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【試練の日、コーヒーハウス】

陽月の真中、試練の日、その日みな門戸を閉じて部屋にて陽光をやり過ごす。
女達は集い刺繍にでも興じ、男達もどこか集いコーヒーでも飲み交わしていた。

とあるコーヒー・ハウスに視点を移そう。扉も窓もやはり堅く閉じられている。
ひゅるりらと笛が奏でられる。合わせて、じんわりと強く弱く照らすのは光の精。
壁にはくすみながらも色とりどりのタイルを飾る。まだらにあわく輝くのは、陽神の涙が滲んでいるからだろうか。
ゴリゴリと静かな音が響き笛の音を助けている。部屋の隅で奴隷が、コーヒー豆を乳鉢に磨り潰しているのだ。
客も店主も何をするでもなく、ぼんやりと過ごしていた。



カウンターで青の文様の服を着た猫人がメロンの種をつまみ、コーヒーを飲んでいる。
そして、ふと口を開いた。

「そういえば、こんなことがあった────

あれは寝苦しい夜のことでした。すこし夜風を浴びて気分を変えようと思いまして。
窓を開けたら、試練の精霊がいて、気がつけば夜の荒野に放り出されていたのです。
さてさて、試練の精が言うには、これから始まるのはちょっとした賭け事でしてと。
試練の精が、ポンと手を叩けばそこに怪物『夜駱駝(よらくだ)』が現れたのです。
ええ、御存じの通り『夜駱駝』といえば砂漠のキャラバンに震えて語られる大怪物。
夜を固めて黒々とした毛並みはすべての剣を跳ね返し、垂らすよだれは鉄盾も溶かす強酸で、
蹄は万里を駆け岩を砕く、そして猫人の尻尾が好物だというのだからたまらないものです。
そして尻尾を隠して怯える僕を余所に、試練の精が『夜駱駝』に腰掛け手綱をもって問いかけてくるのです。
「さあ、『夜駱駝』様とあなたさま、競争するはこのお二方。仕舞いはあの丘、あの旗の下。勝敗はいかに?」
それはもう当然ながら『夜駱駝』が速いのはわかっています。
しかし、そう答えて素直に走ってくれるでしょうか?きっと僕をあの旗の向こうまで蹴り飛ばすのがオチでしょう。
かといって僕が速いと答えてもやはり勝ち目はないどころか、競争しているうちにパクリとやられてしまいかねません。
悩んで悩んでそのあとに、一つ答えが通り過ぎました。
僕は試練の精に「同着引き分け!」と叫び、『夜駱駝』の頭の上に駆け上り、鼻先に尾をたらしてやったのです。
『夜駱駝』はそれはもう興奮して、あの丘のあの旗へとまっすぐ駆け抜けました。
ええ、背中の試練の精を置き去りに。

──── いやさ、あれはいったいいかなる試練であったかな」

喋り終わった青の服の猫人が、コーヒーをすする。
誰かが口を開いて、試練の達成を讃える。

「それはまさに勇猛果敢たるを。己が先にと言えば『夜駱駝(よらくだ)』は万里を駆け、『夜駱駝』が先にと言わば彼の駱駝は眠りこけていたでしょう。
 鼻先に餌をぶらさげ操る他に道はなく、分かったとしても彼の名高き怪物『夜駱駝』に身を差し出すは難事。いやまったく、その心胆には恐れ入ります」

