【異世界冒険譚-蒼穹のソラリア- ⑤ 前篇】

 私はソラリア

 永遠の旅人

 時計仕掛けの牢に囚われながら

 それでも私は明日を夢見る



 異世界冒険譚-蒼穹のソラリア-
 act.5 『いつか蒼穹の空で』



「目が覚めましたか?」
 ソラリアが目を覚ました場所は無機質で殺風景な白い部屋の中だった。
 首を回し周囲を確認すると自分はカプセルの中にいる事が分かる。そして微かに体を動かすと何かに引っ張られるような感覚――全身に繋がったケーブルが感じられた。
「ここは……」
 不思議な感覚だが、ソラリアはこの部屋に懐かしさを感じていた。記憶にも無い場所なのにとても落ち着く……そんな奇妙な感覚を。
 ソラリアがボーっと天井を眺めると、少し遅れて、その問いに答える声が聞こえてきた。
「ここは私のラボです。あなたとミィレスの修理をしてあげたのです」
「ミィレスさんっ!?」
 ミィレスと言う名を聞いてソラリアはカプセルのベッドから飛び起きた。
 全身のケーブルがブチブチと音を立て体から外れたが気に止める余裕は無い。ソラリアは何故自分が寝ていたのか、寝る前に何があったのか思い出したのだ。
「確か私の集積火粒子砲と彼女のパルスメーサーカノンがぶつかって……それから」
 一瞬の目眩。
 ソラリアは思い出される記憶のフィードバックに立ち眩みを起こし、頭を抑えふらついた。
 その肩を、いつの間にかソラリアのすぐ隣まで来ていた声の主――カーレン=フォーマルハウト博士が、優しく手を添えて支えてあげる。
「可哀想に……あの娘は心が戻ってしまった。目覚めてからずっと、ああして泣いています」
 カーレンがソラリアの肩を押してある方向を向かせる。
 その先に居たのは、前までの感情を表さない機械のようだった少女ではなく、両手で顔を覆い床に泣き崩れるように座っているミィレスの姿だった。
「ミィレスさん……うっ!」
 ミィレスはマスターであるファルコが好きだった。だが感情回路が壊れていた彼女にはそれが分からなかった。
 そして今、カーレンの手によって感情を取り戻したミィレスは、失った想いの大きさに心痛め、普通の少女のように泣いているのだ。
 酷い男だったかもしれない。でもミィレスにとっては自分を起こし、一番のコマとして重宝し、望みの場所にまで連れて来てくれた男だった。

(私は感情回路が壊れているようです。しかし黒い月までの道案内には支障ありません)
(そうか。……よし、ならば俺が王になった暁には、お前を真っ先に直してやる。お前が我が右腕となって魔神達の陣頭指揮を取るのだ)
(しかし、黒い月には私より指揮に向いた、情報支援型の魔神も――)
(お前は俺が手に入れた最初の魔神だ。記念すべき特別な一体だ。だからお前が良いのだ)
(イエス……マイマスター)

 ミィレスはファルコとの記憶(メモリー)を反芻し、涙は止め処なく溢れてとまらない。心を取り戻した彼女は、同時に悲しみや苦しみや寂しさをも取り戻してしまったのだ。
 そしてソラリアもカーレンによって記憶回路の修理と記憶(メモリー)のサルベージが完了していた。
 ソラリアは頭の中に湧き上がってくる膨大な記憶の奔流に、頭を抑え蹲ってしまう。
「ソラリア、貴女もすぐに記憶が戻るでしょう。貴女の記憶(メモリー)……とても信じがたい事です……」
「あぁ……ああああっ!!」
 そんなソラリアの肩をカーレンは強く握り語りかける。
 彼女の記憶を取り戻させる過程でカーレンは知ってしまったのだ。ソラリアと言うイレギュラーな存在を。そしてその全ての秘密を。

『タクト、逢いたかった』
『私の事、嫌いにならないで』
『こんなに悲しいのに、涙が出ない』
『誰かを大切に思うから、戦えるんです』
『私にも、魂はありますか?』
『タクト……タクトに逢いたい……』

 記憶のリフレインが終わり、ソラリアはゆっくりとその場で立ち上がった。
