「その時の光景は、今でも鮮明に思い出せるね。
信じられるかい?ビルほどもある海底資源採掘プラントが根元からごっそり宙に浮いて…
いや、“引っこ抜かれた”んだったな、あれは。暴恐たる“戦の神”にだ」
ロシア海軍対外作戦本部副長官から第一次異世界調査師団長を経て
ドニー・ドニー内ロシア大使館担当官となり…
「いや、“元”担当官さ。 私はもうあの国で十分な仕事をやっていける体力は無いのでね。
引き際を心得る者は若い後任に荒波の国を任せて帰ってきたというわけさ」
白髪も見上げるほどに後退した幾重にも塹壕が掘られた歴戦の額を、しげしげと中指で撫でる。
「この先?直に退役となるが…そうだね、出来る事ならもう一度、もう一度あの喧騒止まぬ港町の酒場で
豪放なる同志達と酒を酌み交わしたいものだね。 勿論二日酔いも込みでだ」
1991年 ロシア海軍の八割が大破全損。
対象“来訪者”は東シベリア海、瞬きを繰り返す光の塊の側にあった二基の海底資源採掘プラントのうちの一基を“拿捕”。
支柱の根元からプラントを引き抜き、光の大爆発と共に消失。
大爆発の跡、空中には光の塊は健在であり、残った一基のプラントのヘリポート最上段フロアを拡張し、そこまで延ばした。
1992年 決議決定から半年というスピード編成と承認を経て、光の塊の中へ調査師団が出発した。
“神の襲来と破壊”を直に体験し生還した中の最高位だった当時の副長官が責任者に任命された。
帰れる保証など一切ない未知の世界へ突撃した精鋭二千名。
ここから数年、彼らからの音信は一切途絶える事となる。
『異状と急務あれば直ちに報告せよ』という第一厳命を出した手前、何の報告も無い中での第二次調査団の派遣には、
どの機関もが賛成の意を提しなかったのだ。
「まさかあの様な高所に放り出されるとはな…」
「師団長!プラント支柱への着艦を確認しました! 後続も降下してきます!」
身も凍る冷海の上に漂うゴムボートの群れは、降下地点よりすぐ傍に聳える
斜塔よろしく斜めに傾いた採掘プラントの支柱に繋留している。
煌々と上空の光の渦から落ちて来る隊員達への“着水船を展開せよ”という照射信号。
「鋼鉄の甲板に叩き付けられるよりはマシだったのかも知れないが… 何とも珍妙な景色じゃないか」
荒波の中に打ち捨てられたプラントは外観こそ痛みが見受けられるが大きな破損箇所は無さそうだが、
海底に斜めに突き刺さっているのはいただけなかった。
海軍を壊滅に追い込んだことと言い、まざまざと異世界の神なる者の力を実感する皆。
師団の八割程が降下を済ませ、先陣が海上第一層への潜入のために上昇ロープの幾つかを備え終わった頃 ──
「…何だ? …あれは…鳥、か?」
パラシュートに抱かれ寒風に曝される中で目に入った、灰色の空より迫る複数の影。
「黒い凧にも見えっ ──
「ヤラレチョーーーフっ!?」
急加速した平たい影が双眼鏡を覗いていた頭部を捥ぎ浚った。
もし、この時代でステルス戦闘機がどこもかしこにもあるものになっていればそれに例えられたであろう。
次々と飛来するそれらは空中で身動きの取れない隊員を狩り千切ってゆく。
すぐさま小銃で迎え撃つ隊員もいたが、未知の世界での突如襲う未知の脅威に混乱し、命中は程遠い。
その内、パラシュートに突撃し包まれもがいているものが撃たれ落ちる。
幅広い二等辺三角形は黒くぬめった表皮に覆われ、目も鼻も無く頂角を切り裂き開く口だけがある。
乱雑に鋭利な歯が無数に並ぶ口を開閉しながら黒い血を吐き、やがて動かなくなった。
次々と降ってくる顔無しの遺体が狂騒を降ろすも、師団長は声を荒げ続け師団を速やかにプラントへ上昇避難させる。
降下部隊が消えると、絶やさぬ弾幕の向こうでロープを昇る隊員達へ狙いを変える目ざとい狩人。
もしもあれらの何匹かがロープを切ったのなら…師団はこの場で…!
