【男爵と侯女】

「・・・まだ半分も残っているのか」
夜風と共に知覚と魂に流れ込んでくる情報から意識を引き上げると気だるげな声で彼は呟く。
「そういえば前に誰かにこんなことを言ったな・・・あれはそう・・・サワムラとかいう風変わりな男だったか・・・」
長年の悩みの種だったピアノを、見事にマトモな音色を響かせる逸品に矯正した同郷からの来訪者の姿が脳裏を過ぎる。
「デタラメな音律で頭が痛くなることはなくなったが、今度は四六時中演奏するようになったのをどうしてやればいいものか・・・あぁ今はこちらが優先だったな」
新たに出来た悩みに思考が傾きそうになるのを引き戻し、彼は闇の向こう常人では決して捉えることができない距離にいる相手へと問いかけるように呟く。
「さて、まだ夜は長いぞ?どうする傀儡侯女殿?」

戦いは膠着状態に陥っていた。
夜半から始まった戦いはあと数刻で朝日が昇る時刻になっても決定打となる局面を迎えることなくダラダラと長引いていた。
互角の戦いというわけではない、戦況を見れば両者の損害には明らかに差があり、それだけになぜここまでの長期戦となっているのかに首を傾げるほどだ。
「ぐぬぬ・・・」
眉間に皴を寄せ、口をへの字にしてまだ幼さの残る面影をしたドワーフの少女が呻く。
彼女の前に置かれた円卓の上には戦場を略式に図形化したものが置かれ、彼女はそれを睨み付けて唸っている。
青く塗られた凸型や△型の模型が盤面にいくつも置かれ、それに包囲されるように赤く塗られたいくつかの同じような模型が置かれている。
青色の駒が自陣戦力で赤色がそれと対する敵陣戦力、盤面上の並びと数だけを見ればその彼我の戦力差は圧倒的であり、なぜ彼女がここまで渋い顔をして唸っているのかが理解できないだろう。
しかし、この戦いは開戦から数時間が経過した現在も決着が目の前に見えていながらそれに手出しできないという状況が長時間続いている。
そして、あとしばらくすれば日の出の時刻を迎え、戦いの勝敗はつかぬまま不本意な引き分けとなる。
「だからあの男と戦うのはイヤなのよ!サミュラお姉様が御覧になってるのにこんな無様なことになるなんて、もう最低ッ!」
指揮剣を振り回しながらレシエは思い通りにいかなくって癇癪を起した子供のように暴れ回る、これが屍者の軍勢を指揮すれば右に出る者無しと謳われる最古の貴族の一体だというのだからなんとも締まらぬ光景だ。
<主。それがわかっていたのであれば最初から我らを出陣させれば良かったのではありませんか?>
彼女の傍らに立つ赤銅色のリビングメイルがそう彼女に尋ねる。
<そうやそうや。ワイはてっきりそうするとばかり思って出陣の準備をしとったのに、とんだ肩透かしをくらったわい>
かつては大柄なオーガが持ち主だったのであろう、兜に猛牛のような角飾りが施された無骨さと重厚さが際立つ巨大な深緑色のリビングメイルが、これまた巨大な戦斧で肩叩きでもするかのようにゴンゴンとトゲ突きの肩アーマーを小突きながら言う。
<新兵がまとまりなく戦場で戦うのを見るだけというのは拷問に近い。そろそろ出陣の許しをいただきたい>
背中に長大な弓を背負った、かつてはケンタウロスが持ち主だったのであろう流麗な彫金細工の施されたリビングメイルがそれに続けて言う。
<同意・・・・>
その言葉に同調して目の覚めるような蒼色のスケイルメイルに竜を模したデザインの兜のリビングメイルが尻尾を揺らしながら頷く。
<なんじゃ皆血の気が多いのぉ、ではワシはここに残ってレシエ様の護衛でもしておるかな>
白銀色のリビングメイルが間接に油を差しつつ言う。
<・・・暇だな>
