広大な
ラ・ムール砂漠の中央やや西より、大河南部に咲く一輪の花。
誰が呼んだか「砂漠の幻《ディセト・カリマ》」。
様々な人や物が行き交うラ・ムールにあって、色欲や肉欲が行き交うことに特化した街。
数多い砂漠の村落・都市の中では新興の部類に属しながら、特殊な自治権を有する街。
国内外はおろか、世界の違いさえ越え来訪者を待ち受けるこの街は、世界全土を見ても異質な街の一つと言えよう。
そんな街に夜の帳がそろそろ降りようかという頃、この時を待っていたとばかりに多くの来客が街の四方八方から姿を見せるようになる。
その中に、猫人の男に狐人の女、それと性別不詳の熊人みたいな物体が追従する姿があった。
その猫人達は並み居る娼婦や男娼が繰り出す巧みな話術のみならず様々な招客術の悉くを聞き入れず、煌びやかな装束や館の意匠に目を繰れることもない。
さらには露店で売り出される貴品珍品禁制品を意に介することもなく、ただ一店のみを目指す。
果たして辿り着いたのは、砂漠の神秘の一つと同名となる「バラ・グラヴァ《砂薔薇》」という看板を掲げた、他の娼館に比して一際大きな館。
豪奢な門扉を開けると共に、薄暗い屋内を朧気に照らし出す怪しげな灯りに、軽微ながらもマタタビ臭を始めとする向精神作用のある匂いが出迎える。
門扉の開かれたベル音に導かれ、ほぼ全裸な装束のハーピーの少女が受付に立ち、三名様ご案内の準備を始める。
「ようこそいらっしゃいました。 今日のご利用は・・・三名様、で宜しいでしょうか?」
男性女性を問わず利用客が居れば、御一人様はもちろん男女の組も珍しくなく、男男の組や女女の組だって歓迎するのが店の方針。
受付嬢は性別不詳の熊人の「ヒトっぽくない」感にだけは違和感を覚えつつも仕事を始めるが、猫人の男が発した言葉に所作が止まる。
「ソッチの用立てはいいわ。 オレからの要求はただ一つ、ウチの自慢のツレよりイイ女がお宅に居るってんなら出してくれ。 大至急で」
正直に言えば、受付嬢はこの言葉にカチンと来ていた。
客の態度が傲慢なことがあるのは今に始まったことではないのでそれは良しとしよう。 そんなのでも大事な御客様だから。
だがしかし、ただの嫁自慢なら話は別だ。 完全に来店目的を履き違えている。 それは酒場が受け持つ領分だ。
それに、確かに「自慢の」と添えるだけはある端麗な容姿の女性を連れてはいるが、恐れ多くもこのディセト随一の娼館で「コレより上玉を出せ」と臆面もなく言い放つ態度が気に食わない。
まだまだ末席からちょっと抜け出て客が目にする場に立てるようになったばかりとは言え自分もこの娼館で働く身
まるでこの娼館の先輩方、ひいてはこのディセトを軽視するかのようにも聞こえる台詞には腹が立つ。
さらに言えば、一緒に連れてきてる白黒の熊人みたい物体が何なのか、全く理解出来ない。 アレ凄い胡散臭い。 目に生気が全く感じられない。
あの見てくれで背中にデカい斧を剥き身で背負ってるあたりも理解出来ない。
なので、
「畏まりました。 それでは暫く御待ち頂けますでしょうか」
そう言って受付嬢は裏方に入り、交代役に入口の客は放置でいい旨を伝えて少し早目の休憩時間に入ることにした。
それから半刻ほど過ぎたころ。
館内警備を担当するダークエルフの女性が休憩室に入るなり、先の受付嬢に問いかける。
「入口に待たせている三人組、あれは何だ。 というかあの白黒の熊人みたい物体は何だ? 何と言うか物凄い威圧感というか不安感を煽る面構えだが」
「あ、ソレ聞きます? 聞いちゃいます? というか聞いて下さいよ~!」
思い出したらまたむかっ腹が立ってきた、とばかりに受付嬢は警備に先の次第を伝えたところ、警備は何やら思案顔になる。
「どうかしたんですか?」
「ああ、いや・・・10、20・・・いや、もっと前か。 随分前にもそんな話があったような気がしてな。 何かが引っかかる・・・よし、確認してこよう」
そう言うなり警備のダークエルフは裏方のさらに奥へと向かう。
「はぁ~あ、休憩も終わりか~。 結局何だったんだろアレ」
