なんたる悲劇か!
あてなき異界の海に放り出されるとは! 大魚の一口に飲まれるとは!
バックパッカーの生還は! 絶望! 不可能! 夢物語!
奇跡でもなければありえない!!
だが! だがしかし! ここはどこだ!?
そうだ! イレブンズゲート! 神々の住まうところ!
神はいる! 奇跡はある! 奇跡は! あるのだ!!
一隻の船が波に揺れ、海を行く。
その船の上で一人釣り糸を垂らしている者が。
彼は
ムーミントロール、名をプルーノという。
服装は、バンダナ、厚手のジャケット、丈夫そうなズボン。
見るからに海賊という格好をしていた。
「いい天気だー…………」
プルーノはうつらうつらとしていた。
半目、こくりこくりと動く頭、半ば夢の国へと旅立っているようだ。
バンッ!
「うひゃっ」
背中への衝撃にプルーノは急速に覚醒する。
「な、なんだぁ…?
…ってワンドか。やめてくんなよぉ、心臓にわるいじゃないか」
プルーノが振り返ると見慣れた樹人――ワンドがいた。
服装はプルーノと同じもの。彼もまたこの船の一員である。
そのワンドはカラカラと笑って返した。
「それは申し訳ない。
ですけどこんなとこで眠るのはどうかと思いまして。
海に落ちてしまいますよ?」
「おりゃ鈍いが。そこまでドジじゃねっぞ」
フンッと鼻息荒く海の方向くプルーノに、ワンドは笑みを絶やさない。
「ははっ、どうですかね」
「こんだけのいい天気だよ。
いい気分にならんとラー様に失礼だ」
「はいはい。
それにしても本当にずっといい天気で。…平和で。
なんだか飽き飽きしますね。
嵐や戦が欲しいと思いませんか?」
「おめぇは樹人のくせに相変わらずだな。平和でいいじゃねーか」
「だったら森なんて出ませんよ。プルーノだってそうでしょう?」
「半ば無理矢理に連れてこさせて、何いいくさってんだ……。
おれのこっちゃいいから、油うってねーで仕事しとけ」
「寝ぼけてる人に言われたくありませんよー」
そう言ってワンドは笑いながら手を振り去っていった。
プルーノもふりむかず、面倒そうに手を振った。
「あせって釣れるもんなら、いくらでも急ぐっつーに。
樹人のくせに、どーも気が速くていけねーや。」
「んん?
おおっ…。かかった、かかった。って重い。
重い!めったでかいぞ!」
ぐんっと竿引けば、どばっと水しぶき。
現れたのは驚くほどに大きな魚だ。
甲板であばれる魚の尾を掴み、プルーノは船横に叩き付ける。
たまらず気絶し、静かになって、そっと甲板に横たわる。
プルーノは一息ついて、一人つぶやく。
「ひゃー。でかい。でかい。
こりゃー…おれしか釣れんもんよ。この船ん中じゃ」
魚の周りをまわりながら、まじまじと魚を見ていると、ふと気付くことがあった。
口の辺りが不思議と動いているのだ。
なんだろうかと覗いてみれば。なんと口の中から人が現れた。
『きゃー!外よ!外!あっかるーい!』
「気持ちはわかるが、うっせーよ。
よーし出口だ。あと少しだ。
つーかよく今ので死ななかったなー俺」
ぶつくさと呟くバックパッカーと、仰天するプルーノの、目と目があった。
「…………ん?
あっ、えーと。どーも、口の中から失礼します」
バックパッカーの挨拶はプルーノの驚きを鎮めるのには役に立たなかったようで、
「あわわ。
人が魚の口ん中から出てきおったぞ!!」
と一声叫んで、プルーノは走り去っていった。
あとに残されたのは、バックパッカーと水の精霊と大魚だけ。
バックパッカーは陽光と潮風に、纏わりつく生臭さを洗い落とされた心地で、
思わず目を細めた。
万感の思いをこめて息を吐き、呟く。
「……生きてたなー」
『驚きね!とりあえず溶かされなかったのは、わたしのおかげよ!わたしのおかげだから!』
「ああ、うん。ありがとな。実のところ、お前には超感謝してるよ」
『あはははっ!素直な子は好きよ!惜しみなく感謝していいわ!あははっ!』
「ところで、さっきの奴はなんだったんだろうな?
