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【特売 珍妙白黒】


 大延国は皇都に程近いところに、事象の地平面を越え、彼方に曰く中華人民共和国と名乗る国家と繋がる大界門がある。
 開門の頃は様々な動乱こそあれ、時を経て結ばれた国交は二十余年を過ぎて尚、多少の緊張は有れど概ね平穏と言えよう。

 大界門を中心に、皇都の第二の中心地となった門前街。
 彼方よりの来訪者を迎える場として整備され、認可される限りあらゆる商売が可能となってからは、まずは軽食の露天商、次いで如何わしい物も含みつつの土産物屋が軒を連ねる。
 そして大飯店や宿場が立ち並び、規模を拡幅し、門前街は皇都第二の歓楽街となったが、商いの許認可を受けられるのは此方の商人ばかりではない。
 彼方から来る商人の大半は、此方との嗜好や文化、金銭物資への価値観等の食い違いから夢半ばに倒れる者ばかり。
 だがある時、奇怪な物体を売る彼方の露天商が、門前街の一角に現れ話題となった。 曰く、
大黒白の子供 売ります

「大黒白・・・の子供、ですか?」
「左様。 近頃、『大黒白の子供』と称する生物を売る商人が門前街に現れております」
 大黒白とは、延国の南端は塞王を常に脅かす『南蛮』に存在する、とてつもなく巨大で人を食らう、血に塗れた黒と白の毛皮に身を包んだ凶悪極まりない獣である。
 南蛮について多くを知る者は非常に数少ないが、「南蛮には大黒白という生物が居る」という一点においてなら、延国に生まれ育って居れば一度は耳にする機会はあろう、という位には名が知れている。
「本当なら凄いことですよねぇ!」
「そうは仰いますがな公主。 子供ということは、いずれ育ち大きくなる、という事をお忘れなきよう」
「あ・・・っ!」
 公主と呼ばれた年頃の娘、異界交流の総責任を担う界門通関司の長たる任に若くして就く『吉風公主』セイランは、相対する参謀の十面大師が渋面と共に発した指摘に、はっと息を飲む。
「塞王より伝え聞く通りの生態で、何匹も居るようなら、成長しきる頃にはこの皇都ですらも陥落するやも知れませぬ」
 大黒白の凶暴さを正確に知る、いや、思い知らされる事となる塞王警備の中には、大黒白の暴虐を見せつけられた翌日には職務放棄の烙印を捺されようとも逃げ出す者も多い。
 塞王には皇族より文武計略に優れた者が都督として派遣されることもあるが、長くても5年は経ることのない任期を終えた時には、まるで30は年を食い盛年とは思えぬ様相となってしまったことも過去あったという。
 眉唾ものの逸話も多いが、逆に言えば塞王警護の過酷さは必要以上に誇張されるのも止む無し、ということでもある。
 そのような塞王周りの逸話をいくつも聞いてきた大師にすれば、「大黒白の子供」が皇都に居ることが将来の危険を大いに孕むものと判断するのは、自然の流れと言えよう。
「それは困ります! そんな事があっちゃいけません! その商人さんが売っているのが本当に『大黒白の子供』なのか、確かめなくちゃいけませんね」
 やおらセイランは立ち上がり、お供の風精テンコウを連れ立って門前街へと向かう。 したり顔の大師に気付かぬまま。


 時は前後。
 皇城の会談場には、延国当代皇帝クウリを始めとする延国の皇臣と、中華人民共和国より派遣された駐延特使が集っていた。
「して、今回の御用向は如何か」
「国家一級重点保護野生動物であるパンダが密猟団に数頭略取され、追跡を逃れた者がゲートを潜り此方に逃げ延びている可能性がある、との情報が本国より寄せられております」
 パンダとは・・・あえて説明をするまでも無い程に彼方では全世界的に有名な、白黒の容姿と愛らしい仕草が老若男女を問わず魅了する愛玩動物である。
 と同時に、かつて中華人民共和国では密猟行為を法の下に死を以て罰していた頃もあるほどに生息数が少なく、「国家一級」「重点保護」という御大層な文句も然り、という希少な動物でもある。
 国策としての価値はそれだけではないのだが、それはここで語るべき内容ではないだろう。
「此方には、パンダに非常に良く似た姿の化け物がいると聞き及んでおりますので、ね」
「成程。 我々としても、そのパンダという生物が速やかに貴公らの元へ返還出来るよう、尽力致そう。 異界の諺に曰く『渡りに船』という者も居るしな」


