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【山師】

 男は山師だった。
 山師は山の声を聞く。大地の言葉に耳を澄まし、精霊達の沈黙から意味を読み取る。臓物を探るように鉱脈に手を伸ばし、鉱石を注意深く掴み取りながら精霊の機嫌を取り結ぶ。山師は賢者であり、外科医であり、詐欺師でもなければならなかった。
 国中が鉱山といってよいクレスベルグで、男は山師を志し、そして拒絶された。男には決定的な何かが欠けているというのが理由だった。
 大地の精霊を操る技において男に並ぶものはなく、故に男は周囲の無理解を嘆き、最後には国を捨てた。故郷を離れ、新天地で夢を追うつもりだった。
 折しも新天地では政情が安定し、鉱脈の探索ラッシュが始まっていた。男は新天地に降り立ち、己の技を存分に振るった。
 男は成功を収めた。
 男が指差せば、そこには鉱脈が見つかった。最上質の鉱石をどれほど運び出しても、山は機嫌を損ねなかった。大地の精霊達は男の前に金属と宝石とを積み上げ、男はそれらを気前よく人々に投げ与えた。人々は男の周りに群れ集まってこれを賛美し、いつしか巨人と呼ぶようになった。ドワーフの中でもひときわ背の低かった男は、この呼び名に歪んだ満足を覚えた。
 男と山との蜜月は、終わりがないように思われた。


 あるとき、男は一つのミスリル鉱脈を探り当て、自ら試掘に赴いた。いともたやすく鉱脈にたどり着いた男は、これまで見た事もないほど純度の高い鉱脈を見出した。精錬の必要すらないほどの純塊が、岩の中に埋め込まれているのがわかった。男はこれを掘り出し、すぐさま現地の精霊に呼びかけた。
 奇妙な事に、精霊は男に応えなかった。
 男は不審に思いながらも、高純度ミスリルの輝きが、正常な判断力を奪いさっていた。
 街に帰った男は人を呼び寄せ、鉱山を開くため戻ってきた。採掘はこれまでになく難航した。大地は口を閉ざし、協力しようとはしなかった。崩落やガスで多くの人命が失われた。まるで山が男を拒んでさえいるかのようだった。
 しかし男は諦めなかった。ひるむ人足たちに金をばら撒き、甘言を弄して大勢の人々を鉱山へと送り込んだ。あの時見たミスリルを運び出すためなら、男は手段を選ばないつもりだった。この鉱脈を開発する事こそが、己の山師としての最大の仕事だと信じていた。
 だが、犠牲者の数が際限なく増えるにつれて、男の理解者は減っていった。
 どれほど高値を積んでも鉱夫が捕まらなくなり、スポンサーも逃げ出し、巨人ではなく狂人と呼ばれるようになっても、男は高山にこだわり続けた。貯えも底をつき、現場に一人取り残されてもなお、男は負けを認めなかった。男は気が狂っていた。
 現場近くに設けられた人足たちの墓を数えた後、どうにか持ちこたえている坑道を一人歩んで、男は最初のミスリル塊が見つかった区域に赴いた。
 奇妙な事に、他がどれだけ崩れようとも、この場所だけは埋もれる事がなかった。山からの贈り物だからだと、男は信じていた。この場所の存在こそが、男の正しさを証明していた。そのはずだった。
 男は声の限りを尽くして呼ばわり、ミスリル鉱石を掘らせてくれるよう精霊達に頼み込んだ。
 相変わらず、精霊達は応えようとはしなかった。沈黙からは何の意味も読み取れなかった。無言の圧力で男を押し包み、しかも何一つ伝えようとはしないのだ。
 流石の男も、これには信念を揺さぶられた。
 堅牢に心を鎧う自信に、ほんのわずかなヒビが入った。
 それで充分だった。男の中身が全て流れ出してしまうには、小さな穴一つで充分だった。
 男はくずおれ、虚脱状態に陥った。
 男が訴えることを止め、静かに死を選ぼうとしたその時、男の耳に、か細く、小さな声が届いた。
 男は顔を上げ、耳を澄ませた。大地がざわめいていた。低く、しかし確かに鳴動する坑道の中で、男は確かにその声を聞いた。
 空っぽになった男の心に、他の何かが満たされた。
 男はもはやためらわなかった。


