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【武王倒魔伝 二巻より】


 西大陸の総面積の半分以上を占める、広大なラ・ムール砂漠。
 その西の外れにある小さな街に、悪の魔の手が静かに迫っていた。

「アニキ、妙に静かな街ですね?」
「そうだな・・・ここにはもう、奴らの手が及んでいたか」
 二人の旅客が街を訪れるが、規模の割に閑散とした光景を、旅客の一人は厳しい眼差しで見つめていた。
 街の実情を探ろうと二人の旅客は中心部に向けて街中を歩きだす。 その二人に向けて、家々の窓越しに視線が投げかけられるのを、旅客の一人は感じずにはいられなかった。
 中心部にあたる市場広場。 露天商はおろか行き交う住人すらひとりもいない広場の中央に設えられた噴水には、物々しい柵と、唯一の出入り口を塞ぐ異形の巨漢が座していた。
「ん? 何だぁ貴様ら? 水が欲しいなら出すモン出せや」
 分かりやすい悪人台詞で、異形の巨漢は旅客を威嚇する。
 だが、
「噴水から得られる水は街の住人全員の共有財産のはず。 貴様独りが占有し、あまつさえ銭の拠出を強要するとは、どういう了見だ?」
「またやっちまったよアニキ・・・いつもの事だけどさ」
 厳しい眼差しを巨漢に向ける旅客を置いて、もう一人の旅客はそそくさと距離を開ける。
「領主が決めた仕来りに刃向うか・・・余所者と言えども容赦は」
「喧しい!」
 巨漢の側頭部へ向けて放たれた電光石火の飛び蹴りが、巨漢を広場の端まで叩き飛ばす。 旅客は即座に巨漢に駆けより、胸倉掴んで問い質す。
「おい、水場の独占が領主の取り決めと言ったな。 仔細を聞かせてもらおうか」
「・・・けっ、余所者に答える筋合いはゴファ!?」
「仔細を聞かせてもらおうか、と言っている」
 結局洗いざらい吐くまで巨漢は張り手を食らい続け、泣く泣く仔細を語る羽目となった。
「よし、領主の館に行くぞ」
「大方こんな事になろうとは思ってましたけどね・・・へいへい、何処までも付いていきますよアニキ」
 旅客二人は巨漢を置き去りにして、領主の館に向かう。

 領主の館に辿り着いた旅客二人が見たのは、不釣り合いな大人用の槍を手にして門番に突っかかる猫人の少年の姿であった。
「穏やかじゃないな坊主。 何があった」
「とうちゃんが! とうちゃんがしょけいされちゃうんだ!」
「処刑、か・・・おい門番、どういうことだ」
 泣きじゃくる少年に寄り添い、旅客の一人が門番へ唐突に話を振る。
「何のことはない、その小僧の父親が、不遜にも領主様への反抗を企てているという通報があったのでな」
「それだけのことでか? 水場に傲魔を据えて銭を強要するような領主に対しで叛意を抱くのは、至極同然の事であろう」
「それだけで十分な罪なのだよ、ここではな。 真偽など二の次、疑わしきを罰して叛意など抱かせぬ、というのが領主様の御意向。 貴様らもしょっ引かれたくなかったらとっとと去れ」
 水場の番をしていた傲魔の存在と、高圧的な態度に出る門番。 そこからは、領主の絶対的な権力への欲求と、それを裏で支える傲魔の存在が垣間見られる。
「さっきの傲魔といい、無茶苦茶なしょっ引き方といい、アンタらにゃヒトの心ってのがないのか!」
「ほう? 我々への暴言は、即ち領主様への叛意とみなすぞ?」
 もう一人の旅客が野次を飛ばすも、門番は冷たい言葉で突き返す。
「とうちゃんが・・・とうちゃんがしんじゃうよ・・・なにもわるいことしてないのに・・・!」
「坊主・・・」
「とうちゃんはいってた。 さばくにせいぎをしめしてくれるひとが、かならずあらわれるって・・・でも、とうちゃんはたすけてくれないんだ」
「そうか・・・分かった。 親父さんの事は任せろ。 ちょうど俺も」
「アニキ、まさか・・・」
「領主とやらに用事が出来た所だ」
 子供の頭を軽く撫で、旅客は立ち上がり、フードを剥ぐ。
 その顔は雄々しき獅子。 瞳には太陽。