それらの言葉と少し間を空けて、影の中からボソリと声が漏れる、近くによって確認すればそれが影と同化するように佇む小柄な黒く光沢のある塗料で塗られた木を材料として作られた鎧のリビングメイルであることがわかっただろう。
一度誰かが口火を切ればあとは各々好き勝手に今まで黙っていた鬱憤晴らしと好き放題言い始める、次第にその中心に立つ少女の眉間の皺の陰影が深く濃くなっていく。
「うるさい!それができれば最初からアンタ達七将全員投入してるわよ!だけどそれが出来ないから困ってるんでしょうが!」
ついには堪忍袋の緒が切れたとばかりにレシエも声を張り上げて怒鳴る、すると騒がしかったその場はピタリと静かになり、レシエの荒い鼻息と次第に落ち着いていく息遣いだけが残される。
七将とは今彼女の周りでそれぞれ好き放題不平不満を口にしている性格も見た目もまったく共通性のないリビングメイル達のことであり、彼らはそれぞれがレシエより軍勢の指揮権を預けられた一軍の将としての器をもった特別なリビングメイルである。
<困ると言うとやはりあの者の力か?>
<たしかに唯一この盤面を覆すことが可能なのはあの男ただ一人であろうな>
「そうよ!普段はまったく使う素振りも見せないし私も三代目のあの男が使ったのは見たことがないけれど、初代には昔随分と煮え湯を飲まされたは忘れないわ」
そう言ってレシエは過去のことを思い出したのかギリリと奥歯を軋ませる。
<・・・・あの男というのは?>
それまで口を閉ざしていた末席に座る細身で一見特徴のない作りのリビングメイルが尋ねる
<おぉ、そう言えばお主は知らんのだったな>
<皆様方より若輩者ゆえお許しを・・・>
「この場であいつって言えばそれは一人だけよ!不協和音男爵!ディリゲント・ディスコールダンス!」
<主。失礼を承知で訂正させていただきますと、ダンスではなくダンツでございます>
「・・・・・」
恭しい態度ではあるものの赤銅色のリビングメイルの容赦ない指摘に彼女は口を開けたまたしばし固まり、ややあって小さく咳払いし
「そんなことどーでもいいのよセバス!そうどうでもいいことよ!」
<左様で・・・・>
セバスと呼ばれた赤銅色のリビングメイルはそれ以上何か言うこともなく再び彼女の傍らに先ほどまでの姿勢と同じように立ち戻る。
<あの男は少々特別なのだ。ただその場に居るだけで他者の生気を吸い取る力を持っておってな。その範囲は正確にはわかっておらんが奴の本陣からここまで届くかもしれん>
場が収まったことを確認したように今度は白銀色のリビングメイルが主に代わって説明をはじめる。
<なんと!そんな馬鹿げたことが・・・>
その説明に細身のリビングメイルから驚きの声が漏れる。
生気簒奪、これだけなら別段特殊な能力ではない。スラヴィアの屍者ならば日常の食事などで普通に使っている能力と呼ぶにはあまりにもありふれた力だ、しかしその範囲はおおよそ自分の手足の届く範囲というのが普通であり、ざっと見積もっても5キュロメトル以上ある両陣営の距離と同等の範囲など普通はありえない。
「それがあるから困ってるのよ。外縁ならそんなに影響はないけどあの男に近づけば近づくほどその力は増して行く。あの男の傍まで近づく頃にはヘロヘロになって戦いどころじゃないっていう具合よ」
<なんと恐ろしい・・・>
「幸か不幸かあの男の先代も先々代も必要以上にその力を使うことはなかったから良かったようなものよ。信じられないと思うけど突撃馬鹿のエルバロンも一度退けてるのよ?」
<なんと!?>
「この際だから始末してくれないかと期待したんだけど。間一髪のところでエルバロンの体力と闘争心が萎え、さらには目と鼻の先まで惰性で突っ込んだのに小石躓いて地面に突っ込んで脱出不能に、ディリゲントのほうも手駒をほぼ失ってたから両者手の打ちようがなくてそのまま勝負はお流れ」
