彼らはどういう存在だろう。
絵を描き、それを異世界に向けて送り出す。彼らは何を求めてそんなことをしたのだろう。決して少なからぬ犠牲を払い、理解してくれるかも分からない相手に向かってメッセージを送り出すことに何の意義があるのだろう。
ここにいる。彼らはそう言いたいのではなかったか。
彼らは孤独なのではないか。異世界においてすら独特な彼らの精神は、共に分かり合うことに飢えているのではないか。
だからこそ、私もまた彼らに、彼らの描いた絵に心引かれるのではないか。
彼らはそこにいる。誰かがやってくるのを、誰かが理解してくれるのを、ただじっと待っている。
私がやってくるのを、ただじっと、待っている
「ここいらじゃ一番ましなタンパク質を出す店なんだ」といいながら、グレッグは意気揚々と緑色の光の中へ入っていった。
かと思うと戻ってきて、「肉のことな、肉」と付け加える。心なしか、うきうきしているようにも見える。
「そりゃどうしたって紛い物だが、味は悪くない。出所にさえ目をつぶれば極上品だよ。栽培してるところだって見方によっちゃ鑑賞に堪える。ベジタリアンにも食えるしな。あんたは確かベジタリアンじゃなかったよな」
ここのはベジタリアンでも宗旨替えを考える代物だと思うがね、といいながら私をつつく。間違いない。グレッグはかなりはしゃいでいる。
一方シーヴの態度は対照的だった。
「わーい、お食事だぁ……」
この世の終わりでも見たような声でつぶやくシーヴの触覚は、力なく垂れさがって金髪の中にもぐりこんでいる。面倒くさそうに体表をなで、身体を覆っている黒いジャンプスーツに指示を出して変形させる。スーツは光沢を失いながらふわりと広がり、あるいはしゅるしゅると巻き上がっていく。最後にシーヴが身体を震わせると、スーツはナイトドレスを思わせる形状で安定した。私は賞賛の声を上げた。
「はいどうもありがとうございますー。ますー」
シーヴは感銘を受けた様子はなかった。スカートの裾を翻して一回転すると、そのまま緑色に発行している壁に身を寄せる。かなり大胆に露出した背中を震わせながら、シーヴは恨めしげな声を発した。
「それじゃお二人はお食事でも楽しんだらいいんじゃないですか。僕はその間中この格好で壁に張り付いてミンミン鳴く仕事に従事しますんで。あーたのしいなー。壁の花のお仕事楽しいなー」
「遠慮するな。好きなもの食べて構わないぞ」
「むきゃああああ! 聞きました今の鮮やかにして自然な人権蹂躙っぷり? 私がろくなもの食べられないの知ってて言ってるんですよこの(禁止語句)上司は!」
罵倒したのだろうという部分は聞こえなかった。よっぽどひどい言葉であったらしく、この場所ではNG指定されているのだった。シーヴは罵倒語を口に出そうとしてしばらくあがいた挙句、肩を落として震え始めた。泣いているようだった。
その様子があまりにも気落ちしているように見えたので、私は失礼に当たらないように作法を自我殻に問い合わせてから、シーヴに奢るよと声を掛けた。彼女の経済事情は明るくないらしいということは分かっていたし、そのせいで食事が出来ないのではないかと思ったからだ。この《ハッシュ》という場所は、グレッグの紹介によればホテルであるそうだし、レストランもあるのだろうことは想像に難くない。そしてホテルのレストランと言うものは、往々にして値が張るものだ。
しかし、シーヴの場合は事情が違ったようだった。
「お気持ちはありがたいんですけど、だったら奢らなくて結構です。その代わり、ものすごくまずそうに食べてください。御通夜の席で出てきた料理が軒並みゴムと灰で出来てたときみたいな顔つきでお願いします。鼻を洗濯ばさみで止めてたらなお結構です」
突然グレッグがはじけるように笑い始めた。シーヴの冷ややかな目つきにも一向にひるむことはなく、それどころかいっそう楽しげになっていく。膨れて顔をそらすシーヴに、グレッグが分かったような顔でうなずきかけた。
「ここに来るたびにお前が不機嫌になるのは知ってたが、そうか、そういうことか」
