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【液状情状】

 寒風吹きすさぶ城壁の上で、薄着の女性に出会った。
 場違いな衣装だが、異物感はない。
 有るべき場所にいるという、様子だ。
 年の頃は俺と大差ないだろう。
 肌の色が異常だ。おそらく人間ではない。
 どんな種類の亜人なのか、あとでトルネルドに尋ねてみよう。 

「ここで何してるの?キミ?」
「ここでは なにも していない」
 こちらには一瞥もくれないまま、彼女は答えた。
 瞳は、城壁から見える未踏の地だけを写している。
「もしかしてずっと監視を?」
「ずっと かんしを していた」
「未踏地を、見てた?」
「みとうちを みていたわ」
「そう」
「そうよ」
 会話は、それで終わった。
 彼女の方から話し掛けてくることはなく、俺もそれ以上話そうとは思わなかった。
 新天地にゆっくりと日が沈んでいく様子を、彼女と俺の二人きりで眺めていた。

 城壁での監視の仕事は、港の作業員に割り振られた義務だ。月に二日、その仕事が回ってくる(らしい。トルネルドから教わった)
 城壁の最上階で彼女と出会ったのは、初めて監視の仕事を請け負ったときのことだった。

「おはよう」
「おはよう」
 監視の仕事。二日目。
 相変わらず、彼女は最上階にいた。
 食事や睡眠を必要としない種族なのかもしれない。
 彼女の生態が気になっても、直接尋ねることはない。
 この地で生きるものたちが定めた、それがルールだった。
「昨日から、ずっとここで見張りをしてるのか?」
「きのうから ずっとここで みはりをしている」
「大変だな。」
「たいへん だわ」
 オウム返しの返答だが、素っ気なさはなかった。
 彼女のふわふわとした佇まいのせいかもしれない。
 よく見れば、かなり好みの外見をしている。
 なにより、声が良い。寡黙で、必要以上の言葉を話さないのも、俺の琴線に触れる。
「名前は?」
「なまえ」
「名前がないのか?」
「なまえが ないの」
 名前がない、のか。
「だったら、俺が名前をあげよう。名前がないのは、不便だからな」
「あなたから なまえを もらう。なまえ ない、ふべん」
 了承されたが、肝心の名前の方を用意していなかった。

 連想するのは、異国の華。
 雨をまとうその華が、陰気な空気に咲く彼女の存在と合致した。

「ハイドレンジアだな」
「ハイドレンジア」
「君の名前だよ」
「わたしの なまえ」
「気に入ったかな?」
「きに いった」

 ハイドレンジアと知り合ったことを除けば、 監視の任務は、大した事件も起きずに終わった。
 なんせ見目麗しい女性の存在が、貴重な街だ。
 俺にとっては、幾日かぶりの黄色い時間だった。
 港へと運ぶ足が、いつもよりも軽く、浮かれていることに気が付いた。

「今、戻ったよ。トルネルド」
「ガリィ。監視から戻ったのか。何も無かったようだなァ」
 にやにやと、トルネルドは笑いながら茶化してきた。
「そうだな。俺は結構なラッキーボーイだよ」
「なんだァ?なんかいいことであったのかよぉ~~~~~~?」
「実は、結構“好み”な女性と知り合いになってね」
 そして、この二日間のことをトルネルドに話した。
 話し始めてから、トルネルドの剣幕が鋭くなる。
 嫉妬かと思ったが、そんな空気ではない。
「~~~~というのが、俺と彼女の出会いだよ」
「・・・あー。スゲー言い難いんだがよおおお?」
「城壁の最上階の、青色の肌の女で間違いねーんだな?」
「ああ」
「その女な・・・液状の擬態生物だ。スライムだわ。会話は出来なかったはずだぜ。出来たとしても、それはオウム返しの擬態行動だ」
「は?」
「監視の任務のときに、教えてもらわなかったのか?」
「なにを?」
 問いかけると、「マルコスのやつ、またサボりやがったなぁぁぁ?」とトルネルドが独りごちる。
 彼は申し訳なさそうに、馬の面を槍で掻かきながら、説明をする
「監視の任務は、スライムを使った『息“抜き”』も兼ねてるんだぜ。一日中監視を続けるだけの仕事なんて暇なもんだからってんで、皆のやる気を出すためのお人形が置かれてンだよ。可愛かっただろ?お前の好みの外見だっただろ?お前がいうハイドレンジアとやらはヨォ?そりゃ、そうだ」
 次にトルネルドが発する言葉を、容易に予想出来てしまった自分がいた。
「『慰安婦もどき』さ。この街じゃ女も高いからな。監視の任務にこじつけて、港の男どもに甘い一晩を上げるのさ」

 なんだ、そういうことだったのか
 わざわざ名前なんか付けて、損をした。

 せっかくなら、肉欲に溺れる一晩ってやつを、満喫しておきたかったものだ。
 あの声が、あの無表情が、どう歪むのか。単純に興味がある。

 あるいはそれが、ただの擬態行動なのだとしても・・・。


  • 出合った相手の理想とする姿に自然に変化しそうだスライム。肉食生物じゃなくてよかった -- (としあき) 2013-05-16 21:37:25
  • これが異世界のジョークグッズか…! -- (とっしー) 2013-05-19 20:47:47
  • うまくいけばお楽しみにありつける?でもスライムって溶かされたりしないん -- (名無しさん) 2014-11-18 22:10:19
  • 生物の幅広さでは異世界は地球の比ではないのかもしれませんね。作中のスライムは友好的というよりも他生物への興味や好奇心からのものと思いましたがそれこそがスライムの存在意義なのかも -- (名無しさん) 2016-09-18 17:15:39
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最終更新:2013年05月16日 21:35