 これから起こる運命を、ソラリアもカーレンも知っているのだ。二人は部屋の中央でお互い真っ直ぐに相手を見据える。
 向かい合ったまま二人は暫し何も言わず、カーレンのラボを沈黙が支配した。
 これから起こる事に覚悟を決めているのか、それとも……。鉛のように重苦しい雰囲気の中、先に口を開いたのはカーレンだった。
「ソラリア……貴女だったのですね。私の願いを邪魔する存在は、私が作った貴女だったのですね」
「ありがとう博士……おかげで全て……全て思い出したよ」
 お互い不思議なほど穏やかな口調だった。
 今知ったばかりの事なのに、まるでずっと何年も前からこうなる事が運命付けられていたかのような。その運命を受け入れるしかないと理解しているかのような。
 不思議な覚悟がお互いの胸の内に、自然と生まれていた。
「やはり戦いますか。背徳の螺旋に囚われてまで」
 ソラリアが鍵の剣を手にするのをカーレンは止めなかった。
 何故なのかはカーレン自身も解らない。だがただ一つ言える事は、ソラリアは今やカーレンの望みを妨げる障害になったと言う事。
「シーゲル! ヒュント! ソラリアを止めなさい! この際、破壊しても構いません!」
「分かりましたわ、カーレン様」
「へへっ、やっと歯応えのある奴と戦えるな」
 ソラリアが鍵の剣をカーレンに向けた時、カーレンの指令で瞬時の内にアクシズ三姉妹の長女と次女、シーゲルとヒュントがその両脇に現れた。
 シーゲルが自慢の縦ロール髪を手で払い戦闘体勢を取る。ヒュントも鍵の拳を構え同様に戦闘体勢を取った。
「私の野望を邪魔すると言うのなら、例えわが子同然の魔神でも容赦しません」
 カーレンが下がると同時にソラリアとの間に立ちはだかる様に移動する二人の魔神。
 シーゲルとヒュント――第四世代・次世代型魔神と位置づけられるこの二人の性能は、第三世代魔神であるソラリアやミィレスを軽く凌駕する。
 機体性能、戦闘プログラム、武装、燃費に至るまで、その性能を徹底的に見直され、それまでの魔神から別物と言って良い程の性能アップが図られている。
 にも拘らず、カーレンの顔二余裕は無かった。
(あれはソーサリー型とは言え最早特別……しかし、アクシズ三姉妹とて特別製。私の最高傑作を以ってして……あなたを屠る! ソラリア!)
 魔神は次世代機を開発する際、先代の戦闘データをフィードバックして作成される。机上の空論では埋まらない、現実の穴を生めるべく実戦データを反映させるのだ。
 それは実戦データが如何に重要かを示してもいる。
 実戦データの蓄積が、戦闘プログラムを成長させ、戦闘性能を大きく左右する。
 ソラリアがこれまでの戦いで得てきた戦いの経験で、自分より格上の相手との戦力差をどこまで埋められるか……。
「ソラリア、旧式のあなたが私達二人を相手にどれだけ持ち堪える事が出来るのでしょうね?」
「シーゲル姉ーまずはオレにやらせてくれよ。旧式相手に二人掛なんて、次世代型の名が廃るぜ?」
 そう言って一歩前に出たのはアクシズ三姉妹の次女・ヒュント=ナット。一体で数千の兵力に匹敵する戦術兵器『魔神』でありながら、近接戦闘に特化した魔神。
 一対多の戦闘を想定して作られる魔神の中で、唯一、一対一の戦闘を主眼に置いて作られたその性能は、言うなれば『対魔神用の魔神』とも言うべき力を彼女に与えている。
 その接近戦用魔神ヒュントに、この狭所で、しかも接近された状態から、砲撃戦用魔神ソラリアがどう立ち向かうのか。
「ふふっ、良いでしょう。貴方の好きにしなさい」
「やったぜー!」
 余裕を見せるヒュントに対しソラリアの表情は暗い。ソラリアは知っているのだ、この戦いの結末を。自分がヒュントに勝てるのか否かを。
(アクシズ三姉妹……博士が作った”この世界で生きてゆく為の環境対応型魔神”。それに立ち向かうと言う事は、この世界に逆らうも同然。それでも……っ!)