本来三人シフトだったのだが、その一人が御客に見初められ初の御出迎役を担う事となり予定より早く回ってきた休憩明けを愚痴りつつ、受付嬢がとことこ歩いて持ち場に向かう。
すると、その横を先程の警備に連れられて
「さっきはどーも」
と猫人男性と狐人女性、それにどこから出てきたのか白黒の丸まった毛皮を背負った死徒の女性が裏方へ入っていく。
「・・・え? どゆこと?」
受付嬢はその後もひたすら、二つの疑問を前にハテナマークを頭上に掲げっぱなしで過ごすのであった。
「済まないね。 ウチの新人に躾が行き届いてなくて、手間を取らせたようだ」
「男をどれだけ待たせておけるかが女の甲斐性、女をどれだけ待っていられるかが男の甲斐性。 それを弁えるのが、ディセトの礼儀だろ?」
「今度のも理解が早くて助かるね。 ふむ、成程・・・先代に負けず劣らず、ウチに引き抜きたくなる良い嫁御を連れている」
「どうよ、最高の女だろ? もう二人は砂漠行軍にもこの変な匂いにも耐えられそうもないから、ウチに置いてきたけどな」
「その一切の臆面のない嫁自慢ぶりも先代そっくりだ。 それとも猫人の男は誰彼そういうものか? まぁいい。 それで、こんな娼館風情に何の用だい。 嫁御と遊びに来たわけじゃなかろう?」
「政務官が珍しく、『ディセトの収支書簡が取れずに30年も過ぎたから、そろそろ何とかならんか』って泣きついて来たんで、先代からの引継文書を見て来たんだが」
「直々の参上でなきゃ書簡は出さないって決まりに合意した、昔のキングに文句を言いな・・・ほら、先代が来なくなってから昨年まで30年ちょっと分の、この街の収支書簡だ。 持っていきな」
「・・・あいよ、確かに。 にしても、あの合言葉はどうなんよ? 事実とは言え、受付の子、プロ根性で顔には出てなかったけど、こめかみピクつかせてたぞ」
「ウチの子達は皆、仕事に誇りを持ってるからね。 どういう形であれ、そこを逆撫でする様な台詞を堂々を吐くようなムカツク男が来たって話は私の所まで必ず回ってくる。 問題ないだろう?」
「俺としては、できるだけ穏便に済ませたいんだがなぁ」
「恐れ多くも
世界樹の天辺を覗いたり、延国一の大怪物を皮剥ぎする為だけに平然と狩り殺すような男が、随分と肝の小さい事を言うもんだね」
「流石、耳の早いことで」
ダークエルフの女と猫人男性は軽く笑い合った後も、引き続き不真面目なようで真面目な話を続けるのであった。
- 娼館の名前「バラ・グラヴァ」については、確認した範囲で名称未設定と判断したんでこちらで命名したが、他の名が提案済みだったり妙案があったり、まだ無い方がいいというのなら教えて欲しい。すぐに差し替えるからな。 ちなみに、バラ=薔薇ではないぞ -- (助手) 2013-05-17 05:06:34
- 狐人嫁は今回初登場? さすが王様相変わらずモテモテですね爆ぜろ 試練旅で何回か爆ぜてそうだけどワンモア爆ぜろ -- (名無しさん) 2013-05-17 12:21:08
- 一体何人の嫁と契ることになるんだ?ネネ いいんちょ ミーナ チカ まではわかるんだが・・・まさか狐人ってセイランじゃないよな!? -- (名無しさん) 2013-05-17 19:41:44
- ラ・ムールは一夫多妻だったんです?? -- (名無しさん) 2013-05-18 19:28:05
- 一番重要なのは当の本人が誰を最も愛しているかではないかと -- (とっしー) 2013-05-19 20:46:13
- 合言葉と分からなかったら売り言葉になってしまうじゃないですかこれ!? 店の領分と意地が垣間見えた。 ディセトの娼館は色んな呼び名がある? -- (名無しさん) 2013-07-13 21:41:12
- いきなりの突拍子もない行動が面白い未来王一行です。昔の取り決めもさることながら何故その合言葉に決まったかの経緯も気になりました -- (名無しさん) 2016-09-18 18:37:32
最終更新:2013年05月17日 04:50