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【constructor】

 初めて彼の絵を見たのは五年前だ。PCの壁紙を探していて、海外の投稿サイトで彼の絵に行き当たった。

 柱を描いたものだった。天まで伸びる大きなオベリスクが画面のほとんどを占め、背景は抽象的な模様で埋まっている。ほとんどの作品にはタイトルがついていなかった。区別するために数字を振っていることがたまにある程度だった。似たような絵がいくつも投稿されていた。柱は、彼お気に入りのモチーフのようだった。

 稚拙な絵だという人もいるかもしれない。事実、彼の絵には辛らつなコメントが寄せられていた。ほとんど代わり映えしない絵を多数投稿することで、神経質な人の注意をひきつけたようだった。そうしたコメントに一切反応していないこともまた、人々の怒りを煽ったようだった。一部では、ちょっとした有名人でさえあったようだ。

 それでも、私は彼の絵が気に入った。

 記されていた連絡先に、慣れない英語でメッセージを書いた。しばらくの間、私のメッセージは無視されていた。あるとき、メールに返信が来た。空のメールだった。メールを読んだという意思表示だと受け取って、また返事を書いた。だんだんと言葉を交わすようになるまでには、結構な時間を要したように思う。彼はなかなか自分の事を語ろうとはしなかった。こちらの話を聞いて、時折質問を返すだけだ。家族の事、仕事の事、取りとめもない日常の出来事。私が文面にさしはさむなんでもない事が、彼にはとても興味を引くようだった。外国人だからだろうと、その時は深く考えなかった。

 今の私は、半分しかあっていなかったことを知っている。



 始めのうちこそ悲鳴を上げていた私も、だんだんこの飛行を楽しむ余裕が出来てきた。

 ハーネスで体を固定し、甲虫の下にぶら下がって空を飛ぶ。要はパラセールと同じようなものだ。風景こそ代わり映えしないが、虫にぶら下がって移動するというのは、中々不思議な体験と言って差し支えない。甲虫ががなりたてていた歌のレパートリーも尽きたらしい今、風を切る以外の音といえば羽音ぐらいのものだ。

 そんな感想を述べると、グレッグは呆れたように目をぐるりと回した。一方で私たちを運んでいる甲虫のほうは、私の意見がいたくお気に召したようだった。

『いっそサービスとして固定化しません? 異世界にいらっしゃったお客人に空の旅をプレゼント。もうゲートそばのサイトも撤去終わったわけですし、これからは旅客輸送で儲ける時代って気がします』

「どうせすぐ新しいサイトが建つだろ。今回のお客さんが特別運が悪かっただけだ。お前は黙って飛べ」

『渾身のアイディアを禄に検討もせず却下ですか! こんな上司の元で働きたくない300の理由に新たな仲間をご案内! モチベーションって言葉知ってます? あなたが今破壊したものの名前ですよ、ご参考までに』

「モチベーションがあろうとなかろうと、その身体のリース料を払い終わるまでは働くのがお前の仕事だ」

『ぶーぶー! 僕だって好きでこの身体に収まってるわけじゃないのに! 業務上必要だからやってるんですー』

「だから業務を果たし終わるまではそのままでいろってことだ。黙って飛べ」

『うひゃあ、ひどい、本当にひどいですー』

 なんとも楽しそうなやり取りは、しかし半分も意味が分からない。グレッグに問うと怪訝そうな顔をされた。

「まだ効いてこないか?」

 そういって、私の胸元に下がった苔を指す。

「そいつがそろそろ色々と流し込んでくる頃合だと思うんだが」

『アカウントの取得に時間掛かってるんじゃないですか? 少なくともまだIDはお持ちじゃないみたいですし』

「そうだな。まあ、おいおい感じが分かるようになるまで待ってもらうのがいい。百聞は一見にしかずだ」

 グレッグは肩をすくめ、私は疑問を引込めた。

『業務連絡、業務連絡、当機はそろそろサイト《真理鉱山》に到着予定です。お座席のライトが点灯するまでは危険ですので、ベルトを締めてお待ちください』

「ライトなんかねえだろうが」

『一生懸命光りますよ。あ、なんか今にもちょうどいい生態発光組織のレシピがダウンロードできそうな気がしてきました』

「後にしろ」

 そんな軽口に耳を傾けていると、砂漠の向こうに建物が見えてきた。

 その正体が分かると、わたしは言葉を失った。



 サイト『真理鉱山』は先月に新しく出来たばかりの街だそうである。

 このあたりに発生したと思われる《レジスタ》の一つにアクセスするための拠点として、三つの《コンストラクタ》氏族が協力して作り上げた。噂を聞きつけて各地から乗り込んできた《デコーダ》や《インタプリタ》の氏族たちを統括するのは、グレッグも世話になっているアーマイトの女王。『ノード配置の最適化』をスローガンに掲げ、《ミリオンズネスト》事業にも出資するアーマイトたちは地球側とのトランザクション管理にも意欲を示しており、それがこの地域のただでさえ複雑な政治学に一つの彩を加えている――

