午前と午後の営業の合間、俺は休憩がてら外を散歩するのが日課だ。
さすがの雨や嵐の日まで出掛けるようなことはないが、海が穏やかで天気が良ければ外に出てしばらく近所を散歩する。
その日も午前中の営業を終え、午後の営業が始まるまでの合間に店の表に『準備中』と
ミズハミシマ語と営業していないことを簡単に表す記号の書かれた看板を出して外へ出た。
海を見れば朝早くに出た漁師の船が沖から戻ってきはじめているのがわかった。浜辺の船着き場周辺にはたくさんの海猫が集まって来ているのが見える。
ニャーニャーと鳴きながら今か今かと漁師が帰ってくるのを思い思いの場所にチョコンと座って毛繕いをしながら沖から帰ってくる漁師たちの船を待ち構えている。
帰ってきた漁師が魚の水揚げする時に零れる雑魚などのオコボレに預かろうこうして集まっているのだ。
「今日は数が多いな、ということは浜の近くには魚が少ないんだな」
浜でオコボレを期待して待っている海猫の数の多い少ないはそのままこのあたりの魚の分布の大まかな目安になる。
浜の近くに魚の群れが来ているなら、海猫達はわざわざ漁師からオコボレをもらうまでもなく自らの力で魚を取りにいく。
そのため浜に数が多いということは近場にそれほど多くの魚がおらず、わざわざ見返りの期待できない狩りに勤しむよりはこうして確実に小魚程度は手に入るほうを選んでいるというわけだ。
「この様子だと今日はけっこう沖まで船を出してたんだろうな…ん?」
浜の海猫を見ながらそんなことを考え、そのまま視線を横に滑らせるとの浜の中ほどにポツンと突き出したようにある岩場の上に人影があることに気がつく。
「そういえば昨日もたしか…」
昨日もちょうど今くらいの時間、散歩をしていたらあの岩場の上に人影があったことを思い出す。
「何してんだ…釣りか?」
俺はあまり深く考えることなくその人影のほうに足を向けた。
「釣れますか?」
「さっぱりだね」
ニャーニャーと翼の生えた猫が空を飛びながら鳴き、時折勢いよく海の中に潜っては口に魚を咥えて水面から飛び出してくる光景を眺めながら、俺は隣で糸を垂らす釣り人に釣果のほどを尋ねる。
「昨日はいろいろ釣れたんだけど、今日はサッパリ」
俺はチラリと魚籠の中に視線を向ける。
たしかにカラッポだ。雑魚一匹入っていない。
「あぁ、そりゃ仕方ないですね。今日はこのあたりに魚が来てないみたいですし、少ない魚もアイツらが器用に獲っちゃいますからね」
俺はそう言って目の前の水面に次々と飛び込む猫達を指さす。
「あぁ、アイツらが取っちまうのかぁ、それじゃあ仕方ないね」
釣り人はやや悔しさの含んだ声でそれを見て、今日はもうあきらめたとばかりに竿に糸を巻きつけはじめる。
「ところでアンタ、もしかしてニホン人かい?」
水面からスルスルと釣り糸を引き上げながら釣り人が俺に尋ねてくる。
「えぇ、この近くで飯屋をやってるもんです。」
「あぁ!変わり者のニホン人が海都からはるばるこんな田舎までやってきて飯屋を始めたって聞いたけど。それアンタか!」
変わり者か、まぁ、たしかに変わり者といわれても仕方ないかぁ・・・
「えぇ、おかげさまで三年ここで商売させてもらってます」
「なるほどね…ん?根がかりか?」
それまでスルスルと引き上げられていた糸が突然止まる。
「おいおい、勘弁してくれよ…根がかりじゃないなこれは…」
釣り人は急に顔色を変えて慎重に釣り糸を引き上げていく。
「お、おお!おおおおお!?ソコガクレじゃないか!コイツが釣れただけで他がさっぱりでもお釣りが来るぞ!」
釣り人の手で慎重に引き上げた釣り糸の先、平べったく薄いザブトンみたいな形の魚がピチピチと跳ねる。
「おーーー、なかなかの大物ですね」
ソコガクレ、カレエっぽい海底に棲む魚でなかなかに用心深く滅多に釣れない魚だ。
そして、なかなかの高級魚で煮て良し焼いて良しで、さらに刺身にすると部位ごとに触感が異なり食感が面白く、べらぼうに美味い。
「それ刺身にすると美味いんですよね」
「サシミ?サシミってのはどんなんだい?」
釣り人は興味深そうに聞き返してくる。
「骨がないように身だけにして、それを醤油や酢味噌、あぁ、調味タレにつけて食べる料理ですよ
