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【とある辺境でのいくさ】

長かった冬もようやく終わりを迎え、ミズハミシマ北部の地であるウオツカ村の雪も融け出した。
ウオツカ村は貧しい村だ。
土地は痩せ、ろくな作物も採れない。
50年前には餓死者も出た。若い娘の身売りだってあった。
この地方の領主であるギムレイ公は年貢率を引き下げたが、それで事足りぬほどの貧しさだった。
50年たっても村は貧しいままであった。
村人は最近になって、禁漁区であるウオツカ岬での漁を始めた。
数百年前から神社を建て、『ウオツカさま』を奉っていた土地だ。
そこで漁をする。たたりがある事も知っていてなおだ。
そうでなくては生きてはいけないから。
『ウオツカさま』とは、神社の裏手にある奇妙な岩の事だ。
まるで赤子が伏せているような形をしている事から
「伏せ赤子さま」とも呼ばれている奇岩だ。
手にも足にも指が見当たらなく、顔にも目鼻は見当たらない。
それでも数百年に渡って『ウオツカさま』はこの地の守り神であり、
村人は困った時にはここに集まるように先祖代代言い伝えられてきた。

ギムレイ公の三女であるシェシュンがその土地を訪れたのは、そんな時期の事だった。
歳の頃は14ほど。ギムレイ公6人の子供の末娘である。
お供には、なんだか頼りない少年と竜馬一頭。
シェシュンは、餓死者の墓が延々と連なる道を歩みながら、ふとつぶやいた。
「こうまで痩せた土地だとは思ってもみなかった。
 私は、流れ星の欠片を見に来ただけですのに・・・」
シェシュンのすぐ後ろについて歩いている少年が、連れ歩く竜馬の手綱を扱いあぐねながら答える。
頼りなく見えるのは、この少年の柔和な顔立ちのせいであろう。
「だから私どもはお連れしたくなかったのです。
 姫にはこの惨状をお知らせしたくありませんでした。
 それより姫、どうか竜馬にお乗り下さい。
 道中いつまで歩くおつもりなのですか」
シェシュンはその答えに苛つきを覚えた。
いつだってこの男は、自分に半端に優しい態度をとる。
「また私に隠し事?いい加減にして。
 父様も母様も、兄様に姉様も、それにお前までも私をのけ者にして。
 この世の中には不思議な事がいっぱいあるのに。
 ナーダの怪魚もグフウの大入道も見に行きたいって言っても、一度だって連れて行ってくれた事があって?
 ならばせめて、星の欠片くらい見に行ってもバチはあたらないでしょう。
 違うかしら。オウケン?」
オウケンと呼ばれた少年はビクリとして身構えた。
ギムレイ公の末娘であるかどうかの前に、赤鬼族であるシェシュンの凛とした気風に気後れする。
平凡な青鬼である自分との差を見せつけられる気がするのだ。
「危険な場所に姫をお連れする訳にはまいりません」
「この戦国の世、どこだって危険な場所よ。
 それよりオウケン。あなた自分の母様の生まれた土地を危険な場所なんて言っちゃ駄目じゃない。
 それに、しょっちゅう里帰りしてるんでしょ。
 それを知っての道案内なんだから、シャキっとして。
 星の欠片の降った場所、そろそろじゃない?」
「ええ・・・」
母の出自はウオツカ村ではあるが、ウスリ・オウケンはれっきとした士族の家系である。
それも、おそらく成人後にはギムレイ家最強の武装集団『入洛隊』に配属されるであろう家柄である。
入洛とは古代において帝都入りを表す言葉であった。つまり入洛隊とは、帝都進撃への主力部隊である。
もっとも、辺境の地で都を望めぬギムレイ公の、精一杯の強がりであるのかもしれない。
入洛隊には、ギムレイ家旗揚げ当初の家々の子が配属される。
生粋の旗本衆である。
それでもオウケンは、しばらくは入洛隊には入隊しないであろう。
彼は『シェシュンを守る事』こそ、自分の士道であると信じているからだ。

