を真似てもスカスカで重みもなんもない!
その機体に乗った人達の思いも覚悟も一切ない!!
そんなもの、あの時代に生きた同胞達を馬鹿にしている紛い物よ!!」
故に天津風はコレを屑と断ずる。
天津風が躊躇うことも遠慮する必要もなし。
「撃て!」
連装砲が火を噴く。
砲火が夜闇を切り裂き、空中でも火の花が咲いた。
◆
視界が、ぐらつく。
苦しい。血を流しているらしい。
痛みが無いことが逆にどれだけ損傷が激しいかを意味している。
セイバー、ベアトリス・キルヒアイゼンは粉々になった地面の瓦礫を掴み立ち上がる。
コンクリートやアスファルトの破片が腕や脇腹、太腿にめり込んでいた。
腕を上げることでようやく痛覚が仕事をし始める。しかし、痛み程度で怯む弱卒ではなし、剣を構えて周りを確認する。
戦闘機が幾機も空を飛び、撃墜されて爆散する。
ヘドロからデカい魚が浮かび上がり、少年少女に襲い掛かる
硝煙、硫黄、塩基性の匂いが充満し、爆音と共に瓦礫が蓄積されていく。
赤い水が破裂した水道管から流れ出して血の池地獄を形成していた。
そこら中から硫黄の白煙と燃焼の黒煙が出ている。
これらの惨たる有様を見てセイバーは安心した。
「どうやらグラズヘイムじゃないみたいですね」
つまりまだ自分は脱落していない。
マスターは……どこだ。
魔力の繋がりを感じる。まだ生きているはずだ。
「シズメ」
即時にセイバーは身を翻し、砲弾をスレスレで避ける。
背後から駆逐艦イ級が攻撃したのだ。声がなければ食らっていた。
剣を構えるセイバーが見たものは十を超える黒魚と黒騎士。
「オイテケ」
リボンのように束ねられた黄ばんだ煙が蠢き、その内の何本かがセイバーの剣へ迫る。
ほぼ同時に駆逐艦の砲撃支援も行われ阿吽の呼吸でセイバーを追い詰めていく。
宝具が使えれば一網打尽にできるが、宝具が使えなければ絶対絶命である。
そこへ救いの手が差し伸べられる。
「『比翼にして(カリビアン)』────」
「────『連理(フリーバード)』」
黒い少女と赤い女性が切り、射ち、壊し、一騎当千の動きで敵の包囲網を突き破った。
◆
ベアトリスが目を覚ます直前。
「宝具を使う」
「は?」
「マスター。この戦況を正しく把握してますの?」
「無論だ。もう魔力はほとんどない。だから……」
腕を捲ってそこにある紋様を見せる。
既に一画が消費された令呪があった。
迫るジャック・ザ・リッパーを蹴り飛ばし、駆逐艦イ級をマスケット銃が撃ち抜く。
「正気? ここ一番で使うものをこんなところで使うの?」
「ここで使わなければ死ぬ」
「あら、私達だけならば逃げられますわよ」
蹴り飛ばされたアサシンは深海棲艦の群れへと突っ込み、すぐに囲まれた。
宝具を奪われた上に武器があれだけならば数分で潰されるだろう。
この場合、アサシンの討伐報酬がどうなるかは気になるところだが今はそれどころじゃない。
深海棲艦たち大将首は後から来た連中に夢中だ。
そう、逃げられる岡部達だけならば。
だが、ここには────
「あー。いい」
「皆まで言うな、ですわ」
「さっきの女を助けたいんでしょ」
岡部は目を見開いた。
てっきり言えば反対されると思っていた。
「勘違いしないでねマスター。あくまで指示に従うだけだから」
「あら、てっきりメアリーったら感情移入したのかと思いましたわ。
メアリーだって生前は────」
「あー、あー、聞こえない。聞こえなーい」
メアリーが耳を塞ぎ、ふざけながらじゃれあうアン。
ここが戦場であるということすら忘れてしまいそうな笑顔だった。
そして自然と岡部も笑顔になって。
「フーハッハッハ。
我がサーヴァント! 我が僕よ!