「うるさいですよ。大体ですね、自分が食べられないものを目の前でものすごーくおいしそうに食べられる側の身にもなってくださいよ! この人の食べっぷりみたことあります? それはもうおいしそうに食べるんです。奥歯に快楽中枢直結のスイッチ仕込んじゃってる感じですよ。そういう食べっぷりを目にして、いいなー食べたいなーでも食べられないなーなんて思いながら自分の食べ物を見下ろすと、なんだか大した事ないもの食べてる気分が止まらなくなるんです。実際大した事ないんですけど。あー悲しいなー! 惨めだなー! この惨めな気持ちは何もかもこの鯨飲馬食の地球人に全面的に非があることは明らかです! 次は法廷で白黒つけて差し上げましょう!」
グレッグの爆笑は止まらない。シーヴに構うことなく、グレッグは通路の先に進んで行ってしまった。緑色に薄く発光する通路は人一人分の大きさしかなく、しかも曲がりくねって先が見通しづらい。私はグレッグを追うか、壁に張り付いてすねているシーヴを慰めるか迷った。
とは言え、迷っていたのは一瞬だった。
私はシーヴの注意を引き、ここは不案内だから案内してくれと頼んだ。シーヴは驚いたように目を見開くと、私を上目遣いに見上げた。
ふと、シーヴがドレスグローブに包まれた手を伸ばし、私の手を取った。そうして、私たちはグレッグを追って通路を進んでいった。
さして長くもない通路を行く間に、私はこの《ハッシュ》という場所についてシーヴから説明を受けた。
「まあ簡単に言うと、元は情報交換のための場所だったんですよ。それも多種族間の」
マセ=バズークは、多くの勢力を内包している。結果として、非常に多くの関係が網目を張る事になる。利害が衝突する関係もあれば、共生で利益を得る関係、お互いのことを認識・理解していないという関係もある。こうした勢力間の調整は、お互いがあまりにも違っているために困難を極める。そのため、各勢力は外交官や翻訳者に当たる役割を育成している。彼らは必要が生じると群れ集まり、問題について討議する。
「それで、ここはそういう議論のための会議場だったんです。正確には、会議場サービスですね。いろんな機能を具えておいて、必要に応じて提供するんです。ここ以外にも似たような場所が一杯ありますよ」
そのうち、会議場は交流センターとしての役割も果たすようになり始める。さまざまな勢力を横断する情報を求めて、外交能力のない個体も集まってくるようになる。人が集まれば、更なる情報交換が生じる。交流センターと化した会議場はさまざまな人々を飲み込んで拡大し、更なる引力を獲得してより遠くから人を呼び寄せるようになる。宿泊や食事は、そうした人々向けに行われるサービスの一環なのだという。
「いろんなのがいますからね。特にこの街は出来たばっかりですから、食べ物とか生活習慣とか全然違う人たちがそこらじゅうから集まってくるんです。そういう人たち向けに、案内情報や必要そうなサービスを手配するとか、そういう仕事をしてる人たちもいます。僕の上司って事で通ってるあのグレッグとか言う悪党も、ここで手広くやってますよ」
不意に壁に穴が開き、2メートルほどもある蟲人がのっそりと顔を出した。灰色をしたアリのような蟲人は通路に踏み込んできたが、シーヴを見ると引込んで道を譲った。シーヴは視線もくれることなく横を歩き去り、私はシーヴの代わりに頭を下げた。アリの蟲人は私の真似をして頭を下げ、一言も発することなくもと来た道を戻っていった。私はシーヴに追いつくべく足を速めた。
程なくして、大きく開けたところへ出た。
壁の発光は緑から黄色へと変化していた。じゃがいものようにでこぼこな壁に囲まれた空間で、姿も形もさまざまな蟲人たちが思い思いの姿勢を取っていた。椅子に腰掛けている人型の蟲人が、床に寝転がっている30センチほどの甲虫型となにやら話し込んでいる。天井にぶら下がる蜘蛛型の蟲人が、仲間内でなにやらゲームに興じている。床に跪いた《インタプリタ》が垂れ流しているのは無意味なデータ列で、これはどうやら泥酔に当たる状態ものらしい。私たちが通りすがると、誰も乗っていないスプライトが興味を示してまとわりついてくる。音声が、タグが、フェロモンが、ストリームがさまざまなレベルで飛び交い、濃密な霧のように立ち込めていた。
