糧とは、大延国で流通している通貨の単位である。一糧、五糧、十糧といった大きな額では紙幣を用いてこれを糧札といい、市井の取引で扱うようなより細かい金額では貨幣が用いられる。千分の一糧に対応する粒貨を最小単位として、五粒を表す匙貨から、二十粒を表す箸貨、五百粒、すなわち二分の一糧に当たる皿貨にいたるまで、食卓で用いられる道具を模したさまざまな種類の貨幣が用いられている。紙幣は躍字を用いて発行され、一方で貨幣は青銅や鉛などといった卑金属が用いられる。貴金属を使った貨幣は、象徴や祭祀に用いられるものを除いては作られることはなく、流通もしていない。貴金属そのものが無価値だとみなされているわけではない点に留意されたい。
糧の価値は、一風変わった形で保障される。すなわち『一糧の価値は、成人男性が一食分の腹を満たすことが出来るだけの食事と常に等価である』と定められているのである。あなたがもし一糧の紙幣を持って役所に行けば、併設されている食堂で食事を受け取ることが出来るのだ。平たく言えば食券である。食事の内容は地域や時代によって異なるが、多くの場合はひき肉の入った饅頭や米と言った主菜に汁物が付くかたちをとる。食事のほかにも、材料となる穀物や乾物などの形で受け取ることもできる。一糧が具体的にどれほどの食物と引き換えることが出来るかは、財政をつかさどる役所であるところの財部が毎年基準を定め、各地方の事情によって微調整されるものとされており、上に上げたのは一例である。
役所のほかにも、市井に店を開く両替商のもとに糧を持ち込むことも出来る。両替商では糧を貴金属や他国の通貨と取り替えることが出来るほか、食品を持ち込んで代わりに糧を受け取ることも出来る。とかく糧を持つものは、飢えないことを保証されるのだ。
古来から、大延国は食糧の安定的な確保に血道をあげてきた。皇帝は精霊の信任を背景にして国土を安んじて安定した食糧生産を可能にし、また流通路をも整備する事で需要と供給の不均衡が生じないように計らってきたのだ。糧はこうした施策と一体不可分の存在である。
こうした糧が生まれたのは、大延国の歴史の中でも比較的早い時期である。元々は軍隊において食糧の配給券として用いられていたものであった糧が広く流通するようになったのは、六大霊皇崩御直後の混乱期において、諸国でばらばらであった通貨を統一するためのものとして、当時の財部尚書リエイが考案したものである。当時の大延国は三栄や労丘といった主要鉱山もまだ発見されておらず、通貨として用いることが出来るような貴金属が不足していたため、誰もが生きていくうえで必ず必要とする食糧の引換券を貨幣とすることが良策であった。特に当時の混乱期においては天地のありようも大いに乱れ、凶作が続いて国民は大いに飢えていた。こうした食糧確保に対する不安を国家が保障する事で、大延国は国家としての威信をつなぎとめたのである。この制度は現代に至るまで途切れることはなく続いている。
さて、こうした通貨制度が試されるのは飢饉が起きたときである。食糧が不足し、役所に行っても糧を食物に交換できなくなるとすれば、それは糧の価値が大きく低下することとなり、ひいては大延国そのものの信用も揺るがしかねない。このため、大延国の財部は食糧を安定して確保し、あるいは食糧が不足した場所に必要な分を送り込むための仕組みを整備してきた。収穫量の予想や生産の統御、航路や街道など各種流通路の整備などもまた財部の職掌である。収穫期において、樽や俵を満載した馬車が役所に出入りする様は大延国の風物詩である。
余談ではあるが、特に近年実用化にこぎつけつつある精霊冷凍の技術は、大延国の食糧流通事情を大きく改善したとされている。糧と引き換えられる食事の材料としては長期保存が利き輸送もたやすい穀物や乾物が一般的であったが、ここに来て生鮮食品も用いることが可能になってきたのだ。このため、より高級な食事を用意する事で、糧そのものの価値を高めることも可能となったのである。
さて、あなたがもし
ゲートをくぐって大延国に向かうならば、地球側のゲート付近にある両替サービスを利用することになるだろう。地球側の金融機関が提供しているこれらのサービスに口座を開いて金を振り込むとそれらは金や銀に交換され、この金や銀を大延国に持ち込むことが可能となる。実際には貴金属がそのまま渡される代わりに金融機関が引換券を発行し、旅行者はこれらをもって大延国に向かうことになる。大延国側で引換券を両替商に渡せば糧札が得られるし、あるいは両替商によってはトラベラーズチェックに似たサービスを提供していることもある。躍字で書かれた小切手帳でもって決裁を行い、代金は口座から引き落とすという仕組みである。
こうしたややこしい手続きが行われるのは、糧と地球の貨幣を直接両替してはならないという大延国側の法律があるためである。糧の価値を堅持しようとするこの法律と、ゲートそのものが貴金属の通過量を制限しているという事実から、大延国に対する地球の資本流入は鈍いものとなっているのが現状である。これは延―中国間にかかわらず、多くのゲートで見られる現象である。
通貨一つをとりあげても、そこには異世界ならではの特色が見られる。あなたがもし大延国を旅行中に食事に困ったならば、近場の役所を訪ねてみるのもよいだろう。出てきた食事に舌鼓を打ちながら、糧にこめられた大延国の歴史や文化に思いをはせてみるのはいかがだろうか。
終わり
但し書き
文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
- 紙幣を流通させれる国は高いレベルで安定しているだけではないプラスαがあるのではと感じさせられた -- (名無しさん) 2013-01-18 18:33:24
- 本当に制度が現実にあると思わせる完成度の高さに感心した -- (名無しさん) 2013-02-08 00:35:13
- 目的が食と生活というのが大延国らしい糧制度です。ある程度価値が変動するのも国の豊かさの度合いにもなるのでしょうか。地球の物産の価値がまだ不明瞭な異世界では金銭交換などは難しそうですね -- (名無しさん) 2015-11-23 18:40:32
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最終更新:2013年01月14日 00:49