【一人足りないフタバ亭】

「おいあんた、本当に報酬はいらないってのかい?」
「依頼者からは正当な払いを受け取っている。 このならず者共の始末をギルドでやってもらえればそれでいい」
「ヒュ~ウ。毛の薄い人間種に鉄の腕、喧しい火精霊と見た目も変わってれば頭の中身も変わってるってか?
ギルドとしては受け取って欲しいところなんだが…まぁ仕方ねぇ!他の“優先度「高」(ノートリアス)”の賞金首に上乗せするか!」

ここはニシューネン市の冒険者ギルド。 朝から晩まで賑やか忙しい一幕の中、数名の獣人が一列に縛られ収監員の声に叩かれ牢屋へと。
「大延からの食み出し者、食の犯罪集団“悪食羅(アーショウラゥ)”。数人がかりの巧みかつ強引なやり方で食い逃げかますこと数十件、
ヤバめのスラム区の店は狙わずに良心的大衆的な飲食店ばかり狙うたー不届きな連中だったな!
主犯格の“鈍口(アバドン)”、狗人、崩れ頬のブルはとっ捕まえたものの、どうやって飲み食い代を出させたもんか」
事務雀が賞金首札に【済】の判を押す様に指示した鶏人、尖る鶏冠がトレードマークの“赤い山脈(レイライン)”は眉間にしわを寄せた。
「氷山の一角。そんなところだろう。 少し喋って貰ったが、本営がニシューネン市の感触を探るために送った斥候みたいなものだな、奴らは」
「喋って貰ったって…その鉄の拳をチラつかせてか?」
「ちょっと顔を温めてやっただけさ」

 木曽路 芳中(きそじ よしなか)
 人間男性、元門自隊員。 仲間の仇である黒い女、“二丁拳銃(デッドリボルバー)”を探すために、蛇の道を進むために賞金稼ぎ兼傭兵に。
 亜流門自格闘術と粘り強い体力、リビングメイルの右腕(トモエ)とはぐれ炎精霊(クリカ)を組み合わせた鉄腕熱撃が特徴。
 戦った相手は熱撃による火傷か焦げるかするため、付いたあだ名が“鉄焼き(バーナー)”だの“火印押し(ファイアペイン)”である。

「う、ん?フタバ亭でとっ捕まえたってあるが、マスターはいなかったのかい?
食い逃げの一人二人一団なんざ、あのマスターの豪腕にかかりゃ地平の彼方に吹っ飛ばされるだろうに」
かつて無法の新天地と呼ばれたこの国で商売を続けるには、まず何よりも腕っ節が必要と言われてきた。
ニシューネン市の店施設の主にも腕自慢が揃っており、その中でもフタバ亭のマスター、サングラスのオーガは地上げゴーレムの突進を片手で砕き返したほどの猛者だ。
「確かに凄味のある体には見えたが…そこまでの覇気は感じなかったし、家族連れの客が来る度に肩を落とし溜め息を付く
余り元気のない様子なんだが」
「あーあーなるほどねぇ。 そういやラニちゃんがドニーに行ったきりで帰ってなかったんだっけな。
そりゃ女将も心配して用心棒雇いの依頼をギルドに持ってくるわけだ」
「ヨシナカさん、そっちの用事は終わった? ボクは買い物が済んだから店に戻るんだけど」
「おぉっと、クライアントがお呼びだ。 用心棒の期限が終わったらまた仕事を探しに来るよ」
ギルドの人混みの向こう、両開き扉の先でフタバ亭の給仕、鬼人の娘シィが大きな荷物を指差し、それを担いで歩いていくのが見えた。