 人伝に門前街を歩き回るセイランとテンコウは、門前街の外れに目的地と思われる人垣を見つけ、何があるやと人の輪の中心に目を向ける。
「これはこれは公主様、御機嫌麗しゅう。 公主様も大黒白の子供をご覧になりに来たのですか?」
「ええまぁ、そんなところです」
 顔なじみとなった門前街の方々に挨拶しつつ、セイランは人垣に近づく。
 するとたちまち「公主様が大黒白の子供を見に来られた」という情報がまるでディルカカネットの如き素早さで拡散し、手隙の住人が「セイラン公主と大黒白の子供が両方見れる滅多にない機会」ということで集まりだし、人垣はさらに膨れ上がる。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 此処にいる何とも愛らしい、このコロコロとした人形みたいなこの姿! 聞いて驚け見て驚け、なんとこれこそ南蛮由来、大黒白の子供だよ!」
「思ったよりあっさりと見つかりましたね、テンコウ」
 あおんとひと鳴きするテンコウの頭を撫で、黄色い歓声を上げる人垣の隙間を通り、人垣の最前列に進み出たセイランは、大黒白の子供だという白黒2色の毛皮のまるまるした生物の挙動に暫し見入る。
 口八丁手八丁とはこの事かとばかりに異界人の売り子が発する言葉は観衆の間を踊るが、大黒白の脅威を語る大師の渋面が瞼を過るセイランには、今一つ響くものが感じられなかった。
 だからこそと言うべきか、尚も捲し立てる売り子と「大黒白の子供」が視線を集めるその影に隠れるように、辺りを警戒する幾人かの異界人の男の姿を、セイランは捉えていた。
「あの人たちは、険しい顔で何を見ているんでしょうか?」
 怪しさすら感じられる異界人たちの姿に関心が移りつつあるセイランだったが、
「なぁおっちゃん、コレ、ほんっと~に大黒白の子供なのかぁ?」
 という、今まさに人垣を強引に押し割ってやってきた野次に関心を引き戻される。 
 この手の商売には当然ながら野次やケチは当たり前の話。 売り子がサクラを雇い自作自演でケチを言い負かして商品を価値あるものと錯覚させようとするのも良くある話。
「なぁなぁ、ほんっとぉ~に、大黒白の子供だってんなら、どうやって獲ってきたん?」
 皇都の観光客というよりは行脚の最中といった容姿の、セイランよりやや年下であろうか、猫人の少年が異界人商人の口八丁にケチをつけ始める。
「よくぞ聞いてくれました! あれは決死の大行軍! 皇都より南下し塞王を越え、行くも険しく帰りも危うい南蛮の地。 そこを我々は探索し、そして大黒白の巣をついに見つけたのです!」
「ほうほう、それで?」
「ついに見つけた大黒白の子供、あんなに凶暴だったのに、子供はどうだ、こんなに愛らしいじゃないか! これは是非皇都の皆様にもご覧頂きたい、そしてゆくゆくはお宅の守り神としてお役立て頂きたいと考え、こうして僅かに数頭ではありますが」 
「つかこれパンダじゃね?」 
 パンダ、という言葉に観衆は何だそれ?という表情を浮かべるが、売り子の顔が一瞬引きつったのを、双方の様子をじっくり伺っていたセイランは見逃さなかった。
「なぁなぁおっちゃん、これパンダとどう違うんだ?」
「おっとこれは参ったね、でもねお坊ちゃん、パンダは異界の生き物で、それも取ってきたり売ったりしちゃいけない御禁制の生物なんだ。 でもこうして堂々と売ってるってことは」
「向こうでパクったパンダを適当な言葉で丁稚上げてとっとと売りさばいて・・・って、んなわけねぇよなぁ! はっはっは」
「はははこやつめ、怖いこと言わんでくれよお坊ちゃんハッハッハ」
 売り子と猫少年の双方とも大笑いだが、売り子の笑顔は明らかに歪だった。 あまりに歪な笑顔だったものだから、
「でも・・・どうやって塞王を渡ったんです?」
 とセイランも、ついつい口を出してしまったではないか。
「そりゃお嬢ちゃん、きちんと目的を伝えて通して」
「もらえるはずがありません。 塞王は対南蛮の要衝、大延国の地を踏む総ての民の平穏を護る誇り高き壁。 如何な理由であれ、大事な大事な異界からの御客様を、私達の世界でも有数の危険地帯へ行かせてしまうような、浅慮の者が着任するなどありえません」
 セイランの凛とした返し文句に、売り子は押し黙るより他ない。
「言うねぇ姉ちゃん、流石やな。 そういうわけで、残念だったなおっちゃん、イカサマ商売するんなら、もうちょっとコッチのことを勉強してから来た方が良かったな」
