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【異界殺陣事始 壱】

淡路島沖に現れた光の柱をくぐり、ミズハミシマという空と海が渾然一体となった不思議な国に渡ってから四日目。
世話になっている屋敷の縁側より寝ぼけ眼で空を眺めているとチィチィ、ピピピと小鳥の囀りが聞こえる。
だがその先にいるのは鳥ではなく、布っきれ。
しかも手と目のオマケ付きだ。屋敷の女中によればこの世界に当たり前にいる精霊とかいうやつで、こいつは風精霊というらしい。
手にした木刀の切っ先をちらつかせると、つぃっと精霊は鍔のあたりまでまとわりついてきて、そして男の指に触れるとそのまま空へと舞い上がる。
「昨日の酒が残ってるってわけでもないか」
指と木刀に確かに感じた感触を反芻し、目の前の出来事を現実だと認識した男──伊達石鉄人は庭に降りて日課の朝稽古を始めた。

しばらく身体をほぐしていると、庭に面した勝手門の方からバタバタと騒がしい足音と荒い呼吸が聞こえてきた。
「っしゃぁ!ゴール!ワイの勝ちやな白にゃん?」
最初に駆け込んできたのは禿頭で上裸な関西弁男。
「はぁ、はぁ…その呼び方はいやだって何度言ったら……あ、先輩おはようございます」
後から息を切らせて追いついてきたのは色白で細目で髪を後ろで括った丁髷男。
「おう、おはよう。熱くなるのもいいけどご近所さんの迷惑も考えろよ」
「ほら怒られたー、僕はやめようって言ったのに」
「何やとー?だらだら走っとるのんの何が楽しいんや」
「朝から元気だなお前ら…」
この二人は伊達石の後輩でそれぞれ関西弁は秋山、丁髷は白波という。
伊達石と同じ屋敷に寝泊まりしていて、同じく万城目プロデューサーの召集に応じて異世界へ渡ってきた外世界映画会社、通称『外映』の同志でもある。
愚直で単純だが一つ的が見えれば違えることのない秋山と、不器用で経験不足だが芯の強さと稽古を怠らない白波。
数々の現場で共演し二人の中に確かな役者の芽を見た伊達石は特に目をかけていた。
だがさすがに朝っぱらから空気読めとは思うわけで、何せ周りにいるのは種族も考えも違う鱗人なる人たちだ。
ただでさえ異邦人に自分たちのやろうとしてることが理解されないとわざわざ危険を冒して門を潜った意味がない。
少しお灸を据えてやるか、と伊達石は二度三度と木刀を振るう。
「そんなに有り余ってるなら俺の稽古に付き合え。身体も温まってるだろ?」
「げ…!ヤっすよテツさん!手加減してくれんやないですかー!?」
「頑張ってねー。じゃ僕はもう一っ走りしてきます」
「お前もだ、白波」
「えー!」
「うだうだ言うな。たまにはいいだろ、朝飯前には切り上げてやる」
結局スリッパ合戦や二対一のかかり稽古やらをやっているうちに白熱してしまい、気がつけば屋敷の女中たちですら朝飯を終わらせた時間になっていた。



