今は昔、大延国の中央に横たわる連山の南端程近くに、小さな村落があった。
何に追われるでもなく、悠悠自適な生活を村民それぞれが謳歌する、ごく普通の村落であった。
その村落に、珍しい猫人の男児が居た。名をセオフィと言う。
狸人と狐人の夫婦が南南都へ作物を売りに行く帰りに捨て子であるのを見つけ、見かねて連れ帰ってきた子であった。
夫婦には長年子が無く、それはそれはたいそう可愛がって育てていたのだが、少々困ったことがあった。
左の眼が潰れて見えないというのは察していたことであったが、物心付くようになった子が言うには、天然自然のどこにでもいる精霊の姿が見えないのだという。
また、誰も居ない所に話しかけていることがあったそうな。
その男児は、村の守護にして地主たる仙人に師事していた。
目の不自由と精霊使役が出来ない不便を補い、村人の役に立てるようになりたいとの願いを聞き届けてより、仙人は男児に体作りから仙術まで、段階を踏んで少しずつ教え進めていた。
筋は悪くなかったようで、16の頃には見習いである道士の位階の修練を終え、一人前の仙人となるため見識を広め、一般的には識仙と武仙のどちらに進むかを決めることになる、導師の位階へと踏み出していた。
師の指示に従い、村を離れ世界へ見識を広げるための行脚へ出向くという、導師にとって最初の修行に赴く日の前日。
塞王警護の任を放棄し、野盗崩れと化した者たちが、村へ強奪の襲撃をかけてきた。
村には火が放たれ、村人達が逃げ惑う中、仙人と男児は仙術を以てこれに抗い、野盗へと立ち向かう。
しかして野盗も一応は元塞王警護、相応の力量は持ち合わせており、畑仕事しか知らぬ男達や、老いた識仙にその見習いに毛が生えた程度の弟子では、抗しきれるものではなかった。
村の者たちが争う意思を失っていき、野盗に屈しようとしていた、果たしてそのとき。
溢れるばかりの仙気を咆哮と共に吐き出した男児は、やおら立ち上がり、両の眼で野盗の悉くを視線で射抜き、瞬く間に野盗を打ち倒してしまった。
初めて開かれた左の眼は、輝くばかりに煌めいていたという。
それよりひと月の後、村の復興のため先送りにしていた行脚へ男児は向かう。
その旅程は、事あるごとに試に見舞われた。 時には武、時には識を問われ、内容も簡易なものから時には生死を賭ける物まで様々であった。
同時に、その旅は延国に住まう数多くの人々との交流も育んだ。 世話になった人々はもちろんのこと、文人武人、善人悪人、果てには仙人悪仙に至るまで、時には言葉を交わし、時には拳を交わしすこともあった。
彼の知己には今尚名高き剣聖皇帝も含まれ、羅国と延国との交流がより親密なものとなったのも、この交流が礎となったのではないかと言われている。
だが、修行のため全国行脚していた史実が残る剣聖皇帝と都合よく重ねているだけではないかともされ、真偽は定かではない。
5年の長きに渡った行脚も、塞王を越え南南都へ迫ろうとしていた破滅獣「大犀鎧《ヴァケシニダ》」の討伐を以て終結とし、故郷へ帰った。
そのときの彼は、修行を始めたばかりの頃の猫人らしい幼さは僅かに面影に残しつつ、虎人青年のように逞しく成長し、ややくすんでいた全身の毛は鮮やかな白へと生え変わっていた。
そして、行脚への出立前日に初めて開いた左の眼は、今やまるで、晴天の太陽がそこに宿るかの如くに輝いていた。
帰還した弟子の想像だにせぬ成長と変化を見た師は、知己の仙人へ宛てた書簡に次のように綴ったという。
猫の子の子猫、試に遭うては之を退け、やがては成りて眼(まなこ)に神の光、雄々しく気高い白き虎に転ず。 曰く、神虎也。
師は彼に、延国を発ち天啓と神命の待つ羅国王都を目指すように進めた。
彼は師の言葉に従い、海を越え、砂漠を渡り、羅国王都へ辿り着いたという。
「・・・つまり『神虎』というのは、
ラ・ムールの王様のことだったんですね」
「左様。 大延国で白鶯老に師事し仙術を学び、大甲虫に乗り砂漠を渡ったとされる『虎神王』セオフィ=カー・ラ・ムールを指すのが第一義ですが、転じてラ・ムール王そのものを指す言葉として定着しております」
「そうだったんですね・・・って、ことは?」
故事覚書から顔を上げた吉風公主セイランに対し、
「国事でお会いすることも、後々あるやも知れませぬな」
と、目付役である十面大師は答えたのであった。
- 読んでてカー宣伝のためのプロモ物語かと思ったよ! -- (名無しさん) 2013-05-23 15:02:52
- 生まれてすぐに試練ゲートで飛ばされたのではと思った…。王となる者はやはり王の道を歩むのか -- (名無しさん) 2013-05-24 03:09:35
- スペクタルちっくに塞王近辺を広げてて想像が膨らむな -- (とっしー) 2013-05-26 18:33:38
- 王の資質の顕現!本人には厳しいと思える環境も読む側からはなんと恵まれたものかとも -- (名無しさん) 2014-02-11 23:10:16
- カーの宿命を背負った子が眼を開く前に孤児になっていたということでしょうか。ラーの力が土地ではなく人に対して作用し試練を起こしやがてカーとなったというのは面白い伝承でした -- (名無しさん) 2016-10-16 19:52:43
最終更新:2013年05月23日 00:53