「必殺ぅ!元原彗星キィィィック!!」
土煙を切り裂いて蹴り出された音速のスニーカーが狐の三男坊の鳩尾に突き刺さり、その巨体が崩れ落ちる。
「ぐおぉぅ……ッ!」
「けっ、これで十戦十勝だな!えーっと」
「ううう…慶だ!慶!いい加減覚え…げふう」
あーそういやそんな名前だった。
だが謝ろうにも訂正しようにも呼ぼうにも相手は気を失っている。
まあいいか、次の機会に呼んでやろう。覚えてればだけどな!
黄金週間のリベンジだとかで挑まれた喧嘩はあっさり終了となた。
ウォーチもドランもクロトもそれぞれの所用で動けない。
つまり今の俺は一人で残りの日曜を過ごす、いや消化しないといけないわけで。
同じクラスの銀城と赤石は……まあよろしくやってるだろう。
「たまには親孝行すっか」
とりあえず実家に帰ることにした。
…寂しいとか言うな!ぶっ飛ばすぞゴラァ!?
ポートアイランドを出発しカブを転がすことおおよそ一時間。
大阪と兵庫の境にあるI市、ここが俺の育った町だ。
ま、途中からだから明確な生まれ故郷ではないのだけれど、オフクロと落ち着いて暮らし始めたのがこの町だからとりあえずそういうことにしておく。
しかし手ぶらで帰るってのもなんだよなぁ、何か買って帰るか。
駅前商店街の先に実家があるので選択肢には困らないのはありがたいところ。
さてオフクロの喜びそうなものと言えば…と思案にくれていたその時、花屋の軒先に母の日セールと書かれた看板が目に入った。
そう言えば母の日だった。これじゃタイミングが悪い。まるでわざわざ今日を選んで帰ってきたと勘違いされかねない。
あのオフクロのことだから鬼の首を取ったように喜ぶだろう。それだけは避けないといかん!
「…逃げよう」
そう呟いてカブに跨
「あら、丈児じゃない。帰ってくるなら帰ってくるって連絡しなさいよ」
がるよりも早く捕まった。
両手にビニール袋を下げた買い出し姿のオフクロ──元原正美は早くも登場するのであった。
こうなった以上、もはや観念するしかあるまい。
「ん、悪ぃ。ケータイ止められててさ」
「鳴らしてもいいのよ?」
「…ごめん」
「謝るくらいなら嘘なんてつかないの。罰として荷物持ちね」
商店街を抜けた先の映画館を改装した小さなバー、オフクロの店兼慣れ親しんだ自宅だ。
「ちゃんと敷地内に停めなさいよー駐禁切られてもお母さんビタ一文出さないから」
「へいへい」
「返事ははい」
「はいはい」
「一回でいいの」
「はーい」
「伸ばさない。あんた相変わらずね」
「そっちこそ」
返事こそしなかったがオフクロはどことなく嬉しそうだった。
「いやー丈くん帰ってきてたんかぁ大きなったなぁ」
「今はポートアイランドの学校だっけ」
オフクロのバーは狭いくせにやたら人が集まる。
ほとんどがオフクロの同級生だとか、あるいはご近所さんなので俺とも顔見知りだ。
「そッスね。高等部っす」
酒が入りご機嫌なおっちゃんたちを端から見てるだけなのはちとつらい。
周りは酔っ払い、そして俺は素面。
飲みたい。この楽しい空気を満喫したい。
しかしオフクロの手前というのもあるし…
「丈児ーそっちのテーブルにこれ持ってってー」
「はい只今ー」
折角だから手伝っていけ、とオフクロの一言で俺は何故かボーイをやらされている。
これじゃ無理だ。生殺しだ。
どこかで隙を見て…とも企んだが
「丈児くん、帰ってきたって聞いたでー」
「うわホンマや!元気なんな?」
「ども、お久しぶりっす」
俺の帰郷を聞きつけたのか、次から次へと客がやってきて相手をさせられる。
「あらあらあらあら丈ちゃん背ぇ伸びた?昔はこんなちんまかったのに」
花屋のおばちゃんが小人をなで回すような仕草で茶化す。
「そこまで小さくはないっすよ」
「いや小さかったでー。こっちに来た時とかそんぐらいやったわ」
電気屋のおっさんが相槌を打つ。