なんかすっげーデカくて丸いの」
『あれはムーミンね!』
「ムーミン!? ムーミンなのにデカいぞあれ!」
『ムーミンよ! ムーミンだから大きいのよっ!』
「えー……。俺のムーミンはもっと可愛かった……」
『俺の!?なになに!ムーミントロルの恋人でもいたの!?』
「ちげーよ。そういう意味じゃなくってだなあ……」
『あははっ!異種族間の恋っていいわよね!わたし困難にあえぐ人を見るの大好きだわ!』
「はぁ……。楽しそうだよな、おまえ……」
なんかやと話していたら、どこからか陽気な歌声が聞こえてきた
そちらを見てみたら、
そこには狗人樹人ムーミントロルの三人組。
先頭にいた狗人が手をあげると歌声は止み、
ガーフは大声でバックパッカーに呼びかけた。
「よお、よお、よお!
ずいぶん愉快な客人だ!
腹から出てきたばかりってのに元気で結構!」
バックパッカーは急なことに目を白黒させながら、
おそるおそる尋ねてみた。
「ええと…。 どなたですか?」
その問いに、狗人は胸を張り、朗々と吼えあげる。
「よぉぉぉくぞ聞いたぁぁぁ!
俺の名はガァァァァフ!トゥゥゥゥルムノーフィィィィン・ガァァァァァフ!!!
そうだ!そうとも!かのトゥルムノーフィン氏族の出だ!!」
ガーフの名乗りはアオーンと響き、ガンガンと頭を揺らす。
バックパッカーは辟易とし、内心に愚痴っている。
(うっせー……。
なんだろう、この世界の海には喧しいのばかりか?)
ガーフはさらに続けて吼えあげる。
「おうさ!不思議だろうよ!
鉄血の!王佐の!誉れ高きトゥルムノーフィンが!!海賊家業に身をやつしていようとは!
………………………………?
……ふむ?むむ?
反応が鈍いなあっ!もうちょい驚けよ!つまらんだろうに!」
「あー。申し訳ない。
ちょいとそっちのことは疎いもんで……」
『この子にとってこの世界は海だけなのよ!海しか知らないの!あははっ!』
「海だけしか知らないか……。
うむ。うむ!いい響きだ!
そう!海の男は軽々しく陸の時代を語らない!
よしよし!気分がのってきた!気に入った!
今日からお前は俺たちのファミリーだ!
よーし!ついでに名前もつけてやろう!ひょろいからヒョローだ!
ヒョロー!歓迎しよう!
プルーノ!ヒョローの教育は任せたぞ!」
「えっ?」
ガーフは言いたいことを言いたいだけ言って、どこかへとすぐに行ってしまった。
バックパッカーは突然な展開についていけない。
気の抜けた声を出すばかりだ。
「よろしく、ヒョロー。
私はワンド。見ての通りの樹人です。
これはお近づきの印ですよ」
「あ、おいし」
ワンドは胸の洞から取り出した果実をパックパッカーに渡す。
かじってみると思わず感想がもれる。
それを聞いたワンドは少し嬉しそうにして、去って行った。
「おりゃプルーノだ。
おめも大変だと思うが、まあ、がんばるんだよ。ヒョロー」
「あっ、どうも」
プルーノからデッキブラシとその他掃除用具を渡される。
終わったら声をかけてくれ、とプルーノは言い残しその場を離れていった。
他にやることも行くところもなし、
バックパッカーはとりあえず掃除を始めるのだった。
- あの終わり方でまさか生きていたのにはびっくりしました。海賊らしい海賊の面々とテンションの相変わらずな精霊に生きているということを感じました -- (名無しさん) 2013-04-05 18:08:18
最終更新:2013年04月05日 18:02