 ソラリアは鍵の剣を構えた。
 例えどんな未来が待っていようとも、それでも少女は戦うしかないのだ。
「リミッターを解除して限界性能を引き出すしかない! 勝負だ、ヒュント!!」
(私の体は、あと何分持つのだろう)
 ヒュントの早さに少しでも対抗するにはリミッターカットしかない。己の体が己の力で壊れようとも、一瞬でもヒュントを上回る為に。
 ソラリアの両肩と背中の廃熱口が開きエアダクトを吐き出した。
 黒い瞳はヒュントの僅かな動きも見逃さぬよう鍵の拳に注意が注がれる。
 二人の間の空間が歪んだように錯覚する程のプレッシャー……だがその時間は一瞬しか続かなかった。
「最初から手加減できる身分かよぉ!? はぁっ!」
 先に仕掛けたのはやはりヒュントだった。
 ラボの床が砕け爆ぜる程の強力なダッシュ力で繰り出されるボディブローは、鍵の剣で防御したソラリアの体を、空中制御不能の勢いで遠方の壁面へと叩きつける。
 もしガードしたのが武器でなく腕だったなら、防御していようがいまいが関係ない程の打撃によって両腕ごと粉砕され、胸部は一撃でグシャグシャに破壊されていた事だろう。
 これ程の威力を持つ攻撃だが、ヒュントはまだ武器である鍵の拳の能力を使っていない。
「部屋が汚れます。外でやりなさい」
『はーい』
 ダメージにより一瞬思考が停止していたソラリアが意識を取り戻したのと、ヒュントがカーレンの言いつけにより”ソラリアの体ごと壁を突き抜けて外に出た”のは、殆ど同時だった。
 再びソラリアの防御は間に合い、鍵の剣でヒュントの拳を受ける事に成功した。
 だが今度の打撃はヒュントが空中推進を行いながらの攻撃。
 ソラリアは打撃の衝撃で再び意識が飛びそうになりながら、背中で無理やり壁を突き破りつつヒュントの楽しそうな表情に恐怖を抱くのだった。
「さて、私は計画の最終段階に移ります」
 ヒュントの攻撃で一瞬電源が落ちた暗いラボを、ヒュントのあけた穴から差し込む月明かりが怪しく照らす。
 予備電源に切り替わり再び光に包まれたラボには、もうシーゲルの姿は無い。ヒュントが壁に穴を開けた後、その後ろを追ってすぐに外へ出て行ったからだ。
 ラボは再びミィレスの泣き声だけが支配する空間に逆戻りする。カーレンがミィレスの居る壁の反対の壁を撫でるように触った。
 すると壁がブシュと言う音と共に開き中から小部屋が現れた。そこには魔神のカプセルとよく似た椅子と、多数のケーブルが繋がれた巨大なバイザーを被った男が居た。
 その男は口元だけが出ていて、その口はだらしなく開けられ口の端からは涎が垂れている。
「今日、本日、この日世界は燃え尽きるのです。そして私は、ついに……」
 女の泣き声と男の呻き声だけが聞こえる部屋で、カーレンは不気味にほくそ笑むのだった。



「そんな氷、輻射熱線砲で全て薙ぎ払う!」
 広い外に出て、ソラリアは後退しながらも懸命にヒュントと戦っていた。
「ハハッ! 炎と氷、相性悪いぜ! けどよぉ――」
 ヒュントの鍵の拳――その能力は、空気中の気体を圧縮、液化させ放つ事。
 大気の78%を占める窒素を液体窒素として放った場合、-196℃の液体は生物なら瞬時に氷結させてしまう事が出来るのだ。
 だがその温度では魔神の着るバリアコート(強化繊維装甲服)の凝固点より遥かに高い。致命打を与えるにはまだ足りない。
「スピードが違いすぎるんだよスピードがぁ!」
 ヒュントの鍵の拳の真価はそんな程度ではなかった。
 大気に約0.0005%しか存在しないヘリウムを圧縮・液化させる事で、-272.20℃の液体ヘリウムを精製する事が出来る。
