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【Nobody else】

「ああ、もう! タケイ リリって誰だよ」
 残暑厳しい、とある地方都市の女子高校門前、下校時間で生徒が溢れ中、一人の褐色肌にベリーショートの女子高生が、カバンを脇に抱えて苛立たしげに携帯電話を操作していた。
 かかとを履きつぶしたスニーカーのつま先で、アスファルトに不機嫌なリズムを刻む。
 若さより幼少のような輝きを持つ瞳と、表情豊かなはっきりとした眉。バレーボールで鍛えられた四肢に、一際高い身長。テーピングだらけの指に、捲くられた袖。
 そんな名門女子高には少し似使わない少女、原田 香枝は、一年生でありながら夏休みを前にして補欠に選抜されるほどの実力者だ。
 褐色の肌に映える真っ白な歯には、目立つほどの八重歯がある。活発そうな雰囲気に見合った身体と、豊かな胸に引き締まった腰。それを支える足も躍動的な魅力が溢れている。
 やや素行に落ち着きはないが、心身ともに平均以上を持つ才能ある少女だ。

「あーん、マジで連絡取れないよー」
 そんな香枝が、今にも泣き出しそうな様子になり、携帯電話に激しく叫ぶ」
「原田さん。どうしましたか?」

 香枝より頭二つ小さく、年相応な体格のクラス委員の小田切 冬奈が声をかけてきた。
 纏う雰囲気と立ち振る舞いは、お嬢様である事を思わせる。事実、運転手付きの黒塗りの車で送り迎えをされる生活をする女子生徒だ。片手にはヴァイオリンケースを持ち、九月の陽気の下で制服をぴっちり着込んで汗すらかいていない。
 姫カットと呼ばれる黒髪は、夜闇が流れているかのようで深く魅力的な雰囲気を彼女に与えていた。円な瞳と整った鼻筋、小さいがしっかりと結ばれた口元などが愛らしい位置で配されている。さらに彼女の天辺から爪先までを纏う凛乎とした佇まいで、美貌と風格がより一層引き立っていた。
 胸を弾ませる様な美しさではないが、一定の緊張を持って見とれてしまう……いや、視線を外せなくなる印象を持つ少女だ。
 神色自若。
 辛辣さと冷徹さで有名な委員長。
 冬奈は艶やかな長い黒髪をゆっくり払い、追うような厳しく切れ長な眼で香枝の奇行を射抜く。一瞬、たじろいだ香枝だったが、自分に自信のある者は冬奈の雰囲気に飲み込まれない。
 香枝は自分のスタンスを崩さず、怜悧な委員長へ提案した。
「ねえ、冬奈。これから暇無い?」
「ええ、まあ平気ですが」
「あのさ、先週から休んでるサキいるじゃん」
「崎本 人美さんですね? 確か休み中に行ったゲート旅行から帰ってきて、そのまま様子がおかしいとか? どうかされましたか?」
 冬奈は香枝の輝く瞳から目線を逸らさず、近くに停っている車から近寄ってきた運転手にヴァイオリンケースを手渡す。
「サキの奴、わけわかんない電話とかメールとかばっかしてきて、昨日から連絡取れないんだよ。委員長としてさ、悪いけど付き合ってくれない?」
 冬奈が辛辣ならば、香枝は押しが強い。親しい友人ではないが、なぜか二人は幼少の頃から上手く付き合っている。何処か距離感のある幼馴染で、互いの好きなところと嫌いなところを見据えている。そんな関係だ。
「分かりました。お付き合いしましょう」
 冬奈はそう言って、香枝を車へと案内する。
「……らぁあっきぃ~」
「友人の心配より、エアコンが気になるようで」
 冬奈の辛辣な言葉を背にしても、気にせず香枝は車へと乗り込んだ。



 崎本 人美の自宅はごく一般的なマンションの中層階にあった。
 インターホンの呼びかけに応えた人美の母親は、香枝が娘と親しいと知り、直ぐに人美と会って欲しいと来訪した二人を自宅に招き入れた。
 香枝と冬奈の二人は、憔悴する母親の案内の元、人美の部屋へと入った。

 果たして人美は、ベッドの上で身を縮めて耳を塞ぎ、蹲っていた。
 小動物のような可愛らしい人美が身を竦めていると、まるで肉食動物に襲われている兎のようだ。憐憫を嫌に誘う。
「な、ちょ! どうしたのよ、サキ!」
 気遣いより心配が先に立ち、香枝はカバンを投げ捨てて人美に駆け寄り、耳を塞ぐ手を両手で取って顔を覗き込んだ。
「……か、香枝?」
 そこで初めて人美は香枝に気がついたのか、驚きの表情で友人の顔を見上げた。
 三つ編みは解れ、妙な癖がついてあちこちへ髪が跳ねている。普段から弱々しい目が、怯えからさらに哀れな眼となり、泣きはらした赤みと眼下の隈が嫌なコンストラクトを描いている。
「どうしたのよ、ちょっと止めてよ、洒落になんないよ、どうしたのよサキ」
「あ、う……私、サキなの? 人美なの? 私なの? ねえ?」
 揺さぶられた人美が、不可思議な事を呟いた。彼女のチャームポイントである艶やかで厚い唇は、酷く乾いてササクレた様子が痛々しい。
「あ、あたりまえじゃん。何言ってんの? ふざけないでよ」
 強引な香枝が、気遣い無用とばかりに責め立てる。
「タケイ リリじゃないよね? 私」
「あたりまえじゃん! 誰よ! タケイ リリって?」
「……呼んでるの」
「はい?」
「ずっと、耳の中で、誰かが私をタケイリリ、タケイリリって呼んでるの……」
「は? あんた、サキ……じゃん」
 友人の異常な様子に、香枝は手を離して身を少し下げた。
 代わりに冬奈が歩みより、先の手を優しく取って追う眼で人美の表情を覗き込む。人美はそんな彼女の眼を直視できず、思わず顔を背けた。
「ずっと……呼ばれているのですか?」
 冬奈の静かな問いかけに、人美は力なく首を振った。
「ひ、一人でいる時だけ……。一人だとずっと……。ずっと、タケイリリ、タケイリリタケイリリタケイリリって!」
 頭(かぶり)を振る人美を見て、香枝は半歩下がった。冬奈はそんな香枝を尻目に、両手でそっと人美の肩を抱き寄せる。
「今も聞こえますか?」

