戦いは膠着状態に陥っていた。
夜半から始まった戦いはあと数刻で朝日が昇る時刻になっても決定打となる局面を迎えることなくダラダラと長引いていた。
互角の戦いというわけではない、戦況を見れば両者の損害には明らかに差があり、それだけになぜここまでの長期戦となっているのかに首を傾げるほどだ。
「ぐぬぬ・・・」
眉間に皴を寄せ、口をへの字にしてまだ幼さの残る面影をした
ドワーフの少女が呻く。
彼女の前に置かれた円卓の上には戦場を略式に図形化したものが置かれ、彼女はそれを睨み付けて唸っている。
青く塗られた凸型や△型の模型が盤面にいくつも置かれ、それに包囲されるように赤く塗られたいくつかの同じような模型が置かれている。
青色の駒が自陣戦力で赤色がそれと対する敵陣戦力、盤面上の並びと数だけを見ればその彼我の戦力差は圧倒的であり、なぜ彼女がここまで渋い顔をして唸っているのかが理解できないだろう。
しかし、この戦いは開戦から数時間が経過した現在も決着が目の前に見えていながらそれに手出しできないという状況が長時間続いている。
そして、あとしばらくすれば日の出の時刻を迎え、戦いの勝敗はつかぬまま不本意な引き分けとなる。
「だからあの男と戦うのはイヤなのよ!サミュラお姉様が御覧になってるのにこんな無様なことになるなんて、もう最低ッ!」
指揮剣を振り回しながらレシエは思い通りにいかなくって癇癪を起した子供のように暴れ回る、これが屍者の軍勢を指揮すれば右に出る者無しと謳われる最古の貴族の一体だというのだからなんとも締まらぬ光景だ。
<主。それがわかっていたのであれば最初から我らを出陣させれば良かったのではありませんか?>
彼女の傍らに立つ赤銅色のリビングメイルがそう彼女に尋ねる。
<そうやそうや。ワイはてっきりそうするとばかり思って出陣の準備をしとったのに、とんだ肩透かしをくらったわい>
かつては大柄な
オーガが持ち主だったのであろう、兜に猛牛のような角飾りが施された無骨さと重厚さが際立つ巨大な深緑色のリビングメイルが、これまた巨大な戦斧で肩叩きでもするかのようにゴンゴンとトゲ突きの肩アーマーを小突きながら言う。
<新兵がまとまりなく戦場で戦うのを見るだけというのは拷問に近い。そろそろ出陣の許しをいただきたい>
背中に長大な弓を背負った、かつては
ケンタウロスが持ち主だったのであろう流麗な彫金細工の施されたリビングメイルがそれに続けて言う。
<同意・・・・>
その言葉に同調して目の覚めるような蒼色のスケイルメイルに竜を模したデザインの兜のリビングメイルが尻尾を揺らしながら頷く。
<なんじゃ皆血の気が多いのぉ、ではワシはここに残ってレシエ様の護衛でもしておるかな>
白銀色のリビングメイルが間接に油を差しつつ言う。
<・・・暇だな>
それらの言葉と少し間を空けて、影の中からボソリと声が漏れる、近くによって確認すればそれが影と同化するように佇む小柄な黒く光沢のある塗料で塗られた木を材料として作られた鎧のリビングメイルであることがわかっただろう。
一度誰かが口火を切ればあとは各々好き勝手に今まで黙っていた鬱憤晴らしと好き放題言い始める、次第にその中心に立つ少女の眉間の皺の陰影が深く濃くなっていく。
「うるさい!それができれば最初からアンタ達七将全員投入してるわよ!だけどそれが出来ないから困ってるんでしょうが!」
ついには堪忍袋の緒が切れたとばかりにレシエも声を張り上げて怒鳴る、すると騒がしかったその場はピタリと静かになり、レシエの荒い鼻息と次第に落ち着いていく息遣いだけが残される。
七将とは今彼女の周りでそれぞれ好き放題不平不満を口にしている性格も見た目もまったく共通性のないリビングメイル達のことであり、彼らはそれぞれがレシエより軍勢の指揮権を預けられた一軍の将としての器をもった特別なリビングメイルである。
<困ると言うとやはりあの者の力か?>
<たしかに唯一この盤面を覆すことが可能なのはあの男ただ一人であろうな>
「そうよ!普段はまったく使う素振りも見せないし私も三代目のあの男が使ったのは見たことがないけれど、初代には昔随分と煮え湯を飲まされたは忘れないわ」
そう言ってレシエは過去のことを思い出したのかギリリと奥歯を軋ませる。
<・・・・あの男というのは?>
それまで口を閉ざしていた末席に座る細身で一見特徴のない作りのリビングメイルが尋ねる