我が盟約に従い、ここに力を示せ……死ぬなよ」
「うん」
「了解ですわ」
令呪一画が消える。
切り込むは無数の深海棲艦が群れる中心。
「『比翼にして(カリビアン)』────」
「────『連理(フリールバード)』」
メアリーがロケットダッシュした。
◆
────────世界線、変動
◆
岡部達から少し離れた場所では激戦が繰り広げられていた。。
まさに猛攻。その一言に尽きる。建物は軒並み倒壊し、舗装された地面は凸凹になり、様々な瓦礫がそこら中に散らばっている。
遂に三桁まで生成された零戦が絶え間なく特攻と爆撃を繰り返し、連射と勘違いしそうなほど単装砲撃がマスター達に向けられる。
でも彼等は生きていた。泥で汚れ、血を流しながらも、しぶとく、太く。死んでたまるかと。
「数が減らねぇ」
「もっと撃って! こっちはもう」
「皆まで言うな。分かってる。だけど前から人を守りながら戦うのはキツイんだよ」
天津風と仁藤はマスター達に近寄らせまいとひたすら撃ちまくっている。更に遊撃として織莉子とバーサーカーも動いていた。
この二組は特に手を組んだわけではないが、生存の確率を少しでも増やすため、互いに利用しあっているのだ。
撃ち込まれる砲弾、爆弾、魚雷、艦載機をバーサーカーの速度低下の魔法で遅滞させ、織莉子の魔球が撃墜する。
さらにバーサーカーは魔法の爪で敵艦を次々と引き裂いて数を減らす。
無論、深海棲艦に触れることは極めて危険であるが、魔爪は自由に生成可能だ。ボロボロになれば作り直せばいい。
しかし、やはり問題は数。
戦いにおいて戦力を測る方程式にランチェスターの方程式という法則がある。
この方程式において仮に一騎当千の英霊といえど、兵員数が二桁離れていれば戦力差はひっくり返るとされている。
つまりこの三人、いや四人では千を軽く越える深海棲艦に押し潰されるのはそう遠い未来ではないのだ。
無論、その方程式を天津風や空母ヲ級が知らないわけがなく、天津風は打開案を求め、深海棲艦達はそれを潰しに絶え間なく攻めてきているのだ。
「その寝ている兄ちゃんまだ起きねえのか?」
「起きる気配はありませんね。全く寝相の良いことです────オラクルレイ」
魔球から光の刃が現れて特攻を仕掛ける艦載機を撃ち落とす。
縦横無尽に飛び回り、空にオレンジ色の花が咲き乱れた。
しかしながら織莉子の健闘は焼石に水。
苦しそうな織莉子を嘲笑うかのようにすぐに次の艦載機がやってくる。
やって来るのは零戦だけではない。
「おお、なんだあれ?」
「────!」
空を覆っていた硫酸ミストが変形して霧状の手が大量に落ちてくる。
「まるで三式弾ね」
「裂けるチーズだろ!」
「馬鹿なの!?」
などと艦娘と仮面ライダーと才女が言葉を交わしたその時、織莉子の目に悪鬼羅刹が映った。
◆
一方で孤立無援のビスマルク、吹雪達は風前の灯火であった。
駆逐艦イ級達の砲撃や雷撃を受けて既にビスマルクには少なくない数の傷が刻まれている。
無論、その中にはマスターを守るために負ったものも多く、そしてこれからも増え続けることは明白である。
さらには制空権を奪われている。
零戦の大部分を天津風達が対応しているからといって決して零になったわけではないし、こちらには戦闘機が無い。
「絶体絶命ね」
「それでも、諦めません」
「あなただけでも逃げていいのよ?」
「いいえ。それだけは、仲間を見捨てて逃げるだなんて」
サーヴァントは仲間ではなく道具でしょうに。
呆れながらもビスマルクの口元には微笑みが浮かんでいた。
「じゃあ何とかしないとね────『第二改造(ビスマルク・ツヴァイ)』」
改造。またの名を霊基再臨。
上昇する魔力量。顕現する鉄火量。
あらゆる傷を修復して蘇る、ドイツの誇る大戦艦
Bismarck。海の覇者の姿がそこにあった。
「Feuer!」
連装砲から発射される砲撃で駆逐艦イ級の群れは撃っていた自分の砲弾諸共に木端微塵に消し飛んだ。
しかし、彼女の勇姿に引かれて大量の深海棲艦が殺到する。
味方を踏みつけ彼女に向かうまるで焚火に飛び込む蛾か。
それとも蜘蛛の糸に群がる亡者の群れか。
どちらにせよ恐るべき勢いに違いない。
ゆえに、そこで、『彼女』が動いた。
「駄目ですよ。ビスマルク姉さまは私の武勲(もの)です」
殺到していた深海棲艦達が突如爆発した。
死体も残留することは許されず、汚泥の中へと沈んでいく。
困惑するビスマルク。そこへ────
「こんばんわ、ビスマルク姉さま」
浮かび上がってきたのは────
「U-556(カメラード)には悪いですが、貴女を沈めます」
知っているような。知らないような。
泣きそうとも嬉しそうとも言えない表情の艦娘がいた。
◆
深海棲艦の一体に穴が開く。
陣形に隙ができてそこにメアリーが切り込む。
そして無理矢理こじ開ける。
「さあ! 海賊のお通りだ!」
幾度となく口にした掛け声をはいてメアリーは特攻した。
脅威の進行速度で深海棲艦達を切り崩し、中核へと突き進む。
黒騎士、北方棲姫がメアリーの瞳に収まった。
奴はまだ他のサーヴァントを ──艦娘を── 狙っている。
イケる!