<悪運も備えておると>
<たしかに、生気簒奪も厄介じゃがあやつの本当の恐ろしさはあの悪運のほうかもしれんな>
白銀のリビングメイルがどこか愉快そうに横から口を挟み、その言葉にレシエのこめかみがピクリと震え、眉間の皺がより一層深くなる。
「どんなに手持ちの兵隊がボロボロになってもあの男だけは余裕綽綽で生き残る、どんなに勢い良く攻め立てても最後はまとまりのないつまらない喜劇のようになって決着さえつかずにおしまい。最悪だと思わない?」
<たしかに・・・>
「私はそんなの絶対にイヤ!物語はいつだって私の圧倒的大勝利で幕を降ろさなきゃいけないのよ!それをあの男ときたら・・・ッ!!」
レシエは自分の言葉で勝手にボルテージを上げ地団駄を踏み始める。
<まぁ何やなレシエ様、そろそろどうするか決めてくれへんかな?このまま日の出でケリがつかんままでええんか?それとも・・・>
このままでは色々と埒が明かないとばかりに深緑色の巨体リビングメイルが望む言葉をくれとばかりに言葉を発する。
「わかってるわよバーナント!わざわざ貴方達を手駒として出したのだからきっちりとケリはつけるに決まってるでしょ!」
<ほな、そろそろ出撃せぇと言うてくれへんか?座りっぱなしで間接が錆びてしまいそうやわ>
ギシリと金属の軋む音を立てて当然自分が指名されるのだろうと言うようにその巨体が立ち上がる。
<バーナントと同じ考えというのはいささか不満だが私も同じだ。主上ご決断を>
バーナントと呼ばれた深緑色の巨体リビングメイルの言葉を後押しするように言って前に出てきたのは四脚のリビングメイル。
「そうまで言うならキッチリ首を取ってきなさいよ二人とも?バーナント!レグラム!出陣なさい!」
<オッシャアッ!ビシバシ暴れたるでぇ!>
<バーナントと一緒というのは些か不満・・・されど主上の名誉のためなら仕方なし>
巨体のリビングメイルと痩躯四脚のリビングメイルが各々の武器を手に出撃する
「我が将達よ!敵を打ち破り私の元に大将首をもって帰ってきなさい!」
そうレシエはビシリと指揮剣を敵本陣に差し向けながら声を上げ二体の刺客を送り出した。

<どけどけどけぇーーーい!>
バーナントの巨体を載せた完全武装の幽霊馬12頭立ての巨大戦車が木々をなぎ倒し森に無理やり道を作りながら突撃していく。
バーナントの巨大な戦斧が振られるたびに木の幹とその影に身を潜めていた男爵配下の屍者の体が切り倒されていく。
<木の陰に隠れた程度でどうにかなると思っているのか・・・つくづく愚か!>
荒々しく突き進むバーナントの戦車の後方につき、その巨体を障壁のように利用しながらレグラムが素早く矢を番え射放つ
放たれた矢は次々と木々の幹を貫きその影に隠れた屍者達を射抜き仕留めていく。
<手ごたえが無いでぇ・・・ほんま肩透かしや・・・>
変わらず戦斧を振り回しながらバーナントは不満の声を漏らす
<気を抜くな・・・そろそろ森を抜けるぞ>
森を抜ければそこにあるのは敵ほ本陣、そしてそこに二体の目的とする敵の総大将の首がある。
バーナントは幽霊馬に鞭を打って戦車の速力をさらに上げさせ、レグラムもいつでも矢を放てるように矢を番える。
森が途切れ視界が開け、突き進む二体の視界が闇の中に敵本陣とその中心に佇む人影を捉える。
<見えた!>
<覚悟せいやぁッ!>
レグラムが矢を番え、バーナントが巨大戦斧を振り上げ幽霊馬に鞭を入れ戦車を全速力で本陣へと突入させる。
「あぁ・・・いらっしゃい。ここまで肉薄されたのは久々だなぁ・・・」