数分後、シェシュン達は昨夜流れ落ちたらしい星の欠片の落下地点へとたどりついた。
「オウケン、あれ見て。あれって星の欠片じゃないかしら?」
シェシュンが声をはりあげる。視線の先には、何か巨大な物が落ちたような跡があった。
だが、星の欠片らしきものはまったく見当たらない。
シェシュンが言うのは、あの中心部の焼け焦げたような跡だろう。
「そのように見えなくもありませんが・・・」
オウケンは答えあぐねた。
それよりも気になるものがある。あれは何だ。
まるで、巨大な人の足跡じゃないか。
ザワザワと悪寒が走る。こんなものは生まれて初めて見た。
足跡はどこへ向かっている。あの方向は。
ウオツカ村に向かっている!?
「姫!何か嫌な予感がいたします!城に引き返しましょう!
 あの足跡のようなものは、尋常なモノではありません!」
オウケンは思わず声を荒げてシェシュンの方へ振りかえる。
シェシュンはすっかり呆けていた。目線が泳いでいる。
「オウケン・・・あれ・・・」
はっとしてオウケンはシェシュンの目線を追う。
火の手があがっている。耳をつんざくような悲鳴。爆音。雷光。
何者かが、村でいくさを始めている。
「星の欠片の正体・・・か」
彼らの見たもの。
それは、身の丈が人の数倍に及ぼうかという、黒塗りの化け物であった。
全身が黒漆のごとくに艶やかで、赤色の単眼を光らせ、雷光を吐き散らしながら、村を踏みにじっていく。
その度に全ては吹き飛ばされ、あるいは消し炭になっていく。
人も、家畜も、家屋も、何もかもが。
「オウケン・・・あれ・・・何?なんなの?
 あんなものが・・・この世にいて・・・いいの?」
シェシュンは混乱の境地にあった。
既にまともな判断がくだせる状況ではない。
駄目だ。城まで逃げおおせるようには考えられない。
「姫!竜馬にお乗りください!ウオツカ神社まで逃がれますゆえ!
 あそこには守り神が奉られています。
 あれが妖怪変化ならば、そこまでは追っては来られません
 さあ!早く!」
「オウケン・・・わかった。逃げよう」
オウケンはシェシュンを自分の前に抱きかかえ、竜馬を走らせた。
彼とて本心から『ウオツカさま』を信じている訳ではない。
地形的に、ウオツカ岬周辺は逃げ隠れ易いだけの事だ。
だが、あんな化け物が現実にいるとなると。
無意識に竜馬をはやらせる。
目指すは、ウオツカ神社。

神社には既に、大勢の村人が逃げ込んできていた。
その中には重傷を負った者もいた。既に息絶えた者もいるだろう。
「酷い・・・なんてこと」
シェシュンは思わず顔をしかめる。それほどの惨状だ。
周囲をグルリと見渡す。神社の前には、祭壇が作られていた。
二人に気付いたのか、初老の男が声をかけてきた。
彼はオウケンの母方の祖父だ。
「おお。オウケンじゃないか。お前、よりにもよってこんな時に里帰りしたのかぁ」
「爺さん、無事だったんだ。良かった。ばあちゃんは?」
「駄目だったよ。バケモンに踏み潰されちまった。
 おい、オウケン。ありゃあ一体何だ?本当にバケモンなのか?
 村の連中はタタリだって言うてビビっちまってる。
 ウオツカ岬の禁漁をやぶったタタリじゃってなぁ」
「タタリだって?
 いくらタタリだって人を踏みにじっていい道理などあるものか。
 それであんな祭壇を組んでいるのか」
その時だった。
雷光をばらまき続けた化け物は、ついにウオツカ神社へとその矛先を向けた。
爆音。爆風。まるで天地がバラバラになったような衝撃。
オウケンは一瞬気を失い、すぐさま我を取り戻した。
平衡感覚が失われている。まっすぐ立っていられない。
落ち着け。何が一番大切なんだ?
「シェシュン!?どこだ!?姫様!?」
血相を変えて主人を探す。周りは瓦礫と死体の山。
頭上には・・・
「ここだよ・・・私は大丈夫」
足元から声がした。すぐさま瓦礫をよける。
そこには、シェシュンがいた。
幸いにも、あまり怪我はしていないようだ。
「ねえ、オウケン。あなた、神様って信じる?」
「なにをのんきな事をおっしゃるか。
 でも、あなたの命が無事だったのですから、本気で信じてもいいかと思っております」
自然、涙声になっていた。
「そうじゃなくて。あのね、神様が私達を守ってくれたんだよ。
 ほら、オウケンの頭の上。何が見える?」
頭の上。
そこには、巨大な人影が覆いかぶさっていた。
「ウオツカ・・・さま・・・」
オウケンは絶句した。
ゴツゴツとした岩肌は剥がれ落ち、真白くツルリとした表面ではあったが、それは紛れも無くウオツカさまだった。
ウオツカさまが、守ってくれた。
「オウケン、あのね。声が聞こえたんだよ。ウオツカさまがね。
 私の腹におさまれって。
 ほら、ウオツカさまのお腹のあたりに四角い孔があいているでしょ?
 オウケンにあそこに行けって声が聞こえたんだよ」
「姫様。それ以上話さないでください。傷にさわりますゆえ。
 オウケンはこれより、ウオツカさまの腹へと向かいます。
 何だか全然意味がわかりませんが、それはきっとお告げです。
 ウオツカさまが、きっと私達にちからを貸してくれるのです」
「うん。行きなさい、オウケン。
 入洛隊の責務を果してきなさい」
「はい!」

