各地で連鎖的に暴動と反乱が起こり、やがて一つの意思となって旧
オルニト帝国を呑み込んだかつての時代を振り返り、疑問に思う者がいる。
いつから始まったのだろう? どうしてその瞬間だったのだ?
火種はあった。支配する者とされる者との軋轢にくすぶり続けた怒りは無から湧き出た物ではなく、どんな些細なはずみに噴出しても不思議ではないものだった。
だが、例えいかなる背景がそこにあったとしても、その戦いは紛れも無く誰かが強く望み、求めた時から始まったのだ。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
緑の斜面ににかさぶたのように張り付くその鉱山集落は、解放軍の占拠によって基地の一つとなっている。
パルゴは父と母からクイナの血を継いだ。奴隷の子として生まれ、飛べない身体を持っていたために彼もまた奴隷だった。今は部隊の実質的な隊長として、主に他の基地との連携を図っている。
その晩、パルゴはやり場のない苛立ちにひたすら悪態をついていた。
状況が芳しくない。初めに高山地帯から始まったその暴動は、まだらに勃発しては円を描いて勢力を拡大していった。
初めはそうだ。森林を迷彩とし地形に隠れてオルニトの兵を迎え撃てる高山だからこそ、互角以上に戦えた。
だが麓を下りたらどうだ。空を自由に飛べるオルニト兵と、あくまで地面に貼り付いて戦う反乱側には歴然とした有利と不利の谷がある。
空から風精を纏った投げ矢を降らされるだけで手も足も出ないのだ。空を飛べないというハンデに感じる理不尽は今に始まったことではなかったが、それでもこれほどの無念を覚えたことはない。
追い立てられた農奴達が次々と山側に逃げてきている。彼らを迎え入れることで食料は目に見えて減っている。オルニト兵が飢餓から士気を挫こうと目論んでいるのも、パルゴは知っている。
だが、どうしようもなかった。
「ちくしょう!」
一際大きく吠えたのを最後に、パルゴは自室を出て人を尋ねた。扉を叩くと返事が帰り、見慣れた顔が少し遅れて扉を開けた。
セビ―とは戦いの中で知り合った。温和でありながら有能なクイナで、パルゴの補佐を任せられている。
「酒だ、酒を、くれ」
セビ―は友人でもあった。進んでパルゴの相談役になり、日に日に憔悴していく精神を励ましてくれた。気のいいやつだった。
「また眠れないというんだろう、パルゴ。だめだよ。ひとかどの隊長ともあろうものが、酒に頼るような小心者でどうする」
そんな彼だから、パルゴの衝動をやんわりと抑えた。パルゴがかんしゃくを起こしかけた子供になると、セビ―は優しい兄になる。
「誰が見ているともしれないんだ……。皆を不安にさせてはいけないだろう。思いつめすぎるのはよくない」
「もうだめなんだ。解放軍がどれだけ山を守れても、それでオルニトを倒すことはできない。どうして俺たちは飛べないんだ。このままじゃ、なぶり殺しになるだけだ……」
「落ち着け。君の不安はよく分かる。だが酒はだめだ。酔いは人を怒りやすくもするし、悲観的にもさせる。気分を変えよう。ほら、外に出るよ」
パルゴは手を引かれて歩いた。顔はずっと俯いたままだ。涙は流れない。ただどうしてという思いが内を渦巻き、自分の表情がわからなかった。
「綺麗な星空じゃないか」
歩いた先は森林の中に開けた広場だった。枝葉の屋根がぽっかりと穴を開けた遥か天上に、星々が眩しく輝いている。パルゴはこの場所に来たことがなかった。
「僕の秘密の休憩所なんだぜ、誰にも言うなよ。静かなここが好きなんだ」
どうってことはない、特別なものもない森と夜空だったが、パルゴはその中に神秘を感じた。セビ―は静かに語る。
「僕が鞭で打たれながら重い土を運んでいた頃も、疲れたらよく星を見ていたよ。ちょっとくらい空を飛べたって、星には絶対に手が届かない。だから、僕は星が好きだ……」
セビ―は一点を見つめている。パルゴもそこを見た。一際明るく輝く星が、こちらを見つめ返している。
「飛べたから何でもできるってわけじゃない。
ハピカトルにも振り回されているような奴らだ。ちょっとしたきっかけで風向きが変わることだって、きっとあるはずさ」
ハピカトル。パルゴは白痴の神を思った。飛べる者が飛ぶのもかの神の気まぐれで、飛べない者がいるのも理屈のないことなのだろうか? ある日突然飛ぶ鳥が地に落ち、足が空を歩くこともあるのだろうか?