<おぉ、そう言えばお主は知らんのだったな>
<皆様方より若輩者ゆえお許しを・・・>
「この場であいつって言えばそれは一人だけよ!不協和音男爵!ディリゲント・ディスコールダンス!」
<主。失礼を承知で訂正させていただきますと、ダンスではなくダンツでございます>
「・・・・・」
恭しい態度ではあるものの赤銅色のリビングメイルの容赦ない指摘に彼女は口を開けたまたしばし固まり、ややあって小さく咳払いし
「そんなことどーでもいいのよセバス!そうどうでもいいことよ!」
<左様で・・・・>
セバスと呼ばれた赤銅色のリビングメイルはそれ以上何か言うこともなく再び彼女の傍らに先ほどまでの姿勢と同じように立ち戻る。
<あの男は少々特別なのだ。ただその場に居るだけで他者の生気を吸い取る力を持っておってな。その範囲は正確にはわかっておらんが奴の本陣からここまで届くかもしれん>
場が収まったことを確認したように今度は白銀色のリビングメイルが主に代わって説明をはじめる。
<なんと!そんな馬鹿げたことが・・・>
その説明に細身のリビングメイルから驚きの声が漏れる。
生気簒奪、これだけなら別段特殊な能力ではない。
スラヴィアの屍者ならば日常の食事などで普通に使っている能力と呼ぶにはあまりにもありふれた力だ、しかしその範囲はおおよそ自分の手足の届く範囲というのが普通であり、ざっと見積もっても5キュロメトル以上ある両陣営の距離と同等の範囲など普通はありえない。
「それがあるから困ってるのよ。外縁ならそんなに影響はないけどあの男に近づけば近づくほどその力は増して行く。あの男の傍まで近づく頃にはヘロヘロになって戦いどころじゃないっていう具合よ」
<なんと恐ろしい・・・>
「幸か不幸かあの男の先代も先々代も必要以上にその力を使うことはなかったから良かったようなものよ。信じられないと思うけど突撃馬鹿のエルバロンも一度退けてるのよ?」
<なんと!?>
「この際だから始末してくれないかと期待したんだけど。間一髪のところでエルバロンの体力と闘争心が萎え、さらには目と鼻の先まで惰性で突っ込んだのに小石躓いて地面に突っ込んで脱出不能に、ディリゲントのほうも手駒をほぼ失ってたから両者手の打ちようがなくてそのまま勝負はお流れ」
<悪運も備えておると>
<たしかに、生気簒奪も厄介じゃがあやつの本当の恐ろしさはあの悪運のほうかもしれんな>
白銀のリビングメイルがどこか愉快そうに横から口を挟み、その言葉にレシエのこめかみがピクリと震え、眉間の皺がより一層深くなる。
「どんなに手持ちの兵隊がボロボロになってもあの男だけは余裕綽綽で生き残る、どんなに勢い良く攻め立てても最後はまとまりのないつまらない喜劇のようになって決着さえつかずにおしまい。最悪だと思わない?」
<たしかに・・・>
「私はそんなの絶対にイヤ!物語はいつだって私の圧倒的大勝利で幕を降ろさなきゃいけないのよ!それをあの男ときたら・・・ッ!!」
レシエは自分の言葉で勝手にボルテージを上げ地団駄を踏み始める。
<まぁ何やなレシエ様、そろそろどうするか決めてくれへんかな?このまま日の出でケリがつかんままでええんか?それとも・・・>
このままでは色々と埒が明かないとばかりに深緑色の巨体リビングメイルが望む言葉をくれとばかりに言葉を発する。
「わかってるわよバーナント!わざわざ貴方達を手駒として出したのだからきっちりとケリはつけるに決まってるでしょ!」
<ほな、そろそろ出撃せぇと言うてくれへんか?座りっぱなしで間接が錆びてしまいそうやわ>
ギシリと金属の軋む音を立てて当然自分が指名されるのだろうと言うようにその巨体が立ち上がる。
<バーナントと同じ考えというのはいささか不満だが私も同じだ。主上ご決断を>
バーナントと呼ばれた深緑色の巨体リビングメイルの言葉を後押しするように言って前に出てきたのは四脚のリビングメイル。
「そうまで言うならキッチリ首を取ってきなさいよ二人とも?バーナント!レグラム!出陣なさい!」
<オッシャアッ!ビシバシ暴れたるでぇ!>
<バーナントと一緒というのは些か不満・・・されど主上の名誉のためなら仕方なし>
巨体のリビングメイルと痩躯四脚のリビングメイルが各々の武器を手に出撃する
「我が将達よ!敵を打ち破り私の元に大将首をもって帰ってきなさい!」
そうレシエはビシリと指揮剣を敵本陣に差し向けながら声を上げ二体の刺客を送り出した。