青空、荒野、土煙。
その土煙を巻き起こしドスドスと進むのは、列車である。
ああ、列車と言っても蒸気機関や電気でうんぬんというものではない。それらを牽くのは竜亀という生き物だ。
竜亀というのは言ってみれば馬鹿でかいリクガメであり、速度はないがバカみたいな力で前に進む。
このバカぢからを一度見てみるといい。一つ車を牽かせるだけではもったいないと、つい列車を作ってしまうだろうから。
さて、この竜亀は七つの車を牽いている。だいたい平均的な数だ。
三つが客車で三つが貨物車、残りの一つは農協の保安車。
ちなみに、御者は竜亀の背にとりつけた席に直接のりこんでいる。
ああ、保安車とは何かと聞かれたら、ほら、最後尾で緑地に鎌の旗をたなびかせているあの車だ。
中を覗き込めば、屈強な男達が所狭しと詰めて……つめ………、草臥れた狗人が一人しかいないな……。
ま、まあ、そんなこともある。農協領は広く、農協は人手不足なのだから。
保安車のなかに一人いる狗人は、ブル・ドグダ運行保安官。
いかつい顔と膨らんだ腹の、ブルドッグ系の狗人だ。
難しい顔をしながら、鉄製の知恵の輪で遊んでいるがどうにも解けそうにない。
「くそったれ」
ついにはそう言って、ブル保安官が知恵の輪を投げ出し、懐から葉巻を取り出した。
諦めて葉巻を吸うことにしたようだ。
火打ち石の火花を精霊に頼んで大きくし、口にくわえた葉巻に火をつけよとしたその瞬間。
その瞬間に葉巻が吹き飛び、その先からガアンという音。
そちらを見てみれば矢だ。矢が壁に突き刺さっている。
前列の車両から悲鳴が上がり始めた。
おお、見てみるんだ窓の外。土煙とバカ笑い。
七匹の大襟巻蜥蜴と七人の荒くれ者だ。
奴ら弓につがえて叫ぶぞ。
「ヒャッハー!足を止めな!荷を下ろしなあ!そしたら命までは考え――」
鈍い音・落ちる人。
脳天に鉄がめり込んだのだ。
下手人はブル保安官。めりこむ鉄は知恵の輪よ。
「農協の旗も理解できねえバカとは救えねえなぁ……。
せめて来世でマシなバカになれよ、と知恵の輪ぶちこんでやったことに感謝しろや」
窓枠から乗り出し、右手首にスリング垂れ下げながらブル保安官は吐き捨てる。
突然の頭目の死にうろたえていた荒くれものたちが、怒号をあげて襲いかかる。
しかし、遅い。遅すぎる。
ブル保安官は列車から飛び降り前転して着地し石を掴みその勢い遠心力風切り音、目にも止まらぬ印字打ち。
ぐるりとスリング回して打つ打つ打つ。手首を砕き、大襟巻の足を砕き、まきこみ倒れたマヌケの頭を砕く。
そうさ、スリング。スリングこそ
新天地の最後の牙。
剣折れ矢種尽き、爪届かぬ相手にそれでもあらがうための。
道を塞ぐ者・理不尽な者・言って分からぬバカ共、そのすべてを砕け。砕くしかない。
そんなこんなで、瞬く間に死屍累々。うめき声すら聞こえない。
「……バカの相手をすると腹が減ってしかたねえな」
あるじを失った大襟巻にブル保安官は飛び乗り、駆ける。
変わらず、着実に進み続ける列車に向けて。
- 冒険の荒野という乾いた空気が漂う夕方アニメみたいな。出てくる乗り物や小物が想像を喚起させるー -- (とっしー) 2013-02-01 01:26:44
- 相手が悪すぎた…農協の旗印を落としたければ軍一部隊は必要そう -- (名無しさん) 2013-11-27 17:53:55
- やっぱり異世界の基本は動物動力?そうやすやすとヒャッハーさせない列車上からの戦いが気持ちよし! -- (名無しさん) 2014-07-29 22:48:45
- 思い出語りを聞かせるようなリズムが面白いですね。無法と力ずくな風景にエネルギッシュさも感じます -- (名無しさん) 2015-12-27 19:25:27
最終更新:2013年08月11日 10:46