「あーそうかいそうかい、だったら何だ? じゃあ嬢ちゃん坊ちゃん、これが大黒白の子供でないって証拠はあるのか? 無いなら言いがかりも良い所だ、アッチ行けシッシッ」
「それならきっと、あそこで役人にしょぴかれてるおっちゃんのお仲間が、ホントか嘘かこれからゲロってくれるんじゃね?」
 猫少年がくいくいっと指で示すと同時に人垣に裂け目が出来ると、警ら兵と異界に曰く「すーつ」という黒服を着た異界人が、セイランが不審を抱いていた異界男たちを連行する光景がそこに嵌り込んでいた。
「随分とまた、古典的な手口にかかってくれたもんだよ」
 必要以上に挑発的な態度でしてやったアピールしてくる猫少年に対し、異界商人が取った行動はただ一つ。
「こんのクソガキャあ! 調子コくのもいい加減にしとけよ!」
 口汚い罵倒と共に飛びだしたのは、懐から拳銃一丁、パンダの荷台に隠した蛮刀一振り。 銃口の向かう先は猫少年ではなくセイラン。
 観衆は蛮刀の照り返しを目にした途端、弾けるように四散・・・かと思いきや、恐るべき野次馬根性というやつか、安全を確保しつつ推移を見守れる位置まで散開する。
 だが、
「え? え?」
 生まれてこの方、銃器の類を間近で見る機会にも、銃口を向けられるという機会にも恵まれず、事態のド真ん中にいたセイランには、いまいち事態を飲み込み切れない。
「坊主、ちょっと頭が切れる程度じゃどうにもならん現実ってモンを、いい機会だからここで教えてやろうか!」
 これで圧倒的優位に立ったとばかりに激昂する異界元商人に対し、猫少年は
「へぇ・・・そういう態度を取る? 分かってやってんのかどうか知らんけど、今アンタがやってる行為は『大延国』に対して弓引く行為に等しいわけだが」
「黙れよガキぃ! 次にその口開いたら、お嬢ちゃんの綺麗な顔が吹っ飛ぶぞ!」
「あっそ。 やれば?」
「ハァ!?」
「あ、あの、ちょっとそれは困るんですが!」
 異界元商人の素っ頓狂な声とセイランの困惑の声が同時に上がる。
「ホレホレどうした? デカいのは口だけか?」
「じゃあかしぃ! 嬢ちゃん、恨むならこのガキ恨めよォ!」
 猫少年の挑発に乗り、絶叫と共に異界元商人は引き金を引く。 だが、強烈な炸裂音に続けてカキンと乾いたと音がするだけで、何も起こらない。
「あれ? 何ともないんですが」
 恐ろしい言い草や耳を裂く程の音の割に何も起きないことに、セイランの頭の上に疑問符が舞う。
「ほらな、やっぱり勉強してきてから来るもんだろ?」
「な、弾がなんで出ないんじゃぁ!?」
「こっちじゃ銃は『使えない』んだよ。 ひとつ勉強になったな」
 物理的な都合や門神がどうこうしたなどではなく、実際には弾丸が放たれたと同時に猫少年が揮った手で弾き飛ばされたのだが、その違いに言及出来る者は今この場には居ない。
「じゃあかしぃわ! ガキなんぞこれで十分じゃああああ!」
 異界元商人は半ば半狂乱気味に、使い物にならない拳銃を投げ捨てて蛮刀を振り上げるが、
「そんなチャチな刀とトロ臭い動きじゃ、南蛮で生き残れる訳がないな」
 猫少年が右手を横薙ぎすると、パキンと一声、蛮刀の刀身と柄は断ち別けられる。
「んじゃあとは兵隊さんの仕事だな。 最後にいいこと一つ。 おっちゃん、大黒白は生まれた時からそこの物置小屋くらいデカいぞ」
 意味不明な言葉を残し、押し寄せる警ら兵と入れ違う形で、猫少年は喧騒を後にした。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
 門前街から皇都へ向かう途中の猫少年を、テンコウの良く効く鼻と日頃の屋根渡りのおかげもあって呼び止めることに成功したセイラン。
「ん? 姉ちゃん、何か用かい」
「あの人たちがウソついてたってこと、なんで分かったんですか?」
「そりゃまぁなぁ・・・大黒白なら現物見たことあるし」
「凄い! 南蛮に行ったことがある人なんて初めて見ました!」
「そりゃよかった。 何かの話のタネにでもしてくれや。 そいじゃ俺は老師に会って事の次第を伝えてこなきゃならんから行くわ。 すまんがここいらで失礼させてもらうよ」
「あ、はい。 呼び止めてしまって御免なさい」
 皇都へ向かう猫少年の背中に、どこかの仙人様のお弟子さんかな?といった視線を投げかけつつ、セイランは彼を見送ったのであった。