 この世の全ての物質を構成する原子。その原子が完全に動きを停止する温度――絶対零度-273.15℃に限りなく近い極低温は、魔神のバリアコートでさえも一瞬の内に凝固させる。
「サドン・インパクト!」
 ヒュントのファイナルアタック『サドン・インパクト』は、打撃と同時に打ち込んだ液体ヘリウムで敵を氷結させ、どんな物質をもガラスのように破砕する絶対破壊攻撃(アブソリュートブレイクショット)なのだ。
「へっ、上手く避けたな。オレのファイナルアタク『サドン・インパクト』の特性に気付いたか?」
 ソラリアはギリギリの攻防の中、一瞬のチャンスを狙い続けてきた。
 リミッターカットによる過剰な運動に間接部と人口筋肉は悲鳴を上げ、自己修復機能も廃熱も間に合っていない。それでもヒュントのスピードを捌くだけで精一杯で、逆転の一撃を与える隙はようとして見つけからない。
 肩と背中の廃熱口から、内部の熱で機能停止したナノマシンが廃熱と共にキラキラと光を反射しながら排出された。
「だが完全にはかわし切れなかったようだぜ。ほら、ご自慢の服がボロボロだ」
 ヒュントの絶対破壊攻撃を何とかかわしたソラリアだったが、かすったバリアコートは砕け散り、ナノマシンも氷結している為、再生もままならない。
 もし次ぎ絶対破壊攻撃がソラリアをかすったら……その時こそ、砕け散るのは服ではなく体の方だろう。
「私は絶対に……負けない……」
「その様で言えたセリフかぁ」
 再びヒュントの猛攻が始まる。
 全魔神の中でも屈指のスピードを誇る運動性能で、突進と突きのラッシュによる怒涛の攻めを展開している。
 その最中、ソラリアが見せたのは――。
「火粒子よ、我が剣に集え――」
 ソラリアの鍵の剣に火粒子が集まってゆく。
 いつもは集めた火粒子を砲撃として放つ攻撃が主体であるが、今回は全く違い、集まった火粒子は鍵の剣周囲に纏われるように集まり眩い輝きを放つ剣と化した。
「収束・火粒子刀っ!」
「へぇ、器用なもんだ。けどなぁ――」
 数万度のエネルギーを持つ刀は、バリアコートをも両断する。ヒュントの絶対破壊攻撃に対するにはもってこいの武器だ。
 素手vs剣の段階で剣が有利な事は明らかな事実。しかしヒュントは不敵な笑みを浮かべ、ソラリアの前から掻き消えたのだった。
「いくら砲撃が当たらないからってっ! このオレに接近戦を挑むたぁ! 判断ミスって! 奴なんじゃ! ねぇの!?」
「うっ、ぐっ、ぐぁ! くっ、うわぁ!」
 そう、ソラリアがリミッターカットしたように、ヒュントもリミッターを解除すれば更なるスピードを出せるのだ。
 ヒュントのリミッターカットした速度は他の魔神とは次元が違う。
 単純な加速力は勿論、体の質量を人口筋肉と空中推進によって無理やり急転換する事で大気中に真空が生まれ、それが閉じた時破裂音がする。
 目で追えない速度で動かれた上、音が後から付いてくる。この速度を初めて体験した敵は、視覚と聴覚のズレにより完全にヒュントの位置を見失う。所謂『初見殺し』と言う奴だ。
 だが……。
「やはり接近戦は判断ミスだったなぁ! 止めだソラリアぁ!!」
「――っ!」
 その瞬間!
 ヒュントがファイナルアタックの準備を整え狙ってくる瞬間をソラリアは狙っていた!
 絶対破壊攻撃に絶大の信頼を寄せるヒュントはサドン・インパクトを打ち込む瞬間、無意識に攻撃が大振りになる。
 即ち、ファイナルアタックの瞬間だけヒュントの速力は通常に戻るのだ。
「なにっ!?」
「っ……!!」
 ファイナルアタック『サドン・インパクト』。この攻撃を彼女が外したのは彼女が生まれてから二度目。
 そして……。
(サドン・インパクトを避けて、しかもその瞬間反撃してきただと……? バカな、奴のスピードじゃそんな芸当ありえねぇ! まぐれだ! これは偶然だ!!)