『よう、こっちだ、こっち』
グレッグが私たちを見つけて手を振った。
テーブルと椅子を作り出し、壁際に陣取って、グレッグは盛大にやっていた。その盛大ぶりは私を予想をはるかに越えていた。何しろ、グレッグは音声の代わりに自我殻からのメッセージで話していた。口の中は食べ物で一杯になり、声を発するどころではないのだ。私が気おされてたたずんでいる間にも、肉汁滴るステーキの一枚があっという間にグレッグの口の中に消えた。
少なくとも、ステーキに見えた。真っ白なテーブルクロスの上に並んでいるのは、華やかなコースメニューそのものだった。湯気を立てるスープにバゲット、色鮮やかなサラダ。居並ぶ大皿にはこれでもかとばかりに焼かれた肉が積みあがり、その合間にはビールの瓶が開封も未開封もごっちゃになって林立している。グレッグがとんでもない健啖家であることは疑いようもないようだった。
シーヴがぷう、と膨れると、私を待つことなく自分で椅子を引き、ドスンと腰を落とした。にやにや笑うグレッグの口に、100グラムはあろうかと言う肉の塊が投げ込まれ、消えた。
『悪い悪い、腹が減ってたもんでね。俺には構わず、好きなように腹ごしらえしてくれ』
どうやら注文は済ませてあったようで、皿をもったアリの蟲人がどこからともなく現れると、いくつもの腕で捧げ持っていた料理を次々と私の前に置いた。メインはたっぷりのソースが掛かったサーロインステーキで、ほかにライスとサラダにワインが付いていた。見た目といい香りといい添えられた食器といい、地球のレストランで出てくるものと寸分の違いもない。シーヴの前には赤いトマトのような実を落とすと、アリ人は喧騒の雲の向こうに消えた。
『一応それでもここの世界のメシだよ。異世界っぽい食い物はもう少し慣れてからのがいいとおもうね。特にここで出すような奴はちょっと強烈だからな。シーヴはそのまずそうな奴でいいのか?』
「おいしいですもん……ちゃんとおいしいですもん……」
見れば、シーヴは赤いトマトのような実をつつきまわしてうなだれている。皿すらない。私は自分の料理に手を付けかねて、仕方なく肉を一切れ口に運んだ。赤身の強い、とてもしっかりした味の肉だった。とは言え、横でしょんぼりされながら食べる料理の味わいは豊かとは言いかねた。もう二口ほど食べた末、私は恐る恐る自分の皿をシーヴに押しやった。シーヴの返答は寂しげな笑みだった。
「お気持ちありがとうございます。でもいいんです。そっちの料理は私には消化も出来ないし」
いいながら、トマトのような実の皮をはいでかぶりつく。中身は見た目に比してスポンジのようになっていて、中心から液体を吸い取れるようになっているらしかった。さも悲しそうに実に吸い付きながら、シーヴは顔をそらして深いため息をついた。
なんとも言いかねた。私はグレッグに何とかしてやれないのかと抗議した。グレッグの返事は実にあっさりしたものだった。
「食えないものは食えないんだから仕方ないな。自業自得だ」
グレッグのあまりにあまりな言いように私は言葉を失ったが、グレッグは鼻を鳴らしただけだった。
「食いたければそういう機能をつぎたしゃいい。そんなに高いもんでもないからな。個人用の飛行機能なんてものを無理して詰め込んでるから消化器官を入れる隙間がなくなるんじゃないか」
「しょうがないじゃないですか! だって飛びたかったんですもん! ロマンの代償としてみりゃ安いもんですよ!」
「とまあこの通りこいつも納得してる。だから余計な心配は無用だ。ところで、食べないなら俺が貰ってもいいかね?」
「ものすごい人非人ぶりがまたしても明るみにでましたね! そうですこのひとこういう人なんです……繊細な気遣いなんて概念の半径10キロ以内に近づいた経験も皆無なんです……いたいけな僕を容赦なくひき潰す暴走機関車みたいな人なんです……」
「そうだな」
「その気のない対応に立ち上がった万国の労働者が断固たるNOを突きつけるッ! 喰らえこの思い! ちょっとでもこの無念を味わって悔恨の涙を流しなさい!」
