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【カメラ・オブ・スキュラ】

私立十津那学園という学校がある。
<向こう側>と<地球側>の交友を目的として設立された学校だ。
瀬戸内海のポートアイランドに建設されたそれは、既に一つの街と言って差し支えない規模であり、
各種研究機関や学校関係者だけでも1万人を軽く超える人口を誇る。そんな学校だ。

その高等部に俺は在籍している。
試験は厳しいと聞いていたが、さほど頭のよろしくない俺でも何故か合格できた。
まことしやかに流れる噂話では、『いかにもそれらしき学園を演出するために合格者を選抜した』のだとか。
それなら俺のようなボンクラでも合格出来た理由に合点がいくというものだ。

ところで、この学校の珍しい特徴としては、部活動、サークル活動が乱立している点にあり、
学園側も積極的にそれを支持し、生徒に参加するよう促している校風がある。
そして今どきそんな部あるのかよ、という部活が普通に存在するのだ。
応援団など団員全員バンカラで、団長が歴々とボロボロになった学生帽、学ラン、ゲタを引き継いでいるのだ。
言ってしまえば、もう漫画の世界にしか無いような世界がこの学校には存在するのだ。
その理由とて、先ほどの噂に照らし合わせれば、『いかにもそれらしき学園の演出』のギミックに思えてならない。

俺もそんな校風のため、必然的にどこかに入部しなければならなくなった。
だが、特技らしい特技もなく、これまで別段なにかに打ち込んだ事の無い俺には、部と言われてもピンとくるものでもない。
実家が田舎の骨董品、古道具屋という事もあり、門前の小僧のなんとやらで、ちょっとだけ骨董品がわかるというくらいか。
どこに入部したものかとフラフラしていたところで、俺は粗大ゴミの山に出くわした。
「おお、丁度良かった。そこの男子生徒。そっち端を持ってくれんかの」
声はすれども姿は見えず、とりあえずその粗大ゴミの端を持って声の誘導に従った。
ゴトリ、と音を立てて粗大ゴミを部屋の中に下ろす。妙にかび臭い部屋だが、倉庫だろうか。
そんな事を考えて部屋を見渡していると、再び視界の外から声がした。足元だ。
「や、ご苦労。これでようやく部室が片付いた。
 どうした?そんな不思議そうな顔をして。まるで生まれて初めてノームを見たかのような顔だな」
あとで知った事だが、それが十津那学園歴史研究部部長、アンラ・イヴァルド氏との出会いであった。

当時を思い起こせば、今と比べて部室はもっと雑然としていて何でもありな状態だった。
言ってしまえばガラクタと粗大ゴミの山。そんな中で俺は興味深いものを発見した。
ガラクタの奥に鎮座した奇妙な箱状のもの。
「おや、それに目をつけるとはなかなかに良い目をしているな君は。
 そいつはまだ使えるぞ。驚異的だろう?」
アンラ・イヴァルド氏は奇妙なまでに高揚していたが、俺自身はそこまでの感動は味わえなかった。
その箱は、カメラだった。いや、厳密に言えば違う。古い、古い、カメラの先祖のようなものだ。
ピンホールカメラと同じ原理で外の光景を映し出す装置。カメラ・オブスキュラ。
こんな骨董品がこんな部屋にすっころがってるだなんてね。
「これ、使えるんならデモンストレーションでもやればいいんじゃないっすか?
 今の時期、新入生の勧誘とかやるんでしょう」
カメラ・オブスキュラを手に取りながら俺は言った。
アンラ・イヴァルド氏はふむうとわざとらしい声を漏らすと、「それじゃあ今から始めようか」と言った。

すっかり巻き込まれた俺がカメラ・オブスキュラを抱えて玄関ホールへと向かい三脚と暗幕を準備していると、
物珍しそうにこちらを見ている人がいた。地球人ではない。地球人は足が2本しかないが、彼女は足が8本もあった。
明らかに亜人だった。だが、当時の俺には彼女が何という種族かまでは知り得なかった。
彼女は歴史研究部の展示物として所狭しと陳列されたガラクタをひとつひとつ見ては、興味深そうだったり苦笑いをしたりしていた。
「へぇ、不思議な人形。チキュウじゃこんな変な服があるんだ」
呪いでもかかってるんじゃないかってくらい古ぼけた雛人形を見ながら、彼女は一人不思議そうな顔をしている。
和服を着て歩く日本人なんて、今じゃそうそう居ないだろう。ましてや雛飾りの平安装束などなおさらだ。
「それ、女子のお祝いに飾る人形なんだよ。雛人形ってんだ」
カメラ・オブスキュラのセッティングを終え、俺は彼女に話しかけた。
「へえ。ヒナニンギョーね。変な名前。
 で、そっちのは何なの?」
彼女が指差したのは、骨董品にも程がある二眼レフカメラだ。
アンラ・イヴァルド氏が言うには、まだ十分に使える代物らしい。
「これは、カメラ」
俺はそういうと、彼女をパシャリと撮影した。
「カメラね。変なの。
 じゃあこれは?随分と大仰な仕掛けみたいだけど」
確かに組み立ててみると随分と大仕掛けだった。
「暗幕の中に入ってみてよ。
 そこそこ面白いとは思うよ」
暗幕をたぐり上げ、俺は彼女をカメラ・オブスキュラのもとへ案内した。