 ヒュントの腹部には焼損したバリアコートと焼けた人工皮膚の痕。
 直撃の寸前に急制動、急加速で後ろに逃げた為両断されなかったが、あと一瞬でも反応が遅れていれば負けていた。
 ヒュントは第四世代である自分が第三世代のソラリアになど、万が一にも負けるはずが無いとたかをくくっていた。しかしその格下と見ていた相手に未遂に終わったとは言えやられかけたのだ。
 今や、彼女の自尊心は大きく傷つき、事実を受け入れられない状態となっていた。
「二度もまぐれがおきると思うなー!」
「しまっ――」
 殆ど逆上に近い状態でヒュントが繰り出した攻撃は、今までで最速、最短の攻撃だった。
 鍵の拳は使っていない。だがヒュントのスピードとパワーならただの打撃でさえ必殺の一撃となりえる。
 ソラリアは避けようとしたが、リミッターカットで動き続けた反動から間接が悲鳴を上げていた。動きが一瞬遅れ、直撃は免れないと覚悟した瞬間――。
「なにぃ!?」
 ヒュントの拳を遮るように二人の間に割って入った影があった。
 その影は黒い月の表面に突き刺さり、主に拾われるのを待っている。
「こ、このキーブレードは……」
「私と同じ、まさか……」
 それは銀色の鍵の剣。ソラリアが金色の鍵の剣なのに対して、この鍵の剣を使う魔神は現在ただ一人。
「一体何のつもりだぁ? てぇめぇ」
 ヒュントが目を向けた先に居たのは、光の鍵の剣を使うもう一人の魔神。
 ソラリアをここ黒い月に連れてきた張本人。そして死闘を繰り広げた結果、望みを叶え、希望を失った者。
「ミィレス=アストレス!」
 感情を取り戻しファルコの死を知ってラボで泣いていた、魔神ミィレスその人だった。
「ミィレス……あなたどうして……」
「私が用があるのはソラリア、あなたにです」
 ミィレスは黒い月の表面に突き刺さった自分の鍵の剣を引き抜きながら答えた。
「ソラリア、あなたは一体……どうしてそんなに戦えるのですか? 私はその答えが知りたい。あなたはどうして、一体どうして」
 ミィレスは背中を向けたまま問いかけた。
 ラボで聞いた断片的情報から、ソラリアが自分より遥かに過酷な運命に巻き込まれている事は知っていた。
 にもかかわらず、ソラリアは諦めずに立ち向かっている。抗えない運命に、屈する事無く戦い続けている。ミィレスはそれが解らなかった。何故そこまで強く居られるのかと。
 その答えを聞く為にミィレスはここに来たのだ。
「……信じているからだ」
 ソラリアは答える。
 真っ直ぐな視線でミィレスの背中を見つめながら、ソラリアはその黒い瞳に蒼穹の青を映しながら。
「私は明日を信じている。いや、信じたいから、信じていたいから戦うんだ」
「信じ……たい?」
 ミィレスが振り向きその顔を見せた。
 ミィレスは泣いていた。
「私は未来を信じている」
「未来を……」
 ソラリアとミィレスの会話をヒュントは冷めた視線で眺めている。
 正直ヒュントにとってはどうでも良い話だった。二人が話している間に攻撃しても良かった。だが敢えてそれをしなかった。
 攻撃を邪魔された怒りは有った。だが彼女の傷つけられた自尊心を回復させるには、あくまでソラリアを一対一の決闘で倒す必要があったのだ。
 そう決闘。誰にも邪魔されず正面からぶつかり合う純粋なる勝負で勝たなければならない。ヒュントは近接戦闘用魔神であり対魔神用魔神であり、そして決闘用魔神でもあるのだから。
 この間にソラリアはリミッターカットによる疲労ダメージと放熱を回復させるだろう。だがそれはヒュントも同じ。
 一旦勝負を仕切りなおして、次こそ自慢の絶対破壊攻撃でソラリアを粉微塵に粉砕するつもりだった。
「私も……私も未来が見たい。貴女の未来、未来と言う希望が」
 ミィレスが涙を拭って鍵の剣を構えた。
 その様子を遠間から眺めていたシーゲルは、妹であるヒュントの気持ちを汲んで助け舟を出す。
「貴女も裏切るおつもり? ミィレス=アストレス」
「裏切るつもりはない。ただ、ソラリアはやらせない。絶対に」
「同じ事だわ。あなたもグランドマスターである博士の命に背くイレギュラーに過ぎませんわ」
「私のマスターはただ一人です。そして私は……私は、私自身の命令で戦う!」
「旧式が生意気ですわよ!」
 ミィレス、そしてシーゲルの介入により、ソラリア対ヒュント。そしてミィレス対シーゲルの構図が鮮明となった。