突如立ち上がったシーヴは歯を食いしばるとどす黒い感情タグを吐き出し、押し固めて小さな球状にするとグレッグに投げつけた。タグは狙い過たずグレッグに命中したが、グレッグは眉一つ動かさなかった。自動的に展開した個人用ファイアウォールがタグをはじき返し、負けずに拡散しては自我殻に取り付こうとするタグを一つ一つ潰して処理していった。
タグの最後の一つが叩き落されると、息をつめて見守っていたシーヴはテーブルに突っ伏した。払いのけられたトマトのような実が、床に落ちて乾いた音を立てた。
私は食べるのも忘れて見守っていた。テーブルに飛び散ったタグの破片を拾い上げる。自己消滅し始めていたタグは息を吹き返すと、自我殻にポートを開くように要求した。私が受け入れると、封じ込められた感情が流し込まれてきた。タグにはシーヴの感じた無念がこれでもかとばかりに盛り込まれていた。私は首を振って暗い気持ちを追い払った。
そうして振り払ってみると、私の心には試してみたいアイディアが一つ形を取っていた。
私はシーヴの肩を叩いた。
ソースの滴る肉を切り取り、口に含んでかみ締める。そして自我殻に命じてポートを作らせた。ポートは感覚タグを発信するためのものだ。シーヴが恐る恐る手を伸ばし、感覚を接続する。私は自我殻に命じて、感覚タグを発信した。リアルタイムの感覚共有だ。
はじめ、シーヴは胡乱げだった。曇っていたその表情が、だんだんと晴れ上がっていった。私の感じている味覚がタグとなってシーヴに伝わっているのだ。私はシーヴに微笑みかけた。顔を輝かせたシーヴが次々と料理を指差し、私はそれらの料理を口に運んでは一緒に味わった。
これ以上一口も入らないというところになって、私は椅子に体を預けた。
「――ありがとうございます。ご馳走様でした」
シーヴが微笑んで頭を下げた。ニヤニヤ笑うグレッグが、口元をぬぐって鼻を鳴らした。いつのまにやら、彼の前の料理は全てぬぐったように消えうせていた。
「お優しいね」
「そこの人間の形をした木石に置かれましては頭下げられたって感覚共有なんかゴメンですのでご承知くださーい」
「まあ俺も御免だな。さて、飯は終わったという事でいいのかな」
私はうなずいた。
「それじゃ、ちょっと紹介しておきたい人物がいる。ここ《ハッシュ》は情報の集積地であり、コネのネットワークが絡み合うハブでもある。今からお目に掛けるのはそんなコネ連中の一人だ。たまたまここの主人でもある。ボビーを紹介させてもらおう」
グレッグの言葉を待っていたように、コミュニケーションの雲を掻き分けて、一人の蟲人がのっそりと姿を表した。
先に通路で見かけた、おおきなアリの蟲人だった。
但し書き
文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
- ふと思ったけど蟲人は人間の料理をどういう気持ちで作っているんだろう?味も情報という感覚でこんなもので満足するなんてちょろいなーとか思ってたりして -- (とっしー) 2013-09-17 23:35:18
- 次への話の続け方が上手いなと。どこまで考えているのか気になる。しかしこれは未来の世界の食卓だわ -- (名無しさん) 2013-09-20 00:06:06
- シーヴとのやりとりが面白い -- (名無しさん) 2013-09-24 14:10:57
- このシリーズは明確な数値や設定概念を伺うようにじゃなくてあって然りと作中に使ってくるのがマセバ気持ちいい -- (としあき) 2013-09-27 21:48:46
- シーヴさんのセリフの一つ一つにニヤニヤしてしまう。いちいち爆笑するグレッグの心情がよーく解る -- (名無しさん) 2013-10-09 01:16:35
- シリーズもここまで読んでくると独特な風景もすんなり浮かんでくるようになりました。個をという概念がこと何度も強く前に出てきた今話ですが一際シーヴの描写が詳細であったのが目を引きました -- (名無しさん) 2017-05-14 18:21:42
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最終更新:2013年09月15日 23:13