「・・・ということがあったんですよ」
「無事解決なされたようで、何よりでしたな」
「とは言っても、私自信は何もしてないようなものですけどね。 結局最初から最後まで、仙人のお弟子さんの猫くんがやってくれましたし」
 伝え聞くところによれば、異界現罪人たちが売っていたのはやはり猫少年が言っていたパンダという生物だったそうな。
 密猟されたパンダは若干衰弱の気はあったものの、全頭無事に大界門を越え中華人民共和国へと返還されることとなった。
 ちなみに、駐延特使は「この機会に中延国交の証としてパンダは如何か」と切り出したところ、クウリ皇帝は「長年飼い続けている大きなパンダに困っておるので、小さなパンダに手は回りませぬな」と切り返したのだとか。
「話を聞く限り、公主も充分御役に立っておりましたよ。 ところで公主、その猫の少年というのは?」
 大師に事の顛末を報告する中で逆に猫少年のことを尋ねられたセイランはしばし目を閉じ考え、
「御世辞にも態度や言葉使いが良いとは言えませんけど・・・でもそれも、目を片方失くしてしまうくらい厳しい修行に裏打ちされた自信の現れ、なのかもしれませんね。 南蛮に行ったこともあるそうですし」
 と、率直な感想を大師に告げる。
「成程。 ふむ・・・公主、その方は我が国では『神虎《シェンフー》』とも呼ばれる方かも知れませぬな」
「神虎、ですか? 聞いたことありませんが、彼はどう見ても虎じゃなくて猫でしたし、『神』なんて言葉が当てはまるとはとても思えませんでしたよ」
「『猫の子の子猫、試に遭うては之を退け、やがては成りて眼(まなこ)に神の光、雄々しく気高い白き虎に転ず。 曰く、神虎也』と申します。 意味は御自身でお調べなされ」
「えぇー、そこまで言うなら教えてくれてもいいじゃないですか」
 情報を小出しにする十面大師に批難の声で答えるセイラン。 界門通関司の詰所でよくある光景が、そこにはあった。

  • シリーズの核になるキャラ同士の邂逅というだけでもわくわくする。本格的な地球異世界外交も思わず胸が震えた -- (とっしー) 2013-04-11 22:18:55
  • セイランも年頃相応に小さい可愛いものには興味がある? 一緒に町を歩く時にテンコウはどんなサイズになっているんだろう -- (名無しさん) 2014-03-07 23:17:59
  • アヤシイもの売りなどはファンタジーの華みたいな感じもしますね。セイランと子大黒白のツーショットを想像して思わず和みました。性質の違うセイランとディエルの合わせ技がしっくり馴染んでいて良かったですね -- (名無しさん) 2016-06-05 20:11:21
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最終更新:2013年04月11日 02:04