 魔神同士が戦う空前絶後の戦いが、今ここ魔神達の最後の砦『黒い月』で起ころうとしている。
(ソラリアは強烈に信じている。未来を……未来が来る事を)
 ミィレスは鍵の剣をシーゲルへと向けなおした。
 それに答えるように、ゆっくりとシーゲルは白銀色の鍵の戦斧(ハルバード)を構える。
 ミィレスはシーゲルの能力の一旦を知っている。雷光だ。シーゲルは、それまでの魔神には無かった属性『電気』を操る。正直、ミィレスにはその能力への対抗手段がまるで分からないままであった。
「私も、貴女の様になれるかな? ソラリア」
 それでもミィレスは戦おうと思った。
 例え相手が自分より強くても。勝てない・負ける運命と分かっていても。立ち向かおうと思ったのは、ミィレスが『心』を取り戻したから。
「フェイズ3の貴女が、フェイズ4の私に敵うと思ってるのかしら?」
「敵う訳ない。そんな事分かってる、でも――」
 ミィレスは目を瞑りファルコの事を思い出す。ファルコは自分が魔神達の王に相応しくないと言われても諦めなかった。自分を信じて最後まで戦った。
 ミィレスのただ一人のマスター……願いを叶えてあげたかった。例えそれが悪い事だったとしても。それがミィレスの願い。
「私は希望が見たいんです。その希望を、ソラリアならきっと見せてくれます」
「ならば希望を見る前にお死になさいな」
 夢を叶えてあげられなかった自分が、今ここで我が身可愛さに逃げ出したらマスターにどう思われるだろう。
 ミィレスはマスターへの思いを胸に、ソラリアを守る為シーゲルに立ち向かう決心をしたのだった。



「なーんだっ、三人になっても大して変わりないじゃんっ」
 そう言ってリンネは鍵の笛から口を離し、三人の聖騎士を指差して笑った。
「まいったねこりゃ」
 ボロボロのアルトメリアのぼやき通り、三人の聖騎士が力を合わせても魔神リンネ=サンサーラには歯が立たなかったのだ。
 その理由の一つには三人はぶっつけ本番の即席チームであり、連携などまるで取れていなかったと言うのがある。
 そもそも中央統制機構『元老院』直轄部隊『聖騎士団』トライアンフ所属聖騎士は、一騎当千の兵であり、他の聖騎士と協力して戦う事自体ほぼあり得ない事だった。
 トライアンフの聖騎士に求められる資質は『個の強さ』であり、それはそのまま強烈な個性として表れる。つまり、強すぎる個性は協調や連携を邪魔するのだ。
 その為アルトメリア、カイラ、ストレンジャーの三人は三人いながら1+1+1ではなく、1と1と1でしかなかったのだ。
【あの魔神は音、つまり大気を伝わる振動を使って攻撃してるよ】
「じゃあさっきからするこの頭痛や吐き気も毒じゃなく……」
【三半規管に影響する音で相手の状態異常を引き起こしてるみたい】
「やっと本気を出してきた、って所だね」
 それでもリンネが本気を出さざるを得ない程度には、戦いはマシになって来ている。
 陽が落ちた事によりアルトメリアが真価を発揮出来るようになった事、そしてカイラの風精霊がリンネの『音』に対して有効である事がその理由である。
 リンネが再び鍵の笛を吹いた。
 その途端、空気の壁のようなものが三人を襲い、周辺の脆い物質から崩壊させてゆく。
 リンネの音波による攻撃だが、これをカイラが二人の前に立ち風の壁で軽減、防御する。もう幾たびか続くこうした光景にリンネは小さく舌打ちをした。
【地球のデータベースを検索……『衝撃波』『共振現象』『固有振動数』】
「聞いた事ない言葉ばかり……つまりどう言う事?」
「奴も風使いの一種って事さ!」
 ストレンジャーがディルカカネットワークを介して得た分析の結果を二人に伝える。
 異世界は精霊文明の為、地球のように科学が発達しなかった。しかし魔神達は魔術と科学を応用した魔科学兵器を使う。こちらの世界では理解できない現象も多々あるのだ。
 それに対して蟲人達が使うディルカカネットは、地球の科学文明との接触からその知識を取り込んでいる。異世界の知識、そして地球の知識の両方を使えば、魔神に対抗する手段も見つかるとストレンジャーは考えたのだった。
「作戦会議は終わったかな? じゃあ君から殺しちゃうね☆」
「そう簡単にやられてたまるもんですか! 風よ!」
 リンネの攻撃方法は大気を利用した振動による攻撃。ならば風の精霊を使うカイラなら、リンネの攻撃を防げるか?