「……聞こえない。平気……。ママとかいると平気なの。でも外に出ると誰かが……ずっとタケイリリってずっとずっと……」
 人美の説明は要を得ない。だが、冬奈は理解してる振りなのか、神妙に肯いている。
 香枝は友人の変貌に驚くだけで、ただ息を荒くして見下ろすばかりだ。
「ね、ねえ! 香枝! 委員長! 一緒にいて! 明日まで、きょ、今日だけでもいいから一緒にいて!」
 切実に訴えかけてくる人美に、冬奈は静かに頷く。
「分かりました。一緒にいてあげましょう。明日は日曜ですしね」
「え、そんなあっさり」
 人美の友人でありながら、引き気味の香枝に変わって冬奈が快諾した。
「三人いれば、交代でいてあげられますからね」
「え? 三人? あ、サキのママか」
 憔悴しきった人美の母親の顔を思いだして、香枝は頷いた。
「うん、ま、あたしはサキがいいならいつまでもいて上げていいよ。部活だって理由があれば二、三日は平気だし」
 ある程度、肝が決まれば、香枝もいつもの気楽な友人へと戻った。人美の要望を快く受け入れる。
 冬菜は礼を言う人美を宥めながら、香枝の手へと預けて立ち上がった。
「では、運転手に連絡して着替えなど用意してきてもらいますね」
 さらに続けて――
「香枝さん。こちらでも医師などに連絡しておきます」
 と、耳打ちして人美の部屋を後にした。
 冬奈は地元名士の家系であり、人脈も多い。幼少の時から何度か異世界へ行っており、その関係のツテも多いという。
 良い幼馴染がいて良かった。
 香枝はそう思いながら、友人の肩を強く抱きしめ、大丈夫だよと語りかけた。



「元気になったなぁ……」
 秋の風が高校のグランドを訪れる頃――
 体力テストを受ける人美を見遣り、香枝は感慨深く何度も頷いた。
 香枝の健康的な肌が、風に撫でられている。冬奈の黒髪も、その隣で撫でられている。

 鬱陶しいのに綺麗だなぁと、香枝は冬奈の黒髪を見下ろし、小さく溜息をついた。
「まっさかさぁ、ゲートくぐって異世界にいる間、地球に居なかったから今いる自分が地球に元からいた自分か疑うかなんて、訳わかんないよ」
「思春期にはよくある思考ですよ。一部の天才は昇華させましたが、昔から少年少女特有のある不安が現実と摺りわせる理屈で、不都合な不安となって妄執となる。それだけです」
「あんたの話は分からん!」
 一刀両断。
 香枝の言葉で、冬奈のややこしい言葉は何処へともなく消え去った。
「……原田さんも一度、経験してみますか? 異世界を」
「なにそれ? 誘ってんの?」
「誘ってますよ。冬に兄の用事で異世界へ行くので、ご一緒にいかがですか? 崎本さんも誘って」
「いいねぇ。あんたの兄貴とか同僚とかカッコイイし、最高じゃん」
「では、予定にいれていてくださいね」
「もちろん!」
 にやつく香枝が、人美に視線を戻す。すると、人美が短距離走でクラスでも上位のタイムを出し、無邪気に喜んでいた。
 運動神経が良くなったことも驚きだが、人美がああして人前で大はしゃぎする様子は珍しい。昔は控えめで、動きの乏しい兎のような子だったのに……。

「マジで別人みたいに元気だなぁ」
 香枝の感想に、冬奈はゆっくりと肯いた。
「それはそうでしょう。彼女も……」
「次! 原田ぁ!」
 体育教師に呼ばれ、香枝は続く冬奈の言葉を聞き逃した。

 はらりと冬奈の前髪が流れ落ち、彼女の追う鋭い目を隠し、赤く妖艶な唇が不穏な言葉を紡ぐ。



「……私も別人ですから」

 決定的な発言は、誰にも聞こえない。


  • この分かりやすさ好きです。ネーミングセンスとキャラ像が光っている -- (名無しさん) 2013-01-18 18:57:29
  • ポートアイランドには普通ではない事案を調査解決してくれる公共の部署などありそうですね。件のタケイも友好的交流の結果であればいいんでしょうけども -- (名無しさん) 2015-11-23 17:58:21
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最終更新:2013年03月30日 13:08