高校生の頃だったから、もうどれほど昔の事になるだろうか。
バス停に、穴が開いた事があった。
自宅の近くの雑貨屋のちょっとはずれにあるバス停で、通学の時に利用していた。
一日に4回しか停まらないような田舎道だったし、待合所はボロボロ。
自分のほかには、2軒隣のトキさんしか利用していないのではないか。
そんな酷いバス停だった。
ある日、何の気もなく時間表を見た。
どうせ朝の7時と7時半、16時と16時半としか書いてないのだが。
けれどその日だけは違った。
最初は焦げているのだと思った。
なにせ丸く真っ黒だったのだ。
でも、その黒の中で何かが動くのが見えた。
不思議に思って裏面を見ても何もない。
表に戻ってみると、やはり何かが動いている。
ジッと見ていたが、結局それが何なのかはわからないまま、バスが来た。
真っ先に友人の蛇神羽似に意見を求めたが、一笑に付された。
曰く、寝ぼけて夢でも見ていたのではないか、と。
彼女はいわゆる理系女子で、超常現象など話にならない様子だった。
本当にこの目で見たのだと必死に訴えると、一緒に見に行こうという事になった。
放課後になり、私と羽似、それに野次馬で着いてきた3人の男子、川津、唐船、雨竜の5人は例のバス停に降りた。
焦げは、まだバス停の時刻表に張り付いていた。
私がそれ見たことかと大騒ぎするのに対し、羽似は一言「繋がってるのか」と呟いたきり、無言で考え込んでしまった。
川津、唐船、雨竜の3人はロクに見もしないで雑貨屋の軒下にあったアーケードゲームに夢中になっていた。
羽似に文句をつけようとすると、彼女は急にノートを開いて、意味不明な数式を書き始めた。
4人も来ているのに独りぼっちになってしまった私は、そっと焦げの向こう側を見た。
夕暮れの風景が見えた。
真ん中に誰かが立っている。
男の子だ。
顔の半分くらいがウロコで覆われた人だ。
長い尻尾のある人だ。
その人もこっちをジイっと見つめていた。
そして、同時に驚いて尻もちをつくように後ろに転んだ。
羽似はそんな私を見下ろして、こう言った。
「これから世界は、ささやかにズレていくよ」と。
焦げはいつに間にか無くなっていた。
この話を他人にするたびに「当時は驚いたでしょう」と、よく聞かれる。
でも本当に驚かされたのはそこではない。
こんな大事件にもかかわらず、自分たちの日常は変わらず過ぎ去ったという事のほうだ。
何せあの頃はまだ学生だった。
バス停の穴なんてものよりも、受験の方が忙しかったんだと思う。
いつしか誰もバス停の穴の事を話題にしなくなり、記憶から消え去ってしまった。
だから私は、
ゲートが開いた日に自分が漏らした言葉をはっきり覚えている。
「なあんだ」
その一言だった。
いまやゲートは当たり前のように解放され、当たり前のように人が行き来している。
あの時に見た小さな不思議は、いつの間にか大きな当たり前になってしまった。
「あの時に見た鱗人の男の子、いつか会えるのかなぁ」
いつだったかそう呟いた事があった。
「それ、俺だけど」
当たり前のようにダンナが呟いた。
そんな程度の話だ。
- ぽっかりと開いた世界の小窓。そしてすぐ閉じるというのは意外と多く起こっていたことなのかも。誰も信じないだろうけども -- (名無しさん) 2013-12-05 01:45:09
- 不思議にゆるやかな雰囲気だ -- (名無しさん) 2013-12-06 23:12:35
- 国家間級のエピソードはあっても中々意外と見かけないあの頃のちょっぴり繋がった日常風景。思わず当時を思い出す -- (とっしー) 2013-12-08 19:50:40
- オチがなんともイレゲらしいや!ゆっくりばくはつしろ!ノスタルジックな昔話もいいな -- (としあき) 2013-12-12 23:45:48
- 世界が繋がる前に繋がった二人というのはロマンチックですが最後までホラーの残照があるのが味ですね -- (名無しさん) 2018-08-05 17:28:29
最終更新:2014年08月31日 02:17