ピンホールカメラと同じ原理のこのカメラのご先祖様は、ザックリ言えば外の風景を機械を通して別の場所に投影する装置だ。
三脚で台を組み暗幕でテントのようにした頂部にカメラを設置し、その下に敷いたキャンバスに風景が投影されている。
言ってしまえば、ただそれだけの装置だ。
「へえ、面白いねこれ。あ、人影が動いてる」
「歴史研究部には、こんな骨董品がゴロゴロしてたよ。
 俺は別に部員じゃないけどさ。たまたま通りがかって手伝ってるだけで。
 どう?こういうのに興味があるなら入部してみたら」
その時の俺は、一瞬だけ脳裏に彼女と一緒に部活動をする自分の姿を想像していた。
歴史研究部がどんな部活動をしているかなんてまったく知った事じゃないけれども、
同じ部員として彼女と一緒にいられるのだけは簡単に想像できた。
「せっかく誘ってくれたところで申し訳ないけれど、私もう水泳部に入部してきたんだ。
 むしろ君が水泳部に来ない?さっきからの話だとまだ歴史研究部に入部した訳じゃないんでしょ。
 知り合いが一人でも多いほうが部活動も楽しいじゃない?ね?」
不思議な話だが、何故か俺は躊躇した。
水泳は人並みにこなせるし、別に運動が嫌いという訳でもない。だが躊躇した。
理由は今でもわからない。そして、今でも後悔している。
「あ、ゴメン。水泳苦手だったりした?無理強いはしないからさ。検討してみてよ。
 私そろそろ行くね。1回目の水泳部ミーティングがあるんだ。
 カメラ、面白かったよ」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「あ、あの」
そのまま別れるのは、と思いつつも、引き止めるほどの理由などない。
ただもう少しだけこの娘と話していたかっただけだった。
「なぁに?」
「その、名前をまだ聞いてなかったなって。クラスは何組?」
「あっ!そうだね。ピナ・・・ピナ・スキュラだよ。クラスは1の3。
 ミズハミシマのスキュラ郷から来たんだ。実家は酒場兼宿屋。
 それじゃ、縁があったらまたね」
そう言うと、ピナ・スキュラと名乗った娘はパタパタと走り去った。

結局、彼女との接点は以後まったく無いままで3年間を過ごしてしまった。
俺は惰性で歴史研究部に入部し、惰性で活動を続け、惰性で終えてしまった。
彼女、ピナ・スキュラこと杉浦さんは、その後は水泳部で活躍の日々を送った。
新聞部が発行している学内情報誌で何度もその名前を確認した。
俺があまり差別感なく亜人を受け入れられたのは、彼女のおかげという気がしてならない。
多分、ずっと、かなわぬ恋をしていたのだろう。
手帳の中には、今でもあの時撮影した彼女の写真を入れてある。
暮らす世界は一緒だったのにな。住む世界が違ったか。
世界の壁すら超えたというのに、人の壁はこうも超え難いものなのか。
たったひとつだけ自惚れるなら、杉浦雛を彼女が名乗ったのは、あの雛人形の印象があったからじゃないか。
そんなくだらない事だけを想うのみだ。
「部長~、あ、やっぱここに居た。
 なんか運動部の連中が、卒業旅行でミズハミシマに行くとか言ってんスけど。
 部長も行くよね?」
ノームの歴史研究部部員同期が俺に話しかけてきた。
「行かねぇよ。もう十分だ」
そう。もう十分だ。
俺の高校生活は、これで終わりだ。


  • あぁ、なんか最後のイベントフラグが消滅した気がする… -- (名無しさん) 2013-03-24 11:47:34
  • 雰囲気いいね -- (名無しさん) 2013-03-24 14:13:57
  • >世界の壁すら超えたというのに、人の壁はこうも超え難いものなのか なんと言う明言を…悟ったと思えるほどに。でも部活内容がしっかりしてて楽しかった -- (としあき) 2013-03-27 00:21:15
  • 異種族共学といっても大半の生徒はこんな感じで卒業までいくんじゃないのかなーって…その他大勢にも何かしら思い出はあるんだぜと -- (とっしー) 2013-04-05 21:02:41
  • 学園の意図や風景と重なり会う様々な生徒達の日常感がよく出ていました。特別な世界であっても普通の人が普通の人生を送っているというのが新鮮であり安心した作品でした -- (名無しさん) 2016-05-22 18:02:12
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最終更新:2014年08月31日 02:02