 答えはネガティブだった。この世界の自然現象を司るのは精霊だ。そして魔法はその精霊にお願いして奇跡を起こす事を言う。つまり風の精霊使いカイラが風を使うには精霊を介す必要がある。
 だが魔神は、魔神自体が精霊のように奇跡を起こす。そしてその奇跡は精霊のそれより優先される。
 加えて魔神は精霊のように自然界の秩序を考慮しない。それは連続して奇跡を起こし続ける事が出来、そして周囲の精霊が死滅する事などお構い無しに魔素を使う事ができる。
 もっとも、リンネは全魔神中、最も魔素の消費が少ない環境対応型魔神の完成系。周囲の精霊に及ぼす影響はソラリア達ほど大きくは無いが。
「何これ真空波? ボクの大切なツインテールが半分になっちゃった」
「何なのその服!? どうして服も肌も無傷なのよ!!」
「その程度の攻撃じゃ、バリアコートも人工皮膚の下のネオキチン装甲も傷つけられないよ。大人しく諦めたら?」
 カイラがこうして精霊魔法を使い続けられるのも相手がリンネだからなのだが、リンネはカイラやアルトメリア、ストレンジャーの攻撃では傷付けられない化け物でもある。
 この魔神に勝つにはもっと他に、そんなものが存在するならばの話だが、弱点を見つけなければ不可能だった。
「風の力を舐めんじゃないわよ! 今度はトルネードテンペスターをお見舞いしてやる!」
「も~、空を飛べるボクに竜巻なんて無意味だって分からないのかなぁ? だんだん面倒になってきた」
「ムカつく~!」
 カイラは頑張っているが、今の時間稼ぎがいつまでも続くとは思えなかった。
 三人の体力は有限だ。疲れを感じないスラヴィアンのアルトメリアにしても夜明けが来れば即座に殺されるだろう。三人がまだ動ける内に、なんとしても魔神の弱点を突き倒すしか生き残る道は無いのだ。
「今度は全員で同時にかかるんだ。息を合わせて」
【うん】
「分かったわよ!」
 アルトメリアは二人に呼びかけ、その牙は岩をも削ると言われる異世界の凶暴魚フライソードフィッシュを召喚した。
 ストレンジャーは岩にも刺さる針を持つピラニアンビーを、カイラは再び風精霊に頼んで真空波をリンネに向けて放った。だが……。
「きゃーーーーーー!!」
 その全てがリンネの鍵の笛の一吹きで跳ね返されてしまう。
 リンネの衝撃波はそのまま三人を襲い、黒い月の表面に叩きつけダメージを与えた。
「ふぅ……パワーもスピードも防御力も、能力まで全て奴が上、普通に考えたら勝ちようが無いねぇ」
「だったらどうするのよ! このままじゃ殺されるだけよ!?」
 月明かりを背中にリンネの表情は見えない。
 だが先程までのおどけた様な軽口が無くなっている所を見ると、リンネはとうとう三人に飽き、本気で戦いを終わらせようとしている事が分かる。
 ガラス玉の様に綺麗で冷たい瞳だけが、月明かりの闇の中爛々と輝き聖騎士達を睨みつけていた。
「フッ、見下してるよ。私らの事なんかムシケラとしか思ってないんだろう」
 アルトメリアは空から見下すリンネに対して毒づいた。
 彼女は思い出した。三百年前、自分をこんな体にしたスラヴィアンとしての生みの親を。そのスラヴィアンも生者だった自分を自分の所有物、オモチャのようにしか思っていなかった。
 弄ばれた彼女が自分のマスターを殺した時、彼女は自由と同時に夢も希望も失い、国を出る事になったのだ。
「だが完全無欠の存在などいない。必ず弱点はある筈さ。そして奴は……」
 彼女は知っている。
 全て失い放浪した三百年の間、時間を潰す為に読み続けた本が与えてくれた知識――神は星や宇宙でさえも、始まりがあり終わりがあると言う事。
 神同士が戦い、勝つ神と破れる神があった事。神が生み出した数々の発明や生命の中にも、失敗作が存在する事。理想とはかけ離れた神や亜神の存在を。
【解った。やってみる】
「ちょっとどう言う事よ? 私にも説明しなさいよ!」
