【孤島の守り神】

物事は、何事も最初が肝心である。
してみると、与えられた役目につく前にけちがついてしまった「彼」は、まったくもって肝心の最初で蹴躓いてしまったことになるだろう。
発端は、「彼」を任地であるスラフ島へと移送していた船が、嵐に見舞われ難破したことにあった。
たまさか海図にもない孤島へと辿り着いたものの、座礁して大きく穴が開いてしまった輸送船は浸水でゆっくりと沈み始め、船員たちは泡を食って脱出していった。だが、運が悪い数名が水圧で閉ざされた船倉に取り残された。分厚い壁は壁向こうの水精霊に声を伝える術をなくし、もうあとは船倉ごと水底でぺしゃんこになるのを待つだけだった。
絶望にとらわれていく取り残され組の中で、ある一人が船倉に鎮座する「彼」の存在に気づいた。
「彼」はオーグ型鉄巨人試製弐号といった。
スラフ島で屍人どもを喰らい、それによる燃費の向上などのデータを取るための船旅だったのだが、この時点では彼の炉(はら)の中はすっからかんで、待機状態のわずかな種火だけが頼りなく揺れているようなありさま、とても動くどころの話ではなかった。
そんな彼を、生き残るための切り札と見出した船員が、結局のところ彼の運命を大きく変えた。
船員の名はナグラ。ドワーフの男性で、年齢は五十を少し越えた程度だった。
ナグラは他の船員に空いた木箱か樽につかまるよう伝えると、待機状態のオーグに起動を命じて、即座に炉(はら)に飛び込んだ。頼りなげだった種火は投入された待望の“薪”に喜びの唸りをあげ、瞬く間にナグラの血肉を焼き尽くした。
ナグラという薪を得て動き出したオーグは、船倉の壁をやすやすと突き破って船員たちの命を救った。
“自分一人の命を糧に、より多くを救うべし”
最初に炉(はら)に飛び込んだナグラの強い意志は、オーグの炉内にその後も色濃く残り続けた。
何事も最初が肝心である。

ナグラという尊い犠牲を出しながらも生き延びた船員たちは、無事孤島に上陸することができた。
内海は広く、秘密裏にスラフを目指していた彼らは通常の航路を大きく外れていた。ゆえに救助が来ることは考えにくく、船を仕立てて島を後にするにしても十分な蓄えと調査の時間が必要とされた。
先住者たちとの交渉も首尾よく進み、船を失った彼らは島に自らの住処を得て暮らし始めた。
さて、船もろとも一度は海に沈んだオーグだったが、沈没の翌朝に島の者たちが漁をしていると、巨体を揺らしのっしのっしと海岸に上陸する鉄巨人の姿があり大層驚かせたという。どうやら一晩かけて海底を歩いてきたようであった。無事上陸を果たしたオーグは踏み入った入り江の一角に陣取ると、やるべきことは終えたというように待機状態に入った。
知らせを受けて駆けつけた船員が点検を行ったが、懸念された機関部への浸水もないまったくの無傷であり、オーグは彼らをも驚かせた。
命の恩人を雨ざらしにするわけにもいかないので、オーグに助けられた船員たちはオーグの保守整備のため簡素な倉庫を建て、日々の仕事の合間に持ち回りで管理人を務めるようになった。
整備は勿論使える状態にしておくためのものであったが、人命を代価に動かすという特性がネックとなり、オーグが実際に使われることはないのが望ましいと誰もが思っていた。

そうして、飛ぶように三年が過ぎた。
日々の営みで馴染みとなった風精の証言と星神の導きで、最寄の陸地の方角はわかった。引き揚げた輸送船の残骸も流用することで急造にしては上出来といえる船が完成し、蓄えも十分に整った。
三年の間に島に愛着を持ち、島に残ることを選ぶ者。島を離れ、懇意の船員とともに新天地を目指すことを選ぶ島民。それぞれの苦悩と選択があり、やがて船出の時が来た。
オーグは彼らを見送る立場にあった。急造の船にオーグを載せるほどの余裕はなかったのだ。
島に残ることを選んだ整備員とともに離岸する船を倉庫の窓から見つめていたオーグだったが、不意にごうっと立ち上がった。何事かと驚く整備員をよそに、オーグは沈んだ船から回収され倉庫の片隅に置かれていた鉄巨人用の大太刀を掴みとり、咆哮とともに離れ行く船の方へと投げつけたのだ。
突然の暴挙に腰を抜かしてしまった整備員は、倉庫の壁を突き破り振り投げられた鉄の塊の行く末をただ見守るほかなかった。
そして見たのだ。荒ぶる鉄の車輪と化した大太刀が、船の進む方向に迫っていた大きな海竜の持ち上げた鎌首をとらえ断ち切るのを。
最初のわずかな起動から長く待機状態にあったオーグの炉(はら)で、ナグラの魂魄はいまだ燃え尽きることなく残っていたのである。その最後の残り火が生み出した挙動が、友たちの船出を助けたのだ。
投げた体勢のまま動きを止めたオーグに、整備員は深く感謝した。



  • 炉に取り込まれた命がオーグの行動パターンを決める?三年後にも再起動するってことはナグラの命はかなりの質量? -- (名無しさん) 2013-07-18 23:43:39
  • この物語では人を助ける方に動いているけど燃やされる命によってはどっちにも変化しそうだ -- (としあき) 2013-07-26 21:10:42
  • 炎になっても意志消えぬナグラの高潔な魂に思わず感涙しました。流れついた島で友好的に交流を持った船員たちも合わせて心に残る話です -- (名無しさん) 2016-11-27 16:09:18
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最終更新:2013年07月18日 23:17