オウケンは走った。全力で走った。
「ウオツカさまの腹の中にこんな部屋があるなんて。
 ここに来て、一体なにがあるっていうんだ」
オウケンが部屋に足を踏み入れた瞬間、部屋全体が明るくなった。
同時に、部屋の隅から真っ黒な布地がシュルリと伸び、オウケンの足元からベッタリと体に貼りついていく。
その不快な感触にオウケンは顔をしかめる。
「なんだよこれ!?俺はウオツカさまに食われるってのかよぉ!」
布地がオウケンの全身を包んだ時、壁面に外の風景が映しだされた。
それはまるで、巨大な瞳で見た風景のようであった。
「なん・・・だ?」
指先を動かす。動く。
右腕を振り上げてみる。動く。
「食われた訳じゃないのか」
右腕?外の風景に、ウオツカさまの右腕が見える。
自由に・・・動く。
そういう事か。
「俺は、ウオツカさまになったって事か。
 こんなでかいものが動くなんて信じがたいけど、
 でも、あの化け物を殺すには、これくらい必要だな。
 姫様!オウケン、行きます!」
聞こえるはずは無いと知りつつも、オウケンは声を張り上げた。

ウオツカさまはオウケンの思うがままに動いた。
オウケンは神像を思いっきりの速度で走らせた。
畑は飛び散り、ため池は吹きとぶ惨事を巻き起こしたが、彼はそれに気づかなかった。
やがて、目の前の壁に、黒塗りの化け物が大写しに見えてきた。
「何か武器は無いのか・・・殴りつけるしか・・・ないか」
オウケンは黒塗りの化け物の頭部を殴りつけた。
ゴズンッと鈍い音がして化け物の頭部が吹き飛ぶが、それはどうも鋼で出来た巨大な兜のようであった。
中身は、サイクロプスだ。終焉樹が生み出した、破滅の巨人だ。
なぜミズハミシマの辺境に、こんな者が入り込んでいるのだ。
オウケンは無我夢中で殴りつづけた。
ウオツカさまの右拳が、何度も何度もサイクロプスの顔面に打ち込まれる。
「るおおおぉん」
サイクロプスは怒りで我を忘れたかのように、ウオツカさまに組み付いてきた。
オウケンは本能的に、彼の一族に伝わる体術でそれを捌いた。
腕を内側から外側にはじき出し、突っ込んできた右足を自分の右腕ですくい上げ、
身をかがめて下半身へと組み付き、巻き上げるようにしてサイクロプスの体勢を崩す。
青鬼の体術『龍殺し、渦潮』である。
オウケンは間髪を入れずにサイクロプスの首を裸絞めに行く。
いくら破滅の化け物であろうと、生き物は生き物。
首を絞められ生きていられる訳もなかろう。オウケンはそう踏んだのだ。
ウオツカさまの両腕が器用にサイクロプスの首に巻きつく。
青鬼の体術『龍殺し、眠り絞め』と呼ばれる技である。
しばらくサイクロプスも抵抗をしていたが、次第にその力も弱まり息の根が止まった。
「やった・・・」
そうつぶやくと、オウケンの意識もまた遠ざかっていった。

オウケンが目を覚ましたのは、それか三日も経ってからであった。
最初に見たのは、涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしたシェシュンの顔であった。
ほとんど寝ずに看病し続けたのだと言う。
戦いの後でウオツカさまの腹から吐き出されたオウケンは、まるで半分ほど命を持って行かれたかのようだったという。
結局、村には何故ウオツカさまが動いたのか説明できる者はいなかったし、当然ウオツカさまが何なのかを知る者もいなかった。
ギムレイ公の旗下にもこれを知る者がいなく、中央政府にこれを知らせたがる者もまた居なかった。
よって、何故にサイクロプスがこの村を襲撃したのかも、また謎となってしまったのだ。
しかしオウケンは思う。
もしも、もしも今後ウオツカさまを使いこなす事が出来たならば、この村が貧しい元凶たるあの魔獣。
海の幸をことごとく食い散らかすあの大海獣を倒すことがあたうるのではないか。
そんな事を夢想するのであった。


スレより
『孤島に流れ着いた鉄巨人が原住民に守り神として崇められたり生贄捧げられたり
 亜竜だの大海獣とプロレスしたりする系の話を頼みたい』


  • 時系列に置くといつ頃の話なのだろうか?鬼と鱗人の戦乱の前のことなのかとかいろいろ考えてしまう -- (名無しさん) 2013-04-22 13:38:32
  • おおう、王道だなあ。 -- (名無しさん) 2013-04-24 18:39:21
  • 確かに時系列とどこの国の話なのかが気になった。村や地形などはよくできていた上に多彩な人物が登場したので彩りは華やか -- (としあき) 2013-04-25 18:00:14
  • スレのお題から作られたSSなので色んな美味しいとこを混ぜているのでは -- (名無しさん) 2013-04-28 12:02:33
  • RX-UOTUKA!!異世界のミズハミシマの雰囲気ちゃんと出ててそういうのもありそう!と思わせる読ませる作品だ -- (名無しさん) 2016-07-02 09:38:09
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最終更新:2014年08月31日 02:03