「アン!」
メアリーが吼える。
弾の装填を終えたアンの銃撃が軌道上の敵を粉砕し道を拓く。
流石アン。頼れるマスケットの射手。私の最高の相棒。
ならば私も私の仕事をするだけだ。
「コナイデ!」
黒騎士がこちらに気付いた。
護衛なのだろう。彼女を守らんと人型の深海棲艦が左右からメアリーの道を阻む。
「邪魔!」
メアリーが投げつけたトマホークが護衛の一体に突き刺さり、頭をカチ割った。
さらにもう一体をカトラスで両断し、上半身と下半身がない人体が転がりヘドロに還る。
邪魔者を片付けた瞬間、再びメアリーを襲う武力強奪の腕。
数十から数百の腕がメアリーのカトラスに絡みつき、大量の手跡が刀身に付く。
カトラスに先ほどとは比較にならないほどの引力が加わった。
Cランク筋力しか持たないメアリーでは綱引きにすらならない。
だから笑った。好都合だと。
跳躍し、黒騎士が引っ張る力を利用してカトラスに勢いをつける。
「コナイデッテ……イッテルノ」
黒騎士の右、大型砲塔がこちらを向く。
だが、遅い。遅すぎる。
メアリーは右手のカトラスはそのまま左手を離して懐からピストルを抜き、砲塔へと乱射した。
砲台はまるで角材を打ち抜くが如く削がれてゆき、火薬に引火して爆発する。
止めとばかり勢いのついた右手のカトラスに力を込めて振り抜く
「ヤメ────」
強欲島をたたき切るため、全霊で振るわれる海賊剣。
黒騎士の左鎖骨から右腰をたたき斬る一斬。斬った余波で地面が吹き飛ぶ
「……! お前!」
「チョウシニ……ノルナァ!」
黒騎士を倒して────いない!
振りぬいたカトラスがぐっと引きずられ、黒騎士の体へと飲み込まれていく。
その時、メアリーの目には黒騎士の胸元に金属の刃が生えているのが見えた。
◆
「な、なぜ!?」
岡部は不条理な結果に疑問を持つ。
確実に致命傷を与える一撃だったはずだ。なのになぜ倒れていない。
そんな岡部の疑問に比翼の片割れが答えた。
「おそらくジャック・ザ・リッパーから奪った宝具で防いだのだと思いますの。
軌道をずらされて、致命傷だったはずの傷は浅くなってしまいましたわ」
「ならばもう一度────」
「いいえ。無理なんですよ。もう」
アンが指を指すと渡り鳥の大移動の如く、艦載機の群れが黒騎士へと殺到していた。
艦載機だけではなく、深海棲艦達もまた他のマスター達を攻撃することをやめて波濤の如くメアリーへ押し寄せている。
対してメアリーのカトラスは黒騎士の肉体に呑まれ、ピストルも投げ斧も弾切れである。
宝具発動中の今ならば素手でもダメージを与えられるだろうが、触れるだけでも危険極まる相手にそんな愚行は犯せない。
メアリーは無手。敵は大群。メアリー・リードが殺られればアン・ボニーもまた消滅する。
つまりこの状況を一言で表せば────
「絶対絶命(らくしょう)ですわー!」
アンのマスケット銃の撃鉄が落ちて、銃口から火が吹いた。
ライダーの宝具『比翼にして連理』は危機に陥るほど攻撃の威力が上がる。
つまり、最大の危機、絶望的状況において最高の性能を発揮するのだ。
相棒の危機に最大攻撃力を乗せた銃弾が自由鳥となって戦場を飛翔する。
僅か百メートル弱を一条の箒星となって駆け抜け、黒騎士へと着弾し、その胸を貫いた。
最終更新:2017年05月14日 11:56