やる気があるのかないのか判断に困る声で言うと、ディリゲントは無造作に片手を上げてそれを前方へと突き出す。
その次の瞬間、戦車を牽く幽霊馬達が糸の切れた人形のように突然脱力し膝を折って一斉に倒れる。
<オオオオオオオオ・・・!?」
その幽霊馬に車輪を乗り上げさせ、バーナントを載せた戦車が大きく傾き、巨体のリビングメイルは戦車から振り落とされ地面へと叩きつけられる。
<バーナント!おのれ!先手を取られたか・・・・ッ!>
辛うじて戦車の転倒に巻き込まれるのを回避したレグラムが矢を放とうと弓を構え弦を引こうとした時にその異変に気がつく
<腕に力が・・・入らない・・・>
いつもなら軽々と引き絞ることができる弦を全く引くことができない、それどころか弓を構えることさえ出来なくなりダラリと腕が下がりガランと音を立てて矢と弓が続けて地面へと落ちる。
<これは・・・・生気簒奪・・・>
屍者にとっての血肉に等しい生気、それが不可視の腕によって掴まれ全身から抜き取られていく。
<体が・・・動かへん・・・・>
<まさかこれほど・・・とは・・・・>
急激に体から生気が抜き取られていく感覚にレグラムはおろか巨体のバーナントまでもが重い音とともにその場に膝を折り動けなくなってしまう。
「さて・・・とりあえず君達からもらえるものをもらっておこうか」
そうディリゲントは言って二体のリビングメイルからさらに生気を吸い上げて行く。
「君達には随分と私の配下が被害を受けたようなのでね、その修復のための生気くらいはもらわないとこちらも困るわけだ」
急速に生気を失っていく影響としてそれぞれの体である鎧の輝きが色褪せ、一部は錆が浮き始めボロボロと崩れはじめてさえいる。
スラヴィアの屍者にとって生気は肉体を維持するための最も重要なものであり、それを失うということは肉体の崩壊を意味することであり、その危機が急速に迫ってくる。
<こらアカン・・・ホンマにお終いかもしれんわ・・・>
<無念・・・レシエ様申し訳ございません・・・>
末端から始まった生気切れからの変質と崩壊が全身に広がり始めたところでもはや万事休すと二体が自らの肉体の消滅を覚悟した時だった。
「おおっと!残念!ここで時間でございます!」
その時上空から一際よく通る声が辺りに響き渡る。
「・・・・やっと時間か」
まるでそれを待ちわびていたようにディリゲントはバーナントとレグラムへと向けていた手を降ろし、同時に二体からの生気簒奪を中断する。
<なんや!トドメ刺さんのかいッ!!>
<情けをかけたつもりかッ!>
生気吸収が中断され、失った生気は戻ってはこないものの吸われ続けることがなくなったことで体の自由が幾分戻った二者がディリゲントの背後で声が上がる。
「・・・・私は君たちほど生真面目じゃないんだよ。そう、ただそれだけだ」
<訳わからんわ!>
<面妖な男だ・・・>
「まぁ助かったんだからいいじゃないか。また今度。そうまた今度に楽しみを取っておこう、そうやって長く永く楽しもう」
もはや誰かに語るのではなく自分に語るようディリゲントはそう語り終わると、なおも何か言いたげに視線を向けてくる二体に背を向け上空に滞空する審議候を見上げ
「もう帰ってもいいだろうか?私に演奏を聴かせたくて仕方の無いものが私の帰りを待っているんだが」
「もちろん!道中お気をつけてお帰りください」
審議候は柔らかい笑顔を浮かべてそう答える。
「ありがとう」
礼を言ってその場を後にしようとして、ふと何かを思い出したのか彼は立ち止まり、未だダメージの回復から立ち直りきれず方膝を立てて座り込むバーナントとレグラムに近づく。