「店の方でもっと人を雇ったりしないのかい? 給仕と言ってもあの誰だっけか、ずっと倉にいて夜だけ店に上がってくる豹のスラヴィアン。
何人かは日雇いで見かけるがいつもというわけじゃないんだろう? 女将は身重でマスターはカウンターからそう離れられないし、
時々見かける喋るサボテンは…あれは給仕とかそういう問題じゃないな」
「給仕はボクと孤児院から来れる仲間を呼んで何とかなるよ。 夜の忙しい時間はスレンダさんが切り盛りしてくれてるしさ」
「なら何故俺が皿洗いだの物運びだのに駆り出されているんだ? 用心棒の仕事の中で込みってことにしてはいるが、
俺の期限が終わったらどうするんだ?」
ニシューネン市の通り、野菜袋を両手に提げるシィが言葉なく俯く。
「…ラニが戻ってきたら“いつものフタバ亭”に戻るはずなんだもん…」
「ん?何?ラニ?」
シィは返さない。 夕暮れが表情に影を落とす。
[ヨシナカ。子供とは言え女性、涙をもよおさせるとは男子あるまじき行為ですよ?]
不意に鉄、甲冑の右腕から女の声が響く。
「ちょっ!ボク泣いてなんかないよ!」
『もーヨッシー女の子を泣かせたらダーメだよー』
甲冑の隙間から顔だけにょきっと出した炎精霊がダメだしする。
「だから泣いてないってば!」
「はいはい御免なさいすみませんです」
商店通りを回ってフタバ亭が見える頃には夕闇も降り、スレンダが道に打ち水をしていた。
【お帰りなさい。もうすぐ夜営業の始まりですよ】
「うーん。ブレンダさんって本当は喋れるんじゃないんですか?」
【ノーコメントです】
店の厨房へ食材を運び込む。 追加の食器を棚に並べた辺りで二階の扉が開く。
「今日も満足に動けなくてごめんなさい。 本当に助かるわ」
「女将さん!無理に出てこなくても良いから!」
「体に障るから休んでいろ。 もうお前一人の体ではないのだからな」
【夜は私も頑張りますので、どうかゆっくり養生を】
形は違えど温かい皆の言葉を受けて、笑顔で手を二度振った女将が自室へと戻っていく。
恐らく、休んでとは言われたが部屋で会計などの事務仕事をするのだろう。
「もう長いのか?お腹が大きくなってから」
「鬼人は身篭ってから産まれるまでが他の種族と比べて長いんだ。
赤子の血や鉄骨がお腹の中で作られるから月日もかかるし負担も大きいし…」
その様な辛い思いをして産んだ我が子を手放したのかそうせざるを得なかったのか、
シィが何故孤児院で暮らしているのかがふと頭を過ぎる。
「じゃあ頑張らなきゃな」
「うん、任せてよ! ラニが戻って来た時に腰抜かすくらい仕事が出来る様になってやるんだから!」
腕まくりをしてテーブルに身を乗り出しせっせと磨くシィ。
「まだ慌てる様な時間じゃないってことか。 良いね前向きってのは」
「ヨシナカさんも突っ立ってないで下から酒樽を運んで来てよ!」
「はいはい、分かりましたよ用心棒はつらいね」
「フフ、心は周囲に伝播する。 彼女みたいな元気な子がいればまだ亭も大丈夫さ」
「誰?!」
『もー何このサボテン、急に出てきたよ!?』
[面妖な…]

ここはニシューネン市のフタバ亭。
一人新たな地で活躍する者もいれば、帰る場所を守る者もいる。
誰かが誰かを支える限り、誰も倒れることはないだろう。


ニシューネン市とフタバ亭の様子などを想像して一本

  • 女将が出産を終えると変わりそう?ラニちゃんは戻ってくるんだろうか。マスターのメンタルが思ってたよりも弱かったkawaii -- (名無しさん) 2014-07-26 23:05:15
  • 店の一同はもう家族も同然なのかなと思えたラニのいない店内の様子。シィのしっかりした一面と縁が訪れ結びついていくフタバ亭っていいですね -- (名無しさん) 2014-11-20 23:44:36
  • 大人なようでまだ子供で…ラニちゃんがいなくなったのはシィちゃんの人生経験としては大きな転機かプラスになるんじゃないかと思う -- (名無しさん) 2016-02-26 23:28:19
  • そういえばまだ出産していませんでしたか女将さん。異世界にやってきて異世界に順応した人間は主観にしやすくていいですね。ラニちゃんが出向したけども安定感のあるフタバ亭です。どこにでも出てくるトゲオの神秘性 -- (名無しさん) 2018-02-02 23:14:54
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最終更新:2018年07月28日 00:55