「ほんでもあの時はビックリしたで。東京で作家になるて出てったまさみチャンが子供連れて帰ってきたんやもんなぁ」
一瞬だけ空気が凍った。
「ワシらのアイドルやったの…に……あ、すまんすまん」
「人生なんて十人十色、特に女は色々あるの。そんなことよりパイが焼けたわよー、食べたい人ー」
だが空気を変えたのは当のオフクロだった。
色めき立つ客たちに答えるその姿に哀愁などと言う言葉は無縁だった。
さすが母は強し、か。
「ありがとうございましたー」
日付も変わりカンバンとなる。
「ご苦労さま」
「どういたしまして」
「せっかく帰ってきたのにごめんね。昔の…えっと、知り合い?にも会いたかったでしょうに」
「ンな事言うならこき使うなよ」
オフクロなりに気を使ってるのが分かった。
地元にいるのはほとんど喧嘩だの抗争だのを繰り広げてきた相手ばかりだ。
……そういやダチらしいダチってアイツらが最初かも知れない。
ウォーチ、ドラン、クロト──人に嫌われた俺に出来た最初のダチが門の向こうのヤツらだって紹介したらオフクロはどんな顔をするだろう。
「あら?」
「ンだよ」
「……友達、出来たんだ」
「ん、まあ」
「良かったわね。そんな話は置いておいて」
声音の変わったオフクロの手にはモップにバケツに雑巾に……
「まだコキ使うのかよ!もういいだろ、こういうのはたまにはってのがいいんじゃねぇか」
「ふぅん。たまにはいい、か…ほんと、似てきたわね」
「誰に?」
「貴方のお父さんに、よ」
「それ複雑だわ」
「ふふっ、褒め言葉よ」
「だから複雑なんだってば」
「胸を張りなさい。確かにあの人は世間じゃ色々言われている人だけど…自分の思いに一途で、一生懸命な人だったもの」
「けっ、そのおかげで俺は酷い目にあってきたんだけどな」
「恨み事なら直接言ってやりなさいな、その方があの人もきっと喜ぶわ」
「生きてるか死んでるかもわかんねえってのに?」
言ってカウンターに飾られた集合写真に目をやる。
親父があっちで撮った記念写真だとオフクロは言う。
だが俺からすれば帰ってくることのなかった親父の最後の写真、すなわち遺影だ。
「それに俺、
ゲート審査で弾かれるんですけど」
「大事なのは今に慣れることでも抗うことでもない。今を受け入れて活かすこと、よ」
「左様ですか」
「その通り。というわけで今はモップ掛け。早くしなさい」
「へいへい…ぷっ」
「返事ははいでしょ…ふふっ」
どちらともなく吹き出して、お互いに笑いあう。
「なぁ、オフクロ。親父の映画さ、観たい気分なんだけど」
その言葉にオフクロは溜め息まじりに答える。
「良いけど今日は無理ね、だって倉庫の奥だもの」
「マジか。次来る時までに…」
「任せなさい。なんならお友達も連れてきてもいいわよ?」
「それは却下」
「で、いつにするの?今日が母の日だったから父の日?」
却下したことには突っ込まないのかよ…って…え?
「違うのかしら?母の日に帰ってきてくれたから次は父の日かなって」
このオフクロ、今日が何の日か気付いてやがったらしい。
こうなっちまったらもうそうしないと後には引けねぇじゃねえか。
「ん、ああ。それで」
仕方なく頷く俺にニコニコと微笑むオフクロを見て思う。俺はこの人には敵わない。
こうして夜は更けていく。
かつての大勢の人の沸かせた映画館のネオンと、不器用な親子の想いを乗せて。
- こうして読むとファッションやスタイルがヤンキーでちょっと学がかわいそうな男子学生だな元原君 -- (名無しさん) 2014-05-15 22:21:32
- 実家への家庭訪問ないのかな -- (名無しさん) 2014-05-23 10:55:19
- 行動のノリとしては中学生くらいで抱えているものが根深くて大きい。ここから元原がどう動いていくかでヤンキーロードの方向性が全然変わってくるよね -- (名無しさん) 2014-05-27 17:40:21
最終更新:2014年05月15日 22:20