「あぁ、そうそう・・・レシエ卿に伝言を頼めるかな?」
<・・・なんや?>
不満の色を隠そうともせず無愛想にバーナントは答える。
「今度うちにピアノを聴きに来ませんか?そう伝えておいてほしい」
本気か冗談か。いやどこまでも本気な冗談か。なんにしてもこの場の空気にどこまでもそぐわない内容が彼の口から紡がれる。
<伝えておこう・・・主上が貴殿の期待する返答をするとは思えんが>
「あぁ、いいよ別に。来てくれるのは誰でもいいんだ。私の代わりに聞かせたがりのピアノ演奏につきあってくれれば誰でもね」
彼はそれだけ言い残すとあとはまったく興味がないとばかりにバーナントとレグラムに背を向けて陣の撤収を短く配下の者に伝え、自らはそれを見届けることなく一人馬車に乗り込み彼の居城へと向けて去って行った。

男爵の伝言は本陣へと帰還したバーナントとレグラムによってレシエへと伝えられたが
<とまぁ、伝えてくれ言われたさかいレシエ様に伝えたわけやが・・・>
<いかがされる主上?>
彼ら二人の向かい側には久方ぶりの饗宴での醜態を演じたことからのショックから憔悴し力なく椅子に腰掛け肩を落としブツブツと何かを呟くレシエの姿があった。
その言葉に耳を傾けることができる者がいれば彼女が途切れることなく呟くおぞましき呪詛のような言葉の数々に戦慄したことだろう
「・・・・ピアノを聴きに来いですって?」
頭だけをユラリと持ち上げ、ギロリと異様な光の宿った目でレグラムとバーナントを見やる。
<そ、そや・・・>
<そ、その通りです>
そのあまりの異様な威圧感にバーナントもレグラムもほぼ同時に体を震わせて応える。
「そう・・・フフフ・・・ピアノを聞きに来い・・・フフフフフ・・・ッざけんじゃないわよ!私が今聴きたいのはピアノの音色じゃなくてあの男の無様で情けない断末魔の悲鳴よッ!」
<あかん!これあかんやつや!全員で取り押さえるで!>
<主上!お気を確かに!ここで暴れても何も何ません!>
「うっさいバカ!そもそもあんた達が不甲斐ないからこんなことになったのよ!」
<<<<<<<<エーーーーー・・・>>>>>>>
そもそも今回の敗因はサミュラにカッコイイところを見せようと少数精鋭運用での鮮やかな戦いを演出しようとしたレシエの見栄からのものだったのだが、怒りに我を忘れたレシエにはすでに意図的に忘却の彼方へと忘れ去らせたことであり、ひどい責任転嫁っぷりに思わずその場に居合わせた七将全員から「ナイワー・・・この人今回に限っては完全にナイワー・・・」というニュアンスの声が見事に重なって漏れる。
その後、七将全員でなんとか暴れるレシエを取り押さえ、今度はひどく憔悴し「お姉さまにあんな無様な戦いを見られてしまった・・・見られてしまった・・・」と憔悴し脱力した彼女をなんとか抱え上げて馬車に放り込み、レシエの軍勢は屋敷へと帰還したのであった。
ちなみにレシエの回答は後日罵詈雑言の塊のようなものを七将の一体であり、レシエの執事でもあるセバスが失礼のない文面に翻訳し、それは程なくして男爵の下へと伝えられることとなった。

「・・・・そうか。残念だな」
まったく残念と思ってなさそうな声色で彼は呟くとレシエ邸から届けられた手紙をポイと暖炉の中に放り込み僅かに揺らめきを変えた炎をしばし眺める。
そうしていると思い出すのは生前の断片的な記憶、酷い戦争でたくさんの物を失ったような気がするがそれが何だったかを思い出すことができず、そんなことを思い返しているとどう表現していいか分からない感情が次々と湧き出し胸の中がザワザワとひどく波立つ