「――何一つ分かりません、って顔だな」

 呆れたようなグレッグの言葉に、私はうなずくしかなかった。説明された内容が理解不能だったということももちろんあるが、元々上の空だったのだ。私はグレッグの話を聞いていなかった。

 私はひたすら、地面がどこにあるのかと探していた。

 私たちが降ろされたのは、途方もなく高い塔の頂上だった。

 まるで紙粘土で出来た高層ビルを、巨人の手がより合わせ、その上水をホースでかけて崩したかのようだった。でたらめに穴の開いた尖塔がいくつも伸び、無秩序に枝分かれしてお互いに絡み合っている。ところどころから張り出した通路や屋根の上を、小さな影がよぎっていくのが見える。瘤のように膨らんだ何かは、見ている間にもゆっくりながら移動しているのがわかる。どこかから流れ出した液体の滝が、空中に解けていく様がはっきりと目に入る。地表は遠すぎて見えない。信じられないほど高い。自分がまるで蟻になったように感じられる。土で出来た樹の樹冠に張り付いているような気分がしてくる。降ろされた場所は塔から張り出した円形の板で、甲虫も着陸できるほどに広いスペースとなっていたけれど、私は手すりもない縁までこわごわと寄っていかずにはいられなかった。

 紛れもない。私は今異世界にいる。

「あんまり興奮しなさんなよ」

 にやにや笑いのグレッグが肩をすくめた。

「ゲートそばのサイトが今も残ってりゃ、もうちょっと地球人向けな光景から入ってもらえたんだけどな。ここいらの奴らは人間の形もしてなけりゃ、心もあさっての方向に行ってるような奴ばっかりだからな。まあ、ないものねだりしてもしょうがない。おいお前、その身体は返しとけよ。延滞料金は払いたくない」

『こちらとしては、なんだかすごく別れがたいものを感じてるんですけど。買ってもらえません? もしくはリース期間無制限延長プランで』

「お前が払うならいいぞ」

『不当に支払いを強要されているネットの使用料に加えてですか。遅配どころかなかった事にされている気がする僕のお誕生日おめでとうボーナスと共にあなたが払うべきなのでは? 雇用者の義務果たすつもりないんですか。訴えてやる』

「とっとと行け」

『はあい。それじゃあお客さん、また会いましょうね。チャオ』

 手を振る私の前で甲虫は舞い上がり、塔の向こうに消えた。グレッグが再び肩をすくめた。

「じゃあ、うちの事務所にご案内して、それから今後の事について細かい打ち合わせと行きましょうか」

 がたん、と足元が揺らいだ。かがみこむ私を、グレッグは落ち着けと制した。かがみこんだグレッグがつるりと足元をなでると、地面がフルフルと震え、ゆっくりと私の腰の辺りまで伸び上がってきた。思わず掴むと、めり込んだ指が押し返される。かと思えば柔らかさはすぐに失われ、プラスチックのように固まった。手すりだ。

 手すりは私を押し返し、バランスを崩させた。だが私はしりもちをつく事はなかった。床からせりあがってきた椅子が、私の尻をうけとめていた。目もくらむような風景が、私の視界から消えうせて行った。床から立ち上がった薄い膜が何枚も折り重なり、堅固な壁を作り出した。土の色をしていた壁が、瞬く間に色合いを帯び、黒曜石のような質感を獲得した。絞りが開かれるようにして壁に穴が開き、水晶のように光り輝く薄片を通して光が差し込んできた。窓だ。

「ようこそ、うちの事務所へ」

 努めてなんでもないといわんばかりのすまし顔が、ぱっと笑み崩れた。

「といっても、インスタンスの一つだがね。だから殺風景なのは勘弁してもらうとしましょうか」

 彼が有能なガイドだということを、私は改めて理解した。



 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。

  • 二瓶作品好きなら思わずハッスルする話の展開!インスタント事務所のイメージはガウナだなぁ -- (名無しさん) 2013-08-14 18:31:16
  • グレッグのコロニー名はイーガンだろうか? -- (名無しさん) 2013-08-15 17:01:09
  • 自然体で異世界を理解し異世界を利用するグレッグのガイド力に感嘆ですね。何てことはない風の会話の流れの中にもマセバズークの特殊性がよく出ていると思います -- (名無しさん) 2017-01-15 17:59:15
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最終更新:2013年08月16日 00:18