「何だ、まだ用事があるのか?」
「領主に用がある。 退け」
「おう? 領主様が貴様みたいな余所者に会うものかよ」
 高圧的に職責を全うする門番に対し、旅客が
「職分を果たそうとする心がけは結構だが、退け」
 一声威嚇すると、門番は悶絶し、倒れ込む。
「結局アニキはすぐそうやって・・・まぁいつもの事ですがね。 んじゃ、俺っちはこの子を家に送ってくるんで」
「任せた」
 旅客は門扉を拳でぶち抜き、そのまま領主の館へ踏み入る。
「さ、行こうな坊主。 大丈夫、アニキに任せときゃ、な」
 もう一人の旅客は、少年を連れて領主の館から離れていく。

 まっとうな人間から傲魔まで、様々な番兵が旅客の前に現れるが、その悉くが旅客の四足により打倒される。
「な、何なんだ奴は! バケモノかァ!?」
 領主の私兵んが上げる悲痛の叫びは拳風に消し飛ばされ、傲魔の咆哮もまた、天光の剣閃の中に消滅する。
 幾人もの私兵や傲魔が束になってかかろうとも、旅客の足を止めることは叶わない。
 旅客がまず向かったのは地下室。 この手の施設で牢獄が備えられているのは地下というのは相場が決まっていることだが、多分に漏れずこの領主の館にも地下牢が据えられていた。
 旅客は牢獄の鉄格子を力ずくで破壊して回り、罪の是非を問わずに捕らえられていた者を解放していく。
「あ、アンタは一体・・・?」
「軽い頼まれ事をされて来ただけだ、気にする事じゃない」
 話しかけてきた元囚人にそれだけ伝え、旅客は一路、館の最上階にある領主の間へ向かう。

 旅客は領主の間の扉を蹴破り押し入る。
「な、何者だ貴様ぁ!?」
「傲魔の後ろ盾が無ければ何も出来ぬ小悪党に用は無い。 用があるのは・・・貴様だ」
 旅人が指し示す先には、下に居た有象無象とは明らかに違う気配を漂わせた傲魔が居た。
「ほう・・・私に所用ですか」
「そこの小悪党に下らぬ入れ知恵をして、この地の安寧を奪うのが目的か・・・人々の恐怖、不安、困惑、絶望、窮苦が貴様らの糧だからな」
「それで、如何する御積りで?」
「知れた事。 傲魔は一匹残らず打倒す」
「参りましたね・・・そこの塵屑ならともかく、私には唯黙ってヒト風情にくれてやる命など持ち合わせていないのですよ」
「貴様の都合はどうでもいい。 行くぞ!」
 一陣の突風と化した旅客の鋭い掌打が傲魔を打ち、領主の間の壁をブチ抜き、そのまま空を翔け、傲魔の四肢は中央広場、噴水前の地面に激突する。  
「・・・これで終わりではあるまい」
「やれやれ、血気盛んなお方だ。 では改めて・・・始めましょうか」
 傲魔の周囲に悪しき気配が満ち、傲魔の容姿をより凶悪に、醜悪に変化させていく。
 旅客は両の手に光り輝く刃を構え、悪鬼外道へと相対する。





「相変わらず、中身の無い本ばかり読んでるのね。 少しは真面目な本でも読んだらどうなのよ」
「いちいちうっさいなぁ・・・お前はオカンか」
「小母様でなくても心配になるわよ。 どうせ将来の事とか何も考えてないんでしょう?」
「それがうっさいってんだ。 あーもう、折角の盛り上がりが台無しだぜ」
 少年は本を閉じ、話しかけてきた少女には教えていない秘密の場所へと駆け出す。
「まったくもう、しょうがないんだから・・・」
 少女はいつもの事と諦観し、少年の背中を見つめる。

 不思議な事に、物語に登場する力強き旅客と同様、書に夢を馳せる少年もまた、常日頃から左の眼が閉じていた。

  • 安心の勧善懲悪の王道展開。そう締めますかと思いながらもディエルの人格形成にこういった読書経験が大きく作用しているのであろう予感と国が王の器育成のために国中にこういった物語を広めているのでは?とも思いました -- (名無しさん) 2015-09-27 20:06:56
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最終更新:2015年09月27日 20:03