 男は地上に戻り、人足たちの墓へと赴いた。大地に抱かれて安らかに眠る死者たちを、男は大地に捧げた。
 地面から、つぎつぎと手が突き出した。
 ヒトの死骸をよりどころとして、土の精霊達が形を取ったのだ。これまで男達を無視し、拒んできた精霊達は、ここにきて男にひれ伏していた。
 ものも言わず休みなく働く精霊達を指揮し、男は鉱脈を切り取って運び出した。
 そうして、ミスリルの塊が山のように積みあがった。
 運び出すに当たって、男には更なる考えがあった。男はミスリルに呼びかけ、ヒトの形を取るよう願った。鉱石そのものに行進させるのだ。男がクレスベルグにいたころから暖めていたアイディアだった。男は力の限りを尽くして、ミスリルに宿る精霊を説き伏せようとした。
 ミスリルは男を受け入れた。
 大地を断ち割って、まず拳が現れた。
 拳はミスリル塊を掴み取り、掌の中心にある口で噛み砕き、飲み込んだ。
 ついで何百もの腕が、刃のように透き通る羽が、目も耳もない頭が、ぎちぎちと鳴る虫のような顎が現れた。大地を這い回るゴミ虫のような巨人は、その全身がミスリルで作られていた。爪の一枚が、男の体ほどもあった。巨人が身じろぎするたびに、体表に密生する槍のような突起が地面をたやすく削り取り、深い溝を刻んだ。
 ここに至ってなお、男は自分が何を解き放ってしまったのかということに気が付いてはいなかった。
 喚起に打ち震える男に、巨人は頓着しなかった。膝を折る精霊達に咆哮で応えると、巨人は無造作に男を弾いた。
 男は死ななかった。大怪我を負いながらも街へと戻り、自らが解き放ったものについて警告しようとした。
 街はすでに滅ぼされていた。巨人はどこかへ消えうせ、その足取りは永遠に失われた。



 男は未だに彷徨っている。萎えた足を引きずり、舌の破れた口で、盲いてしまった目に焼きついた巨人の姿を語り続けている。
 老いさばらえ、死すべき時が来ても、男は死ななかった。あるいはこれこそが、巨人が男に与えた報いかもしれなかった。大地の精霊であることをはるかに越えた、もっと恐るべき何かからの贈り物だ。
 だが男の身に起きた奇跡は、誰の目にもとまる事はなかった。男を信じる者など誰もいない。男の言葉に耳を傾けるものなど、だれもいはしない。
 一方でミスリルの巨人については、いまや誰もが聞いた事のある御伽噺だ。全身がミスリルで出来た輝く巨人の伝説。巨人が悪を討ち、あるいは人々を滅ぼすかは、物語る者によってオパールのように輝きを変える。共通しているのは、巨人の体がこの上なく純度の高いミスリルで出来ているということだけだ。
 そんな巨人の物語を耳に入れるたびに、男の体には力が宿る。
 男は巨人のことを未だに諦めていない。巨人を追い詰め、打ち砕き、高純度ミスリルを掴み取るそのために、男は存在している。心の底から、そう信じている。
 なぜなら男は山師であり、巨人は彼の獲物だからだ。


終わり

 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。

  • なるほど山師だ! -- (名無しさん) 2013-07-07 19:54:23
  • 詐欺師という意味だけど他の意味でも取れた山師。これから巨人と呼ばれた男はどのような手段で巨人を手に入れようとするのか -- (名無しさん) 2013-07-09 23:43:36
  • 読む限りでは明確にミスリルの巨人が男に人を越えた力を与えたと見えた。己を知り広め続ける精神力を持つ者を求めていたんじゃないかな -- (名無しさん) 2013-07-11 23:36:50
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最終更新:2013年07月07日 18:27