【パン・ダー出動!みんなが君を待っていた!】


 砂漠の中央に、遥かなる古より光湛える都として栄えるは、ラ・ムール王都マカダキ・ラ・ムール。
 砂漠のあまねく総てが集まりそして砂漠に至る所に拡散する上での要として、モノもヒトも集まる地。
 政治・流通の拠点としてだけではなく、人々が安住する市街としても機能しているこの街を、一風変わった物体が駆けていた。

「ひ、ひいいぃぃいいぃぃ!!」
 狐人の道士崩れが、決して広くはないマカダキの往来を必死に駆ける。
 その手には、僅かに覚えた仙術もどきで掠め取った財布がひとつ、ふたつ、みっつ。
 彼の形相は、「必死」以外に形容すべき言葉を見つけられないほどに歪み切っていた。
「な、何なんだよ、ありゃぁ・・・!」
 彼は振り返る。呆けた顔で往来に立ち並ぶ有象無象はどうでもいい。
 問題は、視線が見据えるただ一点。

 その先には、獲物を捕捉した歓喜を隠しきれないような笑みを崩さず、足音はドスドスと鈍重ながら、速度は風精の加護でも受けているのかと言うほどの疾さで迫りくる、ツートンカラーの物体。

「うぉわぁぁぁぁっ!!」
 後ろに気を取られすぎたばかりに、側道から出てきた荷車に気付くのが遅れ、そのまま激突してしまう。
 ドバンと景気の良い音を立てて激突、尻餅を付き倒れる道士崩れの上に、恐らくは租税として納入された作物が詰まっているであろう、積荷袋がドサドサと積み上が・・・ることはなかった。
 落ちてきた袋は物理法則を無視するかのように跳ね飛び、再び荷台に行儀よく戻ってゆく。
 但し、道士崩れの腹の上には黒の毛皮に包まれた偏平足が、どっかと圧し掛かっている。
 崩れ落ちる荷物の悉くを片手で荷台に投げ返した寸胴偏平足の主は、後頭部に据えられた斧を空いた片手で(いかな原理によってかは分からぬが)持ち、良く磨かれ陽光に照り輝く刃を道士崩れに突き付ける。
「あ・・・うあ・・・」
「おい、こいつからスラヴィアンにしていいのか」
「な、え、あ・・・」
 精気の一切を感じさせず、まるで磨かれた陶器か何かで出来たような、微動だにしない双眸に射抜かれ、道士崩れは息を殺さざるを得ない。
「おい」
「ぐべぇ!?」
 偏平足の主は、容赦なく道士崩れの腹を再度踏みつける。 手にしていた財布も、衝撃に耐えきれず思わず開いた手から零れ落ちる。
「罪人死すべし。 慈悲は無い」
「へ・・・?」
「イヤァァァァァ!!」
 振り上げられた豪斧は、一度宙に浮いた後、凄まじい速度で道士崩れの顔面ド真ん中へ向け振り下ろされる!
「ぎゃあああああああああああああああああああ・・・ガクッ」
 道士崩れはあまりの恐怖に泡を吹き意識を失う。 と同時に振り下ろされた豪斧も、道士崩れの鼻先数ミリというところでピタリと静止する。
 そこに、騒ぎを聞きつけて駆け付けた衛兵がやってくる。
「これは。一体何事か!」
「丁度良い所に来たな官憲ども。 おら、コイツをくれてやっからとっとと失せな」
 寸胴偏平足の主は完全に意識を失っている道士崩れの横っ腹を蹴り上げ、衛兵の足元に蹴り飛ばす。
「この男が、何か・・・?」
「窃盗するような屑野郎だ。 生きて帰すな。 息の根止めてでも洗い浚い吐かせろ」
「は、はぁ・・・」
 財布を盗まれた3人がおっつけで喧騒に追いついたところで、寸胴偏平足の主は太ましい体躯に似合わぬ大跳躍で家屋を飛び越え、去っていく。
 その光景を見た衛兵は、思わず漏らす。
「ありゃ・・・何なんでしょう?」
「そうか、お前は新入りだからアレ見るのは初めてか。 アレは・・・まぁ何だ、子供達のヒーローだ」
「ヒーロー、ですか? あんな良く分からん物体なのに」
「ああ、名前は確か・・・パンダー、とか言ったか? あの王様がどこかから連れてきたって話だ」
「それなら・・・仕方ないですね」
「そうだな、仕方ない話だな。 では、この世の終わりを見て来たこのコソ泥と、そちらの方々を連れて詰所に戻るか」
 衛兵二人は両側から道士崩れを抱え上げ、被害者三名を伴い詰所に引き上げていくのであった。


「あっ! パンダーさんだー!」
「パンダーさんだー!」
「おうガキども、パンダーさんが今日も来てやったぞ。 平身低頭、崇め奉れ」
「わーい! パンダーさんあそんであそんでー!」
 緑地広場で遊ぶ子供達にあっという間に囲まれる「パンダーさん」は、容赦なく子供達を高高度まで投げ飛ばしてお手玉のように軽やかに取扱う。
 容赦なく背部から入れられる子供キックにも、顔面真正面に張り付かれようとも、一切意に介した様子もなく、子供達の為すがままにされつつも、為すがままに操っている。
「ふふふ・・・どうだ、怖いか?」
「すげー! パンダーさんすげー!」
 傍目に見れば凄まじい光景だが、当人らにとっては遊びの一環。
 子供達にとっては、蹴っても殴っても微動だにせず、さらに稀有な体験までさせてくれる「パンダーさん」は、身近なヒーローとしての存在をマカダキ市街で確立していたのであった。