そして他の猫人達も口々に褒めそやした。

テーブルで突っ伏し眠りこけていた髭長の老猫人が、やおら身を起こし語り始めた。

「そういえば、こんなことがあった────

儂が道を歩いているとな、なんとも奇妙なツボが落ちていてな。
どう奇妙かと言われても中々言葉にしづらいんじゃが、こうヒゲにピンと来るものがあってのう。
拾って覗いてみると、あれだ。ぽーんと、試練の精霊めが飛び出したんじゃ。
そうして試練の精霊の口上を聞かされているうちに、あたりの風景が変わり始めてのう。
儂はなーんもない砂漠にぽつりと立ち尽くしていたんじゃ。
ほんに砂と青空しかなくてのう。蝿も石ころも風もなければ、砂丘すら見当たらない。
ただただ平らに砂が広がっているばかりじゃった。
おお、そうじゃ。きっとあれこそ噂に聞くラ・ムールの秘境の秘境、砂漠の砂漠、『虚無の4分の1』だったんじゃろう。
おうさ、間違いなく『虚無の4分の1』。儂の足の下の砂共が、人を支えたのは数万年ぶりだと鳴いていたわい。
なんにもないのが『虚無の4分の1』であれば、入り口出口があるはずもなし。
歩いてもどうにもならんと悟った儂は、座り込んでぼんやりとしておった。
するとなヒュルヒュルと幽かに風音が聞こえてきたんじゃ。
これまた不可解なこともあるものだと、そのほうへ儂は歩いた。
歩くとやけに足下の砂が響いて聞こえなくなる。立ち止まって耳を澄ます。風音へ歩く。
そんなこんなで進んでいくと、真っ黒い穴があってな。
うむ、なんにもないのが『虚無の4分の1』であれど、『なんにもないのが』あるのならば納得がいく。
他に致し方もないので、飛び込んでみると、元の町の路地に戻っておった。
これでめでたしなんじゃが、ひとつ気に掛かるのは、儂の足跡がどうなるじゃろうかということ。
万年残るか、たちまち消えるか。ああ、きっと後者のほうじゃうろなあ。

──── いやさ、あれはいったいいかなる試練であったかな」

喋り終わった髭長の老猫人が、コーヒーをすする。
誰かが口を開いて、試練の達成を讃える。

「それはまさに泰然自若たるを。不用意に歩きまわっていたなら、その足音にかすかな風音はかき消されていたに違いない。
 彼の魔境たる『虚無の4分の1』にあっての落ち着きよう、まったくお年の貫禄のなさせる業でありましょう」

そして他の猫人達も口々に褒めそやした。

ビーズの首飾りをかけ、果物をつまんでいる猫人が口を開いた。

「そういえば、こんなことがあった────

えーと、そうだな。あー、あれは先月のある晩のことだったよ。
俺はいつもどおり晩酌をしようと、徳利を傾けたら、なんと酒が出ないんだ。
はておかしいなと、覗き込んだらやっぱり一滴も見当たらない。不思議だった。
「どういうことだよカーチャン!」と思わず家内に叫んだよ。
そしたら「あんたみたいなロクデナシにあげる酒はありません」って言うんだよ。
浮気も最近してなかったしさ、どーしてそんなにプリプリしてるんだろうって疑問だったさ。
だから毛並みやら爪やら褒めて褒めて褒め殺して、そしたら「今日は結婚記念日です。忘れてたんですか?」だってさ。
ああうん、完璧忘れてた。やべー、と思った。同時に、そんなことで怒んなよ、とも思った。
まあ今日の晩酌は無理かなあと諦めかけたときに、脳裏に閃いたものがあったね。
俺は颯爽と部屋のタンスから、ピカピカの腕輪を取りだし、「忘れるわけ無いだろう?」とプレゼント。
ん? なんで、忘れてたのにプレゼントが用意出来たかって?
いやー、もともとアレ娼館の姉ちゃんへのプレゼントにって用意してたものだったんだよね。
備えあれば憂い無しというか、日頃の行いがよかったというか。
とにかく家内の機嫌はすっかりよくなって、浴びるように酒が飲めたってわけさ。

──── いやさ、あれはいったいいかなる試練であったかな」

喋り終わった首飾りの猫人が、コーヒーをすする。
誰かが口を開いて、試練の達成を讃えない。

「…………、それはちょっと違うんじゃないですかね」

「だよね。ごめんね。でもさ、俺、今年マジでなんもなかったのよ。話せるようなことなーんにも」

「だったら、無理に話さないでくださいよ……」

「だって、なんか話さなきゃいけない空気だったじゃん!?なんかこっち見てたよね!?お前の番だぜって目で語ってたよね!?
 くっそ、いいぜ。やったるよ。今から扉開けて、試練に飛び込んでやんよ!武勇伝もちかえってやらあ!」

「ちょっ!?待って!お前、死んじゃうって!落ち着け!やめろ!!」

「ああっ!あいつが扉あけたら試練の精霊飛び込んでくるじゃん!取り押さえろ!!」

「離せ!はなせー!俺は勇者になるんだー!!!!」

「死ぬなら一人で死ねー!」「儂をまきこむな!!」「このロクデナシがー!!」

…………
……

こうして今年も試練の日は過ぎゆく、日暮れにはまだ少し遠い……。


  • 神の試練が日常にあるラ・ムールだからこその語らいでしょうか。異世界ならではの現象に頓智めいた解答など命の危機さえも乗り越え慣れて家庭の事件と同列に扱う空気が面白いですね -- (名無しさん) 2016-04-17 19:54:40
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最終更新:2013年03月13日 16:20