「朝から精が出てましたね」
飯を終わらせてこちらの書物に目を通しているところに、掃除に来た女中が話しかけてきた。
「や、見られてましたか」
「ええ。私たち朝は早いですから」
下働きならそれも当然だなと伊達石はうちうちで納得する。
「それにしてもあちらの殿方は皆、ああなのでしょうか?」
「ああと言いますと?」
「貴方さまや白波さまのように剣に生き、秋山さまのように骨太で…」
「いやいや、そんなことないですよ。自分たちは……時代遅れの化石でしょうなぁ」
それから伊達石は自分たちは役者という生き物であちら側では数が少ないこと、カタギの商売ではないこと、大和魂を持つ若者がほとんどいなくなったこと
歌やダンスやビジュアルの華やかなものが偏重されチャンバラなどは泥臭く古臭いと遠ざけられていること、自分たちのような大部屋役者は食うや食わずやであること
幾分、彼の主観によるものも入っていたがそんなことを彼女に話して聞かせた。
「はぁ、そうなのですか」
「そうなのです」
「まるで今の、ミズハミシマの士族と変わりないようですねー…」
彼女は少し落胆した様子だった。
聞けば天下太平の世が長く続いたため、日本でいうところの武家である士族にも閉塞感が蔓延し、腑抜けになるものが多いようだ。
「海都の方ではこんな狂歌まで詠まれてるって聞いてます。『往来の 行くて来たりて 鱗人の さして変わらぬ 二本差しかな』って」
「どういう意味で?」
「んー…わかりやすく言うと、昔は往来を悠然と歩いていた二本差しの士族も慌ただしく走り回る町人と同じになってしまったとか、士族の身分を売り払う者が増えてそれを買い取るものも増えて…とか」
「なるほど、どこも似たようなことになってるわけか」
「折角門の向こうからいらしたのにこのような国で何と言ってよいのやら…」
女中は小さく嘆息をつく。
「貴方が気にすることじゃありませんよ、それに…」
「それに?」
「そういう連中にこそ俺たちの剣を見せてやりたいってもんです」
「ふふふ、あまり頑張りすぎないで下さいね?」
「はぁ、まあそれが仕事ですから」
なんとなしに掛けられた言葉だったが、伊達石は別れた妻を思い出し気恥ずかしくなっていた。
伊達石と妻が出会ったのは彼がまだ俳優の養成所にいた時の事だった。
近くの喫茶店で働いていた彼女と何度か遊びに行くうちに親しくなり、気がつけば付き合っていた。
養成所を卒業してフリーの役者、そして殺陣師として活動を始めた伊達石を彼女は献身的に支えてくれた。
彼女が長女を身ごもったのを期に伊達石は足を洗おうとしたが、芝居で身を立て、殺陣で飯を食うという長年の夢と野心を捨てきれず踏みとどまった。
思えばそれがきっかけだったのかもしれない。
夢に生き家族を養うために躍起になる伊達石と、家族のために伊達石に安全で真っ当な生き方を選んでほしかった妻。
次第に二人の距離は離れ、長男が生まれてもその溝が埋まることはなく、離婚した。
思えば出会ったばかりの頃の彼女は、夢追人というカタギではない生き方に憧れていただけなのかもしれない。
今、目の前にいる女中もそうなのだろうか。
妻と娘は元気にしているだろうか、門を潜る前に手紙を出したが読んでくれていればいいのだが…。
「そう言えば伊達石さま」
一人思案にくれていると女中の言葉に現実に引き戻された。
「朝方の稽古で舞っておられましたが、あれは一体なんの踊りでしょうか?」
「踊り?はて…」
今日は随分色んなメニューをこなしたが、そんなことをした覚えはまったくない。
「踊っていたじゃありませんか。秋山さまが白波さまの剣に合わせて、こう、クネクネと。それで時々貴方さまが指導をされて…」
「ああ、それですか」
伊達石はようやく得心がいった。
「あれは斬られる稽古ですよ。こちらの人にはそう見えましたか」
殺陣はあくまで芝居である。殴り合いの芝居だからといって殴るわけではなく、斬り結ぶ芝居だからといって本当に相手を斬り殺すわけでもない。
もちろん受ける側も殴られる、斬られる芝居をするだけだ。
「斬られる?お芝居にそのようなことが必要なのでしょうか?」
「必要です。ぬるい死に方だとお客様が冷めるだけですから。そういうもんでしょう?殺陣って」
いまいち納得のいかない様子の女中を見て、伊達石は旅立ちの前に外映のリーダー、万城目英二の言っていた言葉を思い出した。
『あの光の柱の向こうには…殺陣というものがないんだ』
最初、その言葉を聞いた時はなまじ信じられなかった。
「ああ、そういえばこっちの世界には殺陣って概念がないんでしたっけ」
「タテ?なんですかそれ?」
「あー…やはりそこからですか」
演劇初心者を鍛える時にチャンバラのなんたるかを語ることはあった。
だがまず、芝居の過程において命の取り合いがある世界が理解できない時点でどう歩みよったものか。
伊達石は障子の向こうで行ったり来たりする布っきれのような風精霊に助けを求めてみたが、答えは返ってくるわけもなく
この微妙な空気を気まずくも新鮮に感じていた。

  • 遂に開始した外映シリーズ。まずは導入だけど早速異文化交流っぽいところが出てきて面白い。このシリーズでどこら辺まで例の事件描写するのかな -- (名無しさん) 2013-12-15 20:16:53
  • 結末がある程度明らかになっているだけに和やかな空気が逆に冷たく重く感じる。次の展開に言わずもがな期待してしまう -- (名無しさん) 2013-12-20 02:27:37
  • 娯楽の違いは文化の違いというよりも時代の温度差からきているのではと思わせる話でした。日本の歴史跡を追いかけているようなミズハミシマですが国の内外の様相は大きく違うので今後どうなっていくのかは興味があります。刀事件のキーパーソンである伊達石の素性も出てきました -- (名無しさん) 2018-11-18 17:24:45
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最終更新:2013年12月15日 01:54