冗談ではなかった。
「セビ―。オルニトの神に祈る気にはならないが、俺は星に祈ることにするよ」
風に嫌われるならそれでもいい。空を飛べればなんて妄想は萎えてしまった。だが、嵐の神が顧みないなら、その代わりに無数にある星々のどれかが。俺たちを見ていてくれたっていいじゃないか。
パルゴは祈った。たとえこの戦いに負けることがあろうと、星が見ていてくれることを。無駄に死んでいくのだけは嫌だった。胸中に湧き出た言葉が、口から溢れる。
「力さえあれば……」
そして、静謐な空気は破られた。
「そこにいる者、誰だ!」
セビ―が声を張り上げる。草深い暗闇の中に、いつの間にかそれは立っていた。
それはこちらに向かってくるようだった。木陰から星明かりに進み出て、その姿を露わにする。
「止まれ! 止まれ! ────なんだ、こいつは?」
それは異様な風体だった。頭からぼろをかぶり、何の種族とも判然としない。およそまともな格好をしていなかったが、汚れきった服装に残る面影は、どのオルニト階級のものでもなかった。
何よりもこんな山中において、手にぶらさげた棒の他には全くの手ぶらだった。
「それ以上動くな! 止まらなければ本当に斬るぞ!」
セビーがいよいよ護身の小剣を抜いて、それはようやく歩みを止めた。
そして棒をセビ―に向けた。
危ない、とか、避けろ、とパルゴは言うつもりだった。
「セビ―!」
パルゴが何をするよりも早く、夜の暗闇を光が瞬いた。
音が弾けて、セビ―が横倒しに倒れる。
次の瞬間、パルゴはそれに飛びかかっていた。2回目が瞬く。なんともなかった。
もみ合いの中でパルゴはそれを滅茶苦茶にしてやろうとし、引き裂いて、それがどうなっているのか始めて知った。
ぼろが外れた頭には蛆がわき、破れた服から見える腹は、ぐずぐずに崩れて粘り気のある内蔵がはみ出していた。
「ゾンビー……? 嘘だろ?」
パルゴが確認したから死んだとでも言うかのように、それはもう動かなくなっていた。見たことがない種族だった。
パルゴはセビ―の下に走り、死んでいるのを確認して、それを見やり、死んでいるのを確認して、自分が生きていることを確認した。
後にはパルゴだけが残った。パルゴはのろのろと不思議な棒を拾って、ただ呆然と星空を見た。
一際明るく輝く星が、パルゴを見つめ返していた。
棒の効果はてきめんだった。
矢よりも早く強く広範囲にばらまかれる鉄の玉はオルニト兵士の飛翔によるアドバンテージを見る間に打ち消し、解放軍は山の麓を下りてどこにでも潜んだ。
何もない大空のどれだけ恐ろしいことか。怯えたオルニト兵士は高度を飛んだが、散弾の一発が羽根をかすりでもすればふらふらと降りた所を解放軍が捕らえるか、まっすぐに落ちて首の骨を折るかだった。
その棒を持ったゲリラがどこの家屋や木の影から飛び出すともわからないのである。こうなれば、もはやただの反乱の鎮圧ではすまなかった。
勢いを増す解放軍とオルニトとのぶつかり合いはさらなる波紋を広げ、後に解放戦争と呼ばれる規模にまで発展する。
オルニト全土を焦がす炎を、その目は見ている。
「お願いします! 許してください! お願いします!」
その日解放軍は山中にある馬車を襲った。安全のためにあえて陸を往く博打は失敗に終わり、護衛は斃れた。恐怖に震える娘が一人残され、こうして命乞いをしている。
「あ、あたしは……戦える人間じゃありません……。人を殺したこともありません……。許してください……」
その娘がやっとの思いで吐いた言葉は、解放軍の笑いによって迎えられた。怒りと嘲りとわずかな憐憫が混ざる、不愉快な笑いだった。
「お嬢ちゃんのお手手が綺麗でもな、その分誰かが汚い仕事をしてるのさ。……お嬢ちゃんのお父様とかね」
「知ってるか? オルニトで幸せそうにしてる奴はな、み~んな罪人なんだぜ?」
「お前も空からオレらを見下してきたんだろう! 飛んで逃げてみたらどうだ? さあ、ほら!」
娘はがくがくと震えて周りを見渡した。娘は今大皿に座り、自分を食べようと厭らしく嗤う悪魔に囲まれている。そして不幸なことに、その中に最も恐ろしい顔を見つけてしまった。
「あ……、あ……」