「やぁやぁ元気にしてるかね」
 パンダーさんを中心に、子供が遊び、親御が温かく見守る穏やかな光景に、横から猫人が声を掛けてくる。
「ちっ、カー・ラ・ムールが来やがった!」
「早く子供達を逃がして!」
「ほら早くこっちに! 試練に巻き込まれるから! いらっしゃい、早くぅぅ!」
「ママー! しれんこわいよー!」
「うわぁぁぁぁぁぁん! しれんこわいよー!」
 マカダキ中央に聳え建つ王城の主を出迎える温かくも敬意に満ち溢れた挨拶と共に、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。
「何なの、この扱い・・・風評被害も甚だしいぞ畜生!」
 緑地広場を恐怖のズンドコに叩き込んだ主は、天を仰ぎ、今日もギラギラと照りつける太陽を睨みつける。
「おい小僧」
「何だよパン・ダー・グゥレイトォ・・・俺は今どうやったら風評被害から解放されるか真剣に考えてんだ・・・放っておいてくれ・・・」
「小僧が此処に居る事自体が既に邪魔だ。 早々に失せろ試練野郎」
「ひっでぇ!? コんのヤロ、今日と言う今日は文句の一つも言ってやらにゃ気が済まんわ!」
 猫人がパンダーさんに詰め寄ると、「パンダーさーん! しれんやろーをやっつけてー!」「とっととかえれしれんやろー!」という心温まる声援が飛び交う。
「ちょっとツラ貸せや白黒野郎」
「1回100万だ」
「昔懐かしジンバブエドルでいいよな? おりゃ」
 猫人がパンダーさんの額の辺りを掴むと、喉元あたりに頭を突っ込む。
(おいコラ、オマエと俺のの扱いの差は何なんだ! 何なんだよ・・・)
(あ、あの、お顔が近、え、そ、そんな、泣かなくても・・・)
(これが泣かずにいられるか! この前だって「会うと試練に巻き込まれるから見かけたら全速力で逃げろ」という指示が学士院や教務員から出ていると聞いてる、ってネネ様泣いてたんだぞ・・・)
(それは、まぁ・・・私にも如何ともし難い事ですので・・・)
(畜生、近いうちに必ず御礼参りしてやるからな・・・!)
(御伴出来ませんが、無事の御生還をお祈りしております)
(つか、前々から気になってんだけど、なんでコレ着るとあんな粗暴極まりない言動になるんだオマエは)
(知りません! 私が聞きたいくらいです!)
(ま、いいや。 んじゃ引き続きお勤め宜しく頼むわ)
(畏まりまして御座います、主様)
 ずぼりと猫人がパンダーさんの首元から頭を引き抜くと、「ちっ、流石のパンダーも試練野郎は不味くて食えなかったか・・・」「ここで食われてくれればしばらく王都も平和なのに・・・」という、偉大なる砂漠の王の帰還を慶ぶ声が出迎える。
「くっそぅ! もう帰る!」
「おう、とっとと失せろ試練小僧」
「畜生、テメェ覚えてろよ! 倍返しにしてやるからなァ!」
 緑地広場から逃げ出すように駆け去る猫人を見やりつつ
「悪は滅びた・・・」
 とパンダーさんが言い捨てれば、
「流石はパンダーさん! 今日もグゥレイトォ!だね!」
「パンダーさんはまちをまもるヒーローだね!」
「パンダーさんの、だいしょうりぃ!」
 と大絶賛の声が木霊する。

 今日も王都マカダキ・ラ・ムールは、子供達のヒーロー、パン・ダー・グゥレイトォ!の活躍で平和平穏が守られた。
 負けるなパン・ダー! がんばれパン・ダー! 明日もグゥレイトォ!な活躍を期待しているぞ!

  • しれんやろうは真面目に王宮で政務しろということなんだろうか!?着ぐるみで性格が変わるミーナを見て子供時代の裏返りも実は着ぐるみ技だったのではないかと思ってしまった -- (名無しさん) 2013-09-19 23:51:18
  • パンダの中も外も会話のテンポがよい。子供らの反応も面白い -- (名無しさん) 2013-09-20 20:47:00
  • 仲良いですよねディエルとその周辺。 今からもう次代の王が気になりますけど、王の子ではなく顕現した者が王になるんですよね -- (名無しさん) 2013-09-21 00:48:26
  • ディエルは猫人。じゃあパンダの中の人は何人なんですか? -- (名無しさん) 2013-09-22 16:30:33
  • 大人気ない!と思わずいってしまいそうになるけど学生同士って感じなディエルと大人ヘルミナ。しれんは心配だけど国の行く末はなんだか明るそうだよ -- (としあき) 2013-09-27 22:03:50
  • 子どもたちにガン泣きされる未来王と大人気のパンダー。どうしてこうなってしまったんだー!今日も平和でなによりです -- (名無しさん) 2013-10-09 00:47:09
  • あえて道化を演じる(と思いたい)王とヒーローは国を円滑に回すにはいいかもしんない -- (名無しさん) 2014-04-17 23:20:01
  • スラヴィアから出て生きるスラヴィアンは異世界だと便利より不便のほうが大きそうだ -- (名無しさん) 2014-12-06 16:41:12
  • ヴィルヘルミナのロールちからの高さに和みます。民の人気者の座をパン・ダーに取られてしまったディエルはどのようなカーになっていくのでしょうか -- (名無しさん) 2017-05-21 18:46:35
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最終更新:2013年09月19日 03:29