 魔神は人に、地球人に作られた存在だ。古代の高度な科学力によって生み出されたモノだ。機械であり、コンピューターであり、魔道具であり、人格を持った人形だ。
 ならばその攻略、一か八か地球流の方法でやってみる他無いであろう。
「カイラ、お前さん誰よりも風に愛されてるっていってたよな?」
「当然よ! この空で私に敵う鳥は一人もいないわ!」
「なら、お前さんに任せようかね」
「え?」
 アルトメリアは黒い月の表面に立ち、両手を広げ二人の前に出た。
 そして己の全てを晒す決意を込めて約束の言葉を詠唱するのだ。
「アルトメリア=リゾルバが命ず! 出でよ眷属 我が血肉 混沌なりし闇の住人 我が力 我が威となりて 共に滅びの道を歩まん 神々の魂すらも打ち砕き」
「ちょっと!? 一体何をするつもり!?」
 二人の見る前でアルトメリアの体がモゾモゾとありえない動き方をした。
「私これで死ぬかもしれないから。後の事は宜しくな、ストレンジャー、カイラ」
「え?」
 次の瞬間、体の隅々至る所から不規則に絶え間なく、どす黒い何かが細い体を突き破って出て来た。
 その形は大小さまざまな獣の形で、数は数百に及んでいる。
 これこそがアルトメリアが不死身だった理由。永い年月を生きる内に己の体の欠損部を補う為、喰らい続けた生ある物の数だけ、体内にその魂と血肉を蓄積していったのだ。
「うえー、気持ち悪ーい。……けど、これで分かったよ。君が不死身だった理由」
 屍喰い(グール)は生者から生気を吸収できない。吸収するには同じアンデッドを食べるしかないのが屍喰いだ。アンデッドを食べるアンデッド。出来損ない。それが屍喰い(グール)だった。
 だがアンデッドであってもヒトを食べる事を拒絶するアルトメリアは獣を食し己の血肉とする事で、食べた物を身代わりに外界からのダメージを受けないようにしているのだ。
 生気を吸収しない。故にアンデッドとして成長できない。そんな彼女が死なない為に取った生存戦略がこれだったのだ。
「私がここまで見せたんだ……今そのニヤケ面を消してやるぜ、木偶人形!」
 そのアルトメリアが全魂を体外に開放し、全使い魔を攻撃に使う。
 全使い魔を一度にけしかけて数で圧倒し敵を倒そうと言う、原始的ながら強力な戦法。ネタをばらし弱点を晒し防御を捨てた捨て身の作戦。これがアルトメリアの最終奥義だった。
 最終奥義を破られればアルトメリアの命は無い。彼女は決死の覚悟をしていた。
「君、もう謝っても許さないから。絶対に殺す!!」
 リンネが黒い月の表面に降り立ち鍵の笛を構える。
 今までリンネを傷つけられた使い魔は一体もいない。アルトメリア最後の戦いの幕が切って落とされたのだった。




  • バトル基調でという流れが見所のソラリア。イレゲでの屍喰の登場はサプライズで次に期待してしまう -- (名無しさん) 2013-11-10 19:10:28
  • 大きくSF面とストーリー面を進めてきた!と感じた前篇。戦闘と進行を混ぜずに戦闘は一色でドンと見せたほうがすっきりしそう?ともちょっと思った -- (としあき) 2013-11-12 22:53:14
  • 核心に向かって!という勢い感じずにはいられない。すでに方々無事ですみそうもない雰囲気だけどせめてハッピーエンドで…! -- (とっしー) 2013-11-15 22:31:04
  • シリーズ通して確固たる世界観とタクトとソラリアの進む道が作者の中に存在しているのだと感じます。劇中劇とも未来とも思うことはありますが未踏破の空気やレアなネタを絡めていく展開は正にイレヴンズゲート -- (名無しさん) 2018-03-11 18:24:54
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最終更新:2013年11月24日 05:36