案の定、飛来する群れ塊は完全に撃墜出来そうになく、最悪の事態が過ぎる。
繋留するゴムボート群を海下から突き破る水飛沫。諸共弾け飛ぶ隊員、三角形。
プラントを背景に宙に昇った水塊が、纏う海水を発散させて全容を露にする。
太くしなやかに、しかし強く激しくうねる桃色の軟体生物によく見受けられる触手。
宙から台風の如く回転しそこかしこ暴れ飛ぶ。
台風の目の様に触手渦の中心にあるのは円形で螺旋に生え並ぶ刃片の如き歯牙。
巻き込み触れる黒い三角形を黒い肉片と骨片に変えていく。
残った隊員は急ぎロープを昇っていくが、非情にも桃色台風は海上に向けて渦を向けた。
「師団長ッ!任務の成功を海底から祈っております! この世界にロシアの地を!!」
「副師団長!渦が来ます!退避をっ! …なん、だ? 渦の向こうに…少女っ??」
プラントへ手をかけた師団長が見下ろす海と残された隊員に叩きつけられた衝撃と振り回される暴威。
やがて嵐の失せた海上には、千切れたゴム片と黒い肉片だけが漂っていた。
早朝なのかまだ暗い霧のかかった海の向こうに島、対岸を薄っすらと確認できるが
先程の様子から船などで渡るのは危険過ぎると判断された。
八百名、半数以上も減った師団の士気消沈は火を見るよりも明らかであった。
所持する銃火器も弾薬も半数以下となっており、静けさと波音だけがいる傾いたプラントの中を慎重に進んでいく。
上へ、上へ。この世界へ入った際に潜った光の渦へ戻るために。任務失敗の報と負傷者を帰還させるために。
「何と言う事だ…」
プラント屋上、ヘリポートへと向かう頑強な扉の先に見えた光の渦。
しかしそれは遠く遠く、傾いていることで百メトル以上もプラントの端より空の向こうにあった。
加えて上空には黒い群れが悠々と泳ぐ様に飛んでいる。
通信兵からあがって来る報告は全て「通信不可」であり、一時ながらも拠点とせざるを得なくなったプラントを
再起動させるために非常電源室へと向かう工作兵。
── 誰一人として戻っては来なかった。 灯りの無い鉄の檻に脈動は無い。
「その時、私が感じていたのは“戦いの気配”だけだったね。
誰もいないと思われていた鉄の箱で床下に蠢く気配は、テロリストや独立闘争兵と同じモノを持っていた。
私達兵士に向ける強烈で突き刺す戦闘意識をね」
デジマ考察の仮説が思ったよりも長くなりそうなので続きます
- ゲートに入ったらすぐに海の上でおっこちるとか後続に状況伝えれないってこと?犠牲者続出の異世界の弱肉強食な洗礼恐ろしい -- (とっしー) 2013-09-17 23:38:25
- 異世界に行けるけどすぐに落下して戻れないので情報が伝えられないとか惨劇開始のテンプレだ。どうやって生き延びていくんだろう -- (名無しさん) 2013-09-20 00:11:07
- このままプラントで篭城戦?弾薬とかあっという間になくなりそう -- (としあき) 2013-09-27 21:44:45
- ハードな展開なのにヤラレチョフで噴いてしまった -- (名無しさん) 2013-10-09 01:19:18
- 人間大の怪獣映画の如き暴れっぷりの戦神ウルサですがそのおかげでドニーとつながる道ができたのかも知れませんがこれはなかなかサバイバルですね。異世界の野生の怖さはまさにパニック映画そのものです -- (名無しさん) 2017-05-07 18:02:32
最終更新:2013年09月15日 18:27