こっちだとサベラスっていう魚醤や酢はあっても大豆で作った醤油や味噌は無いんだよな。
「へぇ、ソコガクレと言ったら塩焼きが一番美味いと思ってたんだが、もっと美味いのかい?」
俺の話に釣り人がなかなか良い感じで食いついてくる。
「まぁ、そこは人それぞれの好みですからね、でも、俺はソコガクレは刺身が一番美味いと思いますよ」
あくまでも俺の独断と偏見に基づく評価だが、それに釣り人は一層興味をもったようだ。
「料理人のあんたがそう言うならそうなんだろうなぁ、サシミかぁ…サシミねぇ…」
釣りあげたばかりでまだピチピチと跳ねるソコガクレを見ながら釣り人は何かを考えているようだ。
「なぁ、ちょっとあんたに頼みがあるんだが」
なるほど、そういうことか。
「うちに持ち込んでくれれば調理しますよ?お題は手間賃だけということで」
「本当か!」
流れで釣り人が続けるであろう言葉を俺がそのまま釣り人に返す。どうやら当たりだったようだ。
「えぇ、これも何かの縁でしょ、俺の店はすぐそこですし」
そうと決まれば話は早い、俺と釣り人は岩場を降りるとそのまま俺の店へ足を向ける。
「俺は斎藤茂といいます。このあたりの人からはシゲって呼ばれてます」
「私の名はコギリだ」
俺の店へと向かう道中、お互いに簡単に自己紹介をする。
コギリと名乗った釣り人は三度笠のような縁の広い編み笠に外套という渡世人のような格好で背丈は俺と大体同じくらいかやや俺よりも高い。
「昨日からあそこで釣りをしてましたけど釣りをするためにこのあたりまで来られたんですか?」
「まぁ釣りは私の趣味なんだが、ここに来たのは別の目的でさ。だけど、どうにも早く来すぎてしまったみたいで暇を潰すために糸を垂らしていたのさ。」
「なるほど」
これと言って観光名所でもなく海都からはそこそこ離れた場所に一体どんな用があってかと気になることは気になったが、そこまで図々しく尋ねるほど俺は無神経ではない。
その後も当たりさわりのない会話をしながら歩き、ほどなくして俺の店に到着した。
「へぇ、ここがあんたの店か」
岩場から俺の店まで歩いて戻り、準備中の看板はそのままに表の店の戸を開けてコギリさんを中に招き入れる。
改めて考えればさっき会ったばかりの者に対して随分と不用心な行動だと思うが、まぁなんとなく大丈夫と思えるものがあった。
店の中に入ったコギリさんは頭に被った三度笠っぽい編み笠をを取り外套を脱ぎ、それを入口近くの帽子やコート掛けにひっかけると、俺の店の様子を改めて見渡す。
「元はただの民家なんで客はそんなに入れられませんけどね。まぁ、俺が一人でやってるんで元からそんなに客を入れられないってのもあるんですけど」
「いやいや、なかなかに立派な店だ。それによく掃除が行き届いている。こういう趣の店は海都でも見たことがない」
俺の店は日本の居酒屋風をイメージしてこっちの大工に俺がヘタなりに間取り図とか配置図とかを用意して作ってもらったものだから、たしかに珍しい趣をしているかもしれない。
「それじゃ、俺はコイツを捌いてしまうんで、水でも飲んで待っててください」
俺はコップにキージのしぼり汁を少量加えて冷蔵蔵でよく冷やした水を注いでコギリさんの前に置く。
「あぁ、よろしく頼むよ」
そう言って釣り人、短く切りそろえた紫がかった黒髪の間から一本の青い角が覗く青鬼の女性コギリさんは俺に小さく頭を下げた。
- 全く違和感ない異世界の海辺風景。溶け込みすぎた素材の妙に感動すらおぼえる。地球人の感覚で商う店は異世界だと珍しいんだろうなぁ -- (名無しさん) 2013-10-25 02:00:45
- 食は国も世界も越えるコミュツール。口にすれば言葉よりも多弁。コギリさんが青鬼という意外オチ -- (としあき) 2013-10-25 20:22:16
- オフって空気がのどか。辛い過去のあったという茂だからこそのバイタリティを感じた -- (とっしー) 2013-10-28 23:00:08
- 海猫ってどれくらいの大きさなんだろ?異世界モノのネーミングセンス光ってる -- (名無しさん) 2016-11-02 00:02:17
最終更新:2013年10月25日 01:49