気がつけばこの世界に半死半生で迷い込み、そこで先代の投手と出会いその人生の幕切れと同時にこの終わりの見えない余談のような日々が始まったこと、それらが次々と思い出される。
『君が受け継ぐのが一番それらしいと思ったからさ』
先代はそうあっけらかんと言うと彼にほとんど全ての力を譲り渡して死出の旅へと出かけ戻ってくることはなかった。
「まったくどうして私だったのだろうな・・・」
規格外の範囲と奪い取ると表現するのが最も的を射た表現だろうと思える生気簒奪能力、それがなぜ自分のように無気力極まりない者にているのかがわからない。
「わからないなら、わかるまでそれをアレコレ考えることができるとしておこう・・・」

~♪

何度目になるかすらわからないお決まりの結論に至ったところで部屋の中に音色が響く。
「・・・・また始まったか」
部屋の片隅に置かれたスクエアピアノから思い出したように奏でられはじめたショパンのエチュードに耳を傾けながら彼は思う。
「そろそろ飽きてきたな・・・新しい曲を覚えさせるにはどうしたらいいものか・・・」
ふとそんなことを彼は椅子に身を委ねながら考える
「まぁそれもワインでも飲みながら考えよう・・・赤がいいか白がいいか・・・」
パチリと指を鳴らし従者にワインを適当に持って来いと命令をし、赤と白どちらが来るかに考えが移った頃ピアノが奏でる音楽はエチュードからツェルニーへと移り変わっていた
物思いに耽るには軽快すぎる音楽が流れる中彼はまとまりのない思考を続ける。
凝り性な最古の貴族と彼女に付き従う生真面目な下僕達はまた私と戦うことを望むだろうか
赤と白どちらのワインが来るか。もしかしたら気を効かせて両方もってくるかもしれないな
やはり物思いに耽るにはこの音楽は不似合いだ
次の後継者をそろそろ決めるかどうするか
そんなことをグルグルと考えているとコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた
「入れ」
「・・・両方か」
従者が赤と白両方のワインのボトルをもって入って来たのを見て、それこそ自分に一番ふさわしく一番不似合いだなと彼は考え一人静かに笑った。


  • レシエ卿って実はちょろい?不協和音の男爵は相手にもよりけりだろうけど相性合致すると相当な強さ発揮しそう。スラヴィアンになる前はどんな人物だったか知りたくなる -- (とっしー) 2013-10-03 23:11:50
  • 貴族のキャラ立ちは相変わらず色が濃い。それよりも目を引いたのがレシエ配下の意外にお喋りなリビングメイルたち -- (名無しさん) 2013-10-04 04:21:46
  • 不協和音男爵ディリゲント・デイスコールダンツ!渋カッコイイ! -- (名無しさん) 2013-10-08 23:19:09
  • 最古の貴族たるレシエを退けるとかマジ只者じゃない男爵 -- (名無しさん) 2013-10-09 02:09:57
  • 饗宴が形式を重視するゲーム盤というものならば今回の戦いは相性が不協和音男爵に有利だったのかな?駒同士の得手不得手でどんでん返しとかもありそうだ -- (名無しさん) 2013-10-09 02:54:10
  • 強いスラヴィアンの戦いでも相性や性格というものが勝負を大きく左右するのだなと感じます。緊張感のある戦場もレシエ卿が登場するとどこか笑いの予感が満ちてくるのが面白いですね。最後の一幕も色々と考えさせる演出でした -- (名無しさん) 2017-07-09 20:34:37
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最終更新:2013年10月03日 23:09