そのクイナは悪魔の中でただ一人笑っていなかった。クイナがのそりと進み出ると、悪魔たちはすぐさま道を開けた。
クイナの何の感情も宿らない瞳を覗いた娘の胸中に、唐突な感情の奔流が起こった。それは理不尽に対する憤りだった。
「なんで、どうして」
なんでこんな目に合わなければならないのか。どうして自分が。そう言っていた。
クイナは思った。なんで戦わなければならないのだろう。とても痛くて苦しいのに。どうして戦い始めたんだろう。奴隷だった時よりも今が遥かに過酷だ。
それは、たぶん。地面で生きて地面で死ぬしかない自分にとって、空を飛ぶ鳥があまりに羨ましかったからだ。
「娘さん、あんたが神様から空を飛ぶ翼を貰ったように、俺はオルニト人を殺す力を貰ったんだ。だからもっと殺さなきゃいけないし、そのためにあんたが必要だ」
連れて行け。そう命じると娘は縄をかけられる。娘はクイナの前から連れ去られるまでずっと、クイナの目を見て泣いていた。
解放軍にとってもこの戦争は不幸だった。奴隷として同じ土地に縛られて生き、空を飛ぶことのなかった彼らはオルニトの広さを知らない。
棒の力を持ってしてもまるで終わりの見えない戦争は彼らの想像を大きく超えて長く続き大きく広がり、心を荒廃させ果てた。
親元と離され、愛も娯楽も知らなかった彼らを駆り立てるものは被差別者同士の同族意識、オルニトに対する恨み、怒り、そして、妬み。
彼らが守るべき尊厳は、オルニト人を殺す棒にしかなかった。
クイナはただ空を見る。オルニト人が飛ぶ数を減らし、ただ青く広がるだけの空を。
空がクイナを見つめ返す。じっと見つめ続ける。
勇猛ナルオルニトノ将軍、娘ヲ賊ニ拉致サレ発狂スル。
停戦ヲ唱エタ穏健派ノオルニト議員、自宅ニテ変死ヲ遂ゲル。
オルニトノ試作銃暴発スル、秘密武器工房ガ炎上。
ゲリラ潜伏ノ噂アル地ニ毒ガ流サレル。オルニト一般市民共ニ全滅。
……。…………。………………………………………………………………。
彼らは、じっと見つめ続けていた。
彼らは芽吹いた動乱をその目にて見つめ、そして新たなる種を探す。
彼らは虐げられる者に力を与える。争う力が拮抗すれば、その根は深くなるだろう。
彼らは願いを叶える。その結果を見つめ続けた。
彼らは荒野を好み、瓦礫を好み、人の感情を好み、きれいに整ったものをぐちゃぐちゃにすることを好んだ。
あまりに長く続いた動乱の後には、簡単には秩序は戻らない。この戦争が終わった後の真の自由の時代も、彼らには楽しみだった。
強い者が力に望み求めるがままに奪う混沌の時代だ。その中でヒトは、いかなる感情を得て、どのように生き、進化をしてゆくのだろうか。
生まれた英雄の中には彼らの一柱に混ざる者もあるかもしれない。彼らは自分らの貌が新たに増えるその時を、とても待ち遠しくしている。
そうして彼らは彼らの無貌にあぶくのごとく湧き上がる多対の目によって、その大地を覗きこむのであった。
- 具体的に経緯と関係と結果が出てくると異世界でのレギオンの独自色がよく分る -- (名無しさん) 2013-11-24 12:39:06
- 裏で糸を引かれているにしても散ろうが生きようが当人らにはそれが本当なんだなーと -- (名無しさん) 2013-11-25 14:08:23
- こわいね -- (名無しさん) 2013-11-26 11:15:59
- 戦火こそ最善最速の進歩の方法とするレギオン達が新天地の中だけで収まるのかどうか… -- (とっしー) 2013-11-29 23:19:53
- ビルド&ブレイクの繰り返しとも進化の鍵が闘争にあると確信しているかでないと武器という油を火に注ぐなんてことはしないだろう -- (名無しさん) 2017-01-17 14:37:28
- 恐らくはレギオンがオルニトの内情に干渉した顛末なのでしょう。マセ・バズーク侵攻の敗退を機に様々な負の爆発が起こったであろうオルニトで延々と複雑に絡まり続ける連鎖に外部が意図して泥をかけるとどうなるのか?という様なセビーの風情や心も瞬時に消し飛ぶ残酷な時の流れでした -- (名無しさん) 2018-04-22 17:04:03
最終更新:2013年11月24日 02:30